説明

船舶バラスト水処理剤及びこれを用いた船舶バラスト水の処理方法

【課題】 船舶バラスト水に含まれる細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅性に優れているとともに、安定性と防食性を有する船舶バラスト水の処理剤を提供する。
【解決手段】 船舶バラスト水の処理剤は、次亜塩素酸塩溶液に、ホスホン酸塩又はリン酸塩と、イソシアヌル酸又はスルファミン酸とを配合したものである。この船舶バラスト水処理剤のpHは11以下であるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶のバラストタンクに積み込まれる船舶バラスト水に含まれる細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅を行う船舶バラスト水の処理剤及びこれを用いた船舶バラスト水の処理方法に関し、特に安定性と防食性に優れた船舶バラスト水の処理剤及びこれを用いた船舶バラスト水の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に船舶、特に貨物船は、積載貨物などの重量を含めて設計されているため、空荷または積荷が少ない状態の船舶は、プロペラ没水深度の確保、空荷時における安全航行の確保等の必要性から、出港前に港において海水を取水して船舶のバランスを取るが、このバラストとして用いられる水のことを船舶バラスト水とよぶ。この船舶バラスト水は、無積載で出港するとき、その出港地で港の海水などをバラストタンクに積み込む一方、逆に港内で積荷をするときには、船舶バラスト水の排水を行う。
【0003】
ところで、環境の異なる荷積み港と荷下し港との間を往復する船舶によって船舶バラスト水の注排水が行われると、荷積み港と荷下し港における船舶バラスト水に含まれる微生物の差異により沿岸生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されている。そこで、船舶の船舶バラスト水管理に関する国際会議において2004年2月に船舶の船舶バラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約が採択され、船舶バラスト水の処理が義務付けられることとなった。
【0004】
船舶バラスト水の処理基準として国際海事機構(IMO)が定める基準は、船舶から排出される船舶バラスト水に含まれる50μm以上の生物(主に動物プランクトン)の数が1m中に10個未満、10μm以上50μm未満の生物(主に植物プランクトン)の数が1ml中に10個未満、コレラ菌の数が100ml中に1cfu未満、大腸菌の数が100ml中に250cfu未満、腸球菌の数が100ml中に100cfu未満となっている。
【0005】
このような船舶バラスト水の処理基準を満たすために、バラストタンクへ注水する海水中の微生物等を殺菌する船舶バラスト水の処理剤が種々提案されている。例えば、特許文献1には、船舶バラスト水に次亜塩素酸ナトリウムや次亜塩素酸カルシウムなどの塩素系の殺菌剤を添加して、滞留時間を確保することにより微生物等を殺菌する船舶バラスト水の処理方法が開示されている。また、特許文献2及び3には、船舶バラスト水に次亜塩素酸ナトリウムを添加して微生物等を殺菌する船舶バラスト水の処理装置が開示されている。さらに、塩素酸塩、過酸化水素及び硫酸から酸化物としての二酸化塩素を生成させて殺菌剤とする技術、過酸化水素と酢酸とから過酢酸を生成させ、余剰の過酸化水素と過酢酸とにより殺菌する技術が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−297610号公報
【特許文献2】特開2011−092899号公報
【特許文献3】特開2011−098269号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3で使用されている次亜塩素酸ナトリウムは、安価で液体であるので使用法も簡単であるが、高温では不安定で自己分解してしまうため、冷却装置を設けて30℃以下に保持する必要があり、管理が面倒であるという問題点がある。一方、特許文献1で使用されている次亜塩素酸カルシウムは、海水に溶解すると硫酸カルシウムが析出し、スケールとなるため、淡水化のための装置を設けるか、スケールの除去が必要となる、という問題点がある。
【0008】
また、塩素酸塩、過酸化水素及び硫酸から酸化物としての二酸化塩素を生成させて殺菌剤とする技術、過酸化水素と酢酸とから過酢酸を生成させ、余剰の過酸化水素と過酢酸とにより殺菌する技術では、これらの殺菌成分は非常に不安定であり、使用の直前に船上などで合成する必要があるという問題点がある。
【0009】
さらに、これらの殺菌剤はいずれも酸化剤(酸化性)であるので、十分なプランクトンの殺滅効果を得られるだけの量を添加すると、船舶バラスト水の配管やバラストタンクが腐食することがある。このような腐食の問題は、建造されて間もない船舶の場合には十分な塗装が施されているので問題とならないが、塗装から数年を経過したものでは、塗装の劣化や亀裂が生じ、極めて腐食しやすい状態となっている。このため、既存の船舶においては、これらの殺菌剤による腐食が大きな問題となっている。特にバラストタンクは船舶の外周側に設置されることが多いため、腐食が進むと浸水等の問題が生じかねないため、バラストタンクの腐食は船舶の寿命に大きく影響する。
【0010】
このように従来は、優れた殺菌性能を発揮するとともに防食性と安定性とに優れた船舶バラスト水の処理剤はなかった。
【0011】
本発明は、かかる課題を解決して、船舶バラスト水に含まれる細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅性に優れているとともに、安定性と防食性を有する船舶バラスト水の処理剤を提供することを目的とする。また、本発明はこのような船舶バラスト水の処理剤を用いた船舶バラスト水の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、第一に本発明は、次亜塩素酸塩溶液に、ホスホン酸塩又はリン酸塩と、イソシアヌル酸又はスルファミン酸とを配合したことを特徴とする船舶バラスト水処理剤を提供する(発明1)。
【0013】
かかる発明(発明1)によれば、次亜塩素酸により船舶バラスト水の細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅を行う一方、ホスホン酸塩又はリン酸塩によりバラストタンクの腐食を抑制することができる。このとき、十分な量のホスホン酸塩又はリン酸塩を溶解するには、pHをあまり高くすることができない一方、pHが低いと次亜塩素酸の自己分解が促進して有効塩素濃度が低下する。しかしながら、イソシアヌル酸又はスルファミン酸を配合することにより、次亜塩素酸の自己分解を抑制することができる。これにより、船舶バラスト水に含まれる細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅性を発揮しつつ、安定性及び防食性に優れた船舶バラスト水の処理剤とすることができる。
【0014】
上記発明(発明1)においては、前記船舶バラスト水処理剤のpHが11以下であるのが好ましい(発明2)。
【0015】
かかる発明(発明2)によれば、防食性の上で十分な量のホスホン酸塩又はリン酸塩を次亜塩素酸塩溶液に溶解することができる。
【0016】
また、第二に本発明は、次亜塩素酸塩溶液に、ホスホン酸塩又はリン酸塩と、イソシアヌル酸又はスルファミン酸とを配合した処理剤を船舶バラスト水に添加することを特徴とする船舶バラスト水の処理方法を提供する(発明3)。
【0017】
かかる発明(発明3)によれば、次亜塩素酸により船舶バラスト水の細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅を行う一方、ホスホン酸塩又はリン酸塩によりバラストタンクの腐食を抑制することができる。このとき、十分な量のホスホン酸塩又はリン酸塩を溶解するには、pHをあまり高くすることができない一方、pHが低いと次亜塩素酸の自己分解が促進して有効塩素濃度が低下する。しかしながら、イソシアヌル酸又はスルファミン酸を配合することにより、次亜塩素酸の自己分解を抑制することができる。これにより、船舶バラスト水に含まれる細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅性を発揮しつつ、有効塩素濃度を長期間維持するとともに防食効果を有する船舶バラスト水の処理方法とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の船舶バラスト水処理剤によれば、次亜塩素酸により船舶バラスト水の細菌類およびプランクトンなどの微小水生生物の殺滅を行う一方、ホスホン酸塩又はリン酸塩によりバラストタンクの腐食を抑制することができる。このとき、十分な量のホスホン酸塩又はリン酸塩を溶解するには、pHをあまり高くすることができない。その一方でpHが低いと次亜塩素酸の自己分解が促進されることにより経時安定性が低下し有効塩素濃度が低下する。しかしながら、イソシアヌル酸又はスルファミン酸を配合することにより、次亜塩素酸の自己分解を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本実施形態の船舶バラスト水の処理剤は、次亜塩素酸塩溶液に、ホスホン酸塩又はリン酸塩と、イソシアヌル酸又はスルファミン酸とを配合したものである。
【0020】
上記次亜塩素酸塩としては、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カルシウムなどを用いることができる。
【0021】
ホスホン酸塩としては、ホスホン酸ナトリウムなどを用いることができ、リン酸塩としては、リン酸ナトリウムなどの正リン酸塩、トリポリリン酸ナトリウム及びヘキサメタリン酸ナトリウムなどの重合リン酸塩等を用いることができる。
【0022】
イソシアヌル酸は、Cの分子式で表されるシアヌル酸の同位体であり、イソシアヌル酸に限らず、塩素化物などを用いることもできる。
【0023】
さらに、スルファミン酸としては、スルファミン酸に限らず、アルカリ金属スルファミン酸なども用いることができる。
【0024】
また、本実施形態においては、犠牲電極として金属亜鉛を添加することができる。金属亜鉛の形態としては特に制限はなく、亜鉛の板状体、粒状体、粉状体などを用いることができ、防食のためには、一定量以上の亜鉛が溶解する必要があることから、表面積の大きい粒状体が少ない添加量で済む。一方、実用的には、亜鉛の板状体用いるのが簡単である。なお、本明細書中において金属亜鉛とは、純亜鉛に限らず、亜鉛を50%以上、特に70%以上含有する亜鉛合金も含む。
【0025】
上述したような各種成分からなる本実施形態の船舶バラスト水の処理剤において、次亜塩素酸塩溶液は、有効塩素濃度4重量%以上、特に8重量%以上であるのが好ましい。有効塩素濃度4重量%未満では、船舶バラスト水に対して十分な殺菌性を発揮するための添加量が多くなりすぎる。また、有効塩素濃度の上限は安定性の面で15重量%以下程度である。
【0026】
また、ホスホン酸塩又はリン酸塩の配合量は、ホスホン酸(PO)又はリン酸(PO)が有効塩素量との重量比で0.05以上となるように配合するのが好ましい。ホスホン酸(PO)又はリン酸(PO)が有効塩素量との重量比で0.05未満では、次亜塩素酸塩溶液の酸化性に対して十分な防食性を発揮できなくなる。また、ホスホン酸塩又はリン酸塩の配合量の上限については、特に制限はないが、次亜塩素酸塩溶液への溶解性からホスホン酸(PO)又はリン酸(PO)が塩素との重量比で1.00以下であるのが好ましい。
【0027】
船舶バラスト水中における防食に必要なホスホン酸又はリン酸の量は、犠牲電極として金属亜鉛がない場合には、3〜100mg/L、好ましくは5〜50mg/Lであり、金属亜鉛がある場合には、1〜50mg/L、好ましくは2〜10mg/Lである。これらを考慮すると、具体的には、有効塩素濃度13重量%の次亜塩素酸塩溶液の場合には、ホスホン酸塩又はリン酸塩を0.4〜6.5重量%配合すればよい。
【0028】
さらに、イソシアヌル酸又はスルファミン酸の配合量は、有効塩素量に対してイソシアヌル酸の場合1〜100モル%、スルファミン酸の場合2〜100モル%である。イソシアヌル酸又はスルファミン酸の配合量が下限値未満では、次亜塩素酸の自己分解の抑制効果が十分でない一方、上限値を超えると次亜塩素酸塩溶液への溶解が困難となる。具体的には、有効塩素濃度13重量%の次亜塩素酸塩溶液ではイソシアヌル酸の場合には0.2〜26重量%程度、スルファミン酸の場合には0.3〜18.5重量%程度配合すればよい。
【0029】
また、金属亜鉛を添加する場合、亜鉛溶出量が電流値として5〜50mA/mとなる量を設置すればよい。電流値5mA/m以下では防食剤の低減効果が十分でない一方、50mA/mを超えると亜鉛が無駄になるため好ましくない。
【0030】
このような次亜塩素酸塩溶液をベースとした船舶バラスト水の処理剤は、pHは11以下であるのが好ましい。また、下限についてはpH8以上、特に9以上であるのが好ましい。これは以下のような理由による。
【0031】
すなわち、pHが11を超えると、次亜塩素酸塩溶液に十分な防食性を発揮する量のホスホン酸塩又はリン酸塩を溶解するのが困難となる一方、pHが11以下では、有効塩素濃度が8重量%では、次亜塩素酸の自己分解速度が大きくなるが、イソシアヌル酸又はスルファミン酸を配合することにより、次亜塩素酸の自己分解速度を小さく抑えることが可能となる。なお、pH8未満では、次亜塩素酸の自己分解速度の抑制が困難となるばかりか、殺菌性能も低下する。
【0032】
上述したような本実施形態の船舶バラスト水の処理剤の船舶バラスト水への添加量は、次亜塩素酸塩が2〜50mg/L程度(有効塩素濃度換算)とすればよい。なお、処理剤の添加量は、船舶バラスト水中の有機物(DOC、POCなど)の量やアンモニアの濃度によって適宜調整すればよい。
【実施例】
【0033】
以下の具体的実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
〔比較例1〕
【0034】
有効塩素濃度13重量%、pH11.5の次亜塩素酸ナトリウム溶液1Lにリン酸としてリン酸1ナトリウム45gを溶解しところ、有効塩素濃度12.6重量%でpHは6.3となり、十分な殺菌性と防食性とを有するものであった。この溶液を室温(26℃)で10分間ゆるやかに攪拌したところ、有効塩素濃度は9.6%へと低下し、その後も有効塩素濃度が急激に低下し、殺菌性が大幅に低下した。
〔比較例2〕
【0035】
有効塩素濃度13重量%、pH11.5の次亜塩素酸ナトリウム溶液1Lにリン酸としてリン酸1ナトリウム45gを溶解したところ、有効塩素濃度12.6重量%でpHは6.3となった。この溶液に顆粒のNaOHを徐々に添加したところpHが9.5を超えたところで、無色透明なリン酸1ナトリウムの析出物が確認され、防食性が大幅に低下することが確認された。
〔比較例3〕
【0036】
比較例2においてpHが9.0の時点でNaOHの添加を止め、この溶液を30℃で保存し、有効塩素濃度を経時的に測定したところ、1日当たり3.5重量%の有効塩素濃度の低下が観測され、殺菌性が大幅に低下した。
〔実施例1〕
【0037】
有効塩素濃度13重量%、pH11.5の次亜塩素酸ナトリウム溶液1Lにリン酸としてリン酸1ナトリウム45gを溶解しところ、有効塩素濃度12.6重量%でpHは6.3となり、十分な殺菌性と防食性とを有するものであった。この溶液にイソシアヌル酸500mg/Lを添加し、さらに顆粒のNaOHを徐々に添加し、pHが9.0の時点でNaOHの添加を止めた。この溶液を30℃で保存し、有効塩素濃度を経時的に測定したところ、1日当たりの有効塩素濃度の低下は1.2重量%に抑制され、殺菌性を長期間維持できることが確認された。
〔実施例2〕
【0038】
実施例1において、イソシアヌル酸500mg/Lの代わりにスルファミン酸1000mg/Lを添加した以外は同様にして、有効塩素濃度を経時的に測定したところ、1日当たりの有効塩素濃度の低下は1.4重量%に抑制され、殺菌性を長期間維持できることが確認された。
【0039】
これら実施例1、2及び比較例1〜3から明らかなとおり、次亜塩素酸ナトリウムにリン酸塩とイソシアヌル酸又はスルファミン酸を添加することにより、殺菌性と防食性と有効塩素濃度の安定性とを兼ね備えることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の船舶のバラストの水処理剤は、各種船舶、特に大型の船舶の船舶バラスト水の処理に好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次亜塩素酸塩溶液に、ホスホン酸塩又はリン酸塩と、イソシアヌル酸又はスルファミン酸とを配合したことを特徴とする船舶バラスト水処理剤。
【請求項2】
前記船舶バラスト水処理剤のpHが11以下であることを特徴とする請求項1に記載の船舶バラスト水処理剤。
【請求項3】
次亜塩素酸塩溶液に、ホスホン酸塩又はリン酸塩と、イソシアヌル酸又はスルファミン酸とを配合した処理剤を船舶バラスト水に添加することを特徴とする船舶バラスト水の処理方法。

【公開番号】特開2013−94766(P2013−94766A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242697(P2011−242697)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】