説明

臓器保存液

本発明は臓器および生体組織の保存の分野に関し、具体的には被験者への移植の前に臓器および/または組織の保存に使用する溶液に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は臓器および生体組織の保存の分野に関し、具体的には被験者への移植の前に臓器および/または組織の保存に使用する溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
臓器保存は、回収時から移植時までドナー臓器を最適の形態学的および生化学的状態に維持することを目的とする。臓器冷保存は、移植における最初の冷虚血発作およびその後の再潅流障害に耐えるものでなくてはならない。
【0003】
臓器保存の本方法は有効であり、臓器保存の安全な期間を増加させるが、臓器によっては移植により機能を十分発揮せず、一次性臓器機能障害を示すものがある1。一次性臓器機能障害は、冷虚血の持続時間およびおそらくは再潅流関連障害と関連している2。従って、短期および長期の正着率に向上は見られるもの、一次性臓器機能障害は、相変わらず治療介入上の課題であり標的である。
【0004】
内皮機能障害は、虚血・再潅流障害(IRI)および移植片拒絶の発症における重要なメディエーターである3,4。血管内皮の保護は、臓器保存における重要な要素である。すべての健常血管に沿って並ぶこの細胞単層は、通常、微小循環における血流を維持し、炎症および血栓症の素因を作る炎症細胞および血小板の接着を防ぐために内皮由来弛緩因子を放出する5。ウィスコンシン大学(University of Wisconsin)(UW)液は固形臓器の冷虚血保存に革命をもたらし、最大72時間の安全保存期間を可能にした。これは現在も依然として腹腔内臓器の最も広く用いられている冷保存液である。UW液組成物は、冷虚血保存に関連する理論的課題を克服するために、すなわち低体温が引き起こす細胞膨張を最小限度にし、細胞内アシドーシスを予防し、組織間隙の増大を予防し、酸素フリーラジカルが引き起こす傷害を予防するために設計された6
【0005】
UW液が考案されて以後、その成分にはほとんど変更は加えられていないが、in vitroおよびin vivoでの研究により、UW液の成分の多くはほとんどメリットを与えないことが示されている。単純化し、いくつかの成分を除去することによりUW液に改善を加えることが可能であることをこれらの研究は示唆している。すなわち、ラクトビオン酸塩、ラフィノースおよびグルタチオンのみが本当に必須であると考えられた7。しかしながら、腎移植の臨床試験は、UW液へのグルタチオンの添加が臨床的有用性を与えないことを示した8
【0006】
グルタチオン(GSH)は、それが冷虚血の間に酸化ストレスから保護することを前提にして、UW臓器保存液および他の保存液、例えばCelsior液およびBelzer MPS液に添加される。しかしながらグルタチオンは保存中に酸化するので、多くの場合、保存液として使用する直前にグルタチオンを加える必要があるということが不都合の1つである。
【0007】
臓器/組織への低い量の一酸化窒素の供給/産生が有益な可能性があることが示唆されている。例えば、Vodovotz(Nitric Oxide 2003 Nov; 9(3): 141-7)は、有害量のNOを抑制し、一定の低レベル量のNOを供給する組み合わせにより、グルタチオンを含むBelzer MPSを用いて脈打つ腎臓の保存を改善することができることを示した。Quintanaら(Int. J. Surg. Investig. 2001; 2(5): 401-411)も同様に、UW液へのS-ニトロソグルタチオン(GSNO)の添加を調べ、NOドナーとしてのGSNOは、冷保存/再潅流後に肝形態を維持し、肝障害を防止することによりラット肝臓を保存するUW液特性を改善できることを観察した。
【発明の概要】
【0008】
前述の不都合の少なくとも1つを除去および/または緩和することは、本発明の目的の範囲内である。
【0009】
既存のUW液および/または関連液を超える少なくとも1つの利点を有する臓器保存液を提供することは、本発明のさらなる目的である。
【0010】
本発明は、冷虚血・再潅流のモデルにおいて内皮機能に対するUW液へのグルタチオン(GSH)添加の影響を評価し、GSHの細胞透過性モノエチルエステル(GSH-MEE)またはGSH関連一酸化窒素(NO)ドナーであるS-ニトロソグルタチオン(GSN)が酸化ストレスに抗して血管機能および内皮細胞の生存に有益な効果を有しうるかどうかを明らかにするための本発明者らの研究に基づく。
【0011】
第1の側面において、臓器および/または組織の保存に使用する溶液であって、前記溶液はS-ニトロソチオールの供給源(source)を含み、ここで前記溶液は保存液として使用しているときにグルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を実質的に含まない前記溶液が提供される。
【0012】
本発明の背景技術で述べたように、UWなどの臓器再潅流液に、グルタチオンおよび/またはグルタチオンを生成する化合物がしばしば添加または含有される。本発明は、一部分において、グルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を含まないかまたは実質的に含まない溶液の使用に基づく。実質的に含まないとは、通常はmM量で用いられるグルタチオンの50μM未満レベルを意味すると理解される。グルタチオンを生成する化合物は、N-アセチルシステイン、システインまたはグルタチオンジスルフィドを含む。先行技術の臓器保存液は、使用前にグルタチオンを含有させずに保存し、使用前または使用直前にグルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を添加する事ができることに留意すべきである。従って、本発明は、被験者に投与されることを目的として調合される臓器保存液に関する。
【0013】
一般的には、S-ニトロソチオールはS-ニトログルタチオンである。S-ニトロソチオール、例えばS-ニトロソグルタチオンは、一般的には1μM〜1mM、例えば20μM〜500μMの量で添加できる。
【0014】
当然ながら、本発明の臓器保存液は、公知で他の保存液、例えばUW液(例えばUS4,798,824および4,879,283を参照のこと)、Celsior液およびBelzer MPS液に使用されている他の成分を含む。他の成分は、溶液のpHの維持に役立つ酸-塩基緩衝液を含むことができる。典型的な緩衝液は、リン酸塩、例えばKH2PO4に基づくものであることができる。同様に、カリウム源およびナトリウム源もまた存在することができ、該溶液は、望ましい浸透圧を有するものであることができる。
【0015】
他の成分は、デンプン;ヒドロキシエチルデンプン;ラクトビオン酸;グルコン酸ナトリウムおよび/またはカリウム;グルコース;CaCl2;リン酸カリウム;EDTAまたは他の金属キレート化剤、例えばキレックス(chelex)硫酸マグネシウム;ラフィノース;デキストラン;組換えアルブミン;虚血発作保護剤、例えばアデノシン;抗酸化剤、例えばアロプリノールおよび/またはペンタフラクション(pentafraction)を含むことができ、あるいはそれらから選択されることができる。前記成分は水で調合(made up)される。さらなる任意成分は、抗生物質、例えばペニシリン;インスリン(グルコース取り込みを促進する)および/または抗炎症薬例えばデキサネタゾン(dexanethasone)を含むことができる。
【0016】
EDTAまたは他の金属キレート化剤の使用は、特に有益な可能性がある。なぜなら、遷移金属イオンはS-ニトロソグルタチオンに望ましくない効果を示しうるため、それらの除去/キレート化が望ましいと考えられるからである。
【0017】
同様に、保存中、溶液を光から保護する事が望ましい場合がある。従って、溶液は、使用前に不透明または半透明の容器に保存されることができる。
【0018】
従って、他の側面において、本発明は、実質的に光不透過性の包装(package)であって、前記包装はその中に本発明記載の溶液を含む前記包装を提供する。光不透過性とは、このような包装が保存/輸送されると考えられる従来の環境に見られるような周囲光を意味すると理解される。
【0019】
溶液の保存期限の維持に役立たせるために、保存中、溶液の使用前に、GSNOを他の成分から隔離することが望ましい場合がある。このように、臓器および/または組織を保存するための使用のすぐ前(shortly before)または直前(immediately before)にGSNOを他の成分に添加または混合することができる(例えば使用前数時間から数分、例えば6〜2時間から10分、5分など)。
【0020】
GSNOは、他の成分を含む溶液に固体のままで加えられることもできるし、あるいは、それ自体が例えば適切な安定化溶媒、例えばDSMO(場合により1:1〜4:1の割合で水に溶解して):DMSO/DMF:水またはDMFに溶解された溶液であることもできる。
【0021】
使用を容易にするために、GSNO以外のすべての必要な成分を含む溶液を、例えばバッグなどの、GSNOを添加する事ができる容器中に用意することができる。膜、壁などの破裂可能な区画を破裂させる前に他の成分からFSNOを隔離するが、破裂させることによりGSNOを他の成分と混合させて溶液の一部となるようにすることができる容器内またはそれに隣接する破裂可能な区画中にGSNOを備えることができる。
【0022】
従って、例えば、保存液を含有するバッグまたは包装の一体部分を形成する例えばポケット、気泡またはシリンジ装置中に、DMSO(例えば脱イオン水または蒸留水に50〜100%;<5ml)溶液でGSNOを保存することができる。保存容器中では、GSNOは、好ましくは光から保護される。冷蔵条件下では、GSNOのDMSO溶液は凍結塊を形成し、これは不浸透性の膜またはホイルにより臓器保存液から隔離される。使用の直前に、GSN0含有DMSO固形物は膜またはホイルから押し出され、その後それは水溶液中で急速に溶解し、望ましい範囲(1μM〜1mM)内のGNSO最終濃度および、一般に最終臓器保存液の1%を超えないDMSO最終濃度を与える。
【0023】
特に好ましい製剤は次のとおりである:
S-ニトロソグルタチオン(50μM〜200μM)
ラクトビオン酸塩(50mM〜200mM)
KH2PO4(10mM〜100mM)
MgSO4(1mM〜20mM)
炭水化物源(例えばラフィノース、グルコースまたはショ糖)(2mM〜50mM)
金属キレート化剤(例えばEDTAまたはキレックス)(0.01mM〜1mM)
虚血発作保護剤、例えばアデノシン(1mM〜10mM)
抗酸化剤、例えばアロプリノール(100μM〜5mM)
抗炎症薬、例えばデキサメタゾン(5mg/l〜30mg/l)
インスリン(10u/l〜100u/l)
抗生物質(単数または複数)、例えばペニシリン(50mg/l〜250mg/l)。
【0024】
また、好ましい溶液は、単に、グルタチオンを含まないが、S-ニトロソグルタチオンを50μM〜200μMの濃度で含むUW液である。
【0025】
本発明の保存液は、水、例えば蒸留水および/または脱イオン水のある量と望ましい成分とを混合し、ついでさらなる水を用いて適切な量にすることにより製造できる。例えば、前記量が10lだとすれば、前記成分を最初に7〜9lで溶解し、化合物が溶解したら(ついで、酸および/または塩基を添加することによりpHを例えばpH7.3に調節することができる)、さらなる水を加えて溶液を10lにすることができる。本発明の溶液はグルタチオンを含まないため、冷蔵され、GSNOが溶液の一部として保存されない場合、本発明の溶液は一般的には1ヶ月を超える比較的長期の保存期限を有すると予期される。GSNOは、典型的な臓器保存液中で冷蔵保存された場合、時間と共に分解することを本発明者は観察した。しかしながら、GSNOを保存溶媒、例えばDMSO溶液に保存する場合、GSNOの安定性を長期間維持することができる。実施例を参照のこと。
【0026】
本発明の保存液を、保存されることを必要とする臓器または組織を単に保存するために使用でき、および/または前記溶液を、当該技術分野で公知の手順および/または機械を用いて前記組織を潅流することができることが理解されなければならない。一般的には低い温度、例えば2〜10℃で保存を行うことができ、使用前に、体温またはそれに近い温度、例えば約37℃の溶液で臓器および/または組織を再潅流することができる。
【0027】
本発明の溶液を用いて保存することができる典型的な臓器および/または組織は、腎臓、肝臓、心臓、肺、膵臓などを含み、必ずではないが死体から臓器/組織を入手することができる。臓器/組織は、患者に移植することができる血管、例えば静脈または動脈を含むことができる。一般的には被験者はヒト被験者であるが、他の動物もまた移植片を受けることができ、その場合、非ヒト動物臓器/組織を保存するために本溶液を使用することができる。
【0028】
他の側面において、
a)適切な供給源から臓器および/または組織を入手する工程;及び、
b)本発明の溶液中で臓器および/または組織を維持し、および/または本発明の溶液を臓器および/または組織に再潅流する工程
を含む臓器および/または組織の保存法が提供される。
【0029】
組成が類似またはそれに基づく溶液は、臓器を少なくとも24〜48時間保存する/保存に用いることが可能(なぜなら、これがUW液が使用可能な期間である)なことが予期されるが、既存のグルタチオンを有さず、S-ニトロソグルタチオンを含む利点を有する。
【0030】
臓器保存液の製造のためのS-ニトロソチオール、特にS-ニトログルタチオンの使用であって、使用のために調合されたときに、前記臓器保存液がグルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を含まないかまたは実質的に含まない前記使用もまた提供される。
【0031】
次に、本発明を以下の図面を参照としてさらに説明する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】UW液中での冷虚血1時間または48時間を行った大動脈輪のKCl(60mM)に対する最大収縮を示す図である。
【図2】a)UW液中での冷保存1時間、b)UW液中での冷保存48時間後にフェニレフリン(PE)で処理した大動脈輪の濃度依存曲線を示す図である。***はP<0.001を示し、nsは有意差無しを示す。
【図3】a)UW液中での冷保存1時間、b)UW液中での冷保存48時間後にアセチルコリン(ACh)で処理した大動脈輪の濃度依存曲線を示す図である。*はP<0.05を示し、**はP<0.01を示し、***はP<0.001を示し、nsは有意差無しを示す。
【図4】a)UW液中での冷保存1時間、b)UW液中での冷保存48時間後のPE(EC80)に対する大動脈輪の収縮反応およびそれに続く一酸化窒素合成酵素阻害薬であるL-NAME(100mM)およびNOスカベンジャーであるcPTIOでの処理の効果を示す図である。*はP<0.05を示し、**はP<0.01を示し、***はP<0.001を示し、nsは有意差無しを示す。
【図5】標準(ストレス無負荷)条件下またはヒドロキシルラジカル発生剤であるメナジオン(10μM)、スーパーオキシド発生系であるキサンチン/キサンチンオキシダーゼ(X/XO;5μM、1mU/ml)もしくはH2O2;100μM)の存在下でのインキュベーション24時間後のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)生存率の比較を示す図である。*はP<0.05を示し、**はP<0.01を示し、***はP<0.001を示し、nsは有意差無しを示す。
【図6】改変UW液(100Μm GSNO)およびDMSO(1mM GSNO)中の関連する濃度のGSNOの、4〜6℃、暗所(冷蔵庫)での6〜8日間にわたる分解を示す図である。339nmにおける吸光度(S-NO結合の特徴を示す)をモニターすることにより評価した。
【実施例】
【0033】
材料および方法
内務省(Home Office)のGuidance in the Operation of Animals (Scientific Procedures) Act 1986, UKに従って、動物ケアおよび実験プロトコルを実施した。体重300〜450gの成体雄Wisterラットを、12時間明暗サイクル下、温度調節環境におき、水および標準飼料を自由摂取させた。標準プロトコル:カリウムラクトビオン酸塩(100mM)、25mM KH2PO4、5mM MgSO4、30mMラフィノース、5mMアデノシン、1mMアロプリノール、16mg/Lデキサメタゾン、40U/Lインスリン、200000U/Lペニシリンおよび0.03mM EDTA(pH7.4)に従ってウィスコンシン大学液を調製した。金属イオンにより触媒される分解反応に対してGSNOを保護するためにEDTAを添加した。低酸素症を模倣するために、溶液にアルゴンガスをバブリングした。酸素電極(Apollo 4000フリーラジカルアナライザー(integrated free radical analyser)、World Precision Instruments Inc. USA)を用いて酸素濃度を確認した。30分間バブリングすることにより、溶液中の酸素の>90%が除去された。
【0034】
実験プロトコル
頸椎脱臼後に開腹を行い、大動脈を切開し、大動脈周囲脂肪組織および結合組織を除去した。血管を引き伸ばしたり損傷したりしないように注意して血管を3〜5mmの大動脈輪に分割した。低酸素対照(GSHを含まないUW)液;GSH(3mM)を含むUW;グルタチオンモノエチルエステル(GSHMEE;3mM)を含むUWまたはS-ニトロソ化グルタチオン(GSNO;100μM)を含むUWで満たしたシール容器中に大動脈輪を冷虚血保存(4℃で1時間または48時間)した。
【0035】
保存後、ミオグラフ(700MO, Danish Myo, Aarhus, Denmark)の2つのステンレススチール支柱間に大動脈輪をつるし、Krebs緩衝液(mM):NaCl(118)、KCl(4.7)、NaHCO3(25)、KH2PO4(1.17)、MgSO4.7H2O(1.2)、グルコース(5.5)、EDTA(0.03)およびCaCl2.2H2O(1.6)(37℃;pH7.4)を含有する10ml臓器浴中で再酸素化した。等尺性張力の変化をトランスデューサで検出し、MacLabデータ収集システム(MacLab 8 with Chart v 3.5; AD Instrument, Hastings, UK)を用いて記録し、Macintosh Performa630コンピュータで表示した。平衡の前にすべての輪に静止張力1.5gを加えた(30分間)。
【0036】
平衡後、組織生存率を評価し、その後のデータ分析のための基準最大収縮を得るために、すべての血管を高濃度のカリウム(60mM)を含有するKrebs緩衝液に3回さらした。各反応に続いて洗浄を行った。ついでα1アドレナリン受容体アゴニストであるL-フェニレフリン(PE;10-8M〜3x10-5M)に対する濃度反応曲線を描き、〜80%最大収縮(EC80)を生じさせるのに必要なPEの濃度を明らかにし、その後の血管拡張研究に用いた。安定した収縮を達成すると同時に、すべての製剤において、内皮依存性血管拡張剤であるアセチルコリン(ACh;10-9〜10-5M)に対する累積濃度応答曲線を描いた。組織1つについて1つのみの濃度反応曲線を得た。さらなる亜最大PE収縮を誘発し、一酸化窒素合成酵素阻害薬であるNω-ニトロ-L-アルギニンメチルエステル(L-NAME)を加えて内因性NO産生を阻害し、基本(無刺激)条件下で内皮由来NOの血管拡張作用を測定した。続いて、NOスカベンジャー、カルボキシ-PTIO(cPTIO;1mM)を加えて、基本条件下で存在する血管拡張緊張へのNOS非依存性NOの寄与を明らかにした。
【0037】
内皮細胞生存率アッセイ
ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を162mlフラスコに播種した(ダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco's modified Eagle’s medium), 37℃, 5%CO2)。コンフルエンスになるまで細胞を培養し、酸化剤の非存在下または、ヒドロキシルラジカル発生剤(メナジオン;10μM)、スーパーオキシド発生系であるキサンチン+キサンチンオキシダーゼ(5μM;1mU/ml)もしくは酸化剤種H2O2(100μM)の存在下、リン酸緩衝化生理食塩水(対照)、GSHを含まないUW、UW+GSH(3mM)、UW+GSH-MEE(3mM)またはUW+GSNOを含有する6ウェル培養皿に移し、24時間(37℃)放置した。標準トリパンブルー排除アッセイを用いて、インキュベーション24時間後に細胞生存率を評価した。
【0038】
統計分析
GraphPad Prism version 3.02 for Windows(登録商標) (GraphPad Software, San Diego California USA)を用いて統計分析を行った。すべての値は平均+/-SEMで表されている。一元配置または二元配置分散分析によりデータを分析し、適切な場合には一元配置分散分析に続いてダネットの事後検定(Dunet's post hoc test)を用いた。P<0.05を有意とした。
【0039】
結果
大動脈輪は、GSHアナログ添加有り無しのUW液中での冷虚血1時間または48時間後に、塩化カリウム(60mM)により再現性のある収縮を起こした。いずれの溶液に保存された輪においても、誘発される収縮の大きさに有意差はなかった(P=0.061;図1)。
【0040】
フェニレフリン(10〜100nM)は、各標本に、60mM KClに対する最大反応の〜80%に相当する安定した収縮を起こした。冷虚血1時間後、任意のUW液と標準UWとの間に最大PE誘発収縮における有意差はなかった(図2a)。冷虚血48時間後、GSNO添加UWに保存された組織のみが、唯一、GSH無添加UWよりもPEに対して有意に低下した最大収縮を示した(図2b)。
【0041】
すべてのUW液において、冷虚血1時間または48時間後に、アセチルコリン(10〜100nM)は、PEで前収縮させた大動脈輪において濃度依存的血管弛緩を誘発した。冷虚血1時間後、GSH無添加UWに保存された組織は、GSHアナログ添加溶液に保存された組織のいずれよりも有意に高い内皮依存性弛緩を示した(図3a)。冷虚血48時間後、1時間後のものと比較して、すべての血管はAchに対して低下した反応を示したが、GSH添加UWに保存された組織はGSH無添加UWよりも有意に低い内皮依存性弛緩を示した。GSNOまたはGSHMEE添加UWに保存された組織とGSH無添加UWに保存された組織の間に内皮依存性弛緩における有意差はなかった(図3b)。
【0042】
冷虚血1時間後に、前収縮させた組織にL-NAMEをいずれのGSHアナログ添加UW液に添加しても、GSH無添加UWで処理した血管における収縮と比較して同様な収縮を起こした(図4a)。NOスカベンジャーであるcPTIOをさらに添加すると、標準UWと比較してGSNO添加UWに保存された組織においてのみ有意に大きい収縮がおきた(図4a)。GSHMEEまたはGSNO添加UW液のいずれかにおいて冷虚血48時間後に前収縮させた組織にL-NAMEを添加すると、標準UWと比較して有意に小さい収縮が起きた(図4b)。再度、cPTIOをさらに添加すると、標準UWと比較してGSNO添加UWに保存された組織においてのみ有意に大きい収縮が起きた(図4b)。
【0043】
細胞生存率アッセイ
対照リン酸緩衝化生理食塩水培地における24時間後のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の細胞生存率は>80%であった(図5)。GSH含有またはGSH-MEE含有UWでインキュベートした細胞は有意に低下した生存率を示したが、UW+GSNOでの細胞は対照とはかなり異なる生存率を示した。ヒドロキシルラジカル発生剤は細胞毒性が高く、対照条件下では24時間の処理時間で細胞の5%未満が生存していた。メナジオンの存在下でGSHおよびGSH-MEEは細胞生存率を有意に高めたが、GSNOは無効であった。スーパーオキシド発生系であるX/XOは、細胞生存率に有意に影響することはできず、種々の処理に対する反応性のパターンは、ストレス無負荷条件下で観察されるものと同じであった。H2O2は実質的な細胞死を引き起こしたが、UW処理のいずれも細胞生存率に対して有意な効果を示さなかった。
【0044】
考察
冷虚血および虚血・再潅流障害は、細胞生存率に関してばかりでなく、強力な内皮由来保護剤である一酸化窒素(NO)の酸素中心フリーラジカルによる不活性化を通じて、酸化ストレス(酸化ストレスに対して内皮細胞は特に感受性を有する)により特徴付けられる。結果として生じる血管収縮は、血小板凝集、単球接着および白血球活性化傾向の増大と共に臓器保存にとって重要な制限である5
【0045】
グルタチオン(GSH)は細胞内抗酸化防御における重要な因子であり、細胞内でグルタチオンは、それ自体で抗酸化剤として、抗酸化酵素のための還元相当物の供給源として、そしてビタミンCおよびEの再利用のための内因性還元剤として作用することができる9,10。重要なことに、GSHは酸化損傷からの内皮細胞の保護には極めて重要である11。従って、GSHの送達は、細胞の抗酸化能力の増強および、特に内皮細胞の完全性および機能の保護のための理論上有益な手段である。これに基づいて、酸化障害に対する保護に役立てる目的で、GSHを含むUWのように臓器保存液を補強することは論理的であると思われる。
【0046】
in vitroおよびin vivoでの以前の研究により、臓器保存液へのGSHの添加は利点を示さないことが示唆された8。このような利点の欠如は、UW中のGSHが、保存中、使用前にその不活性型に急速に酸化されるという事実によるものと考えられる。UW液中のGSHの半減期は、冷保存下でおよそ8日間であることが認められている。さらにまたGSHはトリペプチドであり、細胞膜を横切ることは容易ではない12。細胞内フリーラジカルもまた膜を横切らないと仮定すると、このことは、酸化ストレス条件下での枯渇した細胞内貯蔵の補充の成功という課題を提供する。従って、UW中のグルタチオンは、虚血期間中主として寿命が短い細胞外抗酸化剤として作用し、移植後の臓器再潅流にわずかに限定された利点を示すにとどまる。
【0047】
冷虚血1時間または48時間後に、いずれのUW液においてもPEの濃度依存曲線により立証されるように、平滑筋機能は保存されていると思われる。GSNO添加UWに48時間保存された輪がより低い収縮反応を示すという所見は、フェニレフリンに対する反応が評価される数時間前にGSNOが洗い流されているという事実にもかかわらず、血管弛緩作用を起こす外因性NO活性の反映である可能性がある。GSNOがヒト伏在静脈および内胸動脈のセグメントのNO媒介拡張を洗浄後数時間維持できたことを示す我々の以前のデータとこれらの所見は一致する13
【0048】
冷虚血保存1時間後、標準UW液に保存された組織と比較して、GSHアナログ添加UW液に保存された組織において、内皮依存性血管拡張は有意に低下していることを本データは示している。冷虚血48時間後、GSH添加UWに保存された組織のみが、内皮機能の個の低下を示した。これらのデータは、UW液へのGSH添加が、冷虚血中に、発現が速く、虚血・再潅流単独により起こされるものへの追加の内皮機能障害に対する有害な影響を示すことを示差している。この逆説的効果の基礎をなす正確な機構は不明であるが、これらの条件下でのフリーラジカル誘発障害の増悪により媒介される可能性がある。この仮説は、細胞傷害を引き起こす、リン脂質のグルタチオニルラジカル誘発過酸化の既存の証拠および我々の内皮細胞培養実験であって、酸化剤チャレンジの非存在下での24時間暴露中、GSHとGSH-MEEは共に細胞生存率を著しく低下させた前記実験により支持される14。これらの条件下でGSNOは細胞死を引き起こさなかったが、そのNO生成特性ばかりでなく、薬理学的に関連する濃度でのその細胞毒性の欠如のために、この薬剤は好ましい可能性があることが示差された。さらにまた、外因性NOの送達は虚血・再潅流損傷において細胞保護作用を示すという既存のデータが存在する15
【0049】
結論として、既存のデータはUW臓器保存液へのGSH添加を支持していない。それは、有益な抗酸化特性を付与するよりはむしろ逆説的細胞毒性を引き起こす可能性がある。一方、GSHの細胞透過性付加体であるGSH-MEEは、内皮機能に対してより低い有害影響を示すと思われたが、これもまた内皮細胞に毒性を示すと推定された。他方では、GSNOはGSHおよびGSH-MEEの細胞毒性特性を共有せず、一方で洗浄後数時間NOを生成して、移植後の初期段階における潅流の維持に役立つことができる持続性の血管拡張を引き起こした。
【0050】
改変UW(EDTAを含有し、GSHを除いた)中のGSNOは、通常の実験室用冷蔵庫中、暗所、4〜6℃で保存するとき、半減期〜6日間で分解することをわれわれのデータは示している。同じ期間および同じ条件下で、GSNOは100%DMSO中で有意な分解を示さなかった。DMSOの凝固点は〜15℃であり、従ってこれらの試料は実験期間中事実上”凍結”されており、これらの条件下でGSNOの安定性に寄与すると推定される。DMSO試料中でのゼロ時点での吸光度のみかけの低下は、最初に測定が行われるときの物質の不完全な溶出に起因する可能性が高い。この期間中におけるDMSO中での有意なGSNO分解の欠如により、意味のある半減期の測定は不可能であるが、数ヶ月のオーダーであると推定される。
【0051】
文献
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
臓器および/または組織の保存に使用する溶液であって、前記溶液はS-ニトロソチオールの供給源を含み、ここで前記溶液は保存液として使用しているときにグルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を実質的に含まない前記溶液。
【請求項2】
グルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を50μMまでの濃度で含む、請求項1記載の溶液。
【請求項3】
S-ニトロソチオールがS-ニトログルタチオンである、請求項1または2記載の溶液。
【請求項4】
S-ニトロソチオールが1μM〜1Mmの量で存在する、請求項1〜3のいずれか1項記載の溶液。
【請求項5】
溶液のpHの維持に役立つ酸-塩基緩衝液をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項記載の溶液。
【請求項6】
デンプン;ヒドロキシエチルデンプン;ラクトビオン酸;グルコン酸ナトリウムおよび/またはカリウム;グルコース;CaCl2;リン酸カリウム;EDTAまたは他の金属キレート化剤、例えばキレックス硫酸マグネシウム;ラフィノース;デキストラン;組換えアルブミン;虚血発作保護剤、例えばアデノシン;抗酸化剤、例えばアロプリノールおよび/またはペンタフラクションから選択される1以上のさらなる成分をさらに含み、前記成分を水で調合した、請求項1〜5のいずれか1項記載の溶液。
【請求項7】
抗生物質、例えばペニシリン;インスリン(グルコース取り込みを促進する)および/または抗炎症薬、例えばデキサネタゾンから選択される1以上のさらなる成分をさらに含む、請求項6記載の溶液。
【請求項8】
EDTAまたは他の金属キレート化剤をさらに含む、請求項1〜7のいずれか1項記載の溶液。
【請求項9】
使用前に不透明または半透明の容器に保存される、請求項1〜8のいずれか1項記載の溶液。
【請求項10】
実質的に光不透過性の包装であって、前記包装はその中に請求項1〜8のいずれか1項記載の溶液を含む前記包装。
【請求項11】
請求項1〜8記載の溶液を含む包装または容器であって、溶液の使用のすぐ前にS-ニトロソチオールが導入される前記容器。
【請求項12】
他の溶液とは隔離した区画にS-ニトロソチオールが当初位置する請求項11記載の包装であって、破裂によりS-ニトロソチオールが他の溶液と混合することを可能にする破裂可能な膜、壁などを前記区画が含む前記包装。
【請求項13】
使用前にS-ニトロソチオールが他の溶液成分と混合される前に、安定化液、例えばDMSO中またはDMF中に保存される、請求項1〜12のいずれか1項記載の溶液または包装。
【請求項14】
保存液として使用する直前にS-ニトロソグルタチオン(50μM〜200μM)、ラクトビオン酸塩(50mM〜200mM)、KH2PO4(10mM〜100mM)、MgSO4(1mM〜20mM)、炭水化物源(例えばラフィノース、グルコースまたはショ糖)(2mM〜50mM)、金属キレート化剤(例えばEDTAまたはキレックス)(0.01mM〜1mM)、虚血発作保護剤、例えばアデノシン(1mM〜10mM)、抗酸化剤、例えばアロプリノール(100μM〜5mM)、抗炎症薬、例えばデキサメタゾン(5mg/l〜30mg/l)、インスリン(10u/l〜100u/l)、抗生物質、例えばペニシリン(50mg/l〜250mg/l)を含む臓器保存液。
【請求項15】
保存液として使用する直前に、グルタチオンを含まないがS-ニトロソグルタチオンを50μM〜200μMの濃度で含むウィスコンシン大学臓器保存液を含む臓器保存液。
【請求項16】
a)適切な供給源から臓器および/または組織を入手する工程;及び、
b)請求項1〜8または14〜15のいずれか1項記載の溶液中で臓器および/または組織を維持し、および/または請求項1〜8または14〜15のいずれか1項記載の溶液を臓器および/または組織に再潅流する工程
を含む臓器および/または組織の保存法。
【請求項17】
臓器保存液の製造のためのS-ニトロソチオール、特にS-ニトログルタチオンの使用であって、使用のために調合されたときに、前記臓器保存液がグルタチオンまたはグルタチオンを生成する化合物を含まないかまたは実質的に含まない前記使用。
【請求項18】
S-ニトロソチオールが、臓器保存液に添加される前に、DMSOまたは水で希釈されたDMSO中に保存される、請求項17記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2009−542607(P2009−542607A)
【公表日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−517401(P2009−517401)
【出願日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際出願番号】PCT/GB2007/002420
【国際公開番号】WO2008/001096
【国際公開日】平成20年1月3日(2008.1.3)
【出願人】(504373299)ザ ユニヴァーシティ コート オブ ザ ユニヴァーシティ オブ エディンバラ (11)
【Fターム(参考)】