自殺遺伝子を発現するよう遺伝子改変された間葉系幹細胞の癌の治療のための使用
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞は、癌の周囲での抗癌剤のプロドラッグの抗癌剤への選択的変換を介する癌組織に対する良好かつ高度に選択的な抗癌作用を示す。間葉系幹細胞を含む癌の治療用医薬組成物;自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞およびプロドラッグを含む癌の治療用キット;および間葉系幹細胞およびプロドラッグを患者に連続的に投与することを含む癌患者の治療方法も本明細書に開示される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む、癌の治療のための医薬組成物およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
神経膠芽腫はその他の部位へのその転移のために最も困難な癌の一つであり、現在有効な治療法は存在していない。従来からの脳腫瘍の切除はほとんどの場合において安全に行うことが出来ず、抗癌薬による化学療法は、脳実質への薬剤の透過を阻害する血液脳関門 (BBB)により有効ではない。
【0003】
抗癌遺伝子を担持するよう操作されたウイルスを直接腫瘍細胞に導入することによる、神経膠芽腫の治療のための遺伝子療法も多数の小さい腫瘍が関与している場合は有効ではない。さらに、ウイルスを繰り返し注入することにより重篤な免疫拒絶が起こりうる。
【0004】
最近、神経幹細胞 (Aboody et al.、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、97、12846-12851 (2000); Brown et al.、Human Gene Therapy、14、1777-1785 (2003); Tang et al.、Human Gene Therapy、14、1247-1254、(2003)およびZhang et al.、NeuroImage、23、281-287 (2004))および間葉系幹細胞(Nakamura et al.、Gene Therapy、11、1155-1164 (2004) およびZhang et al.、NeuroImage、23、281-287 (2004))が、神経膠芽腫に対する指向性(tropism)を示したと報告され、それゆえ、かかる幹細胞を遺伝子キャリアとして利用する試みがなされてきた。
【0005】
例えば、大腸菌の自殺遺伝子であるシトシンデアミナーゼ (CD)を発現する神経幹細胞の使用により、神経膠芽腫の治療において良好な抗癌作用が示されたことが報告された(Aboody et al.、前掲および Brown et al.、前掲)。しかし、神経幹細胞を得るのは非常に困難である。というのは、それは中絶胎児の脳組織から単離し、培養しなければならないからである。したがって、癌遺伝子により不死化された細胞株が上記実験において用いられ、それは癌および免疫拒絶を誘導する可能性があった。
【0006】
インターロイキン-2 (IL-2)を発現する間葉系幹細胞(MSC)のラット神経膠腫モデルへの注射が抗腫瘍作用を増強し、腫瘍担持ラットを延命したということが報告された(Nakamura et al.、前掲)。しかし、上記方法は、免疫細胞が血液脳関門を透過するのが困難であり、多くの癌細胞は免疫系によって有意な影響を受けないことがしばしばあるという問題を有する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、非腫瘍細胞に悪影響を及ぼさず腫瘍細胞に特異的に標的化することができ、免疫毒性を有さず、したがって治療剤の反復投与が可能となるような新規な治療剤および方法の開発が望まれている。
【0008】
MSCは、中胚葉系細胞、例えば、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞および筋細胞へと分化することが出来る多分化能の骨髄間質細胞である。MSCは、腫瘍細胞に対するその指向性(tropism)により、神経膠芽腫に対する抗癌剤を担持するのに好適な未分化状態を維持しつつ容易に増殖させることができる。
【0009】
自殺遺伝子は、非毒性プロドラッグを対応する抗癌剤に変換することが出来る。例えば、CDは5-フルオロシトシン (5-FC)を細胞毒性の抗癌剤である5-フルオロウラシル (5-FU)に変換することが出来、分泌された5-FUは隣接細胞を殺し、これは「傍観者効果」と呼ばれている。
【0010】
5-FUの直接の投与は細胞毒性をもたらし、有害な副作用を導くが、自殺遺伝子と5-FCとの特定の様式での併用は、腫瘍細胞周囲に選択的に5-FUを生じさせることを可能にする (Bourbeau et al.、The Journal of Gene Medicine、6、1320-1332 (2004))。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、MSCを用いて安全かつ有効な抗癌剤の開発に取り組み; そして、脳腫瘍が、自殺遺伝子を発現するMSCを脳癌動物モデルの脳に移植し、次いで抗癌剤のプロドラッグを投与すると、有効に治療されうることを見いだした。
【0012】
発明の概要
したがって、癌組織に対する高い標的化効率、正常細胞に対する非毒性、および非免疫毒性を示し、組成物の反復投与を可能とする、癌の治療用組成物を提供することが本発明の目的である。
【0013】
該組成物および抗癌剤のプロドラッグを含む癌の治療用のキットを提供することが本発明のさらなる目的である。
【0014】
該組成物またはキットを用いることにより、対象における癌を治療する方法を提供することが本発明のさらなる目的である。
【0015】
本発明の一つの側面によると、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む癌の治療用医薬組成物が提供される。
【0016】
本発明のさらなる側面によると、自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞および抗癌剤のプロドラッグを含む癌の治療用のキットが提供される。
【0017】
本発明のさらなる側面によると、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を対象に投与した後、抗癌剤のプロドラッグを投与することを含む、癌の治療を必要とする対象における癌の治療方法が提供される。
【0018】
図面の簡単な説明
本発明の上記およびその他の目的および特徴は、以下の発明の説明と、添付の図面を組み合わせて明確となろう。図面はそれぞれ以下を示す:
【0019】
図1:ヒト骨髄から単離した間葉系幹細胞(MSC)の1、2、3、および7日間インビトロで培養した後の光学顕微鏡写真;
【0020】
図2: MSCの多分化能を示す写真(A: oil red-Oで染色した脂肪細胞; B:アルシアンブルーで染色した軟骨細胞; C: 骨細胞におけるアルカリホスファターゼ活性;および D: von Kossaで染色した骨細胞);
【0021】
図3:自殺遺伝子として大腸菌のシトシンデアミナーゼ (CD)遺伝子を含むレトロウイルスベクターの構築;
【0022】
図4Aから4C: 293T 細胞におけるCDの発現を示すグラフおよび写真(A: [3H] シトシンを[3H] ウラシルへと変換する発現したCDの活性; B: 5-FUのプロドラッグである5-FCの濃度に依存する、CDを発現する293T 細胞の細胞死; およびC: 1,000 μM 5-FCの存在下で培養した293Tおよび293T/CD 細胞の光学顕微鏡写真);
【0023】
図5Aおよび5B: 293T/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図5A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後の293Tおよび293T/CD 細胞の位相差顕微鏡写真、および、X-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真 (拡大率:各 x100);および図5B:5-FCの濃度とともに293Tおよび293T/CD 細胞におけるβ-ガラクトシダーゼ (β-gal) 活性を示すグラフ);
【0024】
図6Aおよび6B: 5-FCでの処理による、MSCおよびCD遺伝子を含むレトロウイルスベクターでトランスフェクトされたMSC (MSC/CD)の細胞死を示す写真およびグラフ(図6A: 光学顕微鏡写真;および図6B: MTT 分析結果のグラフ);
【0025】
図7Aから7C: MSC/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図7A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後のMSCおよびMSC/CD 細胞の位相差顕微鏡写真およびX-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真(拡大率:各 x100); 図7B:β-gal アッセイにおけるC6/LacZ 細胞の生存率を示すグラフ;および図7C:全ウェルの解剖顕微鏡およびデジタル顕微鏡写真);
【0026】
図8Aおよび8B: MSCおよびMSC/CD 細胞におけるプロドラッグ 5-FCの5-FUへの変換を示すHPLC 分析の結果(図8A: MSCおよびMSC/CD 細胞のHPLC クロマトグラム;および図8B:検出された5-FUの量を示すグラフ);
【0027】
図9: 5-FUの濃度と共にC6、U373および U87 神経膠腫細胞株の細胞死の率を示すグラフ;
【0028】
図10:神経膠腫に対するMSC の指向性(tropism)を示す結果(A:一方の半球に移植されたMSC/LacZの反対側の神経膠腫担持半球への遊走を示す模式図; B: MSC/LacZ の神経膠腫担持半球への遊走を示す脳組織切片の顕微鏡写真;および、 Cおよび D:神経膠腫の境界におけるMSC/lacZ 細胞の分布を示す、それぞれ100および200 拡大率の顕微鏡写真);
【0029】
図11:CDを発現するMSCの抗癌作用を示すMRI像;そして、
【0030】
図12: CDを発現するMSCの抗癌作用を示す、脳腫瘍ラットモデルからの脳切片のX-gal 染色の結果。
【0031】
発明の詳細な説明
本発明に用いられる自殺遺伝子は、非毒性の抗癌剤のプロドラッグを毒性の抗癌剤へと変換するプロドラッグ活性化酵素であればよい。例示的な自殺遺伝子としては、単純ヘルペス 1型 チミジンキナーゼ (HSV-TK)およびシトシンデアミナーゼ (CD)をコードする遺伝子が挙げられる。 HSV-TKは、非毒性のガンシクロビル (GCV)を毒性のリン酸化型代謝産物に変換し、CDは、非毒性の5-フルオロシトシン (5-FC) を毒性の5-フルオロウラシル (5-FU)に変換する。 CD遺伝子は 5-FU が強い傍観者効果を示すので遺伝子療法における使用のために好ましい。
【0032】
自殺遺伝子は、細胞を遺伝子に導入するいずれかの既知の方法にしたがって遺伝子を含むウイルスベクター、好ましくは、レトロウイルスベクターを用いることにより、間葉系幹細胞 (MSC)に導入するとよい。例えば、自殺遺伝子をレトロウイルスベクターに導入することによって間葉系幹細胞に導入して、発現ベクターを得、パッケージング細胞を発現ベクターでトランスフェクトし、トランスフェクトされた細胞を適当な培養条件下で培養し、培地をろ過してレトロウイルス溶液を得、MSCをレトロウイルス溶液でトランスフェクトすることが出来る。次いで、自殺遺伝子を連続的に発現するMSCを、レトロウイルスベクターに含まれる選択マーカーを用いることにより得ることが出来る。
【0033】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞は、自殺遺伝子を幹細胞に導入し、結果として得られる幹細胞を選択し、適当な条件下で増幅させるか;または幹細胞を十分に増殖させ、自殺遺伝子を増殖した幹細胞に導入し、その結果得られた幹細胞を回収することにより、インビトロで大量生産することができる。
【0034】
本発明において用いることが出来る幹細胞は、哺乳類 、例えばヒトの骨髄、末梢血または臍帯血から、好ましくはヒト骨髄から単離することが出来る。
【0035】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む本発明の組成物は、癌の治療に有用である。例示的な癌としては、脳癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、結腸直腸癌、および肺癌が挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
本発明の組成物は、医薬上許容される賦形剤、担体または希釈剤をさらに含んでいてもよい。好ましくは、本発明の組成物は、組織または器官へと注射するために好適な注射製剤に製剤するとよい。
【0037】
組成物はさらに滑沢剤、香味料、乳化剤、保存料等を含んでいてもよい。
【0038】
本発明の組成物は、当該技術分野において周知の常套方法、例えば Bjorklund and Stenevi (Brain Res.、177、555-560 (1979)および Lindvall et al. (Arch. Neurol.、46、615-31(1989)) に開示の臨床方法にしたがって患者の体に注射することができる。
【0039】
実際に投与すべき本発明の間葉系幹細胞の単位用量は、様々な関連する因子、例えば、治療すべき疾患、患者の症状の重篤度、選択された投与経路、および個々の患者の年齢、性別および体重を鑑みて決定すべきである。
【0040】
さらに、本発明はまた、自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞および抗癌剤のプロドラッグを含む、癌の治療のためのキットも提供する。
【0041】
本発明のキットにおいて、自殺遺伝子を含む発現ベクターおよび間葉系幹細胞は別々に提供してもよいし、自殺遺伝子を含む発現ベクターでトランスフェクトされたか、または自殺遺伝子を発現するウイルスで形質導入された間葉系幹細胞の形態で提供してもよい。発現ベクターは、好ましくは自殺遺伝子をウイルスベクター、好ましくは、レトロウイルスベクターに導入することによって調製する。
【0042】
本発明はまた、その範囲内に、癌に罹患している対象を治療する方法も含み、該方法は、治療上有効量の自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を対象に投与する工程、そして抗癌剤のプロドラッグを投与する工程を含む。
【0043】
免疫拒絶は間葉系幹細胞が、患者本人の骨髄または患者と同じHLA (ヒト白血球抗原)タイプを有する他人の骨髄から得られたものである場合、本発明の組成物を用いた遺伝子療法において最小化することができる。したがって、本発明の組成物は癌の再発を徹底的に防ぐために繰り返して投与することが出来る。さらに、遺伝子療法における間葉系幹細胞の使用は、間葉系幹細胞が癌遺伝子を用いずに容易に培養でき、そして患者への移植に十分に大量にて得ることが出来るという利点を有する。
【0044】
さらに、本発明の組成物は免疫監視機構から逃れた癌の治療にも適用できる。というのは、その効果は免疫応答の改善に依存しないからである。
【0045】
したがって、本発明の組成物は単独で、または、癌、特に難治性の癌の治療のためのその他の治療法と組み合わせて用いることが出来る。
【0046】
注射されると、本発明の組成物中の間葉系幹細胞は癌組織に対する指向性(tropism)を示す。したがって、正常細胞に対する有害な副作用は、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を癌組織に特異的に送達することにより、そして、癌組織の周囲のみで抗癌剤が生じるように自殺遺伝子によって活性化される抗癌剤のプロドラッグを投与することにより、最小化することができる。さらに自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞は周囲の癌細胞に対して傍観者効果を示し、ここで自殺遺伝子は直接導入されるのではないため、その抗癌作用を上昇させる。
【0047】
以下の実施例は本発明をさらに説明するためのものであり、その範囲を限定するものではない。
【0048】
さらに、特に断りのない限り、以下に示すパーセンテージは、固体混合物中の固体、液体中の液体、および液体中の固体についてそれぞれwt/wt、vol/volおよび wt/volベースであり、すべての反応は室温で行った。
【0049】
実施例 1:ヒト間葉系幹細胞(hMSC)の単離および培養
(工程 1)骨髄の抽出および間葉系幹細胞の単離
4 ml のHISTOPAQUE 1077 (Sigma、U.S.A.) および4 ml の骨髄バンク (Korean Marrow Donor Program、KMDP)から得た骨髄を滅菌した 15 ml 試験管に添加した。400 x g で30 分間の遠心分離の後、相間の0.5 mlのバフィーコートを収集し、10 mlの 滅菌したリン酸緩衝食塩水を含む試験管に移した。その結果得られた懸濁液を250 x gで10 分間遠心分離して上清を除き、10 mlのリン酸緩衝液をそれに添加して懸濁液を得、これを250 x g で10 分間遠心分離した。上記手順を2回繰り返し、10 % FBS (Gibco) を含むDMEM 培地 (Gibco、U.S.A.)をその結果得られた沈殿に添加した。1 x 107 細胞に対応するその結果得られた溶液の一部を100 mm ディッシュに入れ、5 % CO2 および 95 % 空気を供給しながら37 ℃で4 時間インキュベートした。上清を次いで除き、新しい培地を添加して培養を続けた。
【0050】
(工程 2) hMSCの培養および継代培養
工程 1で得たhMSCを、37 ℃に維持したCO2 インキュベーター中でMSC 培地 (10 % FBS (Gibco) + 10 ng/ml bFGF (Sigma) + 1 % ペニシリン/ストレプトマイシン (Gibco) + 89 % DMEM (Gibco))を用いてインキュベートした。連続的インキュベーションを行い、その間培地は2日間隔にて交換した。細胞が 80 % 集密に達すると、細胞を0.25 % トリプシン/0.1 mM EDTA (Gibco)を用いて収集し、培地で20倍に希釈し、次いで、新しいディッシュにて継代培養した。得られた細胞の残りは10 % DMSO (Sigma)を含む培地中で凍結して維持した。図1は、1、2、3、および7 日間インビトロで培養した後のヒト骨髄から単離した間葉系幹細胞の光学顕微鏡写真を示す。
【0051】
(工程 3) hMSCの多分化能(Multiple differentiation potential)
hMSCの、脂肪細胞、軟骨細胞および骨細胞へのインビトロでの分化能を以下のようにして調べた。
【0052】
(1) hMSCの脂肪生成(Adipogenic) 分化
hMSCをMSC 培地で培養し、次いで、脂肪生成分化誘導培地 (1 μM デキサメタゾン (Sigma)、0.5 mM メチルイソブチルキサンチン (Sigma)、10 μg/mlのインスリン (Gibco)、100 nM インドメタシン (Sigma)および10 % FBS (Gibco)を追加したDMEM 培地 (Gibco))中で48 時間培養した。その結果得られた混合物を次いで脂肪生成維持培地 (10 μg/mlのインスリンおよび10 % FBSを含むDMEM 培地)中で1 週間 インキュベートし、oil red Oで染色した。図2に示すように、oil red Oで染色された脂肪細胞が細胞内で明白である(図2、A)。この結果は、hMSCが脂肪細胞への分化に成功しうることを示唆する。
【0053】
(2) hMSCの軟骨形成(Chondrogenic) 分化
hMSCをMSC 培地で培養した。2 x 105の細胞をトリプシンを用いて収集し、遠心分離し、次いで、0.5 mlの無血清軟骨形成分化誘導培地 (0.5 mlの100 x ITS (0.5 mg/mlのウシインスリン、0.5 mg/mlのヒトトランスフェリン、0.5 μg/mlのセレン酸ナトリウム (Sigma)および10 ng/mlのTGF-β1 (Sigma)を含む50 mlの高グルコース DMEM (Gibco))中で3 週間再インキュベートし、その間培地は3 日毎に交換した。次いで細胞集団を4 % パラホルムアルデヒドで固定し、マイクロトームを用いて切片にし、次いでアルシアンブルーで染色した。図2に示すように、細胞外軟骨マトリックスが青に染色され、軟骨小腔における軟骨細胞の存在が観察された(図2、B)。これらの結果は、hMSCが軟骨細胞へと分化したことを示唆する。
【0054】
(3) hMSCの骨形成(Osteogenic) 分化
hMSCをMSC 培地でインキュベートし、次いで 0.5 mlの骨形成分化誘導培地 (10 mM β-グリセリンリン酸 (Sigma)、0.2 mM アスコルビン酸-2-リン酸(Sigma)、10 nM デキサメタゾン (Sigma)および10 % FBS (Gibco)を追加したDMEM)中で2 週間培養し、その間培地を3 日毎に交換した。次いで細胞を4 % パラホルムアルデヒドで固定し、アルカリホスファターゼとvon Kossa 法でそれぞれ染色した。図2に示すように、アルカリホスファターゼ活性の上昇とハイドロキシアパタイトの形態でのカルシウム無機質の細胞外蓄積により、hMSCが骨細胞へと分化したことが示唆される(図2、C およびD)。
【0055】
実施例 2:シトシンデアミナーゼを発現するレトロウイルスベクターの構築
(工程 1)シトシンデアミナーゼのクローニング
シトシンデアミナーゼ (CD)遺伝子を、テンプレートとして大腸菌 K12 MG1655 (ATCC 700926、Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology)のゲノムDNAを用いるPCR 反応によりクローニングした。PCR はオリゴヌクレオチドCD-F (5'-GAA TTC AGG CTA GCA ATG TCT CGA ATA ACG CTT TAC AAA C-3': 配列番号1) およびCD-R (5'-GGA TTC TCT AGC TGG CAG ACA GCC GC-3'; 配列番号2)を用いて、5 分間94℃; 27サイクルの 30 秒 94℃、40 秒60℃および1 分72℃; 7 分72℃の条件下で行った。PCR産物をpGEM-T Easy ベクタークローニングキット (Promega)を用いてクローニングし、CD遺伝子を含むベクター pGEM-T-CD を X-gal およびIPTGを用いるブルーホワイトコロニーセレクションにより単離した。配列番号 3 (5'-CAT ACG ATT TAG GTG ACA CTA TAG-3')および配列番号 4 (5'-ACC GGG AAA CAC CTA TTG TG-3')のオリゴヌクレオチドを用いるベクター pGEM-T-CDの配列分析により、CD遺伝子 (gi298594)を確証した。
【0056】
(工程 2)シトシンデアミナーゼを発現するレトロウイルスベクターの構築
CD cDNAを、EcoRI (Roche、Germany) およびNotI (Roche)を用いてベクター pGEM-T-CDから単離し、ベクター pcDNA3.1 (Clontech、U.S.A.) のEcoRIおよびNotI部位にT4 DNA リガーゼ (Roche)を用いて挿入した。大腸菌 DH5αをその結果得られたベクターで形質転換し、その結果得られた形質転換体を培養し、50 μg/mlのアンピシリンを含むLB プレートで選抜して pcDNA3.1/CDを得た。CD cDNA を BamHI (Roche)によりpcDNA3.1/CDから単離し、レトロウイルスベクター pMSCV-puro (Clontech)のBglII (Roche)部位にT4 DNA リガーゼ (Roche)を用いて挿入した。pMSCV-puro/CDと称するその結果得られたコンストラクトを図3に示す。
【0057】
(工程 3)レトロウイルスの調製
pMSCV-puro/CD ベクターを、レトロウイルスパッケージング細胞株、PA317 (ATCC CRL-9078)またはPG13 (ATCC CRL-10686)にリン酸カルシウム共沈法 [Jordan、Nucleic Acid Research、24、569-601(1996)]によりトランスフェクトし、細胞を37℃、5 % CO2で培養した。48 時間後、培養液を収集し、0.45 μm ナイロン膜でろ過してレトロウイルス溶液を得た。レトロウイルス溶液は使用時まで-70℃で維持した。
【0058】
実施例 3: 293 T 細胞におけるCD 発現の確証
(工程 1)シトシンデアミナーゼ活性の定量
pMSCV-puro/CDをリン酸カルシウム共沈法にしたがって293T 細胞 (ATCC CRL-11268)にトランスフェクトした。トランスフェクションの48時間後、細胞をピューロマイシン (4 μg/ml、Sigma、U.S.A.)を含む選抜培地で2 週間1:10に分けた。培養した細胞をリン酸緩衝食塩水中に回収し、エタノール中のドライアイスで2 分間凍結し、37℃で5 分間解凍することを5回繰り返すことによって溶解した。上清を細胞可溶化液を12,000 rpmで 5 分間4℃で遠心分離することによって得、タンパク質濃度をBradford法 (Anal Biochem、72: 248-254、1976)により定量した。10 μl中10μgのタンパク質を5 μlの3 mM [6-3H]シトシン (0.14 mCi/mmol、Moravek、USA)と混合し、37℃で1時間インキュベートした。反応を 345 μlの1 M 酢酸の添加により終結させた。混合物を1 mlの1 M 酢酸ですすいだSCX Bond 溶出カラム (Varian、U.S.A)により溶出し、生じた[6-3H]ウラシルを液体シンチレーションカウンターで測定した。pMSCV-Puroで形質転換した293T 細胞をこの実験においてネガティブコントロールとして用いた。図4Aに示すように、293T 形質転換 pMSCV-puro/CDにおける実験群はネガティブコントロール群よりも4倍高かった。この結果は、pMSCV-puro/CDが機能的に発現していたことを示す。
【0059】
(工程 2) 293T 細胞におけるCD遺伝子の自殺作用
正常 293T 細胞および工程 1で調製したpMSCV-puro/CD で形質転換された293T/CD 細胞を2,000 細胞/ウェルの密度で10 % 胎児ウシ血清を含むDMEMを含む24-ウェルプレートに播いた。24 時間後、5-FCを様々な濃度で細胞に添加した (0-10 mM)。培地を5-FCを含む新しい培地と2 日毎に1 週間交換した。図4Cに示すように、位相差顕微鏡により判定して、293T/CDの生存率は1,000 μM 5-FCの存在下で低下した。生存率を、3-(4,5-ジメチル-チアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド (MTT) アッセイによりミトコンドリア NADPH 活性を測定することにより評価した。細胞を200 μl のPBS中25 mg/ml MTT (Sigma、U.S.A) 中で4 時間インキュベートした。溶液を200 μlの無水ジメチルスルホキシド (DMSO、Sigma)と交換した。室温で15 分間インキュベートした後、540 nmでの吸光度をELISA reader (Molecular Probe、U.S.A)で測定した。図4Bのデータは3連の独立した実験からの5-FCの非存在下で培養した細胞でのものに対して平均±S.E.として表す。293T/CDの細胞死は10 μMの5-FCから検出され、IC50は296 μMであった。一方、293T 細胞は1,000 μM の5-FCの存在下で細胞死を示さなかった。
【0060】
(工程 3) 293T/CD 細胞のインビトロ傍観者効果
6-ウェルプレートにおいて、3X103/ウェルの293T/CDおよび293T細胞をそれぞれ3X103 のC6/LacZ 神経膠腫細胞 (ATCC CRL2199)と共培養した。C6/LacZ 細胞は大腸菌 LacZ遺伝子でC6 神経膠腫細胞を形質転換することにより元は得られたものであり、293T/CD 細胞の傍観者効果を測定するために用いた。24 時間後、5-FCを示した濃度で細胞に添加した。培地を5-FCを含む新しい培地と2 日毎に1 週間交換した。培養をX-gal 染色 またはβ-ガラクトシダーゼ (β-gal) アッセイに供した。X-gal 染色のために、細胞を0.00625 % グルタルアルデヒド (Merck、U.S.A.)で10分間固定し、PBSで3回すすぎ、2 mM MgCl2、5 mM フェロシアン化カリウム/フェリシアン化カリウム、および1 mg/ml X-gal (Koma、Korea)中で8 時間インキュベートした。図5Aに示すように、親293T 細胞と共培養したC6/LacZ 細胞は数が増加し、X-galにより青く染色された。一方、293T/CDと共培養した場合は、C6/LacZ 細胞は293T/CDの傍観者効果により、1,000 μMの5-FCの存在下で死んだ。
【0061】
C6/LacZ 細胞の生存をさらにLacZ遺伝子産物であるβ-ガラクトシダーゼの残存酵素活性を測定するβ-gal アッセイにより確認した。細胞を収集し、1X 受動的溶解バッファー (Promega、U.S.A.)中で溶解させた。細胞可溶化液の10 μgのタンパク質を、300μlの0.88 mg/ml ONPG (Sigma)、1 mM MgCl2 および 0.1M リン酸緩衝液 (pH 7.4)中で37℃で約 30分間インキュベートした。反応を500μlの1 M Na2CO3の添加により終結させ、混合物の吸光度を420 nmで測定した。図5Bは、非処理細胞と比較しての相対比を示す。図5Aに示す結果と一致して、293Tと共培養されたC6/LacZは、β-gal アッセイにおいて5-FCによって変化しなかった。一方、C6/LacZ 細胞のβ-ガラクトシダーゼ活性は、100-1,000 μM 5-FC の存在下での293T/CDとの共培養により低下した。データは、293T/CDとの共培養が、5-FCの存在下での傍観者効果により、隣接するC6/LacZ 細胞の細胞死を誘導することを示す。
【0062】
実施例 4: シトシンデアミナーゼを発現するhMSCの調製
(工程 1) CD遺伝子のhMSCへの導入
CDを発現するレトロウイルスをCD遺伝子のMSCへの送達に用いた。実施例 1の工程 1で得たMSCを、増殖培地(10 % FBS、100 ユニット/ml ペニシリンおよび100 μg/ml ストレプトマイシンを含むDMEM)で 37℃および 5 % CO2 で 70 % 集密となるまで培養した。実施例 2において調製したCDを発現するレトロウイルスを培養に添加し、増殖培地中1:1に希釈し、8 μg/ml ポリブレン (Sigma) の存在下で8 時間、新しい増殖培地で16 時間培養した。レトロウイルス導入をさらに2回繰り返した後、細胞を4 μg/ml ピューロマイシン (Sigma)を含む増殖培地に1:3に分割して14 日間培養した。生存細胞をプールし、さらなる実験に用いた。
【0063】
(工程 2) MSC/CD 細胞におけるCD遺伝子の自殺作用
MSC/CDまたはMSC 細胞を増殖培地中5,000 細胞/ウェルの密度で6-ウェルプレートに播き、1日後5-FCに曝した。培地は2 日毎に2 週間、0-10 mM 5-FCを含む新しい増殖培地と交換した。図6Aに示すように、MSC/CD 細胞は1,000 μM5-FCでの2 週間の処理の後、ほとんど死滅した。生存率を293T/CD 細胞を用いて上記のようにMTT アッセイを用いてミトコンドリア NADPH 活性を測定することにより評価した。データは3連の独立した実験からの非処理細胞と比較しての平均± S.E として示す(図6B)。MSC/CDの細胞死は100 μMの5-FC から検出され、IC50 = 332 μMであった。一方、MSCは1,000 μMの 5-FCまで細胞死を示さなかった。
【0064】
(工程 3) CD遺伝子を発現するMSCのインビトロ傍観者効果
6-ウェルプレートにおいて、1X104/ウェルのMSC/CDおよびMSC 細胞をそれぞれ増殖培地中で3X103 のC6/LacZ 神経膠腫細胞と共培養した。24 時間後、5-FC を細胞に終濃度 1-1,000 μMとなるよう添加し、培地を2日毎に1 週間交換した。残っている細胞を293T/CD 細胞について記載したようにX-gal 染色 (図7Aおよび7C)またはβ-ガラクトシダーゼアッセイ (図7B)に供した。1000 μM の5-FCの存在下で、MSC/CD 細胞はC6/LacZの細胞死を誘導したが、MSCはC6/LacZ 細胞の低下した増殖を変化させなかった(図7Aおよび7C)。それゆえ、C6/LacZ 細胞のコロニー形成頻度はMSC/CDとの共培養により用量依存的に低下した (図7C)。データはMSC/CD 細胞が 5-FCの存在下でC6/LacZ 細胞に対する傍観者効果を発揮することを示す。
【0065】
C6/LacZ 細胞の生存をさらにβ-gal アッセイによって確証し、このアッセイにより生存細胞を間接的に定量した。アッセイは293T/CD 細胞について記載したのと同様に10 μgのタンパク質の細胞可溶化液を用いて行った。420 nmでの吸光度を非処理細胞と比較しての相対比として示した。図7Bに示すように、β-ガラクトシダーゼ活性は細胞がMSC/CD 細胞と共培養された場合は濃度依存的にC6/LacZ 細胞において劇的に低下した。一方、β-ガラクトシダーゼ活性は正常 MSCと共培養されたC6/LacZ 細胞においては変化しなかった。この場合も、MSC/CD 細胞は5-FCの存在下でC6/LacZ 細胞に対する傍観者効果を発揮する。
【0066】
(工程 4) MSC/CDによる5-FCから5-FUへの変換の確証
MSCおよびMSC/CD 細胞を1X104 細胞/ウェルの密度で12-ウェルプレートに播き、1,000 μM 5-FCの存在下で3 日間インキュベートした。50 μlの培地を0.3 μgの5-ブロモウラシル (5-BU、Aldrich、U.S.A.)を含む500 μlの酢酸エチル:イソプロパノール:0.5mol/L 酢酸 (84:15:1(v/v/v))により抽出した。有機画分を減圧エバポレーターで 4℃で90 分間乾燥させた後、ペレットを 500 μlのH2O:メタノール (4:1) 混合物中に再構成した。HPLCは Xterra TM RP18 5 μm C-18 カラム(4.6x150 mm、Waters、U.S.A)を用いて行った。溶出は40 mM KH2PO4であり10 % KOHによりpH 7.0に調整された定組成移動相により流速0.6 ml/分で定組成で行った。5-FCおよび5-FUは3.1分および3.9分にて溶出した。内部標準である5-BUは10.2分にて溶出した(図8A)。図8Bに示すように、MSC/CDは1,000 μM 5-FCを2.67 μM 5-FUに変換したのに対し、MSCはまったく5-FUを生成することができなかった。結果は、5-FCから5-FUへの変換がCD遺伝子に特異的であることを示した。
【0067】
実施例 5:様々な神経膠腫細胞株に対するMSC/CDによって生産される5-FUの細胞毒性作用の確証
MSC/CDによって生産される5-FUが、様々な神経膠腫細胞における細胞死の誘導に十分であるかを確かめるために、C6 (KCLB No. 10107)、U373 (KCLB No. 30017)、U87 (KCLB No. 30014)細胞を新たにKCLB (Korean cell line bank)から得て、増殖培地中それぞれ、100 細胞/ウェル、100 細胞/ウェル、および500 細胞/ウェルの密度で、96-ウェルプレートに播いた。24 時間後、5-FUを細胞に0.01-100 μMにて添加した。1 週間後、細胞生存率 を上記のようにMTT アッセイで評価した。図9に示すように、5-FUはすべての神経膠腫細胞株において細胞死を誘導し、C6、U373およびU87についてそれぞれIC50 が0.93、5.34、および 5.65 μMであり、10 μMにてプラトーに達した。データは、MSC/CDによる5-FCからの変換産物としての5-FU の濃度が様々な神経膠腫細胞において細胞死を誘導するのに十分であることを示す。
【0068】
実施例 6: MSCの脳腫瘍へのインビボ指向性(tropism)
(工程 1) 移植
脳腫瘍を約 250 gの体重の成体雄性スプラーグドーリーアルビノラット(Samtaco、Korea)の脳へのC6/LacZ 細胞の移植によって誘導した。簡単に説明すると、ラットを400 mg/kg抱水クロラール (Sigma)の腹腔内注射により麻酔した。切開領域を除毛した後、動物を定位固定枠 (Koepfer、Germany)に固定した。頭頂を70 % エタノールで滅菌し、1 cm 切開を作った。ブレグマ -0.5、ML + 3.0およびDV + 4.0の位置にて硬膜を穿孔することによって穴を開け、3 μl PBS 中の5 x 105 U373 細胞を0.2 μl/分の速度でハミルトンシリンジを用いて注射した。手術の後、切開を縫合し、動物をケージに戻した。4日後、2 x 105 細胞の MSC/LacZ 細胞をブレグマ -0.5、ML - 3.0および DV + 4.0の位置にて反対側に移植し、5 μlのPBSに含有させて接種した。注射の20分後、シリンジを除いた。切開を縫合した。ラットの脳を神経膠腫の移植の2 週間後に抽出した。
【0069】
(工程 2)組織切片の調製
2回目の移植の2週間後、ラットを400 mg/kgの抱水クロラール (Sigma)の注射により麻酔した。ラットをPBS 次いでPBS (pH 7.4)中の0.1 M パラホルムアルデヒドで灌流した。脳を抽出し、PBS (pH 7.4)中0.1 M パラホルムアルデヒド中で4 ℃ で固定後16 時間、次いで30 % スクロース中で24 時間維持した。切片を厚さ35 μmのスライディングマイクロトームを用いて作成し、シランで被覆したスライド(Muto Purew Chemicals、Japan)にマウントし、使用時までPBS中4 ℃で保存した。
【0070】
(工程 3) X-gal 染色
スライドにマウントした脳切片をPBSで10 分間3回すすぎ、2 mM MgCl2、5 mM フェロシアン化カリウム/フェリシアン化カリウム、および1 mg/ml X-gal (Koma)中で8 時間インキュベートした。コントラストを増強させるために、切片をエオシンで対比染色し、脱水し、バルサムで被覆した。図10Bに示すように、X-gal+ blue MSC/LacZ 細胞は一方の半球から神経膠腫細胞が最初に移植された他方の半球に遊走した。いくらかの細胞がMSC/LacZ 細胞が移植された針の刺入経路(needle track)に残っていたことは注目に値する。顕微鏡観察でのより高い拡大率において、MSC/LacZ 細胞は腫瘤 (図10C)にも腫瘍の縁にも浸潤していた(図10D)。データは、MSCは腫瘍部位への高い遊走能力を有しており、自殺遺伝子の脳腫瘍への送達の媒体として用いることが出来ることを示す。
【0071】
実施例 7:脳腫瘍動物モデルにおけるMSC/CDの抗腫瘍作用
【0072】
(工程 1) 移植
実施例 6の工程 1に記載のように、成体スプラーグドーリーアルビノラット(約 250 g)を麻酔した。ブレグマ -0.5、ML + 3.0およびDV + 4.0の位置にて、5 x 104 C6/LacZ 細胞を、5 μl PBS中各5 x 105 のMSC/CD またはMSCとともに0.5 μl/分の速度でハミルトンシリンジを用いて移植した。翌日からラットの腹腔内に500 mg/kg/日の5-FCを14 日間投与した。
【0073】
(工程 2) MRIによる抗腫瘍作用の測定
脳内腫瘍体積を評価するために、磁気共鳴画像法 (MRI)を細胞の移植の2 週間後に行った。動物を400 μl 抱水クロラールの腹腔内注射により麻酔し、ラット研究のために特別に作られた表面コイルに載せた。MRIスキャンを、3.0 Tesla MRI システム(Magnum 3.0; Medinus Inc.、Korea)およびバードケージ RFコイル (直径 _30 cm)を用いて行った。反復時間 (TR)およびエコー時間 (TE)はそれぞれ1400 ms および60 msであった。スライスの厚さは1.5 mmであり、スライスギャップは無しとした。MRI 分析はMSC/CDの移植は、PBS または未処理MSCを有する動物と比較して腫瘍体積を低下させることを示した。
【0074】
(工程 3) MRIと組織学的方法との相関の確証
MSC/CDによる脳腫瘍の減少をさらに確認するためにMRIに用いたのと同じ動物の脳を上記と同様の抽出に用い、ただし、切片の厚さは100 μmとして X-gal 染色に供した。腫瘍の大きさはPBS処理またはMSC処理動物と比較してMSC/CDを受け取った動物における方が小さかった (図12)。MRIおよびX-gal 染色により得られたデータは共に、脳腫瘍の大きさがMSC/CDの移植と5-FCの投与により減少することを示した。
【0075】
本発明を上記の特定の態様に関して記載してきたが、当業者であれば本発明に対し様々な改変および変更を施すことが出来、それらは添付の請求の範囲に規定する本発明の範囲に含まれると認識すべきである。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】ヒト骨髄から単離した間葉系幹細胞(MSC)の1、2、3、および7日間インビトロで培養した後の光学顕微鏡写真;
【図2】MSCの多分化能を示す写真(A: oil red-Oで染色した脂肪細胞; B:アルシアンブルーで染色した軟骨細胞; C: 骨細胞におけるアルカリホスファターゼ活性;および D: von Kossaで染色した骨細胞);
【図3】自殺遺伝子として大腸菌のシトシンデアミナーゼ (CD)遺伝子を含むレトロウイルスベクターの構築;
【図4】293T 細胞におけるCDの発現を示すグラフおよび写真(A: [3H] シトシンを[3H] ウラシルへと変換する発現したCDの活性; B: 5-FUのプロドラッグである5-FCの濃度に依存する、CDを発現する293T 細胞の細胞死; およびC: 1,000 μM 5-FCの存在下で培養した293Tおよび293T/CD 細胞の光学顕微鏡写真);
【図5】293T/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図5A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後の293Tおよび293T/CD 細胞の位相差顕微鏡写真、および、X-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真 (拡大率:各 x100);および図5B:5-FCの濃度とともに293Tおよび293T/CD 細胞におけるβ-ガラクトシダーゼ (β-gal) 活性を示すグラフ);
【図6】5-FCでの処理による、MSCおよびCD遺伝子を含むレトロウイルスベクターでトランスフェクトされたMSC (MSC/CD)の細胞死を示す写真およびグラフ(図6A: 光学顕微鏡写真;および図6B: MTT 分析結果のグラフ);
【図7】MSC/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図7A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後のMSCおよびMSC/CD 細胞の位相差顕微鏡写真およびX-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真(拡大率:各 x100); 図7B:β-gal アッセイにおけるC6/LacZ 細胞の生存率を示すグラフ;および図7C:全ウェルの解剖顕微鏡およびデジタル顕微鏡写真);
【図8】MSCおよびMSC/CD 細胞におけるプロドラッグ 5-FCの5-FUへの変換を示すHPLC 分析の結果(図8A: MSCおよびMSC/CD 細胞のHPLC クロマトグラム;および図8B:検出された5-FUの量を示すグラフ);
【図9】5-FUの濃度と共にC6、U373および U87 神経膠腫細胞株の細胞死の率を示すグラフ;
【図10】神経膠腫に対するMSC の指向性(tropism)を示す結果(A:一方の半球に移植されたMSC/LacZの反対側の神経膠腫担持半球への遊走を示す模式図; B: MSC/LacZ の神経膠腫担持半球への遊走を示す脳組織切片の顕微鏡写真;および、 Cおよび D:神経膠腫の境界におけるMSC/lacZ 細胞の分布を示す、それぞれ100および200 拡大率の顕微鏡写真);
【図11】CDを発現するMSCの抗癌作用を示すMRI像;そして、
【図12】CDを発現するMSCの抗癌作用を示す、脳腫瘍ラットモデルからの脳切片のX-gal 染色の結果。
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む、癌の治療のための医薬組成物およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
神経膠芽腫はその他の部位へのその転移のために最も困難な癌の一つであり、現在有効な治療法は存在していない。従来からの脳腫瘍の切除はほとんどの場合において安全に行うことが出来ず、抗癌薬による化学療法は、脳実質への薬剤の透過を阻害する血液脳関門 (BBB)により有効ではない。
【0003】
抗癌遺伝子を担持するよう操作されたウイルスを直接腫瘍細胞に導入することによる、神経膠芽腫の治療のための遺伝子療法も多数の小さい腫瘍が関与している場合は有効ではない。さらに、ウイルスを繰り返し注入することにより重篤な免疫拒絶が起こりうる。
【0004】
最近、神経幹細胞 (Aboody et al.、Proc. Natl. Acad. Sci. USA、97、12846-12851 (2000); Brown et al.、Human Gene Therapy、14、1777-1785 (2003); Tang et al.、Human Gene Therapy、14、1247-1254、(2003)およびZhang et al.、NeuroImage、23、281-287 (2004))および間葉系幹細胞(Nakamura et al.、Gene Therapy、11、1155-1164 (2004) およびZhang et al.、NeuroImage、23、281-287 (2004))が、神経膠芽腫に対する指向性(tropism)を示したと報告され、それゆえ、かかる幹細胞を遺伝子キャリアとして利用する試みがなされてきた。
【0005】
例えば、大腸菌の自殺遺伝子であるシトシンデアミナーゼ (CD)を発現する神経幹細胞の使用により、神経膠芽腫の治療において良好な抗癌作用が示されたことが報告された(Aboody et al.、前掲および Brown et al.、前掲)。しかし、神経幹細胞を得るのは非常に困難である。というのは、それは中絶胎児の脳組織から単離し、培養しなければならないからである。したがって、癌遺伝子により不死化された細胞株が上記実験において用いられ、それは癌および免疫拒絶を誘導する可能性があった。
【0006】
インターロイキン-2 (IL-2)を発現する間葉系幹細胞(MSC)のラット神経膠腫モデルへの注射が抗腫瘍作用を増強し、腫瘍担持ラットを延命したということが報告された(Nakamura et al.、前掲)。しかし、上記方法は、免疫細胞が血液脳関門を透過するのが困難であり、多くの癌細胞は免疫系によって有意な影響を受けないことがしばしばあるという問題を有する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、非腫瘍細胞に悪影響を及ぼさず腫瘍細胞に特異的に標的化することができ、免疫毒性を有さず、したがって治療剤の反復投与が可能となるような新規な治療剤および方法の開発が望まれている。
【0008】
MSCは、中胚葉系細胞、例えば、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞および筋細胞へと分化することが出来る多分化能の骨髄間質細胞である。MSCは、腫瘍細胞に対するその指向性(tropism)により、神経膠芽腫に対する抗癌剤を担持するのに好適な未分化状態を維持しつつ容易に増殖させることができる。
【0009】
自殺遺伝子は、非毒性プロドラッグを対応する抗癌剤に変換することが出来る。例えば、CDは5-フルオロシトシン (5-FC)を細胞毒性の抗癌剤である5-フルオロウラシル (5-FU)に変換することが出来、分泌された5-FUは隣接細胞を殺し、これは「傍観者効果」と呼ばれている。
【0010】
5-FUの直接の投与は細胞毒性をもたらし、有害な副作用を導くが、自殺遺伝子と5-FCとの特定の様式での併用は、腫瘍細胞周囲に選択的に5-FUを生じさせることを可能にする (Bourbeau et al.、The Journal of Gene Medicine、6、1320-1332 (2004))。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、MSCを用いて安全かつ有効な抗癌剤の開発に取り組み; そして、脳腫瘍が、自殺遺伝子を発現するMSCを脳癌動物モデルの脳に移植し、次いで抗癌剤のプロドラッグを投与すると、有効に治療されうることを見いだした。
【0012】
発明の概要
したがって、癌組織に対する高い標的化効率、正常細胞に対する非毒性、および非免疫毒性を示し、組成物の反復投与を可能とする、癌の治療用組成物を提供することが本発明の目的である。
【0013】
該組成物および抗癌剤のプロドラッグを含む癌の治療用のキットを提供することが本発明のさらなる目的である。
【0014】
該組成物またはキットを用いることにより、対象における癌を治療する方法を提供することが本発明のさらなる目的である。
【0015】
本発明の一つの側面によると、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む癌の治療用医薬組成物が提供される。
【0016】
本発明のさらなる側面によると、自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞および抗癌剤のプロドラッグを含む癌の治療用のキットが提供される。
【0017】
本発明のさらなる側面によると、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を対象に投与した後、抗癌剤のプロドラッグを投与することを含む、癌の治療を必要とする対象における癌の治療方法が提供される。
【0018】
図面の簡単な説明
本発明の上記およびその他の目的および特徴は、以下の発明の説明と、添付の図面を組み合わせて明確となろう。図面はそれぞれ以下を示す:
【0019】
図1:ヒト骨髄から単離した間葉系幹細胞(MSC)の1、2、3、および7日間インビトロで培養した後の光学顕微鏡写真;
【0020】
図2: MSCの多分化能を示す写真(A: oil red-Oで染色した脂肪細胞; B:アルシアンブルーで染色した軟骨細胞; C: 骨細胞におけるアルカリホスファターゼ活性;および D: von Kossaで染色した骨細胞);
【0021】
図3:自殺遺伝子として大腸菌のシトシンデアミナーゼ (CD)遺伝子を含むレトロウイルスベクターの構築;
【0022】
図4Aから4C: 293T 細胞におけるCDの発現を示すグラフおよび写真(A: [3H] シトシンを[3H] ウラシルへと変換する発現したCDの活性; B: 5-FUのプロドラッグである5-FCの濃度に依存する、CDを発現する293T 細胞の細胞死; およびC: 1,000 μM 5-FCの存在下で培養した293Tおよび293T/CD 細胞の光学顕微鏡写真);
【0023】
図5Aおよび5B: 293T/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図5A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後の293Tおよび293T/CD 細胞の位相差顕微鏡写真、および、X-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真 (拡大率:各 x100);および図5B:5-FCの濃度とともに293Tおよび293T/CD 細胞におけるβ-ガラクトシダーゼ (β-gal) 活性を示すグラフ);
【0024】
図6Aおよび6B: 5-FCでの処理による、MSCおよびCD遺伝子を含むレトロウイルスベクターでトランスフェクトされたMSC (MSC/CD)の細胞死を示す写真およびグラフ(図6A: 光学顕微鏡写真;および図6B: MTT 分析結果のグラフ);
【0025】
図7Aから7C: MSC/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図7A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後のMSCおよびMSC/CD 細胞の位相差顕微鏡写真およびX-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真(拡大率:各 x100); 図7B:β-gal アッセイにおけるC6/LacZ 細胞の生存率を示すグラフ;および図7C:全ウェルの解剖顕微鏡およびデジタル顕微鏡写真);
【0026】
図8Aおよび8B: MSCおよびMSC/CD 細胞におけるプロドラッグ 5-FCの5-FUへの変換を示すHPLC 分析の結果(図8A: MSCおよびMSC/CD 細胞のHPLC クロマトグラム;および図8B:検出された5-FUの量を示すグラフ);
【0027】
図9: 5-FUの濃度と共にC6、U373および U87 神経膠腫細胞株の細胞死の率を示すグラフ;
【0028】
図10:神経膠腫に対するMSC の指向性(tropism)を示す結果(A:一方の半球に移植されたMSC/LacZの反対側の神経膠腫担持半球への遊走を示す模式図; B: MSC/LacZ の神経膠腫担持半球への遊走を示す脳組織切片の顕微鏡写真;および、 Cおよび D:神経膠腫の境界におけるMSC/lacZ 細胞の分布を示す、それぞれ100および200 拡大率の顕微鏡写真);
【0029】
図11:CDを発現するMSCの抗癌作用を示すMRI像;そして、
【0030】
図12: CDを発現するMSCの抗癌作用を示す、脳腫瘍ラットモデルからの脳切片のX-gal 染色の結果。
【0031】
発明の詳細な説明
本発明に用いられる自殺遺伝子は、非毒性の抗癌剤のプロドラッグを毒性の抗癌剤へと変換するプロドラッグ活性化酵素であればよい。例示的な自殺遺伝子としては、単純ヘルペス 1型 チミジンキナーゼ (HSV-TK)およびシトシンデアミナーゼ (CD)をコードする遺伝子が挙げられる。 HSV-TKは、非毒性のガンシクロビル (GCV)を毒性のリン酸化型代謝産物に変換し、CDは、非毒性の5-フルオロシトシン (5-FC) を毒性の5-フルオロウラシル (5-FU)に変換する。 CD遺伝子は 5-FU が強い傍観者効果を示すので遺伝子療法における使用のために好ましい。
【0032】
自殺遺伝子は、細胞を遺伝子に導入するいずれかの既知の方法にしたがって遺伝子を含むウイルスベクター、好ましくは、レトロウイルスベクターを用いることにより、間葉系幹細胞 (MSC)に導入するとよい。例えば、自殺遺伝子をレトロウイルスベクターに導入することによって間葉系幹細胞に導入して、発現ベクターを得、パッケージング細胞を発現ベクターでトランスフェクトし、トランスフェクトされた細胞を適当な培養条件下で培養し、培地をろ過してレトロウイルス溶液を得、MSCをレトロウイルス溶液でトランスフェクトすることが出来る。次いで、自殺遺伝子を連続的に発現するMSCを、レトロウイルスベクターに含まれる選択マーカーを用いることにより得ることが出来る。
【0033】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞は、自殺遺伝子を幹細胞に導入し、結果として得られる幹細胞を選択し、適当な条件下で増幅させるか;または幹細胞を十分に増殖させ、自殺遺伝子を増殖した幹細胞に導入し、その結果得られた幹細胞を回収することにより、インビトロで大量生産することができる。
【0034】
本発明において用いることが出来る幹細胞は、哺乳類 、例えばヒトの骨髄、末梢血または臍帯血から、好ましくはヒト骨髄から単離することが出来る。
【0035】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む本発明の組成物は、癌の治療に有用である。例示的な癌としては、脳癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、結腸直腸癌、および肺癌が挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
本発明の組成物は、医薬上許容される賦形剤、担体または希釈剤をさらに含んでいてもよい。好ましくは、本発明の組成物は、組織または器官へと注射するために好適な注射製剤に製剤するとよい。
【0037】
組成物はさらに滑沢剤、香味料、乳化剤、保存料等を含んでいてもよい。
【0038】
本発明の組成物は、当該技術分野において周知の常套方法、例えば Bjorklund and Stenevi (Brain Res.、177、555-560 (1979)および Lindvall et al. (Arch. Neurol.、46、615-31(1989)) に開示の臨床方法にしたがって患者の体に注射することができる。
【0039】
実際に投与すべき本発明の間葉系幹細胞の単位用量は、様々な関連する因子、例えば、治療すべき疾患、患者の症状の重篤度、選択された投与経路、および個々の患者の年齢、性別および体重を鑑みて決定すべきである。
【0040】
さらに、本発明はまた、自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞および抗癌剤のプロドラッグを含む、癌の治療のためのキットも提供する。
【0041】
本発明のキットにおいて、自殺遺伝子を含む発現ベクターおよび間葉系幹細胞は別々に提供してもよいし、自殺遺伝子を含む発現ベクターでトランスフェクトされたか、または自殺遺伝子を発現するウイルスで形質導入された間葉系幹細胞の形態で提供してもよい。発現ベクターは、好ましくは自殺遺伝子をウイルスベクター、好ましくは、レトロウイルスベクターに導入することによって調製する。
【0042】
本発明はまた、その範囲内に、癌に罹患している対象を治療する方法も含み、該方法は、治療上有効量の自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を対象に投与する工程、そして抗癌剤のプロドラッグを投与する工程を含む。
【0043】
免疫拒絶は間葉系幹細胞が、患者本人の骨髄または患者と同じHLA (ヒト白血球抗原)タイプを有する他人の骨髄から得られたものである場合、本発明の組成物を用いた遺伝子療法において最小化することができる。したがって、本発明の組成物は癌の再発を徹底的に防ぐために繰り返して投与することが出来る。さらに、遺伝子療法における間葉系幹細胞の使用は、間葉系幹細胞が癌遺伝子を用いずに容易に培養でき、そして患者への移植に十分に大量にて得ることが出来るという利点を有する。
【0044】
さらに、本発明の組成物は免疫監視機構から逃れた癌の治療にも適用できる。というのは、その効果は免疫応答の改善に依存しないからである。
【0045】
したがって、本発明の組成物は単独で、または、癌、特に難治性の癌の治療のためのその他の治療法と組み合わせて用いることが出来る。
【0046】
注射されると、本発明の組成物中の間葉系幹細胞は癌組織に対する指向性(tropism)を示す。したがって、正常細胞に対する有害な副作用は、自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を癌組織に特異的に送達することにより、そして、癌組織の周囲のみで抗癌剤が生じるように自殺遺伝子によって活性化される抗癌剤のプロドラッグを投与することにより、最小化することができる。さらに自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞は周囲の癌細胞に対して傍観者効果を示し、ここで自殺遺伝子は直接導入されるのではないため、その抗癌作用を上昇させる。
【0047】
以下の実施例は本発明をさらに説明するためのものであり、その範囲を限定するものではない。
【0048】
さらに、特に断りのない限り、以下に示すパーセンテージは、固体混合物中の固体、液体中の液体、および液体中の固体についてそれぞれwt/wt、vol/volおよび wt/volベースであり、すべての反応は室温で行った。
【0049】
実施例 1:ヒト間葉系幹細胞(hMSC)の単離および培養
(工程 1)骨髄の抽出および間葉系幹細胞の単離
4 ml のHISTOPAQUE 1077 (Sigma、U.S.A.) および4 ml の骨髄バンク (Korean Marrow Donor Program、KMDP)から得た骨髄を滅菌した 15 ml 試験管に添加した。400 x g で30 分間の遠心分離の後、相間の0.5 mlのバフィーコートを収集し、10 mlの 滅菌したリン酸緩衝食塩水を含む試験管に移した。その結果得られた懸濁液を250 x gで10 分間遠心分離して上清を除き、10 mlのリン酸緩衝液をそれに添加して懸濁液を得、これを250 x g で10 分間遠心分離した。上記手順を2回繰り返し、10 % FBS (Gibco) を含むDMEM 培地 (Gibco、U.S.A.)をその結果得られた沈殿に添加した。1 x 107 細胞に対応するその結果得られた溶液の一部を100 mm ディッシュに入れ、5 % CO2 および 95 % 空気を供給しながら37 ℃で4 時間インキュベートした。上清を次いで除き、新しい培地を添加して培養を続けた。
【0050】
(工程 2) hMSCの培養および継代培養
工程 1で得たhMSCを、37 ℃に維持したCO2 インキュベーター中でMSC 培地 (10 % FBS (Gibco) + 10 ng/ml bFGF (Sigma) + 1 % ペニシリン/ストレプトマイシン (Gibco) + 89 % DMEM (Gibco))を用いてインキュベートした。連続的インキュベーションを行い、その間培地は2日間隔にて交換した。細胞が 80 % 集密に達すると、細胞を0.25 % トリプシン/0.1 mM EDTA (Gibco)を用いて収集し、培地で20倍に希釈し、次いで、新しいディッシュにて継代培養した。得られた細胞の残りは10 % DMSO (Sigma)を含む培地中で凍結して維持した。図1は、1、2、3、および7 日間インビトロで培養した後のヒト骨髄から単離した間葉系幹細胞の光学顕微鏡写真を示す。
【0051】
(工程 3) hMSCの多分化能(Multiple differentiation potential)
hMSCの、脂肪細胞、軟骨細胞および骨細胞へのインビトロでの分化能を以下のようにして調べた。
【0052】
(1) hMSCの脂肪生成(Adipogenic) 分化
hMSCをMSC 培地で培養し、次いで、脂肪生成分化誘導培地 (1 μM デキサメタゾン (Sigma)、0.5 mM メチルイソブチルキサンチン (Sigma)、10 μg/mlのインスリン (Gibco)、100 nM インドメタシン (Sigma)および10 % FBS (Gibco)を追加したDMEM 培地 (Gibco))中で48 時間培養した。その結果得られた混合物を次いで脂肪生成維持培地 (10 μg/mlのインスリンおよび10 % FBSを含むDMEM 培地)中で1 週間 インキュベートし、oil red Oで染色した。図2に示すように、oil red Oで染色された脂肪細胞が細胞内で明白である(図2、A)。この結果は、hMSCが脂肪細胞への分化に成功しうることを示唆する。
【0053】
(2) hMSCの軟骨形成(Chondrogenic) 分化
hMSCをMSC 培地で培養した。2 x 105の細胞をトリプシンを用いて収集し、遠心分離し、次いで、0.5 mlの無血清軟骨形成分化誘導培地 (0.5 mlの100 x ITS (0.5 mg/mlのウシインスリン、0.5 mg/mlのヒトトランスフェリン、0.5 μg/mlのセレン酸ナトリウム (Sigma)および10 ng/mlのTGF-β1 (Sigma)を含む50 mlの高グルコース DMEM (Gibco))中で3 週間再インキュベートし、その間培地は3 日毎に交換した。次いで細胞集団を4 % パラホルムアルデヒドで固定し、マイクロトームを用いて切片にし、次いでアルシアンブルーで染色した。図2に示すように、細胞外軟骨マトリックスが青に染色され、軟骨小腔における軟骨細胞の存在が観察された(図2、B)。これらの結果は、hMSCが軟骨細胞へと分化したことを示唆する。
【0054】
(3) hMSCの骨形成(Osteogenic) 分化
hMSCをMSC 培地でインキュベートし、次いで 0.5 mlの骨形成分化誘導培地 (10 mM β-グリセリンリン酸 (Sigma)、0.2 mM アスコルビン酸-2-リン酸(Sigma)、10 nM デキサメタゾン (Sigma)および10 % FBS (Gibco)を追加したDMEM)中で2 週間培養し、その間培地を3 日毎に交換した。次いで細胞を4 % パラホルムアルデヒドで固定し、アルカリホスファターゼとvon Kossa 法でそれぞれ染色した。図2に示すように、アルカリホスファターゼ活性の上昇とハイドロキシアパタイトの形態でのカルシウム無機質の細胞外蓄積により、hMSCが骨細胞へと分化したことが示唆される(図2、C およびD)。
【0055】
実施例 2:シトシンデアミナーゼを発現するレトロウイルスベクターの構築
(工程 1)シトシンデアミナーゼのクローニング
シトシンデアミナーゼ (CD)遺伝子を、テンプレートとして大腸菌 K12 MG1655 (ATCC 700926、Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology)のゲノムDNAを用いるPCR 反応によりクローニングした。PCR はオリゴヌクレオチドCD-F (5'-GAA TTC AGG CTA GCA ATG TCT CGA ATA ACG CTT TAC AAA C-3': 配列番号1) およびCD-R (5'-GGA TTC TCT AGC TGG CAG ACA GCC GC-3'; 配列番号2)を用いて、5 分間94℃; 27サイクルの 30 秒 94℃、40 秒60℃および1 分72℃; 7 分72℃の条件下で行った。PCR産物をpGEM-T Easy ベクタークローニングキット (Promega)を用いてクローニングし、CD遺伝子を含むベクター pGEM-T-CD を X-gal およびIPTGを用いるブルーホワイトコロニーセレクションにより単離した。配列番号 3 (5'-CAT ACG ATT TAG GTG ACA CTA TAG-3')および配列番号 4 (5'-ACC GGG AAA CAC CTA TTG TG-3')のオリゴヌクレオチドを用いるベクター pGEM-T-CDの配列分析により、CD遺伝子 (gi298594)を確証した。
【0056】
(工程 2)シトシンデアミナーゼを発現するレトロウイルスベクターの構築
CD cDNAを、EcoRI (Roche、Germany) およびNotI (Roche)を用いてベクター pGEM-T-CDから単離し、ベクター pcDNA3.1 (Clontech、U.S.A.) のEcoRIおよびNotI部位にT4 DNA リガーゼ (Roche)を用いて挿入した。大腸菌 DH5αをその結果得られたベクターで形質転換し、その結果得られた形質転換体を培養し、50 μg/mlのアンピシリンを含むLB プレートで選抜して pcDNA3.1/CDを得た。CD cDNA を BamHI (Roche)によりpcDNA3.1/CDから単離し、レトロウイルスベクター pMSCV-puro (Clontech)のBglII (Roche)部位にT4 DNA リガーゼ (Roche)を用いて挿入した。pMSCV-puro/CDと称するその結果得られたコンストラクトを図3に示す。
【0057】
(工程 3)レトロウイルスの調製
pMSCV-puro/CD ベクターを、レトロウイルスパッケージング細胞株、PA317 (ATCC CRL-9078)またはPG13 (ATCC CRL-10686)にリン酸カルシウム共沈法 [Jordan、Nucleic Acid Research、24、569-601(1996)]によりトランスフェクトし、細胞を37℃、5 % CO2で培養した。48 時間後、培養液を収集し、0.45 μm ナイロン膜でろ過してレトロウイルス溶液を得た。レトロウイルス溶液は使用時まで-70℃で維持した。
【0058】
実施例 3: 293 T 細胞におけるCD 発現の確証
(工程 1)シトシンデアミナーゼ活性の定量
pMSCV-puro/CDをリン酸カルシウム共沈法にしたがって293T 細胞 (ATCC CRL-11268)にトランスフェクトした。トランスフェクションの48時間後、細胞をピューロマイシン (4 μg/ml、Sigma、U.S.A.)を含む選抜培地で2 週間1:10に分けた。培養した細胞をリン酸緩衝食塩水中に回収し、エタノール中のドライアイスで2 分間凍結し、37℃で5 分間解凍することを5回繰り返すことによって溶解した。上清を細胞可溶化液を12,000 rpmで 5 分間4℃で遠心分離することによって得、タンパク質濃度をBradford法 (Anal Biochem、72: 248-254、1976)により定量した。10 μl中10μgのタンパク質を5 μlの3 mM [6-3H]シトシン (0.14 mCi/mmol、Moravek、USA)と混合し、37℃で1時間インキュベートした。反応を 345 μlの1 M 酢酸の添加により終結させた。混合物を1 mlの1 M 酢酸ですすいだSCX Bond 溶出カラム (Varian、U.S.A)により溶出し、生じた[6-3H]ウラシルを液体シンチレーションカウンターで測定した。pMSCV-Puroで形質転換した293T 細胞をこの実験においてネガティブコントロールとして用いた。図4Aに示すように、293T 形質転換 pMSCV-puro/CDにおける実験群はネガティブコントロール群よりも4倍高かった。この結果は、pMSCV-puro/CDが機能的に発現していたことを示す。
【0059】
(工程 2) 293T 細胞におけるCD遺伝子の自殺作用
正常 293T 細胞および工程 1で調製したpMSCV-puro/CD で形質転換された293T/CD 細胞を2,000 細胞/ウェルの密度で10 % 胎児ウシ血清を含むDMEMを含む24-ウェルプレートに播いた。24 時間後、5-FCを様々な濃度で細胞に添加した (0-10 mM)。培地を5-FCを含む新しい培地と2 日毎に1 週間交換した。図4Cに示すように、位相差顕微鏡により判定して、293T/CDの生存率は1,000 μM 5-FCの存在下で低下した。生存率を、3-(4,5-ジメチル-チアゾール-2-イル)-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド (MTT) アッセイによりミトコンドリア NADPH 活性を測定することにより評価した。細胞を200 μl のPBS中25 mg/ml MTT (Sigma、U.S.A) 中で4 時間インキュベートした。溶液を200 μlの無水ジメチルスルホキシド (DMSO、Sigma)と交換した。室温で15 分間インキュベートした後、540 nmでの吸光度をELISA reader (Molecular Probe、U.S.A)で測定した。図4Bのデータは3連の独立した実験からの5-FCの非存在下で培養した細胞でのものに対して平均±S.E.として表す。293T/CDの細胞死は10 μMの5-FCから検出され、IC50は296 μMであった。一方、293T 細胞は1,000 μM の5-FCの存在下で細胞死を示さなかった。
【0060】
(工程 3) 293T/CD 細胞のインビトロ傍観者効果
6-ウェルプレートにおいて、3X103/ウェルの293T/CDおよび293T細胞をそれぞれ3X103 のC6/LacZ 神経膠腫細胞 (ATCC CRL2199)と共培養した。C6/LacZ 細胞は大腸菌 LacZ遺伝子でC6 神経膠腫細胞を形質転換することにより元は得られたものであり、293T/CD 細胞の傍観者効果を測定するために用いた。24 時間後、5-FCを示した濃度で細胞に添加した。培地を5-FCを含む新しい培地と2 日毎に1 週間交換した。培養をX-gal 染色 またはβ-ガラクトシダーゼ (β-gal) アッセイに供した。X-gal 染色のために、細胞を0.00625 % グルタルアルデヒド (Merck、U.S.A.)で10分間固定し、PBSで3回すすぎ、2 mM MgCl2、5 mM フェロシアン化カリウム/フェリシアン化カリウム、および1 mg/ml X-gal (Koma、Korea)中で8 時間インキュベートした。図5Aに示すように、親293T 細胞と共培養したC6/LacZ 細胞は数が増加し、X-galにより青く染色された。一方、293T/CDと共培養した場合は、C6/LacZ 細胞は293T/CDの傍観者効果により、1,000 μMの5-FCの存在下で死んだ。
【0061】
C6/LacZ 細胞の生存をさらにLacZ遺伝子産物であるβ-ガラクトシダーゼの残存酵素活性を測定するβ-gal アッセイにより確認した。細胞を収集し、1X 受動的溶解バッファー (Promega、U.S.A.)中で溶解させた。細胞可溶化液の10 μgのタンパク質を、300μlの0.88 mg/ml ONPG (Sigma)、1 mM MgCl2 および 0.1M リン酸緩衝液 (pH 7.4)中で37℃で約 30分間インキュベートした。反応を500μlの1 M Na2CO3の添加により終結させ、混合物の吸光度を420 nmで測定した。図5Bは、非処理細胞と比較しての相対比を示す。図5Aに示す結果と一致して、293Tと共培養されたC6/LacZは、β-gal アッセイにおいて5-FCによって変化しなかった。一方、C6/LacZ 細胞のβ-ガラクトシダーゼ活性は、100-1,000 μM 5-FC の存在下での293T/CDとの共培養により低下した。データは、293T/CDとの共培養が、5-FCの存在下での傍観者効果により、隣接するC6/LacZ 細胞の細胞死を誘導することを示す。
【0062】
実施例 4: シトシンデアミナーゼを発現するhMSCの調製
(工程 1) CD遺伝子のhMSCへの導入
CDを発現するレトロウイルスをCD遺伝子のMSCへの送達に用いた。実施例 1の工程 1で得たMSCを、増殖培地(10 % FBS、100 ユニット/ml ペニシリンおよび100 μg/ml ストレプトマイシンを含むDMEM)で 37℃および 5 % CO2 で 70 % 集密となるまで培養した。実施例 2において調製したCDを発現するレトロウイルスを培養に添加し、増殖培地中1:1に希釈し、8 μg/ml ポリブレン (Sigma) の存在下で8 時間、新しい増殖培地で16 時間培養した。レトロウイルス導入をさらに2回繰り返した後、細胞を4 μg/ml ピューロマイシン (Sigma)を含む増殖培地に1:3に分割して14 日間培養した。生存細胞をプールし、さらなる実験に用いた。
【0063】
(工程 2) MSC/CD 細胞におけるCD遺伝子の自殺作用
MSC/CDまたはMSC 細胞を増殖培地中5,000 細胞/ウェルの密度で6-ウェルプレートに播き、1日後5-FCに曝した。培地は2 日毎に2 週間、0-10 mM 5-FCを含む新しい増殖培地と交換した。図6Aに示すように、MSC/CD 細胞は1,000 μM5-FCでの2 週間の処理の後、ほとんど死滅した。生存率を293T/CD 細胞を用いて上記のようにMTT アッセイを用いてミトコンドリア NADPH 活性を測定することにより評価した。データは3連の独立した実験からの非処理細胞と比較しての平均± S.E として示す(図6B)。MSC/CDの細胞死は100 μMの5-FC から検出され、IC50 = 332 μMであった。一方、MSCは1,000 μMの 5-FCまで細胞死を示さなかった。
【0064】
(工程 3) CD遺伝子を発現するMSCのインビトロ傍観者効果
6-ウェルプレートにおいて、1X104/ウェルのMSC/CDおよびMSC 細胞をそれぞれ増殖培地中で3X103 のC6/LacZ 神経膠腫細胞と共培養した。24 時間後、5-FC を細胞に終濃度 1-1,000 μMとなるよう添加し、培地を2日毎に1 週間交換した。残っている細胞を293T/CD 細胞について記載したようにX-gal 染色 (図7Aおよび7C)またはβ-ガラクトシダーゼアッセイ (図7B)に供した。1000 μM の5-FCの存在下で、MSC/CD 細胞はC6/LacZの細胞死を誘導したが、MSCはC6/LacZ 細胞の低下した増殖を変化させなかった(図7Aおよび7C)。それゆえ、C6/LacZ 細胞のコロニー形成頻度はMSC/CDとの共培養により用量依存的に低下した (図7C)。データはMSC/CD 細胞が 5-FCの存在下でC6/LacZ 細胞に対する傍観者効果を発揮することを示す。
【0065】
C6/LacZ 細胞の生存をさらにβ-gal アッセイによって確証し、このアッセイにより生存細胞を間接的に定量した。アッセイは293T/CD 細胞について記載したのと同様に10 μgのタンパク質の細胞可溶化液を用いて行った。420 nmでの吸光度を非処理細胞と比較しての相対比として示した。図7Bに示すように、β-ガラクトシダーゼ活性は細胞がMSC/CD 細胞と共培養された場合は濃度依存的にC6/LacZ 細胞において劇的に低下した。一方、β-ガラクトシダーゼ活性は正常 MSCと共培養されたC6/LacZ 細胞においては変化しなかった。この場合も、MSC/CD 細胞は5-FCの存在下でC6/LacZ 細胞に対する傍観者効果を発揮する。
【0066】
(工程 4) MSC/CDによる5-FCから5-FUへの変換の確証
MSCおよびMSC/CD 細胞を1X104 細胞/ウェルの密度で12-ウェルプレートに播き、1,000 μM 5-FCの存在下で3 日間インキュベートした。50 μlの培地を0.3 μgの5-ブロモウラシル (5-BU、Aldrich、U.S.A.)を含む500 μlの酢酸エチル:イソプロパノール:0.5mol/L 酢酸 (84:15:1(v/v/v))により抽出した。有機画分を減圧エバポレーターで 4℃で90 分間乾燥させた後、ペレットを 500 μlのH2O:メタノール (4:1) 混合物中に再構成した。HPLCは Xterra TM RP18 5 μm C-18 カラム(4.6x150 mm、Waters、U.S.A)を用いて行った。溶出は40 mM KH2PO4であり10 % KOHによりpH 7.0に調整された定組成移動相により流速0.6 ml/分で定組成で行った。5-FCおよび5-FUは3.1分および3.9分にて溶出した。内部標準である5-BUは10.2分にて溶出した(図8A)。図8Bに示すように、MSC/CDは1,000 μM 5-FCを2.67 μM 5-FUに変換したのに対し、MSCはまったく5-FUを生成することができなかった。結果は、5-FCから5-FUへの変換がCD遺伝子に特異的であることを示した。
【0067】
実施例 5:様々な神経膠腫細胞株に対するMSC/CDによって生産される5-FUの細胞毒性作用の確証
MSC/CDによって生産される5-FUが、様々な神経膠腫細胞における細胞死の誘導に十分であるかを確かめるために、C6 (KCLB No. 10107)、U373 (KCLB No. 30017)、U87 (KCLB No. 30014)細胞を新たにKCLB (Korean cell line bank)から得て、増殖培地中それぞれ、100 細胞/ウェル、100 細胞/ウェル、および500 細胞/ウェルの密度で、96-ウェルプレートに播いた。24 時間後、5-FUを細胞に0.01-100 μMにて添加した。1 週間後、細胞生存率 を上記のようにMTT アッセイで評価した。図9に示すように、5-FUはすべての神経膠腫細胞株において細胞死を誘導し、C6、U373およびU87についてそれぞれIC50 が0.93、5.34、および 5.65 μMであり、10 μMにてプラトーに達した。データは、MSC/CDによる5-FCからの変換産物としての5-FU の濃度が様々な神経膠腫細胞において細胞死を誘導するのに十分であることを示す。
【0068】
実施例 6: MSCの脳腫瘍へのインビボ指向性(tropism)
(工程 1) 移植
脳腫瘍を約 250 gの体重の成体雄性スプラーグドーリーアルビノラット(Samtaco、Korea)の脳へのC6/LacZ 細胞の移植によって誘導した。簡単に説明すると、ラットを400 mg/kg抱水クロラール (Sigma)の腹腔内注射により麻酔した。切開領域を除毛した後、動物を定位固定枠 (Koepfer、Germany)に固定した。頭頂を70 % エタノールで滅菌し、1 cm 切開を作った。ブレグマ -0.5、ML + 3.0およびDV + 4.0の位置にて硬膜を穿孔することによって穴を開け、3 μl PBS 中の5 x 105 U373 細胞を0.2 μl/分の速度でハミルトンシリンジを用いて注射した。手術の後、切開を縫合し、動物をケージに戻した。4日後、2 x 105 細胞の MSC/LacZ 細胞をブレグマ -0.5、ML - 3.0および DV + 4.0の位置にて反対側に移植し、5 μlのPBSに含有させて接種した。注射の20分後、シリンジを除いた。切開を縫合した。ラットの脳を神経膠腫の移植の2 週間後に抽出した。
【0069】
(工程 2)組織切片の調製
2回目の移植の2週間後、ラットを400 mg/kgの抱水クロラール (Sigma)の注射により麻酔した。ラットをPBS 次いでPBS (pH 7.4)中の0.1 M パラホルムアルデヒドで灌流した。脳を抽出し、PBS (pH 7.4)中0.1 M パラホルムアルデヒド中で4 ℃ で固定後16 時間、次いで30 % スクロース中で24 時間維持した。切片を厚さ35 μmのスライディングマイクロトームを用いて作成し、シランで被覆したスライド(Muto Purew Chemicals、Japan)にマウントし、使用時までPBS中4 ℃で保存した。
【0070】
(工程 3) X-gal 染色
スライドにマウントした脳切片をPBSで10 分間3回すすぎ、2 mM MgCl2、5 mM フェロシアン化カリウム/フェリシアン化カリウム、および1 mg/ml X-gal (Koma)中で8 時間インキュベートした。コントラストを増強させるために、切片をエオシンで対比染色し、脱水し、バルサムで被覆した。図10Bに示すように、X-gal+ blue MSC/LacZ 細胞は一方の半球から神経膠腫細胞が最初に移植された他方の半球に遊走した。いくらかの細胞がMSC/LacZ 細胞が移植された針の刺入経路(needle track)に残っていたことは注目に値する。顕微鏡観察でのより高い拡大率において、MSC/LacZ 細胞は腫瘤 (図10C)にも腫瘍の縁にも浸潤していた(図10D)。データは、MSCは腫瘍部位への高い遊走能力を有しており、自殺遺伝子の脳腫瘍への送達の媒体として用いることが出来ることを示す。
【0071】
実施例 7:脳腫瘍動物モデルにおけるMSC/CDの抗腫瘍作用
【0072】
(工程 1) 移植
実施例 6の工程 1に記載のように、成体スプラーグドーリーアルビノラット(約 250 g)を麻酔した。ブレグマ -0.5、ML + 3.0およびDV + 4.0の位置にて、5 x 104 C6/LacZ 細胞を、5 μl PBS中各5 x 105 のMSC/CD またはMSCとともに0.5 μl/分の速度でハミルトンシリンジを用いて移植した。翌日からラットの腹腔内に500 mg/kg/日の5-FCを14 日間投与した。
【0073】
(工程 2) MRIによる抗腫瘍作用の測定
脳内腫瘍体積を評価するために、磁気共鳴画像法 (MRI)を細胞の移植の2 週間後に行った。動物を400 μl 抱水クロラールの腹腔内注射により麻酔し、ラット研究のために特別に作られた表面コイルに載せた。MRIスキャンを、3.0 Tesla MRI システム(Magnum 3.0; Medinus Inc.、Korea)およびバードケージ RFコイル (直径 _30 cm)を用いて行った。反復時間 (TR)およびエコー時間 (TE)はそれぞれ1400 ms および60 msであった。スライスの厚さは1.5 mmであり、スライスギャップは無しとした。MRI 分析はMSC/CDの移植は、PBS または未処理MSCを有する動物と比較して腫瘍体積を低下させることを示した。
【0074】
(工程 3) MRIと組織学的方法との相関の確証
MSC/CDによる脳腫瘍の減少をさらに確認するためにMRIに用いたのと同じ動物の脳を上記と同様の抽出に用い、ただし、切片の厚さは100 μmとして X-gal 染色に供した。腫瘍の大きさはPBS処理またはMSC処理動物と比較してMSC/CDを受け取った動物における方が小さかった (図12)。MRIおよびX-gal 染色により得られたデータは共に、脳腫瘍の大きさがMSC/CDの移植と5-FCの投与により減少することを示した。
【0075】
本発明を上記の特定の態様に関して記載してきたが、当業者であれば本発明に対し様々な改変および変更を施すことが出来、それらは添付の請求の範囲に規定する本発明の範囲に含まれると認識すべきである。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】ヒト骨髄から単離した間葉系幹細胞(MSC)の1、2、3、および7日間インビトロで培養した後の光学顕微鏡写真;
【図2】MSCの多分化能を示す写真(A: oil red-Oで染色した脂肪細胞; B:アルシアンブルーで染色した軟骨細胞; C: 骨細胞におけるアルカリホスファターゼ活性;および D: von Kossaで染色した骨細胞);
【図3】自殺遺伝子として大腸菌のシトシンデアミナーゼ (CD)遺伝子を含むレトロウイルスベクターの構築;
【図4】293T 細胞におけるCDの発現を示すグラフおよび写真(A: [3H] シトシンを[3H] ウラシルへと変換する発現したCDの活性; B: 5-FUのプロドラッグである5-FCの濃度に依存する、CDを発現する293T 細胞の細胞死; およびC: 1,000 μM 5-FCの存在下で培養した293Tおよび293T/CD 細胞の光学顕微鏡写真);
【図5】293T/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図5A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後の293Tおよび293T/CD 細胞の位相差顕微鏡写真、および、X-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真 (拡大率:各 x100);および図5B:5-FCの濃度とともに293Tおよび293T/CD 細胞におけるβ-ガラクトシダーゼ (β-gal) 活性を示すグラフ);
【図6】5-FCでの処理による、MSCおよびCD遺伝子を含むレトロウイルスベクターでトランスフェクトされたMSC (MSC/CD)の細胞死を示す写真およびグラフ(図6A: 光学顕微鏡写真;および図6B: MTT 分析結果のグラフ);
【図7】MSC/CD 細胞の傍観者効果を示す写真およびグラフ(図7A: 1,000 μM 5-FCの存在下でのC6/LacZ 神経膠腫細胞との共培養後のMSCおよびMSC/CD 細胞の位相差顕微鏡写真およびX-galでの染色後に撮影した光学顕微鏡写真(拡大率:各 x100); 図7B:β-gal アッセイにおけるC6/LacZ 細胞の生存率を示すグラフ;および図7C:全ウェルの解剖顕微鏡およびデジタル顕微鏡写真);
【図8】MSCおよびMSC/CD 細胞におけるプロドラッグ 5-FCの5-FUへの変換を示すHPLC 分析の結果(図8A: MSCおよびMSC/CD 細胞のHPLC クロマトグラム;および図8B:検出された5-FUの量を示すグラフ);
【図9】5-FUの濃度と共にC6、U373および U87 神経膠腫細胞株の細胞死の率を示すグラフ;
【図10】神経膠腫に対するMSC の指向性(tropism)を示す結果(A:一方の半球に移植されたMSC/LacZの反対側の神経膠腫担持半球への遊走を示す模式図; B: MSC/LacZ の神経膠腫担持半球への遊走を示す脳組織切片の顕微鏡写真;および、 Cおよび D:神経膠腫の境界におけるMSC/lacZ 細胞の分布を示す、それぞれ100および200 拡大率の顕微鏡写真);
【図11】CDを発現するMSCの抗癌作用を示すMRI像;そして、
【図12】CDを発現するMSCの抗癌作用を示す、脳腫瘍ラットモデルからの脳切片のX-gal 染色の結果。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む、癌を治療するための医薬組成物。
【請求項2】
自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼまたは1型単純ヘルペスチミジンキナーゼをコードする遺伝子である請求項 1の医薬組成物。
【請求項3】
間葉系幹細胞が自殺遺伝子を含むレトロウイルスベクターでトランスフェクトされている請求項 1の医薬組成物。
【請求項4】
癌が、脳癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、結腸直腸癌、および肺癌からなる群から選択される請求項 1の医薬組成物。
【請求項5】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞が、自殺遺伝子を間葉系幹細胞に導入すること、およびその結果得られた間葉系幹細胞を選択し、適切な条件下で増幅させること;または、間葉系幹細胞を増殖させること、自殺遺伝子を増殖させた間葉系幹細胞に導入すること、およびその結果得られた間葉系幹細胞を収集すること、により得られる請求項 1の医薬組成物。
【請求項6】
自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞および抗癌剤のプロドラッグを含む、癌の治療のためのキット。
【請求項7】
自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼをコードする遺伝子である請求項 6のキット。
【請求項8】
発現ベクターがレトロウイルスベクターである請求項 6のキット。
【請求項9】
自殺遺伝子を含む発現ベクターおよび間葉系幹細胞が、自殺遺伝子を含む発現ベクターでトランスフェクトされた、または自殺遺伝子を発現するウイルスで形質導入された、間葉系幹細胞の形態にて提供される、請求項 6のキット。
【請求項10】
癌が、脳癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌および肺癌からなる群から選択される請求項 6のキット。
【請求項11】
癌の治療薬の製造のための自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞の使用。
【請求項12】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を対象に投与すること、次いで抗癌剤のプロドラッグを投与することを含む、癌の治療を必要とする対象における癌の治療方法。
【請求項1】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を含む、癌を治療するための医薬組成物。
【請求項2】
自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼまたは1型単純ヘルペスチミジンキナーゼをコードする遺伝子である請求項 1の医薬組成物。
【請求項3】
間葉系幹細胞が自殺遺伝子を含むレトロウイルスベクターでトランスフェクトされている請求項 1の医薬組成物。
【請求項4】
癌が、脳癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、結腸直腸癌、および肺癌からなる群から選択される請求項 1の医薬組成物。
【請求項5】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞が、自殺遺伝子を間葉系幹細胞に導入すること、およびその結果得られた間葉系幹細胞を選択し、適切な条件下で増幅させること;または、間葉系幹細胞を増殖させること、自殺遺伝子を増殖させた間葉系幹細胞に導入すること、およびその結果得られた間葉系幹細胞を収集すること、により得られる請求項 1の医薬組成物。
【請求項6】
自殺遺伝子を含む発現ベクター、間葉系幹細胞および抗癌剤のプロドラッグを含む、癌の治療のためのキット。
【請求項7】
自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼをコードする遺伝子である請求項 6のキット。
【請求項8】
発現ベクターがレトロウイルスベクターである請求項 6のキット。
【請求項9】
自殺遺伝子を含む発現ベクターおよび間葉系幹細胞が、自殺遺伝子を含む発現ベクターでトランスフェクトされた、または自殺遺伝子を発現するウイルスで形質導入された、間葉系幹細胞の形態にて提供される、請求項 6のキット。
【請求項10】
癌が、脳癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌および肺癌からなる群から選択される請求項 6のキット。
【請求項11】
癌の治療薬の製造のための自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞の使用。
【請求項12】
自殺遺伝子を発現する間葉系幹細胞を対象に投与すること、次いで抗癌剤のプロドラッグを投与することを含む、癌の治療を必要とする対象における癌の治療方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公表番号】特表2009−510052(P2009−510052A)
【公表日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−533255(P2008−533255)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【国際出願番号】PCT/KR2006/003928
【国際公開番号】WO2007/037653
【国際公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(508314272)
【氏名又は名称原語表記】SUH, Hae−Young
【Fターム(参考)】
【公表日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【国際出願番号】PCT/KR2006/003928
【国際公開番号】WO2007/037653
【国際公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【出願人】(508314272)
【氏名又は名称原語表記】SUH, Hae−Young
【Fターム(参考)】
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