説明

脳科学検査システム

【課題】言語を使用することなく、より画一的かつ客観的にヒトや動物等の被検体の脳科学検査を行うことが可能な脳科学検査システム、脳科学検査方法及び脳科学検査プログラムを提供することである。
【解決手段】実施形態に係る脳科学検査システムは、記録手段及び解析手段を備える。記録手段は、複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置から与えられた複数の制御入力を試行結果情報として記録する。解析手段は、前記試行結果情報に基づいて前記複数の制御入力を与えるために前記入力装置を操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳科学検査システム、脳科学検査方法及び脳科学検査プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒトの性格検査は、設問に対する回答を評価することによって行われる。また、企業における総合適性検査として知られるSPI (synthetic personality inventory)も設問に対して回答する形式の検査である。この他、図形や色彩を用いた性格診断方法も知られている。
【0003】
一方、それぞれ振り子を搭載した2台の台車を剛体リンクで結合したモデルを準備し、片方の台車を動かすことにより振り子を転倒させる課題をヒトに与えることにより、ヒトの運動戦略の特徴を調べる方法が提案されている(例えば非特許文献1、非特許文献2及び非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】大高勇樹、吉田勝俊、「ヒトの対戦的な運動戦略の測定と評価」、日本機械学会関東支部ブロック合同講演会2009前橋講演論文集、No.090-3, (2009-9), pp.283-289、2009年9月26日発行。
【非特許文献2】中塚亜樹、吉田勝俊、「ヒトの協調的なバランス運動における安定性と追従性に関する官能評価」、日本機械学会関東支部ブロック合同講演会2009前橋講演論文集、No.090-3, (2009-9)、2009年9月26日発行。
【非特許文献3】日下田淳、大高勇樹、吉田勝俊、「非線形力学系における平衡点の手動作による切替について」、日本機械学会関東支部第16期総会講演会講演論文集、No.100-1, (2010-3), pp.197-198、2010年3月9日発行。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ヒトの性格検査や総合適性検査を始めとする脳科学検査は、日本語や英語等の使用言語に応じた意味空間の相違、年少者や言語障害者の言語能力の影響といった要素を排除して行うことが望まれる。すなわち、より画一的かつ客観的に脳科学検査を行うことが重要である。これは、サルやマウス等の動物を用いた検査においても同様である
【0006】
本発明は、言語を使用することなく、より画一的かつ客観的にヒトや動物等の被検体の脳科学検査を行うことが可能な脳科学検査システム、脳科学検査方法及び脳科学検査プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る脳科学検査システムは、記録手段及び解析手段を備える。記録手段は、複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置から与えられた複数の制御入力を試行結果情報として記録する。解析手段は、前記試行結果情報に基づいて前記複数の制御入力を与えるために前記入力装置を操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成する。
【0008】
また、本発明の実施形態に係る脳科学検査方法は、複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置から与えられた複数の制御入力を試行結果情報として記録するステップと、前記試行結果情報に基づいて前記複数の制御入力を与えるために前記入力装置を操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成するステップとを有する。
【0009】
また、本発明の実施形態に係る脳科学検査プログラムは、コンピュータを、前記記録手段及び前記解析手段として機能させる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る脳科学検査システムの機能ブロック図。
【図2】図1における脳科学検査システムにおいて用いられる非線形特性を有する力学モデルの例を示す図。
【図3】図2に示す力学モデルを、数値パラメータを用いて表した図。
【図4】図3に示す力学モデルの4つの安定平衡状態を示す図。
【図5】図3に示す力学モデルに与えられるバン・バン入力β(t1, t2)の時間変化と、所定の条件を満たすバン・バン入力β(t1, t2)によって自分側の振子B2の立位状態を維持しつつ相手側の振子B1を転倒状態にした例を示す図。
【図6】図3に示す力学モデルの4つの安定平衡状態ξ1, ξ2, ξ3, ξ4の切換条件となる正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の組み合わせ(Δt1, Δt2)を示す図。
【図7】図3に示す力学モデルをクライアントの表示装置に表示させて入力装置の操作によってバン・バン入力β(t1, t2)できるようにした具体例を、制御ブロック線図を用いて表した図。
【図8】式(4)で示される2次評価関数J(t1, t2) において重み係数p=1として振子B2の倒立角θ2のみに着目した2次評価関数J(t1, t2)の値のマップを示す図。
【図9】第3の安定平衡状態ξ3への切換条件を簡易に被検体の脳科学検査に用いるために図8に示す2次評価関数J(t1, t2)のマップ上にX座標系を設定した例を示す図。
【図10】図1に示す脳科学検査サーバの制御結果記憶部2Eに保存される被検体ごとの検査モデル制御の試行結果の例を示す図。
【図11】力学モデル制御の試行において複数の被検体が入力した正の負荷の入力期間Δt1と負の負荷の入力期間Δt2の確率密度分布の変化を示す図。
【図12】複数の被検体S1, S2, S3, ..., S6の力学モデルの課題に対する成功確率Psの試行日ごとの変化を示す図。
【図13】図10に示す被検体S1, S2, S3, ..., S6ごとの力学モデル制御の試行結果、図11に示す制御入力の確率密度分布及び図12に示す課題の成功確率に対して複数の特徴パラメータを設定することによって被検体S1, S2, S3, ..., S6を比較した例を示す図。
【図14】図1に示す脳科学検査システムにより被検体の脳科学検査を行うための流れを示すフローチャート。
【図15】本発明の第2の実施形態に係る脳科学検査システムの構成を示す機能ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態に係る脳科学検査システム、脳科学検査方法及び脳科学検査プログラムについて添付図面を参照して説明する。
【0012】
(第1の実施形態)
図1は本発明の第1の実施形態に係る脳科学検査システムの機能ブロック図である。
【0013】
脳科学検査システム1は、脳科学検査サーバ2とクライアント3をインターネットや無線等のネットワーク4を介して接続して構成される。脳科学検査サーバ2は、コンピュータの記憶装置に保存された脳科学検査プログラムを演算装置で実行させることにより、コンピュータを検査モデル設定部2A、検査モデル更新部2B、入力情報受信部2C、データ送信部2D、制御結果記憶部2E、データ解析部2F、解析方法設定部2G及び解析データ記憶部2Hとして機能させたものである。但し、脳科学検査サーバ2に一部又は全部の機能を備えるために回路を用いてもよい。
【0014】
また、脳科学検査プログラムは、汎用コンピュータを脳科学検査サーバ2として利用できるように情報記録媒体に記録してプログラムプロダクトとして流通させることもできる。もちろん、情報記録媒体を介さずにネットワーク経由で脳科学検査プログラムをコンピュータにダウンロードすることもできる。
【0015】
一方、クライアント3は、入力装置3A及び出力装置としての表示装置3Bを備えたコンピュータ端末で構成することができる。クライアント3は、脳科学検査の対象となるヒトや動物等の被検体により操作が可能な場所に設けられる。
【0016】
脳科学検査サーバ2の検査モデル設定部2Aは、被検体の脳科学検査に用いる動的な検査モデルを作成する機能を有する。脳科学検査に用いられる検査モデルは、少なくとも2つの安定平衡状態を有し、かつ所定の条件を満たす制御入力によってある安定平衡状態を他の安定平衡状態に遷移させることが可能な非線形ダイナミックモデルとされる。
【0017】
図2は、図1における脳科学検査システム1において用いられる非線形特性を有する力学モデルの例を示す図であり、図3は図2に示す力学モデルを、数値パラメータを用いて表した図である。
【0018】
図2に示すように、それぞれ倒立振子B1, B2を設けた2台の台車A1, A2を剛体リンクで結合した仮想的な力学モデルを検査モデルとして用いることができる。尚、倒立振子B1, B2の倒立は同一平面内で起こり、台車A1, A2の移動は同一直線上において起こるものとする。図2に示す力学モデルにおいて振子B1, B2の振子長が等しく、かつ振子B1, B2及び台車A1, A2の質量が等しいとすると、図2に示す力学モデルは、図3のようにパラメータを用いて表現することができる。
【0019】
すなわち、図3に示すように台車A1, A2の移動方向をX軸方向とし、台車A1, A2の移動方向に垂直な方向をY軸方向とする2次元の位置座標系を設定する。そうすると、力学モデルは、2つの台車A1, A2及び2つの振子B1, B2の4つの質点からなるモデルとなる。そして、力学モデルは、X軸方向における台車A1, A2の位置x1, x2、振子B1, B2の倒立角θ1, θ2、振子長r、剛体リンク長さl0をパラメータとして表すことができる。
【0020】
図3に示す力学モデルの各台車A1, A2には、比例(Proportional)動作と微分(Derivative)動作を有する式(1)で示されるPD制御入力u1, u2が与えられるものとする。
【数1】

【0021】
但し、式(1)においてiは1又は2の値、Kは比例入力のゲイン、Lは微分入力のゲインである。l0>2rの条件下において式(1)のゲインK, Lを適切な値に設定すると、各振子B1, B2の倒立角θ1, θ2がそれぞれ0又はπとなる4通りの全ての組み合わせにおいて力学モデル系は安定平衡状態となる。
【0022】
図4は、図3に示す力学モデルの4つの安定平衡状態を示す図である。
【0023】
図4(A)は、振子B1, B2の倒立角(θ1, θ2)=(0, 0)の第1の安定平衡状態ξ1を、図4(B)は、振子B1, B2の倒立角(θ1, θ2)=(0, π)の第2の安定平衡状態ξ2を、図4(C)は、振子B1, B2の倒立角(θ1, θ2)=(π, 0)の第3の安定平衡状態ξ3を、図4(D)は、振子B1, B2の倒立角(θ1, θ2)=(π, π)の第4の安定平衡状態ξ4を、それぞれ示す。
【0024】
図3に示す力学モデルにおいて、振子B2を設けた台車A2を自分側と考え、振子B1を設けた台車A1を相手側と考えると、力学モデルは、自分側の振子B2を設けた台車A2に入力を与えることによって相手側の台車A1に設けた振子B1を転倒させる課題に例えることができる。図3に示す力学モデルを転倒課題に例えると、振子B1, B2の倒立角θ1, θ2が0のとき振子B1, B2が立位の状態であることを表し、πのとき振子B1, B2が転倒状態であることを表すことになる。
【0025】
従って、図4(A)に示す(θ1, θ2)=(0, 0)の第1の安定平衡状態ξ1は、自分側及び相手側の双方の振子B1, B2が立位状態であることから転倒課題の結果が引き分け(draw)であることを表す。図4(B)に示す(θ1, θ2)=(0, π)の第2の安定平衡状態ξ2は、自分側の振子B2が転倒状態で相手側の振子B1が立位状態であることから転倒課題の結果は負け(lose)であることを表す。図4(C)に示す(θ1, θ2)=(π, 0)の第3の安定平衡状態ξ3は、自分側の振子B2が立位状態で相手側の振子B1が転倒状態であることから転倒課題の結果が勝ち(win) あることを表す。図4(D)に示す(π, π)の第4の安定平衡状態ξ4は、自分側及び相手側の双方の振子B1, B2が転倒状態であることから転倒課題の結果が共倒れ(scramble)であることを表す。
【0026】
自分側の台車A2に与えられる入力も、力学モデルの単純化の観点から限定的な規則性を有する入力とすることができる。単純な入力を行う制御の例としてバン・バン(Bang-Bang)制御が知られている。バン・バン制御は、互いに極性が異なり強度が一定の2つの入力を切換えて連続して与える制御である。例えば、正の最大入力を行った後、あるタイミングで負の最大入力を行って停止させる制御はバン・バン制御となる。
【0027】
そこで、データ処理簡易化のために、被検体から自分側の台車A2に与えることが可能な入力を式(2)に示すような正の入力の強度と負の入力の強度が等価なバン・バン入力β(t1, t2)とすることができる。
[数2]
β(t1, t2) = Q (0≦t≦t1)
= -Q (t1≦t≦t2)
= 0 (t2<t)
(2)
【0028】
式(2)においてQは正数であり、バン・バン入力β(t1, t2)の強度である。また、tは力学モデルの制御開始時刻からの経過時間を、t1は正の入力が負の入力に切換えられるタイミングを、t2は負の入力が停止するタイミングを、それぞれ示す。入力の切換タイミングt1及び入力の停止タイミングt2は、被検体が任意に決定可能である。従って、式(2)に示す入力が力学モデルに与えられる場合には、実際に被検体が入力するのは、入力の切換タイミングt1及び入力の停止タイミングt2或いは0≦t≦t1の期間Δt1及びt1≦t≦t2の期間Δt2となる。
【0029】
図1に示す脳科学検査システム1では、被検体がクライアント3の入力装置3Aの操作を通じてネットワーク4を介して脳科学検査サーバ2に入力の切換タイミングt1及び入力の停止タイミングt2を入力することができる。
【0030】
被検体により力学モデルに付与される入力がバン・バン入力β(t1, t2)である場合には、式(3)に示すように、自分側の台車A2への制御入力u2は、PD制御入力u2pdとバン・バン入力β(t1, t2)の和となる。
[数3]
u2 = u2pd(t1, t2) (3)
【0031】
図5は、図3に示す力学モデルに与えられるバン・バン入力β(t1, t2)の時間変化と、所定の条件を満たすバン・バン入力β(t1, t2)によって自分側の振子B2の立位状態を維持しつつ相手側の振子B1を転倒状態にした例を示す図である。
【0032】
図5(A)において横軸は、力学モデルの制御開始時刻からの経過時間t [s]を示し、縦軸は力学モデルにバン・バン入力β(t1, t2)によって入力される力fの強度[N]を示す。また、図5(B)は、図5(A)に示すバン・バン入力β(t1, t2)が自分側の台車A2に付加されることによって力学モデルの系が変化する様子を示している。
【0033】
図5(A)に示すように、力学モデルの制御開始時刻からの経過時間tが0から切換タイミングt1までの期間Δt1には正の強度Qを有する負荷が自分側の台車A2に入力される。すなわち図5(B)に示すように、X軸の正方向への負荷が自分側の台車A2に付与される。このため、自分側の振子B2の倒立角θ2を負方向に変化させながら台車A2はX軸の正方向に移動する。
【0034】
次に、図5(A)に示すように、切換タイミングt1において正の強度Qを有する負荷が負の強度-Qを有する負荷に切換えられる。そして、力学モデルの制御開始時刻からの経過時間tが切換タイミングt1から負荷の停止タイミングt2までの期間Δt2には負の強度-Qを有する負荷が自分側の台車A2に入力される。すなわち図5(B)に示すように、X軸の正方向への負荷が自分側の台車A2に付与される。このため、自分側の振子B2の倒立角θ2を正方向に変化させながら台車A2はX軸の負方向に移動する。
【0035】
次に、図5(A)に示すように、負荷の停止タイミングt2において負荷が停止される。このとき、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2或いは切換タイミングt1及び停止タイミングt2が所要の条件を満たしていれば、図5(B)に示すように、自分側の振子B2の立位状態を維持しつつ相手側の振子B1を転倒状態にすることができる。換言すれば、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2或いは切換タイミングt1及び停止タイミングt2を適切な値に調整することによって図4(A)に示す第1の安定平衡状態ξ1を図4(C)に示す第3の安定平衡状態ξ3に遷移させることができる。
【0036】
以降では、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2を調整する場合に着目して説明するが、切換タイミングt1及び停止タイミングt2を調整してもよい。
【0037】
図6は、図3に示す力学モデルの4つの安定平衡状態ξ1, ξ2, ξ3, ξ4の切換条件となる正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の組み合わせ(Δt1, Δt2)を示す図である。
【0038】
図6において横軸はバン・バン入力β(t1, t2)における正の負荷の入力期間Δt1を示し、縦軸はバン・バン入力β(t1, t2)における負の負荷の入力期間Δt2を示す。尚、初期条件としてt=0においてx1= dx1/dt = dx2/dt = dθ1/dt = dθ2/dt = 0とした
【0039】
図6において白色領域は初期状態である第1の安定平衡状態ξ1から安定平衡状態が遷移しないことを表しており、濃灰色の領域、薄灰色の領域及び黒色領域はそれぞれ第1の安定平衡状態ξ1から第2の安定平衡状態ξ2、第3の安定平衡状態ξ3及び第4の安定平衡状態ξ4に遷移することを表している。
【0040】
図6によれば、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の調整によって第1の安定平衡状態ξ1からいずれの安定平衡状態ξ2, ξ3, ξ4にも切換えられることが確認できる。一方、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の調整によっては、第1の安定平衡状態ξ1を他の安定平衡状態ξ2, ξ3, ξ4に切換えられない場合があることも確認できる。
【0041】
図3に示す力学モデルを相手側の振子B1を転倒させる課題に例えると、第3の安定平衡状態ξ3が目標の状態となる。従って、図3において薄灰色の領域に対応する正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の組み合わせ(Δt1, Δt2)が目標の状態を得るための、つまり課題において勝つための条件となる。図3によれば、目標の状態を得るための条件は、複数の不連続な薄灰色の領域に対応して存在することが確認できる。
【0042】
以上の例のように、被検体の操作により入力装置3Aから入力される情報に応じて異なる安定平衡状態に遷移する力学モデルを被検体の脳科学検査用の検査モデルとして設定することができる。
【0043】
もちろん、図3に示す力学モデルとアナロジーが成立する電気回路モデルや水流モデル等の様々なモデルを検査モデルとして設定することもできる。一方、アナロジーが成立しなくても、複数の安定平衡状態を有し、かつ所要の条件を満たす入力を与えることによって、ある安定平衡状態を別の安定平衡状態に遷移させることが可能な非線形モデルであれば、検査モデルとして用いることができる。
【0044】
例えば、図3に示す力学モデルでは、計算簡易化のために振子B1, B2の振子長が等しく、かつ振子B1, B2及び台車A1, A2の質量が等しいと仮定したが、振子B1, B2の振子長、振子B1, B2の質量及び台車A1, A2の質量等の所望の物理パラメータを異なる値に設定してもよい。更に、剛体リンクで結合する2つの対象を互いに異なる構造としてもよい。
【0045】
また、検査モデルには、正の強度と負の強度を互いに異なる値に設定したバン・バン入力β(t1, t2)はもちろんバン・バン入力β(t1, t2)以外の任意の制御入力を付加できるようにしてもよい。例えば、時間的に一定の制御入力や時間的に大きさや向きが変化する複数の多段階の制御入力又は連続した制御入力を検査モデルに付加できるように検査モデルを設定してもよい。入力装置3Aの操作によって付加される制御入力の付加対象となる制御入力についてもPD制御入力u1 ,u2に限らず、積分動作のみの制御入力やより一般化された非線形制御動作の制御入力など、所望の制御入力とすることができる。
【0046】
力学モデルにおける制御入力の例としては、質点を平行移動させる負荷、剛体を回転移動させる負荷、物体を伸縮変形させる負荷、複数の物体を相対的に変位させる負荷、複数の物体を接触又は衝突させる負荷等の入力が挙げられる。
【0047】
また、上述の力学モデルのように、課題に対する成功や失敗を安定平衡状態に割り当てることによって、任意の1つ又はいくつかの安定平衡状態を目標の状態に設定することができる。換言すれば、検査モデルが目標とする安定平衡状態に遷移した場合を成功と定義し、遷移しなかった場合を失敗と定義することができる。但し、目標の状態を設定せずに、安定平衡状態が遷移したか否か或いはどの安定平衡状態に切換ったか等の制御結果のみを収集する検査モデルを作成することもできる。
【0048】
脳科学検査サーバ2の入力情報受信部2Cは、検査モデル設定部2Aにおいて作成された検査モデルへの制御入力情報を、クライアント3から入力装置3Aの操作情報としてネットワーク4を介して受信する機能と、受信した入力情報を検査モデル更新部2Bに与える機能とを有する。換言すれば、入力情報受信部2Cは、被検体による入力装置3Aの手動作を検出し、検出結果を検査モデル更新部2Bに通知する機能を有する。
【0049】
図3に示す力学モデルを検査モデルとし、かつ図5に示すようなバン・バン入力β(t1, t2)が被検体側のクライアント3から検査モデルに付加できる入力である場合には、上述したように正負の入力の切換タイミングt1及び入力の停止タイミングt2或いは正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2等のバン・バン入力β(t1, t2)のパラメータが入力情報受信部2Cにおいて受信される入力情報となる。
【0050】
バン・バン入力β(t1, t2)のパラメータは任意の入力装置3Aの操作によって決定できるようにすることができる。
【0051】
例えば、入力装置3Aのあるキーを押すタイミングで力学モデルの制御が開始されてtがスタートし、次に同じ又は他のキーを押すタイミングが切換タイミングt1とされ、更に同じ又は他のキーを押すタイミングが停止タイミングt2とされるようにキーを割り当てることができる。割り当てるキーとしては、キーボード上のハードキー、マウスのボタン又は表示装置3Bに表示されるソフトキーなどを利用することがきる。
【0052】
別の例としては、あるキーを押し続けている期間又は押していない期間が、正の負荷の入力期間Δt1又は負の負荷の入力期間Δt2となるようにキーを割り当てることができる。更に別の例としては、切換タイミングt1、停止タイミングt2、期間Δt1及び期間Δt2等のバン・バン入力β(t1, t2) のパラメータを数値入力できるようにしてもよい。
【0053】
検査モデル更新部2Bは、入力情報受信部2Cからの入力情報に基づいて、検査モデル設定部2Aにおいて作成された検査モデルを更新させる機能、検査モデルとともに検査モデルの更新情報をデータ送信部2Dに通知する機能、検査モデルへの制御入力後における安定平衡状態の識別情報を入力情報に関連付けて制御結果記憶部2Eに書き込む機能を有する。
【0054】
例えば、図5に示すバン・バン入力β(t1, t2)を力学モデルに負荷する場合には、力学モデルの制御開始時刻からの経過時間tにおける台車A1, A2の位置x1, x2及び振子B1, B2の倒立角θ1, θ2を、力学モデルの運動方程式に基づくダイナミック計算によってシミュレーションすることができる。このため、検査モデル更新部2Bは、必要に応じて台車A1, A2の位置x1, x2及び振子B1, B2の倒立角θ1, θ2の時間変化の計算結果を力学モデルの更新情報として求めるように構成される。
【0055】
また、バン・バン入力β(t1, t2)が完了すると、入力後における検査モデルの安定平衡状態が確定する。すなわち、入力情報に応じた図6の各領域に対応する課題に対する結果が得られる。そこで、検査モデル更新部2Bは、確定した安定平衡状態とそのときの入力情報を制御結果記憶部2Eに書き込むように構成される。
【0056】
従って、同一の被検体により所望の間隔及び時期において断続的に検査モデルへの制御入力を行う試行が繰り返されると、制御結果記憶部2Eには、同一の被検体に対応する複数回の検査モデル制御の試行結果情報が蓄積される。更に、複数の被検体によりそれぞれ複数回の検査モデル制御の試行が行われると、被検体ごとの検査モデル制御の試行結果が制御結果記憶部2Eに蓄積される。
【0057】
尚、検査モデルのダイナミック計算を行わないで制御入力の完了後における検査モデルの安定平衡状態のみが検査モデルの更新情報としてデータ送信部2Dに通知されるようにしてもよい。この場合、データ処理を簡易にすることができる。
【0058】
データ送信部2Dは、脳科学検査サーバ2において生成された情報のうち、クライアント3の表示装置3Bに表示させるべき情報を、ネットワーク4を介してクライアント3に送信することによって表示装置3Bに表示させる機能を有する。
【0059】
表示装置3Bに表示させるべき情報としては、初期状態の検査モデル及び制御入力による更新後の検査モデルの他、後述する脳科学検査の結果情報が挙げられる。初期状態の検査モデル及び制御入力による更新後の検査モデルは、検査モデル更新部2Bからデータ送信部2Dに与えられる。一方、脳科学検査の結果情報は、データ解析部2Fからデータ送信部2Dに与えられる。
【0060】
データ送信部2Dからのデータ送信によって、クライアント3の表示装置3Bには、初期状態からダイナミックに変化する検査モデルを表示させることができる。これにより、被検体は、表示装置3Bに動的に表示される検査モデルの変化を参照しつつ、入力装置3Aを操作することによって、検査モデルを利用した振子の転倒課題等のタスクに取り組むことが可能となる。
【0061】
図7は、図3に示す力学モデルをクライアント3の表示装置3Bに表示させて入力装置3Aの操作によってバン・バン入力β(t1, t2)できるようにした具体例を、制御ブロック線図を用いて表した図である。
【0062】
図7に示すように、クライアント3の表示装置3Bには力学モデルが表示される。被検体が力学モデルを参照しながら入力装置3Aを操作すると、入力情報が脳科学検査サーバ2に送信され、バン・バン入力β(t1, t2)の切換を行う仮想的なスイッチが切換えられる。そうすると、PD制御入力u2pdにバン・バン入力β(t1, t2)=Q, -Q, 0が付加された制御入力u2が力学モデルにおける自分側の台車A2に与えられる。そして、制御入力u2に応じて台車A1, A2の位置x1, x2及び振子B1, B2の倒立角θ1, θ2がリアルタイムにシミュレーションされ、シミュレーション結果が随時更新される。このため、被検体は、仮想的な力学モデルにおいて自分側の台車A2を操作することができる。
【0063】
データ解析部2Fは、制御結果記憶部2Eに保存された被検体ごとの検査モデル制御の複数の試行結果に基づくデータ解析によって被検体ごとの脳科学検査の結果情報を作成する機能、作成した脳科学検査の結果情報をデータ送信部2Dに与えるとともに解析データ記憶部2Hに書き込む機能、解析データ記憶部2Hに保存された脳科学検査の統計情報に基づいて複数の被検体についての脳科学検査の結果情報を生成する機能を有する。
【0064】
解析方法設定部2Gは、データ解析部2Fにおけるデータ解析の方法、つまり脳科学検査の方法を設定する機能と、設定したデータ解析の方法をデータ解析部2Fに与える機能とを有する。そして、データ解析部2Fは、解析方法設定部2Gから取得したデータ解析方法に従って被検体ごとの検査モデル制御の試行結果に基づくデータ解析を実行するように構成される。
【0065】
脳科学検査の方法は、所望の方法に設定することができる。ここでは、図3から図5に示される力学モデルにバン・バン入力β(t1, t2)を付加する場合を例に説明する。この場合、初期状態である第1の安定平衡状態ξ1を目標とする第3の安定平衡状態ξ3に遷移させるための制御入力条件の最適性を評価する評価関数を定義して脳科学検査に用いることができる。式(4)は、制御入力条件の最適性を評価するための2次評価関数Jの例である。
【数4】

【0066】
但し、式(4)においてpは0≦p≦1の範囲の値をとる重み係数であり、所望の値に決定することができる。
【0067】
バン・バン入力β(t1, t2)を付加する場合の制御入力条件は、自分側の台車A2に与えられる正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2であり、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2に応じて台車A1, A2及び振子B1, B2の軌跡が変化する。
【0068】
そこで、式(4)に示すように、自分側の台車A2に与えられる制御入力u2と自分側の振子B2の倒立角θ2との重み付け2乗平均の全制御時間tにおける積算値を2次評価関数Jとして定義することができる。つまり、力学モデルへの入力に相当する制御入力u2と力学モデルからの出力に相当する振子B2の倒立角θ2を用いて制御入力条件の最適性を評価する評価関数を定義することができる。
【0069】
そうすると、2次評価関数Jの値は、正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2に応じて変化する関数J(t1, t2)となり、制御入力u2と倒立角θ2との重み付け2乗平均の累積が最小となるときに2次評価関数J(t1, t2)の値も最小となる。つまり、2次評価関数(t1, t2)の値を最小化することは、自分側の台車A2へのより短時間のバン・バン入力β(t1, t2)により、より少ない自分側の振子B2の倒立角θ2の変化で相手側の振子B1を転倒状態にする最適化問題に相当する。
【0070】
従って、力学モデルへの入力に相当する制御入力u2を最適化することを重視する場合には、重み係数pの値を小さく設定し、逆に力学モデルからの出力に相当する振子B2の倒立角θ2を最適化することを重視する場合には、重み係数pの値を小さく設定すればよい。実験的には、重み係数pは1に近いことが確認されている。
【0071】
図8は、式(4)で示される2次評価関数J(t1, t2) において重み係数p=1として振子B2の倒立角θ2のみに着目した2次評価関数J(t1, t2)の値のマップを示す図である。
【0072】
図8において横軸は、バン・バン入力β(t1, t2)における正の負荷の入力期間Δt1を示し、縦軸はバン・バン入力β(t1, t2)における負の負荷の入力期間Δt2を示す。
【0073】
図8に示すように、バン・バン入力β(t1, t2)における正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2に応じて2次評価関数J(t1, t2)の値が変化する。図8に示す評価マップによれば、2次評価関数J(t1, t2)の値は、4つの極小点を示すことが分かる。図8では、2次評価関数J(t1, t2)の4つの極小点を値が小さい順にa, b, c, dで表しており、各極小点a, b, c, dが属する切換条件の成立領域をそれぞれA, B, C, Dで表している。
を満たす
【0074】
図9は、第3の安定平衡状態ξ3への切換条件を簡易に被検体の脳科学検査に用いるために図8に示す2次評価関数J(t1, t2)のマップ上にX座標系を設定した例を示す図である。
【0075】
図9において横軸は、バン・バン入力β(t1, t2)における正の負荷の入力期間Δt1を示し、縦軸はバン・バン入力β(t1, t2)における負の負荷の入力期間Δt2を示す。
【0076】
相手側の振子B1を転倒状態にするという課題に成功するめには、バン・バン入力β(t1, t2)における正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の組み合わせが図8に示す4つの領域A, B, C, Dのいずれかに属する必要がある。そこで、バン・バン入力β(t1, t2)における正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の組み合わせがどの領域A, B, C, Dに属しているのかを1つのパラメータで表現するために図9に示すようなX座標系を設定することができる。
【0077】
すなわち、図9に示すように4つの領域A, B, C, Dを数値的に区別するために2次評価関数J(t1, t2)のマップの対角方向にX軸座標系を設定することができる。尚、図6の正の負荷の入力期間Δt1及び負の負荷の入力期間Δt2の組み合わせ(Δt1, Δt2)を示す図上においてX軸座標系を設定してもよい。また、図9に示す例では、マップの対角方向にX軸座標系を設定したが、検査モデルの設定によっては、マップの射影方向など対角方向以外の方向に座標系を設定することが適切となる場合もある。つまり、解析対象となるデータを低次元化して一般化するために曲線や曲面への射影など、様々なデータ変化処理を行うことができる。
【0078】
式(5)は、(Δt1, Δt2)をX座標系の位置Xに変換する式である。式(5)で示される座標変換は、(Δt1, Δt2)座標系をπ/4だけ回転させ、原点X=0が(Δt1, Δt2)=(1, 1)を通るように座標系を平行移動する変換に相当する。
[数5]
X = (Δt1-1)cos(π/4)-(Δt2-1)sin(π/4) (5)
【0079】
図9及び式(5)の示すようにX座標系を設定すると、バン・バン入力β(t1, t2)の正の負荷の入力期間Δt1と負の負荷の入力期間Δt2との比Δt1/Δt2に相当するXをパラメータとして検査モデル制御への被検体による入力を表すことができる。すなわち、正の負荷の入力期間Δt1が負の負荷の入力期間Δt2よりも長ければ(Δt1>Δt2であれば)、X>0となる。逆に正の負荷の入力期間Δt1が負の負荷の入力期間Δt2よりも短ければ(Δt1<Δt2であれば)、X<0となる。
【0080】
尚、図9中において、折れ線は、ある被検体による力学モデル制御の試行の履歴を示し、×印は初期状態である第1の安定平衡状態ξ1を目標とする第3の安定平衡状態ξ3に遷移させることができなかった場合を、○印は、第1の安定平衡状態ξ1を目標とする第3の安定平衡状態ξ3に遷移させることができた場合を、それぞれ表している。
【0081】
図10は、図1に示す脳科学検査サーバ2の制御結果記憶部2Eに保存される被検体ごとの検査モデル制御の試行結果の例を示す図である。
【0082】
図10において各プロットの横軸は力学モデル制御の試行回数n(回)を、左側の縦軸は図9に示されるX軸を、それぞれ示す。また、図8に示す4つの領域A, B, C, DをX座標系に射影すると、縦軸方向の4つの領域となる。図10の各プロットの右側の縦軸には、縦軸方向の4つの領域に対応する図8に示す4つの領域A, B, C, Dを示す。尚、4つの領域A, B, C, DをX座標系において値が大きい順に並べると図10に示すようにB, D, A, Cの順となる。
【0083】
図10の各プロットは、複数の被検体S1, S2, S3, ..., S6により繰り返し行われた力学モデル制御の試行結果を表している。すなわち、各プロットの折れ線は、対応する被検体による力学モデル制御のn回の試行の履歴を示し、×印は第1の安定平衡状態ξ1を目標とする第3の安定平衡状態ξ3に遷移させることができなかった場合を、○印は、第1の安定平衡状態ξ1を目標とする第3の安定平衡状態ξ3に遷移させることができた場合を、それぞれ表している。
【0084】
図10に示すように、力学モデル制御の試行結果は、被検体S1, S2, S3, ..., S6ごとに異なる特徴を示すことが分かる。そこで、力学モデル制御の試行結果の特徴に応じて被検体S1, S2, S3, ..., S6の脳科学検査を行うことができる。これにより、力学モデル制御の試行結果の被検体S1, S2, S3, ..., S6間における相違に基づく脳科学検査の結果情報を作成することが可能となる。
【0085】
また、脳科学検査の結果情報を作成するために、力学モデル制御の試行結果から中間的な情報を作成することもできる。例えば、被検体がn回の試行の過程で選択した正の負荷の入力期間Δt1と負の負荷の入力期間Δt2の確率密度分布の変化等の各種の統計データや力学モデル制御における課題の成功率の推移を脳科学検査の結果情報を作成するための中間データとして求めることができる。
【0086】
図11は、力学モデル制御の試行において複数の被検体が入力した正の負荷の入力期間Δt1と負の負荷の入力期間Δt2の確率密度分布の変化を示す図である。
【0087】
図11(A), (B), (C)及び(D)において手前側の軸は正の負荷の入力期間Δt1を、右側の軸は負の負荷の入力期間Δt2を、縦軸は正の負荷の入力期間Δt1と負の負荷の入力期間Δt2に対応する確率密度P(Δt1, Δt2)を、それぞれ示す。また、図11(A), (B)及び(C)は、それぞれ被検体S2の1日目、3日目及び5日目における確率密度分布データを示し、図11(D), (E)及び(F)は、それぞれ被検体S5の1日目、3日目及び5日目における確率密度分布データを示す。
【0088】
複数の被検体S2, S5により連続する複数の日に亘ってそれぞれ力学モデル制御の試行が繰り返され、かつ力学モデル制御の試行が同日に繰り返された場合、図11に示すような確率密度分布P(Δt1, Δt2)の推移を被検体S2, S5ごとに求めることができる。すなわち、同一の被検体による同日の複数の試行を母集団として確率密度分布P(Δt1, Δt2)を作成すると、試行日ごとの確率密度分布P(Δt1, Δt2)が被検体S2, S5ごとに得られる。このため、図11の例のように、横方向を試行日方向とし、縦方向を被検体方向として確率密度分布P(Δt1, Δt2)を並べると、被検体S2, S5ごとの確率密度分布P(Δt1, Δt2)の推移を観察することができる。
【0089】
例えば、図11において、被検体S2の1日目の確率密度は全体的に拡散しており、被検体S2が試行錯誤を繰り返して力学モデル制御の試行を行ったことが表れている。一方、被検体S2の3日目の確率密度は複数の範囲V, Wに集積し、複数のピークを呈するようになることが確認できる。更に、被検体S2の5日目の確率密度は単一の範囲Xに集積し、単一のピークを呈するようになることが確認できる。すなわち、3日目の確率密度の範囲Vにおける確率密度が5日目の確率密度の範囲Xに移動するとによってピークが1つとなり、かつピーク値が一層大きくなったと考えることができる。
【0090】
一方、被検体S5の1日目の確率密度も、被検体S2の1日目の確率密度と同様に全体的に拡散している。従って、被検体S5も被検体S2と同様に1日目は試行錯誤を繰り返したことが分かる。しかし、被検体S5の3日目の確率密度は、被検体S2の3日目の確率密度と異なり、範囲V, Wのいずれとも位置の異なる単一の範囲Yに集積し、単一のピークを呈するようになることが確認できる。更に、被検体S5の5日目の確率密度は、範囲Yとほぼ同じ位置で、より狭い単一の範囲Zに一層集積し、ピーク値が大きくなることが確認できる。
【0091】
このように、図10に示すような力学モデル制御の試行結果から直接的に得られるデータのみならず、図11に示すような確率密度分布の変化データ等の中間的なデータにおいても被検体ごとに異なる特徴が現れる。従って、このような中間的なデータの特徴に応じても被検体の脳科学検査を行うことができる。
【0092】
更に、式(4)及び図8に示すような2次評価関数の値を被検体の脳科学検査に利用することができる。例えば、図8に示す2次評価関数の極小値の位置a, b, c, dや領域A, B, C, Dと図11に示す確率密度分布のピーク位置や集積範囲との間における一致度を、被検体ごとの確率密度分布を表す特徴として脳科学検査に利用することができる。
【0093】
図11に示す確率密度分布における集積範囲を2次評価関数の極小値が属する領域A, B, C, Dと比較すると、集積範囲Vが領域Dと、集積範囲W, Xが領域Bと、集積範囲Y, Zが領域Aと、概ね一致することが確認できる。
【0094】
また、同一の被検体に対応する確率密度分布の変化に着目すると、その被検体が初期状態である第1の安定平衡状態ξ1を目標とする第3の安定平衡状態ξ3に遷移させるという課題に成功した頻度の推移も調べることができる。図11に示すPsは、各試行日における課題の成功頻度を表している。同一の被検体による同日中における課題の成功頻度Psを成功確率と定義すると、被検体S2の成功確率Psは、1日目、3日目及び5日目においてそれぞれ0.35, 0.86, 0.96となり、被検体S5の成功確率Psは、1日目、3日目及び5日目においてそれぞれ0.11, 0.25, 0.35となる。
【0095】
図12は、複数の被検体S1, S2, S3, ..., S6の力学モデルの課題に対する成功確率Psの試行日ごとの変化を示す図である。
【0096】
図12において横軸は試行日を示し、縦軸は成功確率Psを示す。図12に示すように、試行回数の増大に伴って被検体に依らず成功確率Psが増加することが確認できる。しかし、成功確率Psの傾きについては、被検体S1, S2, S3, ..., S6ごとに異なる。このため、例えば、成功確率Psがある閾値に到達するまでの日数、成功確率Psの傾き自体並びに成功確率Psの最大値、積算値及び平均値等の被検体S1, S2, S3, ..., S6ごとの課題の成功確率Psから得られるデータを脳科学検査に利用することができる。
【0097】
そして、図10に示す力学モデル制御の試行結果に加え、図11及び図10に示すような力学モデル制御の試行結果から得られる被検体ごとに異なる特徴を有する中間データに基づいて、データの特徴の相違を利用して脳科学検査の結果情報を作成することができる。
【0098】
具体的には、力学モデル制御の試行結果及び中間データの特徴の被検体ごとの相違を表す任意の比較項目を特徴パラメータとして設定し、特徴パラメータが被検体ごとに異なる理由を脳科学的に論理付けることによって脳科学検査を行うことができる。特徴パラメータは、数値の他、傾向或いは傾向の有無などを取り得る値とすることができる。これにより、特徴パラメータの値に基づいて、恣意を排除して画一的かつ客観的に被検体を複数のタイプに分類することが可能となる。
【0099】
図13は、図10に示す被検体S1, S2, S3, ..., S6ごとの力学モデル制御の試行結果、図11に示す制御入力の確率密度分布及び図12に示す課題の成功確率に対して複数の特徴パラメータを設定することによって被検体S1, S2, S3, ..., S6を比較した例を示す図である。
【0100】
図13に示すように様々な項目として特徴パラメータを設定することができる。図13の例では、各特徴パラメータが該当又は非該当のいずれかの値をとるように特徴パラメータが定義されている。尚、図13のテーブルにおいて、1は特徴パラメータの値が該当であることを示し、0は特徴パラメータの値が非該当であることを示す。
【0101】
図13に示すテーブルのINDEX1の項目として設定された特徴パラメータは、制御入力の確率密度が集積してピークが現れるか否かを表すパラメータである。図11に示す確率密度分布によれば、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6がこの項目に該当する。従って、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6の欄には1の値が表示されている。
【0102】
INDEX1の特徴パラメータの数値判定は、確率密度分布データからピークを検出するデータ処理によって行うことができる。
【0103】
INDEX2の特徴パラメータは、課題の成功確率が増加するか否かである。図12に示す課題の成功確率変化によれば、この項目にも、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6が該当する。従って、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6の欄には1の値が表示されている。
【0104】
INDEX1の特徴パラメータの数値判定は、例えば、課題の成功確率データの傾きを算出し、傾きが正の値になるか否か、或いは正の閾値を超えるか否かといったデータ処理によって行うことができる。
【0105】
INDEX1及びINDEX2は、それぞれ制御入力の確率密度データ及び課題の成功確率データに対して設定された特徴パラメータの例である。これに対して、以降の特徴パラメータは、力学モデル制御の試行結果データに対して設定されたものである。
【0106】
INDEX3-1の特徴パラメータは、試行開始直後にΔt1≒Δt2となるように入力を行うかを表すパラメータである。図10の試行結果データによれば、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6が試行開始直後にX≒0となるように、つまり正の負荷の入力期間Δt1が負の負荷の入力期間Δt2と等しくなるように入力を行ったことが確認できる。従って、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6の欄には1の値が表示されている。
【0107】
INDEX3-1の特徴パラメータの数値判定は、例えば、図10に示すデータにおいて、初期の所定の試行回数nの範囲内におけるXの変位幅が閾値を超えるか否かを判定するデータ処理によって行うことができる。
【0108】
INDEX3-2の特徴パラメータは、課題に連続して成功する頻度が増加するか否か表すパラメータである。図10の試行結果データによれば、全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6が該当するので全ての被検体S1, S2, S3, ..., S6の欄には1の値が表示されている。
【0109】
INDEX3-2の特徴パラメータの数値判定は、例えば、図10における試行回数軸nを分割して課題の連続成功頻度を算出し、成功頻度の変化の傾きの符号や大きさを判定するデータ処理によって行うことができる。
【0110】
INDEX4-1, INDEX4-2及びINDEX4-3に示す特徴パラメータは、課題を成功させることが可能な複数の制御入力の候補のうち、どの制御入力を被検体が選択したのかに着目して設定したものである。具体的には、INDEX4-1の特徴パラメータは、単一の制御入力を選択したか否かを、INDEX4-2の特徴パラメータは、互いに類似する複数の制御入力を選択したか否かを、INDEX4-3の特徴パラメータは、互いに異なる複数の制御入力を選択したか否かを、それぞれ表すパラメータである。
【0111】
INDEX4-1, INDEX4-2及びINDEX4-3に示す特徴パラメータの数値判定は、例えば図10に示すデータにおいて、Xの変位幅に閾値を設定し、Xの変位幅が閾値を超えるか否かの閾値処理によって行うことができる。また、制御入力が類似しているか否かは、Xの値が対応する領域A, B, C, Dが隣接しているか否かで判定することができる。
【0112】
図10に示すデータによれば、被検体S1は、領域Aに含まれる2つの制御入力と領域Aに隣接する領域Cに含まれる1つの制御入力を力学モデルに付与している。従って、被検体S1は、類似する複数の制御入力を選択していると判定されるため、INDEX4-2の欄には1が、INDEX4-1及びINDEX4-3の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0113】
被検体S2及び被検体S6の各データもXが変位する極性が被検体S1のデータと逆であるものの、Xの変位幅については被検体S1のデータと同様な傾向を示す。従って、被検体S2及び被検体S6のINDEX4-2の欄には1が、INDEX4-1及びINDEX4-3の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0114】
被検体S3のデータは、X方向の変位幅が大きいため異なる複数の制御入力を選択していると判定される。従って、被検体S3のINDEX4-3の欄には1が、INDEX4-1及びINDEX4-2の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0115】
被検体S4及び被検体S5は、いずれもX軸方向の単一の領域内において特定の値に収束しいている。このため、被検体S4及び被検体S5は、単一の制御入力を選択していると判定される。従って、被検体S4及び被検体S5のINDEX4-1の欄には1が、INDEX4-2及びINDEX4-3の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0116】
INDEX5-1, INDEX5-2及びINDEX5-3に示す特徴パラメータは、課題を成功させることが可能な同一又は類似の制御入力を連続して選択する回数に着目して設定したものである。具体的には、INDEX5-1の特徴パラメータは、制御入力をランダムに変更したか否かを、INDEX5-2の特徴パラメータは、制御入力を断続的に変更したか否かを、INDEX5-3の特徴パラメータは、制御入力を変更せずに同一又は類似の制御入力を選択し続けたか否かを、それぞれ表すパラメータである。
【0117】
INDEX4-1, INDEX4-2及びINDEX4-3に示す特徴パラメータの数値判定は、例えば図10に示すデータにおいて、連続して所定回数以上選択される制御入力の出現頻度を閾値判定することによって行うことができる。
【0118】
図10によれば、被検体S1及び被検体S3の各データは、X軸方向の異なる領域間で頻繁に変化している。すなわち、連続して所定回数以上同一の制御入力が選択される頻度が小さい。このため、被検体S1及び被検体S3は、制御入力をランダムに異なる制御入力に変更したと判定される。従って、被検体S1及び被検体S3のINDEX5-1の欄には1が、INDEX5-2及びINDEX5-3の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0119】
被検体S2及び被検体S6の各データは、所定の回数nだけX軸方向の特定の領域内となった後、異なる領域に変化している。このため、被検体S2及び被検体S6は、制御入力を断続的に異なる制御入力に変更したと判定される。従って、被検体S2及び被検体S6のINDEX5-2の欄には1が、INDEX5-1及びINDEX5-3の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0120】
被検体S4及び被検体S5の各データは、X軸方向の変位幅が小さくなり特定の値に収束しいている。このため、被検体S4及び被検体S5は、制御入力を変更していないと判定される。従って、被検体S4及び被検体S5のINDEX5-3の欄には1が、INDEX5-1及びINDEX5-2の欄には0が、それぞれ表示されている。
【0121】
このように、互いに異なる複数の制御入力の確率密度、課題に対する成功確率、互いに異なる複数の制御入力の数、異なる複数の制御入力の類似度及び異なる複数の制御入力間における変更頻度に着目して特徴パラメータを設定することができる。図13に示す例の他、例えば、試行回数nの増加に伴ってデータがX軸の正方向に変位しているか負方向に変位しているか等の所望の特徴パラメータを設定することができる。
【0122】
更に別の例としては、式(4)に示す2次評価関数J(t1, t2)の重みpを特徴パラメータとする例が挙げられる。そして、2次評価関数J(t1, t2)が極小値となるときの位置a, b, c, dが図11に示す制御入力の確率密度のピーク位置と一致するように重みpを変化させるフィッティングを行うことができる。そうすると、2次評価関数J(t1, t2)の重みpは、被検体に応じた値となり、被検体が力学モデルへの入力を重視するのか出力を重視するのかを表す指標となる。
【0123】
そして、特徴パラメータの値を脳科学的に被検体の性格や判断能力といった個性と関連付けることによって、脳科学検査を行うことができる。例えば、図3に示す力学モデルにいて相手側の振子B1を転倒状態にするという課題に対する試行結果に対して特徴パラメータの値が得られたとすると、特徴パラメータの値は課題に対する被検体の能力や戦略方法を表していると考えることができる。
【0124】
そこで、例えば、INDEX1の特徴パラメータは被検体の学習能力の有無を、INDEX2の特徴パラメータは被検体の学習速度を、それぞれ表す指標と考えることができる。また、INDEX4-1, INDEX4-2及びINDEX4-3に示す特徴パラメータは、被検体が課題に対して単一の方法のみを用いるタイプ、複数の類似する方法を併用するタイプ及び複数の相異なる方法を併用するタイプのいずれに分類されるのかを表す指標と考えることができる。更に、INDEX5-1, INDEX5-2及びINDEX5-3に示す特徴パラメータは、被検体が課題に対して頻繁に方法を変えるタイプ、断続的に方法を変えるタイプ及び単一の方法のみを用いるタイプのいずれであるのかを表す指標と考えることができる。
【0125】
つまり、検査モデルに設定された課題に対して被検体が付与した制御入力の試行パターンを特徴付ける特徴パラメータの値に応じて、被検体の性格や能力といった個性の指標を客観的に求めることができる。
【0126】
そこで、脳科学検査サーバ2のデータ解析部2Fは、上述のように解析方法設定部2Gにおいて設定された所望のデータ解析方法に従って被検体の個性を表す指標として脳科学検査の結果情報を作成し、作成した脳科学検査の結果情報を解析データ記憶部2Hに書き込むように構成される。
【0127】
更に、複数の被検体についての統計的な脳科学検査の結果情報を利用して被検体の国籍、性別、年齢等の属性に応じた個性の傾向を脳科学検査の結果情報として求めることもできる。その場合には、データ解析部2Fは、解析データ記憶部2Hから特性の属性を有する複数の被検体についての脳科学検査の結果情報を取得し、解析方法設定部2Gにおいて設定されたデータ解析方法に従ってデータ解析を実行できるように構成される。
【0128】
そして、データ解析部2Fによって作成された脳科学検査の結果情報は、データ送信部2D及びネットワーク4を通じてクライアント3の表示装置3Bに表示させることができる。脳科学検査の結果は、被検体の個性を示す文章や数値化した指標として表示装置3Bに表示させる他、レーダーチャート等のグラフとして表示させることもできる。
【0129】
尚、脳科学検査に、評価関数を用いなくてもよい。逆に、上述の評価関数に限らず、ある検査モデルにおいて、安定平衡状態を他の安定平衡状態に遷移させるための制御入力条件の最適性を評価する所望の評価関数を定義して脳科学検査に用いることができる。
【0130】
また、上述の例では検査モデル更新部2Bが、検査モデルへの制御入力後における安定平衡状態の識別情報を入力情報に関連付けて制御結果記憶部2Eに書き込む場合について説明した。しかし、検査モデル更新部2Bが、入力情報のみを制御結果記憶部2Eに書き込んで保存するようにしてもよい。この場合、データ解析部2Fにおいて、制御結果記憶部2Eから入力情報を取得して入力情報に対応する検査モデルの安定平衡状態及び検査モデルが安定平衡状態に至るまでの検査モデルの中間的な(過渡的な)運動状態を計算によって求めることができる。
【0131】
逆に、検査モデル更新部2Bが、検査モデルが安定平衡状態に至るまでの検査モデルの中間的な運動状態を入力情報に関連付けて制御結果記憶部2Eに書き込むようにしてもよい。この場合には、データ解析部2Fが入力情報を用いた特段の計算を行わなくても検査モデルの中間的な運動状態を制御結果記憶部2Eから取得することができる。そして、脳科学検査のためのデータ解析のために、制御入力に対応する安定平衡状態のみならず、検査モデルが安定平衡状態に至るまでの中間的な運動状態も用いることができる。
【0132】
つまり、以上の図1に示す脳科学検査システム1の例では、検査モデル設定部2A、検査モデル更新部2B、入力情報受信部2C及び制御結果記憶部2Eが複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置3Aから与えられた複数の制御入力及び複数の制御入力後における検査モデルの複数の安定平衡状態を関連付けて試行結果情報として記録する記録手段として機能している。また、データ解析部2F及び解析方法設定部2Gが試行結果情報に基づいて複数の制御入力を与えるために入力装置3Aを操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成する解析手段として機能している。更に、検査モデル設定部2A、検査モデル更新部2B、入力情報受信部2C及びデータ送信部2Dが複数の制御入力に基づいて検査モデルを表示装置にダイナミック表示させるシミュレーション手段として機能している。
【0133】
次に脳科学検査システム1の動作および作用について説明する。
【0134】
図14は、図1に示す脳科学検査システム1により被検体の脳科学検査を行うための流れを示すフローチャートである。
【0135】
まず、予め図3に示す複数の安定平衡状態を有する力学モデル等の脳科学検査用の所望の非線形検査モデル及び検査モデルに対する課題が脳科学検査サーバ2の検査モデル設定部2Aにおいて設定される。例えば、検査モデルの安定平衡状態を特定の安定平衡状態に遷移させるというタスクを設定することができる。
【0136】
また、解析方法設定部2Gは、被検体による入力装置3Aの操作を通じた検査モデルへの制御入力の試行結果に基づく脳科学検査の方法を設定する。例えば、評価関数を試用するか否か、複数回に亘る制御入力の履歴の特徴を表す特徴パラメータの設定、特徴パラメータの値と被検体の個性との関連付け等のデータ解析部2Fにおけるデータ処理方法が解析方法設定部2Gにおいて設定される。
【0137】
そして、ステップS1において、脳科学検査サーバ2は、被検体が操作するクライアント3の表示装置3Bに検査モデルの初期状態を表示させる。すなわち、検査モデル更新部2Bは、検査モデル設定部2Aから取得した初期状態の検査モデル情報をデータ送信部2Dに与え、データ送信部2Dは、検査モデル情報を、ネットワーク4を介してクライアント3に送信する。これによりクライアント3の表示装置3Bには、初期状態の検査モデルが表示される。
【0138】
次に、ステップS2において、脳科学検査サーバ2は、クライアント3から受信した入力装置3Aの操作情報に基づいて表示装置3Bに表示された検査モデルを更新させる。すなわち、被検体が入力装置3Aの操作によって、表示装置3Bに表示された検査モデルに制御入力を与えると、クライアント3から制御入力情報がネットワーク4を介して脳科学検査サーバ2に送信される。
【0139】
そうすると、入力情報受信部2Cは、制御入力情報を受信して検査モデル更新部2Bに与える。検査モデル更新部2Bは、制御入力情報に基づいて検査モデルを更新し、検査モデルの更新情報をデータ送信部2D及びネットワーク4を介してクライアント3に送信する。これにより、表示装置3Bに表示された検査モデルが更新される。
【0140】
この検査モデルの更新は、入力装置3Aの操作に追従して行われる。従って、被検体は、表示装置3Bに表示される検査モデルの動画を参照しながら入力装置3Aを操作して検査モデルへの制御入力を与えることができる。入力装置3Aの操作が完了すると検査モデルは初期状態と同一又は他の安定平衡状態となる。
【0141】
次に、ステップS3において、検査モデル更新部2Bは、入力装置3Aの操作完了後における安定平衡状態を特定し、安定平衡状態の識別情報を制御入力情報に関連付けて制御試行結果情報として制御結果記憶部2Eに書き込む。
【0142】
そして、ステップS4において、データ解析部2Fが、ステップS1からステップS3までの検査モデル制御の試行が所定回数だけ繰り返されたと判定するまで、検査モデル制御の試行が繰り返される。例えば、1日100回の試行を5日間連続して行うといった試行回数を決定することにより、統計的に高精度な制御試行結果情報を蓄積することができる。
【0143】
ステップS4において、データ解析部2Fが、検査モデル制御の試行が所定回数だけ繰り返されたと判定すると、ステップS5において、データ解析部2Fは、制御試行結果情報に基づくデータ解析を実行する。すなわち、データ解析部2Fは、解析方法設定部2Gにおいて設定されたデータ処理方法に従って、検査モデルへの制御入力の履歴の特徴を表す特徴パラメータの値を求める。そして、特徴パラメータの値に対応する被検体の個性を脳科学検査の結果情報として求める。
【0144】
また、必要に応じてデータ解析部2Fは、被検体ごとの脳科学検査の結果情報を解析データ記憶部2Hに記録する。そして、データ解析部2Fは、解析データ記憶部2Hに記録された複数の被検体に対応する脳科学検査の結果情報に基づいて、特定の属性が共通する複数の被検体についての脳科学検査の結果情報など、所望の情報を求める。
【0145】
次に、ステップS6において、脳科学検査サーバ2は、単一又は複数の被検体の脳科学検査の結果をクライアント3の表示装置3Bに表示させる。すなわち、データ解析部2Fは、脳科学検査の結果情報をデータ送信部2D及びネットワーク4を介してクライアント3に送信する。これにより、表示装置3Bに脳科学検査の結果が表示される。
【0146】
つまり以上のような、脳科学検査システム1は、複数の安定平衡状態を有する非線形検査モデルに対して被検体から繰り返し与えられる制御入力の試行履歴の特徴に基づいて被検体の個性を表す指標を求めるものである。
【0147】
このため、脳科学検査システム1によれば、画一的かつ客観的に被検体の性格、能力、思考方法、運動戦略といった個性を、指標を用いて評価又は判定することができる。
【0148】
また、脳科学検査システム1では、被検体による入力装置3Aの操作情報さえ取得できれば、言語を使用することなく被検体の脳科学検査を行うことができる。このため、脳科学検査システム1によれば、生物種、母国語、年齢、世代又は言語能力の異なる被検体が検査対象であっても相違点による制限を受けることなく、共通の方法で比較可能な脳科学検査結果を得ることができる。加えて、被検体が嘘をつくことによる検査結果の不確かさを低減したり、検査を人が行う場合に介入し得る恣意を排除することができる。
【0149】
また、検査対象となる個性として、行動パターンや思考パターン等の性格のみならず、学習速度や運動能力等の経時的な変化を伴う個性も検査することができる。このため、人事、医療、教育、娯楽といった多種多様な分野に脳科学検査システム1を適用することができる。
【0150】
例えば、娯楽分野であれば、バランスゲームにおける成功確率や成功パターンに基づいて、被検体のバランス感覚や能力の判定結果を脳科学検査結果として提示することがきる。一方、医療分野であれば、アルツハイマー病等の診断支援に脳科学検査システム1を用いることができる。すなわち、脳科学検査システム1によって被検体の学習能力や学習速度を数値的な指標として求めれば、神経系統の診断支援に活用することができる。
【0151】
また、人事業務に脳科学検査システム1を適用すれば、被検体の能力や適性などを検査することができる。特に、既存のSPI検査等の検査結果と脳科学検査システム1による脳科学検査結果の相関をとることができれば、脳科学検査システム1による脳科学検査は、既存の検査の代替となりうる。
【0152】
尚、図1には、第1の実施形態として、脳科学検査サーバ2とクライアント3とをネットワーク4を介して接続したサーバクライアント型の脳科学検査システム1を示したが、入力装置3A及び表示装置3Bを備えたコンピュータに脳科学検査プログラムをインストールすることによってネットワーク4を利用せずに脳科学検査システム1を構築してもよい。例えば、ゲーム機等のように卓上型の脳科学検査システムを作成することもできる。このとき、コンピュータにインストールされる脳科学検査プログラムは、上述したように、情報記録媒体やインターネットを利用して流通させることができる。
【0153】
(第2の実施形態)
図15は本発明の第2の実施形態に係る脳科学検査システムの構成を示す機能ブロック図である。
【0154】
図15に示された、第2の実施形態における脳科学検査システム1Aでは、脳科学検査に用いる非線形検査モデルをハードウェアで構成した点及び非線形検査モデルに複数の制御入力を与えることができるようにした点が図1に示す第1の実施形態における脳科学検査システム1と相違する。他の構成および作用については図1に示す脳科学検査システム1と実質的に異ならないため同一の構成については同符号を付して説明を省略する。
【0155】
すなわち図1に示す脳科学検査システム1は、仮想的な検査モデルをシミュレーションによって制御するように構成したが、図15に示す脳科学検査システム1Aのように検査モデルをハードウェアで構成してもよい。
【0156】
具体的には、図15に示す脳科学検査システム1Aは、検査モデル部10に2つのコントローラ11A,11Bを接続して構成される。各コントローラ11A,11Bの構成は同様であるため、図15では、一方のコントローラ11Aについてのみ詳細構成を示す。
【0157】
検査モデル部10は、図2に示す力学モデルをハードウェアで構成したものであり、それぞれ倒立振子B1, B2を設けた2台の台車A1, A2を剛体リンクで結合した力学モデルを有する。各台車A1, A2には、それぞれ駆動部I1, I2及びセンサO1, O2が設けられる。
【0158】
各駆動部I1, I2は、それぞれ対応する台車A1, A2の車輪に制御入力を与えることによって台車A1, A2を駆動させる機能を有する。各駆動部I1, I2は、入力切換スイッチを備えたモータ等の駆動手段で構成することができる。各センサO1, O2は、それぞれ対応する台車A1, A2の位置x1, x2及び振子B1, B2の倒立角θ1, θ2を測定する機能を有する。すなわち、各駆動部I1, I2は力学モデルに制御入力を与える制御手段として機能し、センサO1, O2は制御出力を測定する測定手段として機能する。
【0159】
各コントローラ11A,11Bは、それぞれ入力装置3A、表示装置3B、モデル情報取得部12、制御結果記憶部2E、データ解析部2F、解析方法設定部2G及び解析データ記憶部2Hを有する。但し、表示装置3Bの代わりにプリンタ等の出力装置を用いてもよい。コントローラ11A,11Bは、コンピュータの演算装置に脳科学検査プログラムを読み込ませて構築することができる。但し、コントローラ11A,11BにA/D (analog to digital)変換器等の回路を設けてもよい。
【0160】
入力装置3Aは、検査モデル部10の対応する台車の駆動部に制御入力を与える機能を有する。駆動部に与えることが可能な制御入力は、駆動部の特性により決定される。
【0161】
モデル情報取得部12は、台車A1, A2の各センサO1, O2から台車A1, A2の位置x1, x2及び振子B1, B2の倒立角θ1, θ2の測定データを取得して力学モデルの安定平衡状態を特定する機能と、特定した安定平衡状態及び入力装置3Aから取得した制御入力情報に基づいて安定平衡状態及の識別情報を入力情報に関連付けて制御結果記憶部2Eに書き込む機能を有する。
【0162】
コントローラ11A,11Bのその他の構成要素の機能は、図1に示す第1の実施形態における脳科学検査サーバ2に備えられる構成要素の機能と同等である。但し、データ解析部2F及び解析方法設定部2Gが、データ解析や解析方法の設定のために、検査モデルの質量、部品の長さ、バネやダンパの定数等の特性を表すパラメータを利用できるように構成してもよい。この場合、検査モデルの特性を表すパラメータをデータ解析部2F又は解析方法設定部2Gに保存すればよい。また、脳科学検査に他のコントローラからの制御入力情報を利用できるように、他のコントローラからの制御入力をモデル情報取得部12が取得できるように構成してもよい。
【0163】
尚、図15には、検査モデルが力学モデルである例を示したが第1の実施形態と同様に、電気回路モデル等の他のモデルとしてもよい。すなわち、検査モデル部10はモデルの種類に応じて回路等の他のハードウェアで構成してもよい。
【0164】
図15に示す脳科学検査システム1Aの例では、モデル情報取得部12及び制御結果記憶部2Eが、複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置3Aから与えられた複数の制御入力及び複数の制御入力後における検査モデルの複数の安定平衡状態を関連付けて試行結果情報として記録する記録手段として機能している。
【0165】
以上のように構成された脳科学検査システム1Aによれば、第1の実施形態における脳科学検査システム1と同様な作用及び動作によって同様な効果を得ることができる。加えて、脳科学検査システム1Aによれば、2つの制御入力を検査モデルに与えることができるため、同時に2つの被検体を対象にした脳科学検査が可能である。また、ハードウェアの特性に応じて制御出力が変動するため、ハードウェア特性も脳科学検査に利用することができる。
【0166】
このため、例えば、相手方の制御対象を転倒させる対戦型のゲーム装置や相手方の制御対象と共同でモデルのバランスをとる協力型のゲーム装置に脳科学検査システム1Aを搭載することによって、脳科学検査として対戦能力判定や相性判定を行うこともできる。
【0167】
尚、図15にはコントローラが2つ設けられる例を示したが3つ以上のコントローラを設けてもよい。従って、付与可能な制御入力のみならず台車等の制御入力を与える対象を3つ以上としてもよい。制御入力を与える対象が3つ以上であっても第2の実施形態では非線形検査モデルがハードウェアで構成されているため、3体問題をシミュレーションによって計算する必要がなく、容易に制御出力を取得して脳科学検査に用いることができる。
【0168】
一方、第1の実施形態においても第2の実施形態と同様に、複数のクライアント3を脳科学検査サーバ2に接続し、複数の制御入力を検査モデルの複数の制御対象に付与できるように構成してもよい。第1の実施形態では、第2の実施形態と反対にコンピュータシミュレーションによって検査モデルの制御が行われるため、検査モデルの設定や変更が容易であり、かつ再現性を向上させることができる。
【0169】
(他の実施形態)
以上、特定の実施形態について記載したが、記載された実施形態は一例に過ぎず、発明の範囲を限定するものではない。ここに記載された新規な方法及び装置は、様々な他の様式で具現化することができる。また、ここに記載された方法及び装置の様式において、発明の要旨から逸脱しない範囲で、種々の省略、置換及び変更を行うことができる。添付された請求の範囲及びその均等物は、発明の範囲及び要旨に包含されているものとして、そのような種々の様式及び変形例を含んでいる。
【符号の説明】
【0170】
1、1A 脳科学検査システム
2 脳科学検査サーバ
2A 検査モデル設定部
2B 検査モデル更新部
2C 入力情報受信部
2D データ送信部
2E 制御結果記憶部
2F データ解析部
2G 解析方法設定部
2H 解析データ記憶部
3 クライアント
3A 入力装置
3B 表示装置
4 ネットワーク
10 検査モデル部
11A,11B コントローラ
12 モデル情報取得部
A1, A2 台車
B1, B2 倒立振子
I1, I2 駆動部
O1, O2 センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置から与えられた複数の制御入力を試行結果情報として記録する記録手段と、
前記試行結果情報に基づいて前記複数の制御入力を与えるために前記入力装置を操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成する解析手段と、
を備える脳科学検査システム。
【請求項2】
前記解析手段は、4つの安定平衡状態を有する検査モデルの初期の安定平衡状態を目標とする安定平衡状態に遷移させるという課題に対して与えられた複数の制御入力及び前記複数の制御入力後における前記検査モデルの複数の安定平衡状態に基づいて、前記検査モデルが前記目標とする安定平衡状態に遷移したか否かに応じた脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項3】
前記解析手段は、前記複数の制御入力に基づいて、互いに異なる複数の制御入力の数、前記異なる複数の制御入力の類似度及び前記異なる複数の制御入力間における変更頻度の少なくとも1つに応じた脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項4】
前記解析手段は、前記複数の制御入力に基づいて、互いに異なる複数の制御入力の確率密度を算出し、前記確率密度に応じた脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項5】
前記解析手段は、前記検査モデルの初期の安定平衡状態を目標とする安定平衡状態に遷移させるという課題に対して与えられた複数の制御入力及び前記複数の制御入力後における前記検査モデルの複数の安定平衡状態に基づいて、前記課題の成功確率に応じた脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項6】
前記解析手段は、前記複数の制御入力の最適性を評価する評価関数に応じた脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項7】
前記解析手段は、互いに極性が異なり強度が一定の2つの入力を切換えて連続して与える制御入力で構成される複数の制御入力に基づいて前記脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項8】
前記解析手段は、複数の入力装置にそれぞれ対応する複数の制御入力に基づいて前記複数の入力装置を操作した複数の被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成するように構成される請求項1記載の脳科学検査システム。
【請求項9】
前記複数の制御入力に基づいて前記検査モデルを表示装置にダイナミック表示させるシミュレーション手段を更に備える請求項1ないし8のいずれか1項に記載の脳科学検査システム。
【請求項10】
前記検査モデルをハードウェアで構成した検査モデル部を更に備える請求項1ないし8のいずれか1項に記載の脳科学検査システム。
【請求項11】
複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置から与えられた複数の制御入力を試行結果情報として記録するステップと、
前記試行結果情報に基づいて前記複数の制御入力を与えるために前記入力装置を操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成するステップと、
を有する脳科学検査方法。
【請求項12】
コンピュータを、
複数の安定平衡状態を有する非線形の検査モデルに対して入力装置から与えられた複数の制御入力を試行結果情報として記録する記録手段、及び
前記試行結果情報に基づいて前記複数の制御入力を与えるために前記入力装置を操作した被検体の個性を表す脳科学検査結果情報を作成する解析手段、
として機能させる脳科学検査プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−83426(P2012−83426A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227598(P2010−227598)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(304036743)国立大学法人宇都宮大学 (209)