説明

船体構造

【課題】 船底形状の改良により波があっても波から受ける衝撃を小さくして高速で航行できる上、追い波のある状況でも船が傾かず安定し、速度を過度に落さずに航行を継続できる船体構造を提供する。
【解決手段】 チャイン13を船首側から船尾側に向うほどその高さ方向位置が徐々に下がる配置とすると共に、船底12の略V字状断面形状を、船首側から船体中央にかけて略V字の開き角を小さくする一方、船体中央から船尾にかけては逆に大きくし、船体中央部で船底のV字をより鋭角とすることから、船体中央部で船底12に加わる波からの衝撃を緩和でき、波のある状況で高速航行しても船体に加わる衝撃が小さく、より安全、スムーズに航行可能となる。また、船首部の船底の略V字の開き角を大きく設定していることから、追い波の存在する場合に波からの影響を受けて傾くのを抑えられ、時化の状態でもより安定した航行が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いわゆる滑走艇型の高速船における船底を中心とする船体構造に関し、特に、波のある状況でも安定した高速航行が可能な船体構造に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、小型の漁船やプレジャーボートにおいても、移動に係る航行時間の短縮を図るため、必要に応じて高速航行可能であることが求められるようになっており、これらの船種でも高速航行に適した船型が採用されている。この高速航行に適した船型としては、いわゆる滑走艇型が一般的であり、通常、舷側と船底を分ける角部としてのチャインが形成され、且つ船底部はV字状断面形状をなしている。こうした従来の船体構造の一例として、特開平5−338582号公報に開示されるものや、特開2006−8091号公報の背景技術に記載されるものがある。
【特許文献1】特開平5−338582号公報
【特許文献2】特開2006−8091号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来の小型高速船は前記各特許文献に記載されるような構成とされており、航行時に発生する波しぶきが船体表面に沿って船上に向うのを防止する役割も果すチャインの位置が、船首部で高く、船尾部で低く設定されているのが一般的となっている。そして、このチャイン位置との関係もあって、従来の船体における船底のV字状断面形状のV字開き角は、前記特許文献2に示されるように、船首側から船尾側へ向うほど大きくなっている。しかし、この従来の船体構造では、船体中央で船底と水平線とのなす角が比較的小さいことから、波がある状況で航行する場合、船底は波からの衝撃を受けやすく、現実には波がある中での高速航行は難しいという課題を有していた。
【0004】
また、従来の船体におけるV字開き角は、航行時の波切り性能を重視して船首側で小さく、船底のV字が鋭角をなす状態となっているが、時化(しけ)の際など高い追い波が発生している状況での航行において、斜め後方から追い波を受けると、細い船首が一種の舵の役割を果して抵抗体となり、波の力で船首の向きが変って船をまっすぐ進められない事態が生じるなど、安定性に欠け、船体の傾きも大きくなって船が転覆する危険性も大きくなることから、実際の航行は非常に困難であるという課題を有していた。
【0005】
本発明は前記課題を解決するためになされたもので、船底形状の改良により波があっても波から受ける衝撃を小さくして高速で航行できる上、追い波のある状況でも船が傾かず安定し、速度を過度に落さずに航行を継続できる船体構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る船体構造は、舷側と船底との境界としてのチャインを備える船体構造において、船体の深さ方向寸法が船体の略中央で最大とされ、前記チャインが、船首側から船尾側に向うほど高さ方向位置を徐々に下げる配置として形成され、船首から船尾近傍にかけての船底横断面形状が略V字状とされると共に、当該略V字の開き角が、船首から船体の略中央にかけて次第に小さくなり、船体の略中央で約80〜100°とされる一方、船体の略中央から船尾にかけては次第に大きくなっていく形状とされてなるものである。
【0007】
このように本発明によれば、チャインを船首側から船尾側に向うほどその高さ方向位置が徐々に下がる配置とすると共に、略V字状断面の船底形状を船首側から船体中央にかけて、略V字の開き角を小さくする一方、船体中央から船尾にかけては大きくし、船体中央部で船底のV字をより鋭角とすることにより、高速航行時に水面と接する船体中央部で船底に加わる波からの衝撃を緩和でき、波のある状況で高速航行しても船体に加わる衝撃が小さく、より安全、スムーズに航行可能となる。また、チャイン位置から船底までの距離が船体中央で大きくなり、チャイン位置を相対的に吃水面から高い方に遠ざけることができ、摩擦抵抗が小さくなり、従来と同じ推力でスピードアップが図れる他、従来と同速度を得るのにより低燃費とすることができる。さらに、船首部の船底の略V字の開き角を大きく設定していることから、追い波の存在する場合に波からの影響を受けて傾くのを抑えられ、時化の状態でもより安定した航行が可能となる。
【0008】
また、本発明に係る船体構造は必要に応じて、前記船底における船体中央部から船首寄り所定範囲の各部位が、チャインの高さと当該チャイン直下における船底最下部の高さとの差寸法がいずれも略同じ値となる形状として形成されるものである。
【0009】
このように本発明によれば、船底の船体中央から船首寄り所定範囲部分にチャインの傾きに沿った船底が形成されることにより、水からの抵抗が小さく、滑走状態となる高速航行時に水面に接する最先端部分となる前記部位が水を切ってスムーズに安定航行できることとなる。
【0010】
また、本発明に係る船体構造は必要に応じて、船体全長における船首側約1/4の位置から船尾までの各位置における船体の幅を略同じ寸法とする船体形状として形成されると共に、当該幅が船体長手寸法の約25〜30%とされるものである。
【0011】
このように本発明によれば、船体の船首側を除く大部分を同じ幅とすると共に、この幅を全長に対する1/4程度の割合に設定し、全長に対する幅が比較的大きな船形とすることにより、船首部分の船底形状を無理なく水平線に対し浅い角度で形成でき、追い波からの影響を受けにくくすることができると共に、船体に十分な幅を与えて横安定性を付与でき、スムーズな航行を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る船体構造を図1ないし図5に基づいて説明する。図1は本実施形態に係る船体構造の側面図、図2は本実施形態に係る船体構造の底面図、図3は本実施形態に係る船体構造の正面図及び背面図、図4は本実施形態に係る船体構造における船型の正面線図、図5は図1における船体位置8及び5における船体横断面図である。
【0013】
前記各図に示すように、本実施形態に係る船体構造は、船体50において舷側11と船底12との境界としてのチャイン13を備えてなり、このチャイン13が、船首側から船尾側に向うほど高さ方向位置を徐々に下げていく配置として形成され、また、船首から船尾にかけての船底12横断面形状が略V字状とされる構成である。
【0014】
前記船体50は、図2に示すように、舳先Dから船体全長の1/4分船尾寄りの位置8から船尾後端Eまでの各位置における幅を略同じ寸法とする船体形状として形成されると共に、その幅が船体全長の約25〜30%とされる構成である。また、船体の深さ方向寸法は、船首側から船体中央にかけて大きくなり、船体中央部5を含む所定範囲で最大となる一方、船体中央から船尾にかけては小さくなっていく。
【0015】
前記船底12は、船体50下部においてチャイン13により舷側11から完全に区切られた形状部分として形成され、図4、図5に示すように、この船底12各部の略V字状断面における略V字の開き角θが、船体中央部5で約80〜100°、好ましくは約90°とされると共に、船首から船体中央部5にかけて次第に小さくなり、また、船体中央部5から船尾にかけては次第に大きくなっていき、船尾下端部Aではほぼ180°となる形状とされてなる構成である。言換えると、船底12は、船底12各部の船幅方向の水平線となす角(デッドライズ)αが、船首側から船体中央部5にかけて大きくなる一方、船体中央部5から船尾にかけては逆に小さくなっていき、船尾でほぼ0°となる形状とされる構成である。
【0016】
さらに、この船底12部分の幅は、チャイン13の船首側端部から徐々に増加して、舳先Dから船体全長の約1/4分船尾寄りの位置8で最大となり、ここから船尾にかけてはチャイン13の段付き部分の幅の増大に伴って少しずつ減少していく。そして、船尾下端部Aにおける船底12の幅は、船体全長の23%前後(約1/4.3)となるよう設定されている。
【0017】
船底12のV字状の先端となる角部分は、滑らかに連続する丸みを帯びた曲面形状とされ、且つこの船底12における曲面形状部分の幅が、船首側から船体中央部5にかけて徐々に大きくなり、船体中央部5でこの船体中央部5における船幅方向のチャイン間隔の約1/3.5となる最大幅をなす一方、船体中央部5から船尾にかけては徐々に小さくなる形状とされる構成である。
【0018】
この船底12において、船体中央部5から船首寄りの所定範囲、すなわち、舳先Dから船体全長の約1/4分船尾寄りの位置8から船体中央部5までの部位で、チャイン13位置からこのチャイン直下にあたる船底12最下部位置までの高さ寸法Hが略同じとされる構成であり、この範囲におけるチャイン13位置の船幅方向の変化は小さいことから、船底横断面の略V字の開き角θもこの範囲では略同一となっている。
【0019】
このチャイン13位置からこのチャイン直下にあたる船底12最下部位置までの高さ寸法Hは、前記範囲のいずれかで、船体全体の最大値をとる。前記範囲以外の部分における前記高さ寸法Hは、船首側から船体中央部5側に近付くにつれ大きくなる一方、船体中央部5から船尾に向かうにつれて小さくなり、船尾下端部Aでは0となる。
【0020】
この船体50の中央付近におけるチャイン13の高さ位置が、チャインと船底最下部との高さの差が大きくなる分、従来より相対的に高くなっていることから、喫水線から離れることとなり、チャインと水との摩擦抵抗が少なくなり、スピードアップと低燃費化が図れる。
【0021】
船体中央部5では、チャイン13位置からそのチャイン直下にあたる船底12最下部位置までの高さ寸法を十分大きく設定しており、その分、船底の船幅方向水平線となす角(デッドライズ)αを大きくする、すなわち略V字の開き角θを約80〜100°と狭角化できることから(図5(B)参照)、高速で波浪中を航行しても波から受ける衝撃を小さくすることができ、より快適に航行可能となっている。
【0022】
この船体中央部5における船底の略V字開き角θは80〜100°の範囲内が好ましく、より好ましくは約90°である。前記角度範囲より開き角が大きいと波からの衝撃が大きくなるなど、衝撃緩和の効果が十分得られなくなり、逆にこれより開き角が小さいと、船体内側のスペースが狭くなり過ぎて船体製作や船内の有効利用が困難になるという問題が生じる。
【0023】
一方、船体50の船首側では、船底12の船幅方向水平線となす角α(デッドライズ)を小さくする、すなわち船底12の略V字の開き角θを広角化しており、舳先Dから船体全長の約1/4分船尾寄りの位置8では開き角θを約115〜125°としていることから(図5(A)参照)、海が時化の状態となって航行中に追い波を受ける場合でも、船首が波に乗りやすく、船首が波にぶつかって波から力を受けて船が向きを変えたり大きく傾いたりすることはなく、安定性に優れて高速で波浪中を航行できる。
【0024】
この舳先Dから船体全長の約1/4分船尾寄りの位置8における船底12の略V字の開き角θは約115〜125°が好ましく、より好ましくは120°である。前記角度範囲より開き角が小さいと追い波に対応する効果が弱くなり、逆に開き角が大きくなり過ぎると、波から受ける衝撃が大きくなる。
【0025】
次に、本実施形態に係る船体構造を採用した船の航行状態を、全長12mの船体の例について、従来の同サイズの小型高速船との比較で説明する。まず、従来の船体では、船体の幅は長手方向に大きく変化しており、船尾下端部の幅は船体全長の約1/5.3であったが、本実施形態の船体構造においては、船体の幅は舳先Dから船体全長の1/4分船尾寄りの位置8と船尾との間で同一で、且つ船尾下端部Aの幅は船体全長の約1/4.3と広く設定されていることから、安定性が優れたものとなっている。
【0026】
高速滑走状態では、船体は船首側が浮上がった状態となって水面と接触する位置が後退して、船体中央部5より船首側の所定範囲の船底部分が波を切るような状態で、水上を滑走することとなる。従来の船体では、船体中央におけるチャイン位置と船底最下部との間の高さ寸法が約30cmと小さく、且つ船底の略V字の開き角θが120°と大きいことから、波からの衝撃を受けやすく、高速で波の中を航行することは困難であった。すなわち、時化の状況で高速航行すると船底の波から受ける衝撃が大きくなるため、現実には高速航行できなかった。
【0027】
本実施形態の船体構造では、船体中央部5におけるチャイン13位置と船底12最下部との間の高さ寸法Hが従来の3倍の約90cmとなっており、且つ船底12の略V字の開き角θが90°と小さいことから、船底12に加わる波からの衝撃を小さく抑えられ、時化の状況で高速航行しても船底12に受ける衝撃は従来型と比べて小さくなり、波の中を快適に高速航行でき、より安全でスムーズな航行を実現可能となる。
【0028】
加えて、本実施形態の船体構造では、チャイン位置からそのチャイン直下にあたる船底最下部位置までの高さ寸法Hが、舳先Dから船体全長の約1/4分船尾寄りの位置8と、船体中央部5との間の区間でそれぞれ従来より大きくなった結果、水面に対するチャイン位置が従来より高くなることから、船体と水との摩擦抵抗が小さくなり、従来と同じ推力でスピードアップが図れ、また、従来と同速度を得るのに燃費低減が実現する。
【0029】
一方、船首部分で波とぶつかるような状況、例えば、時化で追い波が生じている状況では、従来の船体の場合、船首部分の船底、特に、舳先から船体全長の約1/4分船尾寄りの位置における船底の略V字の開き角θが90°と小さいことから、追い波に対し、船首における水の抵抗が少ないことで安全性に欠け、追い波に乗りにくかった。
【0030】
本実施形態の船体構造では、舳先Dから船体全長の約1/4分船尾寄りの位置8における船底の略V字の開き角θが約115〜125°と従来より大きいことから、船首部の船底と幅方向水平線とのなす角も小さくなっており、追い波のある状況で船首における水の抵抗が大きく、時化の状態でも追い波の影響を受けにくく安全に航行可能であり、波に対して傾きにくく、追い波に乗って安定した航行が行える。
【0031】
このように、本実施形態に係る船体構造においては、チャイン13を船首側から船尾側に向うほどその高さ方向位置が徐々に下がる配置とすると共に、船底12の略V字状断面形状を、船首側から船体中央にかけて略V字の開き角を小さくする一方、船体中央から船尾にかけては逆に大きくし、船体中央部で船底のV字をより鋭角とすることから、高速航行時に水面と接する船体中央部で船底12に加わる波からの衝撃を緩和でき、波のある状況で高速航行しても船体に加わる衝撃が小さく、より安全、スムーズに航行可能となる。また、チャイン13位置から船底までの距離が船体中央で大きくなり、チャイン位置を相対的に吃水面から高い方に遠ざけることができ、摩擦抵抗が小さくなり、高速化や低燃費化が図れることとなる。さらに、船首部の船底の略V字の開き角を大きく設定していることから、追い波の存在する場合に波からの影響を受けて傾くのを抑えられ、時化の状態でもより安定した航行が可能となる。
【0032】
なお、前記実施形態に係る船体構造では、全長12mの小型船への適用例を示しているが、これに限らず、大小を問わず様々な大きさの船体で採用できると共に、船種も漁船等特定の種類に限定されるものではなく、多種多様な船に適用できる。
【0033】
また、前記実施形態に係る船体構造において、船底12を連続した平面及び/又は曲面で形成する構成としているが、これに限らず、船底、特に船体中央部より船尾側に、いわゆる境界層制御技術に基づいて航行状態での船底と水との接触抵抗を減らす凹部や段部等を付加形成する構成とすることもでき、高速航行時のスピードアップ又は低燃費化が図れることとなる。
【0034】
また、前記実施形態に係る船体構造において、船底12の船尾部分は略平面状に形成する構成としているが、これに限らず、船尾下方のスクリュープロペラの直上部分に位置する船底の所定範囲に凹部を形成し、この凹部の分だけプロペラ位置を上げて配設する構成とすることもでき、プロペラ軸の傾斜を小さくできることでプロペラに加わる抵抗を小さくして推進効率を高められ、さらなるスピードアップ又は低燃費化が図れることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態に係る船体構造の側面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る船体構造の底面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る船体構造の正面図及び背面図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る船体構造における船型の正面線図である。
【図5】図1における船体位置8及び5における船体横断面図である。
【符号の説明】
【0036】
11 舷側
12 船底
13 チャイン
50 船体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
舷側と船底との境界としてのチャインを備える船体構造において、
船体の深さ方向寸法が船体の略中央で最大とされ、
前記チャインが、船首側から船尾側に向うほど高さ方向位置を徐々に下げる配置として形成され、
船首から船尾近傍にかけての船底横断面形状が略V字状とされると共に、当該略V字の開き角が、船首から船体の略中央にかけて次第に小さくなり、船体の略中央で約80〜100°とされる一方、船体の略中央から船尾にかけては次第に大きくなっていく形状とされてなることを
特徴とする船体構造。
【請求項2】
前記請求項1に記載の船体構造において、
前記船底における船体中央部から船首寄り所定範囲の各部位が、チャインの高さと当該チャイン直下における船底最下部の高さとの差寸法がいずれも略同じ値となる形状として形成されることを
特徴とする船体構造。
【請求項3】
前記請求項1に記載の船体構造において、
船体全長における船首側約1/4の位置から船尾までの各位置における船体の幅を略同じ寸法とする船体形状として形成されると共に、当該幅が船体長手寸法の約25〜30%とされることを
特徴とする船体構造。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−67130(P2009−67130A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235397(P2007−235397)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【出願人】(507305222)