説明

膜電極接合体の製造方法

【課題】膜電極接合体の耐久性および発電性能を向上させる技術を提供する。
【解決手段】(a)加水分解によりイオン伝導性を付与可能なフッ素系の電解質樹脂膜である電解質前駆膜を準備する(S10)。(b)電解質前駆膜に、フッ素系の溶媒を含浸させて膨潤させる(S20)。(c)電解質前駆膜を膨潤させたまま、その外表面に、触媒インクを塗布して電極前駆体を形成する(S30)。(d)電解質前駆膜の外周端の位置を固定した状態で、電解質前駆膜を乾燥させる(S40)。(e)加水分解によって電解質前駆膜にイオン伝導性を付与する(S50)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(以下、単に「燃料電池」とも呼ぶ)は、通常、電解質膜の両面に電極が配置された発電体である膜電極接合体を備える(下記特許文献1等)。電解質膜は、固体高分子の薄膜であり、湿潤状態で良好なプロトン伝導性を示す。ところで、電解質膜は、その湿潤状態に応じて膨潤・収縮する。膜電極接合体の製造工程や発電中に、電解質膜が膨潤と収縮とを繰り返すと、その外表面に接触配置された電極にひずみが生じてしまう場合がある。こうしたひずみの発生は、電解質膜からの電極の乖離や、電極自体の損傷・劣化など、膜電極接合体の耐久性の低下の原因となり、燃料電池の発電性能の低下の原因ともなる。これまで、こうした問題に対して十分な工夫がなされてこなかったのが実情であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−318809号公報
【特許文献2】特開2007−258022号公報
【特許文献3】特開2007−018972号公報
【特許文献4】特開2008−218261号公報
【特許文献5】特開昭60−149631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、膜電極接合体の耐久性および発電性能を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0006】
[適用例1]
燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法であって、
(a)加水分解によりイオン伝導性を付与可能な電解質樹脂膜を準備する工程と、
(b)前記電解質樹脂膜を膨潤させる工程と、
(c)前記電解質樹脂膜を膨潤させたまま、前記電解質樹脂膜の外表面に、触媒が担持された導電性材料を配置して触媒電極を形成する工程と、
(d)前記触媒電極が形成された前記電解質樹脂膜の外周端の位置を固定した状態で、前記電解質樹脂膜を乾燥させる工程と、
(e)加水分解によって前記電解質樹脂膜にイオン伝導性を付与する工程と、
を備える、製造方法。
この製造方法によれば、加水分解処理の前の工程(b)や工程(c)において電解質樹脂膜を膨潤させて、電解質樹脂膜の面に沿った方向におけるサイズを予め拡大させておくため、加水分解処理における電解質樹脂膜の膨潤による変形が抑制される。そのため、加水分解処理において、電解質樹脂膜と触媒電極との間の密着性(結合性)が低下してしまうことを抑制できる。また、この製造方法によれば、膜電極接合体の電解質膜が、膨潤したときのサイズ、またはそれに近いサイズで生成されるため、膜電極接合体の発電中における電解質膜の膨潤/収縮による変形が抑制され、膜電極接合体の耐久性が向上するとともに、その発電性能が向上する。
【0007】
[適用例2]
適用例1記載の製造方法であって、前記工程(a)において準備される前記電解質樹脂膜はフッ素系の電解質樹脂によって構成されており、前記工程(b)は、前記電解質樹脂膜に、フッ素系の溶媒を含浸させて膨潤させる工程を含む、製造方法。
この製造方法によれば、電解質樹脂膜をフッ素系の溶媒で膨潤させるため、工程(d)における乾燥工程において、加熱処理を省略できるとともに、その処理時間を短縮することができる。また、フッ素系の電解質樹脂膜をフッ素系の溶媒で膨潤させると、電解質樹脂膜中の電解質ポリマーは溶融分散した状態となる。電解質樹脂膜がその状態の時に触媒電極を形成すれば、電解質樹脂膜と触媒電極との密着性を向上させることができる。
【0008】
[適用例3]
適用例1または2記載の製造方法であって、さらに、
(f)加水分解によって膨潤した前記電解質樹脂膜の外周端の位置を固定した状態で、前記電解質樹脂膜の湿潤状態を調整する工程と、を備える、製造方法。
この製造方法によれば、加水分解によって膨潤した電解質樹脂膜が乾燥収縮することを抑制しつつ、膜電極接合体を所望の湿潤状態にすることができる。
【0009】
なお、本発明は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法や、その製造方法を実行する製造装置、その製造装置を制御するためのプログラム、そのプログラムを記録した記録媒体などの形態で実現することができる。また、本発明は、上記の製造方法または製造装置によって製造された膜電極接合体、その膜電極接合体を備えた燃料電池、その燃料電池を搭載した車両等の形態で実現することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】膜電極接合体を備える燃料電池の構成を示す概略図。
【図2】膜電極接合体の製造工程の手順を示す説明図。
【図3】膜電極接合体の製造工程における各工程の内容を模式的に示す概略図。
【図4】膜電極接合体の製造工程における各工程の内容を模式的に示す概略図。
【図5】参考例の膜電極接合体の製造工程の手順を示す説明図。
【図6】参考例の膜電極接合体の製造工程における各工程の内容を模式的に示す概略図。
【図7】本発明の発明者による実験結果を示す説明図。
【図8】本発明の発明者による実験結果を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
A.実施例:
図1は本発明の一実施例としての膜電極接合体を備える燃料電池の構成を示す概略図である。この燃料電池100は、反応ガスとして水素(燃料ガス)と酸素(酸化ガス)の供給を受けて発電する固体高分子形燃料電池である。燃料電池100は、複数の単セル110が積層されたスタック構造を有する。
【0012】
単セル110は、膜電極接合体10と、膜電極接合体10を狭持する2枚のセパレータ21,22とを備える。膜電極接合体10は、電解質膜1の外側に2つの電極2,3(以後、それぞれ「アノード2」および「カソード3」とも呼ぶ)が設けられた発電体である。
【0013】
電解質膜1は、プロトン伝導性を有するイオン交換膜によって構成される。アノード2およびカソード3はそれぞれ、電解質膜1の外表面に形成されたガス拡散性を有する電極であり、電気化学反応を促進するための触媒が担持されている。アノード2およびカソード3は、触媒担持カーボンによって構成することができる。触媒としては、例えば白金(Pt)を用いることができる。
【0014】
2つの電極2,3のそれぞれの外側の面には、ガス拡散層5が配置されている。ガス拡散層5は、反応ガスを拡散させて電極2,3の全体に行き渡らせるための層である。ガス拡散層5は、導電性およびガス透過性・ガス拡散性を有する多孔質の繊維基材(例えば、炭素繊維や黒鉛繊維など)を、電極2,3の上に配置し、ホットプレスすることにより形成することができる。ガス拡散層5は省略されるものとしても良い。
【0015】
膜電極接合体10の外周端には、シール部6が形成されている。シール部6は、電解質膜1の外周端を被覆するように樹脂部材を射出成形することにより形成されている。シール部6は、反応ガスがシール部6に囲まれた領域から漏洩することを防止するとともに、セパレータ21,22同士の間の短絡を防止する。なお、シール部6には、各単セル110に反応ガスを供給するためのマニホールドが形成されるが、その図示および説明は省略する。
【0016】
2枚のセパレータ21,22はそれぞれ、ガス拡散層5の外側に配置されている。より具体的には、アノード2側のガス拡散層5の外側には、アノードセパレータ21が配置され、カソード3側のガス拡散層5の外側にはカソードセパレータ22が配置されている。各セパレータ21,22は、導電性を有するガス不透過の板状部材(例えば金属板)によって構成することができる。各セパレータ21,22のそれぞれの電極2,3側の面には反応ガスのための流路溝25が、電極面全体に渡って形成されている。
【0017】
このような構成により、2枚のセパレータ21,22は、膜電極接合体10に反応ガスを供給するためのガス流路として機能するとともに、膜電極接合体10で発電された電気を集電する集電部材としても機能する。なお、各セパレータ21,22の流路溝25は省略されるものとしても良い。また、各セパレータ21,22と各ガス拡散層5との間には、いわゆるエキスパンドメタルなどの導電性を有する流路部材が配置されるものとしても良い。さらに、各セパレータ21,22には、冷媒のための流路が形成されるものとしても良い。
【0018】
図2〜図4は、本実施例の膜電極接合体10の製造工程を説明するための説明図である。図2は、膜電極接合体10の製造工程の手順を示すフローチャートであり、図3(A)〜(D)および図4(A)〜(C)は、図2に示された各工程の内容を、工程順に模式的に示す概略図である。
【0019】
ステップS10では、電解質膜1の前駆体である電解質前駆膜1fを準備する(図3(A))。ここで、本明細書において、「電解質膜の前駆体」とは、加水分解によってプロトン伝導性が付与される前の、電解質膜となる前段階の電解質樹脂膜を意味する。
【0020】
電解質前駆膜1fとしては、加水分解によりプロトン伝導性を付与可能な電解質樹脂膜を用いることができ、例えば、−SO2F基を有するフッ素系樹脂、より具体的には、パーフロロスルホニルフロイドなどを用いることができる。また、電解質前駆膜1fとしては、他に、スチレン樹脂、ポリイミド、ポリアミドなどの薄膜を用いるものとしても良い。
【0021】
ステップS20では、スプレー200によって、フッ素系の溶媒を、電解質前駆膜1fの全体に塗布・含浸させ、電解質前駆膜1fを膨潤させる(図3(B))。フッ素系の溶媒としては、例えば、ハイドロフルエーテル(HFE)などを用いることができる。この工程では、電解質前駆膜1fは、燃料電池100の発電中における電解質膜1の膨潤状態におけるサイズにまで膨潤されることが好ましい。なお、図3(B)〜(D)では、膨潤する前の電解質前駆膜1fの形状を破線で示すことにより、電解質前駆膜1fが膨潤している状態であることを模式的に示してある。
【0022】
ステップS30では、膨潤した状態の電解質前駆膜1fの両面にそれぞれ、ダイコータ210を用いて触媒インクを塗布し、2つの電極前駆体2f,3fを順に形成する(図3(C),(D))。ここで、本明細書において、「触媒インク」とは、水溶性溶媒または有機溶媒に触媒担持カーボンと電解質ポリマーとを分散させた混合溶液を意味する。本実施例では、触媒インクとして、ステップS10において電解質前駆膜1fを膨潤させるのに用いたフッ素系の溶媒に、触媒担持カーボンと、電解質前駆膜1fに含まれるのと同種の電解質ポリマーと、を分散させたものを用いる。
【0023】
この工程によって形成される電極前駆体2f,3fは、後述する加水分解処理の際に、含有される電解質ポリマーが変性されることにより、アノード2およびカソード3となる。なお、この電極前駆体2f,3fの形成工程は、電解質前駆膜1fに含浸させた溶媒の蒸発が抑制されるように、当該溶媒を気化させた雰囲気下で行われることが好ましい。
【0024】
ステップS40では、電極前駆体2f,3fが形成された電解質前駆膜1fを、基台220に取り付けて保持し、電解質前駆膜1fおよび電極前駆体2f,3fを乾燥させる(図4(A))。基台220は、電解質前駆膜1fの外周端部を把持する把持部221を備えており、電解質前駆膜1fの外周端の位置を固定した状態で保持することができる。この基台220によって、電解質前駆膜1fが面に沿った方向に乾燥収縮してしまうことが抑制される。なお、図4(A)には、厚み方向に乾燥収縮した電解質前駆膜1fが図示されている。
【0025】
ステップS50では、電極前駆体2f,3fが形成された電解質前駆膜1fに対して加水分解処理を行う。図4(B)には、加水分解処理によって生成された膜電極接合体10が図示されている。なお、図4(B)では、加水分解処理前の電解質前駆膜1fの形状が破線で図示されている。
【0026】
加水分解処理の具体的な内容は、以下の通りである。
(1)電極前駆体2f,3fが形成された電解質前駆膜1fを、アルカリ溶液(NaOH溶液)に浸漬させ、電解質前駆膜1fおよび電極前駆体2f,3fの電解質樹脂が有する−SO2F基を−SO3Na基に変性させる。
(2)電極前駆体2f,3fおよび電解質前駆膜1fを水洗した後、酸性溶液(H2SO4溶液)に浸漬させて、前段階で変性された−SO3Na基を、さらに、−SO3H基へと変性させる。
【0027】
この工程によって、電解質前駆膜1fおよび電極前駆体2f,3fに含まれる電解質樹脂にはプロトン伝導性が付与される。即ち、電解質前駆膜1fはイオン交換膜である電解質膜1となり、電極前駆体2f,3fはそれぞれアノード2およびカソード3となる。
【0028】
ここで、一般に、電解質樹脂膜に対してこの加水分解処理が行われた場合には、電解質樹脂膜は、その処理工程の途中で膨潤する。しかし、本実施例の電解質前駆膜1fは、前段のステップS40の工程において、面に沿った方向への収縮が抑制された状態で乾燥されている(図4(A))。そのため、本実施例の電解質前駆膜1fは、加水分解処理の際には、面に沿った方向へのサイズの膨張が抑制される。そして、加水分解処理後には、含有水分によって厚み方向に膨張した電解質膜1が生成される(図4(B))。
【0029】
ステップS60では、加水分解処理後の湿潤状態にある膜電極接合体10を、再び基台220に取り付けて保持し、その含有水分を蒸発させることにより、所望の湿潤度に調整する(図4(C))。この工程においても、ステップS40の工程と同様に、電解質膜1の外周端の位置が固定された状態であるため、含有水分の蒸発に伴って電解質膜1のサイズが面に沿った方向に収縮することが抑制される。
【0030】
図5,図6は、参考例としての膜電極接合体10aの製造工程を説明するための説明図である。図5は、参考例の膜電極接合体10aの製造工程の手順を示すフローチャートである。図5は、2つの工程(ステップS20,S40)が省略されている点と、各ブロック内に示された対応する図面の番号が異なる点以外は、図2とほぼ同じである。図6(A)〜(E)は、図5に示された各工程の内容を模式的に示す概略図である。
【0031】
ステップS10では、図3(A)で説明したのと同様に電解質前駆膜1fを準備する(図6(A))。そして、この参考例の製造工程では、電解質前駆膜1fを膨潤させることなく、ステップS30において、電解質前駆膜1fの両面に、ダイコータ210を用いて触媒インクを塗布し、電極前駆体2f、3fを形成する(図6(B),(C))。なお、この工程で用いる触媒インクは、図3(B),(C)で説明したのと同様のものである。
【0032】
ステップS50では、図4(B)で説明したのと同様に、電極前駆体2f、3fが形成された電解質前駆膜1fに対して加水分解処理を行い、膜電極接合体10aを生成する(図6(D))。この参考例の製造工程では、加水分解処理によって、電解質前駆膜1fは、その厚み方向に加えて、面に沿った方向に膨張する。従って、生成される膜電極接合体10aでは、電極2,3と電解質膜1の膨潤による膨張量の差によって応力が発生してしまう可能性がある。なお、図6(D)では、膨潤する前の電解質前駆膜1fの形状を破線で示すとともに、電解質膜1と電極2,3の膨張量の差を、それぞれの面に沿った膨張の方向を示す矢印EDm,EDeの長さによって模式的に示してある。
【0033】
ステップS60では、加水分解処理によって膨潤した膜電極接合体10aの含有水分を蒸発させて、膜電極接合体10aを所望の湿潤度に調整する(図6(E))。なお、参考例の製造工程のステップS60では、基台220(図4(C))を用いない。即ち、参考例の製造工程では、電解質膜1の外周端部の位置を固定することなく、膜電極接合体10aの湿潤状態が調整される。従って、この参考例のステップS60では、膜電極接合体10aに、電解質膜1と電極2,3との乾燥収縮量の差による応力が発生してしまう可能性がある。なお、図6(E)では、電解質膜1と電極2,3との乾燥収縮量の差を、それぞれの面に沿った収縮の方向を示す矢印CDm,CDeの長さによって模式的に示してある。
【0034】
ここで、本実施例の製造工程(図2〜図4)によって製造された膜電極接合体10は、参考例の製造工程(図5,図6)によって製造された膜電極接合体10aと比較して、以下の点において、発電性能や耐久性が向上されている。
【0035】
参考例の膜電極接合体10aでは、上述したように、加水分解処理における電解質前駆膜1fの膨潤によって、電極2,3に、電解質膜1と電極2,3との間の膨張量の差に起因する応力が生じ、電極2,3と電解質膜1との密着性が低下する可能性が高い。また、膜電極接合体10aに発電を繰り返させたときにも、電解質膜1の膨潤と収縮の繰り返しによって電極2,3にひずみが生じ、電極2,3が電解質膜1から剥離したり、電極面に沿った方向に断裂してしまう可能性がある。
【0036】
これに対して、本実施例の膜電極接合体10の製造工程では、ステップS20において電解質前駆膜1fを膨潤させた後に、ステップS40において、膨張後の電解質前駆膜1fの面に沿った方向のサイズが維持されるように乾燥させている。これによって、後続するステップS50の加水分解処理において、電解質前駆膜1fが、その面に沿った方向に膨張することが抑制されている。また、電解質膜1が発電の際に膨潤するサイズにまで引き延ばされて生成されるため、発電の際の電解質膜1の膨潤/収縮による変形の度合いが抑制される。
【0037】
このように、本実施例の膜電極接合体10であれば、その製造工程や発電の際に、電解質膜1と電極2,3との間の膨張量の差に起因する応力の発生が抑制されるため、電解質膜1と電極2,3との間の接触界面のずれの発生が抑制される。即ち、電解質膜1と電極2,3との間の密着性の低下が抑制され、膜電極接合体10の発電性能や耐久性が向上する。
【0038】
また、参考例の膜電極接合体10aでは、上述したとおり、その湿潤度の調整の際に(ステップS60)、電解質膜1と電極2,3との間の乾燥収縮量の差による応力が発生してしまう可能性がある。従って、参考例の製造工程では、電解質膜1と電極2,3との間の密着性が低下し、膜電極接合体10aの発電性能や耐久性が劣化してしまう可能性がある。
【0039】
これに対して、本実施例の膜電極接合体10では、ステップS60において、基台220によって、電解質膜1の面に沿った方向における乾燥収縮が抑制されつつ、その湿潤度が調整される。従って、本実施例の製造工程であれば、電解質膜1と電極2,3との間の密着性の低下が抑制され、膜電極接合体10の発電性能や耐久性の劣化が抑制される。
【0040】
さらに、参考例の膜電極接合体10aの製造工程では、フッ素系の溶媒を含浸させていない電解質前駆膜1fに対して、触媒インクを塗布して電極前駆体2f、3fを形成している(ステップS30)。これに対して、本実施例の膜電極接合体10の製造工程では、フッ素系の溶媒を含浸させて膨潤させた電解質前駆膜1fに対して、同じくフッ素系の溶媒を用いた触媒インクを塗布して電極前駆体2f,3fを形成している(ステップS20,S30)。
【0041】
即ち、本実施例の製造工程では、ステップS30において、電解質前駆膜1fの電解質ポリマーがフッ素系溶媒によって分散・溶融された状態であり、触媒インクとなじみやすい状態である。そのため、本実施例の膜電極接合体10では、参考例の膜電極接合体10aよりも、電解質膜1と電極2,3との間の密着性が向上している。
【0042】
図7は、本発明の発明者による実験結果を示す説明図である。図7には、2つの縦軸をそれぞれセル電圧および抵抗とし、横軸をセル温度とするグラフを図示してある。ここで、「セル電圧」とは各単セルごとの出力電圧の平均値であり、「セル温度」とは各単セルごとの運転温度の平均値である。また、「抵抗」とは、インピーダンス法によって計測された各単セルごとの内部抵抗の平均値である。
【0043】
本発明の発明者は、本実施例の製造工程(図2〜図4)によって作成した膜電極接合体10のサンプルAと、参考例の製造工程(図5,図6)によって作成した膜電極接合体10aのサンプルBとを用いて燃料電池を構成し、その発電性能を検証した。具体的には、それらの燃料電池に一定の電流で出力させるとともに、運転温度を変化させて、セル温度ごとのセル電圧と抵抗とを計測した。なお、実線グラフAV-T,AR-Tがそれぞれ、サンプルAを用いた燃料電池において計測されたセル電圧と抵抗のグラフであり、破線グラフBV-T,BR-Tがそれぞれ、サンプルBを用いた燃料電池において計測されたセル電圧と抵抗のグラフである。
【0044】
ここで、一般に、膜電極接合体では、電解質膜と電極との間の密着性が低下すると、電解質膜と電極との間の接触抵抗が増大する。また、電解質膜と電極との間や、電極に生じたひずみや裂傷などに、水分が滞留しやすくなる。そのため、膜電極接合体の内部における水分の移動性・排水性が低下し、反応ガスの配流性が低下する。このように、電解質膜と電極との間の密着性が低下すると、膜電極接合体の発電性能が低下する。
【0045】
サンプルAを用いた燃料電池では、サンプルBを用いた燃料電池に比較して、セル温度の全域に渡って高いセル電圧を出力することができた。そして、セル温度が高いほど、両者のセル電圧の差は大きくなった。また、サンプルAを用いた燃料電池では、サンプルBを用いた燃料電池に比較して、セル温度の全域に渡って抵抗が低い状態が維持された。そして、セル温度が高いほど、両者の抵抗の差は大きくなった。
【0046】
これは、サンプルAの方が、サンプルBよりも電解質膜1と電極2,3との間の密着性が向上しており、電解質膜1と電極2,3との間の接触抵抗が低下されているとともに、内部における水分収支が良好に保持されたためであると推察される。この実験により、本実施例の膜電極接合体10の方が、参考例の膜電極接合体10aよりも、電解質膜1と電極2,3との間の密着性の低下が抑制され、発電性能が向上することが示された。
【0047】
図8は、本発明の発明者による実験結果を示す説明図である。図8には、縦軸をセル電圧とし、横軸を冷熱変化サイクル数とするグラフを図示してある。ここで、「冷熱変化サイクル数」とは、セル温度を−20℃と80℃との間で周期的に変化させた回数を意味する。
【0048】
本発明の発明者は、上述したサンプルAを用いた燃料電池と、サンプルBを用いた燃料電池を作成し、それぞれの燃料電池とについて、一定電流での出力を継続させるとともに、一定の周期でセル温度を変化させた。そして、そのセル温度の変化のサイクル数ごとのセル電圧の変化を計測した。グラフAV-Cは、サンプルAを用いた燃料電池において計測されたセル電圧のグラフであり、グラフBV-Cが、サンプルBを用いた燃料電池において計測されたセル電圧のグラフである。
【0049】
サンプルBを用いた燃料電池では、冷熱変化サイクル数の増加とともに、セル電圧は低下傾向を示し、特に、冷熱変化サイクル数がある値より大きくなったときに、その低下傾向が著しくなった。一方、サンプルAを用いた燃料電池では、冷熱変化サイクル数の増大にかかわらず、そのセル電圧は、ほぼ一定のままであった。また、サンプルAを用いた燃料電池のセル電圧は、冷熱変化サイクル数の全域に渡って、サンプルBを用いた燃料電池のセル電圧よりも高い値を示した。
【0050】
これは、サンプルAでは、電解質膜1が発電時の膨潤サイズにまで引き延ばされた状態で膜電極接合体10が製造されており、発電の際の電解質膜1の膨潤/収縮による変形が抑制され、電解質膜1と電極2,3との間の密着性が維持されたためであると推察される。この実験により、本実施例の膜電極接合体10の方が、参考例の膜電極接合体10aよりも、耐久性が高いことが示された。
【0051】
このように、本実施例の膜電極接合体10の製造工程によれば、電解質膜1の膨潤による変形を抑制し、電解質膜1と電極2,3との間の密着性を向上させることができる。従って、膜電極接合体10において、電極2,3にひずみが発生することが抑制され、膜電極接合体10の耐久性および発電性能を向上させることができる。
【0052】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0053】
B1.変形例1:
上記実施例では、フッ素系の溶媒を含浸させて電解質前駆膜1fを膨潤させていた(図2のステップS20,図3(A))。しかし、電解質前駆膜1fは、他の溶媒によって膨潤されるものとしても良い。例えば、界面活性剤などを用いて、水によって膨潤させることも可能である。溶媒は、電解質前駆膜1fを構成する電解質樹脂の種類に応じて適宜選択されれば良く、電解質前駆膜1fに含まれる電解質ポリマーを分散可能なものであれば良い。
【0054】
なお、フッ素系の溶媒によって電解質前駆膜1fを膨潤させた場合には、フッ素系の溶媒の蒸発性が高いため、ステップS40における乾燥工程を、室温で、かつ、短時間で実行することができる。また、上記実施例で説明したように、電解質前駆膜1fと触媒インクとの親和性を向上させることができ、電解質膜1と電極2,3との結合性が向上する。そのため、ステップS20では、電解質前駆膜1fはフッ素系の溶媒によって膨潤されることが好ましい。
【0055】
B2.変形例2:
上記実施例では、ステップS60(図2,図4(C))において、基台220を用いて、電解質膜1の外周端の位置が固定された状態で、膜電極接合体10の湿潤状態が調整されていた。しかし、ステップS60では、電解質膜1の外周端の位置が固定されない状態で、膜電極接合体10の湿潤状態が調整されるものとしても良い。なお、ステップS60において、電解質膜1の外周端の位置を固定することにより、加水分解処理後の湿潤状態にある電解質膜1が乾燥収縮することが抑制され、電解質膜1と電極2,3との間の密着性が低下することが抑制される。また、発電の際の電解質膜1の膨潤による変形の度合いを低減させることができ、膜電極接合体10の耐久性が向上する。
【0056】
B3.変形例3:
上記実施例では、膨潤させた電解質前駆膜1fに触媒インクを塗布することにより、電極前駆体2f,3fが形成されていた。しかし、電極前駆体2f、3fは、予めフィルム基材などに形成された触媒担持膜を、膨潤させた電解質前駆膜1fの外表面に転写することによって形成されるものとしても良い。
【0057】
B4.変形例4:
上記実施例では、膨潤させた電解質前駆膜1fの両面に電極前駆体2f,3fを形成していた(図2のステップS30,図3(C),(D))。しかし、加水分解処理前の電解質前駆膜1fには、電極前駆体2f,3fのうちの少なくとも一方のみが形成されるものとしても良い。
【符号の説明】
【0058】
1…電解質膜
1f…電解質前駆膜
2…アノード
3…カソード
2f,3f…電極前駆体
5…ガス拡散層
6…シール部
10…膜電極接合体
10a…膜電極接合体
21…アノードセパレータ
22…カソードセパレータ
25…流路溝
100…燃料電池
110…単セル
200…スプレー
210…ダイコータ
220…基台
221…把持部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法であって、
(a)加水分解によりイオン伝導性を付与可能な電解質樹脂膜を準備する工程と、
(b)前記電解質樹脂膜を膨潤させる工程と、
(c)前記電解質樹脂膜を膨潤させたまま、前記電解質樹脂膜の外表面に、触媒が担持された導電性材料を配置して触媒電極を形成する工程と、
(d)前記触媒電極が形成された前記電解質樹脂膜の外周端の位置を固定した状態で、前記電解質樹脂膜を乾燥させる工程と、
(e)加水分解によって前記電解質樹脂膜にイオン伝導性を付与してする工程と、
を備える、製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の製造方法であって、
前記工程(a)において準備される前記電解質樹脂膜はフッ素系の電解質樹脂によって構成されており、
前記工程(b)は、前記電解質樹脂膜にフッ素系の溶媒を含浸させて膨潤させる工程を含む、製造方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の製造方法であって、さらに、
(f)加水分解によって膨潤した前記電解質樹脂膜の外周端の位置を固定した状態で、前記電解質樹脂膜の湿潤状態を調整する工程と、
を備える、製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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