説明

臭気抑制菌を用いた練り製品の品質改良

【課題】魚臭が消臭された練り製品とその新規な製造方法を提供すること。
【解決手段】魚肉すり身から練り製品を製造する際に、魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属(Staphylococcus)の細菌を、魚肉すり身に添加することを特徴とする、練り製品の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、練り製品の品質改良、具体的には練り製品の魚臭を消臭させる方法に関する。詳しくは、魚臭を減少させる能力を有する細菌を魚肉すり身に添加することにより魚臭が消臭された練り製品およびその製造方法に関する。さらに、本発明は、魚臭を減少させる能力を有する細菌を含有することを特徴とする、練り製品の品質改良剤に関する。
【背景技術】
【0002】
練り製品とは、一般的に、魚肉のすり身に塩を加え、さらに適宜これに調味料等を加えて混合し、成型した後、加熱して凝固(ゲル化)させた食品であり、例としてはかまぼこ・はんぺん・ちくわ・さつま揚・魚肉ソーセージ等が挙げられる。これらの伝統的な製品の他に、魚肉すり身を用いた練り製品にはすり身入り卵焼き(伊達巻)、魚肉ハム、魚肉ハンバーグや各種風味かまぼこ等もある。魚肉すり身は一般に安価であり、製造や入手も容易で、調味料や配合材料を変えることによりさまざまな味や形態にすることができるため多様な食品に用いられている。
【0003】
原料となる魚の種類によって、できるすり身の性質は様々である。中でも、伝統的なかまぼこは原料の持ち味を生かした微妙な風味と弾力のある食感が特徴であり、原料としてはクセの少ない白身の魚が用いられる。特に、スケトウダラの冷凍すり身が昭和35年に開発されてから、白く、淡泊な味で程よい弾力があり、安価なこととも相まって、かまぼこの主原料として広く使われるようになった。しかし、スケトウダラの漁獲量は、1990年代に入ってから減少に向かっており、最近では、代替原料としてイトヨリダイ、キントキダイ、グチ、ヒメジ、エソ、カマス等の南方の暖海性の魚の冷凍すり身も用いられるようになってきている。
【0004】
かまぼこの原料として東南アジアなど熱帯地方で取れる魚の冷凍すり身を用いる場合、スケトウダラに比べて魚臭が強いため、かまぼこの微妙な風味が損なわれるという欠点がある。そこで、清酒(アルコール)、ぶどう酒、みりんなどを用いた魚臭のマスキングによって魚臭を軽減することが試みられているが、あまり効果的とはいえないのが現状である。
【0005】
魚臭の軽減に関し、本発明者らは、先に、魚醤から分離したスタフィロコッカス属の細菌(特に、Staphylococcus xylosus)を用いて魚醤中の不快な臭気成分を減少させる方法を発表した(特許文献1:特許第3671179号「魚醤およびその製造法」)。魚醤は、いわし、はたはた、いか等を塩漬けにし、常温で発酵させ液状にする食品であり、独特の強い臭気を有する。また、本発明者らは、マルソウダの魚醤原料もろみから分離したStaphylococcus xylosus R4Nu株による、タイ産魚醤の臭気の変化についても報告している(非特許文献1:Journal of Food Science(2004) Vol.69, No.2)。この報告によれば、R4Nu株は、不快臭の源と考えられる2-エチルピリジン、ジメチルトリスルフィドを減少させることにより魚臭、汗臭、糞便臭の減少に寄与すると考えられており、原因となる臭気成分は不明であるが酸敗臭も減少させることが官能試験において確認されている。さらに、本発明者らは、醤油麹を用いて調製したマルソウダ魚醤油のもろみから分離した Staphylococcus nepalensisを黒作りイカ塩辛に添加し、貯蔵後の呈味成分と揮発性成分を分析した結果、その菌を添加した黒作りの揮発性有機酸類、アルデヒド類、含硫化合物、アルコール類およびエステル類の組成が、菌無添加のものとは異なり、二硫化ジメチルは検出されなかったこと、さらに官能評価では、魚臭さや不快なイカの臭いは無添加のものよりも低減したことを報告している(非特許文献2:日水誌、71(4)、611-617(2005)「マルソウダ魚醤油のもろみから分離した Staphylococcus nepalensisによる黒作りイカ塩辛の臭気の改良」)。しかし、臭気改善に寄与するこれらの細菌の詳しい代謝は不明である。
【0006】
上述の報告はいずれも常温で発酵させる食品の強烈な発酵魚臭に関するものであり、練り製品のように加熱して製造される食品に関して、細菌を用いて微妙な魚臭の軽減を試みた例はこれまで報告されていない。
【特許文献1】特許第3671179号
【非特許文献1】Journal of Food Science(2004) Vol.69, No.2, Published on Web 2/20/2004, FMS45-49
【非特許文献2】日水誌,71(4), 611-617 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、従来の清酒等を用いたマスキングでは隠し切れなかった魚臭が消臭された練り製品とその新規な製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上述の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、魚臭を減少させる能力を有する細菌を魚肉すり身に添加することにより上記課題を解決できることを見出し、次の発明を完成するに至った。
(1)魚肉すり身から練り製品を製造する際に、魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属(Staphylococcus)の細菌を、魚肉すり身に添加することを特徴とする、練り製品の製造方法。
(2)魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を、魚肉すり身に添加し、これを混合し、さらに加熱する工程を含む、練り製品の製造方法。
(3)細菌が、Staphylococcus nepalensisであることを特徴とする、(1)または(2)の方法。
(4)細菌を、すり身中の菌濃度が、1x104 cells/g以上になるように添加することを特徴とする、(1)から(3)のいずれかの方法。
(5)魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を、魚肉すり身に添加することにより製造された、練り製品。
(6)魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を含有することを特徴とする、魚臭が問題となる練り製品の品質改良剤。
(7)細菌を液体培養物の状態で含有する、(6)の品質改良剤。
(8)細菌を凍結乾燥の状態で含有する、(6)の品質改良剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、清酒等を用いたマスキングでは隠し切れなかった魚臭が消臭された練り製品が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明につき、さらに詳細に説明する。
練り製品
本発明において練り製品とは、魚肉を練って加工した食品のことをいう。具体的には、魚肉すり身を、塩その他の調味料等の他の原料と共にすり潰してから加熱することにより製造された食品であり、例としては蒲鉾・はんぺん・ちくわ・さつま揚・魚肉ソーセージ等の伝統的な製品の他に、かに風味(かに足)かまぼこ・魚肉ハム・すり身入り卵焼き(伊達巻)・魚肉ハンバーグなども挙げられる。本発明において、練り製品には、魚肉のみで構成された練り製品、これに調味料、さらにでん粉や卵白等の増量または補強剤、および糖類や重合リン酸塩等の変性防止剤等を加えた練り製品、魚肉の他に魚肉以外の副原料(例えば、畜肉、卵、野菜片、豆類等)を混和した練り製品等の、魚肉すり身を主材料あるいは副材料とするあらゆる性状の練り製品を含む。
【0011】
本発明において、魚肉すり身は、一般的な手順に従って調製することができ、例えば、次のようにして得ることができる。まず、新鮮な原料魚を調理し、頭や内臓等の余分な部分を除去し、魚肉を採肉して落し身を得る。次に、落し身を水晒しして、皮や骨、その他の無機物、血液及び水溶性タンパク質等を除去し、その後脱水・裏ごしして、生すり身(晒し身)を得る。冷凍すり身として保存する場合、さらに凍結変性防止剤を添加して凍結させる。本発明においては、生すり身と冷凍すり身のいずれのすり身も用いることができるが、実用的には、冷凍すり身が一般的であり、利用しやすいと思われる。
【0012】
本発明において用いるすり身の原料魚としては、従来の冷凍すり身に用いられているあらゆるものを含み、例えば、スケトウダラ、イトヨリダイ、キントキダイ、グチ、ホッケ、ミナミダラ、パシフィックホワイテング、エソ、キンメダイ、ハモ、ヒメジ、カマス、イワシ、アジ等が挙げられ、従来から行われているように、複数種の原料魚を使い、好ましい性状のよいものが出来るように配合することもできる。特に、本発明による魚臭が消臭された練り製品の製造が効果的に適用され得るのは、一般的なスケトウダラよりも魚臭が強い、イトヨリダイ、キントキダイ、グチ、ヒメジ、エソ、カマス等の南方の暖海性の白身魚をすり身の主な原料魚として配合したものを用いることである。
【0013】
上述のようにして調製された生すり身、あるいは冷凍すり身を解凍したものに、塩、および必要に応じてその他の調味料、さらに副原料を添加し、これを混合して擂り、ペースト状に加工する処理が、擂潰の工程である。本発明においては、擂潰に際して、魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属(Staphylococcus)の細菌をすり身に添加することが特徴であるが、その他に添加される調味料および副原料については特に制限がない。また、冷凍すり身を用いる場合、細菌が生きた状態で保たれる限りにおいて、半解凍ないし半凍結状態のすり身でも、完全に解凍したすり身でも使用可能である。細菌の添加については、詳しく後述する。
【0014】
練り製品を製造するには、上述の塩ずり処理(擂潰)によりすりつぶされてペースト状となった魚肉を、それぞれの製品に応じて成型した後、加熱し、魚肉を凝固(ゲル化)させる。加熱の方法は、蒸煮、湯煮、焼き、油揚げ、あるいはこれらの組み合わせ等、様々なやり方が可能である。本発明において、加熱の方法は特に限定するものではないが、食品衛生上の観点からは、加熱により添加された細菌を死滅させることが必要であり、中心温度を75℃以上にすることが好ましい。
【0015】
練り製品の製造について、さらに詳しくは「岡田 稔 著 かまぼこの科学 成山堂書店(平成12年発行)」を参照されたい。

本発明で利用可能なスタフィロコッカス属(Staphylococcus)の細菌
本発明はスタフィロコッカス属の細菌を、魚肉すり身に添加することを特徴とするものであり、当該細菌は伝統的発酵食品その他の長年の食経験のある食品から分離することができる。このように食品から分離される細菌は食品衛生上安全性が高い。
【0016】
使用する細菌を分離する方法に特別な制限はないが、例えば、醤油麹等の発酵物から高塩培地(例えばヌートリエントブロス:Nutrient Brothに食塩を18%添加したもの)に生育する各種の微生物を得る。さらに、各微生物を個別に培養及び増殖後、単離された各微生物の生理性状からスタフィロコッカス属と推定される菌をスクリーニングする。次いで、菌を魚すり身に添加し、後述の不快な魚臭が消臭された魚肉練り製品の製造方法を参考にして、魚臭を減少させる能力を有するか否かを判断し、スタフィロコッカス属と推定される菌のうちで利用可能な菌を選別することができる。
【0017】
その後、菌の属を特定するために、表現型に基づく分類法に従って、まず、グラム染色性、細胞形態、胞子形成能、運動性、カタラーゼ活性、オキシダーゼ活性、O/F試験を実施し、続いて迅速同定試験を実施することによって菌の種を特定する。さらに16SrRNA(リボソームRNA)遺伝子の塩基配列の比較を行い、正確な同定を行うことができる。本発明に使用するために好ましいスタフィロコッカス属の細菌は、スタフィロコッカス・ネパレンシス(Staphylococcus nepalensis)である。この細菌が分離できたか否かは、グラム染色性、細胞形態、胞子形成能、運動性、カタラーゼ活性、オキシダーゼ活性、O/F試験および迅速同定試験の実施により確認できる。これらの試験において、スタフィロコッカス属の細菌は後述の表1に記載された性質を示す。本発明において用いることができる細菌の迅速同定試験の一例は、Fukami et al.(Fisheries Science, Vol. 70, pp.916-923, 2004)に示されている。

細菌の添加
本発明においては、上述の方法で選択して、適宜増殖させたスタフィロコッカス属の細菌を、擂潰の際に魚すり身に添加し、これを混合して、さらに加熱することにより、魚臭が消臭した練り製品を得ることができる。
【0018】
細菌の添加は、適当な細菌濃度になるように調整した菌液を、擂潰の前、または擂潰の間、または擂潰の後に、すり身に添加することにより行うことができる。細菌をすり身に添加する時点における細菌の量としては、魚すり身中の菌濃度が、1x104 cells/g以上、好ましくは、1x105 cells/g以上、さらに好ましくは1x106cells/g以上、最も好ましくは1x107 cells/g以上になるように添加する。
【0019】
細菌を添加した後、菌が均一に分散するまで混合する。この混合は、細菌が生きた状態で保たれる限りにおいて、すり身と菌液とがよく混合するいかなる条件でも行うことが可能である。例えば、後述の実施例では、手ずりで、すり身と菌液を乳鉢中で混合している。実用的には、擂潰機と呼ばれる臼、攪拌装置を漬けたサイレントカッター、真空高速カッター、連続式カッター等に細菌を添加した魚肉を入れて擂り潰すことにより行うことができる。
【0020】
細菌を混合し、擂潰の終わったペースト状の擂り肉は、それぞれの製品に応じて成型してから加熱する。一般的に、ペースト状の擂り肉は、あまり長く常温に放置しておくと流動性がなくなりゲル化して成型が困難になるので注意が必要である。また、加熱の際にあまりゆっくりと昇温すると、すり身に内在する可能性のあるプロテアーゼが働いてゲル強度が低下する、いわゆる「戻り」と称される現象が起きて製品の劣化につながる恐れがある。しかしながら、後述の実施例で示されるように、擂り肉を放置する時間と温度条件は、本発明における練り製品の魚臭の消臭効果に関しては特に制限がないことが明らかとなっている。従って、擂潰後の加熱までの条件は、実際に製造する練り製品の所望の性状に応じて、当業者が適宜決定することが可能である。

魚臭が消臭された練り製品
本発明において、魚臭が「消臭」したというのは、一般的な官能評価法に従って、最終製品である練り製品を口腔内で咀嚼し、香りを評価した場合魚臭が気にならない、あるいは魚臭が全くないことを意味する。
【0021】
本発明により練り製品の魚臭が消臭する理由は明らかではないが、菌を混合してから静置する時間と温度にはあまり関係なく消臭効果が得られることから、魚肉がゲル化するまで昇温する加熱工程の間に菌の代謝作用により、例えば菌の異臭物質異化作用により、魚臭が消臭するのではないかと思われる。
【0022】
また、官能評価において、菌を添加して消臭効果が得られた練り製品の食感は、添加しない練り製品と比較して変化がなかった。食感とは、テクスチャー(歯ごたえ)のことであり、特に蒲鉾において重要な特徴である。

魚臭が問題となる練り製品の品質改良剤
本発明の別の側面は、魚臭が問題となる練り製品の品質改良剤であり、この品質改良剤は魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を有効成分として含有することを特徴とする。魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌は、上述の方法に従って、伝統的発酵食品等の食品から分離される。
【0023】
この品質改良剤中におけるスタフィロコッカス属の細菌の状態は、練り製品の製造工程において添加された場合に生菌として代謝作用が発揮される状態であればよく、例えば、細菌を液体培地で増殖させて得られた培養物そのままの状態、若しくは遠心分離等の手段により菌体を集めたもの、あるいは培養物を凍結乾燥して粉末状にしたもの等のいずれの状態であってもよい。
【0024】
本発明の品質改良剤を魚肉すり身に添加することにより、魚臭が問題となる練り製品の品質を改良することができる。ここで、「魚臭が問題となる練り製品の品質を改良する」とは、不快な魚臭を消臭することにより品質を改良するということである。本発明の品質改良剤は食感には影響を与えないことも特徴であり、例えば、蒲鉾の弾力のある好ましい食感には影響を与えず、不快な魚臭を消臭することができる。

以下で本発明の実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものでない。
【実施例1】
【0025】
細菌の分離と同定
日本国内で製造された醤油麹1gを無菌的に取り、殺菌した蒸留水10gに懸濁した液を、高塩培地(18%食塩を含むヌートリエントアガー培地(栄養培地)Difco製)に植菌した。約30℃、7日後、得られたコロニーに対し、微生物の同定を行った。
【0026】
上記方法で単離した微生物を純化し、それぞれ単離された微生物の生理性状を定法に則り、調べた。細胞形態、グラム染色、胞子、運動性、コロニー形態、カタラーゼ活性、オキシダーゼ活性、o/f試験を行い、それぞれ、球菌(1μm)、+、-、-、円形でなめらか、+、-、+という結果が得られたスタフィロコッカス属と推定された菌を一次スクリーニングとした(表1)。さらに、一次スクリーニングした微生物を再度純化し、18%食塩を含む栄養培地に移植して,32℃、3日間孵卵器にて培養し、コロニーを得た。これらの菌の種属を最終的に決定するため、以下のように、16S ribosomal RNA (rRNA)あるいはrpoB遺伝子の特定配列の解析により行った。各コロニーより1白金耳の菌塊を回収し,1%TritonX-100を含むTE緩衝液(100mM Tris-HCl , 50mM EDTA , pH8.0) 中に懸濁した。100℃で5分間加熱後,クロロホルム:イソアミルアルコール混液(24:1, v/v)を加えて攪拌し,遠心分離後の上清をDNA試料とした。16S rRNA遺伝子の解析に当たっては、前述のようにして調製したDNA溶液5μLにそれぞれ終濃度0.4μMとなるように 5’-GTTTAGGAGATACATCCATA-3’および5’-AGATATTGAAACAAACAGCATTACT-3’プライマーを加え,0.2mM dNTP, 1×Ex Taq緩衝液(Takara社製)および25mU Ex Taq DNA polymeraseとなるようにTE 緩衝液を加えて調製し,94℃30秒,50℃30秒,72℃30秒ずつ保温する反応を30回繰り返すポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で目的DNA断片を増幅した。一方、rpoB遺伝子の解析に当たっては、5’-ACAAACAACTTCGTCGTCTAA-3’および5’-TGCTCAAATGGAAGTACGTG-3’のプライマーを使用し、PCRは94℃30秒,55℃30秒,72℃1分30秒ずつ保温する反応を35回繰り返して行った。16S rRNAおよびrpoB遺伝子とも、増幅したDNA断片を常法に則り、アガロースゲル電気泳動に供与し、増幅されたバンドを常法の染色方法で染色し、バンドの有無を確認した。16S rRNA遺伝子の場合は191bp長、rpoB遺伝子の場合は約300bp長のDNA断片が得られた微生物のコロニーを、Staphylococcus nepalensisと同定した。図1で、rpoB遺伝子によるStaphylococcus nepalensisの同定を例示する。S.nepalensisの場合は写真のように300bp程度大きさのバンドがみられる。S.xylosusの場合は写真にはないが400bp以上のサイズのバンドがみられる。このようにして同定された菌を、WFT-1、WFT-2と命名した。
【0027】
【表1】

【実施例2】
【0028】
Staphylococcus nepalensisによるカマボコの消臭試験
1.イトヨリダイのすり身の配合
イトヨリダイすり身(インド産)(0.1%ピロリン酸、0.1%トリリン酸、4%蔗糖、4%ソルビットを配合)に対し、2.5%NaCl、30%水、3%清酒を配合し、イトヨリダイすり身とした。

2.細菌の添加
実施例1で単離されたS. Nepalensisを、18%NaClを含むNutrient Broth(Difco社製)中30℃で、定常期初期に到達するまで2日間培養した。得られた菌体を、18%NaCl(滅菌済み)中で2回洗浄後、遠心分離して菌体を回収した。
【0029】
得られた菌体を、下記の最終濃度になるように、18%NaClにて希釈し、菌液3mLを100gのイトヨリダイすり身に植菌した。すり身と菌液を乳鉢中でよく混合して、すり身中の菌濃度を均一にした後、成型容器に移した。
【0030】
実験開始時におけるすり身中の菌濃度は、1x102 、1x104、1x105 、1x106 、1x107 、1x108 cells/gとなる様に調整した。
これら6種類の異なる菌濃度をもつすり身のそれぞれについて、カマボコ作成の温度条件を3種類[温度条件(1):10℃一晩→85℃30分;温度条件(2):37℃1時間→85℃30分;温度条件(3):85℃30分)に設定して実験を行った。

3.対照区
対照区として、イトヨリダイすり身に対して、菌液の替わりとして、水3mLまたは清酒3mLを添加したすり身を用意して、これらについても上記3種類の温度条件でカマボコを作成した。

4.官能評価
【0031】
【表2】

【0032】
官能評価結果:
官能評価訓練を受けたパネラー7名(30歳から50歳代のパネラー)にて実施した。
対照区に対し、同一条件の製法で作成した菌添加評価区を比較した。
比較する方法は、作成したかまぼこを2センチ*1センチ*1センチ角に調整し、口腔内で咀嚼し、臭いおよびテクスチャーを上記に評点方法に従って評価した。最終判定の評点は一番多い評点とした。

5.結果
【0033】
【表3】

【0034】
温度、菌を作用させる時間にはあまり関係なく、消臭することができた。
すり身中の菌濃度は、1x104 cells/gで十分であったが(不快臭はない)、1x107cells/g以上で魚臭は完全に消失した。なお、対照区として用意した清酒添加区では、アルコール臭が残存しており、菌添加区のすり身と比較して明らかに臭いが異なった。また、添加による食感の変化は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の製造方法により、食感を変化させることなく、魚臭が強い原料魚のすり身から製造される練り製品において、従来の清酒を用いたマスキングでは隠し切れなかった特有の臭気を低減することが可能となった。本発明の製造方法は、イトヨリダイ等の魚臭が強い魚をすり身の主材料として含む練り製品のみならず、すり身材料の一部として含む練り製品においても用いることができ、適用範囲が広い。本発明の製造方法は、食品産業に大きな価値をもたらすものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】rpoB遺伝子配列の解析による種の決定の例を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚肉すり身から練り製品を製造する際に、魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属(Staphylococcus)の細菌を、魚肉すり身に添加することを特徴とする、練り製品の製造方法。
【請求項2】
魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を、魚肉すり身に添加し、これを混合し、さらに加熱する工程を含む、練り製品の製造方法。
【請求項3】
細菌が、Staphylococcus nepalensisであることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細菌を、すり身中の菌濃度が、1x104 cells/g以上になるように添加することを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を、魚肉すり身に添加することにより製造された、練り製品。
【請求項6】
魚臭を減少させる能力を有するスタフィロコッカス属の細菌を含有することを特徴とする、魚臭が問題となる練り製品の品質改良剤。
【請求項7】
細菌を液体培養物の状態で含有する、請求項6に記載の品質改良剤。
【請求項8】
細菌を凍結乾燥の状態で含有する、請求項6に記載の品質改良剤。

【図1】
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【公開番号】特開2009−44961(P2009−44961A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−210821(P2007−210821)
【出願日】平成19年8月13日(2007.8.13)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(503096591)学校法人酪農学園 (13)
【Fターム(参考)】