説明

胚性幹細胞の未分化状態の維持剤

【課題】胚性幹細胞の未分化状態の維持剤及びそれを用いる方法を提供すること。
【解決手段】Wntファミリーのタンパク質を有効成分として含有してなる、胚性幹細胞の未分化状態の維持剤、該維持剤を含有した胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地、哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、該維持剤の存在下に培養して、胚性幹細胞を得ることを特徴とする、胚性幹細胞の製造方法、樹立胚性幹細胞を、該維持剤の存在下に維持することを特徴とする、胚性幹細胞の未分化状態の維持方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚性幹細胞、特に哺乳動物の胚性幹細胞の未分化状態の維持剤及びそれを用いる方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、胚性幹細胞、特に哺乳動物の胚性幹細胞の未分化状態を維持しうる未分化状態の維持剤、該胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地、該胚性幹細胞の製造方法及び該胚性幹細胞の未分化状態の維持方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マウス胚性幹細胞は、白血病阻害因子(LIF)の存在下に未分化状態で培養され、増殖するが、かかる未分化状態の維持には、前記LIFのみの存在では困難であり、フィーダー細胞として、マウス胎仔の線維芽細胞をさらに必要とする。
【0003】
したがって、マウス胚性幹細胞の未分化状態の維持には、前記フィーダー細胞を予め調製する必要があるので、例えば、ノックアウトマウスの作製等に際して、胚性幹細胞を用いる際、胚性幹細胞の調製のために、複雑な手順を行なう必要があるという欠点がある。
【0004】
また、サル、ヒト等の霊長類動物の胚性幹細胞の未分化状態の維持にも、フィーダー細胞として、マウス胎仔の線維芽細胞が必要であるが、前記霊長類動物の胚性幹細胞は、白血病阻害因子の存在を必須成分とはしていないことが知られている。
【0005】
しかしながら、例えば、医療目的のために、胚性幹細胞を用いる場合、マウス等の異種由来の細胞の共存下での培養は、未知のウイルス感染の可能性、遺伝子レベルでの汚染の可能性等の欠点がある。
【0006】
一方、LIF受容体を欠損したマウス胚性幹細胞で作用し、抗gp130中和抗体でブロックされず、STAT3の活性化なしで作用する未分化状態の維持に役割を果たすと考えられるESRFが存在することが開示されている〔非特許文献1参照のこと〕。
【0007】
しかしながら、前記非特許文献1には、硫酸アンモニウム分画により得られた画分が、マウス胚性幹細胞に対して、作用することは示されているものの、前記非特許文献1からは、その構造や、他の生物由来の胚性幹細胞への影響については、不明であるのが現状である。
【非特許文献1】ダニ(Dani C.)ら、Dev.Biol.203、149−162、1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、他の生物に由来するフィーダー細胞を実質的に用いずに、胚性幹細胞の未分化状態を維持すること、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に生じない状態で、胚性幹細胞の未分化状態を維持すること、哺乳動物、特に、霊長類動物、さらに具体的には、サル、ヒト等の胚性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に維持すること、フィーダー細胞の非存在下に胚性幹細胞を製造すること、胚性幹細胞を簡便に作製すること等の少なくとも1つを可能にする、胚性幹細胞の未分化状態の維持のための維持剤を提供することを目的とする。また、本発明は、胚性幹細胞の未分化状態を維持すること、胚性幹細胞を簡便に作製すること、フィーダー細胞の非存在下に胚性幹細胞を製造、維持若しくは増殖させること、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得ること等を可能にする、胚性幹細胞の未分化状態を維持するための培地を提供することを目的とする。さらに、本発明は、胚性幹細胞を簡便に作製すること、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得ること等の少なくとも1つを可能にする、胚性幹細胞の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、他の生物に由来するフィーダー細胞を実質的に用いずに、胚性幹細胞の未分化状態を維持すること、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に生じない状態で、胚性幹細胞の未分化状態を維持すること、哺乳動物、特に、霊長類動物、さらに具体的には、サル、ヒト等の胚性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に維持すること等の少なくとも1つを可能にする、胚性幹細胞の未分化状態の維持方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、
〔1〕 Wntファミリーのタンパク質を有効成分として含有してなる、胚性幹細胞の未分化状態の維持剤、
〔2〕 Wntファミリーのタンパク質が、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11及びWnt16からなる群より選ばれた少なくとも1種である、前記〔1〕記載の維持剤、
〔3〕 前記〔1〕又は〔2〕記載の維持剤を含有してなる、胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地、
〔4〕 白血病阻害因子をさらに含有してなる、前記〔3〕記載の維持用培地、
〔5〕 哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、前記〔1〕又は〔2〕記載の維持剤の存在下に培養して、胚性幹細胞を得ることを特徴とする、胚性幹細胞の製造方法、
〔6〕 哺乳動物が、ヒト、サル及びマウスからなる群より選ばれた1種である、前記〔5〕記載の製造方法、
〔7〕 哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、前記〔1〕又は〔2〕記載の維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に培養する、前記〔5〕又は〔6〕記載の製造方法、
〔8〕 樹立胚性幹細胞を、前記〔1〕又は〔2〕記載の維持剤の存在下に維持することを特徴とする、胚性幹細胞の未分化状態の維持方法、
〔9〕 樹立胚性幹細胞が、ヒト、サル及びマウスからなる群より選ばれた哺乳動物の樹立胚性幹細胞である、前記〔8〕記載の維持方法、並びに
〔10〕 樹立胚性幹細胞を、前記〔1〕又は〔2〕記載の維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に維持する、前記〔8〕又は〔9〕記載の維持方法、
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の胚性幹細胞の未分化状態の維持剤は、胚性幹細胞の製造、維持、増殖等に用いることにより、他の生物に由来するフィーダー細胞を実質的に用いずに、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができるという優れた効果を奏する。したがって、本発明の維持剤によれば、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に生じない状態で、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができる。また、本発明の維持剤によれば、哺乳動物、特に、霊長類動物、さらに具体的には、サル、ヒト等の胚性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に維持することができるという優れた効果を奏する。さらに、本発明の維持剤によれば、フィーダー細胞の非存在下に胚性幹細胞を製造することができ、そのため、胚性幹細胞を簡便に作製することができるという優れた効果を奏する。また、本発明の胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地は、胚性幹細胞の製造、維持、増殖等に用いることにより、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができる。さらに、本発明の培地によれば、胚性幹細胞の培養に際して、フィーダー細胞の非存在下に胚性幹細胞を製造、維持若しくは増殖させることができるという優れた効果を奏する。したがって、本発明の維持用培地によれば、胚性幹細胞の製造に際して、フィーダー細胞を作製若しくは維持する工程を行なうことなく、胚性幹細胞を簡便に作製することができるという優れた効果を奏する。また、本発明の維持用培地によれば、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得ることができるという優れた効果を奏する。さらに、本発明の胚性幹細胞の製造方法は、胚性幹細胞を簡便に作製することができ、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得ることができるという優れた効果を奏する。また、本発明の胚性幹細胞の未分化状態の維持方法は、他の生物に由来するフィーダー細胞を実質的に用いずに、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができるという優れた効果を奏する。したがって、本発明の維持方法によれば、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に生じない状態で、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができるという優れた効果を奏する。また、本発明の維持方法によれば、哺乳動物、特に、霊長類動物、さらに具体的には、サル、ヒト等の胚性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に維持することができるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、哺乳動物の胚性幹細胞、例えば、マウス胚性幹細胞、サル胚性幹細胞等が、Wntファミリーのタンパク質の存在下に維持されることにより、驚くべく、フィーダー細胞非存在下においても、アルカリホスファターゼ、Oct3/4等の未分化状態の細胞に特異的なマーカーを発現する、すなわち、未分化状態を維持するという本発明者らの知見に基づく。
【0012】
かかるWntの機能を欠損させた場合、例えば、動物の発生過程における形成に異常が生じるため、前記Wntは、動物における形態形成を制御することが推定されているタンパク質である。しかしながら、前記Wntの存在下に、胚性幹細胞の培養することにより、前記Wntは、驚くべく、未分化状態を維持するという効果を発揮する。具体的には、前記Wnt3aは、機能が欠失した場合、体節の欠失、神経管の過形成、尾芽の消失、海馬の欠失等の異常を引き起こすタンパク質であるが、胚性幹細胞の培地に含有せしめることにより、予想外にも、未分化状態を維持するという効果を発揮する。
【0013】
本発明の胚性幹細胞の未分化状態の維持剤は、Wntファミリーのタンパク質(以下、「Wnt」ともいう)を有効成分として含有することに1つの大きな特徴がある。
【0014】
本発明の維持剤によれば、前記Wntを有効成分として含有しているため、特に、哺乳動物、具体的には、ヒト、サル、マウス等の胚性幹細胞の未分化状態を維持することができる。
【0015】
また、本発明の維持剤は、前記Wntを有効成分として含有しているため、通常、未分化状態の維持にフィーダー細胞を必要とする胚性幹細胞に対して、実質的にフィーダー細胞の非存在下で、未分化状態を維持することができるという優れた効果を発揮する。
【0016】
したがって、本発明の維持剤によれば、胚性幹細胞の製造の際、フィーダー細胞を実質的に必要としないため、より簡便に胚性幹細胞を作製することができるという優れた効果を発揮する。そのため、例えば、マウス等のトランスジェニック動物の製造に用いられる胚性幹細胞の作製に用いることにより、フィーダー細胞の調製の操作を省略することができ、トランスジェニック動物をより簡便に、かつ迅速に製造することができる。
【0017】
また、本発明の維持剤によれば、胚性幹細胞の未分化状態の維持に、フィーダー細胞を実質的に必要としないため、用いたフィーダー細胞に起因する他の生物からの汚染、例えば、ウイルスの異種間感染、異種遺伝子の水平伝播等が実質的に存在しない胚性幹細胞を得ることができるという優れた効果を発揮する。
【0018】
したがって、本発明の維持剤を用いることにより得られた胚性幹細胞は、細胞移植療法における移植用細胞の製造等に有用である。
【0019】
さらに本発明の維持剤は、前記Wntを有効成分として含有しているため、胚性幹細胞の維持、製造又は増殖に用いることにより、通常、未分化状態の維持に際して、LIFを必要とする胚性幹細胞であっても、外因的なLIFを添加した場合及び添加しない場合のいずれにおいても、胚性幹細胞を未分化状態に維持すること、胚性幹細胞を得ること、又は胚性幹細胞を未分化状態で増殖させることができるという優れた効果を発揮する。
【0020】
前記Wntは、細胞外に分泌されるタンパク質であり、細胞間のシグナル伝達を司るタンパク質である。
【0021】
本発明の維持剤に用いられるWntとしては、具体的には、例えば、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16等が挙げられる。前記Wntは、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。また、前記Wntのなかでも、Wnt3a(ジーンバンクアクセッション番号:NM_009522)が好ましい。
【0022】
本発明の維持剤に用いられうるWntは、天然に存在する野生型Wnt及び該野生型Wntに対する機能保存的バリアントのいずれであってもよい。
【0023】
なお、本明細書において、「野生型Wntに対する機能保存的バリアント」とは、下記a)〜d)
a) 野生型Wntのアミノ酸配列において、少なくとも1個、好ましくは、1又は複数個、より好ましくは、1又は数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入又は付加を有するアミノ酸配列を含有したポリペプチド、
b) 保存的アミノ酸置換により野生型Wntのアミノ酸配列とは異なるポリペプチド、
c) 野生型Wntのアミノ酸配列に対して、HigginsらによるClustalW法によるマルチプルアライメント(Gap penalty 5、Fixed Gap penalty 10、windowsize 5、Floating Gap 10の条件)により、最適な状態にアラインメントされ、算出された配列同一性が、少なくとも80%、好ましくは、90%以上、より好ましくは、95%以上であるアミノ酸配列を有するポリペプチド、及び
d) 野生型Wntの塩基配列からなる核酸の相補鎖、好ましくは完全相補鎖(すなわち、アンチセンス鎖)とストリンジェントな条件、好ましくは、高ストリンジェントな条件下にハイブリダイズする核酸によりコードされるポリペプチド、
からなる群より選ばれたポリペプチドであって、かつ野生型Wntの本来の生物学的活性を発揮するポリペプチドをいう。
【0024】
なお、野生型Wntの本来の生物学的活性は、例えば、シミズ(Shimizu H.)ら、Cell Growth Differ. 8(12) 1349−1350に記載の方法により測定されうる。具体的には、例えば、Wnt3aの場合、後述のように、L細胞におけるβ−カテニンの増加を指標として測定されうる。
【0025】
また、本明細書において、前記「高ストリンジェントな条件」としては、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M NaCl、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)と0.5% SDSと5×デンハルトと100μg/ml 変性断片化サケ精子DNAと50% ホルムアミドを含む溶液中、42℃で一晩保温し、低イオン強度、例えば、2×SSC、より高ストリンジェントには、0.1×SSC等の条件及び/又はより高温、37℃以上、より高ストリンジェントには、42℃以上、さらに高ストリンジェントには、50℃以上、より一層高ストリンジェントには、60℃以上等の条件下での洗浄を行なう条件が例示されうる。
【0026】
本発明の維持剤に用いられるWntは、例えば、アメリカン タイプ カルチャー コレクション(ATCC)より供給されるWnt産生細胞から得られる。
【0027】
本発明の維持剤は、前記Wnt産生細胞の培養上清であってもよく、該培養上清から、適切な精製手段により実質的に単離されたタンパク質であってもよい。また、本発明の維持剤は、前記実質的に単離されたタンパク質に加え、さらに、適切な緩衝液、該維持剤の適用対象となる胚性幹細胞に適した培地成分等を含有していてもよい。
【0028】
前記Wntは、具体的には、例えば、前記Wnt産生細胞の培養物から培養上清を得ること、又は、任意に、該培養上清から慣用の方法により目的のWntを単離することにより製造されうる。前記Wnt産生細胞としては、例えば、L Wnt−3A株(ATCC CRL−2647)、シバモト(Shibamoto S.)らに記載の細胞〔Genes とCells,3,659−670(1998)〕等が挙げられる。
【0029】
具体的には、例えば、Wnt3aの場合、
(A) 前記L Wnt−3A株(ATCC CRL−2647)を、Wnt3aを発現するL細胞を、106細胞となるように、10cmディッシュ上、10% ウシ胎仔血清を含むダルベッコ改変イーグル培地に播種し、37℃、5% CO2 で3日間培養する工程、
(B) 前記工程(A)で得られた培養物の培地を、適切な培地に交換し、さらに3日間培養する工程、
(C) 前記工程(B)で得られた培養物を、適切な孔径(例えば、0.2μm等)のフィルターでろ過して、培養上清を得る工程、
(D) 前記工程(C)で得られた培養上清に、最終濃度1重量%となるように、適切な界面活性剤(例えば、TritonTM X−100等)を添加し、得られた産物を、適切な孔径(例えば、0.2mm等)のフィルターでろ過して、ろ過産物を得る工程、
(E) 前記工程(D)で得られたろ過産物を、適切なカラムクロマトグラフィー(に供する工程
により得ることができる。
【0030】
なお、各画分に含まれるWnt3aは、抗Wnt3a抗体を用いたイムノブロッティングを行なうことにより検出すればよい。
【0031】
また、得られたWnt3aの活性は、L細胞におけるβ−カテニンの増加を指標として、測定することにより、Wnt3aを含む画分の活性を測定されうる。具体的には、例えば、
− 96ウェルプレート中のマウスL細胞を、測定対象の試料(例えば、溶出画分等)の存在下又は非存在下に、CO2インキュベーター中、37℃で5% CO2、2〜12時間インキュベーションするステップ、
− 各ウェル中の細胞をリン酸緩衝化生理食塩水で洗浄するステップ、
− 各ウェル中の細胞を、溶解緩衝液〔組成:1重量% TritonTM X−100、150mM NaCl、50mM Tris−HCl、pH8.0〕を用いて溶解させるステップ、
− 得られた溶解物をSDS−PAGEで分離するステップ、
− 得られたゲル上のタンパク質を、ニトロセルロース膜に転写し、抗β−カテニン抗体を用いてイムノブロッティングを行なうステップ
を行なうことによりβ−カテニンの量を定量し、測定対象の試料非存在下の場合よりも測定対象の試料存在下の場合にβ−カテニンの量が増加することをWnt3aの活性の指標として、測定されうる。
【0032】
なお、Wnt3aの場合、前記カラムクロマトグラフィーは、例えば、
− 前記ろ過産物を、緩衝液A〔組成:150mM KCl、20mM Tris−HCl、1重量% CHAPS(3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホン酸)、pH7.5〕で平衡化したBlue Sepharoseカラム〔商品名、アマシャム ファルマシア(Amersham Pharmacia)社製〕(総容量100〜200ml)に供して、緩衝液B〔組成:1.5M KCl、20mM Tris−HCl、1重量% CHAPS、pH7.5〕を用いて、前記Blue Sepharoseカラムに吸着したタンパク質を、流速2〜5ml/分、分画5〜15mlで溶出し
− 得られたWnt3aを含む画分を、10mlまで濃縮し、商品名:HiLoad 26/60 Superdex 200カラム〔アマシャム ファルマシア(Amersham Pharmacia)社製〕に供し、1重量% CHAPSを含有するリン酸緩衝化生理食塩水(pH7.3)を用い、流速2ml/分、分画10mlで溶出し、180ml〜210ml溶出時の画分を、Wnt3aを含む画分として得、
− 得られた画分を、商品名:HiTrap Heparinカラムに供し、カラムに吸着したタンパク質を、1重量% CHAPSを含有するリン酸緩衝化生理食塩水(pH7.3)を用い、0〜1M NaClのリニアグラジェントで溶出する
ことにより行なわれうる。
【0033】
本発明の維持剤におけるWntの含有量は、特に限定されないが、前記実質的に単離されたWntタンパク質の量として、100重量%以下であり、10ng/ml以上、好ましくは、100ng/ml以上であることが望ましい。
【0034】
本発明の維持剤による未分化状態の維持の効果は、本発明の維持剤の存在下に胚性幹細胞を培養し、未分化状態の胚性幹細胞に特異的なマーカーの発現の有無、アルカリホスファターゼ活性の発現、Oct−3/4の発現、胚性幹細胞の由来の動物種に固有の形状のコロニーの形成等を指標として評価されうる。
【0035】
前記未分化状態の胚性幹細胞に特異的なマーカーとしては、胚性幹細胞の由来の動物種により異なるが、例えば、カニクイサルの胚性幹細胞の場合、陽性対照のマーカーとして、SSEA−4、TRA−1−60、TRA−1−81等が挙げられ、陰性対照のマーカーとして、SSEA−1、SSEA−3等が挙げられる。なお、アカゲザルの場合、SSEA−3は、陽性対照のマーカーとなる。また、マウスの胚性幹細胞の場合、陽性対照のマーカーとして、SSEA−1等が挙げられ、陰性対照として、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−60、TRA−1−81等が挙げられる。かかるマーカーは、例えば、該マーカーに対する抗体を用いて検出されうる。さらに、ヒトの場合、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−81、TRA−1−60等が挙げられる。
【0036】
Oct−3/4の発現は、定量的PCR、ノーザンブロット解析等により評価されうる。
【0037】
また、胚性幹細胞におけるアルカリホスファターゼ活性の発現は、慣用のアルカリホスファターゼ活性の検出方法により評価されうる。
【0038】
前記「胚性幹細胞の由来の動物種に固有の形状」としては、核に対して細胞質が少なく、核小体が明瞭である形状が挙げられる。さらに具体的には、例えば、マウスの胚性幹細胞の場合、細胞間の境界が不明瞭であり、かつドーム状の形状を示し、サル、具体的には、カニクイザルの胚性幹細胞の場合、細胞間の境界が明瞭で扁平な形状を示し、ヒトの胚性幹細胞の場合、細胞間の境界が明瞭で扁平な形状を示す。
【0039】
また、本発明の維持剤を胚性幹細胞の培養に用いられる培地に添加して得られた培地は、胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地として用いられうる。したがって、かかる胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地も本発明に含まれる。
【0040】
本発明の維持用培地は、本発明の維持剤を含有することを1つの大きな特徴とする。
【0041】
本発明の維持用培地は、本発明の維持剤を含有しているため、胚性幹細胞の培養に用いることにより、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができるという優れた効果を発揮する。
【0042】
また、本発明の維持用培地によれば、本発明の維持剤を含有しているため、フィーダー細胞の非存在下に胚性幹細胞を製造すること、未分化状態に維持すること又は増殖させることができる。したがって、本発明の維持用培地によれば、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得ることができるという優れた効果を発揮する。
【0043】
さらに、本発明の維持用培地によれば、本発明の維持剤を含有しているため、胚性幹細胞の維持、製造又は増殖に用いることにより、通常、未分化状態の維持に際して、LIFを必要とする胚性幹細胞であっても、外因的なLIFを添加した場合及び添加しない場合のいずれにおいても、胚性幹細胞を未分化状態に維持すること、胚性幹細胞を得ること、又は胚性幹細胞を未分化状態で増殖させることができるという優れた効果を発揮する。
【0044】
本発明の維持用培地における本発明の維持剤の含有量は、胚性幹細胞を未分化状態に維持する効果を発揮しうる範囲であればよく、例えば、実質的に単離されたWntタンパク質の量として、100ng/ml〜250ng/mlであることが望ましい。
【0045】
本発明の維持用培地には、本発明の維持剤に加え、胚性幹細胞の培養に用いられる慣用の培地成分を用いればよい。前記培地成分としては、適用対象となる胚性幹細胞により異なるが、例えば、サルの胚性幹細胞に用いる場合、β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と血清又は血清代替物〔例えば、インビトロジェン(Invitrogen)社製、20重量% KNOCKOUTTM Serum Replacement〕とを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地等が挙げられる。また、マウスの胚性幹細胞に用いる場合、前記培地成分としては、例えば、15重量% ウシ胎仔血清と他の成分(β−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸)とを含むダルベッコ改変イーグル培地、15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地等が挙げられる。さらに、ヒトの胚性幹細胞に用いる場合、前記培地成分としては、例えば、β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と血清又は血清代替物〔例えば、インビトロジェン(Invitrogen)社製、20重量% KNOCKOUTTM Serum Replacement〕とを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地等が挙げられる。
【0046】
なお、胚性幹細胞を細胞移植療法のための移植用細胞の製造等に用いる場合、血清の代わりに、血清代替物を用いることが好ましい。
【0047】
本発明の維持用培地には、ペニシリン(例えば、10単位/ml)、ストレプトマイシン(例えば、10μg/ml)、ヌクレオシド(アデノシン、グアノシン、シチジン及びウリジンを終濃度各30μM前後、チミジンを終濃度10μM前後)等をさらに含有してもよい。
【0048】
本発明の維持用培地のpHは、適用対象となる胚性幹細胞に応じて適宜設定すればよい。マウスの胚性幹細胞に用いる場合、胚性幹細胞を良好に製造、維持又は増殖させる観点から、例えば、7.0以上、好ましくは、7.3以上であることが望ましく、8.0以下、好ましくは、7.5以下であることが望ましい。サルの胚性幹細胞に用いる場合、胚性幹細胞を良好に製造、維持又は増殖させる観点から、前記pHは、例えば、7.0以上、好ましくは、7.3以上であることが望ましく、8.0以下、好ましくは、7.5以下であることが望ましい。ヒトの胚性幹細胞に用いる場合、胚性幹細胞を良好に製造、維持又は増殖させる観点から、前記pHは、例えば、7.0以上、好ましくは、7.3以上であることが望ましく、8.0以下、好ましくは、7.5以下であることが望ましい。
【0049】
なお、通常、未分化状態の維持に白血病阻害因子(LIF)を必要とする胚性幹細胞に、本発明の維持用培地を用いる場合、本発明の維持用培地は、該LIFをさらに含有してもよい。この場合、本発明の維持剤の有効成分であるWntと、LIFとの相乗的な作用により、胚性幹細胞の未分化状態をより効率よく維持することができるという優れた効果を発揮する。
【0050】
また、本発明の維持剤によれば、胚性幹細胞の製造方法が提供される。かかる胚性幹細胞の製造方法も本発明に含まれる。
【0051】
本発明の製造方法は、哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、本発明の維持剤の存在下に培養して、胚性幹細胞を得ることを特徴とする方法である。
【0052】
本発明の製造方法は、前記内部細胞塊を、本発明の維持剤の存在下に培養することに1つの大きな特徴がある。
【0053】
本発明の製造方法は、本発明の維持剤が用いられるため、効率よく胚性幹細胞を得ることができる。また、本発明の製造方法によれば、通常、未分化状態の維持に際して、LIFを必要とする胚性幹細胞であっても、外因的なLIFを添加した場合及び添加しない場合のいずれにおいても胚性幹細胞を得ることができるという優れた効果を発揮する。
【0054】
前記哺乳動物としては、特に限定されないが、ヒト、サル、マウス等が挙げられる。
【0055】
また、本発明の製造方法においては、本発明の維持剤が用いられるため、哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、該維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に培養することにより、胚性幹細胞を得ることもできる。本発明の製造方法においては、前記維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下での内部細胞塊の培養を行なうことにより、胚性幹細胞をより簡便に得ることができるという優れた効果を発揮する。さらに、かかる製造方法によれば、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得ることができるという優れた効果を発揮する。
【0056】
本発明の製造方法としては、具体的には、
(A)哺乳動物の内部細胞塊を、本発明の維持剤の存在下かつフィーダー細胞の存在下に培養する工程に培養する工程、及び
(B)前記工程(A)で得られた細胞について、胚性幹細胞に特徴的な性質を評価して、胚性幹細胞を得る工程
を含む方法(製造方法1という)、
(A’)哺乳動物の内部細胞塊を、本発明の維持剤の存在下かつフィーダー細胞の非存在下に培養する工程、及び
(B’)前記工程(A)で得られた細胞について、胚性幹細胞に特徴的な性質を評価して、胚性幹細胞を得る工程
を含む方法(製造方法2という)
が挙げられる。
【0057】
前記製造方法1及び製造方法2は、哺乳動物の種類、得られた胚性幹細胞の使用目的等に応じて、適宜選択すればよい。胚性幹細胞を簡便かつ迅速に得る観点及び他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得る観点から、製造方法2が好ましい。
【0058】
工程(A)又は工程(A’)で用いられる内部細胞塊は、特に限定されないが、例えば、
− 哺乳動物の受精卵を用いて胚盤胞期胚を発生させ、
− 該胚盤胞期胚を、ヒアルロニダーゼ、プロナーゼ等で処理して、透明帯が除去された胚盤胞期胚を得、
− 得られた透明帯が除去された胚盤胞期胚を、前記哺乳動物に対する適切な抗血清を用いた免疫手術に供する
ことにより得られうる。
【0059】
前記工程(A)又は(A’)においては、本発明の維持用培地を用いることができる。
【0060】
なお、前記工程(A)において、フィーダー細胞は、慣用の細胞〔例えば、マウス線維芽細胞、STO細胞(マウス線維芽細胞由来細胞)等)を、慣用の方法、例えば、マイトマイシンC処理することにより得られたフィーダー細胞を用いればよい。
【0061】
前記工程(A)又は(A’)に用いられる培養容器としては、培養に適したものであればよく、例えば、6cmディッシュ、10cm ディッシュ等が挙げられる。
【0062】
前記工程(A)においては、ゼラチン、コラーゲン等の細胞接着因子でコートした培養用容器を用いればよい。
一方、前記工程(A’)においては、マウスの場合、ゼラチン等でコートした培養容器を用いればよく、コートサルの場合、血清又は血清代替物を含む培地でコートした培養用容器を用いればよい。
【0063】
前記工程(A)又は工程(A’)において、内部細胞塊は、胚性幹細胞を得るに適した状態でもちいればよく、特に限定されないが、通常、1mlの培地に対し、1つとなるようにすればよい。
【0064】
前記工程(A)又は工程(A’)において、前記内部細胞塊の培養条件は、該胚性幹細胞の由来の動物種に応じて適宜選択されうるが、例えば、マウスの場合、37℃前後、例えば、37℃±0.2℃、好ましくは、37℃、CO2 濃度5%前後、例えば、4.8〜5.2%、好ましくは、5%、好ましくは、4〜5日間培養する条件が望ましく、サルの場合、37℃前後、例えば、37℃±0.2℃、好ましくは、37℃、CO2濃度5%前後、例えば、4.8〜5.2%、好ましくは、5%、好ましくは、4〜7日間培養する条件が望ましい。
【0065】
ついで、前記工程(A)又は工程(A’)において、得られた細胞について、胚性幹細胞に特徴的な性質を評価して、胚性幹細胞を得る〔工程(B)又は工程(B’)〕。
【0066】
前記工程(B)又は工程(B’)において、胚性幹細胞に特徴的な性質としては、未分化状態の胚性幹細胞に特異的なマーカーの発現の有無、アルカリホスファターゼ活性の発現、Oct−3/4の発現、胚性幹細胞の由来の動物種に固有の形状のコロニーの形成等が挙げられ、これらの性質は、前記した方法により評価されうる。
【0067】
得られた胚性幹細胞について、多分化能、核型等をさらに評価してもよい。
【0068】
前記多分化能は、例えば、重症複合型免疫不全(SCID)マウス、ヌードマウス等の皮下、腎皮膜下等に、得られた胚性幹細胞を注射し、数週後(例えば、5〜16週後)にテラトーマの形成の有無を調べること、レチノイン酸等の分化誘導因子の存在下に胚性幹細胞を維持して分化細胞の発生の有無を調べること、ストロマ細胞層上で胚性幹細胞を維持して分化細胞の発生の有無を調べること等により評価されうる。
【0069】
前記核型は、胚性幹細胞における染色体数を調べ、該胚性幹細胞の由来の動物種に固有の染色体数と比較することにより評価されうる。
【0070】
また、本発明の維持剤によれば、樹立胚性幹細胞を未分化状態に維持して増殖させることができる。したがって、本発明により、胚性幹細胞の未分化状態の維持方法も提供される。
【0071】
本発明の胚性幹細胞の未分化状態の維持方法は、樹立胚性幹細胞を、本発明の維持剤の存在下に維持することを1つの大きな特徴とする。
【0072】
本発明の維持方法によれば、本発明の維持剤が用いられるため、外因的なLIFを添加した場合及び添加しない場合のいずれにおいても胚性幹細胞を未分化状態に維持することができるという優れた効果を発揮する。
【0073】
また、本発明の維持方法においては、本発明の維持剤が用いられるため、樹立胚性幹細胞を、本発明の維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に維持することにより、該樹立胚性幹細胞を未分化状態に維持することもできる。本発明の維持方法においては、本発明の維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に維持することにより、簡便に樹立胚性幹細胞を未分化状態に維持できる。また、本発明の維持方法によれば、他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に生じない状態で、胚性幹細胞の未分化状態を維持することができる。さらに、本発明の維持方法によれば、哺乳動物、特に、霊長類動物、さらに具体的には、サル、ヒト等の胚性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に維持することができるという優れた効果を奏する。
【0074】
本発明の維持方法としては、具体的には、
樹立胚性幹細胞を、本発明の維持剤の存在下かつフィーダー細胞の存在下に培養する工程に培養する方法(維持方法1)、及び
樹立胚性幹細胞を、本発明の維持剤の存在下かつフィーダー細胞の非存在下に培養する方法(維持方法2)
が挙げられる。
【0075】
前記維持方法1及び維持方法2は、哺乳動物の種類、得られた胚性幹細胞の使用目的等に応じて、適宜選択すればよい。簡便な操作を可能にする観点及び他の生物からの汚染、例えば、ウイルス感染、遺伝子の水平伝播等を実質的に有さない胚性幹細胞を得る観点から、維持方法2が好ましい。
【0076】
本発明の維持方法においては、樹立胚性幹細胞の培養の際、本発明の維持用培地を用いればよい。
【0077】
前記維持方法1におけるフィーダー細胞としては、前記製造方法の場合と同様の細胞が挙げられる。
【0078】
本発明の維持方法において、樹立胚性幹細胞の培養の際に用いられる培養用容器としては、培養に適したものであればよく、例えば、6cmディッシュ、10cm ディッシュ等が挙げられる。
【0079】
前記維持方法1の場合、ゼラチン、コラーゲン等の細胞接着因子でコートした培養用容器を用いればよい。
【0080】
一方、前記維持方法2の場合、マウスの場合、ゼラチン等でコートした培養用容器を用いればよく、サルの場合、血清又は血清代替物を含む培地でコートした培養用容器を用いればよい。
【0081】
本発明の維持方法において、樹立胚性幹細胞を培養する際、未分化状態をより効率よく維持する観点から、細胞密度が、2×104細胞/35mm ディッシュ以上であり、2×105/35 mm ディッシュ以下であることが望ましい。
【0082】
樹立胚性幹細胞の培養条件は、該樹立胚性幹細胞の種類に応じて適宜選択することができ、例えば、マウスの場合、37℃前後、例えば、37℃±0.2℃、好ましくは、37℃、CO2 濃度5%前後、例えば、4.8〜5.2%、好ましくは、5%、好ましくは、2〜3日間培養する条件が望ましく、サルの場合、37℃前後、例えば、37℃±0.2℃、好ましくは、37℃、CO2濃度5%前後、例えば、4.8〜5.2%、好ましくは、5%、好ましくは、2〜3日間培養する条件が望ましい。
【0083】
また、本発明の維持方法により得られる胚性幹細胞の評価は、胚性幹細胞に特徴的な性質を評価すればよく、例えば、未分化状態の胚性幹細胞に特異的なマーカーの発現の有無、アルカリホスファターゼ活性の発現、Oct−3/4の発現、胚性幹細胞の由来の動物種に固有の形状のコロニーの形成、多分化能、核型等を前記と同様に評価すればよい。
【0084】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は、かかる実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0085】
細胞間のシグナル伝達を司るWntタンパク質の1つであるWnt3aをコードする核酸〔ジーンバンクアクセッション番号:NM_009522)を有するL細胞(ATCC CRL−2647)を、106細胞となるように、10cmディッシュ上、10% ウシ胎仔血清を含むダルベッコ改変イーグル培地に播種し、37℃、5% CO2 で3日間培養した。なお、モックベクターを有するL細胞も同様に培養した。その後、培地を交換し、さらに3日間培養した。なお、培地交換の際、D3細胞に対して上清を用いる場合、培地を、10重量% 血清を含むダルベッコ改変イーグル培地に交換し、E14.1細胞に対して上清を用いる場合、培地を、10重量% KSRを含むダルベッコ改変イーグル培地に交換し、サル胚性幹細胞に対して上清を用いる場合、培地を、10重量% KSRを含むダルベッコ改変イーグル培地に交換した。
【0086】
得られた培養物を0.2μm孔のフィルター(ミリポア社製、商品名:Millex-GV)でろ過して、培養上清 100mlを得た。マウス胚性幹細胞に対して、上清を用いる場合、前記培養上清を、さらに、適切な培地で、3倍希釈して用い、サル胚性幹細胞に対して、上清を用いる場合、希釈せずそのまま用いた。なお、以下、Wnt3aを含む上清を、「Wnt3a上清」という。
【0087】
また、前記Wnt3a上清に、最終濃度1重量%となるように、TritonTM X−100を添加し、得られた産物 100mlを、0.2mm孔のフィルター(ミリポア社製、商品名:Millex−GV)でろ過して、ろ過産物を得た。
【0088】
アマシャム ファルマシア(Amersham Pharmacia)社製、商品名:Blue Sepharoseカラムを用いたクロマトグラフィー(総容量 5ml)を、予め、緩衝液A〔組成:150mM KCl、20mM Tris−HCl、1重量% CHAPS(3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホン酸)、pH7.5〕で平衡化させた。ついで、前記ろ過産物を、前記Blue Sepharoseカラムに供し、カラム容量の4倍容量の前記結合緩衝液で洗浄した。その後、緩衝液B〔組成:1.5M KCl、20mM Tris−HCl、1重量% CHAPS、pH7.5〕を用いて、前記Blue Sepharoseカラムに吸着したタンパク質を溶出した。なお、タンパク質の溶出において、流速1−2ml/分、分画1mlとした。
【0089】
溶出された各画分について、抗Wnt3a抗体を用いたイムノブロッティングを行ない、Wnt3aを含む画分を選別した。
【0090】
また、以下のように、L細胞におけるβ−カテニンの増加を指標として、測定することにより、Wnt3aを含む画分の活性を測定した。具体的には、マウスL細胞を96ウェルプレートに播種し、ついで、ウェルに、溶出された各画分をそれぞれ添加し、CO2インキュベーター中、37℃で2時間インキュベーションした。その後、各ウェルから、液体成分を吸引して除去し、ついで、各ウェル中の細胞をリン酸緩衝化生理食塩水で洗浄した。ついで、各ウェルからリン酸緩衝化生理食塩水を吸引して除去し、ついで、各ウェルに溶解緩衝液〔組成:1重量% TritonTM X−100、150mM NaCl、50mM Tris−HCl、pH8.0〕 30μlを添加して、各ウェル中の細胞を溶解させた。得られた溶解物にラエムリ(Laemmli)らのSDS緩衝液〔組成:10mM Trsi-HCl(pH6.8)、2重量% SDS、1体積% 2−メルカプトエタノール、8M 尿素〕を添加し、5分間煮沸し、SDS−PAGE用試料を得た。その後、各20μlのSDS−PAGE用試料を、10重量% ポリアクリルアミドゲルを用いたSDS−PAGEに供した。得られたゲルから、ニトロセルロース膜にタンパク質を転写し、その後、得られたニトロセルロース膜と、マウス抗β−カテニン抗体〔サンタクルズバイオテック(Santa Cruz Biotech)社製又はトランスダクション ラボラトリー(Transduction Laboratories)社製〕とを用いてイムノブロッティングを行なった。
【0091】
ついで、得られたWnt3aを含む画分を、10mlまで濃縮し、商品名:HiLoad 16/60 Superdex 200カラム〔アマシャム ファルマシア(Amersham Pharmacia)社製〕に供し、1重量% CHAPSを含有するリン酸緩衝化生理食塩水(pH7.3)を用い、流速2ml/分、分画5mlで溶出し、前記と同様にWnt3aの活性を調べた。その結果、65ml〜80ml溶出時の画分を、Wnt3aを含む画分として得た。
【0092】
得られた画分を、商品名:HiTrap Heparinカラムに供し、カラムに吸着したタンパク質を、1重量% CHAPSを含有するリン酸緩衝化生理食塩水(pH7.3)を用い、0〜1M NaClで段階的に溶出した。
【0093】
前記と同様にして、Wnt3aを含む画分を得た。かかる画分を、Wnt3a標品として、以下の実験に用いた。
【実施例2】
【0094】
フィーダー細胞非依存性のマウス胚性幹細胞であるD3細胞におけるWnt(Wnt3a)の影響を調べた。なお、対照として、前記実施例1の組換えベクターの代わりに、モックベクターを用いて得られた培養上清(以下、モック上清ともいう)を用いた。
【0095】
D3細胞の培養は、ゼラチンコートしたプレート上、終濃度10ng/mlのマウス白血病阻害因子(LIF)(ESGRO社製)の存在下又は非存在下に、下記1)〜3)のいずれかの培地
1) 15重量% ウシ胎仔血清と他の成分(β−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸)とを含むダルベッコ改変イーグル培地、
2) 15重量% ウシ胎仔血清と他の成分(β−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸)とを含むダルベッコ改変イーグル培地に、実施例1で得られたWnt3a上清(Wnt3a濃度として、100〜200ng/1mlを3倍希釈)をさらに含む培地、及び
3) 15重量% ウシ胎仔血清と他の成分(β−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸)とを含むダルベッコ改変イーグル培地に、モック上清(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)をさらに含む培地
を用い、37℃、5% CO2の条件下に、3日間行なった。
【0096】
その後、得られた各細胞について、未分化胚性幹細胞のマーカーの1つであるアルカリホスファターゼ(Alp)活性の発現、未分化状態のマーカーの1つであるSSEA−1の発現、及びマウス胚性幹細胞の維持に必須であり、かつ分化に際して迅速にダウンレギュレートされるOct−3/4の発現を調べた。
【0097】
Alp活性の発現の検出は、商品名:アルカリホスファターゼキット(Alkaline Phosphatase kit)〔シグマ(Sigma)社製〕を用い、該キットに添付の説明書に記載の方法に準じて、Alp染色により行なった。結果を図1のパネルAに示す。
【0098】
その結果、図1のパネルAに示すように、Wnt3a上清を用いた場合、LIF存在下において、D3細胞は、コンパクトなコロニー形態を示し、Alp活性を発現していることがわかった。さらに、Wnt3a上清を用いた場合、LIFの非存在下でさえ、D3細胞は、未分化形態、すなわち、コンパクトなコロニー形態を示し、Alp活性を発現していることがわかった。
【0099】
対照的に、図1のパネルAに示すように、モック上清を、LIF存在下のフィーダー非依存性胚性幹細胞に添加した場合、胚性幹細胞のコロニーは、平板化し、Alp染色による染色強度が減少した。したがって、L細胞上清が、胚性幹細胞の分化を強く誘導する因子(分化誘導因子)を含むことが示唆された。また、Wnt3aは、L細胞上清に本質的に含まれることが示唆された分化誘導因子による分化誘導活性を妨げることが示された。
【0100】
また、SSEA−1の発現の検出は、SSEA−1抗体(協和発酵株式会社製)と、PE結合抗マウスIgM抗体とを用い、FACS解析により行なった。結果を図1のパネルBに示す。
【0101】
その結果、図1のパネルBの右パネルに示されるようにWnt3aとともに維持されたD3細胞は、未分化状態のマーカーであるSSEA−1に対して陽性であることがわかった。
【0102】
さらに、Oct−3/4の発現は、各細胞から、商品名:Trizol〔インビトロジェン(Invitrogen)社製〕を用いて、RNAを抽出し、得られたRNAについて、Oct−3/4を検出するためのプローブを用いたノーザンブロット解析を行なうことにより検出した。結果を、図1のパネルCに示す。
【0103】
その結果、図1のパネルCのレーン3に示されるように。Oct3/4発現は、Wnt3a上清を用いた場合にLIF存在下(レーン1)の場合と同様に維持されることがわかった。
【0104】
したがって、Wnt3aにより、LIF存在下及び非存在下のいずれにおいても、フィーダー細胞非依存性マウス胚性幹細胞D3細胞を未分化状態に維持できることがわかった。また、上清に共存する分化誘導因子にもかかわらず、Wnt3a上清を用いることにより、LIF非存在下で、長期(10継代以上)にわたってD3細胞を維持できることがわかった。
【実施例3】
【0105】
Wnt活性が、胚性幹細胞に直接作用しているかどうかを調べた。
【0106】
レニラルシフェラーゼとともに商品名:TOPflash〔アップステート バイオテクノロジー(Upstate Biotechnology)社製〕を、商品名:Fugene6〔ロシュ(Roche)社製〕を用いて、D3細胞にトランスフェクトした。また、陰性対照として、商品名:FOPflash〔アップステート バイオテクノロジー(Upstate Biotechnology)社製〕を用いた。
【0107】
得られたトランスフェクタントを、15重量% ウシ胎仔血清と他の成分(β−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸)とを含むダルベッコ改変イーグル培地を用い、37℃、5% CO2の条件下に、24時間維持した。
【0108】
その後、D3細胞の培地に、LIF(10ng/ml)、Wnt3a上清〔培養液量の1/3量(Wnt3a濃度として、100〜20ng/ml)〕又はモック上清〔培養液量の1/3量(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)を添加して、該D3細胞を刺激した。
【0109】
前記刺激から24時間後、商品名:Dual Luciferase Reporter Assay System〔プロメガ(Promega)社製〕を用いて、ルシフェラーゼ活性を測定した。その結果を図2のパネルAに示す。
【0110】
図2のパネルAに示されるように、TOPflashは、モック上清には応答せず、Wnt3a上清によく応答したが、陰性対照レポーター(FOPflash)は、いずれの上清にも応答しなかった。
【0111】
また、上清が、LIF関連サイトカインを含む可能性を調べた。
【0112】
レニラルシフェラーゼとともに、STAT3応答性レポーターである商品名:APRF−Luc〔アップステート バイオテクノロジー(Upstate Biotechnology)社製〕を、商品名:Fugene6〔ロシュ(Roche)社製〕を用いて、D3細胞にトランスフェクトした。また、陰性対照として、商品名:FOPflash〔アップステート バイオテクノロジー(Upstate Biotechnology)社製〕を用いた。
【0113】
得られたトランスフェクタントを、15重量% ウシ胎仔血清と他の成分(β−メルカプトエタノール、非必須アミノ酸)とを含むダルベッコ改変イーグル培地を用い、37℃、5% CO2の条件下に、24時間維持した。
【0114】
その後、D3細胞の培地に、LIF(10ng/ml)、Wnt3a上清〔培養液量の1/3量(Wnt3a濃度として、100〜20ng/ml)〕又はモック上清〔培養液量の1/3量(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)を添加して、該D3細胞を刺激した。
【0115】
前記刺激から24時間後、商品名:Dual Luciferase Reporter Assay System〔プロメガ(Promega)社製〕を用いて、ルシフェラーゼ活性を測定した。その結果を、図2のパネルBに示す。
【0116】
その結果、図2のパネルBに示されるように、Wnt3a上清は、わずかにD3細胞内でルシフェラーゼ活性を活性化した。したがって、前記Wnt3a上清は、胚性幹細胞のSTAT3を活性化しうる少量のサイトカインを含む可能性が示唆された。
【0117】
また、特異的なWntアンタゴニストである可溶性frizzled受容体(Fz8-Fc) 1μg/ml又はLIFに対する抗体 1μg/mlを、Wnt3a上清の存在下(100〜200ng/ml)かつLIFの非存在下に維持したD3細胞及びLIFの存在下(10ng/ml)に維持したD3細胞のそれぞれの培地に添加した。その結果を図2のパネルCに示す。また、オンコスタチンM(OSM)、カルディオトロフィン(CT−1)及び毛様神経栄養因子(CNTF)それぞれに対する抗体を、Wnt3a上清の存在下(Wnt3a濃度として、100〜200ng/ml)かつLIFの非存在下に維持したD3細胞及びLIFの存在下(10ng/ml)に維持したD3細胞のそれぞれの培地に添加した。
【0118】
図2のパネルCに示されるように、Fz8−Fcは、Wnt3a上清で維持したD3細胞におけるAlpの発現及びコンパクトなコロニー形態の維持を阻害した。したがって、Wnt3a上清の活性は、Wntタンパク質に由来するものであり、二次的に活性化された分子に由来するものではないことがわかった。
【0119】
また、図2のパネルCに示されるように、Fz8−Fcは、LIFで維持された胚性幹細胞に影響しなかった。すなわち、LIFが、二次的にWntを誘導しないことを意味する。
【0120】
さらに、図2のパネルCに示されるように、抗LIF抗体は、10ng/mlのLIFを完全に阻害できた濃度で、Alp染色及びコンパクトなコロニー形成を部分的に阻害した。しかしながら、抗LIF抗体とFz8-Fcとの組合せは、Alp染色及びコンパクトなコロニーは、明らかでなかった。一方、オンコスタチンM(OSM)、カルディオトロフィン(CT−1)及び毛様神経栄養因子(CNTF)それぞれに対する抗体は、Wnt3a上清で維持したD3細胞に明らかな影響を与えなかった。
【0121】
なお、Wnt3a上清について、商品名:Quantikine M:mouse LIF immunoassay kit(R&D社製)を用い、LIF濃度を測定したところ、59.4pg/mlのLIFを含み、希釈後、19.8pg/mlを含んでいた。かかる低濃度のLIFでは、D3細胞の未分化状態の維持をほんのわずかしかサポートしないが、Wntは、この濃度のLIFとともに、上清における分化誘導活性にもかかわらず、D3細胞を維持する。
【0122】
したがって、Wntは、胚性幹細胞の未分化状態の維持には不十分である低用量のLIFとの相乗的な活性により、胚性幹細胞に活性を発揮することが示唆される。
【実施例4】
【0123】
LIFの存在下に、マウス胎仔の線維芽細胞上で通常維持されるフィーダー細胞依存胚性幹細胞(E14.1細胞)におけるWntの影響を調べた。
【0124】
Wnt(Wnt3a)の影響を調べた。なお、対照として、前記実施例1の組換えベクターの代わりに、モックベクターを用いて得られた培養上清(以下、モック上清ともいう)を用いた。
【0125】
E14.1細胞の培養は、マイトマイシンCで処理したマウス胎仔の線維芽細胞上、終濃度10ng/mlのマウス白血病阻害因子(LIF)(ESGRO社製)の存在下又は非存在下に、下記1)〜3)のいずれかの培地
1) 15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地、
2) 15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地に、実施例1で得られたWnt3a上清(Wnt3a濃度として、100〜200ng/ml)をさらに含む培地、及び
3) 15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地に、モック上清(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)をさらに含む培地
を用い、37℃、5% CO2の条件下に、3日間行なった。
【0126】
その後、得られた各細胞について、Alp活性の発現を前記実施例2と同様の手法により調べ、実施例3と同様の手法により、Fz8−Fc及び抗LIF抗体のそれぞれを用いて、Wnt3a及びLIFそれぞれの胚性幹細胞への影響を調べた。その結果を、図3のパネルA及びパネルBにそれぞれ示す。
【0127】
図3のパネルAに示されるように、E14.1細胞を、LIFとWnt3aとの存在下に培養した場合、コロニーは、LIF単独での使用の場合に比べ、Alpに対してより陽性に染色された。また、Wnt3a上清単独で用いた場合、マウス胎仔の線維芽細胞上、Alp陽性コロニーを維持できた。
【0128】
マウス胎仔の線維芽細胞は、LIFを分泌し、そのため、胚性幹細胞は、外因的なLIFの非存在下であってもある程度までは維持される。実際、図3のパネルBに示されるように、抗LIF抗体により、マウス胎仔の線維芽細胞上の多数のAlp陽性コロニーの形成が顕著に阻害された。また、Fz8−Fcにより、Alp陽性コロニー形成が阻害され、抗LIF抗体とFz8−Fcとの組合せにより、Alp陽性コロニーの形成が、ほぼ完全に阻害された。
【0129】
これらのデータから、マウス胎仔の線維芽細胞は、LIFとWntとを分泌し、該LIF及びWntの両方が、マウス胎仔の線維芽細胞上のフィーダー依存胚性幹細胞を維持することが示唆される。
【0130】
ついで、Wntが、フィーダー細胞フリーの状態でE14.1細胞を維持するかどうかを調べた。具体的には、E14.1細胞を、終濃度10ng/mlのマウス白血病阻害因子(LIF)(ESGRO社製)の存在下又は非存在下に、下記1)〜3)のいずれかの培地
1) 15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地、
2) 15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地に、実施例1で得られたWnt3a上清(Wnt3a濃度として、100〜200ng/ml)をさらに含む培地、及び
3) 15重量% 血清とβ−メルカプトエタノールとピルビン酸ナトリウムとを含むダルベッコ改変イーグル培地に、モック上清(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)をさらに含む培地
を用い、37℃、5% CO2の条件下に、3日間培養した。その後、得られた各細胞について、Alp活性の発現を前記実施例2と同様の手法により調べた。結果を図3のパネルCに示す。
【0131】
その結果、図3のパネルAに示されるように、Wnt3a上清により、外因性LIFの存在又は非存在の場合ともに、E14.1細胞のAlp陽性コロニー形成を維持できた。
【0132】
また、Wnt3a上清単独で2週間培養された胚性幹細胞を、mixed−coatedキメラマウスから生成された胚盤胞に注入した。
【0133】
その結果、図3のパネルDに示されるように、Wnt3a上清単独で2週間培養された胚性幹細胞を胚盤胞に注入することによってキメラマウスを形成し、さらに生殖細胞に分化することによって胚性幹細胞由来の遺伝子(外皮色)が子孫に伝達された。
【0134】
これらのデータにより、Wntで維持された胚性幹細胞は、わずかな量のLIFの助けにより、インビボで試験された多分化能を維持していることが示唆される。
【実施例5】
【0135】
Wnt活性が、系統発生的に保存されるかどうかを試験するため、カニクイザル(Macaca fascicularis)から樹立されたサル胚性幹細胞であるCMK6.4細胞におけるWntの影響を調べた。
【0136】
CMK6.4細胞の培養は、マイトマイシンCで処理したマウス胎仔の線維芽細胞上、LIF、OSM、CT−1、CNTF、インターロイキン−6(IL−6)及びIL−6可溶性レセプターいずれか 終濃度10ng/mlの存在下又は非存在下に、下記1)〜3)のいずれかの培地
1) β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と20重量% KNOCKOUTTM serum Replacement〔商品名、インビトロジェン(Invitrogen)社製〕とを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地、
2) β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と20重量% KNOCKOUTTM serum Replacementとを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地に、実施例1で得られたWnt3a上清(Wnt3a濃度として、100〜200ng/ml)をさらに含む培地、及び
3) β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と20重量% KNOCKOUTTM serum Replacementとを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地に、モック上清(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)をさらに含む培地
を用い、37℃、5% CO2の条件下に、3日間行なった。
【0137】
前記CMK6.4細胞をフィーダーフリー条件で培養する場合、組織培養ディッシュ(Falcon社製)を、10重量% 血清を含むダルベッコ改変イーグル培地で37℃一晩コートし、かかる組織培養ディッシュ上、
1) β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と20重量% KNOCKOUTTM serum Replacementとを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地に、実施例1で得られたWnt3a上清(Wnt3a濃度として、100〜200ng/ml)をさらに含む培地、及び
2) β−メルカプトエタノールと非必須アミノ酸と20重量% KNOCKOUTTM serum Replacementとを含むダルベッコ改変イーグル培地/F12培地に、モック上清(上記Wnt3a上清において、Wnt3a濃度として、100〜200ng/mlである場合に対応する液量)をさらに含む培地
のいずれかを用い、37℃、5% CO2の条件下に、3日間行なった。
【0138】
その後、得られた各細胞について、Alp活性の発現を前記実施例2と同様の手法により調べた。また、マウス胎仔の線維芽細胞上で培養して得られた各細胞について、SSEA−4の発現を、SSEA−4抗体〔アイオワ大学、ディベロップメンタル スタディーズ ハイブリドーマ バンク(Developmental Studies Hybridoma Bank)供給〕と、FITC結合抗マウスIgG抗体とを用いて検出した。それぞれの結果を図4に示す。
【0139】
その結果、図4のパネルAに示されるように、CMK6.4細胞を、マウス胎仔の線維芽細胞上で培養した場合、Wnt3aは、Alp活性及びSSEA−4発現の両方を増加させた。
【0140】
また、LIF又は他のLIF関連サイトカイン〔CNTF、CT−1、OSM及びインターロイキン−6(IL−6)とIL−6可溶性レセプター〕の存在は、マウス胎仔の線維芽細胞上で培養されたサル胚性幹細胞又はマウス胎仔の線維芽細胞非存在下で培養されたサル胚性幹細胞の未分化状態の維持には、明確な影響を与えなかった。
【0141】
このことより、Wnt3aが、LIF関連サイトカイン非依存的にサル胚性幹細胞の未分化状態の維持を促進することが示唆される。
【0142】
また、図4のパネルBで示されるように、フィーダー細胞フリーの条件で、Wnt3a上清で培養されたCMK6.4細胞は、限られた数の継代において、Alp陽性であり、この活性は、Fz8−Fcにより阻害された。
【0143】
また、フィーダー細胞フリーの条件で、Wnt3a上清で培養されたCMK6.4細胞 約106細胞を、重症複合型免疫不全(SCID)マウスの後脚に皮下注射した。
【0144】
その結果、Wnt3a上清で培養されたCMK6.4細胞を移植した8匹のマウスのうち5匹のマウスにおいて、テラトーマを形成した。
【0145】
したがって、胚性幹細胞におけるWnt活性は、LIF関連サイトカインとは対照的に、種を超えて保存されることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0146】
本発明により、トランスジェニック動物の作製の効率を改善することができ、疾患のモデル動物等の開発への応用が可能になる。また、本発明により、より効率よく、細胞移植療法に適した品質及び性質を有する胚性幹細胞を供給することができ、ヒトに対する細胞移植療法のための手段等の開発への応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0147】
【図1】図1は、Wnt3aによるフィーダー非依存的なマウス胚性幹細胞D3細胞の維持を示す。図中、パネルAは、Wnt3a又はモック上清とともに培養されたD3細胞のアルカリホスファターゼ(Alp)染色の結果を示す。上部カラムは、LIF存在下、下部カラムは、LIF非存在下を示す。また、左カラムは、胚性幹細胞の培地(図中、medium)、中央カラムは、Wnt3a上清(図中、Wnt3a)、右カラムは、モック上清(図中、mock)を示す。Alp陽性(赤)及びコンパクトなコロニーは、Wnt3aの存在下で維持された。パネルBは、SSEA-1染色の結果を示す図である。図中、左パネルは、LIFの存在下、中央パネルは、LIFの非存在下、右カラムは、Wnt3a上清の存在下での結果を示す。パネルCは、Oct−3/4発現のノーザンブロット解析の結果を示す。図中、レーン1は、LIF存在下、レーン2は、LIF非存在下、レーン3は、Wnt3a上清存在下の結果を示す。
【図2】図2は、WntとLIF/gp130との間の相乗作用を示す図である。図中、パネルAは、Wnt応答性レポーター(TOPflash)又は変異レポーター(FOPflash)を用いたD3細胞のルシフェラーゼアッセイの結果を示す。パネルBは、STAT応答性レポーター(APRE−luc)を用いたD3細胞のルシフェラーゼアッセイの結果を示す。パネルCは、Wntに対するアンタゴニスト(マウスFz8−Fc:1μg/ml)及び/又はLIFに対するアンタゴニスト(抗LIF抗体:1μg/ml)の影響を調べた結果を示す。上部カラムは、Wnt3a上清存在下、下部カラムは、LIF(10ng/ml)の存在下での結果を示す。
【図3】図3は、Wnt3aによるフィーダー細胞依存性マウス胚性幹細胞(E14.1)の未分化状態の維持を示す図である。図中、パネルAは、Wnt3a又はモック上清の存在下、マウス胎仔の線維芽細胞上のE14.1細胞のAlp染色の結果を示す。上部カラムは、外因的なLIF存在下、下部パネルは、外因的LIF非存在下の結果を示す。パネルBは、マウス胎仔の線維芽細胞上の胚性幹細胞に対するLIF及び/又はWntアンタゴニストの影響を調べた結果を示す。抗LIF抗体(1μg/ml)若しくはマウスFz8−Fc(5μg/ml)又は両方を、外因的LIFの非存在下、マウス胎仔の線維芽細胞上で培養されたE14.1細胞に添加した。300コロニー中のAlp陽性コロニーの割合を示す。実験は、3回繰り返し、代表的なデータを示す。パネルCは、フィーダーと無関係のE14.1細胞のAlp染色を示す。パネルDは、Wnt3a上清と共に14日間培養されたフィーダーフリーのE14.1細胞キメラマウスから作製されたキメラマウスを示す。
【図4】図4は、Wnt3aによるサル胚性幹細胞の維持を示す図である。パネルAは、マウス胎仔の線維芽細胞上で培養されたサル胚性幹細胞に対するWnt3a上清の影響を示す図である。上部カラムは、Alp染色、下部カラムは、SSEA−4染色を示す。パネルBは、マウス胎仔の線維芽細胞なしで培養されたサル胚性幹細胞を示す。Wnt3a上清を用いた場合のAlp染色(左)は、マウスFz8−Fc(1μg/ml)により阻害された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Wntファミリーのタンパク質を有効成分として含有してなる、胚性幹細胞の未分化状態の維持剤。
【請求項2】
Wntファミリーのタンパク質が、Wnt1、Wnt3a、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11及びWnt16からなる群より選ばれた少なくとも1種である、請求項1記載の維持剤。
【請求項3】
請求項1又は2記載の維持剤を含有してなる、胚性幹細胞の未分化状態の維持用培地。
【請求項4】
白血病阻害因子をさらに含有してなる、請求項3記載の維持用培地。
【請求項5】
哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、請求項1又は2記載の維持剤の存在下に培養して、胚性幹細胞を得ることを特徴とする、胚性幹細胞の製造方法。
【請求項6】
哺乳動物が、ヒト、サル及びマウスからなる群より選ばれた1種である、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
哺乳動物の胚盤胞期胚から得られた内部細胞塊を、請求項1又は2記載の維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に培養する、請求項5又は6記載の製造方法。
【請求項8】
樹立胚性幹細胞を、請求項1又は2記載の維持剤の存在下に維持することを特徴とする、胚性幹細胞の未分化状態の維持方法。
【請求項9】
樹立胚性幹細胞が、ヒト、サル及びマウスからなる群より選ばれた哺乳動物の樹立胚性幹細胞である、請求項8記載の維持方法。
【請求項10】
樹立胚性幹細胞を、請求項1又は2記載の維持剤の存在下、かつフィーダー細胞の非存在下に維持する、請求項8又は9記載の維持方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2006−345702(P2006−345702A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−287207(P2003−287207)
【出願日】平成15年8月5日(2003.8.5)
【出願人】(000002956)田辺製薬株式会社 (225)
【出願人】(391012327)東京大学長 (4)
【Fターム(参考)】