説明

自律機能型歯列矯正ワイヤー

【課題】 事前の形状付与が可能であり、かつ、形状記憶効果を有する歯列矯正ワイヤーを提供する。
【解決手段】 Ti−Ni系形状記憶合金を素材とした直径0.5mm以下の歯列矯正ワイヤーであって、操作から留置時は全ての領域がマルテンサイト領域、或いは操作時はマルテンサイト領域であり、留置時はその任意部を母相領域、或いは2つ以上の形状回復温度の異なる母相領域を有することにより張力が変化しており、操作・留置時に自律的な機能調整をすることで前記所要性能の一部或いは全てを保持する自律機能型歯列矯正ワイヤーとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯列の矯正治療器具として使用される形状記憶合金からなる歯列矯正ワイヤーに関する。
【背景技術】
【0002】
歯には持続的に弱い力が加わるとその方向に移動する性質があり、その性質を利用して、口腔内に歯列矯正ワイヤーと呼ばれている矯正装置を入れ、歯に一定の力を持続的にかけて人為的に動かし歯並びや噛み合わせを治療する歯列矯正が行われている。
【0003】
歯列矯正ワイヤーは、歯列や周囲の生体組織の診断状況に応じてそれぞれに適したワイヤーを用いることが必要であり、例えば、適度な剛性があることが望ましいケース,硬すぎず柔らかすぎず適度な柔軟性を有し、かつ、塑性変形せずに元の形状に戻る形状復元性を兼ね備えるバネ特性(弾性)を有することが望ましいケース、或いはその両方が求められるケース等が存在する。
【0004】
歯列矯正ワイヤーは、ステンレス線や、Ti−Ni合金線等が用いられる。ステンレス線は剛性が高く歯列移動力に優れ、また意図的な変形によるベンディングテクニック加工が可能であるが、塑性変形を受け易い。一方、Ti−Ni合金線は、マルテンサイト変態の逆変態に付随して顕著な形状記憶効果を示し(例えば、特許文献1参照。)、逆変態後の母相での強変形によって誘起される応力誘起マルテンサイト変態に伴い、良好な超弾性を示すので(例えば、特許文献2参照。)近年広く実用化されている。
【0005】
Ti−Ni合金をはじめとした形状記憶合金は、マルテンサイト変態の逆変態に付随して顕著な形状記憶効果を示し、マルテンサイト領域からの逆変態後の母相領域では、自発的な形状回復および良好なバネ特性(超弾性)を示すことが良く知られている。その超弾性は数多くの形状記憶合金の中でも特にTi−Ni合金およびTi−Ni−X合金(X=V,Cr,Co,Nb等)に顕著に現れる。
【0006】
Ti−Ni−X合金の形状記憶効果および超弾性は、例えば、Ti−Ni−V合金に関して開示され(例えば、特許文献3,4参照)、Ti−Ni−Nb合金に関しても開示されている(例えば、特許文献5参照。)。本発明に用いられているようなTi−Ni−Nb合金はTi−Ni合金に比べ応力の温度ヒステリシスを応力付加によって大きくすることができる特長を示すために、原子炉配管継ぎ手などに実用化されている。
【0007】
Ti−Ni超弾性合金の特徴は、合金の逆変態終了温度(Af温度)以上では、外部から変形を受けても、その外部拘束の解除と同時に元の形に復元し、その回復量は伸びひずみで約7%に達する(超弾性)ことである。即ち、合金のAf温度は生体温度(37℃近傍)以下としている。
【0008】
超弾性を示すステント材料も提案されている(例えば、特許文献6,7参照。)。すなわち、体内挿入時生体温度で非形状記憶であって、バルーンによる形状復元後超弾性を示すステントの提案である。実施例ではTi−Ni合金およびTi−Ni−X合金(X=Cr,V,Cu,Fe,Coなど)からなるステントを強変形することで回復温度を上昇させることを述べている。しかし、ひずみ付加はスロット加工ステントをカテーテルに収納することでの強変形のみであり、これは歯列矯正ワイヤー用途として充分な効果は得られない。更に、Ti−Ni合金,Ti−Ni−X合金を用いたステントであって熱処理によって部分的に材料の剛性を変化させることも開示されている(例えば、特許文献8参照。)。具体的には、熱処理変化によって比較的剛性の高い超弾性部と低剛性の塑性変形部分(明細書中、超弾性が破壊される部分)を交互に連鎖させるとしており、本発明の意図する主旨,手段とは異なる。
【0009】
また、自律機能性に優れた合金も提案されているが(例えば、特許文献9,10参照。)、合金素子およびステントの開示に留まっており歯列矯正ワイヤーとなる極細線の提案はされていない。
【0010】
従来の超弾性ワイヤーを用いた歯列矯正ワイヤーは、前記特長と同時に、口腔外操作時から常に超弾性状態であるためステンレス線に行うようなベンディングテクニックを用いる事はできない。また、口腔内で任意の形状に曲げながら留置を行うが、超弾性によるスプリングバックのため任意形状への操作性に欠けているという問題があった。
【0011】
【特許文献1】米国特許第3174851号明細書
【特許文献2】特開昭58−161753号公報
【特許文献3】特開昭63−171844号公報
【特許文献4】特開昭63−14834号公報
【特許文献5】米国特許第4770725号明細書
【特許文献6】特開昭61−106173号公報
【特許文献7】特開平11−99207号公報
【特許文献8】特表2003−505194号公報
【特許文献9】特開2006−328436号公報
【特許文献10】特開2006−325613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明の技術的課題は、事前の形状付与が可能であり、かつ、超弾性を有する歯列矯正ワイヤーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によれば、Ti−Ni系形状記憶合金を素材とした直径0.5mm以下の歯列矯正ワイヤーであって、操作から留置時は全ての領域がマルテンサイト領域、或いは操作時はマルテンサイト領域であり、留置時はその任意部を母相領域、或いは2つ以上の形状回復温度の異なる母相領域を有することにより張力が変化しており、操作・留置時に自律的な機能調整をすることで前記所要性能の一部或いは全てを保持する自律機能型歯列矯正ワイヤーが提供される。なお、本発明に用いるTi−Ni系形状記憶合金とは、たとえばTi−Ni合金、Ti−Ni−X合金(ここで、Xは、Fe,V,Cr,Co,Nb等の元素である)など、チタン(Ti)およびニッケル(Ni)を必須成分として含む形状記憶合金である。
【0014】
ここに、操作時の機能を全長の2/3以上(好ましくは4/5以上)をマルテンサイト領域とすることで、操作性に富み、ベンディングテクニック加工が可能な歯列矯正ワイヤーを提供することができる。また、留置時に任意の部位を母相領域とすることで、個別の歯列に応じた歯列矯正ワイヤーを提供することができる。更に、2つ以上の形状回復温度からなる母相領域とすることで、歯列矯正治療の過程で段階的に張力を変化させることが可能な歯列矯正ワイヤーを提供することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、操作性に富み、ベンディングテクニック加工が可能な歯列矯正ワイヤーを提供することができる。また、留置時に任意の部位を母相領域とすることで、個別の歯列に応じた歯列矯正ワイヤーを提供することができる。更に、2つ以上の形状回復温度からなる母相領域とすることで、歯列矯正治療の過程で段階的に張力を変化させることが可能な歯列矯正ワイヤーを提供することができる。
【0016】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0017】
(ア)まず、熱処理・予ひずみ効果について説明する。
Ti−Ni系形状記憶合金の降伏応力は温度に依存する。生体温度での超弾性においても、その形状回復温度が低いほど降伏応力は高く、歯列移動力も大きい。本例として、Ti−47.6at%Ni−6Nb合金を用い、下記表2に示す条件で歯列矯正ワイヤーを作製した。即ち、歯列矯正ワイヤーを400℃、その後両端部のみを約550℃の各熱処理を行い、その後インストロン引張試験機により所要のひずみを付加した。42℃加温後、歯列矯正ワイヤー機能を調べた結果、37℃での歯列移動力の変化が認められた。また、表1に示すTi−49.4at%Ni−6Nb合金及びTi−45at%Ni−10V合金についても歯列矯正ワイヤーを作成し、熱処理・予歪効果を確認した。
【0018】
【表1】


(イ)次に適用性について説明する。
歯列矯正ワイヤーの歯列模型上におけるベンディングテクニック加工操作性の検証を行った。本発明の37℃を越える形状回復温度を示す歯列矯正ワイヤーを、口腔内を模した37℃高温槽中で歯列模型上にて、ベンディングテクニック加工操作を行ったところ、マルテンサイト相に起因してスプリングバックが発生することなく加工操作を行う事ができた。その後、高温槽を42℃に加温後、本発明の歯列矯正ワイヤーは、所期の機能(一部マルテンサイト領域,一部母相領域,或いは全部母相領域または拡張力変化)を保持できた。
【0019】
この様に本発明によれば、これまで困難とされた材料設計により歯列および病変の状況に応じた歯列矯正特性を任意とすることが容易であり、新しい歯列矯正ワイヤーのデザイン化が可能である。なお、本発明に適用可能な合金は、形状記憶効果を示すTi−Ni系合金、Fe,Cr,V,Co,Nbなどの第3、第4元素を含むTi−Ni−X合金である。
【0020】
熱処理効果を用いる本発明に対しての好適合金は、時効によるR相出現が容易なTi−51at%Ni合金などのNi過剰側合金系である。また、予ひずみ効果を使う好適合金は、Ti−Ni−Nb合金またはTi−Ni−V合金であり、Nb量は添加効果が顕著な3at% 以上と言えるが、過度な添加は合金の加工性を悪くするため、好ましくは6〜9at%である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti−Ni系形状記憶合金からなる直径0.5mm以下に加工された歯列矯正ワイヤーであって、操作から留置時はマルテンサイト領域であることを特徴とする自律機能型歯列矯正ワイヤー。
【請求項2】
Ti−Ni系形状記憶合金からなる直径0.5mm以下に加工された歯列矯正ワイヤーであって、操作時はマルテンサイト領域であり、留置時はその任意部を母相領域としたことを特徴とする自律機能型歯列矯正ワイヤー。
【請求項3】
Ti−Ni系形状記憶合金からなる直径0.5mm以下に加工された歯列矯正ワイヤーであって、操作時はマルテンサイト領域であり、留置時には2つ以上の形状回復温度からなる母相領域としたことを特徴とする自律機能型歯列矯正ワイヤー。

【公開番号】特開2012−50670(P2012−50670A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−195460(P2010−195460)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【Fターム(参考)】