説明

船尾揚収船

【課題】 船尾から舟艇を揚収するスリップウェー方式またはドック方式とする場合、トランサム部に設けられた観音開きの扉体を、航走による水流の抵抗を受けて全開にできない状況に鑑みて、円滑に全開させることができる扉体を備えた船尾揚収船を提供する。
【解決手段】 母船1の船尾に設けられた観音開きの扉体4の一対のヒンジ軸4aを、上方が下方よりの軸間距離が小さくなるようハ字形の位置関係となるよう設定する。これにより、扉体4を開放する際には、該扉体4は斜め上方に回動することになり、開放時に該扉体4の下端部が母船1の船底から突出することがない。このため、船底から後方に流れる水の影響を極力受けることがなく、円滑な開放を行え、航走の抵抗となることがないので船速が減じられることがない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、船尾より舟艇の出入を行うスリップウェー方式またはドック方式の母船である船尾収容船に関する。
【背景技術】
【0002】
警備救難や種々の海洋調査等を行う船舶には、母船となる該船舶から離脱させて航走できる舟艇が搭載されているものがあり、例えば救命作業や小島に上陸する必要がある場合等には、母船から舟艇を離脱させて救命作業や上陸作業を行うようにしており、この舟艇を母船に収容するために揚収装置が用いられる。特に、警備救難のように舟艇の利用が主要な母船では、船尾から離脱させ、揚収できるようにしたスリップウェー方式またはドック方式が採用されている。
【0003】
スリップウェー方式としては、例えば特許文献1に開示された舟艇の揚収装置がある。この揚収装置は、船底に複数個の車輪を有するウォータジェット推進式の舟艇を船舶に揚収する揚収装置であって、船舶の船体後部に、外端底面が海面下に位置すると共に内端底面が海面よりも上方に位置する舟艇の揚収凹部を形成し、上記揚収用凹部内に舟艇誘導用プラットフォームを、船体から外方に向かって出退可能に設け、且つ上記プラットフォームを出退させるウィンチ装置を設けた構成とされたものである。
【0004】
【特許文献1】実願昭59−156888号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スリップウェー方式の母船では、舟艇が出入するための扉体が出入り口となるトランサム部に設けられている。この扉体には、一般にトランサム部を全開放できるように観音開きのものが設けられている。従来のこの種の扉体を開閉する軸となるヒンジ軸は、鉛直方向に沿ったものとされているため、次のような問題が生じるおそれがある。
【0006】
母船は、その進行方向に沿った底面では、竜骨に沿った中央の部分が最も深い部分に位置し、この中央部から舷側にかけて徐々に浅くなっている。他方、前記観音開きの扉体は左右のそれぞれの扉体は先端部で重なり合い、この先端部が母船の中央部に位置し、ヒンジ軸と連繋している基端部の長さは、この先端部よりも小さくなっている。このため、扉体が開放された状態では、ヒンジ軸よりも長い先端部が該ヒンジ軸よりも舷側側に位置することになり、扉体の先端の下端部が船底から突出した状態となる。
【0007】
舟艇を離脱させたり揚収したりする場合には、前記扉体を開放することになるが、航走しながらであるため、母船の船底から後方への流れが船尾で渦流となって扉体に干渉することになり、扉体を開放するための抵抗となる。このため、全開にするために大きな動力を必要とすることになり、全開とすることができない状況にある。しかも、船底から突出した部分が航走の抵抗となって、船速を減じてしまうおそれがあり、例えば、警備救難のように短時間での作業が要望される場合などには、減速は望ましくない。
【0008】
そこで、この発明は、船尾に設けられた観音開きの扉体を航走しながら開放する際に、船底から後方への水流の影響を極力受けることのない船尾揚収船を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するための技術的手段として、この発明に係る船尾揚収船は、船尾に設けられたドックに収容された舟艇を該ドックから離脱させ、離脱していた舟艇を船尾からドックに揚収する船尾揚収船であって、船尾に、観音開きで開閉可能な扉体が設けられている船尾揚収船において、前記扉体の開閉のための一対のヒンジ軸を、軸間距離が上方よりも下方の側を大きくして鉛直方向に対して傾け、扉体の開放時に該扉体の下端が母船の船底よりも上位に位置することを特徴としている。
【0010】
扉体は前記ヒンジ軸を中心として回動することにより、観音開きで開閉される。そして、開放された状態では、扉体は斜め上方に回動するから、船尾のトランサム面内に扉体が位置することになる。
【0011】
また、請求項2に発明に係る船尾揚収船は、前記ドックの上方であって、前記扉体よりも上方に船尾揚収船の進行方向に直交する方向に摺動可能に、両開きの上部蓋を設けたことを特徴としている。
【0012】
例えば、通常の収容時には、ドックに蓋体を設けて風雨をしのげるようにすることが要望されている。しかし、荒天時における離脱、及び揚収時には舟艇が上下するため蓋体により形成される天井が圧迫することになり、乗組員が恐怖感を覚えるおそれがある。そこで、扉体の上方となる位置に開閉可能な蓋体を設けて、作業時の視界を確保すると共に、荒天時にも対応できるようにしたものである。
【発明の効果】
【0013】
この発明に係る船尾揚収船によれば、開放時に扉体の下端部が船底よりも下方に突出することがないから、該扉体の開放時の船底から後方への水流の影響を極力受けることがない。このため、扉体を大きな動力を要することなく円滑に開放させることができ、全開させることができる。また、船底から下方への突出部がないから、航走の抵抗となるものがなく、減速することなく揚収作業を円滑に行うことができる。
【0014】
また、請求項2の発明に係る船尾揚収船によれば、舟艇の離脱及び揚収時に蓋体を開放させることができるから、荒天時に舟艇が上方に持ち上げられた場合にも乗組員に与える恐怖感を極力抑制することができ、円滑な乗降を行えて、揚収作業を短時間で行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図示した好ましい実施の形態に基づいて、この発明に係る船尾揚収船を、この船尾揚収船となる母船1が備えた舟艇の揚収装置と併せて説明する。図4はこの母船1の後部を一部を切断して示す斜視図であり、図5は後部の構造を示す一部切断側面図である。該母船1の船尾の中央部には、甲板に形成された凹部によってドック2が設けられている。このドック2は舟艇を収容することができる大きさとされており、船尾にて開放されてトランサム部が設けられ、このトランサム部から舟艇3が出入することができるようスリップウェー方式としてある。図5に示すように、ドック2の床面2aは船尾側が下位となった傾斜面に形成されており、船尾側では水面Lよりも適宜深さまで潜水させてある。また、ドック2の前記トランサム部には、図6に示すように、ヒンジ軸4aを軸として開閉する観音開きの扉体4が設けられている。図6に示すように、ドック2は扉体4の側で間口が広くしてあり、ドック2の中央部から船首側にかけては、舟艇3を収容でき、舟艇の乗組員が乗り降りするのに支障のない程度の間隔が舟艇との間で形成される幅員とされている。また、床面2aは、例えばフッ素樹脂等の合成樹脂のように、舟艇3が円滑に滑ることができるよう摩擦係数の小さい部材が張られている。
【0016】
ドック2の床面2aには、母船1の進行方向を移動方向として無端循環移動するベルト5aを備えたベルトコンベア5が設けられており、該ベルトコンベア5の搬送面が床面2aとほぼ一致させてある。すなわち、このベルトコンベア5の搬送面が床面2aの一部を形成しており、したがって、図4に示すように、ベルトコンベア5は傾斜させて配設されている。また、この搬送面には適宜間隔で突起部5bが形成されている。さらに、このベルトコンベア5の船尾側の端部に臨んだ床面2aの先端は、曲げ成形されて湾曲部2bが形成されると共に、該湾曲部2bとベルトコンベア5の船尾側端部との間に、前記突起部5bが通過できる間隙Gが形成されている。また、このベルトコンベア5は、駆動モータ6との間に掛け渡されて駆動ベルト6aによるベルト駆動とされている。なお、駆動方式はベルト駆動に限らず、駆動モータの軸と直結した方式やギヤボックスを用いて変速する駆動方式等であっても構わない。
【0017】
他方、舟艇3の底面であって船首側のほぼ中央には、前記突起部5bと係脱可能な鉤部3aが設けられている。この鉤部3aが取り付けられる位置は、後述するように、舟艇3がドック2に進入した場合に、該鉤部3aが突起部5bと係合することができる位置としてある。また、舟艇3の船尾側底面には、舟艇3の直進性を良好なものとするための一対のスケグ3bが設けられているため、前記ベルトコンベア5の幅員は、この一対のスケグ3bの間隔よりも小さいものとしてある。また、ドック2の底面2aの船尾側端部には、図1及び図5に示すようにローラ7aが設けられており、ドック2に出入する際に該ローラ7aに舟艇3の底面が接触するようにしてある。また、図4ないし図6に示すように、ドック2の壁面には開放側から適宜位置まで、適宜間隔でローラ7bが設けられており、舟艇3がドック2の中心から不用意に偏倚した場合などには、舟艇3の舷側がこれらローラ7bに接触するようにしてある。
【0018】
そして、前記扉体4は、図1及び図6に示すように、ヒンジ軸4aを中心として回動することにより開閉する観音開きとされている。このヒンジ軸4aの軸間距離は、上方の側を下方の側よりも小さく、ハ字形となる位置関係で設けられている。このため、扉体4を開放した状態では、図1に示すように、該扉体4の下端部が母船1の底面よりも上方に位置するようにしてある。
【0019】
また、前記ドック2の上方には、図1ないし図3に示すように、水平方向に摺動することにより両開きで開閉する一対の上部蓋8が設けられている。この上部蓋8は、前記ドック2の上方であって、前記扉体4の上端よりも上方の位置に母船1の進行方向と直交する方向を長手方向として、該母船1の進行方向に一対で敷設されたガイドレール8aに案内されて摺動するようにされている。なお、図2(b)、(c)に示すように、ドック2の船首側のガイドレール8aはドック2の船首側の壁面に突設したレールブラケット8bに敷設され、船尾側のガイドレール8aは扉体4の上端に設けられた上面枠4bに敷設されて、上部蓋8の上面と後甲板1aの面とが一致するようにしてある。また、図4に示すように、ドック2に揚収された舟艇3に乗降するための乗降甲板2cが設けられているが、前記上部蓋8はこの乗降甲板2cを含めて開閉されるようにしてある。また、一対の上部蓋8は、それぞれ駆動装置9による動力を、ワイヤー9aと滑車9bとを組み合わせて構成された動力伝達機構を介して伝達することにより開閉するようにしてある。
【0020】
以上により構成されたこの発明の実施形態に係る船尾揚収船の作用を、舟艇の揚収作業と併せて以下に説明する。
【0021】
母船1から離脱している舟艇3を母船1に揚収する場合には、図5上想像線で示すように、舟艇3が母船1の船尾を臨む状態とし、その後該舟艇3をドック2に進入させる。このとき、ベルトコンベア5を作動させてベルト5aが無端循環移動している状態とする。舟艇3がドック2に進入して船首がベルトコンベア5の船尾側の端部に達すると、前記鉤部3aがベルト5aに乗り上げる。この鉤部3aにベルト5aに設けられた前記突起部5bが係合すると、以後はベルト5aの移動により舟艇3が移動させられる。このベルトコンベア5は傾斜させて設けてあるから、舟艇3はドック2内に引き上げられて、図5上実線で示すように、揚収されることになる。
【0022】
舟艇3が引き上げられる際、ドック2の床面2aを前記スケグ3bが擦過することになるが、この床面2aには摩擦係数の小さい材料が張られているから、舟艇3は円滑に引き上げられる。また、ベルトコンベア5の幅員は舟艇3の前記スケグ3bの間隔よりも小さいものとしてあるから、スケグ3bが該ベルトコンベア5に当接することがない。
【0023】
母船1に収容されている舟艇3を離脱させる場合には、前記ベルトコンベア5を揚収時とは逆方向にベルト5aが無端循環移動するよう作動させる。このベルト5aの移動によって、図5上実線で示す位置から後退することになる。この後退により舟艇3は船尾から徐々に水上に移動してゆく。この舟艇3の前記鉤部3aがベルトコンベア5と床面2aとの前記間隙Gに至ると、該鉤部3aから突起部5bが離隔し、以後は床面2aを滑りながらドック2から離脱することになる。
【0024】
前記舟艇3の離脱時や揚収時には、前記扉体4が開放される。扉体4が開放すると、図1に示すように、該扉体4の下端が母船1の船底から突出することがない。このため、高速での航走時に該扉体4に船底から後方へ流れることによる水圧が加えられないから、開放動作を円滑に行うことができる。しかも、開放状態においても扉体4が航走の抵抗とならない。
【0025】
また、通常、離脱及び揚収の際には視界を確保するために、前記上部蓋8を開放した状態で作業を行う。このとき、該上部蓋8がドック2の上方に存しないため天井がなくなり、荒天時に波浪により舟艇3が上方に持ち上げられた場合にも乗組員が恐怖感を持つことがない。このため、揚収作業を支障なく行うことができ、短時間で舟艇を揚収することができる。
【0026】
以上に説明した実施形態では、揚収装置にベルトコンベア5を用いて、そのベルト5aに突起部5bを形成し、舟艇3の船底に該突起部5bと係脱する鉤部3aを設けた構造として説明したが、揚収装置はベルトコンベア5によるものに限らず、例えばウィンチを利用するもの、その他であっても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0027】
この発明に係る船尾揚収船によれば、扉体の下端部が船底から突出することがないため、扉体を容易に全開まで開放させることができると共に、船速を減じることがなく、高速での揚収作業を行えるから、特に短時間の作業を要する、例えば警備救難などにとって有利なものとすることができる。また、ドックに開放可能な上部蓋を設けることにより、荒天時における離脱時や揚収時に乗組員等の恐怖感を減じて、さらに円滑な揚収作業を行える。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】この発明に係る船尾揚収船の船尾を示す図であり、扉体が開放した状態と閉成した状態とを併記してある。
【図2】(a)はこの発明に係る舟艇の揚収装置のドックの平面図であり、該ドックの上部蓋が解放した位置にある場合と、閉成した位置にある場合を併記してあり、(b)は扉体の上部に配設されたガイドレールの取付構造を、(c)はドックの船首側におけるガイドレールの取付構造を示している。
【図3】図2に示す上部蓋の左側面図であり、船尾側からの視図である。
【図4】この発明に係る船尾揚収船の船尾の概略を、一部を切断して示す斜視図である。
【図5】この発明に係る船尾揚収船の船尾に設けられた艇の揚収装置の概略構造を説明するための側面図である。
【図6】この発明に係る船尾揚収船の船尾に設けられた舟艇の揚収装置の概略構造を説明するための平面図である。
【符号の説明】
【0029】
1 母船
2 ドック
2a 床面
3 舟艇
3a 鉤部
3b スケグ
4 扉体
4a ヒンジ軸
5 ベルトコンベア
5a ベルト
5b 突起部
7a、7b ローラ
8 上部蓋
8a ガイドレール
G 間隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船尾に設けられたドックに収容された舟艇を該ドックから離脱させ、離脱していた舟艇を船尾からドックに揚収する船尾揚収船であって、船尾に、観音開きで開閉可能な扉体が設けられている船尾揚収船において、
前記扉体の開閉のための一対のヒンジ軸を、軸間距離が上方よりも下方の側を大きくして鉛直方向に対して傾け、扉体の開放時に該扉体の下端が母船の船底よりも上位に位置することを特徴とする船尾揚収船。
【請求項2】
前記ドックの上方であって、前記扉体よりも上方に船尾揚収船の進行方向に直交する方向に摺動可能に、両開きの上部蓋を設けたことを特徴とする請求項1に記載の船尾揚収船。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−38707(P2007−38707A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−222075(P2005−222075)
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(591118041)財団法人シップ・アンド・オーシャン財団 (21)