説明

脳虚血の処置法及び脳虚血の処置のためのエリスロポエチン又はエリスロポエチン誘導体類の使用

【課題】特にヒトにおける脳虚血、例えば脳卒中患者の症例で発生するような脳虚血の処置法、及び脳虚血を処置するための薬物の提供。
【解決手段】虚血によって冒された脳組織に対するエリスロポエチンの末梢投与は顕著な保護効果を有することがわかった。これにより、エリスロポエチンは永久的に損傷を受けた脳組織の領域、特に半影領域を、エリスロポエチンを投与しない脳虚血症例における従来処置に比べて劇的に縮小するという効果を有する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、哺乳動物、特にヒトにおける脳虚血、例えば脳卒中患者の症例で発生するような脳虚血の処置法、及び脳虚血処置のための薬物に関する。
【0002】
虚血性脳梗塞の場合、損傷領域は虚血コア領域とコアを取り囲むいわゆる半影領域とに分けられる。虚血コアに半影領域を加えた大きさが虚血傷害後の損傷範囲を決定する。
【0003】
エリスロポエチン(略して“EPO”とも呼ばれる)は、分子量30,000ドルトンの、体内で天然に産生される糖タンパクである(W.Jelkman,“Erythropoietin:Structure,Control of
Production,and Function(エリスロポエチン:構造、産生の調節、及び機能)”,Physiological Reviews,1992,第72巻、449〜489ページ)。エリスロポエチンは赤血球産生のための必須増殖因子で、1977年に初めて単離された。
【0004】
エリスロポエチンは、腎透析で腎性貧血を有する患者の症例において、また予定の手術前に自己血を大量採取するために、長年頻繁に臨床使用されてきた。また、血液ドーピング剤として新聞の見出しを飾ったこともある。
【0005】
これによりエリスロポエチン自体は非常に良く寛容されていることが証明されている。問題とされるような副作用は、特に、治療上望ましいことの多い赤血球増加を伴う造血刺激、及びほとんど見られない動脈性高血圧である。いずれも主にエリスロポエチンの長期投与後に予想される副作用である。必要であれば、これらの副作用は医薬処置又は放血によって比較的容易に治療される。
【0006】
エリスロポエチンの場合、不耐反応又はアナフィラキシー反応は稀にしか起こらない。
これまでのところ、例えば脳卒中患者の処置に関して、患者の頭部を手術することなく脳虚血を治療する有効な方法はない。
【0007】
PNAS 1998年、第95巻、第8号、4635〜4640ページに、Sakanaka M.らは、動物実験でエリスロポエチンの中心投与が脳ニューロンに保護作用を提供することを開示している。大きなタンパク質は血液脳関門を越えられないという知識に基づいて、全試験でエリスロポエチンは側脳室に直接及び中心的に投与されている。しかしながら、このようなエリスロポエチンの脳室内直接投与すなわちエリスロポエチンを脳組織に直接注入することは、その適用および一時的脳室排液の維持に伴うハイリスク、例えば感染又は出血のためにヒトでは適用外である。
【0008】
DelMastro L.らはOncologist 1998年,3/5,314〜318ページに、エリスロポエチンの予防的投与により化学療法で処置されたがん患者の貧血を予防できること、従って化学療法が招いた貧血の結果として発生する脳虚血に関してそのような患者のリスクを予防的に削減できることを開示している。該文献には特に化学療法で処置されていない患者の場合における既存の脳虚血に対する療法は開示されていない。
【0009】
そこで本発明の目的は、簡単に適用でき、副作用がなるべく少なく、そしてリスクもない脳虚血の処置法、脳虚血の処置に使用する薬物、及び脳虚血の処置のための薬物の製造手段を提供することにある。
【0010】
本発明の目的は、請求項1に記載の方法、請求項9に記載の薬物製造のための使用、及び請求項17に記載の使用によって達成される。本発明の方法及び使用の有利な展開はそれぞれの従属クレームに示されている。
【0011】
本発明の方法及び本発明によるエリスロポエチンの使用の出発点は、虚血発生後、例えば卒中発作後、なるべく多くの損傷脳組織、特に半影領域をなるべく早く救済すべきという考え方である。エリスロポエチンの末梢投与は、虚血によって冒された脳組織に対して顕著な保護効果を有することがわかった。このために、エリスロポエチンは、エリスロポエチンを投与しない脳虚血症例における従来処置に比べて、損傷脳組織の領域、特に半影領域を劇的に縮小するという効果を有する。
【0012】
ヒトの脳虚血で末梢投与されたエリスロポエチンのこの予期せぬ組織救済効果は、エリスロポエチンは通常であれば血液脳関門を越えることができない(エリスロポエチンは分子量約30,000ドルトンの大タンパク質として知られている)のだから当然とみなされるべきではない。しかしながら、このようなエリスロポエチンの脳室内直接投与すなわちエリスロポエチンを脳組織に直接注入することは、その適用および一時的脳室排液の維持に伴うハイリスク、例えば感染又は出血のためにヒトでは適用外である。
【0013】
驚くべきことに発生した脳虚血の処置に関し、エリスロポエチンは損傷発生直後薬物として末梢投与でき、次いで損傷脳領域に侵入し、効果を発揮するということを発見し実行可能としたのが本発明の貢献である。
【0014】
エリスロポエチンの末梢投与、すなわち血液脳関門の手前側での投与は、筋肉内又は血管に行うのが好都合である。直接血管投与(薬物は一般的に静脈内投与が好都合であることが知られている)は、エリスロポエチンを1回の高用量で短時間のうちに、すなわち損傷発生後なるべく迅速に損傷脳組織に接触させるためにここでは直接行われる。
【0015】
従って、このことからエリスロポエチンは虚血による脳組織への損傷直後、損傷領域の血液脳関門を越えられると考えられる。そこで、エリスロポエチン含有薬物を例えば脳卒中による損傷を受けた患者に投与することが可能で、実際エリスロポエチンは損傷脳組織に到達する。
【0016】
従って、哺乳動物、特にヒトにおける脳虚血、例えば脳卒中の症例などに有効な治療薬が初めて提供される。
これによりさらに好都合なことは、非損傷脳組織領域の健常な血液脳関門は必要とされない場所へのエリスロポエチンの更なる侵入を効果的に防止することである。従って虚血梗塞に冒されていない組織領域は治療による影響を受けない。すなわち副作用は全く発生し得ないか、又は非常に低減された副作用しか発生し得ない。
【0017】
エリスロポエチンは薬物として1用量当たり5,000〜100,000単位、理想的には35,000単位の量で投与されるのが好都合である。おそらくこれが初日の1日量でおそらくは卒中発作後8時間以内に初めて投与される。これにより、わずか数用量のエリスロポエチンで十分治療効果が発揮される。さらに、エリスロポエチンを脳虚血の処置に使用する場合、前述の最新技術に従って他の症候群を長期連続的に処置した場合に主に観察される副作用及びリスクが発生し得ないか発生してもごくわずかであるという利点を有する。
【0018】
エリスロポエチンは先行技術から公知である。ヒトエリスロポエチンは尿から初めて単離された(T.Miyakeら、1977年,J.Biol.Chem.,第252巻,5558〜5564ページ)。今日では製造はDNA組換えによって行われる。この方法を利用すると、適量を製造することができ、本発明に従って使用できる。変化したアミノ酸配列もしくは構造を有する更なるエリスロポエチン変異体、又はエリスロポエチンの生物学的機能に関わる機能配列部分を有するフラグメントも、本発明による使用に用いることができる。これらも本願で使用している“エリスロポエチン”という用語の中に含められるべきである。本発明に従って使用できる多様なエリスロポエチン変異体はさらにエリスロポエチンのグリコシル化による改変によって製造される。
【0019】
従って、本発明に従って使用されるエリスロポエチンは、とりわけ天然に存在するがゆえにヒトエリスロポエチン、でなければエリスロポエチン産物又はエリスロポエチン類似体(一般に:エリスロポエチン変異体又はエリスロポエチン誘導体)、すなわち例えば削除及び置換といった配列の変更、又は炭水化物組成の変更を有する天然ヒトエリスロポエチンの変形が関係する。このようなエリスロポエチン産物は異なる製造法によって製造できる。本発明に従って使用できるエリスロポエチン変異体、誘導体、又は類似体のそのような製造法は例えば以下の特許出願に記載されている。すなわち、WO86/03520、WO85/02610、WO90/11354、WO91/06667、WO91/09955、WO93/09222、WO94/12650、WO95/31560、及びWO95/05465であり、これらの開示はその全開示内容を参照により本特許出願に援用する。従ってこれらは本特許出願に含められるべきものである。
【0020】
以下に、本発明による方法及び本発明による使用の実施例を示す。
図1Aに、4人の脳卒中患者の平均血清濃度、すなわちエリスロポエチンの末梢濃度を数日間にわたって測定したものが示されている。これらの患者には卒中発作の約8時間、約24時間、及びさらに約48時間後にそれぞれ35,000IEの用量のヒト組換えエリスロポエチン(製剤“ネオレコルモン(Neorecormon)”、Hoffmann LaRoche AG社)を静脈内投与した。血清濃度は最初の数日以内に最大に達し、その後は急激に減少していることがわかる。
【0021】
図1Bに、エリスロポエチンを注入した非虚血性神経疾患を有する6人の対照患者(“神経疾患対照”)、エリスロポエチンを注入しない2人の非処置脳卒中患者(“脳卒中対照”)、及び対照患者の場合と同様にエリスロポエチンを注入した4人の脳卒中患者(“EPO患者”)のEPO濃度を示す。これにより、35,000IEのヒト組換えエリスロポエチン(製剤“ネオレコルモン(Neorecormon)”、Hoffmann LaRoche AG社)の最初の注入から平均6.4時後に測定した髄液中の平均EPO濃度が示されている。4人の脳卒中患者(“EPO患者”)は、図1Aに示したのと同一の患者が関係している。
【0022】
図1Bの図で使用しているのが対数尺であることを考慮に入れると、脳卒中患者(“EPO患者”)の髄液中のエリスロポエチン濃度は、同様に処置された対照患者(“神経疾患対照”)よりも、又は処置されていない脳卒中患者(“脳卒中対照”)と比べても、約100倍高いことが直接的に検出されている。
【0023】
脳虚血の場合、血液脳関門はエリスロポエチンを透過するので、損傷発生直後の脳虚血を処置するために、エリスロポエチンは薬物として周辺を通過し、損傷された脳領域に侵入することができ、効果を発揮できるということを確認したのが本発明の貢献である。
【0024】
図2に、73歳患者の症例における卒中発作後の病変範囲を示す。示された写真は核磁気共鳴スペクトロスコピー(“拡散加重MRI”(diffusion weighted
MRI))によって撮影された。
【0025】
患者には卒中発作の約8時間後に、35,000IEのヒト組換えエリスロポエチン(製剤“ネオレコルモン(Neorecormon)”、Hoffmann LaRoche AG社)を静脈内注射した。発作の約24時間後及び48時間後にもさらにそれぞれ同じく高用量のエリスロポエチンを投与した。
【0026】
図2Aに、卒中発作の約7時間後、治療中の患者の脳の下からの3つの断面図を示す。脳卒中によって損傷された領域は白の配色によって明らかに識別されて見ることができる。
【0027】
図2Bでは、損傷領域が卒中発作の約3日後に同じく白の配色(暗中心を有する)によって検出できる。
図2Cは18日後の同じ断面図である。原発病変における顕著な縮小という結果を明らかに見て取ることができる。この虚血性梗塞領域における縮小はとりわけエリスロポエチンを用いた処置に帰するものと言える。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】卒中発作後の血清及び髄液中のエリスロポエチンの存在を示す図である。
【図2】脳虚血後の病変の大きさを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物における脳卒中治療用の末梢適用医薬組成物であって、エリスロポエチンを含む、前記組成物。
【請求項2】
血管に適用される、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
静脈内に適用される、請求項2記載の組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成物であって、エリスロポエチンが1用量及び/又は1日当たり5,000IE〜100,000IEの投与量で適用される、前記組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の組成物であって、エリスロポエチンが1用量及び/又は1日当たり35,000IEの投与量で適用される、前記組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の組成物であって、エリスロポエチンが、天然若しくは組換えのヒト又は動物エリスロポエチン、又はその変異体である、前記組成物。
【請求項7】
哺乳動物における脳卒中の処置のために末梢適用される薬物を製造するためのエリスロポエチンの使用。
【請求項8】
血管適用される薬物を製造するための、請求項7記載の使用。
【請求項9】
静脈内適用される薬物を製造するための、請求項8記載の使用。
【請求項10】
エリスロポエチンが1用量及び/又は1日当たり5,000IE〜100,000IEの投与量で適用される、請求項7〜9のいずれか一項に記載の使用。
【請求項11】
エリスロポエチンが1用量及び/又は1日当たり35,000IEの投与量で適用される、請求項7〜10のいずれか一項に記載の使用。
【請求項12】
エリスロポエチンが、天然若しくは組換えのヒト又は動物エリスロポエチン、又はその変異体である、請求項7〜11のいずれか一項に記載の使用。
【請求項13】
哺乳動物における脳卒中の処置のために末梢適用される薬物としてのエリスロポエチンの使用。
【請求項14】
血管適用される薬物としての、請求項13記載の使用。
【請求項15】
静脈内適用される薬物としての、請求項14記載の使用。
【請求項16】
エリスロポエチンが1用量及び/又は1日当たり5,000IE〜100,000IEの投与量で適用される、請求項13〜15のいずれか一項に記載の使用。
【請求項17】
エリスロポエチンが1用量及び/又は1日当たり35,000IEの投与量で適用される、請求項13〜16のいずれか一項に記載の使用。
【請求項18】
エリスロポエチンが、天然若しくは組換えのヒト又は動物エリスロポエチン、又はその変異体である、請求項13〜17のいずれか一項に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−79860(P2011−79860A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−283105(P2010−283105)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【分割の表示】特願2000−587794(P2000−587794)の分割
【原出願日】平成11年12月13日(1999.12.13)
【出願人】(501237202)
【出願人】(501237213)
【Fターム(参考)】