腫瘍マーカーとしてのN1,N12−ジアセチルスペルミン
【課題】ジアセチルスペルミンを含む腫瘍マーカー、及びジアセチルスペルミンに対する抗体を提供する。
【解決手段】N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用試薬であって、前記抗体が、以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものであり、(a)N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下、(b)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応性の総和:5%以下である。前記抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体であり、さらにはN1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用キットを提供する。
【解決手段】N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用試薬であって、前記抗体が、以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものであり、(a)N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下、(b)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応性の総和:5%以下である。前記抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体であり、さらにはN1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用キットを提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N1,N12-ジアセチルスペルミンを含む腫瘍マーカー、該腫瘍マーカーを用いた腫瘍の状態の評価方法、ジアセチルスペルミンに対する抗体、該抗体を用いた腫瘍の検出方法、及び腫瘍の検出用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアミンは2個以上のアミノ基をもつアルキルアミンの総称である。ヒトの体内には、プトレッシン(H2N(CH2)4NH2)、カダベリン(H2N(CH2)5NH2)、スペルミジン(H2N(CH2)4NH(CH2)3NH2)及びスペルミン(H2N(CH2)3NH(CH2)4NH(CH2)3NH2)の4種類とそれらのアセチル体が存在する。
【0003】
比較的近年になって、わずかな量ではあるがN1,N8-ジアセチルスペルミジン(以下「DiAcSpd」という)、N1,N12-ジアセチルスペルミン(以下「DiAcSpm」という)という2種類のジアセチルポリアミンが尿中に排泄されていることが見いだされた。健常者の尿中では、これらの成分はそれぞれ総ポリアミンの1.4%、0.6%を占めるにすぎないが、癌患者においては、他のポリアミン成分と比較して増加の割合が際だって高く、また、そのほかにも腫瘍マーカーとしての特性を示す物質であることが示されてきた(Sugimoto, M. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 121, 317-319 (1995); Hiramatsu, K. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 123, 539-545 (1997))。
【0004】
DiAcSpd、DiAcSpmは、当初はHPLCによる分画測定系と酵素法による検出系を組み合わせた方法(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 117, 107-112 (1995))によって定量されたが、その後簡便な測定法の開発が進められ、特に、DiAcSpmの測定に関しては、最近、特異的抗体を利用したELISA法が開発された(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。しかし、ELISA測定系のキット化はまだ達成されていない。
また、DiAcSpmの測定に関して、DiAcSpmをイムノアッセイにより測定する手法が開発されているが(特開平11-75839号公報、特開2000-74917号公報)、さらに測定感度及び交差反応性を改良する余地がある。
【0005】
ポリアミンの代謝が細胞増殖と関連して活性化されることはよく知られている。事実、種々の癌組織で正常組織と比較してポリアミン含量が増加する傾向がある。これらはいずれも、活発に増殖する組織に多量に含まれ、癌患者の尿中に健常者と比較して多量に排泄されることから、腫瘍マーカーとして位置づけられている。酵素的定量法による総ポリアミン含量測定キットとして、尿中のアセチル体と遊離ポリアミンを区別せず、また、4種類のポリアミンの違いも区別せずに、簡単に測定することができるキットが市販されており(ラボサーチポリアミンオート;(株)エイアイティー)、このキットは臨床検査法の一つとして利用されている。しかし、尿中総ポリアミンに関しては、悪性腫瘍患者の中に偽陰性例が相当数認められること、また、悪性腫瘍以外にも炎症性疾患、心筋梗塞、肝硬変、創傷治癒過程など、種々の病態に関連して有意に上昇することが明らかになり、悪性腫瘍に特異的なマーカーであるとは評価できないと考えられている(久保田俊一郎:日本臨床,53, 増刊号, pp. 501-505(1995))。これに対し、総ポリアミンについて指摘されてきた問題点のいくつかは、ジアセチルポリアミン(DiAcSpd およびDiAcSpm)を個別に測定することによって回避できることが明らかにされつつある (Sugimoto, M. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 121, 317-319 (1995))。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、腫瘍マーカーとしてのDiAcSpmを提供することを目的とする。また、本発明はDiAcSpmの類似物質との交差反応性が極めて小さく、かつ微量のDiAcSpmと特異的に結合する抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、DiAcSpmが腫瘍マーカーとして有用である点を見出し、また、DiAcSpm類似物質であるその他の尿中ポリアミンには交差反応せず、DiAcSpmに対してのみ特異的に反応する抗体を作製することに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0008】
(1)DiAcSpmを含む腫瘍マーカー。
(2)DiAcSpmに対する抗体と生体試料とを反応させてDiAcSpmを検出し、得られる検出結果を指標として腫瘍の状態を評価する方法。
上記方法において、生体試料としては尿が挙げられる。また、腫瘍としては例えば尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。腫瘍の状態は、癌の有無、癌の進行度、癌の悪性度、癌の転移の有無及び癌の再発の有無からなる群から選ばれる少なくとも1つである。
本発明においては、早期癌(例えば大腸癌の場合はStage 0〜I、乳癌の場合はStage I〜II)を評価することが可能である。
【0009】
(3)以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有する、DiAcSpmに対する抗体。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和:5%以下
上記抗体としては、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体が挙げられる。
【0010】
(4)上記抗体と生体試料(例えば尿)とを反応させることを特徴とするDiAcSpmの検出方法。
(5)上記抗体と生体試料(例えば尿)とを反応させることを特徴とする腫瘍の検出方法。癌としては、尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。本発明においては、早期癌 (例えば大腸癌の場合はStage 0〜I、乳癌の場合はStage I〜II)を検出することが可能である。
【0011】
(6)N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、腫瘍の検出用キット。
本発明のキットに使用される抗体としては、例えば以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものが挙げられる。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和:5%以下
【0012】
抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよい。
また、検出の対象となる腫瘍としては、例えば尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。
【0013】
さらに、本発明のキットは、以下の(a)〜(c)の少なくとも1つの性質を有するものである。
(a) 最低検出実測値:9.06nM
(b) 同時再現性:CV=10%以下
(c) 測定日間再現性:CV=10%以下
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ポリアミンの尿中排泄量(基準値に対する比)を示す図である。
【図2】ポリアミンとそのモノおよびジアセチル体を示す図である。
【図3】段階的親和性精製の工程を示す図である。
【図4】抗DiAcSpm抗体の交差反応性を示す図である。
【図5】希釈性試験の結果を示す図である。
【図6】希釈性試験の結果を示す図である。
【図7】希釈性試験の結果を示す図である。
【図8】HPLCとの相関を示す図である。
【図9】大腸癌および乳癌の検出結果を示す図である。
【図10】尿中DiAcSpmのカットオフ値を示す図である。
【図11】膵・胆道疾患と尿中DiAcSpmの量との関係を示す図である。
【図12】良・悪性疾患における腫瘍マーカーの陽性率の関係を示す図である。
【図13】悪性腫瘍再発に対する腫瘍マーカーの陽性率を示す図である。
【図14】膵・胆道癌のステージと尿中又は血清中マーカーとの関係を示す図である。
【図15】膵・胆道癌のステージと尿中DiAcSpm濃度との関係を示す図である。
【図16】脳原発悪性リンパ腫患者の病勢と治療効果を反映する尿中DiAcSpmレベルの経時変化を示す図である。
【図17】脳原発悪性リンパ腫患者の病勢と治療効果を反映する尿中DiAcSpmレベルの経時変化を示す図である。
【図18】星状細胞腫患者の病勢と治療効果を反映する尿中DiAcSpmレベルの経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、DiAcSpmを腫瘍マーカーとして使用することを特徴とするものである。また、本発明は、DiAcSpm類似物質である、DiAcSpm以外の尿中ポリアミン(N1-AcSpd、 N8-AcSpd、N1,N8-DiAcSpd、AcSpm等:表1参照)には反応せず、DiAcSpmに対してのみ特異的な反応を示す抗体に関する。
【0016】
本発明の抗体は、(i)DiAcSpmの類似物質として尿中に約30倍多く存在するN1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下、又は(ii)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和が5%以下であるか、あるいはこれらの両者の性質を有するものである。ここで、上記(i)に記載の数値は、抗体の性質を表すときの数値であり、上記(ii)に記載の数値は、交差反応性そのものに、尿中のabundanceを掛け合わせた数値であって、実際にDiAcSpmの定量がこれらの類似物質でどれくらい妨害されるかという指標となる数値を意味する。
【0017】
1.尿中ポリアミン
図1は、尿中ポリアミン量をHPLCによって分析・定量し、成分ごとに整理した結果を健常者、泌尿器良性疾患患者、尿路悪性腫瘍(前立腺癌、腎癌、精巣腫瘍など)患者の3群に分類した結果である。尿中ポリアミン量は、通常、随時尿についての測定値のクレアチニン補正値として表示される。ここでは、そのようにして測定した各成分測定値の健常者平均値±2S.D.を基準値として、各成分の基準値に対する比をプロットしてある。例えば、DiAcSpd、 DiAcSpmの場合、健常者レベルとしてそれぞれ0.30±0.11μmol/g creatinine、0.15±0.05μmol/g creatinineの値を得ている。そして、これらの値に基づき、DiAcSpd, 0.52μmol/g creatinine ; DiAcSpm, 0.25μmol/g creatinineを基準値と考えている。この図に見るとおり、アセチルプトレッシン(AcPut)、N1-およびN8-(モノ)アセチルスペルミジン(N1-AcSpd, N8-AcSpd; これらは尿中にもっとも多量に見いだされる主要成分である)並びに総ポリアミンは、癌患者でも高値を示さない偽陰性例が多く、偽陽性を示す良性疾患の患者と区別がつかないケースもまた多い。これに対して、DiAcSpd、DiAcSpmは癌患者で高値を示す患者の割合が高い。特にDiAcSpmには、偽陰性率が低く、異常を検出できる割合が非常に高いという大きな特徴がある。また、DiAcSpdは、良性疾患患者ではほとんど増加せず、偽陽性率がきわめて低いという点が特徴である(Sugimoto, M. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 121, 317-319 (1995))。尿路悪性腫瘍だけではなく、大腸癌、乳癌でも、患者の尿中DiAcSpmは高い頻度で上昇する。
【0018】
このことは、ジアセチルポリアミンを簡単、正確に測定する方法を開発することができれば、新規の腫瘍マーカーとして癌診療の臨床において、大きな需要が見込まれることを示している。
表1に健常者の尿中に含まれる各種のポリアミン成分(ジアセチルポリアミン及びその類似物質)についての分析結果を示す。
【0019】
【表1】
【0020】
ヒト尿中ポリアミンの主成分は各種のモノアセチルポリアミンである。DiAcSpmは明らかに微量成分に属し、その量は総ポリアミンの0.6%を占めるにすぎない。尿中ポリアミンの主成分の中にはDiAcSpmときわめてよく似た構造をもつモノアセチルスペルミジン(N1-AcSpd、N8-AcSpd)があり(図2)、これらの含量は通常DiAcSpmの25-30倍量に達する。構造上の類似性を考慮すると、抗DiAcSpm抗体はこれらのモノアセチルスペルミジンとも交差反応性を示すことに対して、十分の配慮が必要であると考えられる。DiAcSpm量に対して約30倍の量のモノアセチルスペルミジンが妨害物質として存在する尿中において、その妨害を避けてDiAcSpmを正確に定量するためには、目的の物質と妨害物質を低い交差反応性で厳密に識別する特異抗体が必要である。従って、そのような特異性を示し、さらに、平均的な健常者の尿中DiAcSpm濃度である0.1μM程度の濃度のDiAcSpmを正確に定量できる抗体を作製することが要求されている。
【0021】
2.腫瘍マーカー
本発明のDiAcSpmを腫瘍マーカーとして使用するには、測定サンプルに含まれるDiAcSpmを高感度に検出することが重要である。その検出手段として、本発明においてはDiAcSpmに対する抗体を採用することができる。
DiAcSpm特異的抗体を精製する方法として、ウシ血清アルブミンのAc-Spermine誘導体を用いてウサギを免疫し、得られた抗血清からDiAcSpm特異的抗体を精製する方法が知られている(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。本発明においては、その方法に準拠して新たにDiAcSpm特異抗体を作製し、その抗体を用いたDiAcSpm測定キットを作製するものである。
【0022】
抗DiAcSpm抗体のようなハプテン抗体を作製する場合、ハプテン−担体結合物の分子構造のデザインは、特異抗体の性能に対して非常に大きな影響を与える。グルタルアルデヒドによってBSAに結合させたSpermineをハプテンとして用いて作った抗体では、競合的ELISAにおけるSpermineやSpermidineに対する反応性がアセチルポリアミンに対する反応性よりもむしろ高いことが報告されている。従って、ハプテン−担体結合物の中にアシルアミド結合が存在することは、アセチルポリアミンと優先的に反応する抗体を作る上で不可欠である。
【0023】
ポリクローナル抗血清がN1-AcSpdと約5-6%の交差反応性を示す場合は、直ちにDiAcSpm定量の目的でそのような抗血清を利用することはできず、何らかの方法で抗血清中に含まれている高度特異的抗体成分を精製する必要がある。その精製手法として、親和性樹脂のリガンドの分子構造デザインが重要であると考えられる。すなわち、免疫抗原のデザインと同様、ポリアミンリガンドと樹脂の結合部にアシルアミド結合を形成させ、アセチルポリアミン類似の構造をつくることが有効である。例えば、N8-AcSpd、Spd、AcSpmを用いてカルボキシトヨパールを誘導体化したときには、それぞれ、DiAcSpd、N1-またはN8-AcSpd、DiAcSpmによく似た構造の親和性リガンドをもつ親和性樹脂が作られる。この親和性樹脂を用いて、モノアセチルスペルミジンおよびDiAcSpd、DiAcSpmに対する親和性の違いに基づいて抗体を精製することにより、DiAcSpmに対してきわめて特異性の高い抗体を得ることができる(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。
【0024】
尿中のジアセチルポリアミンを定量するために必要な高度の特異性を持った抗DiAcSpm抗体を粗血清中の抗体の中から精製することにより、抗体の力価は当然かなり減少する。しかしながら、上記抗血清の場合、この精製抗体の力価はまだ十分に高く、標準的な競合的酵素免疫測定法によるDiAcSpmの定量に用いるには十分であると考えられる。
上述のとおり、モノアセチルスペルミジンに代表される類似構造物質が多量に存在する尿検体中に微量に含まれるDiAcSpmを、類似構造物質による妨害を避けて酵素免疫法によって正確に定量するためには、DiAcSpmに対して高度の特異性を示す抗体を得ることが測定キットの確立のために最も重要である。本発明は、DiAcSpm特異抗体の開発、および尿中DiAcSpm測定キットの開発の技術を確立し、DiAcSpmを腫瘍マーカーとして活用する方法を提供するものである。
【0025】
3.抗原の調製
DiAcSpmは、低分子量のアルキルアミンであるため、これを直接ウサギに免疫してもDiAcSpmに特異的な抗体を得ることはできない。そこで、キャリア蛋白質である牛血清アルブミンとAcSpmをアシルアミド結合させ、DiAcSpm類似構造物を側鎖として多数持つ免疫抗原を作製する。
本発明において免疫抗原は、川喜田らの方法に準じて作製することができる(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。まずキャリア蛋白質であるBSAとS-アセチルメルカプト琥珀酸を反応させ、反応生成物であるS-アセチルメルカプト琥珀酸(AMS)-BSA複合体を作製する。さらにAMS-BSAに二価性架橋試薬であるGMBS(N-(4-Maleimidobutyryloxy) succinimide)を介して、AcSpmをアシルアミド結合させ、免疫抗原AcSpm-GMB-BSAを作製する。
【0026】
4.DiAcSpmに対する抗体の作製
本発明において「抗体」とは、抗原であるDiAcSpmに結合し得る抗体分子全体(ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい)またはその断片(例えば、Fab又はF(ab')2断片) もしくは、抗原抗体反応活性を有する活性フラグメント、具体的には、Fab、Fv、組替えFv体、1本鎖Fvを意味する。
本発明の抗体(ポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体および活性フラグメント)は、種々の方法のいずれかによって製造することができる。このような抗体の製造法は当該分野で周知である。
【0027】
以下、抗体作製について、実験および実施例を具体的に説明するが、これらに限定されるものではない。
【0028】
(1) DiAcSpmに対するポリクローナル抗体の作製
上記の通り作製した抗原を哺乳動物に投与する。哺乳動物は特に限定されるものではなく、例えばラット、マウス、ウサギなどが挙げられるが、ウサギが好ましい。
抗原の動物1匹当たりの投与量は、アジュバントを用いないときは5〜2mgであり、アジュバントを用いるときは5〜2mgである。アジュバントとしては、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等が挙げられる。免疫は、主として静脈内、皮下、腹腔内等に注入することにより行う。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜5週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜5回免疫を行う。そして、最終の免疫日から6〜60日後に、酵素免疫測定法(ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)又は EIA(enzyme immunoassay))、放射性免疫測定法(RIA;radioimmuno assay)等で抗体価を測定し、最大の抗体価を示した日に採血し、抗血清を得る。
【0029】
その後は、BSAなどを用い、これらタンパク質に対する抗血清中のポリクローナル抗体の反応性をELISA法などで測定する。前述の通り、DiAcSpmはDiAcSpd、Spd、Spmなどの混合物中に微量存在するものである。そこで、本発明においては、DiAcSpmに反応する抗体をさらに高精度に選択する。
すなわち、DiAcSpmに強い反応性を示す抗体であって、(i)N1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下、及び/又は(ii)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和が5%以下(好ましくは3%以下)であるものを選択する。
【0030】
(2) DiAcSpmに対するモノクローナル抗体の作製
(i) 抗体産生細胞の採取
前記のようにして作製した抗原を、哺乳動物、例えばラット、マウス、ウサギなどに投与する。抗原の動物1匹当たりの投与量は、アジュバントを用いないときは500〜200μgであり、アジュバントを用いるときは500〜200μgである。アジュバントとしては、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等が挙げられる。免疫は、主として静脈内、皮下、腹腔内に注入することにより行われる。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜5週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜5回免疫を行う。そして、最終の免疫日から1〜60日後、好ましくは1〜14日後に抗体産生細胞を採集する。抗体産生細胞としては、脾臓細胞、リンパ節細胞、末梢血細胞等が挙げられるが、脾臓細胞又は局所リンパ節細胞が好ましい。
【0031】
(ii) 細胞融合
ハイブリドーマを得るため、抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行う。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞として、マウスなどの動物の一般に入手可能な株化細胞を使用することができる。使用する細胞株としては、薬剤選択性を有し、未融合の状態ではHAT選択培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジンを含む)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものが好ましい。ミエローマ細胞としては、例えば P3X63-Ag.8.U1(P3U1)、NS-Iなどのマウスミエローマ細胞株が挙げられる。
【0032】
次に、上記ミエローマ細胞と抗体産生細胞とを細胞融合させる。細胞融合は、血清を含まないDMEM、RPMI-1640培地などの動物細胞培養用培地中で、1×106〜1×107個/mlの抗体産生細胞と2×105〜2×106個/mlのミエローマ細胞とを混合し(抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞比5:1が好ましい)、細胞融合促進剤存在のもとで融合反応を行う。細胞融合促進剤として、平均分子量1000〜6000ダルトンのポリエチレングリコール等を使用することができる。また、電気刺激(例えばエレクトロポレーション)を利用した市販の細胞融合装置を用いて抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることもできる。
【0033】
(iii) ハイブリドーマの選別及びクローニング
細胞融合処理後の細胞から目的とするハイブリドーマを選別する。その方法として、細胞懸濁液を例えばウシ胎児血清含有RPMI-1640培地などで適当に希釈後、マイクロタイタープレート上にまき、各ウエルに選択培地を加え、以後適当に選択培地を交換して培養を行う。その結果、選択培地で培養開始後、14日前後から生育してくる細胞をハイブリドーマとして得ることができる。
次に、増殖してきたハイブリドーマの培養上清中に、DiAcSpmに反応する抗体が存在するか否かをスクリーニングする。ハイブリドーマのスクリーニングは、通常の方法に従えばよく、特に限定されるものではない。例えば、ハイブリドーマとして生育したウエルに含まれる培養上清の一部を採集し、酵素免疫測定法、放射性免疫測定法等によってスクリーニングすることができる。
【0034】
融合細胞のクローニングは、限界希釈法等により行う。この場合も、ポリクローナル抗体の項で説明したのと同様に、DiAcSpmに強い反応性を示す抗体であって、(i)N1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下、及び/又は(ii)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和が5%以下(好ましくは3%以下)である抗体を産生するハイブリドーマを選択し、樹立する。
【0035】
(iv) モノクローナル抗体の採取
樹立したハイブリドーマからモノクローナル抗体を採取する方法として、通常の細胞培養法又は腹水形成法等を採用することができる。
細胞培養法においては、ハイブリドーマを10%ウシ胎児血清含有RPMI-1640培地、MEM培地又は無血清培地等の動物細胞培養培地中で、通常の培養条件(例えば37℃、5% CO2濃度)で7〜14日間培養し、その培養上清から抗体を取得する。
腹水形成法の場合は、ミエローマ細胞由来の哺乳動物と同種系動物の腹腔内にハイブリドーマを約1×107個投与し、ハイブリドーマを大量に増殖させる。そして、1〜2週間後に腹水を採集する。
上記抗体の採取方法において抗体の精製が必要とされる場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜選択して、又はこれらを組み合わせることにより精製することができる。
【0036】
5.腫瘍の検出方法
DiAcSpmは、癌の臨床マーカー(腫瘍マーカー)として利用することができるため、本発明の抗体を生体試料と反応させ、生体試料中のDiAcSpmを測定することにより、その測定結果を指標として腫瘍を検出することができる。DiAcSpmの測定は、一般に行われるハプテン免疫測定法として知られている方法のいずれの方法によっても行うことができ、特に制限されない。腫瘍としては、以下に示すものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0037】
(1)口腔、鼻、咽頭
舌癌、歯肉癌、悪性リンパ腫、悪性黒色腫(メラノーマ)、上顎癌、鼻癌、鼻腔癌、喉頭癌、咽頭癌
(2) 脳神経系
神経膠腫、髄膜腫
(3)甲状腺
甲状乳頭腺癌、甲状腺濾胞癌、甲状腺髄様癌
(4) 呼吸器
肺癌(扁平上皮癌、腺癌、肺胞上皮癌、大細胞性未分化癌、小細胞性未分化癌、カルチノイド)
(5) 乳房
乳癌、乳房ページェット病、乳房肉腫
【0038】
(6)血液
急性骨髄性白血病、急性前髄性白血病、急性骨髄性単球白血病、急性単球性白血病、急性リンパ性白血病、急性未分化性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、成人型T細胞白血病、悪性リンパ腫(リンパ肉腫、細網肉腫、ホジキン病)、多発性骨髄腫、原発性マクログロブリン血症
(7) 消化器
食道癌、胃癌、胃・腸悪性リンパ腫、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、肝癌
(8) 女性性器
子宮癌、卵巣癌、子宮肉腫(平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、リンパ肉腫、細網肉腫)
(9) 泌尿器
尿路悪性腫瘍(前立腺癌、腎癌、膀胱癌、精巣腫瘍、尿道癌)
(10) 運動器
横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、滑液膜肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、ユーイング肉腫、多発性骨髄腫
(11) 皮膚
皮膚癌、皮膚ボーエン病、皮膚ページェット病、皮膚悪性黒色腫
【0039】
本発明において検出又は評価の対象となる癌の種類は、上記のうち1種類でもよく、2種類以上が併発したものでもよい。好ましくは、大腸癌、尿路悪性腫瘍(例えば前立腺癌、腎癌、膀胱癌、精巣腫瘍)、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
後述のように、本抗体を用いた腫瘍の検出方法の実施例を示すが、本抗体の使用について、特に規定するものではない。
癌が疑われる患者、あるいは健康診断受診者から生体試料を採取し、DiAcSpm測定試料を調製する。生体試料としては、血液、尿、組織等が挙げられるが、取り扱いが容易で患者への負担が少ない点で尿が好ましい。
【0040】
次いで、前記測定試料と前記抗体とを反応させる。DiAcSpmの測定は、一般に行われるELISAにより行うことができる。まず、マイクロプレートに抗原(DiAcSpm)をコートしておく。一方、あらかじめ生体試料及び標準液中のDiAcSpmと抗DiAcSpm特異抗体を反応させた後、この反応液をプレートにまく。未反応のまま残った抗体はプレート上のDiAcSpmと結合する。そして、2次抗体であるHRP標識抗ウサギIgG抗体をプレートに添加して反応させる。最後に、HRPにより触媒される発色反応により生体試料中のDiAcSpmを定量する。
【0041】
6.腫瘍の評価
前記5に示す検出方法により得られた検出結果を指標として腫瘍の状態を評価又は診断する。検出結果が所定の基準値を超えるものをDiAcSpm陽性、所定の基準値以下のものをDiAcSpm陰性とし、陽性の場合には、癌を発症している可能性があると判断し、腫瘍の状態を評価することができる。
腫瘍の状態とは、腫瘍の罹患の有無又はその進行度を意味し、癌発症の有無、癌の進行度、癌の悪性度、癌の転移の有無及び癌の再発の有無等が挙げられる。上記評価に際し、これらの腫瘍の状態は1つを選択してもよく、複数個を適宜組み合わせて選択してもよい。癌の有無を評価するには、癌に罹患しているか否かを判断する。癌の悪性度は、癌がどの程度進行しているのかを示す指標となるものであり、病期(Stage)を分類して評価したり、いわゆる早期癌、進行癌を分類して評価することも可能である。癌の転移は、原発巣の位置から離れた部位に新生物が出現しているか否かにより評価する。再発は、間欠期又は寛解の後に再び癌が現れたか否かにより評価する。
【0042】
本発明においては、例えば大腸癌の場合は、Stage 0及びI(早期癌)であってもStage II〜IV(進行癌)と同様に癌を検出し、評価することができる。また、乳癌の場合は、Stage I及びII(早期癌)であってもStage III〜IV(進行癌)と同様に癌を検出し、評価することができる。
【0043】
7.本発明の抗体を含む腫瘍検出用試薬、キット
本発明においては、DiAcSpmに対する抗体を腫瘍検出用試薬として使用することができる。
従来から一般生化学検査としてポリアミン類を測定する場合は、尿中のポリアミン類は類似構造体として数種類がひとまとめで測定され、類似構造体の各々と各種の病態との関連の検討は皆無に等しかった。そこで、ポリアミン測定法の中でも、尿中のポリアミン量を区別して測定する方法が確立され、特にポリアミンの一種であるDiAcSpmが前立腺癌又は大腸癌の発症時、及び治療後の再発時に非常に高値になることを確認した。このことは、ジアセチルポリアミンを簡便かつ正確に測定する方法を開発することができれば、新規の腫瘍マーカーとして癌診療の臨床において、大きな需要が見込まれることを示している。
【0044】
従来の測定方法では、一般的に、安価な測定機器での多検体処理を可能とする免疫学的手法が用いられており、すでにポリクローナル抗体を用いた簡易測定法が知られている(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。しかし測定系のもっとも重要な部品であるDiAcSpm特異抗体の大量製造を含め、ELISA測定系のキット化はまだ達成されていない。
本発明において、DiAcSpm測定キットのシステムとして、本発明者は、川喜田らが作製した簡易な免疫学的測定法をモデルにし、DiAcSpm抗体を用いた、競合ELISA測定法による尿中DiAcSpmの測定系を考えた。固相化抗原として、モノアセチルスペルミンを配し、アシルアミド結合によりDiAcSpm類似構造体をもつもの(AcSpm-HMC-peptide)を使用することができる。この抗原は、任意の水溶性ポリペプチドに、二価性架橋試薬(HMCS)を用いてアシルアミド結合させるものである(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。
【0045】
本発明のDiAcSpm測定キットは、DiAcSpmを高感度に測定できることが必要であるが、癌診療の臨床において用いるためには、キット性能としての再現性がさらに要求される。このような前提を踏まえ、本発明においては、診断マーカーとしてのDiAcSpm測定系の確立を目指した。
本発明のDiAcSpm測定ELISAキットは、固相化抗原濃度を低濃度側に調整することで、スタンダード領域を4.53〜145nMに設定することができる。固相化抗原濃度としては、1〜0.1μg/mL、好ましくは0.07μg/mLである。その結果、尿中DiAcSpmを測定するのに、十分な感度及び測定精度を達成することができる。
【0046】
測定精度とは、同一の試料を複数の試験管又はウェルに分けて1回のアッセイを行ったときに、それぞれの測定値がどの程度ばらつくかを示す指標となるものであり、統計学的には、変動係数(CV:Coefficient of variation)、すなわち平均値に対する標準偏差の割合(%)として表現される。本発明においては、この変動係数(CV)を再現性という。再現性は10%以下であることが好ましく、5%以下であることがさらに好ましい。
本発明のキットの性能は、最低検出実測値:9.06nM、検体測定検出感度:36.2nM(9.06 nM × 4)である。また、同時再現性は10%以下、好ましくは5%前後であり、日間再現性は10%以下、好ましくは約8〜10%である。いずれの再現性もCV=10%以下である。共存物質の影響については、抱合型ビリルビン、グルコース、ヘモグロビン、アスコルビン酸において、DiAcSpm測定に影響は無い。
【0047】
本発明のキットには、本発明の抗体のほかに、抗原固相化マイクロプレート、DiAcSpm標準品(STD)、抗体希釈液、HRP標識-抗ウサギIgG抗体、OPD (オルトフェニレンジアミン) 錠、基質液、反応停止液、濃縮洗浄液などを適宜選択して含めることができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0049】
<実施例1> 抗体の作製
(1)免疫抗原の作製および免疫
本実施例では、抗DiAcSpmポリクローナル抗体の作製において、親和性精製によるポリクローナル抗体中の特異的成分の抽出という手法の実用化を図るため、抗DiAcSpm抗体製造の効率化を検討する。親和性精製によりポリクローナル抗体中の特異的成分を抽出するという手法の実用化を図るためには、高度の特異性を示す抗DiAcSpm抗体が再現的に得られるかどうかを明らかにすること、及び同一の抗原で免疫した際にそのような抗体を産生する哺乳動物がどのような頻度で得られるかを見極めることがきわめて重要である。そこで、測定キットの工業製造に向け抗体製造の再現性および効率化を検討する上で、以下の3点に注目した。
【0050】
(a) 目的抗原が低分子であるため抗体価が上昇する確率が低い
(b) 免疫するウサギの種により抗体価上昇率が異なる
(c) 免疫抗原のLotにより抗体価上昇率が異なる
【0051】
上記(a)の条件を検討するため、作製した免疫抗原Lot 1を日本白色種ウサギ(♂:規格…2.5〜3.0kg、以下略:JPW)8羽に同じ条件下で免疫を行い、それぞれの個体間で抗体価上昇率が異なるか調べた。
上記(b)の条件を検討するため、免疫する動物種として、ニュージーランド白色種ウサギ(♂:規格…2.5〜3.0kg、以下略:NZW)9羽と日本白色種ウサギ(♂:規格…2.5〜3.0kg、以下略:JPW)10羽の2種を用い、種間差により抗体価の上昇率が異なるか調べた。
【0052】
上記(c)の条件を検討するため、それぞれLotの異なる免疫抗原AcSpm−GMB−BSA 5種を新しく作製し、免疫抗原と免疫した固体の抗体価上昇率が異なるか調べた。
免疫抗原は、川喜田らの方法に準じて以下の通り作製した(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。DiAcSpmは、低分子量のアルキルアミンであり、これを直接ウサギに免疫してもDiAcSpmに特異的な抗体を得ることはできない。そこで、キャリア蛋白質である牛血清アルブミン(以下略:BSA)とAcSpmをアシルアミド結合させ、DiAcSpm類似構造物を側鎖として多数持つ免疫抗原AcSpm−GMB−BSA を作製した。まずキャリア蛋白質となるBSAとS-アセチルメルカプト琥珀酸を反応させ、反応生成物であるS-アセチルメルカプト琥珀酸-BSA(以下略:AMS-BSA)を作製した。さらにAMS-BSAに二価性架橋試薬であるGMBSを介して、AcSpmをアシルアミド結合させ、免疫抗原AcSpm-GMB-BSAを作製した。
【0053】
免疫は、免疫抗原とアジュバント(初回免疫:コンプリートアジュバント、追加免疫:インコンプリートアジュバント)を等量混和したエマルジョンを背部皮下に免疫する方法で行った。免疫は2週間おきに、初回免疫1mg/羽、追加免疫0.3mg/羽の条件下で行った。また、3回目免疫後7日目に部分採血を行い、ELISA法にて抗血清中の抗体価をチェックした(表2)。
抗体価は、川喜田らが得た抗血清を基準とし、抗血清希釈倍率27,000倍での川喜田らの抗血清の反応性を100とした時の、それぞれのウサギ抗血清の反応性を百分率で表した。
【0054】
その結果、抗原Lot No.1を免疫したJPW1〜JPW8およびNZW1では抗体価の上昇は、最大でJPW7における抗体価12.5%と低い結果であった。一方、抗原Lot No.2を免疫したJPW9とNZW2は69.1%および88.1%と両種ともに高い抗体価を得ることができた。
この実験により、抗原Lotによる抗体価の上昇の差が認められた。しかし、部分採血による抗体価のチェックではウサギの個体間もしくは種間差による抗体価上昇の著しい差は認められなかった。
【0055】
【表2】
【0056】
(2)抗DiAcSpmポリクローナル抗体の精製
得られた19羽の抗血清の内、高い抗体価を示した3種の抗DiAcSpmポリクローナル抗血清JPW9、NZW2、NZW9より、尿中DiAcSpm測定系に使用できる精度の特異抗体が得られるか、段階的な親和性精製を行い検討した。親和性精製については、川喜田らの方法に準じて(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))、AcSpmおよびN8-AcSpdでカルボキシトヨパールを誘導化したDiAcSpmカラム、DiAcSpdカラムを用いて、段階的な親和性精製を行った(図3)。
【0057】
その結果、NZW2の抗血清は、DiAcSpmの類似物質として尿中に約30倍多く存在するN1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下となる抗体であった。また、尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和は2.9%であり、交差性5%以下を達成することができた(図4、表3)。
【0058】
【表3】
【0059】
今回新たに作製した免疫抗原AcSpm-GMB-BSAをウサギに免疫することで、尿中DiAcSpm測定に使用できる特異性を備えた抗DiAcSpm特異抗体を作製することができた。これにより川喜田らが抗DiAcSpm特異抗体を得るために考案した、DiAcSpm類似構造体を側鎖として持つ、免疫抗原の有効性が証明された。
【0060】
<実施例2> キットを用いたDiAcSpmの測定
1.測定部品の確立およびELISA測定系の基礎データ
測定系としては、川喜田らの方法に準じて(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))、固相化抗原AcSpm-HMC-peptideを用いた競合ELISA法を行った。1次抗体は、実施例1で作製した抗DiAcSpm特異抗体を用い、2次抗体として市販のヤギ由来HRP標識抗ウサギIgG抗体(BIO RAD社)を用いた。固相化抗原濃度は、尿中DiAcSpm正常値がおよそ100nM程度であることから、スタンダード領域6.25nM〜200nMを想定し、この領域において最も理想的な競合曲線を描く固相化濃度0.07μg/mLを求めた。抗DiAcSpm抗体濃度については、固相化条件0.07μg/mLにおいて、最大反応効率の50%となる条件で定めた結果、0.02μg/mLとなった。
【0061】
2次抗体であるHRP標識ヤギ由来抗ウサギIgGについては、希釈倍数2000倍から5000倍の間で検討を行ったところ、希釈倍数2000倍が最も感度がよかった。よって、HRP標識ヤギ由来抗ウサギIgG希釈率2000倍を2次抗体の条件とした。
また、DiAcSpm測定ELISAの精密度および性能を評価するため、異なる2種の管理検体(検体A,検体Bとする)を用いた日内再現性・日間再現性をそれぞれN=20で評価した。また、添加回収試験では、健常者尿に既知濃度のDiAcSpm標準品を添加し、ELISA測定法にて回収率をもとめた。同じく、キット性能評価のため、DiAcSpm濃度の異なる3種の尿検体で希釈性試験を実施した。
【0062】
尿中DiAcSpmを測定する方法としてすでに確立されているHPLCと本キットを比較するため、N=30の検体について相関を見た。また、尿中に存在するDiAcSpm以外の共存物質である抱合型ビリルビン、グルコース、ヘモグロビン、アスコルビン酸が本測定系に及ぼす影響を確認した。
【0063】
2.結果
本発明のキットに関するアッセイ系の性能として、スタンダードカーブは6.25〜200nMの範囲で直線性が得られており、日内再現性、日間再現性ともにCV=10%以下と良好であった。希釈性試験においては、DiAcSpm濃度の異なる3種の尿について、それぞれ段階希釈した検体を測定した結果、いずれの尿検体においても良好な希釈曲線が得られた(図5〜7)。
添加回収試験では、尿の希釈は4倍以上で個体差なく添加回収率96.3〜108 %と良好な結果が得られたため、尿の希釈は、4倍以上から行うこととした。
本発明のキットの性能は、最低検出実測値:12.5nM、検体測定検出感度:50nM(12.5 nM×4)であった。同時再現性は、検体AがCV=4.87%、検体Bが5.20%であり、日間再現性は検体AがCV=7.53%、検体Bが9.46%であった。
【0064】
従って、いずれの検体についても、再現性はそれぞれ目標値のCV=10%以下であることを確認した(表4)。共存物質の影響については、抱合型ビリルビン(10mg/dL以下)、グルコース(1000mg/dL以下)、ヘモグロビン(400mg/dL以下)、アスコルビン酸(100mg/dL以下)において、DiAcSpm測定に影響の無いことを確認した。
また、DiAcSpm測定ELISAキットを評価するために、referenceとなるHPLC測定法で測定された尿検体を、ELISAキットで測定し、HPLC測定法と比較検討した。その結果、HPLCとの相関はY(nM)=1.01X+73.2、 R2=0.978であり、大変良好な結果が得られた。これらの結果より、本発明のDiAcSpm測定キットが、尿中DiAcSpmを高い精度で測定し得るものであることが示された。
今回得られた基礎データの詳細について表4及び図5〜8に示す。
【0065】
【表4】
【0066】
<実施例3> 大腸癌の検出
大腸癌患者250例について、大腸癌の病期(大腸癌研究会:「大腸癌取り扱い規約」による)と尿中DiAcSpm値(随時、尿中の濃度のクレアチニン補正値)との間の関係について検討した。DiAcSpmの値の基準値を0.25μmol/g creatinine (健常者平均+2SD)とし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。その結果、250例中DiAcSpm陽性例は185例(74.0%)、CEA陽性例は94例(37.6%)、CA-19-9陽性例は36例(14.4%)であり(表5〜7)、DiAcSpmは既存の腫瘍マーカーと比較して著しく高い検出感度を示した。さらに、病理検査の所見に基づいて患者の病期と陽性率の関連について検討した結果、表5に示す通り、早期癌及び進行癌のいずれにおいても、尿中DiAcSpmは高い陽性率を示した。このことは、尿中DiAcSpmが、大腸癌患者の尿中で早期癌の段階においても高頻度で上昇することを示している。
【0067】
【表5】
【0068】
表5において、「stage 0」とは壁深達度がm、すなわち病巣が腸管粘膜層に限局するものであり、「stage I」とは壁深達度がsm(粘膜下層)又はmp(筋層)まで、かつ、n0(リンパ節転移を示さない)腫瘍であることを意味する。「stage 0」及び「stage I」は早期癌に分類され、この段階で発見されれば全例において予後良好を期待することが臨床的に確立されている。
また、比較のため上記同一患者群について、大腸癌の病期と、現在実用に供されている血清CEA値又は血清CA19-9値との間の関係を検討した。CEAについては、その基準値を5ng/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。血清CA19-9ついては、その基準値を37U/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
その結果、表6及び表7に示す通り、血清CEA及び血清CA19-9のいずれにおいても、早期癌ではDiAcSpmの陽性率は低かった。
【0069】
【表6】
【0070】
【表7】
【0071】
早期大腸癌に対する尿中DiAcSpmの陽性率は約60%であるのに対し、血清CEA及び血清CA19-9の陽性率はそれぞれ約10%、約5〜8%であった。このことは、大腸癌診療の臨床において、現在実用に供されている既存腫瘍マーカーであるCEA及びCA19-9の早期大腸癌に対する陽性率と比較して、DiAcSpmは格段に優れていることを示すものである。したがって、尿中ジアセチルスペルミンを腫瘍マーカーとして利用し、本発明の抗体を用いてジアセチルスペルミンを検出することにより、大腸癌を現在より高感度に、しかも早期に検出することが可能となり、早期に治療を開始することによって完全治癒例の割合を増加させることができるため、大腸癌診療の臨床において大きな貢献をすることができる。
さらに、尿中ジアセチルスペルミンを健康診断項目の一つとして追加することによって、大腸癌を含む消化器癌の早期診断を現在よりも格段に高感度、高精度化することが可能である。
【0072】
<実施例4> 乳癌の検出
乳癌患者17例について尿中ジアセチルスペルミン値を測定し、以下の結果を得た。ジアセチルスペルミン排泄量の基準値を0.25μmol/g creatinine(健常者平均値+2S.D.)とするとき、尿中ジアセチルスペルミン値は全例が基準値以上であった。特に、17例中9名は基準値の2倍を超える値を示した(図9)。これは、乳癌の腫瘍マーカーとして多用されているCA15-3と比較しても高い陽性率を有しており、尿中ジアセチルスペルミンが、尿中ジアセチルスペルミンが乳癌を高感度に検出するための腫瘍マーカーとして有用であることを示している。
【0073】
<実施例5> 膵・胆道癌の検出
膵・胆道疾患の入院・外来通院患者125名を対象として、癌の検出を行った。但し、膵内分泌腫瘍、肝細胞癌、急性炎症(胆嚢炎・膵炎など)、術後早期(3ヶ月)の患者は対象から除外した。
対象患者は以下の通りである。
男性:70例、女性:55例、年齢:28-86歳(63.5±12.2)
このうち、良性疾患の術前又は術後の患者は52例であり(コントロール)、悪性疾患の術前患者は22例、悪性疾患の術後患者は51例(そのうち10例に再発あり)とした。
また、腺癌は32例、腺腫例は8例であった。
【0074】
ELISA法により、尿中ジアセチルスペルミン、血清CEA(高感度、2.5ng/ml)及びCA19-9(高特異度、37U/ml)を検出した。
そして、尿中ジアセチルスペルミンのカットオッフの設定、良悪性診断と尿・血清腫瘍マーカーとの関係、再発診断と尿・血清腫瘍マーカーとの関係、Stageと尿・血清腫瘍マーカーとの関係、切除・非切除と尿・血清腫瘍マーカーとの関係について、検討を行った。
結果を表8〜11及び図10〜15に示す。
【0075】
【表8】
【0076】
【表9】
【0077】
【表10】
【0078】
【表11】
【0079】
上記表8〜11、図10〜15に示す通り、膵・胆道癌に対して尿中ジアセチルスペルミンは、高感度な腫瘍マーカーといわれる血清CA19-9とほぼ同程度の高い感度を示し、採血を必要とせず、臓器特異性のない“汎”腫瘍マーカーであるといえるそして、尿中ジアセチルスペルミンは、マススクリーニングや高危険群の検討に有用な腫瘍マーカーである。
また、比較的早期のStageIIbでも50%に尿中ジアセチルスペルミンは陽性を示し、早期膵・胆道癌の発見にも有効であることが示された。
【0080】
<実施例6> 乳癌の病期別ジアセチルスペルミンの測定
本実施例では、乳癌患者83例について、乳癌の病期と尿中DiAcSpm値(随時、尿中の濃度のクレアチニン補正値)との間の関係について検討した。乳癌の場合、各病期とその内容は表12の通りである。
【0081】
【表12】
【0082】
上記乳癌患者中「stage I」は15例、「stage II」は15例、「stage III」は4例、「stage IV」は47例であった。DiAcSpmの値の基準値を0.25μmol/g creatinine (健常者平均+2SD)とし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
結果を表13に示す。
【0083】
【表13】
【0084】
同一患者群について、乳癌病期と血清CEA値との間の関係を検討した。CEAの基準値を5ng/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
結果を表14に示す。
【0085】
【表14】
【0086】
同一患者群について、乳癌病期と血清CA15-3値の間の関係を検討した。CA15-3の基準値を23U/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
結果を表15に示す。
【0087】
【表15】
【0088】
上記表13〜15に示す通り、早期癌及び進行癌のいずれのstageにおいても、尿中DiAcSpm値が乳癌患者の尿中で高い陽性率を示した。特に、「stage I」、「stage II」で20〜35%の陽性率はPET(ポジトロン放出断層撮影)で検査したときの陽性率に匹敵する値である。得られた値について、比較的早期の段階(stage Iおよびstage IIを合わせた群)と進行癌の段階(stage IIIおよびstage IVを合わせた群)について、DiAcSpm値、CEA値およびCA15-3値について比較した。
結果を表16に示した。
【0089】
【表16】
【0090】
表16に示すとおり、比較的早期の段階における陽性率はそれぞれDiAcSpm値で28.1%、CEA値で3.1%、CA15-3値で0%であった。そして、DiAcSpm値とCEA値との間ではp=0.0064、DiAcSpm値とCA15-3値との間ではp=0.0010であり、どちらも有意差が認められた。同様に、進行癌の段階における陽性率はそれぞれDiAcSpm値で80.3%、CEA値で58.8%、CA15-3値で60.8%であった。そして、DiAcSpm値とCEA値との間ではp=0.018、DiAcSpm値とCA15-3値との間ではp=0.030であり、どちらも有意差が認められた。全体でみると、陽性率はDiAcSpm値で60.2%であり、CEA値及びCA15-3値は共に37.3%であり、DiAcSpm値とCEA値またはCA15-3値との間では、いずれもp=0.0032で有意差が認められた。したがって、臨床において現在使用されている既存の腫瘍マーカーであるCEA及びCA15-3と比較しても、DiAcSpmは格段に高感度で検出することが示された。
【0091】
<実施例7> 各種癌の検出
本実施例では、膵・胆道、肺、肝臓、子宮及び血液における癌の検出を行った。
カットオフ値は325(nmol/g Creatinine)と設定した。なお、膵臓癌、胆道癌については、実施例5とは別の被験サンプルについて測定した。
結果を表17に示す。
【0092】
【表17】
【0093】
表17に示すとおり、本発明のキットを用いることにより、大腸癌や乳癌だけでなく、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、骨髄性白血病(慢性、急性)においても高い陽性率で検出することができた。
【0094】
<実施例8> 各脳腫瘍の検出
本実施例では、各脳腫瘍における尿中DiAcSpmの陽性率を測定した。
結果を表18に示す。
【0095】
【表18】
転移性脳腫瘍の陽性率は、かなり高率であった。グリオーマではGradeが2、3、4と上がるにつれて、すなわち悪性度が上昇するにつれて陽性率も上昇した。また、このときのDiAcSpmの値自体がかなり高値になった。
【0096】
<実施例9>脳原発性悪性リンパ腫の検出
本実施例では、脳原発性悪性リンパ腫患者から採取した尿を用いてDiAcSpmの検出を行ったものである。
(1)症例1(56歳女性、脳原発悪性リンパ腫)
この症例は、脳原発悪性リンパ腫に対して、初期治療として全脳照射とメソトレキセート(MTX)大量療法を施した患者である。DiAcSpmの測定開始時は、初発病巣は完全寛解(CR)の状態であったが、図16の(1)及び(2)の時点において骨髄転移及び脾臓転移が画像上及び症状として明らかになり、それに伴いDiAcSpmの急激な上昇が認められた。この上昇度は、現在一般に使用されているマーカーであるβ-2ミクログロブリンよりも高いものであった。(2)の時期以降から治療(表19)に対する反応が見られ、DiAcSpmの値は減少した。(3)及び(4)の時期は、再発に対する治療が困難になってきた頃であり、しかも部分寛解(PR)の期間が次第に短くなり、DiAcSpmの値も完全に下がっていない。(5)の時期は、治療に対して腫瘍が完全に抵抗性を示しており、DiAcSpmの値も急激に上昇した。
再発と治療及び反応(転帰)との関係を表19に示す。表19中、(1)〜(5)及びa)〜f)は、図16に示したものに対応する。
【0097】
【表19】
【0098】
(2)症例2(60歳男性、脳原発悪性リンパ腫)
治療開始まではDiAcSpmの値は高値であったが、その後右側頭葉の腫瘍組織を外科的摘出し、全脳照射40Gy、及び5サイクルのMTX大量療法を行うことにより、完全寛解となった。これに伴い、DiAcSpmの値はカットオフ値以下となった。
従って、脳腫瘍の初期治療の治療効果に関して、DiAcSpmが明確なマーカーとなり得ることが分かった。
【0099】
(3)まとめ
悪性リンパ腫の場合の診断上の問題点は、
(i) 画像上CRと判断することができても、細胞学的には増殖能を有する腫瘍細胞が中枢神経内に残存している可能性が高いこと、
(ii) 画像上、病変が残存していることが把握できたとしても、腫瘍細胞が消失している場合があること、
(iii) 脳以外の他の臓器に転移する可能性があること
などが挙げられる。
【0100】
本発明は、上記問題点を解決するものであり、DiAcSpmの陽性率を測定することにより、画像上把握できる病変にかかわらず、腫瘍細胞の有無を検出することができるため、悪性リンパ種に対する化学療法をどの時点でどの程度行うかという判断をすることができる。また、癌の治療経過中に悪性化するようなケースをDiAcSpmを指標として把握することができるため、癌の再発を診断し、あるいは予後を予測することができ、的確な治療方針を立てることができる。さらに、本発明のキットは、癌のスクリーニングや術前診断をすることができるだけでなく、組織診断が確定したものであって治療効果、再発、悪性転化などを検出することもできる。
【0101】
<実施例10> 星状細胞腫の検出
本実施例は、グリオーマの一種であるgrade3アストロサイトーマ(星状細胞腫)患者(36歳、男性
)について、再発手術後にDiAcSpmを測定したものである(図18)。
手術後、腫瘍は残存した状態が続くが、 尿中DiAcSpmはそれほど高値を示さなかった。
放射線治療、化学療法後にも大きな変化はなく、放射線壊死を起こしてもDiAcSpmの上昇は認められなかった。これに対し、再発により脳梁部が増大して明らかに腫瘍の臨床的な悪性度が加速した時点から、DiAcSpmの値は急上昇した。グリオーマの場合、grade3から4への転化はしばしば起こり、この転化を画像診断や病理組織で証明すること、例えば放射線壊死なのか再発病巣なのかを画像診断で区別することが困難な場合も多いのが問題点である。本発明においては、尿中DiAcSpmの検出により上記放射線壊死と再発病巣の有無との区別をすることができた。従って、DiAcSpmの検出は悪性度の指標として臨床的に極めて有用であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明により、腫瘍マーカーとしてのDiAcSpmが提供される。また、本発明により、DiAcSpmの交差反応による測定結果への干渉の総和が極めて小さく、かつ微量のDiAcSpmと特異的に結合する抗体、及び当該抗体を含むキットが提供される。本発明のキットは、DiAcSpmの陽性率を指標として各種癌の有無、悪性度、再発の有無等を検出することができるため、極めて有用である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、N1,N12-ジアセチルスペルミンを含む腫瘍マーカー、該腫瘍マーカーを用いた腫瘍の状態の評価方法、ジアセチルスペルミンに対する抗体、該抗体を用いた腫瘍の検出方法、及び腫瘍の検出用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアミンは2個以上のアミノ基をもつアルキルアミンの総称である。ヒトの体内には、プトレッシン(H2N(CH2)4NH2)、カダベリン(H2N(CH2)5NH2)、スペルミジン(H2N(CH2)4NH(CH2)3NH2)及びスペルミン(H2N(CH2)3NH(CH2)4NH(CH2)3NH2)の4種類とそれらのアセチル体が存在する。
【0003】
比較的近年になって、わずかな量ではあるがN1,N8-ジアセチルスペルミジン(以下「DiAcSpd」という)、N1,N12-ジアセチルスペルミン(以下「DiAcSpm」という)という2種類のジアセチルポリアミンが尿中に排泄されていることが見いだされた。健常者の尿中では、これらの成分はそれぞれ総ポリアミンの1.4%、0.6%を占めるにすぎないが、癌患者においては、他のポリアミン成分と比較して増加の割合が際だって高く、また、そのほかにも腫瘍マーカーとしての特性を示す物質であることが示されてきた(Sugimoto, M. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 121, 317-319 (1995); Hiramatsu, K. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 123, 539-545 (1997))。
【0004】
DiAcSpd、DiAcSpmは、当初はHPLCによる分画測定系と酵素法による検出系を組み合わせた方法(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 117, 107-112 (1995))によって定量されたが、その後簡便な測定法の開発が進められ、特に、DiAcSpmの測定に関しては、最近、特異的抗体を利用したELISA法が開発された(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。しかし、ELISA測定系のキット化はまだ達成されていない。
また、DiAcSpmの測定に関して、DiAcSpmをイムノアッセイにより測定する手法が開発されているが(特開平11-75839号公報、特開2000-74917号公報)、さらに測定感度及び交差反応性を改良する余地がある。
【0005】
ポリアミンの代謝が細胞増殖と関連して活性化されることはよく知られている。事実、種々の癌組織で正常組織と比較してポリアミン含量が増加する傾向がある。これらはいずれも、活発に増殖する組織に多量に含まれ、癌患者の尿中に健常者と比較して多量に排泄されることから、腫瘍マーカーとして位置づけられている。酵素的定量法による総ポリアミン含量測定キットとして、尿中のアセチル体と遊離ポリアミンを区別せず、また、4種類のポリアミンの違いも区別せずに、簡単に測定することができるキットが市販されており(ラボサーチポリアミンオート;(株)エイアイティー)、このキットは臨床検査法の一つとして利用されている。しかし、尿中総ポリアミンに関しては、悪性腫瘍患者の中に偽陰性例が相当数認められること、また、悪性腫瘍以外にも炎症性疾患、心筋梗塞、肝硬変、創傷治癒過程など、種々の病態に関連して有意に上昇することが明らかになり、悪性腫瘍に特異的なマーカーであるとは評価できないと考えられている(久保田俊一郎:日本臨床,53, 増刊号, pp. 501-505(1995))。これに対し、総ポリアミンについて指摘されてきた問題点のいくつかは、ジアセチルポリアミン(DiAcSpd およびDiAcSpm)を個別に測定することによって回避できることが明らかにされつつある (Sugimoto, M. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 121, 317-319 (1995))。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、腫瘍マーカーとしてのDiAcSpmを提供することを目的とする。また、本発明はDiAcSpmの類似物質との交差反応性が極めて小さく、かつ微量のDiAcSpmと特異的に結合する抗体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、DiAcSpmが腫瘍マーカーとして有用である点を見出し、また、DiAcSpm類似物質であるその他の尿中ポリアミンには交差反応せず、DiAcSpmに対してのみ特異的に反応する抗体を作製することに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0008】
(1)DiAcSpmを含む腫瘍マーカー。
(2)DiAcSpmに対する抗体と生体試料とを反応させてDiAcSpmを検出し、得られる検出結果を指標として腫瘍の状態を評価する方法。
上記方法において、生体試料としては尿が挙げられる。また、腫瘍としては例えば尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。腫瘍の状態は、癌の有無、癌の進行度、癌の悪性度、癌の転移の有無及び癌の再発の有無からなる群から選ばれる少なくとも1つである。
本発明においては、早期癌(例えば大腸癌の場合はStage 0〜I、乳癌の場合はStage I〜II)を評価することが可能である。
【0009】
(3)以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有する、DiAcSpmに対する抗体。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和:5%以下
上記抗体としては、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体が挙げられる。
【0010】
(4)上記抗体と生体試料(例えば尿)とを反応させることを特徴とするDiAcSpmの検出方法。
(5)上記抗体と生体試料(例えば尿)とを反応させることを特徴とする腫瘍の検出方法。癌としては、尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。本発明においては、早期癌 (例えば大腸癌の場合はStage 0〜I、乳癌の場合はStage I〜II)を検出することが可能である。
【0011】
(6)N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、腫瘍の検出用キット。
本発明のキットに使用される抗体としては、例えば以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものが挙げられる。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和:5%以下
【0012】
抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でもよい。
また、検出の対象となる腫瘍としては、例えば尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つが挙げられる。
【0013】
さらに、本発明のキットは、以下の(a)〜(c)の少なくとも1つの性質を有するものである。
(a) 最低検出実測値:9.06nM
(b) 同時再現性:CV=10%以下
(c) 測定日間再現性:CV=10%以下
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ポリアミンの尿中排泄量(基準値に対する比)を示す図である。
【図2】ポリアミンとそのモノおよびジアセチル体を示す図である。
【図3】段階的親和性精製の工程を示す図である。
【図4】抗DiAcSpm抗体の交差反応性を示す図である。
【図5】希釈性試験の結果を示す図である。
【図6】希釈性試験の結果を示す図である。
【図7】希釈性試験の結果を示す図である。
【図8】HPLCとの相関を示す図である。
【図9】大腸癌および乳癌の検出結果を示す図である。
【図10】尿中DiAcSpmのカットオフ値を示す図である。
【図11】膵・胆道疾患と尿中DiAcSpmの量との関係を示す図である。
【図12】良・悪性疾患における腫瘍マーカーの陽性率の関係を示す図である。
【図13】悪性腫瘍再発に対する腫瘍マーカーの陽性率を示す図である。
【図14】膵・胆道癌のステージと尿中又は血清中マーカーとの関係を示す図である。
【図15】膵・胆道癌のステージと尿中DiAcSpm濃度との関係を示す図である。
【図16】脳原発悪性リンパ腫患者の病勢と治療効果を反映する尿中DiAcSpmレベルの経時変化を示す図である。
【図17】脳原発悪性リンパ腫患者の病勢と治療効果を反映する尿中DiAcSpmレベルの経時変化を示す図である。
【図18】星状細胞腫患者の病勢と治療効果を反映する尿中DiAcSpmレベルの経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、DiAcSpmを腫瘍マーカーとして使用することを特徴とするものである。また、本発明は、DiAcSpm類似物質である、DiAcSpm以外の尿中ポリアミン(N1-AcSpd、 N8-AcSpd、N1,N8-DiAcSpd、AcSpm等:表1参照)には反応せず、DiAcSpmに対してのみ特異的な反応を示す抗体に関する。
【0016】
本発明の抗体は、(i)DiAcSpmの類似物質として尿中に約30倍多く存在するN1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下、又は(ii)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和が5%以下であるか、あるいはこれらの両者の性質を有するものである。ここで、上記(i)に記載の数値は、抗体の性質を表すときの数値であり、上記(ii)に記載の数値は、交差反応性そのものに、尿中のabundanceを掛け合わせた数値であって、実際にDiAcSpmの定量がこれらの類似物質でどれくらい妨害されるかという指標となる数値を意味する。
【0017】
1.尿中ポリアミン
図1は、尿中ポリアミン量をHPLCによって分析・定量し、成分ごとに整理した結果を健常者、泌尿器良性疾患患者、尿路悪性腫瘍(前立腺癌、腎癌、精巣腫瘍など)患者の3群に分類した結果である。尿中ポリアミン量は、通常、随時尿についての測定値のクレアチニン補正値として表示される。ここでは、そのようにして測定した各成分測定値の健常者平均値±2S.D.を基準値として、各成分の基準値に対する比をプロットしてある。例えば、DiAcSpd、 DiAcSpmの場合、健常者レベルとしてそれぞれ0.30±0.11μmol/g creatinine、0.15±0.05μmol/g creatinineの値を得ている。そして、これらの値に基づき、DiAcSpd, 0.52μmol/g creatinine ; DiAcSpm, 0.25μmol/g creatinineを基準値と考えている。この図に見るとおり、アセチルプトレッシン(AcPut)、N1-およびN8-(モノ)アセチルスペルミジン(N1-AcSpd, N8-AcSpd; これらは尿中にもっとも多量に見いだされる主要成分である)並びに総ポリアミンは、癌患者でも高値を示さない偽陰性例が多く、偽陽性を示す良性疾患の患者と区別がつかないケースもまた多い。これに対して、DiAcSpd、DiAcSpmは癌患者で高値を示す患者の割合が高い。特にDiAcSpmには、偽陰性率が低く、異常を検出できる割合が非常に高いという大きな特徴がある。また、DiAcSpdは、良性疾患患者ではほとんど増加せず、偽陽性率がきわめて低いという点が特徴である(Sugimoto, M. et al., J. Cancer Res. Clin. Oncol., 121, 317-319 (1995))。尿路悪性腫瘍だけではなく、大腸癌、乳癌でも、患者の尿中DiAcSpmは高い頻度で上昇する。
【0018】
このことは、ジアセチルポリアミンを簡単、正確に測定する方法を開発することができれば、新規の腫瘍マーカーとして癌診療の臨床において、大きな需要が見込まれることを示している。
表1に健常者の尿中に含まれる各種のポリアミン成分(ジアセチルポリアミン及びその類似物質)についての分析結果を示す。
【0019】
【表1】
【0020】
ヒト尿中ポリアミンの主成分は各種のモノアセチルポリアミンである。DiAcSpmは明らかに微量成分に属し、その量は総ポリアミンの0.6%を占めるにすぎない。尿中ポリアミンの主成分の中にはDiAcSpmときわめてよく似た構造をもつモノアセチルスペルミジン(N1-AcSpd、N8-AcSpd)があり(図2)、これらの含量は通常DiAcSpmの25-30倍量に達する。構造上の類似性を考慮すると、抗DiAcSpm抗体はこれらのモノアセチルスペルミジンとも交差反応性を示すことに対して、十分の配慮が必要であると考えられる。DiAcSpm量に対して約30倍の量のモノアセチルスペルミジンが妨害物質として存在する尿中において、その妨害を避けてDiAcSpmを正確に定量するためには、目的の物質と妨害物質を低い交差反応性で厳密に識別する特異抗体が必要である。従って、そのような特異性を示し、さらに、平均的な健常者の尿中DiAcSpm濃度である0.1μM程度の濃度のDiAcSpmを正確に定量できる抗体を作製することが要求されている。
【0021】
2.腫瘍マーカー
本発明のDiAcSpmを腫瘍マーカーとして使用するには、測定サンプルに含まれるDiAcSpmを高感度に検出することが重要である。その検出手段として、本発明においてはDiAcSpmに対する抗体を採用することができる。
DiAcSpm特異的抗体を精製する方法として、ウシ血清アルブミンのAc-Spermine誘導体を用いてウサギを免疫し、得られた抗血清からDiAcSpm特異的抗体を精製する方法が知られている(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。本発明においては、その方法に準拠して新たにDiAcSpm特異抗体を作製し、その抗体を用いたDiAcSpm測定キットを作製するものである。
【0022】
抗DiAcSpm抗体のようなハプテン抗体を作製する場合、ハプテン−担体結合物の分子構造のデザインは、特異抗体の性能に対して非常に大きな影響を与える。グルタルアルデヒドによってBSAに結合させたSpermineをハプテンとして用いて作った抗体では、競合的ELISAにおけるSpermineやSpermidineに対する反応性がアセチルポリアミンに対する反応性よりもむしろ高いことが報告されている。従って、ハプテン−担体結合物の中にアシルアミド結合が存在することは、アセチルポリアミンと優先的に反応する抗体を作る上で不可欠である。
【0023】
ポリクローナル抗血清がN1-AcSpdと約5-6%の交差反応性を示す場合は、直ちにDiAcSpm定量の目的でそのような抗血清を利用することはできず、何らかの方法で抗血清中に含まれている高度特異的抗体成分を精製する必要がある。その精製手法として、親和性樹脂のリガンドの分子構造デザインが重要であると考えられる。すなわち、免疫抗原のデザインと同様、ポリアミンリガンドと樹脂の結合部にアシルアミド結合を形成させ、アセチルポリアミン類似の構造をつくることが有効である。例えば、N8-AcSpd、Spd、AcSpmを用いてカルボキシトヨパールを誘導体化したときには、それぞれ、DiAcSpd、N1-またはN8-AcSpd、DiAcSpmによく似た構造の親和性リガンドをもつ親和性樹脂が作られる。この親和性樹脂を用いて、モノアセチルスペルミジンおよびDiAcSpd、DiAcSpmに対する親和性の違いに基づいて抗体を精製することにより、DiAcSpmに対してきわめて特異性の高い抗体を得ることができる(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。
【0024】
尿中のジアセチルポリアミンを定量するために必要な高度の特異性を持った抗DiAcSpm抗体を粗血清中の抗体の中から精製することにより、抗体の力価は当然かなり減少する。しかしながら、上記抗血清の場合、この精製抗体の力価はまだ十分に高く、標準的な競合的酵素免疫測定法によるDiAcSpmの定量に用いるには十分であると考えられる。
上述のとおり、モノアセチルスペルミジンに代表される類似構造物質が多量に存在する尿検体中に微量に含まれるDiAcSpmを、類似構造物質による妨害を避けて酵素免疫法によって正確に定量するためには、DiAcSpmに対して高度の特異性を示す抗体を得ることが測定キットの確立のために最も重要である。本発明は、DiAcSpm特異抗体の開発、および尿中DiAcSpm測定キットの開発の技術を確立し、DiAcSpmを腫瘍マーカーとして活用する方法を提供するものである。
【0025】
3.抗原の調製
DiAcSpmは、低分子量のアルキルアミンであるため、これを直接ウサギに免疫してもDiAcSpmに特異的な抗体を得ることはできない。そこで、キャリア蛋白質である牛血清アルブミンとAcSpmをアシルアミド結合させ、DiAcSpm類似構造物を側鎖として多数持つ免疫抗原を作製する。
本発明において免疫抗原は、川喜田らの方法に準じて作製することができる(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。まずキャリア蛋白質であるBSAとS-アセチルメルカプト琥珀酸を反応させ、反応生成物であるS-アセチルメルカプト琥珀酸(AMS)-BSA複合体を作製する。さらにAMS-BSAに二価性架橋試薬であるGMBS(N-(4-Maleimidobutyryloxy) succinimide)を介して、AcSpmをアシルアミド結合させ、免疫抗原AcSpm-GMB-BSAを作製する。
【0026】
4.DiAcSpmに対する抗体の作製
本発明において「抗体」とは、抗原であるDiAcSpmに結合し得る抗体分子全体(ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい)またはその断片(例えば、Fab又はF(ab')2断片) もしくは、抗原抗体反応活性を有する活性フラグメント、具体的には、Fab、Fv、組替えFv体、1本鎖Fvを意味する。
本発明の抗体(ポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体および活性フラグメント)は、種々の方法のいずれかによって製造することができる。このような抗体の製造法は当該分野で周知である。
【0027】
以下、抗体作製について、実験および実施例を具体的に説明するが、これらに限定されるものではない。
【0028】
(1) DiAcSpmに対するポリクローナル抗体の作製
上記の通り作製した抗原を哺乳動物に投与する。哺乳動物は特に限定されるものではなく、例えばラット、マウス、ウサギなどが挙げられるが、ウサギが好ましい。
抗原の動物1匹当たりの投与量は、アジュバントを用いないときは5〜2mgであり、アジュバントを用いるときは5〜2mgである。アジュバントとしては、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等が挙げられる。免疫は、主として静脈内、皮下、腹腔内等に注入することにより行う。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜5週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜5回免疫を行う。そして、最終の免疫日から6〜60日後に、酵素免疫測定法(ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)又は EIA(enzyme immunoassay))、放射性免疫測定法(RIA;radioimmuno assay)等で抗体価を測定し、最大の抗体価を示した日に採血し、抗血清を得る。
【0029】
その後は、BSAなどを用い、これらタンパク質に対する抗血清中のポリクローナル抗体の反応性をELISA法などで測定する。前述の通り、DiAcSpmはDiAcSpd、Spd、Spmなどの混合物中に微量存在するものである。そこで、本発明においては、DiAcSpmに反応する抗体をさらに高精度に選択する。
すなわち、DiAcSpmに強い反応性を示す抗体であって、(i)N1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下、及び/又は(ii)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和が5%以下(好ましくは3%以下)であるものを選択する。
【0030】
(2) DiAcSpmに対するモノクローナル抗体の作製
(i) 抗体産生細胞の採取
前記のようにして作製した抗原を、哺乳動物、例えばラット、マウス、ウサギなどに投与する。抗原の動物1匹当たりの投与量は、アジュバントを用いないときは500〜200μgであり、アジュバントを用いるときは500〜200μgである。アジュバントとしては、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等が挙げられる。免疫は、主として静脈内、皮下、腹腔内に注入することにより行われる。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜5週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜5回免疫を行う。そして、最終の免疫日から1〜60日後、好ましくは1〜14日後に抗体産生細胞を採集する。抗体産生細胞としては、脾臓細胞、リンパ節細胞、末梢血細胞等が挙げられるが、脾臓細胞又は局所リンパ節細胞が好ましい。
【0031】
(ii) 細胞融合
ハイブリドーマを得るため、抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行う。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞として、マウスなどの動物の一般に入手可能な株化細胞を使用することができる。使用する細胞株としては、薬剤選択性を有し、未融合の状態ではHAT選択培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジンを含む)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものが好ましい。ミエローマ細胞としては、例えば P3X63-Ag.8.U1(P3U1)、NS-Iなどのマウスミエローマ細胞株が挙げられる。
【0032】
次に、上記ミエローマ細胞と抗体産生細胞とを細胞融合させる。細胞融合は、血清を含まないDMEM、RPMI-1640培地などの動物細胞培養用培地中で、1×106〜1×107個/mlの抗体産生細胞と2×105〜2×106個/mlのミエローマ細胞とを混合し(抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞比5:1が好ましい)、細胞融合促進剤存在のもとで融合反応を行う。細胞融合促進剤として、平均分子量1000〜6000ダルトンのポリエチレングリコール等を使用することができる。また、電気刺激(例えばエレクトロポレーション)を利用した市販の細胞融合装置を用いて抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることもできる。
【0033】
(iii) ハイブリドーマの選別及びクローニング
細胞融合処理後の細胞から目的とするハイブリドーマを選別する。その方法として、細胞懸濁液を例えばウシ胎児血清含有RPMI-1640培地などで適当に希釈後、マイクロタイタープレート上にまき、各ウエルに選択培地を加え、以後適当に選択培地を交換して培養を行う。その結果、選択培地で培養開始後、14日前後から生育してくる細胞をハイブリドーマとして得ることができる。
次に、増殖してきたハイブリドーマの培養上清中に、DiAcSpmに反応する抗体が存在するか否かをスクリーニングする。ハイブリドーマのスクリーニングは、通常の方法に従えばよく、特に限定されるものではない。例えば、ハイブリドーマとして生育したウエルに含まれる培養上清の一部を採集し、酵素免疫測定法、放射性免疫測定法等によってスクリーニングすることができる。
【0034】
融合細胞のクローニングは、限界希釈法等により行う。この場合も、ポリクローナル抗体の項で説明したのと同様に、DiAcSpmに強い反応性を示す抗体であって、(i)N1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下、及び/又は(ii)尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和が5%以下(好ましくは3%以下)である抗体を産生するハイブリドーマを選択し、樹立する。
【0035】
(iv) モノクローナル抗体の採取
樹立したハイブリドーマからモノクローナル抗体を採取する方法として、通常の細胞培養法又は腹水形成法等を採用することができる。
細胞培養法においては、ハイブリドーマを10%ウシ胎児血清含有RPMI-1640培地、MEM培地又は無血清培地等の動物細胞培養培地中で、通常の培養条件(例えば37℃、5% CO2濃度)で7〜14日間培養し、その培養上清から抗体を取得する。
腹水形成法の場合は、ミエローマ細胞由来の哺乳動物と同種系動物の腹腔内にハイブリドーマを約1×107個投与し、ハイブリドーマを大量に増殖させる。そして、1〜2週間後に腹水を採集する。
上記抗体の採取方法において抗体の精製が必要とされる場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜選択して、又はこれらを組み合わせることにより精製することができる。
【0036】
5.腫瘍の検出方法
DiAcSpmは、癌の臨床マーカー(腫瘍マーカー)として利用することができるため、本発明の抗体を生体試料と反応させ、生体試料中のDiAcSpmを測定することにより、その測定結果を指標として腫瘍を検出することができる。DiAcSpmの測定は、一般に行われるハプテン免疫測定法として知られている方法のいずれの方法によっても行うことができ、特に制限されない。腫瘍としては、以下に示すものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0037】
(1)口腔、鼻、咽頭
舌癌、歯肉癌、悪性リンパ腫、悪性黒色腫(メラノーマ)、上顎癌、鼻癌、鼻腔癌、喉頭癌、咽頭癌
(2) 脳神経系
神経膠腫、髄膜腫
(3)甲状腺
甲状乳頭腺癌、甲状腺濾胞癌、甲状腺髄様癌
(4) 呼吸器
肺癌(扁平上皮癌、腺癌、肺胞上皮癌、大細胞性未分化癌、小細胞性未分化癌、カルチノイド)
(5) 乳房
乳癌、乳房ページェット病、乳房肉腫
【0038】
(6)血液
急性骨髄性白血病、急性前髄性白血病、急性骨髄性単球白血病、急性単球性白血病、急性リンパ性白血病、急性未分化性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病、成人型T細胞白血病、悪性リンパ腫(リンパ肉腫、細網肉腫、ホジキン病)、多発性骨髄腫、原発性マクログロブリン血症
(7) 消化器
食道癌、胃癌、胃・腸悪性リンパ腫、膵臓癌、胆道癌、胆嚢癌、十二指腸癌、大腸癌、肝癌
(8) 女性性器
子宮癌、卵巣癌、子宮肉腫(平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、リンパ肉腫、細網肉腫)
(9) 泌尿器
尿路悪性腫瘍(前立腺癌、腎癌、膀胱癌、精巣腫瘍、尿道癌)
(10) 運動器
横紋筋肉腫、線維肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、滑液膜肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、ユーイング肉腫、多発性骨髄腫
(11) 皮膚
皮膚癌、皮膚ボーエン病、皮膚ページェット病、皮膚悪性黒色腫
【0039】
本発明において検出又は評価の対象となる癌の種類は、上記のうち1種類でもよく、2種類以上が併発したものでもよい。好ましくは、大腸癌、尿路悪性腫瘍(例えば前立腺癌、腎癌、膀胱癌、精巣腫瘍)、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
後述のように、本抗体を用いた腫瘍の検出方法の実施例を示すが、本抗体の使用について、特に規定するものではない。
癌が疑われる患者、あるいは健康診断受診者から生体試料を採取し、DiAcSpm測定試料を調製する。生体試料としては、血液、尿、組織等が挙げられるが、取り扱いが容易で患者への負担が少ない点で尿が好ましい。
【0040】
次いで、前記測定試料と前記抗体とを反応させる。DiAcSpmの測定は、一般に行われるELISAにより行うことができる。まず、マイクロプレートに抗原(DiAcSpm)をコートしておく。一方、あらかじめ生体試料及び標準液中のDiAcSpmと抗DiAcSpm特異抗体を反応させた後、この反応液をプレートにまく。未反応のまま残った抗体はプレート上のDiAcSpmと結合する。そして、2次抗体であるHRP標識抗ウサギIgG抗体をプレートに添加して反応させる。最後に、HRPにより触媒される発色反応により生体試料中のDiAcSpmを定量する。
【0041】
6.腫瘍の評価
前記5に示す検出方法により得られた検出結果を指標として腫瘍の状態を評価又は診断する。検出結果が所定の基準値を超えるものをDiAcSpm陽性、所定の基準値以下のものをDiAcSpm陰性とし、陽性の場合には、癌を発症している可能性があると判断し、腫瘍の状態を評価することができる。
腫瘍の状態とは、腫瘍の罹患の有無又はその進行度を意味し、癌発症の有無、癌の進行度、癌の悪性度、癌の転移の有無及び癌の再発の有無等が挙げられる。上記評価に際し、これらの腫瘍の状態は1つを選択してもよく、複数個を適宜組み合わせて選択してもよい。癌の有無を評価するには、癌に罹患しているか否かを判断する。癌の悪性度は、癌がどの程度進行しているのかを示す指標となるものであり、病期(Stage)を分類して評価したり、いわゆる早期癌、進行癌を分類して評価することも可能である。癌の転移は、原発巣の位置から離れた部位に新生物が出現しているか否かにより評価する。再発は、間欠期又は寛解の後に再び癌が現れたか否かにより評価する。
【0042】
本発明においては、例えば大腸癌の場合は、Stage 0及びI(早期癌)であってもStage II〜IV(進行癌)と同様に癌を検出し、評価することができる。また、乳癌の場合は、Stage I及びII(早期癌)であってもStage III〜IV(進行癌)と同様に癌を検出し、評価することができる。
【0043】
7.本発明の抗体を含む腫瘍検出用試薬、キット
本発明においては、DiAcSpmに対する抗体を腫瘍検出用試薬として使用することができる。
従来から一般生化学検査としてポリアミン類を測定する場合は、尿中のポリアミン類は類似構造体として数種類がひとまとめで測定され、類似構造体の各々と各種の病態との関連の検討は皆無に等しかった。そこで、ポリアミン測定法の中でも、尿中のポリアミン量を区別して測定する方法が確立され、特にポリアミンの一種であるDiAcSpmが前立腺癌又は大腸癌の発症時、及び治療後の再発時に非常に高値になることを確認した。このことは、ジアセチルポリアミンを簡便かつ正確に測定する方法を開発することができれば、新規の腫瘍マーカーとして癌診療の臨床において、大きな需要が見込まれることを示している。
【0044】
従来の測定方法では、一般的に、安価な測定機器での多検体処理を可能とする免疫学的手法が用いられており、すでにポリクローナル抗体を用いた簡易測定法が知られている(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。しかし測定系のもっとも重要な部品であるDiAcSpm特異抗体の大量製造を含め、ELISA測定系のキット化はまだ達成されていない。
本発明において、DiAcSpm測定キットのシステムとして、本発明者は、川喜田らが作製した簡易な免疫学的測定法をモデルにし、DiAcSpm抗体を用いた、競合ELISA測定法による尿中DiAcSpmの測定系を考えた。固相化抗原として、モノアセチルスペルミンを配し、アシルアミド結合によりDiAcSpm類似構造体をもつもの(AcSpm-HMC-peptide)を使用することができる。この抗原は、任意の水溶性ポリペプチドに、二価性架橋試薬(HMCS)を用いてアシルアミド結合させるものである(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。
【0045】
本発明のDiAcSpm測定キットは、DiAcSpmを高感度に測定できることが必要であるが、癌診療の臨床において用いるためには、キット性能としての再現性がさらに要求される。このような前提を踏まえ、本発明においては、診断マーカーとしてのDiAcSpm測定系の確立を目指した。
本発明のDiAcSpm測定ELISAキットは、固相化抗原濃度を低濃度側に調整することで、スタンダード領域を4.53〜145nMに設定することができる。固相化抗原濃度としては、1〜0.1μg/mL、好ましくは0.07μg/mLである。その結果、尿中DiAcSpmを測定するのに、十分な感度及び測定精度を達成することができる。
【0046】
測定精度とは、同一の試料を複数の試験管又はウェルに分けて1回のアッセイを行ったときに、それぞれの測定値がどの程度ばらつくかを示す指標となるものであり、統計学的には、変動係数(CV:Coefficient of variation)、すなわち平均値に対する標準偏差の割合(%)として表現される。本発明においては、この変動係数(CV)を再現性という。再現性は10%以下であることが好ましく、5%以下であることがさらに好ましい。
本発明のキットの性能は、最低検出実測値:9.06nM、検体測定検出感度:36.2nM(9.06 nM × 4)である。また、同時再現性は10%以下、好ましくは5%前後であり、日間再現性は10%以下、好ましくは約8〜10%である。いずれの再現性もCV=10%以下である。共存物質の影響については、抱合型ビリルビン、グルコース、ヘモグロビン、アスコルビン酸において、DiAcSpm測定に影響は無い。
【0047】
本発明のキットには、本発明の抗体のほかに、抗原固相化マイクロプレート、DiAcSpm標準品(STD)、抗体希釈液、HRP標識-抗ウサギIgG抗体、OPD (オルトフェニレンジアミン) 錠、基質液、反応停止液、濃縮洗浄液などを適宜選択して含めることができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0049】
<実施例1> 抗体の作製
(1)免疫抗原の作製および免疫
本実施例では、抗DiAcSpmポリクローナル抗体の作製において、親和性精製によるポリクローナル抗体中の特異的成分の抽出という手法の実用化を図るため、抗DiAcSpm抗体製造の効率化を検討する。親和性精製によりポリクローナル抗体中の特異的成分を抽出するという手法の実用化を図るためには、高度の特異性を示す抗DiAcSpm抗体が再現的に得られるかどうかを明らかにすること、及び同一の抗原で免疫した際にそのような抗体を産生する哺乳動物がどのような頻度で得られるかを見極めることがきわめて重要である。そこで、測定キットの工業製造に向け抗体製造の再現性および効率化を検討する上で、以下の3点に注目した。
【0050】
(a) 目的抗原が低分子であるため抗体価が上昇する確率が低い
(b) 免疫するウサギの種により抗体価上昇率が異なる
(c) 免疫抗原のLotにより抗体価上昇率が異なる
【0051】
上記(a)の条件を検討するため、作製した免疫抗原Lot 1を日本白色種ウサギ(♂:規格…2.5〜3.0kg、以下略:JPW)8羽に同じ条件下で免疫を行い、それぞれの個体間で抗体価上昇率が異なるか調べた。
上記(b)の条件を検討するため、免疫する動物種として、ニュージーランド白色種ウサギ(♂:規格…2.5〜3.0kg、以下略:NZW)9羽と日本白色種ウサギ(♂:規格…2.5〜3.0kg、以下略:JPW)10羽の2種を用い、種間差により抗体価の上昇率が異なるか調べた。
【0052】
上記(c)の条件を検討するため、それぞれLotの異なる免疫抗原AcSpm−GMB−BSA 5種を新しく作製し、免疫抗原と免疫した固体の抗体価上昇率が異なるか調べた。
免疫抗原は、川喜田らの方法に準じて以下の通り作製した(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))。DiAcSpmは、低分子量のアルキルアミンであり、これを直接ウサギに免疫してもDiAcSpmに特異的な抗体を得ることはできない。そこで、キャリア蛋白質である牛血清アルブミン(以下略:BSA)とAcSpmをアシルアミド結合させ、DiAcSpm類似構造物を側鎖として多数持つ免疫抗原AcSpm−GMB−BSA を作製した。まずキャリア蛋白質となるBSAとS-アセチルメルカプト琥珀酸を反応させ、反応生成物であるS-アセチルメルカプト琥珀酸-BSA(以下略:AMS-BSA)を作製した。さらにAMS-BSAに二価性架橋試薬であるGMBSを介して、AcSpmをアシルアミド結合させ、免疫抗原AcSpm-GMB-BSAを作製した。
【0053】
免疫は、免疫抗原とアジュバント(初回免疫:コンプリートアジュバント、追加免疫:インコンプリートアジュバント)を等量混和したエマルジョンを背部皮下に免疫する方法で行った。免疫は2週間おきに、初回免疫1mg/羽、追加免疫0.3mg/羽の条件下で行った。また、3回目免疫後7日目に部分採血を行い、ELISA法にて抗血清中の抗体価をチェックした(表2)。
抗体価は、川喜田らが得た抗血清を基準とし、抗血清希釈倍率27,000倍での川喜田らの抗血清の反応性を100とした時の、それぞれのウサギ抗血清の反応性を百分率で表した。
【0054】
その結果、抗原Lot No.1を免疫したJPW1〜JPW8およびNZW1では抗体価の上昇は、最大でJPW7における抗体価12.5%と低い結果であった。一方、抗原Lot No.2を免疫したJPW9とNZW2は69.1%および88.1%と両種ともに高い抗体価を得ることができた。
この実験により、抗原Lotによる抗体価の上昇の差が認められた。しかし、部分採血による抗体価のチェックではウサギの個体間もしくは種間差による抗体価上昇の著しい差は認められなかった。
【0055】
【表2】
【0056】
(2)抗DiAcSpmポリクローナル抗体の精製
得られた19羽の抗血清の内、高い抗体価を示した3種の抗DiAcSpmポリクローナル抗血清JPW9、NZW2、NZW9より、尿中DiAcSpm測定系に使用できる精度の特異抗体が得られるか、段階的な親和性精製を行い検討した。親和性精製については、川喜田らの方法に準じて(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))、AcSpmおよびN8-AcSpdでカルボキシトヨパールを誘導化したDiAcSpmカラム、DiAcSpdカラムを用いて、段階的な親和性精製を行った(図3)。
【0057】
その結果、NZW2の抗血清は、DiAcSpmの類似物質として尿中に約30倍多く存在するN1-AcSpdとの交差反応性が0.1%以下となる抗体であった。また、尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和は2.9%であり、交差性5%以下を達成することができた(図4、表3)。
【0058】
【表3】
【0059】
今回新たに作製した免疫抗原AcSpm-GMB-BSAをウサギに免疫することで、尿中DiAcSpm測定に使用できる特異性を備えた抗DiAcSpm特異抗体を作製することができた。これにより川喜田らが抗DiAcSpm特異抗体を得るために考案した、DiAcSpm類似構造体を側鎖として持つ、免疫抗原の有効性が証明された。
【0060】
<実施例2> キットを用いたDiAcSpmの測定
1.測定部品の確立およびELISA測定系の基礎データ
測定系としては、川喜田らの方法に準じて(Hiramatsu, K. et al., J. Biochem., 124, 231-236 (1998))、固相化抗原AcSpm-HMC-peptideを用いた競合ELISA法を行った。1次抗体は、実施例1で作製した抗DiAcSpm特異抗体を用い、2次抗体として市販のヤギ由来HRP標識抗ウサギIgG抗体(BIO RAD社)を用いた。固相化抗原濃度は、尿中DiAcSpm正常値がおよそ100nM程度であることから、スタンダード領域6.25nM〜200nMを想定し、この領域において最も理想的な競合曲線を描く固相化濃度0.07μg/mLを求めた。抗DiAcSpm抗体濃度については、固相化条件0.07μg/mLにおいて、最大反応効率の50%となる条件で定めた結果、0.02μg/mLとなった。
【0061】
2次抗体であるHRP標識ヤギ由来抗ウサギIgGについては、希釈倍数2000倍から5000倍の間で検討を行ったところ、希釈倍数2000倍が最も感度がよかった。よって、HRP標識ヤギ由来抗ウサギIgG希釈率2000倍を2次抗体の条件とした。
また、DiAcSpm測定ELISAの精密度および性能を評価するため、異なる2種の管理検体(検体A,検体Bとする)を用いた日内再現性・日間再現性をそれぞれN=20で評価した。また、添加回収試験では、健常者尿に既知濃度のDiAcSpm標準品を添加し、ELISA測定法にて回収率をもとめた。同じく、キット性能評価のため、DiAcSpm濃度の異なる3種の尿検体で希釈性試験を実施した。
【0062】
尿中DiAcSpmを測定する方法としてすでに確立されているHPLCと本キットを比較するため、N=30の検体について相関を見た。また、尿中に存在するDiAcSpm以外の共存物質である抱合型ビリルビン、グルコース、ヘモグロビン、アスコルビン酸が本測定系に及ぼす影響を確認した。
【0063】
2.結果
本発明のキットに関するアッセイ系の性能として、スタンダードカーブは6.25〜200nMの範囲で直線性が得られており、日内再現性、日間再現性ともにCV=10%以下と良好であった。希釈性試験においては、DiAcSpm濃度の異なる3種の尿について、それぞれ段階希釈した検体を測定した結果、いずれの尿検体においても良好な希釈曲線が得られた(図5〜7)。
添加回収試験では、尿の希釈は4倍以上で個体差なく添加回収率96.3〜108 %と良好な結果が得られたため、尿の希釈は、4倍以上から行うこととした。
本発明のキットの性能は、最低検出実測値:12.5nM、検体測定検出感度:50nM(12.5 nM×4)であった。同時再現性は、検体AがCV=4.87%、検体Bが5.20%であり、日間再現性は検体AがCV=7.53%、検体Bが9.46%であった。
【0064】
従って、いずれの検体についても、再現性はそれぞれ目標値のCV=10%以下であることを確認した(表4)。共存物質の影響については、抱合型ビリルビン(10mg/dL以下)、グルコース(1000mg/dL以下)、ヘモグロビン(400mg/dL以下)、アスコルビン酸(100mg/dL以下)において、DiAcSpm測定に影響の無いことを確認した。
また、DiAcSpm測定ELISAキットを評価するために、referenceとなるHPLC測定法で測定された尿検体を、ELISAキットで測定し、HPLC測定法と比較検討した。その結果、HPLCとの相関はY(nM)=1.01X+73.2、 R2=0.978であり、大変良好な結果が得られた。これらの結果より、本発明のDiAcSpm測定キットが、尿中DiAcSpmを高い精度で測定し得るものであることが示された。
今回得られた基礎データの詳細について表4及び図5〜8に示す。
【0065】
【表4】
【0066】
<実施例3> 大腸癌の検出
大腸癌患者250例について、大腸癌の病期(大腸癌研究会:「大腸癌取り扱い規約」による)と尿中DiAcSpm値(随時、尿中の濃度のクレアチニン補正値)との間の関係について検討した。DiAcSpmの値の基準値を0.25μmol/g creatinine (健常者平均+2SD)とし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。その結果、250例中DiAcSpm陽性例は185例(74.0%)、CEA陽性例は94例(37.6%)、CA-19-9陽性例は36例(14.4%)であり(表5〜7)、DiAcSpmは既存の腫瘍マーカーと比較して著しく高い検出感度を示した。さらに、病理検査の所見に基づいて患者の病期と陽性率の関連について検討した結果、表5に示す通り、早期癌及び進行癌のいずれにおいても、尿中DiAcSpmは高い陽性率を示した。このことは、尿中DiAcSpmが、大腸癌患者の尿中で早期癌の段階においても高頻度で上昇することを示している。
【0067】
【表5】
【0068】
表5において、「stage 0」とは壁深達度がm、すなわち病巣が腸管粘膜層に限局するものであり、「stage I」とは壁深達度がsm(粘膜下層)又はmp(筋層)まで、かつ、n0(リンパ節転移を示さない)腫瘍であることを意味する。「stage 0」及び「stage I」は早期癌に分類され、この段階で発見されれば全例において予後良好を期待することが臨床的に確立されている。
また、比較のため上記同一患者群について、大腸癌の病期と、現在実用に供されている血清CEA値又は血清CA19-9値との間の関係を検討した。CEAについては、その基準値を5ng/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。血清CA19-9ついては、その基準値を37U/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
その結果、表6及び表7に示す通り、血清CEA及び血清CA19-9のいずれにおいても、早期癌ではDiAcSpmの陽性率は低かった。
【0069】
【表6】
【0070】
【表7】
【0071】
早期大腸癌に対する尿中DiAcSpmの陽性率は約60%であるのに対し、血清CEA及び血清CA19-9の陽性率はそれぞれ約10%、約5〜8%であった。このことは、大腸癌診療の臨床において、現在実用に供されている既存腫瘍マーカーであるCEA及びCA19-9の早期大腸癌に対する陽性率と比較して、DiAcSpmは格段に優れていることを示すものである。したがって、尿中ジアセチルスペルミンを腫瘍マーカーとして利用し、本発明の抗体を用いてジアセチルスペルミンを検出することにより、大腸癌を現在より高感度に、しかも早期に検出することが可能となり、早期に治療を開始することによって完全治癒例の割合を増加させることができるため、大腸癌診療の臨床において大きな貢献をすることができる。
さらに、尿中ジアセチルスペルミンを健康診断項目の一つとして追加することによって、大腸癌を含む消化器癌の早期診断を現在よりも格段に高感度、高精度化することが可能である。
【0072】
<実施例4> 乳癌の検出
乳癌患者17例について尿中ジアセチルスペルミン値を測定し、以下の結果を得た。ジアセチルスペルミン排泄量の基準値を0.25μmol/g creatinine(健常者平均値+2S.D.)とするとき、尿中ジアセチルスペルミン値は全例が基準値以上であった。特に、17例中9名は基準値の2倍を超える値を示した(図9)。これは、乳癌の腫瘍マーカーとして多用されているCA15-3と比較しても高い陽性率を有しており、尿中ジアセチルスペルミンが、尿中ジアセチルスペルミンが乳癌を高感度に検出するための腫瘍マーカーとして有用であることを示している。
【0073】
<実施例5> 膵・胆道癌の検出
膵・胆道疾患の入院・外来通院患者125名を対象として、癌の検出を行った。但し、膵内分泌腫瘍、肝細胞癌、急性炎症(胆嚢炎・膵炎など)、術後早期(3ヶ月)の患者は対象から除外した。
対象患者は以下の通りである。
男性:70例、女性:55例、年齢:28-86歳(63.5±12.2)
このうち、良性疾患の術前又は術後の患者は52例であり(コントロール)、悪性疾患の術前患者は22例、悪性疾患の術後患者は51例(そのうち10例に再発あり)とした。
また、腺癌は32例、腺腫例は8例であった。
【0074】
ELISA法により、尿中ジアセチルスペルミン、血清CEA(高感度、2.5ng/ml)及びCA19-9(高特異度、37U/ml)を検出した。
そして、尿中ジアセチルスペルミンのカットオッフの設定、良悪性診断と尿・血清腫瘍マーカーとの関係、再発診断と尿・血清腫瘍マーカーとの関係、Stageと尿・血清腫瘍マーカーとの関係、切除・非切除と尿・血清腫瘍マーカーとの関係について、検討を行った。
結果を表8〜11及び図10〜15に示す。
【0075】
【表8】
【0076】
【表9】
【0077】
【表10】
【0078】
【表11】
【0079】
上記表8〜11、図10〜15に示す通り、膵・胆道癌に対して尿中ジアセチルスペルミンは、高感度な腫瘍マーカーといわれる血清CA19-9とほぼ同程度の高い感度を示し、採血を必要とせず、臓器特異性のない“汎”腫瘍マーカーであるといえるそして、尿中ジアセチルスペルミンは、マススクリーニングや高危険群の検討に有用な腫瘍マーカーである。
また、比較的早期のStageIIbでも50%に尿中ジアセチルスペルミンは陽性を示し、早期膵・胆道癌の発見にも有効であることが示された。
【0080】
<実施例6> 乳癌の病期別ジアセチルスペルミンの測定
本実施例では、乳癌患者83例について、乳癌の病期と尿中DiAcSpm値(随時、尿中の濃度のクレアチニン補正値)との間の関係について検討した。乳癌の場合、各病期とその内容は表12の通りである。
【0081】
【表12】
【0082】
上記乳癌患者中「stage I」は15例、「stage II」は15例、「stage III」は4例、「stage IV」は47例であった。DiAcSpmの値の基準値を0.25μmol/g creatinine (健常者平均+2SD)とし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
結果を表13に示す。
【0083】
【表13】
【0084】
同一患者群について、乳癌病期と血清CEA値との間の関係を検討した。CEAの基準値を5ng/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
結果を表14に示す。
【0085】
【表14】
【0086】
同一患者群について、乳癌病期と血清CA15-3値の間の関係を検討した。CA15-3の基準値を23U/mlとし、基準値を超えるものを陽性、基準値以下のものを陰性とした。
結果を表15に示す。
【0087】
【表15】
【0088】
上記表13〜15に示す通り、早期癌及び進行癌のいずれのstageにおいても、尿中DiAcSpm値が乳癌患者の尿中で高い陽性率を示した。特に、「stage I」、「stage II」で20〜35%の陽性率はPET(ポジトロン放出断層撮影)で検査したときの陽性率に匹敵する値である。得られた値について、比較的早期の段階(stage Iおよびstage IIを合わせた群)と進行癌の段階(stage IIIおよびstage IVを合わせた群)について、DiAcSpm値、CEA値およびCA15-3値について比較した。
結果を表16に示した。
【0089】
【表16】
【0090】
表16に示すとおり、比較的早期の段階における陽性率はそれぞれDiAcSpm値で28.1%、CEA値で3.1%、CA15-3値で0%であった。そして、DiAcSpm値とCEA値との間ではp=0.0064、DiAcSpm値とCA15-3値との間ではp=0.0010であり、どちらも有意差が認められた。同様に、進行癌の段階における陽性率はそれぞれDiAcSpm値で80.3%、CEA値で58.8%、CA15-3値で60.8%であった。そして、DiAcSpm値とCEA値との間ではp=0.018、DiAcSpm値とCA15-3値との間ではp=0.030であり、どちらも有意差が認められた。全体でみると、陽性率はDiAcSpm値で60.2%であり、CEA値及びCA15-3値は共に37.3%であり、DiAcSpm値とCEA値またはCA15-3値との間では、いずれもp=0.0032で有意差が認められた。したがって、臨床において現在使用されている既存の腫瘍マーカーであるCEA及びCA15-3と比較しても、DiAcSpmは格段に高感度で検出することが示された。
【0091】
<実施例7> 各種癌の検出
本実施例では、膵・胆道、肺、肝臓、子宮及び血液における癌の検出を行った。
カットオフ値は325(nmol/g Creatinine)と設定した。なお、膵臓癌、胆道癌については、実施例5とは別の被験サンプルについて測定した。
結果を表17に示す。
【0092】
【表17】
【0093】
表17に示すとおり、本発明のキットを用いることにより、大腸癌や乳癌だけでなく、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、骨髄性白血病(慢性、急性)においても高い陽性率で検出することができた。
【0094】
<実施例8> 各脳腫瘍の検出
本実施例では、各脳腫瘍における尿中DiAcSpmの陽性率を測定した。
結果を表18に示す。
【0095】
【表18】
転移性脳腫瘍の陽性率は、かなり高率であった。グリオーマではGradeが2、3、4と上がるにつれて、すなわち悪性度が上昇するにつれて陽性率も上昇した。また、このときのDiAcSpmの値自体がかなり高値になった。
【0096】
<実施例9>脳原発性悪性リンパ腫の検出
本実施例では、脳原発性悪性リンパ腫患者から採取した尿を用いてDiAcSpmの検出を行ったものである。
(1)症例1(56歳女性、脳原発悪性リンパ腫)
この症例は、脳原発悪性リンパ腫に対して、初期治療として全脳照射とメソトレキセート(MTX)大量療法を施した患者である。DiAcSpmの測定開始時は、初発病巣は完全寛解(CR)の状態であったが、図16の(1)及び(2)の時点において骨髄転移及び脾臓転移が画像上及び症状として明らかになり、それに伴いDiAcSpmの急激な上昇が認められた。この上昇度は、現在一般に使用されているマーカーであるβ-2ミクログロブリンよりも高いものであった。(2)の時期以降から治療(表19)に対する反応が見られ、DiAcSpmの値は減少した。(3)及び(4)の時期は、再発に対する治療が困難になってきた頃であり、しかも部分寛解(PR)の期間が次第に短くなり、DiAcSpmの値も完全に下がっていない。(5)の時期は、治療に対して腫瘍が完全に抵抗性を示しており、DiAcSpmの値も急激に上昇した。
再発と治療及び反応(転帰)との関係を表19に示す。表19中、(1)〜(5)及びa)〜f)は、図16に示したものに対応する。
【0097】
【表19】
【0098】
(2)症例2(60歳男性、脳原発悪性リンパ腫)
治療開始まではDiAcSpmの値は高値であったが、その後右側頭葉の腫瘍組織を外科的摘出し、全脳照射40Gy、及び5サイクルのMTX大量療法を行うことにより、完全寛解となった。これに伴い、DiAcSpmの値はカットオフ値以下となった。
従って、脳腫瘍の初期治療の治療効果に関して、DiAcSpmが明確なマーカーとなり得ることが分かった。
【0099】
(3)まとめ
悪性リンパ腫の場合の診断上の問題点は、
(i) 画像上CRと判断することができても、細胞学的には増殖能を有する腫瘍細胞が中枢神経内に残存している可能性が高いこと、
(ii) 画像上、病変が残存していることが把握できたとしても、腫瘍細胞が消失している場合があること、
(iii) 脳以外の他の臓器に転移する可能性があること
などが挙げられる。
【0100】
本発明は、上記問題点を解決するものであり、DiAcSpmの陽性率を測定することにより、画像上把握できる病変にかかわらず、腫瘍細胞の有無を検出することができるため、悪性リンパ種に対する化学療法をどの時点でどの程度行うかという判断をすることができる。また、癌の治療経過中に悪性化するようなケースをDiAcSpmを指標として把握することができるため、癌の再発を診断し、あるいは予後を予測することができ、的確な治療方針を立てることができる。さらに、本発明のキットは、癌のスクリーニングや術前診断をすることができるだけでなく、組織診断が確定したものであって治療効果、再発、悪性転化などを検出することもできる。
【0101】
<実施例10> 星状細胞腫の検出
本実施例は、グリオーマの一種であるgrade3アストロサイトーマ(星状細胞腫)患者(36歳、男性
)について、再発手術後にDiAcSpmを測定したものである(図18)。
手術後、腫瘍は残存した状態が続くが、 尿中DiAcSpmはそれほど高値を示さなかった。
放射線治療、化学療法後にも大きな変化はなく、放射線壊死を起こしてもDiAcSpmの上昇は認められなかった。これに対し、再発により脳梁部が増大して明らかに腫瘍の臨床的な悪性度が加速した時点から、DiAcSpmの値は急上昇した。グリオーマの場合、grade3から4への転化はしばしば起こり、この転化を画像診断や病理組織で証明すること、例えば放射線壊死なのか再発病巣なのかを画像診断で区別することが困難な場合も多いのが問題点である。本発明においては、尿中DiAcSpmの検出により上記放射線壊死と再発病巣の有無との区別をすることができた。従って、DiAcSpmの検出は悪性度の指標として臨床的に極めて有用であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明により、腫瘍マーカーとしてのDiAcSpmが提供される。また、本発明により、DiAcSpmの交差反応による測定結果への干渉の総和が極めて小さく、かつ微量のDiAcSpmと特異的に結合する抗体、及び当該抗体を含むキットが提供される。本発明のキットは、DiAcSpmの陽性率を指標として各種癌の有無、悪性度、再発の有無等を検出することができるため、極めて有用である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用試薬。
【請求項2】
抗体が、以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものである請求項1記載の試薬。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応性の総和:5%以下
【請求項3】
抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である請求項1又は2記載の試薬。
【請求項4】
N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用キット。
【請求項5】
抗体が、以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものである請求項4記載のキット。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和:5%以下
【請求項6】
抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である請求項4又は5記載のキット。
【請求項7】
癌が、尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項4〜6のいずれか1項に記載のキット。
【請求項8】
以下の(a)〜(c)の少なくとも1つの性質を有する請求項4〜7のいずれか1項に記載のキット。
(a) 最低検出実測値:9.06nM
(b) 同時再現性:CV=10%以下
(c) 測定日間再現性:CV=10%以下
【請求項1】
N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用試薬。
【請求項2】
抗体が、以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものである請求項1記載の試薬。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応性の総和:5%以下
【請求項3】
抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である請求項1又は2記載の試薬。
【請求項4】
N1,N12-ジアセチルスペルミンに対する抗体を含む、早期癌の検出用キット。
【請求項5】
抗体が、以下の(a)及び(b)の性質の少なくとも1つを有するものである請求項4記載のキット。
(a) N1-AcSpdとの交差反応性:0.1%以下
(b) 尿中に存在するDiAcSpm類似物質との交差反応による測定結果への干渉の総和:5%以下
【請求項6】
抗体がポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である請求項4又は5記載のキット。
【請求項7】
癌が、尿路悪性腫瘍、大腸癌、乳癌、膵臓癌、胆道癌、肺癌、肝臓癌、子宮頸癌、脳腫瘍、骨髄性白血病及び悪性リンパ腫からなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項4〜6のいずれか1項に記載のキット。
【請求項8】
以下の(a)〜(c)の少なくとも1つの性質を有する請求項4〜7のいずれか1項に記載のキット。
(a) 最低検出実測値:9.06nM
(b) 同時再現性:CV=10%以下
(c) 測定日間再現性:CV=10%以下
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
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【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2011−27742(P2011−27742A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178388(P2010−178388)
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【分割の表示】特願2005−503580(P2005−503580)の分割
【原出願日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【出願人】(591043581)東京都 (107)
【出願人】(598081621)株式会社トランスジェニック (15)
【出願人】(592141868)株式会社シー・アール・シー (2)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【分割の表示】特願2005−503580(P2005−503580)の分割
【原出願日】平成16年3月11日(2004.3.11)
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【出願人】(591043581)東京都 (107)
【出願人】(598081621)株式会社トランスジェニック (15)
【出願人】(592141868)株式会社シー・アール・シー (2)
【Fターム(参考)】
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