説明

自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法及びその剤

【課題】自然免疫過剰活性化状態を簡単に再現性よく惹起でき、自然免疫過剰活性化状態の抑制、改善の為の剤をスクリーニングし、該剤の薬理学的検討も可能な、自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法と、その方法によって見出された自然免疫過剰活性化抑制剤、自然免疫過剰活性化状態を呈したモデル動物等を提供すること。
【解決手段】歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる程度を指標に被検物質を選択することを特徴とする、自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法、またその方法で見出された被検物質を自然免疫過剰活性化抑制剤として用いること等によって先の課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカン投与による昆虫類の幼虫の自然免疫過剰活性化現象を利用した自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法、その方法で見出された剤、その剤の製造方法、その剤の自然免疫過剰活性化を原因とする全身性疾患治療薬としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫には「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類があり、そのうち自然免疫は、脊椎動物、無脊椎動物、そして植物に至るまで多細胞生物が普遍的に有している免疫である。ヒト等のごく一部の生物は、自然免疫と獲得免疫の2種類の免疫機構を有しているが、昆虫類等のその他の多くの多細胞生物は自然免疫機構のみを有している。獲得免疫機構は極めて特異性の高い進化した免疫機構であるが、応答に時間を要するため、感染初期の免疫応答の主体は獲得免疫機構に比べて応答が速くまた広範囲な自然免疫機構が担っている。
【0003】
これらの免疫応答は本来、外来の感染源に対する生体防御システムとして働くものであるが、何らかの原因により免疫応答が過剰に活性化してしまうとそのこと自体が宿主生物にダメージを与えてしまい、遂には死に至らしめる程の疾患を発症してしまう。すなわち、免疫応答には良い面だけでなく悪い面もあり、ヒトの場合も免疫応答が過剰活性化して発症する40種類以上の自己免疫疾患が知られている。例えば、多量の病原微生物が体内に侵入することにより起こる敗血症やエンドトキシンショックは、免疫応答因子であるサイトカインや活性酸素の過剰産生を伴うショック症状と考えられている。しかしながら、それらの疾患の多くは適切な治療薬が見出されていない。
【0004】
上記の炎症性サイトカインの量や種類は、後の免疫応答全体の方向性を決定付ける。その為、免疫系の過剰活性化を防ぐ上で初期の免疫応答をコントロールすることは重要である。また、獲得免疫機構は極めて特異性の高い免疫機構であるが、感染初期の免疫応答の主体は非特異的な自然免疫機構が関係している可能性がある。また、先に挙げたような免疫系の調整が原因のひとつとなっている可能性のある疾患において、自然免疫系の過剰活性化を抑制することのできる物質は、各種疾患治療薬のターゲットとなりうるものと考えられる。すなわち、自然免疫系の過剰活性化を抑制することのできる物質をスクリーニングすることは以上のような重要な意義を有する。
【0005】
しかしながら、自然免疫系の過剰活性化を抑制することのできる物質をスクリーニングすることは、そもそも生体内での仕組みが複雑であるため極めて難しく、従来の技術は、自然免疫系の過剰活性化状態の一部を再現したに過ぎず、全身性疾患を発症するに至る複数の経路を反映した病態モデルを提供したものではなかった。すなわち、被検物質のアウトプットとしての活性を評価することができるだけであって、被検物質の体内動態等の情報を併せて取得するようには設計されていなかった。
【0006】
更に上記に加え、自然免疫系の過剰活性化を抑制することのできる物質をスクリーニングするために、マウス等の哺乳類を多く用いて検討することも倫理上の問題もあり、あまり進んでいなかった。
【0007】
一方、歯周病は、歯肉やその中にある骨等の歯を支えている組織が破壊されていく病気で、歯の汚れであるデンタルプラークがその原因となっている。このデンタルプラーク中には1mgあたり数十億個の細菌が含まれており、この細菌群の内、歯周病の発症進行に特に関わりが深い細菌群を歯周病菌と呼んでいる。歯周病菌は嫌気性のグラム陰性細菌で10種類以上が知られている。
【0008】
歯周病の症状は、歯周病菌に対する免疫系が歯肉部分で過剰反応することで悪化する。本来、身体を守るために働く免疫系が歯周病菌による刺激で過剰反応した結果、マクロファージやリンパ球が産生する酵素類や炎症性サイトカインが局所に蓄積して局所の症状を悪化させると共に、これらが血液中に入っていろいろな全身疾患に悪影響を及ぼすとされている。
【0009】
ここで、歯周病菌等のグラム陰性細菌由来の免疫系刺激物質としては、グラム陰性細菌のみに存在するLipopolysaccharide(以下、「LPS」と略記する)が知られており、LPSによる歯周組織破壊の抑制・改善剤に関する検討が成されている(例えば、特許文献1)。しかしながら、歯周病菌等のグラム陰性細菌に少量存在するペプチドグリカンは、LPS同様に発熱物質(pyrogen)としての性質を有しているものの歯周病菌ではマイナーな外膜成分であり、その発熱活性もエンドトキシンであるLPSと比べると弱いため、歯周病や歯周病を原因とする免疫系の過剰活性化の発症原因物質としてはほとんど注目されていなかった。
【0010】
自然免疫機構に関連して本発明者は、これまでに自然免疫機構のみを有するカイコガの幼虫(カイコ)等が、獲得免疫機構を有するヒト等に感染する病原微生物に対する治療薬開発のための評価系と成りうることを報告した(特許文献2及び特許文献3)。しかしながら、これらの評価系は先に述べたようにあくまでも病原微生物感染の治療に有用な剤、それも病原微生物の増殖を抑える剤をスクリーニングすること等が目的であって、自然免疫応答の過剰活性化を抑制・改善するための剤をスクリーニングしたり、それを評価するための病態モデルや病態モデル動物を提供したものではなかった。
【0011】
【特許文献1】特開2006−298913号公報
【特許文献2】WO2001/086287号公報
【特許文献3】WO2005/116269号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、これら上記問題点の解決を課題とするものであって、簡便で信頼性が高く、自然免疫系の過剰活性化状態に対し特定の経路に作用するものだけでなく、あらゆる作用点でその抑制作用を示す物質をスクリーニングできる方法を提供することを課題とするものである。また、マウス等の哺乳類を用いる場合に比較して倫理上の問題が少ないスクリーニング方法等を提供することを課題とする。
【0013】
また、自然免疫の過剰活性化抑制剤とその製造方法、自然免疫の過剰活性化抑制剤の全身性疾患への使用、被検物質のスクリーニングと薬理学的検討の両方に適した病態モデルの作製方法とその病態モデル動物等を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは先の課題を解決するために、自然免疫系の過剰活性化状態とその後の全身性疾患との関わりが深いと考えられている歯周病に注目した。そして、歯周病菌のひとつであるポルフィロモナス・ジンジバリス(ATCC33277株)をカイコガの幼虫(以下、「カイコ」と略記する)に投与するとカイコが殺傷されることを見出した。
【0015】
そこでこの現象について詳しく検討したところ、次の興味深い知見を得た。すなわち、(a)このカイコの死は、歯周病菌の増殖を抑えるテトラサイクリン等の抗生物質では治療できなかった。
(b)歯周病菌をオートクレーブ処理した死菌を用いた場合でもカイコが殺傷された。
(c)「歯周病菌の病原性に重要であることが知られているgingipain(酵素)や絨毛タンパク質」をコードする遺伝子を欠損させた歯周病菌の変異株のオートクレーブ処理死菌を用いた場合でも、野生株の死菌と同程度にカイコが殺傷された。
(d)歯周病菌の病原性に重要であることが知られている莢膜(菌体内から分泌された多糖類やポリペプチド)の産生が低下した株のオートクレーブ処理死菌を用いた場合でも、野生株の死菌と同程度にカイコが殺傷された。
(e)歯周病菌から精製したペプチドグリカンを投与した場合でもカイコが殺傷され、その殺傷効果は、黄色ブドウ球菌から精製したペプチドグリカンより高い。
(f)歯周病菌から精製したペプチドグリカンをその特異的分解酵素で処理するとカイコの殺傷能力が失われた。
(g)LPSはカイコの死に関与していない。
【0016】
これらのことから、歯周病菌を投与した際に認められるカイコの死は、歯周病菌が増殖して直接宿主を攻撃したものではないこと、またその殺傷原因物質は歯周病菌外膜中の主要な成分であるLPSやその他の病原因子によるものではなく、ペプチドグリカンによる可能性が高いことを見出した。そして更に検討を加えた結果、カイコの死は、歯周病菌のペプチドグリカンによって、カイコの自然免疫応答が過剰に活性化したためにもたらされたものである可能性が高いことを見出した。
【0017】
本発明者は、以上の検討結果から、カイコに歯周病菌等を投与した場合にカイコが殺傷されるという現象が、本発明の課題の解決につながる非常に優れた自然免疫系の過剰活性化状態の病態モデルとなり得る可能性に思い至った。そしてその現象に対し更に検討を加えた結果、昆虫類の幼虫に歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与して惹起させた自然免疫系の過剰活性化状態の病態モデルと病態モデル動物を作成する方法、そしてその病態モデルを用いて自然免疫応答の過剰活性化状態を抑制、改善することのできる剤のスクリーニング・検定方法、そのスクリーニング・検定方法によって見出された自然免疫過剰活性化を抑制・改善することのできる剤、等々を見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち、本発明は、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる程度を指標に被検物質を選択することを特徴とする、自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0019】
また、本発明は、下記の工程、
(1)昆虫類の幼虫に、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与する工程、
(2)被検物質を上記昆虫類の幼虫に投与する工程、
(3)上記昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度を測定する工程、
(4)歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与し、かつ被検物質も投与した昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度が、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンのみを投与し、被検物質は投与していない昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度に比較して改善されている被検物質を選択する工程、を有することを特徴とする、上記の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【0020】
また、本発明は、上記の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を使用することを特徴とする自然免疫過剰活性化抑制剤の製造方法を提供するものである。
【0021】
また、本発明は、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる能力を有することを特徴とする自然免疫過剰活性化抑制剤を提供するものである。
【0022】
また、本発明は、上記の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を使用して製造されたことを特徴とする自然免疫過剰活性化抑制剤を提供するものである。
【0023】
また、本発明は、上記の自然免疫過剰活性化抑制剤の自然免疫過剰活性化を原因とする全身性疾患治療薬としての使用を提供するものである。
【0024】
また、本発明は、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを昆虫類の幼虫に投与することを特徴とする自然免疫過剰活性化モデルの作製方法を提供するものである。
【0025】
また、本発明は、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与され、自然免疫過剰活性化状態が惹起された昆虫類の幼虫を提供するものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、自然免疫系の過剰活性化状態を呈するシンプルな病態モデルや病態モデル動物を提供することができる。また、その病態モデルを用いて、自然免疫応答の過剰活性化状態を抑制・改善することのできる剤をスクリーニングする方法を提供することが可能となる。すなわち、簡便で信頼性が高く、自然免疫系の過剰活性化状態に対し特定の経路に作用するものだけでなく、多くの作用点でその抑制作用を示す物質をスクリーニングできる方法を提供できる。更に、そのスクリーニング方法によって見出された自然免疫過剰活性化抑制剤とその製造方法を提供することができる。
【0027】
本発明法によれば、in vivoの評価系で、コスト的に有利で、倫理上の問題も少ないスクリーニング方法等を提供できる。また、必要に応じて投与した剤の体内動態の解析等、剤の選別のためのより詳細な検討を行うことも容易である。また、本発明のスクリーニング方法や製造方法で得られた自然免疫過剰活性化抑制剤を、自然免疫の過剰活性化状態を原因として生じていると考えられる全身性疾患に対する予防薬又は治療薬として使用できるという効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明について説明するが、本発明は以下の具体的形態に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲内で任意に変形することができる。
【0029】
本発明は、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカン(以下、これらを「歯周病菌等」と略記する)を投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる程度を指標に被検物質を選択することを特徴とする。以下、工程別に記載するが、本発明は少なくとも以下の工程を含んでいることが好ましいのであって、本発明において以下の各工程を行う実際の順序は適宜変えることができる。
【0030】
<(1)昆虫類の幼虫に、歯周病菌等を投与する工程>
本発明に用いられる昆虫類の幼虫は、歯周病菌等を投与することによって殺傷される昆虫類の幼虫であれば何れも用いることができるが、実験動物としての利便性を考慮すると、完全変態型昆虫の幼虫を用いることが好ましい。完全変態型昆虫とは、卵、幼虫、蛹、成虫の成長過程を経る昆虫をいう。完全変態型昆虫としては、例えば、鱗翅目(チョウ、ガ等)、双翅目(ハエ等)、膜翅目(ハチ、アリ等)、甲虫目(カブトムシ等)等に属する昆虫が挙げられる。
【0031】
カマキリやバッタ等に代表される不完全変態型昆虫は、幼虫の時から注射には適していない形態をしており、生育状態を揃えることが難しいことや、動きも活発で注射による定量的な投与が難しく、分析に供する血液も少ない等、完全変態型昆虫と比べた場合、本発明のスクリーニング動物としては不利な点が多い場合がある。下記の(5)〜(9)の要件を全て満たすため、完全変態型昆虫の幼虫がより好ましい。
【0032】
昆虫類の幼虫の形態としては特に制限はなく、試験の目的に応じて適宜選択することができるが、本発明法の場合、取り扱いの容易さから、いもむし形態をしており、また注射等による正確な薬物投与、臓器の取り出し、糞の分析等を容易にする大きさを有するものがより好ましい。ガ、チョウ、カブトムシ等の鱗翅目又は甲虫目の幼虫はそのような要請に適した大きさと形態を有するものが多い点で特に好ましい。
【0033】
更に、昆虫類の幼虫としては、以下の点から、カイコガの幼虫(以下「カイコ」と略記する)が特に好ましい。
(1)入手が容易である。
(2)飼育する方法が既に確立されており、更に飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳類の内臓・器官と類似する性質が、これまでの研究である程度分かっている。
(4)遺伝系統が確立されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易であり、血液等の採取も容易である。
(6)肝臓に相当する脂肪体等、脊椎動物の臓器に相当する器官を有しており、脂肪体等を取り出して、含有する物質の定量が可能である。
(7)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数の個体を飼育でき、倫理的な問題も少ない。
(8)被検物質や標準物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(9)齢を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
【0034】
本発明においては、上記幼虫の大きさや齢数は、幼虫の種類、幼虫の形態、投与方法、用いる器具、試験の目的、操作上の観点等から選択されればよく特に限定はないが、歯周病菌等や被検物質の投与がし易く、血液、臓器等の採取のし易い大きさを有するものが好ましい。ただし、好ましい大きさは、歯周病菌等や被検物質の投与方法や試験の目的等によって異なってくる。例えば、餌に混じて投与する場合には、カイコであれば1齢幼虫の大きさでも投与自体は可能であることから、卵から育てた場合、すぐに試験が開始できるという点で1齢幼虫も好ましい点を有している。しかしながら、一定したデータを取得するという観点からは、生育状態の安定していない若齢期の幼虫より齢期の進んだ幼虫が好ましい。
【0035】
例えばカイコの場合、3齢以上の幼虫を用いることが好ましい。また、注射器等を用いての被検物質の投与、臓器の取り出し、血液の採取等の場合にも、3齢以上の幼虫を用いることが好ましい。4齢〜5齢の幼虫がより好ましく、5齢の幼虫が特に好ましく、5齢2日目の幼虫が更に好ましい。ただ、卵から育てた場合等、より早く試験に供する幼虫を確保したい場合には、3齢や4齢幼虫を用いることも可能である。
【0036】
試験動物として用いる昆虫の幼虫の大きさは特に限定はないが、被検物質の投与、臓器の取り出し、血液の採取等の容易さの観点から、体長が1cm以上である幼虫が好ましく、1.5cm以上15cm以下がより好ましく、2cm以上10cm以下が特に好ましい。
【0037】
本発明にカイコを用いる場合には、その品種は特に限定されない。これらは試験の内容に応じて受精卵から育てて用いてもよいし、必要な齢の幼虫を入手して試験を実施してもよい。カイコガの受精卵やカイコの入手先としては、愛媛蚕種、上田蚕種等がある。
【0038】
本発明に用いる歯周病菌は、通常「歯周病菌」と呼ばれる菌を用いることができ、例えば、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphylomonus gingivalis)、アクチノバシラス・アクチノマイセテムコミタンス(Actino actinomycetemcomitans)等を用いることができる。
【0039】
歯周病菌は、生菌、死菌の別なく用いることができる。特に限定はないが、死菌を用いる場合、例えば、100〜121℃で、10〜15分間オートクレープ処理した後の死菌を好適に用いることができる。
【0040】
本発明で用いる「歯周病菌由来のペプチドグリカン」は、通常用いられる方法で調製することができる。ペプチドグリカンは精製して用いてもよく、精製しないで用いることもできる。精製して用いる場合、その精製方法としては特に限定はないが、例えば、Method of Enzymology vol.235, 260-263の方法に従うことが好ましい。また、例えば、生理活性糖鎖研究法(生物化学実験法42:学会出版センター)等に記載の方法で歯周病菌から得ることもできる。
【0041】
精製しないで用いる場合、歯周病菌死菌を精製ペプチドグルカンと同様に使用することもできる。その理由は、カイコ等の「昆虫類の幼虫」の自然免疫系は、元々歯周病菌の有するLPSの影響をほとんど受けないので、それを除去する必要性は実質的にはなく、またその一方で、ペプチドグリカンは加熱処理を行っても本発明法における活性が低下しないからである。精製しないで用いる場合、精製ペプチドグリカンを標準品として、本発明における活性の検定を行った後に用いることが好ましい。
【0042】
歯周病菌等の投与方法については特に限定はないが、注射器等を用いての投与が簡便で直接的であり再現性があるために好ましい。歯周病菌を直接投与する場合には、遠心後、生理食塩水若しくはPBSで懸濁したもの、又は培養液をそのまま注射することが特に好ましく、歯周病菌死菌を投与する場合には、遠心後、生理食塩水又はPBSで懸濁したもの、又は培養液をそのままオートクレーブしたものを懸濁させてそれを注射することが特に好ましい。歯周病菌又は歯周病菌死菌の懸濁液の濃度は特に限定はないが、100〜1000mg/mLが好ましい。
【0043】
歯周病菌のペプチドグリカンを投与する場合には、歯周病菌のペプチドグリカン液を調製し、生理食塩水又はPBSにて懸濁することが特に好ましい。ペプチドグリカンの濃度は特に限定はないが、100〜1000mg/mLが好ましい。
【0044】
昆虫類の幼虫としてカイコを使用する場合は、例えば、5齢のカイコの第5体節の模様部に、上記濃度の、歯周病菌の懸濁液、歯周病菌死菌の懸濁液又は歯周病菌由来ペプチドグリカン懸濁液を、0.01〜1mL注射することが好ましく、0.05〜0.1mL注射することが特に好ましい。
【0045】
<(2)被検物質を上記昆虫類の幼虫に投与する工程>
【0046】
本発明における被検物質としては、化学的物質の種類に関しても、抽出物等の由来に関しても、混合物・複合物等の形態に関しても特に限定はない。例えば、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物、微生物抽出物、精製蛋白質、粗精製蛋白質、ペプチド、非ペプチド性化合物、人工的に合成された化合物、天然由来の化合物、既存の自然免疫活性化剤等が挙げられる。
【0047】
被検物質の投与試料調製方法、投与方法、投与経路等の選択は、被検試料をマウス等に投与する場合を参考として行えばよいが、完全変態型昆虫の幼虫は開放血管系であるため体液と血液の区別がないので、マウス等で静脈内、皮下、腹腔内への投与を行うような場合は、例えばカイコでは特段の事情がない限り血液内投与で行えばよい。血液内投与は、第一腹脚部等への注射により行うことができる。また、マウス等で強制的な経口投与を行って投与する被検物質はカイコでは腸管内投与を行えばよい。また、カイコが餌とすることができるものであれば飼料に混じて投与してもよい。
【0048】
血液内投与の場合でも腸管内投与の場合でも、被検物質を溶解又は分散させる媒体としては対象物が水溶性の場合は、純水、生理食塩水、各種緩衝液等を、油溶性の場合はオリーブオイル等の有機溶媒を用いることができ、これら単独は試験の陰性対照としても用いられる。
【0049】
注射器等の器具を用いて血液中や腸管内に投与する場合もそうであるが、特に飼料に混じて投与する場合には、投与用飼料での飼育日数とその後の処置等を設定していく必要がある。例えば、未知の抽出物等の自然免疫過剰活性化抑制効果を確認する場合には、過去に行った同種対象物の試験結果等を参考にして試験条件をその都度設定することが好ましい。
【0050】
このような場合、どのような検討を行う場合であっても、本発明においては、低コストで倫理的な問題が少ないので、マウス等のげっ歯類を用いた場合に比べて多くの条件、個体数による検討を行うことができるので、最終的には、再現性に優れた効果的なスクリーニング結果を得ることができる。
【0051】
なお、飼料に混じて投与する場合、具体的には、例えば、ペースト状の人工飼料10gに被検物質を溶解又は懸濁した液0.5mLを加えてよく練り、2〜3mm程度の厚みに延ばして使用する。この飼料での飼育を3日間程度行った後に、ペプチドグリカン等を投与して昆虫の幼虫の殺傷の程度を通常飼料で飼育した幼虫と比較することによって本発明を実施することができる。従って食品として摂取した場合の被検物質の自然免疫過剰活性化抑制効果を評価することも可能である。
【0052】
<(3)上記昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度を測定する工程>
本発明では、歯周病菌等を投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる程度を指標に被検物質をスクリーニングする。この場合、かかる「症状」としては、完全に死なないまでも目視、試薬や機器等で死にそうであることが確認できる状態、目視により色が黒くなり始める状態、麻痺が起こっている若しくは起き始めている状態、運動が鈍くなっている若しくは過敏になっている状態等が挙げられる。
【0053】
<(4)歯周病菌等を投与し、かつ被検物質も投与した昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度が、歯周病菌等のみを投与し、被検物質は投与していない昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度に比較して改善されている被検物質を選択する工程>
本発明では、歯周病菌等を投与された昆虫類の幼虫の症状又は個体死を改善させる程度を指標に被検物質を選択することを特徴とする。「その症状又は個体死を改善させる程度」とは、例えば、歯周病菌等を投与してから、「その症状又は個体死」に至るまでの時間の延長等が挙げられる。
【0054】
被検物質を上記昆虫類の幼虫に投与する時期、歯周病菌等を上記昆虫類の幼虫に投与する時期、別々に投与か同時に投与か、また、別々に投与の場合の投与の順番については特に限定はないが、再現性を確保する点で、被験物質を投与後に歯周病菌等を投与することが好ましい。
【0055】
<その他>
自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニングに際しては、好ましくは25〜30℃の範囲に、より好ましくは26〜28℃の範囲に飼育ケージの温度を管理する。昆虫の幼虫の飼育ケージでは温度管理が容易であるため、一年を通じて安定したスクリーニング結果を得ることが可能となる。
【0056】
また、モデル薬剤をコントロールとして、被検物質の自然免疫過剰活性化抑制効果値と同時にそれらの自然免疫過剰活性化抑制効果値を求めることで、スクリーニングの信頼度を確認することができる。スクリーニングや上記のような確認を、マウス等のげっ歯類を用いて行う場合は倫理上の問題を生じるため、実施個体数や実施回数に制限が生じる場合があった。本発明法ではそのような問題が少ないため、これまでは十分に実施することができなかった多くの条件でのスクリーニングや個々のスクリーニング結果の信頼度を確認するための検定試験等を十分に行うことができる。
【0057】
本発明の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を使用して自然免疫過剰活性化抑制剤を製造方法は、スクリーニング精度が高く、簡便であり、スクリーニング条件を広く選べる点等で好ましい。
【0058】
<自然免疫過剰活性化抑制剤>
歯周病菌等を投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる能力を有するものは、自然免疫過剰活性化抑制効果がほぼ確実にあると考えられるので、自然免疫過剰活性化抑制剤として好ましい。すなわち、前記の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を使用して製造された自然免疫過剰活性化抑制剤は、自然免疫過剰活性化抑制効果に優れている。
【0059】
本発明のスクリーニング方法で選定又は製造された自然免疫過剰活性化抑制剤は、その性質・用途に応じて、適切な剤型や投与方法を選択し、それに応じて製剤化すればよく特に限定されることはない。例えば、経口投与を行う場合は、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、内服液剤、シロップ剤、舌下剤等が挙げられ、非経口投与を行う場合は、注射剤、経皮吸収剤、エアゾール剤、坐剤等が挙げられる。
【0060】
製剤化に際しては、有効成分の自然免疫過剰活性化抑制剤に加えて所望により薬学的に許容される賦形剤、添加剤を含ませることができる。薬学的に許容される賦形剤、添加剤としては、担体、結合剤、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、防腐剤等が挙げられる。
【0061】
薬学的に許容される担体としては、例えば、炭酸マグネシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、砂糖、ラクトース、ペクチン、デキストリン、澱粉、ゼラチン、トラガント、メチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、低融点ワックス、カカオバター等が挙げられる。
【0062】
更に、錠剤は必要に応じて通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、腸溶性コーティング錠、フィルムコーティング錠あるいは二層錠、多層錠とすることができる。散剤は、薬学的に許容される散剤の基剤と共に製剤化される。基剤としては、タルク、ラクトース、澱粉等が挙げられる。ドロップは水性又は非水性の基剤と一種又はそれ以上の薬学的に許容される拡散剤、懸濁化剤、溶解剤等と共に製剤化できる。カプセルは、有効成分となる化合物を薬学的に許容される担体と共に中に充填することにより製造できる。当該化合物は薬学的に許容される賦形剤と共に混合し、又は賦形剤なしでカプセルの中に充填することができる。カシェ剤も同様の方法で製造できる。本発明を座剤として調製する場合、植物油(ひまし油、オリーブ油、ピーナッツ油等)や鉱物油(ワセリン、白色ワセリン等)、ロウ類、部分合成若しくは全合成グリセリン脂肪酸エステル等の基剤と共に通常用いられる手法によって製剤化される。
【0063】
注射用液剤としては、溶液、懸濁液、乳剤等が挙げられる。例えば、水溶液、水−プロピレングリコール溶液等が挙げられる。液剤は、ポリエチレングリコールやプロピレングリコール等の溶液の形で製造することもできる。
【0064】
経口投与に適切な液剤は、有効成分となる化合物を水に加え、着色剤、香料、安定化剤、甘味剤、溶解剤、増粘剤等を必要に応じて加え製造することができる。また経口投与に適切な液剤は、当該化合物を分散剤とともに水に加え、粘重にすることによっても製造できる。増粘剤としては、例えば、薬学的に許容される、天然若しくは合成ガム、レジン、メチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース又は公知の懸濁化剤等が挙げられる。
【0065】
本発明のスクリーニング方法で選定された自然免疫過剰活性化抑制剤を含有する局所投与剤としては、クリーム、エアロゾル、スプレー、粉剤、ローション、軟膏等が挙げられる。上記の局所投与剤は、有効成分となる化合物と薬学的に許容される希釈剤及び担体と混合することによって製造できる。軟膏及びクリームは、例えば、水性又は油性の基剤に増粘剤やゲル化剤を加えて製剤化する。基剤としては、例えば、水、液体パラフィン、植物油等が挙げられる。増粘剤としては、例えばソフトパラフィン、ステアリン酸アルミニウム、セトステアリルアルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ラノリン、水素添加ラノリン、蜜蝋等が挙げられる。局所投与剤には、必要に応じて、ヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル、クロロクレゾール、ベンザルコニウムクロリド等の防腐剤、細菌増殖防止剤を添加することもできる。ローションは、水性又は油性の基剤に、一種類又はそれ以上の薬学的に許容される安定剤、懸濁化剤、乳化剤、拡散剤、増粘剤、着色剤、香料等を加えることができる。
【0066】
<作用・原理>
本発明によって、メラニン化反応を抑制するセリンプロテアーゼ阻害剤、フェニルチオウレア(PO)阻害剤、カタラーゼ、抗酸化剤、ラジカルスカベンジャー、システインプロテアーゼ阻害剤等により、歯周病菌等を投与したカイコの死が遅延すること、またメラニン自体を大量に投与してもカイコは殺傷されなかったこと、過酸化水素によりカイコが殺傷されること、等が確認された。これらのことから、少なくとも歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの死にメラニン化反応が係わっている可能性が高いこと、また生成するメラニン自体がカイコを殺傷しているのではなく、メラニン合成の過程で副生成物として生じたラジカルがカイコにダメージを与えることが示唆された。
【0067】
ペプチドグリカンは、グラム陽性・陰性細菌の両方に存在するがその含有量は大きく異なり、黄色ブドウ球菌等のグラム陽性細菌ではその乾燥質量の90%程度を占めるが、歯周病菌等のグラム陰性細菌では、その含有量は乾燥質量の10%程度と少ない。一方、LPS等のエンドトキシンはグラム陽性細菌にはなく、歯周病菌等のグラム陰性細菌の細胞壁外膜の主要成分となっている。興味深いことに、歯周病菌のペプチドグリカンは黄色ブドウ球菌由来のペプチドグリカンよりも、約100倍も高いカイコ殺傷力を示すことが確認された。この差は、カイコの自然免疫系に対する作用の差、歯周病菌、黄色ブドウ球菌それぞれのペプチドグリカンの構造の違いによる活性の差を反映したものと考えられる。
【0068】
免疫系を活性化するペプチドグリカンの部分構造には、TCT、MDP、iE−DAP等がある。これらの構造体を認識する宿主因子として、哺乳類ではPGRP、Nod、TLR等があり、昆虫ではPGRPがある。これらの受容体の配列、及びアウトプットとしての免疫応答(抗菌ペプチドやラジカル産生)は、哺乳類と昆虫間でよく類似している。本発明は、歯周病菌や歯周病菌由来のペプチドグリカンをカイコに投与することによってカイコが殺傷されるという現象に基づいているが、これはペプチドグリカンにより昆虫類の免疫系が過剰に活性化され、その結果として組織障害や個体の死が誘導されたものと考えられた。
【0069】
<本発明の作用・原理の証明>
本発明の歯周病菌等の投与によるカイコの死は歯周病菌のペプチドグリカンによってもたらされたものと考えられた(図1〜図6参照)。致死量以上の歯周病菌等を投与されたカイコは投与後30分以内に体深部の黒色化が観察された。この黒色化は血液のメラニン化反応によるものと推察されたのでメラニン化反応のカイコ殺傷への関与について検討した。メラニン化にはフェノールオキシダーゼが関与しているのでカイコ血液中のフェノールオキシダーゼ活性を測定した結果、歯周病菌由来ペプチドグリカンを添加したカイコ血液サンプルにおいてフェノールオキシダーゼの活性化が検出された。そしてこの活性化はセリンプロテアーゼ阻害剤とフェノールオキシダーゼ阻害剤の添加により抑制された(図7)。
【0070】
そこで、セリンプロテアーゼ阻害剤とフェノールオキシダーゼ阻害剤をそれぞれ先のペプチドグリカンと混合してカイコに投与したところペプチドグリカン単独と比べてカイコの死が遅延した(図8、図9)。メラニン化反応の主成分であるメラニンを多量に投与してもカイコは殺傷されなかった(図10)。一方、メラニン合成の過程で反応性の高いラジカルが生じているとされているので、ラジカル源として過酸化水素をカイコに投与すると、用量依存的にカイコが殺傷された(図11)。
【0071】
そこで、過酸化水素分解酵素であるカタラーゼやラジカルスカベンジャーを歯周病菌由来ペプチドグリカンと混合してカイコに投与したところ、ペプチドグリカン単独と比べてカイコの死が遅延した(図12、図13)。ラジカルスカベンジャーはフェノールオキシダーゼの活性化を抑制しなかったので、メラニン化反応そのものを抑制したのではないと考えられた。これらの結果から、歯周病菌由来ペプチドグリカンによりメラニン化反応が開始されメラニン合成の過程で副生成物として生じたラジカルがカイコに致死的なダメージを与えているものと考えられた。
【0072】
ラジカルは細胞のアポトーシスやネクローシスを誘導することが知られている。これらの細胞死に係わるシグナル因子は無脊椎動物から脊椎動物まで広く保存されており、カイコにおいてもカスパーゼやアポトーシス阻害因子(IAP)が見つかっている。アポトーシスの誘導にはカスパーゼが、ネクローシスの誘導にはカルパインやカテプシンが関与し、これらの酵素はシステインプロテアーゼ阻害剤により阻害されることが報告されている。
【0073】
そこで、歯周病菌由来ペプチドグリカンのカイコ殺傷効果に対するシステインプロテアーゼ阻害剤(Leupeptin)の影響について検討した。その結果、システインプロテアーゼ阻害剤を歯周病菌由来ペプチドグリカンと混合して投与したカイコでは、ペプチドグリカンのみを投与したカイコと比べてカイコの死が遅延した(図14)。
【0074】
更に、歯周病菌由来ペプチドグリカンを投与して3日後のカイコから摘出した脂肪体のDNAからアポトーシスの特徴である断片化されたDNAが検出された(図15)。一方、生理食塩水を投与したカイコの脂肪体からは断片化DNAは検出されなかった。これらの結果から、歯周病菌由来ペプチドグリカンがカイコ組織に細胞死を引き起こし、多臓器不全を誘導した結果カイコが殺傷されているものと推察された。
【0075】
以上の検討結果から考えられる本発明の基となった歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの死のメカニズムについて、その模式図を図16に示す。
【実施例】
【0076】
以下、実施例・試験例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、これらの実施例等に限定されるものではない。
【0077】
<カイコの種類、飼育条件>
カイコの受精卵(交雑種Hu・Yo x Tukuba・Ne)は、愛媛蚕種株式会社から購入した。孵化した幼虫は室温で人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)を与えて5齢幼虫まで育てた。飼育容器は卵から2齢幼虫までを角型2号シャーレ(栄研器材製)、それ以降をディスポーザブルのプラスチック製フードパック(フードパックFD 大深、中央化学株式会社製)を用いた。飼育温度は27℃とした。
【0078】
<歯周病菌死菌の調製>
歯周病菌ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphylomonus gingivalis(ATCC33277株)を、TBS培地で2日間嫌気的に培養して、Full growthとなったところで、菌体をそのまま、121℃15分間オートクレーブ処理し、それを遠心後、生理食塩水に懸濁した。この液をそのまま歯周病菌死菌懸濁液としてから、以降の被検物質のスクリーニング等に使用した。
【0079】
<歯周病菌由来ペプチドグリカンの調製>
歯周病菌死菌懸濁液を、遠心沈殿を3回繰り返し、SDSを含む緩衝液に懸濁後、95℃1時間インキュベートし、一晩室温にて放置した。透明になった液を、超遠心を3回繰り返し、プロテアーゼを含む緩衝液に懸濁後37℃12時間インキュベートした。更に、超遠心を3回繰り返し、沈殿物を超純水で懸濁し、エバポレーターにて乾固し、歯周病菌由来ペプチドグリカンを調製した。得られたペプチドグリカンを約0.1mg/mLにPBS又は生理食塩水に懸濁し被検物質への投与に用いた。
【0080】
<歯周病菌等の投与によるカイコの殺傷(自然免疫過剰活性化状態)の惹起>
5齢1日目のカイコの第5体節の模様部に、先に調製した歯周病菌由来ペプチドグリカン液0.05mlを注射した。陰性対照には菌体等を含まない懸濁液用緩衝液PBS又はカイコ用生理食塩水を使用した。
【0081】
歯周病菌生菌による結果を図1に、歯周病菌生菌と死菌を比較した結果を図3に、歯周病菌由来ペプチドグリカンによる結果を図5に示す。生菌、死菌、及び、歯周病菌由来ペプチドグリカンは、共にカイコ殺傷能を有することが確認された。
【0082】
<歯周病菌由来ペプチドグリカンと被検物質との同時投与>
歯周病菌由来ペプチドグリカンの投与用懸濁液中に被検物質を所定量含有させ、同時に投与して評価した。例えば、セリンプロテアーゼ阻害剤であるAPMSF(p-Amidinophenylmethylsulfonylfluoride、HClカルビオケム社)を、終濃度100mMとなるように懸濁液中に混じて投与した。
【0083】
実施例1
<カイコによる被検物質の自然免疫過剰活性化抑制効果の評価>
1群10頭の5齢1日目のカイコに、上記の投与方法に従って各被検物質を投与した後、各カイコを数日間飼育し、ネガティブコントロールが全数生存している条件下においてそのポジティブコントロールとのカイコ殺傷状況の比較により被検物質の自然免疫過剰活性化抑制効果を評価した。
【0084】
先に記したメラニン化抑制剤であるセリンプロテアーゼ阻害剤APMSFの場合を図8に示す。APMSFを同時投与することによって、カイコの死が完全に抑制されることはなかったものの、用量依存的にカイコの死は遅延した。
【0085】
セリンプロテアーゼ阻害剤のAPMSFと同様に評価されたフェノールオキシダーゼ阻害剤PTU(phenylthiourea)、カタラーゼ(catalase)、ラジカルスカベンジャーNAC(N-acetyl-l-cysteine)、システインプロテアーゼ阻害剤LP(Leupeptin)による自然免疫過剰活性化抑制効果の結果をそれぞれ図9、図12、図13、図14に示す。
【0086】
それぞれ、以下から入手した。
APMSF、PTU:和光純薬、NAC:メルク、Leupeptin:ペプチド研究所、カタラーゼ シグマアルドリッチ。
それぞれ、2.5mg/mL(311units/mL)を50μL血液内に注射した。
【0087】
試験例1
<歯周病菌によるカイコの殺傷に対する抗生物質投与の効果の有無確認>
歯周病菌であるポルフィロモナス・ジンジバリス(P.gin:ATCC33277株、2晩培養液の原液)と黄色ブドウ球菌(S.aur:MSSA1株、3x10個)の菌液単独、カイコ用生理食塩水単独、菌液と抗生物質テトラサイクリン(歯周病菌と黄色ブドウ球菌の両者に抗菌活性を示す)液とを投与した場合について、投与後のカイコの状態を比較した。結果を図2に示す。黄色ブドウ球菌によるカイコの死は、テトラサイクリンにより治療されたが、歯周病菌の場合は治療されないことが確認された。
【0088】
試験例2
<歯周病菌の毒素、絨毛欠損株、莢膜の産生低下株のオートクレーブ処理死菌のカイコ殺傷能力の確認>
歯周病菌がヒトに対して炎症を引き起こす上で重要と考えられている毒素ジンジパイン、絨毛等をコードする遺伝子を欠損させた株5株と莢膜の産生低下株1株の計6株の菌をオートクレーブ処理した後の菌体とオートクレーブ処理した野生株とのカイコ殺傷能の違いの有無について検討した。結果を図4に示す。その結果、先の遺伝子欠損株と野生株間でカイコ殺傷能に差は認められなかった。
【0089】
試験例3
<PG分解酵素処理した歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコ殺傷能力の確認>
歯周病菌由来ペプチドグリカン懸濁液0.9mL(約0.1μg/mLにその特異的分解酵素であるムタノリシン(1mg/mL)を0.1mL加え37℃で6時間処理し、100℃で3分加熱し、酵素を失活させた。処理液0.05mLをカイコに投与してカイコ殺傷能を確認した。結果を図6に示す。その結果、酵素分解処理されたペプチドグリカンはカイコに対する殺傷能力を失っていることが確認された。
【0090】
試験例4
<歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコ血液のメラニン化に与えるセリンプロテアーゼ阻害剤、フェノールオキシダーゼ阻害剤の影響確認>
200mMスクロース(シグマアルドリッチ)液100μLを血液内注射し、20分間室温で放置した後、
カイコ1頭から血液を採取した。反応基質液420μL(0.1Mpottasium phosphate buffer pH 6.0, 3.9mLと、L−DOPA 1.0mLの混合液)、歯周病菌ペプチドグリカン懸濁液(10μg/mL)を5μL、カイコ血液25μL(コントロールは生理食塩水)を混合し、30℃で12時間反応させた。
この場合に、精製ペプチドグリカンと共にセリンプロテアーゼ阻害剤(APMSF:終濃度1mM)、フェノールオキシダーゼ阻害剤(PTU:終濃度1mM)を混じて黒色化の程度を比較した。結果を図7に示す。その結果、セリンプロテアーゼ阻害剤、フェノールオキシダーゼ阻害剤によって、黒色化(メラニン化反応)は完全に抑制された。
【0091】
試験例8
<歯周病菌由来ペプチドグリカンを投与したカイコ脂肪体のDNAの状態確認>
歯周病菌由来ペプチドグリカン又は生理食塩液を投与して3日後のカイコから5頭ずつ肝臓に相当する臓器である脂肪体を取り出し、ホモジナイズ用緩衝液(20mM EDTA、50mM Tris/HCl pH7.5)180μL中、氷上でホモジナイズし、lysis緩衝液(3% NP−40)90μLを加え、低速遠心により上清を得た。上清にSDS(終濃度1%)、RNaseA(終濃度5mg/mL)を加え、56℃で2時間処理し、その後proteinase K(終濃度2.5mg/mL)を加えて37℃で2時間処理した。1/2量の10M酢酸アンモニウム、2.5倍量のエタノールを加え、15000rpm、10分で遠心をし、エタノール沈殿を行い、エバポレーションを行い、乾燥DNAを得た。DNAをミリQ 50μLに溶かし、アガロースゲル電気泳動を行った。泳動後のゲルをエチジウムブロミドで染色し、UV照射下でバンドを観察した。
【0092】
得られた結果を図15に示す。ペプチドグリカン投与したカイコの脂肪体からアポトーシスの特徴である断片化DNAが検出された。生理食塩水を投与したカイコの脂肪体からは断片化DNAは検出されなかった。
【0093】
以上の実施例、試験例を通じて、本発明が従来行われている薬剤のスクリーニング方法とは異なる方法によって組み立てられており、in vivoでの評価系を基礎としており、簡便で再現性が良く、倫理上、コスト上の問題も少ない方法となっていることが確認できる。従来の方法と原理等が異なることは、従来の方法で見出される剤はもとより、特にこれまで見出されていなかった自然免疫過剰活性化抑制剤を効率よく探索することを可能とするものである。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の、昆虫の幼虫を用い自然免疫過剰活性化状態の惹起に歯周病菌、歯周病死菌又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与する方法は、コスト上、倫理上等の問題点がないため、種々の疾患の原因となっている自然免疫活性化状態を抑制、改善、予防等するための物質をスクリーニングする方法として有用であり、またその方法によって見出された物質を自然免疫抑制剤等として提供できるので、医療分野を始めあらゆる分野に広く利用されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】歯周病菌投与によりカイコが殺傷されることを示す図である。
【図2】歯周病菌によるカイコの個体死が抗生物質によって治療されないことを示す図である。
【図3】歯周病菌のオートクレーブ処理死菌でもカイコが殺傷されることを示す図である。
【図4】歯周病菌の毒素、絨毛欠損株、莢膜産生低下株でもカイコが殺傷されることを示す図である。
【図5】歯周病菌から精製されたペプチドグリカンによりカイコが殺傷されることを示す図である。
【図6】歯周病菌由来ペプチドグリカンのカイコ殺傷能が、その特異的分解酵素により低下することを示す図である。
【図7】歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコ中のメラニン生成が、セリンプロテアーゼ阻害剤やフェノールオキシダーゼ阻害剤により抑制されることを示す図である。
【図8】セリンプロテアーゼ阻害剤により、歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの個体死が遅延することを示す図である。
【図9】フェノールオキシダーゼ阻害剤により、歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの個体死が遅延することを示す図である。
【図10】メラニン化の生成物であるメラニンにより、カイコが殺傷されないことを示す図である。
【図11】過酸化水素により、カイコが殺傷されることを示す図である。
【図12】過酸化水素分解酵素カタラーゼにより、歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの個体死が遅延することを示す図である。
【図13】ラジカルスカベンジャーにより、歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの個体死が遅延することを示す図である。
【図14】システインプロテアーゼ阻害剤により、歯周病菌由来ペプチドグリカンによるカイコの個体死が遅延することを示す図である。
【図15】歯周病菌由来ペプチドグリカンを投与したカイコの脂肪体において、フラグメント化したDNAが検出されることを示す図である。
【図16】歯周病菌由来ペプチドグリカン投与によるカイコの個体死のメカニズムを説明する模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる程度を指標に被検物質を選択することを特徴とする、自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項2】
下記の工程、
(1)昆虫類の幼虫に、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与する工程
(2)被検物質を上記昆虫類の幼虫に投与する工程、
(3)上記昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度を測定する工程、
(4)歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与し、かつ被検物質も投与した昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度が、歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンのみを投与し、被検物質は投与していない昆虫類の幼虫の症状又は個体死の程度に比較して改善されている被検物質を選択する工程、
を有することを特徴とする、請求項1記載の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を使用することを特徴とする自然免疫過剰活性化抑制剤の製造方法。
【請求項4】
歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与することによる昆虫類の幼虫の症状又は個体死について、その症状又は個体死を改善させる能力を有することを特徴とする自然免疫過剰活性化抑制剤。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の自然免疫過剰活性化抑制剤のスクリーニング方法を使用して製造されたことを特徴とする自然免疫過剰活性化抑制剤。
【請求項6】
請求項4又は請求項5に記載の自然免疫過剰活性化抑制剤の、自然免疫過剰活性化を原因とする全身性疾患治療薬としての使用。
【請求項7】
歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを昆虫類の幼虫に投与することを特徴とする自然免疫過剰活性化モデルの作製方法。
【請求項8】
歯周病菌及び/又は歯周病菌死菌及び/又は歯周病菌のペプチドグリカンを投与され、自然免疫過剰活性化状態が惹起された昆虫類の幼虫。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図16】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−13376(P2010−13376A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173129(P2008−173129)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【出願人】(501481492)株式会社ゲノム創薬研究所 (25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(507116994)イマジングローバルケア株式会社 (2)
【Fターム(参考)】