説明

自動車用変速機油組成物

【課題】焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能、冷却性能、低温時においても十分な冷却性を付与するための低温流動性が付与された自動車用変速機油組成物を提供する。
【解決手段】潤滑油基油を備えてなる自動車用変速機油組成物において、潤滑油基油を基油全量基準でエステル系合成油を10質量%〜100質量%含有するものとし、40℃における動粘度を15mm/s未満、粘度指数を120以上、15℃における密度を0.85g/cm以上とし、自動車用変速機油組成物の熱伝達係数を780W/m・℃以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車用変速機油組成物に関し、詳しくは、電気自動車またはハイブリッド車等の電動モーター装着車に好適に用いられる自動車用変速機油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の省燃費性能向上のため、自動車用変速機には動力伝達効率の向上や小型軽量化が求められており、変速機構においても手動変速機から自動変速機、最近では無段変速機が一部の車両に搭載されるに至っている。
【0003】
一方、鉛畜電池、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池、燃料電池等を搭載し、電動モーターを装着した電気自動車、あるいはこれらの電池と内燃機関とを併用したハイブリッド自動車が開発されており、これらの自動車には、変速機油と電動モーター油とが別々 に使用されている。
【0004】
最近、電気自動車またはハイブリッド自動車においては、これらの油の共通化や、変速機と電動モーターをパッケージ化することによる小型軽量化が要望されつつあり、手動変速機油、自動変速機油または無段変速機油としての潤滑性能に加え、電動モーター油としての絶縁性および冷却性を併せ持った新規な油が要望されてきた。
【0005】
変速機油には、熱・酸化安定性、清浄分散性、摩耗防止性、焼付き防止性等が要求される。これらの要求を満たすため、変速機油としては一般に、鉱油系あるいは合成系基油に各種添加剤(酸化防止剤、清浄分散剤、摩耗防止剤、防錆剤、金属不活性化剤、摩擦調整剤、消抱剤、着色剤、シール膨張剤、粘度指数向上剤等)を添加したものが用いられている。このような変速機油は、体積抵抗率が低く、絶縁性が不十分なため、電動モーター油として使用した場合、電動モーターがショートする等の不具合や、動粘度が高いことに起因する冷却性不良や動力ロスが問題となる。
【0006】
一方、電動モーター油は、絶縁性、冷却性等が要求され、潤滑性は必要とされないため、添加剤はほとんど含有されていない。よって、電動モーター油を変速機に用いた場合、ベアリング、歯車等が著しく摩耗するという問題がある。また、電動モーターにおいては、小型化・高回転化の進展により、潤滑油の冷却性に期待する部分が強くなっている。すなわち、電気自動車またはハイブリッド自動車等の電動モーター装着車において、変速機油としての焼付き防止性能、摩耗防止性能、低温流動性能を有し、かつ従来以上の絶縁性、冷却性を兼ね備えた自動車用変速機油組成物が求められている。
【0007】
特許文献1には、絶縁性、冷却性、および、潤滑性に優れることを目的として、鉱油、合成油、およびこれらの混合物からなる群より選択される基油と、組成物全量基準で0.1〜15.0質量%の、(A)炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、(B)トリアリールホスフェート、(C)トリアリールチオホスフェートおよびこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物とを含有し、かつ、80℃における体積抵抗率が1×10Ω・m以上である自動車用変速機油組成物が開示されている。
【特許文献1】国際公開WO2002−097017号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1の自動車用変速機油組成物は、電気モーターの冷却性が不十分であるばかりでなく、低温始動性に関する検討がなされていないという問題があった。
【0009】
本発明の課題は、電動自動車またはハイブリッド車等に搭載される変速機若しくは電動モーター用油、またはその兼用油、あるいは、変速機と電動モーターがパッケージ化された、すなわち変速機と電動モーターの潤滑システムが共有化された装置用油等として有用な、焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能、冷却性能、低温時においても十分な冷却性を付与するための低温流動性が付与された自動車用変速機油組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、エステル系合成油を、基油全量基準で10質量%〜100質量%含有し、40℃における動粘度15mm/s未満、粘度指数120以上、15℃における密度0.85g/cm以上である潤滑油基油を用いることにより、冷却性および低温流動性に優れ、かつ絶縁性の高い自動車用変速機油組成物が得られること、つまり、熱伝達係数が780W/m・℃以上である自動車用変速機油組成物が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明の自動車用変速機油組成物に用いる潤滑油基油は、80℃における誘電率が2.3以上であることが好ましい。
【0012】
また、該潤滑油基油を構成するエステル系合成油は、モノエステルおよびジエステルからなる群から選ばれる1種または2種以上の混合物であることが好ましい。
【0013】
本発明の自動車用変速機油組成物は、ハイブリッド車用として好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の自動車用変速機油組成物は、焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能、冷却性能、低温時においても十分な冷却性を付与するための低温流動性が付与されたものである。よって、電動自動車またはハイブリッド車等に搭載される変速機若しくは電動モーター用油、またはその兼用油、あるいは、変速機と電動モーターがパッケージ化された、すなわち変速機と電動モーターの潤滑システムが共有化された装置用油等として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について詳述する。
<エステル系合成油>
本発明の自動車用変速機油組成物(以下、単に潤滑油組成物という場合がある。)は、所定量のエステル系合成油を含有する所定性状の潤滑油基油を備えている。以下、該エステル系合成油について説明する。
【0016】
エステル系合成油を構成するアルコールとしては1価アルコールでも多価アルコールでもよく、また、エステル系合成油を構成する酸としては一塩基酸でも多塩基酸であってもよい。
【0017】
1価アルコールとしては、通常炭素数1〜24、好ましくは1〜12、より好ましくは1〜8のものが用いられ、このようなアルコールとしては直鎖のものでも分枝のものでもよく、また飽和のものであっても不飽和のものであってもよい。炭素数1〜24のアルコールとしては、具体的には例えば、メタノール、エタノール、直鎖状または分枝状のプロパノール、直鎖状または分枝状のブタノール、直鎖状または分枝状のペンタノール、直鎖状または分枝状のヘキサノール、直鎖状または分枝状のヘプタノール、直鎖状または分枝状のオクタノール、直鎖状または分枝状のノナノール、直鎖状または分枝状のデカノール、直鎖状または分枝状のウンデカノール、直鎖状または分枝状のドデカノール、直鎖状または分枝状のトリデカノール、直鎖状または分枝状のテトラデカノール、直鎖状または分枝状のペンタデカノール、直鎖状または分枝状のヘキサデカノール、直鎖状または分枝状のヘプタデカノール、直鎖状または分枝状のオクタデカノール、直鎖状または分枝状のノナデカノール、直鎖状または分枝状のイコサノール、直鎖状または分枝状のヘンイコサノール、直鎖状または分枝状のドコサノール、直鎖状または分枝状のトリコサノール、直鎖状または分枝状のテトラコサノールおよびこれらの混合物等が挙げられる。
【0018】
多価アルコールとしては、通常2〜10価、好ましくは2〜6価のものが用いられる。2〜10価の多価アルコールとしては、具体的には例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール(エチレングリコールの3〜15量体)、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール(プロピレングリコールの3〜15量体)、1,3−プロパンジオール、1,2−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、2−メチル−1,2−プロパンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、1,2−ペンタンジオール、1,3−ペンタンジオール、1,4−ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール、ネオペンチルグリコール等の2価アルコール;グリセリン、ポリグリセリン(グリセリンの2〜8量体、例えばジグリセリン、トリグリセリン、テトラグリセリン等)、トリメチロールアルカン(トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールブタン等)およびこれらの2〜8量体、ペンタエリスリトールおよびこれらの2〜4量体、1,2,4−ブタントリオール、1,3,5−ペンタントリオール、1,2,6−ヘキサントリオール、1,2,3,4−ブタンテトロール、ソルビトール、ソルビタン、ソルビトールグリセリン縮合物、アドニトール、アラビトール、キシリトール、マンニトール等の多価アルコール;キシロース、アラビノース、リボース、ラムノース、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース、ソルボース、セロビオース、マルトース、イソマルトース、トレハロース、スクロース等の糖類、およびこれらの混合物等が挙げられる。
【0019】
これらの多価アルコールの中でも、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール(エチレングリコールの3〜10量体)、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール(プロピレングリコールの3〜10量体)、1,3−プロパンジオール、2−メチル−1,2−プロパンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、ネオペンチルグリコール、グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン、トリメチロールアルカン(トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールブタン等)およびこれらの2〜4量体、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、1,2,4−ブタントリオール、1,3,5−ペンタントリオール、1,2,6−ヘキサントリオール、1,2,3,4−ブタンテトロール、ソルビトール、ソルビタン、ソルビトールグリセリン縮合物、アドニトール、アラビトール、キシリトール、マンニトール等の2〜6価の多価アルコールおよびこれらの混合物等が好ましい。さらにエチレングリコール、プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ソルビタン、およびこれらの混合物等がより好ましい。これらの中でも、より高い熱・酸化安定性が得られることから、ネオペンチルグリコール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、およびこれらの混合物等が最も好ましい。
【0020】
また、本発明において用いるエステルを構成する酸のうち、一塩基酸としては、通常炭素数2〜24の脂肪酸が用いられ、その脂肪酸は直鎖のものでも分枝のものでもよく、また飽和のものでも不飽和のものでもよい。具体的には、例えば、酢酸、プロピオン酸、直鎖状または分枝状のブタン酸、直鎖状または分枝状のペンタン酸、直鎖状または分枝状のヘキサン酸、直鎖状または分枝状のヘプタン酸、直鎖状または分枝状のオクタン酸、直鎖状または分枝状のノナン酸、直鎖状または分枝状のデカン酸、直鎖状または分枝状のウンデカン酸、直鎖状または分枝状のドデカン酸、直鎖状または分枝状のトリデカン酸、直鎖状または分枝状のテトラデカン酸、直鎖状または分枝状のペンタデカン酸、直鎖状または分枝状のヘキサデカン酸、直鎖状または分枝状のヘプタデカン酸、直鎖状または分枝状のオクタデカン酸、直鎖状または分枝状のヒドロキシオクタデカン酸、直鎖状または分枝状のノナデカン酸、直鎖状または分枝状のイコサン酸、直鎖状または分枝状のヘンイコサン酸、直鎖状または分枝状のドコサン酸、直鎖状または分枝状のトリコサン酸、直鎖状または分枝状のテトラコサン酸等の飽和脂肪酸、アクリル酸、直鎖状または分枝状のブテン酸、直鎖状または分枝状のペンテン酸、直鎖状または分枝状のヘキセン酸、直鎖状または分枝状のヘプテン酸、直鎖状または分枝状のオクテン酸、直鎖状または分枝状のノネン酸、直鎖状または分枝状のデセン酸、直鎖状または分枝状のウンデセン酸、直鎖状または分枝状のドデセン酸、直鎖状または分枝状のトリデセン酸、直鎖状または分枝状のテトラデセン酸、直鎖状または分枝状のペンタデセン酸、直鎖状または分枝状のヘキサデセン酸、直鎖状または分枝状のヘプタデセン酸、直鎖状または分枝状のオクタデセン酸、直鎖状または分枝状のヒドロキシオクタデセン酸、直鎖状または分枝状のノナデセン酸、直鎖状または分枝状のイコセン酸、直鎖状または分枝状のヘンイコセン酸、直鎖状または分枝状のドコセン酸、直鎖状または分枝状のトリコセン酸、直鎖状または分枝状のテトラコセン酸等の不飽和脂肪酸、およびこれらの混合物等が挙げられる。これらの中でも、潤滑性および取扱性がより高められる点から、特に炭素数3〜20の飽和脂肪酸、炭素数3〜22の不飽和脂肪酸およびこれらの混合物が好ましく、炭素数4〜18の飽和脂肪酸、炭素数4〜18の不飽和脂肪酸およびこれらの混合物がより好ましく、酸化安定性の点からは、炭素数4〜18の飽和脂肪酸が最も好ましい。
【0021】
多塩基酸としては炭素数2〜16の二塩基酸およびトリメリット酸等が挙げられる。炭素数2〜16の二塩基酸としては、直鎖のものでも分枝のものでもよく、また飽和のものでも不飽和のものでもよい。具体的には例えば、エタン二酸、プロパン二酸、直鎖状または分枝状のブタン二酸、直鎖状または分枝状のペンタン二酸、直鎖状または分枝状のヘキサン二酸、直鎖状または分枝状のヘプタン二酸、直鎖状または分枝状のオクタン二酸、直鎖状または分枝状のノナン二酸、直鎖状または分枝状のデカン二酸、直鎖状または分枝状のウンデカン二酸、直鎖状または分枝状のドデカン二酸、直鎖状または分枝状のトリデカン二酸、直鎖状または分枝状のテトラデカン二酸、直鎖状または分枝状のヘプタデカン二酸、直鎖状または分枝状のヘキサデカン二酸、直鎖状または分枝状のヘキセン二酸、直鎖状または分枝状のヘプテン二酸、直鎖状または分枝状のオクテン二酸、直鎖状または分枝状のノネン二酸、直鎖状または分枝状のデセン二酸、直鎖状または分枝状のウンデセン二酸、直鎖状または分枝状のドデセン二酸、直鎖状または分枝状のトリデセン二酸、直鎖状または分枝状のテトラデセン二酸、直鎖状または分枝状のヘプタデセン二酸、直鎖状または分枝状のヘキサデセン二酸およびこれらの混合物等が挙げられる。
【0022】
エステル系合成油を形成するアルコールと酸との組み合わせは任意であって特に制限されない。本発明で使用可能なエステルとしては、例えば下記のエステルを挙げることができ、これらのエステルは単独でもよく、また2種以上を組み合わせてもよい。
(a)一価アルコールと一塩基酸とのエステル
(b)多価アルコールと一塩基酸とのエステル
(c)一価アルコールと多塩基酸とのエステル
(d)多価アルコールと多塩基酸とのエステル
(e)一価アルコールおよび多価アルコールの混合物と、多塩基酸との混合エステル
(f)多価アルコールと、一塩基酸および多塩基酸の混合物との混合エステル
(g)一価アルコールおよび多価アルコールの混合物と、一塩基酸および多塩基酸の混合物との混合エステル
【0023】
これらの中でも、冷却性に優れていることから、(a)一価アルコールと一塩基酸とのエステル、(b)多価アルコールと一塩基酸とのエステル、または(c)一価アルコールと多塩基酸とのエステルであることが好ましく、さらに、一価アルコールと一塩基酸とのモノエステル、または、一価アルコールと二塩基酸とのジエステルがより好ましい。
【0024】
本発明において、アルコール成分として多価アルコールを用いた場合に得られるエステルは、多価アルコール中の水酸基全てがエステル化された完全エステルでもよいし、水酸基の一部がエステル化されず水酸基のまま残存する部分エステルでもよい。また、酸成分として多塩基酸を用いた場合に得られる有機酸エステルは、多塩基酸中のカルボキシル基全てがエステル化された完全エステルでもよいし、あるいはカルボキシル基の一部がエステル化されずカルボキシル基のままで残っている部分エステルであってもよい。
【0025】
本発明に用いられるエステル系合成油のヨウ素価は、好ましくは0〜5、より好ましくは0〜3、さらに好ましくは0〜2、最も好ましくは0〜1である。エステル系合成油のヨウ素価が前記の範囲内であると、得られる潤滑油の熱・酸化安定性が良好となる。なお、ここでいうヨウ素価とは、JIS K 0070「化学製品の酸価、ケン化価、エステル価、ヨウ素価、水酸基価および不ケン化価物の測定方法」の指示薬滴定法により測定した値をいう。
【0026】
本発明に用いられるエステル系合成油の動粘度については特に制限はないが、40℃における動粘度は、好ましくは50mm/s以下であり、より好ましくは30mm/s以下であり、さらに好ましくは20mm/s以下であり、特に好ましくは15m/s以下である。また、エステル系合成油の動粘度は、好ましくは1mm/s以上であり、より好ましくは3mm/s以上であり、さらに好ましくは5mm/s以上である。
【0027】
本発明に用いられるエステル系合成油の流動点および粘度指数には特に制限はないが、流動点は−10℃以下であることが好ましく、−20℃以下であることがより好ましい。粘度指数は100以上200以下であることが好ましい。
【0028】
本発明に用いられるエステル系合成油は上記したエステル化合物1種類のみから構成されるものであっても良いし、また2種以上の混合物から構成されるものであってもよい。
【0029】
また本発明の組成物の基油としては、エステル系合成油のみからなるもの(すなわちエステルの含有量が100質量%のもの)であってもよいが、40℃における動粘度15mm/s未満、粘度指数120以上、15℃における密度0.85g/cm以上の条件を満たす限りにおいては、必要に応じて他の基油を配合することができる。
【0030】
<その他の基油>
本発明の潤滑油組成物が含有することのできるエステル系合成油以外の基油としては、鉱油または合成油のいずれであってもよく、あるいはこれらの2種以上の混合物であってもよい。
【0031】
鉱油系基油として具体的には、原油を常圧蒸留して得られる常圧残油を減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、水素化精製等の処理を1つ以上行って精製したもの、あるいはワックス異性化鉱油、フィッシャートロプシュプロセス等により製造されるGTL WAX(ガストゥリキッドワックス)を異性化する手法で製造される潤滑油基油等が例示できる。特にノルマルパラフィンを含有する原料油を、尿素アダクト値が4質量%以下且つ粘度指数が100以上となるように、水素化分解/水素化異性化することにより得られる基油が好ましい。
【0032】
合成系基油としては、具体的には、ポリブテンまたはその水素化物;1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはその水素化物;マレイン酸ジブチル等のジカルボン酸類と炭素数2〜30のα−オレフィンとの共重合体;アルキルナフタレン、アルキルベンゼン、芳香族エステル等の芳香族系合成油またはこれらの混合物等が例示できる。特に、ポリブテンまたはその水素化物;1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはその水素化物を好ましく用いることができる。
【0033】
これらエステル系合成油以外の基油を併用する場合、エステル系基油の含有量は、基油全量基準で、10質量%以上であることが必要であり、30質量%以上であることが好ましく、40質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがさらに好ましく、70質量%以上であることが特に好ましく、90質量%以上であることが最も好ましい。エステル系合成油の含有量が小さすぎる場合には、十分な冷却性能が得られないおそれがある。
【0034】
<潤滑油基油>
本発明に用いられる潤滑油基油の40℃動粘度は、15mm/s未満であることが必要であり、好ましくは14mm/s以下、より好ましくは13mm/s以下、さらに好ましくは12mm/s以下である。一方、40℃動粘度は5mm/s以上であることが好ましく、6mm/s以上であることがより好ましく、8mm/s以上であることがさらに好ましい。40℃動粘度が大きすぎる場合には、低温粘度特性が悪化し、また十分な冷却性能が得られないおそれがある。また、逆に、小さすぎる場合は潤滑箇所での油膜形成が不十分であるため潤滑性に劣り、また潤滑油基油の蒸発損失が大きくなるおそれがある。
【0035】
本発明に用いられる潤滑油基油の100℃における動粘度は、特に制限はないが、好ましくは6.5mm/s以下、より好ましくは5.0mm/s以下、さらに好ましくは4.5mm/s以下、特に好ましくは4.0mm/s以下、最も好ましくは3.5mm/s以下である。また、本発明に用いられる潤滑油基油の100℃における動粘度は1mm/s以上であることが好ましく、1.5mm/s以上であることがより好ましく、2.0mm/s以上であることがさらに好ましい。潤滑油基油の100℃における動粘度が大きすぎる場合には、低温粘度特性が悪化し、また、十分な冷却性能が得られないおそれがある。逆に、潤滑油基油の100℃における動粘度が小さすぎる場合には、潤滑箇所での油膜形成が不十分となるため潤滑性に劣り、また潤滑油基油の蒸発損失が大きくなるおそれがある。
【0036】
本発明に用いられる潤滑油基油の粘度指数は、低温から高温まで優れた粘度特性が得られるよう、また低粘度であっても蒸発しにくくするためには、その値は120以上であることが必要であり、好ましくは130以上、より好ましくは140以上、さらに好ましくは150以上、特に好ましくは160以上である。粘度指数の上限については特に制限はない。
【0037】
具体的には、本発明に用いられる潤滑油基油の15℃における密度(ρ15)は、0.850以上であり、好ましくは0.860以上、より好ましくは0.870以上、さらに好ましくは0.880以上である。
【0038】
なお、本発明でいう15℃における密度とは、JIS K 2249−1995に準拠して15℃において測定された密度を意味する。
【0039】
本発明に用いられる潤滑油基油のヨウ素価は、好ましくは1以下であり、より好ましくは0.5以下、さらに好ましくは0.3以下、特に好ましくは0.15以下である。また、該ヨウ素価は0.01未満であってもよいが、それに見合うだけの効果が小さい点および経済性との関係から、好ましくは0.01以上、より好ましくは0.05以上である。潤滑油基油のヨウ素価を1以下とすることで、熱・酸化安定性が飛躍的に向上し、さらに冷却性能や絶縁性能を向上させることができる。
【0040】
また、本発明に用いられる潤滑油基油の流動点は、潤滑油基油の粘度グレードにもよるが、好ましくは−15℃以下、より好ましくは−20℃以下、さらに好ましくは−25℃以下、最も好ましくは−30℃以下である。流動点が大きすぎると、その潤滑油基油を用いた組成物全体の低温流動性が低下するおそれがある。なお、本発明でいう流動点とは、JIS K 2269−1987に準拠して測定された流動点を意味する。
【0041】
本発明に用いられる潤滑油基油の80℃における誘電率は、好ましく2.3以上であり、より好ましくは2.5以上であり、さらに好ましくは3.0以上である。また、潤滑油基油の誘電率は、好ましくは30以下であり、より好ましくは15以下であり、さらに好ましくは10以下である。80℃における誘電率が大きすぎる場合には、絶縁性能の低下をもたらすおそれがある。逆に、80℃における誘電率が小さすぎる場合には、冷却性能の低下を招くおそれがある。なお誘電率の測定は、JIS C 2101 23に準拠して行った。
【0042】
本発明に用いられる潤滑油基油の80℃における体積抵抗率は、好ましくは0.01×1012Ω・cm以上であり、より好ましくは0.02×1012Ω・cm以上、さらに好ましくは0.05×1012Ω・cm以上である。80℃における体積抵抗率が小さすぎる場合には、絶縁性の低下を招くおそれがある。なお体積抵抗率の測定はJIS C 2101 24に準拠して行った。
【0043】
<添加剤>
また、本発明の潤滑油組成物は、冷却性、低温流動性および絶縁性を損なわない限りにおいて、必要に応じて各種添加剤を含有することができる。かかる添加剤としては、特に制限されず、潤滑油の分野で従来使用される任意の添加剤を配合することができる。かかる添加剤としては、具体的には、金属系清浄剤、無灰分散剤、酸化防止剤、極圧剤、摩耗防止剤、摩擦調整剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、腐食防止剤、防錆剤、抗乳化剤、金属不活性化剤、消泡剤などが挙げられる。これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよく、また、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
本発明の潤滑油組成物には、金属系清浄剤として、スルホネート系清浄剤、サリチレート系清浄剤およびフェネート系清浄剤から選ばれる1種以上を配合することができる。これら金属系清浄剤としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属との正塩、塩基性塩、過塩基性塩のいずれをも配合することができる。
【0045】
本発明の潤滑油組成物には、無灰分散剤として、潤滑油に用いられる任意の無灰分散剤が使用でき、例えば、炭素数40〜400の直鎖若しくは分枝状のアルキル基またはアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するモノまたはビスコハク酸イミド、炭素数40〜400のアルキル基またはアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するベンジルアミン、あるいは炭素数40〜400のアルキル基またはアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するポリアミン、あるいはこれらのホウ素化合物、カルボン酸、リン酸等による変成品等が挙げられる。使用に際してはこれらの中から任意に選ばれる1種類あるいは2種類以上を配合することができる。
【0046】
酸化防止剤としては、フェノール系、アミン系等の無灰酸化防止剤、銅系、モリブデン系等の金属系酸化防止剤が挙げられる。
【0047】
摩擦調整剤としては、脂肪酸エステル系、脂肪族アミン系、脂肪酸アミド系等の無灰摩擦調整剤、モリブデンジチオカーバメート、モリブデンジチオホスフェート等の金属系摩擦調整剤等が挙げられる。
【0048】
本発明の潤滑油組成物に用いることができる極圧剤、摩耗防止剤としては、潤滑油に用いられる任意の極圧剤、摩耗防止剤が使用できる。例えば、硫黄系、リン系、硫黄−リン系の極圧剤等が使用でき、具体的には、亜リン酸エステル類、チオ亜リン酸エステル類、ジチオ亜リン酸エステル類、トリチオ亜リン酸エステル類、リン酸エステル類、チオリン酸エステル類、ジチオリン酸エステル類、トリチオリン酸エステル類、これらのアミン塩、これらの金属塩、これらの誘導体、ジチオカーバメート、亜鉛ジチオカーバメート、モリブデンジチオカーバメート、ジサルファイド類、ポリサルファイド類、硫化オレフィン類、硫化油脂類等が挙げられる。
【0049】
粘度指数向上剤としては、ポリメタクリレート系粘度指数向上剤、オレフィン共重合体系粘度指数向上剤、スチレン−ジエン共重合体系粘度指数向上剤、スチレン−無水マレイン酸エステル共重合体系粘度指数向上剤またはポリアルキルスチレン系粘度指数向上剤等が挙げられる。これら粘度指数向上剤の重量平均分子量は、通常800〜1,000,000、好ましくは100,000〜900,000である。
【0050】
流動点降下剤としては、例えば、使用する潤滑油基油に適合するポリメタクリレート系のポリマー等が使用できる。
【0051】
腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、トリルトリアゾール系、チアジアゾール系、またはイミダゾール系化合物等が挙げられる。
【0052】
防錆剤としては、例えば、石油スルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、アルケニルコハク酸エステル、または多価アルコールエステル等が挙げられる。
【0053】
抗乳化剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、またはポリオキシエチレンアルキルナフチルエーテル等のポリアルキレングリコール系非イオン系界面活性剤等が挙げられる。
【0054】
金属不活性化剤としては、例えば、イミダゾリン、ピリミジン誘導体、アルキルチアジアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、ベンゾトリアゾールまたはその誘導体、1,3,4−チアジアゾールポリスルフィド、1,3,4−チアジアゾリル−2,5−ビスジアルキルジチオカーバメート、2−(アルキルジチオ)ベンゾイミダゾール、またはβ−(o−カルボキシベンジルチオ)プロピオンニトリル等が挙げられる。
【0055】
消泡剤としては、例えば、25℃における動粘度が0.1〜100mm/s未満のシリコーンオイル、アルケニルコハク酸誘導体、ポリヒドロキシ脂肪族アルコールと長鎖脂肪酸のエステル、メチルサリチレートまたはo−ヒドロキシベンジルアルコール等が挙げられる。
【0056】
これらの添加剤を本発明の潤滑油組成物に含有させる場合には、その含有量は組成物全量基準で、1〜20質量%である。
【0057】
<潤滑油組成物>
なお、本発明の潤滑油組成物の40℃における動粘度に特に制限はないが、上限値として、好ましくは30mm/s以下、より好ましくは25mm/s以下、さらに好ましくは20mm/s以下、特に好ましくは15mm/s以下である。また、下限値として好ましくは5mm/s以上、より好ましくは8mm/s以上、特に好ましくは10mm/s以上である。40℃における動粘度が小さすぎる場合には、潤滑部位の油膜保持性および蒸発性に問題を生ずるおそれがあり、40℃における動粘度が大きすぎる場合には冷却性の不足をもたらすおそれがある。
【0058】
なお、本発明の潤滑油組成物の100℃における動粘度に特に制限はないが、上限値として、好ましくは7.0mm/s以下、より好ましくは6.0mm/s以下、さらに好ましくは5mm/s以下、特に好ましくは4.0mm/s以下である。また、下限値として、好ましくは1.5mm/s以上、より好ましくは2.0mm/s以上、特に好ましくは2.5mm/s以上である。100℃における動粘度が小さすぎる場合には潤滑部位の油膜保持性および蒸発性に問題を生ずる虞があり、100℃における動粘度が大きすぎる場合には冷却性の不足をもたらす虞がある。
【0059】
なお、本発明の潤滑油組成物の熱伝達係数の下限値は780W/m・℃以上であるが、より好ましくは785W/m・℃以上、さらに好ましくは790W/m・℃以上、特に好ましくは795W/m・℃以上である。上限値に特に制限はないが、好ましくは1100W/m・℃以下、より好ましくは1000W/m・℃以下、特に好ましくは900W/m・℃以下である。熱伝達係数が小さすぎる場合には変速機用潤滑油組成物として冷却性が不十分となり、熱伝達係数が大きすぎる場合には潤滑部位の油膜保持性および潤滑性に問題を生ずるおそれがある。
【実施例】
【0060】
以下、本発明の内容を実施例および比較例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0061】
(実施例1〜3、比較例1〜4)
表1に示すように、本発明の潤滑油組成物(実施例1〜3)、比較用の潤滑油組成物(比較例1〜3)をそれぞれ調製した。得られた組成物について、熱伝達係数を測定し、その結果を同じく表1に併記した。添加剤は摩耗防止剤、摩擦調整剤、酸化防止剤等を含有する変速機油用添加剤パッケージを一律3質量%添加した。なお、比較例4では、市販のATF(新日本石油社製)を用いた。
【0062】
表1に示した基油の内容は下記のとおりである。
エステル基油1:モノエステル(i−Cアルコールとオレイン酸とのエステル)
エステル基油2:ジエステル(i−CアルコールとCジカルボン酸とのエステル)
エステル基油3:ネオペンチルグリコールエステル(ネオペンチルグリコールとi‐Cカルボン酸とのエステル)
鉱油系基油1:水素化分解鉱油(40℃動粘度:9.3mm/s、粘度指数:111)
鉱油系基油2:溶剤精製鉱油(40℃動粘度:95.0mm/s、粘度指数:97)
鉱油系基油3:溶剤精製鉱油(40℃動粘度:480.9mm/s、粘度指数:97)
【0063】
(熱伝達係数の測定)
図1の装置を使用し、ヒーター熱量(250W)、冷却水流量(1000ml/min)および撹拌速度(300rpm)を一定とし、試料油温度が平衡に達したときの潤滑油と冷却水間の熱伝達係数を下式により求めた。
h=q/A(T−T
ここで、h:熱伝達係数、q:移動熱量、T:潤滑油温度、T:冷却水温度、A:熱交換面積、である。
【0064】
【表1】

【0065】
本発明の自動車用変速機油組成物(実施例1〜3)は、比較例の組成物に比べて、絶縁性および冷却性に優れたものであるため、電動自動車またはハイブリッド車等に搭載される変速機若しくは電動モーター用油、またはその兼用油、あるいは、変速機と電動モーターがパッケージ化された、すなわち変速機と電動モーターの潤滑システムが共有化された装置用油等として有用であることが分かった。
【0066】
以上、現時点において、最も、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う自動車用変速機油組成物もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】熱伝達係数の測定に使用する装置の概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エステル系合成油を、基油全量基準で10質量%〜100質量%含有し、40℃における動粘度15mm/s未満、粘度指数120以上、15℃における密度0.85g/cm以上である潤滑油基油を備えてなり、熱伝達係数が780W/m・℃以上である自動車用変速機油組成物。
【請求項2】
前記潤滑油基油の80℃における誘電率が2.3以上である、請求項1に記載の自動車用変速機油組成物。
【請求項3】
ハイブリッド車に用いられる、請求項1または2に記載の自動車用変速機油組成物。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−242547(P2009−242547A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90301(P2008−90301)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】