説明

船舶用自動操舵装置及び船舶用自動操舵装置用推定器の設計方法

【課題】 船体パラメータのノミナル値にパラメータ不確かさをもつ場合であっても、パラメータ不確かさを起因とする推定誤差を小さくすることができ、波浪モデルまたは舵角オフセットモデルを組み込んだ場合の、推定誤差と外乱除去との特性の関係に着目した実用的な船舶用自動操舵装置の推定器の設計を提供する。
【解決手段】 まず波浪モデル無しの推定器を、次に波浪モデル有りの推定器をそしてさらに舵角オフセットモデルを組み込んだ波浪モデル有りの推定器をそれぞれ設計する。波浪モデル無しの推定器ではパラメータ不確かさに起因した推定誤差の特性を把握し、閉ループ安定性を低下させる誤差要因を求め、それを低減させる設計を行う。波浪モデル有りの推定器および舵角オフセットモデルを組み込んだ波浪モデル有りの推定器では、波浪モデル無しの推定器の結果と比較して波浪モデルの導入による推定誤差と外乱除去との特性を把握し、推定誤差を波浪モデル無しの推定器の場合と同一にし、外乱除去性を前者の場合より向上する設計を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推定器を有する船舶用自動操舵装置に関し、特にパラメータの不確かさの存在下で波浪等の外乱による無駄舵を防止することができる船舶用自動操舵装置及び船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶用自動操舵装置は、設定針路に、ジャイロコンパスからの方位を追従させるために舵を制御する装置であり、制御系は、設定針路と船首方位との入力から偏差と旋回角速度とを求めフィードバックゲインを乗じて制御量である指令舵角を操舵機に出力する。操舵機は指令舵角に比例した舵角を動かすため、船体は舵角によって角速度を生じ方位が変化する。
【0003】
船舶用自動操舵装置の閉ループ系は図11に示すように船体モデルと波浪モデルとからなる制御対象と、推定器とフィードバックループとからなる制御系とから構成される。簡単化のため操舵機を省くので、指令舵角は舵角と等価になる。同図においてsはラプラス演算子を、

はそれぞれ設定方位,検出方位,方位,波浪を、rは角速度を、δは舵角を、νは白色ノイズN(0,1)を、それぞれ示す。方位,舵角及びノイズの単位は[deg]とし、角速度のそれは[deg/s]とする。Ksn,Tsn,Ts3nは、船体パラメータのノミナル値で、それぞれ旋回力ゲイン[1/s],船体時定数[s],舵感度時定数[s]を、ζwn,ωwn,Kwnは波浪パラメータのノミナル値でそれぞれ減衰係数,固有周波数[rad/s],ゲイン[1/s]を、K,KDはフィードバックゲインでそれぞれ比例ゲインと微分ゲイン[s]を、それぞれ示す。なお添字(・),(・)はそれぞれ船体と波浪とを、(・)n ,(・)aはそれぞれノミナル値と実際値とを、アクセント

は推定値を、それぞれ意味する。
【0004】
荒天時、方位に含まれる外乱成分が制御系を経て舵角に入力するために、操舵機は無効な操舵を行い機器の疲労や磨耗、燃料の損失を招くことになる。かかる無駄舵を防止するために各種のフィルタや天候調節機能が提案されている(非特許文献1、非特許文献2)。その中で外乱モデルとして波浪モデルを組み込んだ推定器の外乱除去効果の有効性が報告されている(非特許文献3、非特許文献4)。
【0005】
また、特許文献1では、定常カルマンフィルタを用いて、旋回角速度及び方位誤差の最適値を推定して天候調整を行うようにしたカルマンフィルタを含む自動操舵装置を開示している。
【0006】
【非特許文献1】大津、長谷川、IX. オートパイロットの評価と展望、第3回操縦性シンホジウムテキスト、日本造船学会試験水槽委員会、p.243/279(1981)
【非特許文献2】Fossen, T. I., "Guidance and Control of Ocean Vehicles", John Wiley & Sons Ltd., p.222/245(1994)
【非特許文献3】Fossen, T. I., "High Performance Ship Autopilot With Wave Filter", Proceedings of the 10th International Ship Control Systems Symposium (SCSS’93), p.2.271/2.285 (1993)
【非特許文献4】Grimble, M. J., Patton, R. J., and Wise, D. A., "The Design of Dynamic Positioning Control System Using Stochastic Optimal Control Theory", Optimal Control Applications and Methods, Vol.1, p.167/202 (1980)
【特許文献1】特公平4−5598号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、制御対象の船体モデルは、載荷の変化によるノミナル値のパラメータ不確かさを持ち、図11中のKsn,Tsn,Ts3nはKsa,Tsa,Ts3aに変化する。そのためノミナル値のモデルベースで構成する推定器は載荷の変化によって推定値に誤差を生じる。このため、推定値の状態フィードバックによる閉ループ安定性は、推定誤差によって劣化し、船体を蛇行航行させる(ヨーイング)おそれがある。
【0008】
しかしながら、従来の推定器の設計にあたっては、かかるパラメータ不確かさに対する検討については、何らなされていなかった。
【0009】
本発明は、このような状況に鑑みて、船体パラメータのノミナル値のパラメータ不確かさを積極的に考慮に入れて、該パラメータ不確かさを起因とする推定誤差を小さくすることができるようにした船舶用自動操舵装置及びその推定器の設計方法を提供することをその目的とする。本発明のさらなる目的は、波浪モデルまたは舵角オフセットモデルを組み込んだ場合の、パラメータ不確かさを起因とする推定誤差と外乱除去との特性の関係に着目して設計された船舶用自動操舵装置及びその推定器の実用的な設計方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる目的を達成するために、本発明の請求項1に記載の発明は、設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

とを出力する推定器を有する船舶用自動操舵装置において、
推定器の特性多項式として、
【0011】
【数1】

と置いたときに、
λe2は、波浪モデルが仮に無いとしたときの船体モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζ、ωがそれぞれ船体モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、
ωを操舵系固有周波数ωのρ(>1)倍に設定し、ζを1/√2に設定する、ことを特徴とする。
【0012】
請求項2記載の発明は、設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

とを出力する推定器を有する船舶用自動操舵装置において、
推定器の特性多項式として、
【0013】
【数2】

と置いたときに、
λe2は、波浪モデルが仮に無いとしたときの船体モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζ、ωがそれぞれ船体モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、λewは、波浪モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζew、ωewがそれぞれ波浪モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、
波浪モデルが無い(λew=1)としたときの推定器の船体パラメータに対する感度が、波浪モデルが有るときの推定器の船体パラメータに対する感度とほぼ等しくなるときの、ω=ωwn(ωwn:波浪モデルの固有周波数である波浪周波数を表す)を満足するときのωの値をω、ω=ωwnを満足しないときのωの値をωとしたときに、
波浪周波数ωwnがωよりも大きいときには、固有周波数ωをωに設定し、固有周波数ωewを波浪周波数ωwnと等しく設定し、
波浪周波数ωwnがω以下のときには、固有周波数ωをωに設定し、波浪周波数ωwnを修正の波浪周波数ωwn=ωに修正し、固有周波数ωewを修正の波浪周波数ωwnと等しく設定する、ことを特徴とする。
【0014】
請求項3記載の発明は、請求項2記載のものにおいて、前記ω及びωは、
【0015】
【数3】

の解であることを特徴とする。
【0016】
請求項4記載の発明は、請求項2または3に記載のものにおいて、前記ζewをζに設定することを特徴とする。
【0017】
請求項5記載の発明は、請求項2ないし4のいずれか1項に記載のものにおいて、前記ζを1/√2に設定することを特徴とする。
【0018】
請求項6記載の発明は、設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

と推定舵角オフセット

とを出力する推定器を有する船舶用自動操舵装置において、
推定器の特性多項式として、
【0019】
【数4】

と置いたときに、
λe2は、波浪モデル及び舵角オフセットモデルが仮に無いとしたときの船体モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζ、ωがそれぞれ船体モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、λewは、波浪モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζew、ωewがそれぞれ波浪モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、λeoは、舵角オフセットモデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ωeoが舵角オフセットモデルの状態量を推定するための固有周波数であり、
固有周波数ωeoを操舵系固有周波数ωのρ(<1)倍に設定し、
波浪モデル及び舵角オフセットモデルが無い(λewλeo=1)としたときの推定器の船体パラメータに対する感度が、波浪モデル及び舵角オフセットモデルが有るときの推定器の船体パラメータに対する感度とほぼ等しくなるときの、ω=ωwnを満足するときのωの値をω(ωwn:波浪モデルの固有周波数である波浪周波数を表す)、ω=ωwnを満足しないときのωの値をωとしたときに、
波浪周波数ωwnがωよりも大きいときには、固有周波数ωをωに設定し、固有周波数ωewを波浪周波数ωwnと等しく設定し、
波浪周波数ωwnがω以下のときには、固有周波数ωをωに設定し、波浪周波数ωwnを修正の波浪周波数ωwn=ωに修正し、固有周波数ωewを修正の波浪周波数ωwnと等しく設定する、ことを特徴とする。
【0020】
請求項7記載の発明は、請求項2に記載のものにおいて、前記ω及びωは、
【0021】
【数5】

の解であることを特徴とする。
【0022】
請求項8記載の発明は、請求項6または7記載のものにおいて、前記ζewをζに設定することを特徴とする。
【0023】
請求項9記載の発明は、請求項6ないし8のいずれか1項に記載のものにおいて、前記ζを1/√2に設定することを特徴とする。
【0024】
請求項10記載の発明は、設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

とを出力する船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法であって、
まず波浪モデル無しの推定器として船体モデルの状態量を推定するための固有周波数

と減衰係数ζとを設計し、次に波浪モデル有りの推定器として船体パラメータによる推定誤差が波浪モデル無しの場合とほぼ同一になるような船体モデルの状態量を推定するための固有周波数

を設計し、波浪モデルの状態量を推定するための固有周波数ωewと減衰係数ζewとを設計する、ことを特徴とする。
【0025】
請求項11記載の発明は、設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

と推定舵角オフセット

とを出力する船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法であって、
まず波浪モデル及び舵角オフセットモデル無しの推定器として船体モデルの状態量を推定するための固有周波数

と減衰係数ζeとを設計し、次に波浪モデル及び舵角オフセットモデル有りの推定器として船体パラメータによる推定誤差が波浪モデル無しの場合とほぼ同一になるような船体モデルの状態量を推定するための固有周波数ωを設計し、波浪モデルの状態量を推定するための固有周波数ωewと減衰係数ζewとを設計し、舵角オフセットモデルの状態量を推定するための固有周波数ωeoを設計する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
請求項1記載の発明によれば、ωを操舵系固有周波数ωのρ(>1)倍に設定にし、ζを1/√2に設定することにより、角速度の伝達関数に対する船体パラメータに対する感度を小さくすることができるようになり、船体パラメータの変動による推定誤差を低減し、推定誤差による閉ループ安定性の低下を防ぐことができる。
【0027】
請求項2ないし5記載の発明によれば、船体モデルの状態量を推定するためのモデルと、波浪モデルの状態量を推定するためのモデルとに分けて推定器を設計しているために、波浪モデルを導入したことによる船体パラメータの変動を起因とする推定誤差の劣化を把握することができるようになる。この劣化は、波浪周波数が低くなると大きくなることが分かる。そこで、波浪モデルを導入したときの船体パラメータに対する感度を、波浪モデルがない船体モデルだけの場合の感度と、最低限同じになるように、船体モデルの状態量を推定するためのモデルの固有周波数を設定する。
【0028】
これにより、推定誤差特性を、波浪モデル即ち外乱モデルのない、最も単純な制御対象である船体モデルのものと等価とすることができ、推定器を用いた閉ループ系設計を簡単化することができる。
【0029】
請求項3記載の発明によれば、波浪モデルを導入したときの船体パラメータに対する感度を、波浪モデルがない船体モデルだけの場合の感度と同じになるようにする固有周波数の値を、2次方程式の解により求めることができ、簡単に求めることができるようになる。
【0030】
請求項6ないし9記載の発明によれば、船体モデルの状態量を推定するためのモデルと、波浪モデルの状態量を推定するためのモデルと、舵角オフセットモデルの状態量を推定するためのモデルとに分けて推定器を設計しているために、波浪モデル及び舵角オフセットモデルを組み込んだことによる船体パラメータの変動を起因とする推定誤差の劣化を把握することができるようになる。この劣化は、波浪周波数が低くなると大きくなることが分かる。そこで、波浪モデル及び舵角オフセットモデルを導入したときの船体パラメータに対する感度を、これらモデルを導入していない場合の感度と、最低限同じになるように、船体モデルの状態量を推定するためのモデルの固有周波数を設定する。
【0031】
これにより、推定誤差特性を、波浪モデル及び舵角オフセットモデルのない、最も単純な制御対象である船体モデルのものと等価とすることができ、推定器を用いた閉ループ系設計を簡単化することができる。
【0032】
請求項7記載の発明によれば、波浪モデル及び舵角オフセットモデルを導入したときの船体パラメータに対する感度を、これらモデルがない船体モデルだけの場合の感度と同じになるようにする固有周波数の値を、2次方程式の解により求めることができ、簡単に求めることができるようになる。
【0033】
請求項10及び11記載の発明によれば、船体モデルの状態量を推定するためのモデルと、波浪モデルまたは舵角オフセットモデルの状態量を推定するためのモデルとに分けて推定器を設計しているために、波浪モデルまたは舵角オフセットモデルを導入したことによる船体パラメータの変動を起因とする推定誤差の劣化を把握することができるようになる。そこで、推定誤差を外乱モデルのパラメータに依らず仕様どおりに設計できるので、極めて簡単に推定器の設計をすることができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、図面を用いて本発明の実施の形態を説明する。
【0035】
まず、波浪モデル無しの推定器を設計し、次に波浪モデル有りの推定器を設計する(第1実施形態)。そして、舵角オフセットモデルをさらに組み込んだ波浪モデル有りの推定器を設計する(第2実施形態)。
【0036】
波浪モデル無しの推定器の設計においては、パラメータ不確かさに起因した推定誤差の特性を把握し、閉ループ安定性を低下させる誤差要因を求め、それを低減させるような設計を行い、波浪モデル有りの推定器および舵角オフセットモデルを組み込んだ波浪モデル有りの推定器では波浪モデル無しの推定器の結果と比較して波浪モデルの導入による推定誤差と外乱除去との特性を把握し、推定誤差を波浪モデル無しの推定器の場合と同一にし、外乱除去性を前者の場合より向上するような設計を行う。
【0037】
本発明で対象とする第1実施形態による自動操舵装置10の制御系は、図1に示したように、設定針路と検出船首方位とに基づいて指令舵角δを出力する自動操舵装置の制御系において、閉ループを安定化するフィードバックループ15と、船首方位に含まれる波浪成分を除去する推定器20とから構成され、推定器20は、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、船首方位の推定値である推定方位

と旋回角速度の推定値である推定角速度

とを出力する。
【0038】
推定器20の設計にあたり、操舵系と数値例を以下のように設定する。操舵系は、船体モデルとフィードバックループとからなる系に定めると、特性方程式は、
【0039】
【数6】

になる。ここでζ,ωは操舵系のそれぞれ減衰係数と固有周波数[rad/s]とを示す。ω付近は閉ループ系を特性づける周波数になる。
【0040】
船体パラメータの数値例は、船体モデルが安定船(ノミナル値)から不安定船(実際値)に変化した場合を想定し
【0041】
【数7】

を用いることとする。
【0042】
以下、推定器の設計について、手順を追って説明する。
【0043】
(第1実施形態)
1 波浪モデル無しの推定器
1.1 はじめに
波浪モデル無しの推定器(以下2次推定器と呼ぶ)は、ノミナル値の船体モデルから構成され、検出方位と指令舵角とを入力し推定方位と推定角速度とを出力する。それら出力は閉ループ安定化のためフィードバック制御に利用される。推定器は、ノミナル値のパラメータ不確かさにより推定誤差を生じるため安定性を劣化させる場合が生じる。よってパラメータ不確かさに起因する推定誤差を推定器の伝達関数を用いて調べ、その結果から2次推定器を設計することとする。
【0044】
1.2 伝達関数の導出
2次推定器は、図2に示すように、ノミナル値の船体モデル(野本モデル)と、検出方位と推定方位との差
【0045】
【数8】

を用いて、
【0046】
【数9】

を満足する。ここでk,kは推定ゲインを示す。上式と実際値の船体モデル関係式
【0047】
【数10】

とを整理することによって、2次推定器の伝達関数は、
【0048】
【数11】

として得られる。ここで、

は、それぞれ方位と波浪とから推定方位までの伝達関数、

はそれぞれ方位と波浪とから推定角速度までの伝達関数で、

は2次推定器を意味し、
【0049】
【数12】

をそれぞれ示す。λe2は2次推定器の特性多項式で、
【0050】
【数13】

を示し、Δ,Δはパラメータ不確かさで
【0051】
【数14】

をそれぞれ示す。
【0052】
式(6)〜(9)から、2次推定器の伝達関数は、次の特性を持つことが分かる。
・パラメータ不確かさがなければ、推定値は真値と一致する。
・波浪による推定誤差はパラメータ不確かさに無関係である。
・パラメータ不確かさと波浪とによる推定誤差は特性多項式に関係する。
c3は舵感度時定数の関数を示し、操舵系固有周波数ωでのゲインは、
【0053】
【数15】

になる。閉ループの安定性は操舵系固有周波数ω付近を対象にするから、パラメータ不確かさの周波数特性も同様な領域を対象とする。操舵系固有周波数ωは、上式の低域に相当するので、
【0054】
【数16】

として扱うことができる。
【0055】
1.3 推定ゲインの設定
推定ゲインは特性方程式の根を極配置することにより求める。式(10)の特性方程式を2次標準系、
【0056】
【数17】

と定める。ここで、ζ,ωは設計パラメータでそれぞれ減衰係数と固有周波数[rad/s]とを示す。よって推定ゲインは、式(10),(15)より、
【0057】
【数18】

になる。
【0058】
1.4 伝達関数の周波数特性
伝達関数のパラメータ不確かさに起因する誤差を周波数特性で調べる。そのために、ゲイン

に対する誤差Δ1,Δの影響を求める。
【0059】
1.4.1 誤差Δの影響
式(6)から、Δによる伝達関数

への影響は、
【0060】
【数19】

になる。ゲインと位相は、
【数20】

になる。低域と高域とでの周波数特性は、
【数21】

で同じになる。
【0061】
次に、式(8)から、Δによる伝達関数

への影響は、
【0062】
【数22】

になる。ゲインと位相は、
【0063】
【数23】

になる。低域と高域とでの周波数特性は、
【0064】
【数24】

になる。
【0065】
1.4.2 誤差Δの影響
式(6)から、Δによる伝達関数

への影響は、
【0066】
【数25】

になる。ゲインと位相は、
【0067】
【数26】

になる。低域と高域とでの周波数特性は、
【0068】
【数27】

となる。同様に、Δによる伝達関数

への影響は、

と同じになるため、詳細説明を省略する。
【0069】
1.4.3 周波数特性
以上の低周波数域と高周波数域とでの

のゲイン特性を表にまとめると、表1となる。表1は、誤差Δ、Δのそれぞれに対するゲインへの影響を表している。位相は同領域ですべてゼロになる。操舵系と推定器との固有周波数の関係ω<ωから同表の低周波数域に着目すると、

のゲイン特性が、Δ<0のとき1以下となることが分かる。このとき推定角速度による微分成分の制御量が減少するために閉ループ安定性が劣化する場合を生じる。つまり、Δによる

の推定誤差が閉ループ安定性を低下させる最大要因になるため、かかる低下を防ぐように設計を行なう必要がある。
【0070】
【表1】

【0071】
1.5 特性方程式の設計
上記の結果を用いて、設計パラメータω,ζを設計する。2次推定器は外乱除去性能より推定性能を重視するため、パラメータ不確かさによる推定誤差の低減を図るように、推定角速度の伝達関数すなわちΔによる

の誤差を低減する設計を行う。Δによる伝達誤差は設計パラメータで低減できないが低周波数域でほぼゼロになるため無視できる。
【0072】
1.5.1 固有周波数ωの設計
式(8)の

のΔの係数(s+k)/λe2は、式(15)、(16)により分子がωの1次で分母がωの2次である。よって、ωを高くすると、

の伝達誤差は低減する。ωは操舵系の固有周波数ωと推定係数ρ>1とを用いて、
【数28】

と設定することとする。ここで、ρの設定は閉ループ安定性を満足する適切な値に選択され、

の仕様を満足する値に設定されるとよい。好ましくはρは3以上で、

の仕様を0.7程度にすると、ρは6程度の値とするとよい。
【0073】
1.5.2 減衰係数ζの設計
ζはΔによる

のパラメータ不確かさ感度を最小にする値を選ぶ。Δによる

への影響は、前掲のように、
【0074】
【数29】

に書き直すことができる。等価減衰係数ζe*のΔに対するパラメータ感度を最小にするζeを選ぶ。Δを微小として、ζe*をΔに関する一階微分係数までのTaylor展開で近似すると式(19)、(16)から、
【0075】
【数30】

になる。これよりωsn≫1とすれば、Δ/(2ω)の係数の第3項は第1項と第2項とに比べて小さいので無視できる。そのときその係数をゼロにするζは、
【0076】
【数31】

になる。
【0077】
図3はζ=0.5,0.707,1とした場合についての

のボード線図を示す。なお計算はρ=3,6で式(2)の数値を用いる。同図よりζを小さくするに従い、ゲインのオフセット誤差は小さくなり位相のピーク誤差の周波数は高域に移ることが分かる。しかしζ=0.5の場合は、ゲインにピーク誤差を生じている。ζ=0.707の場合はゲインにピーク誤差を生じなく位相のピーク誤差はζ=0.5のものより小さい。
【0078】
したがって、ζ=0.707は、周波数応答においてゲインにピーク誤差を生じさせない最小値、すなわち最適値になる。
【0079】
1.6 まとめ
以上のことから、波浪モデル無しの推定器においては、ω=ρω,ζ=1/√2と設定する。
【0080】
2. 波浪モデル有りの推定器
2.1 はじめに
次に、波浪モデル有りの推定器を考える。波浪モデル有りの推定器(以下4次推定器と呼ぶ)は、2次推定器に波浪モデルを組み込むことで、検出方位に含まれる波浪成分を推定波浪として分離抽出することができる。そのため推定方位と推定角速度とに含まれる波浪成分が除去され無駄舵が防止できる。しかし波浪モデルの導入が推定誤差を増加させる状況は避けなければならない。よって2次推定器の推定誤差を保持しつつ、かつ効果的な外乱除去性能を実現する4次推定器を設計する。なお記号は2次推定器のものと同一とする。
【0081】
2.2 伝達関数の導出
4次推定器は、図4に示すように、2次推定器にノミナル値の波浪モデルを加えたもので、
【0082】
【数32】

を用いて、
【0083】
【数33】

【0084】
になる。ここで、ki,i=1〜4は推定ゲインを、

は状態量を、

は推定波浪を、それぞれ示す。波浪モデルの固有周波数、減衰係数ωwn、ζwnは、図示しない波浪同定器によって、検出方位

から同定されるものである。波浪モデルの未知入力νは白色ノイズを仮定しているので平均値ゼロになる。したがってψおよびψに対応する

もまた平均値ゼロになるから、上式でνの入力の必要はない。上式と式(4)とを整理すると、4次推定器の伝達関数は、
【0085】
【数34】

として得られる。ここで、

はそれぞれ方位と波浪とから推定波浪までの伝達関数で、

は4次推定器を意味し、
【0086】
【数35】

をそれぞれ示す。λe4は4次推定器の特性多項式で
【数36】

を示す。λ,cewは波浪モデルのそれぞれ多項式とゲイン多項式とで
【数37】

を示す。
【0087】
式(24)〜(29)から、4次推定器の伝達関数は、波浪モデルの組み込みによって、2次推定器の特性に加えて次の特定を持つことが分かる。
・波浪モデルが推定方位と推定角速度との伝達関数の分子に付加される。
・推定波浪はパラメータ不確かさにより推定誤差が生じる。
【0088】
2.3 推定ゲインの設定
式(30)の特性方程式を2つの2次標準系を用いて
【数38】

に定める。ここでλは船体モデルの状態推定に、λewは波浪モデルのそれにそれぞれ対応すると仮定する。ζ,ωは2次推定器で設計したものである。ζew,ωewは4次推定器の設計パラメータでそれぞれ減衰係数と固有周波数[rad/s]とを示す。よって推定ゲインは
【0089】
【数39】

になる。なお以降、2次推定器の固有周波数と推定ゲインとには、

を付加する。
【0090】
2.4 特性方程式の設計
4次推定器の設計は、式(33)においてλが2次推定器の設計より設定できるので、もう一方のλewのωew,ζewを決定することになる。4次推定器は波浪モデルを取り込むことによって、2次推定器より外乱除去性能の向上を図る。よって推定方位と推定角速度とに含まれる波浪成分を除去する設計を行う。波浪から推定方位と推定角速度とまでの伝達関数は式(25),(27)より波浪モデルをもつから、波浪除去に対応する伝達関数は、
【0091】
【数40】

になる。
【0092】
2.4.1 固有周波数ωewの設計
上記伝達関数に波浪周波数ωwnでのノッチフィルタ特性を持たせるために、
【数41】

を選ぶ。
【0093】
ところで、推定誤差は、前述の2次推定器におけるΔに対する伝達関数への影響から類推されるように、ω,ωewの内、より低い周波数でより大きくなる傾向をもつ。そのため波浪モデルの導入による推定誤差の増加を防ぐために、
【0094】
【数42】

を少なくとも満足する必要がある。等号時に推定誤差が最大になる。上の2式より、波浪同定器から得られる波浪周波数ωwnがω以下のときには波浪周波数の修正ωwn=ωとし、ωよりも大きいときには、波浪周波数の修正は行なわずωwn=ωwnとして、波浪同定器から得られる波浪周波数の値をそのまま使うこととする。式(36)は、
【0095】
【数43】

と書き直すことができる。よって、
【0096】
【数44】

と定まる。修正された波浪周波数は推定係数と操舵系固有周波数との積によって制限される。このことは換言すれば、外乱除去できる波浪周波数は固有周波数ωが小さければ低域まで設定できることを意味する。等号時(ωwn=ωew=ω)を以降、「最悪条件」と呼ぶことにする。
【0097】
2.4.2 減衰係数ζewの設計
最悪条件になったときに(ωwn=ωew=ω)にパラメータ不確かさ感度を最小にするために、λewをλに一致させるよう減衰係数を
【0098】
【数45】

に定める。このとき波浪周波数での波浪除去ゲインは
【数46】

になる。上記のζew,ωewの設定条件(ζew=ζ、ωwn=ωwn=ωew=ω)を以降、「波浪除去条件」と呼ぶ。
【0099】
2.5 4次推定器の特性
4次推定器の推定誤差と波浪除去との特性を2次推定器の特性と比較する。推定誤差は2次推定器の設計よりパラメータ不確かさΔに対する推定角速度の伝達関数を調べる。一方、推定値に含まれる波浪成分はフィードバックゲインを乗じて舵角になる。微分ゲインが比例ゲインより大きいために、舵角の波浪成分は推定方位のものより推定角速度のものが主要になる。よって、波浪除去は波浪に対する推定角速度の伝達関数を調べることにする。
【0100】
Δによる伝達関数

への影響は、式(26)より、
【数47】

である。ゲイン特性は、低域周波数においてノッチフィルタ項が省略できるので
【0101】
【数48】

になり、表1の2次推定器のものと同形になる。これより4次と2次との推定器の誤差特性は両者の推定ゲインk

に依存することがわかる。式(34)の推定ゲインに対し波浪除去条件(ωew=ωwn,ζew=ζ)を用いて近似すると、推定ゲインk,kはそれぞれ
【0102】
【数49】

になる。ここで、固有周波数と修正された波浪周波数との比Re4=ωwn/ω≧1を導入して、上式のkに代入すると、
【0103】
【数50】

になる。上式より、ζwn≪ζとして、Re4が最悪条件の1から大きくなるに従い、k

のほぼ2倍から

に、k

より小さい値から

にそれぞれ漸近する。その様子を、式(2)の数値を用いて計算した結果として図5に示す。同図はk,kの近似式を用いず、ρ=3,ζwn=0.05,0.1,0.2,0.3を用いて、横軸にRe4を縦軸に推定ゲイン比


とをそれぞれ示している。図から最悪条件(Re4=1)の場合、推定ゲインk

の約2倍になるため、4次推定器のパラメータ不確かさに起因した推定誤差も2次推定器のそれの約2倍に増加することが分かる。
【0104】
次に、波浪周波数に対する推定角速度のゲイン特性,すなわち波浪除去性能は式(9),(27)より
【数51】

になる。このとき2次と4次との推定器のゲイン比は、
【0105】
【数52】

になる。よって4次推定器の外乱除去性能は2次推定器のものに比べて少なくともノッチフィルタ特性相当の効果をもち、例えばζwn=0.1のときζwn/ζ=0.14=−17[dB]になる。
【0106】
この結果、4次推定器の特性は2次推定器のそれに比べて、推定誤差が最悪条件で2倍程度に増加し、外乱除去性がζwn=0.1で0.14倍に減少することが分かる。
【0107】
2.6 推定誤差の改善
前項で示されたように、波浪モデルを導入することにより、外乱除去性能は向上するが、推定性能は劣化することが分かった。しかしながら、実用的な推定器の設計としては、閉ループ安定性を優先するため、外乱除去性能の低下は許容しつつ、推定性能は波浪モデルなしの場合と同等になるように設計することが望まれる。以下、推定誤差の改善と、それに伴う外乱除去性能の低下について検討する。
【0108】
推定誤差は式(41)でパラメータ不確かさΔの係数(以降、感度関数Sと呼ぶ)に依存する。4次推定器の感度関数Sを2次推定器のもの

と等しくなるように置くと、
【0109】
【数53】

を得る。上式で分子のkはωの1次式(式(42)参照)、分母はωの2次式になる。ωを高くすると4次推定器の感度関数は低下し2次推定器のものと同じ値になる場合をもつ。よって上式を満足するωは存在する。
【0110】
e4に対する感度関数と外乱除去性能との関係を図6の4次推定器の特性を用いて説明する。同図は上段の横軸に周波数比

をその縦軸に感度関数の差

を、下段の横軸に周波数比

をその縦軸に波浪除去ゲイン[dB]をそれぞれ示し、
【0111】
【数54】

を用い単純化して描いてある。上段から感度関数比が0[dB]

の位置を求め、下段からその位置をカットオフ周波数とする波浪除去性能を求める。波浪除去効果はカットオフ周波数において4次推定器の除去ゲイン−20[dB](ノッチフィルタ効果)と、2次推定器の除去ゲイン−40dB/dec(式(9)より)との差になる。
【0112】
尚、上段において、図中の凡例中のRe4(0)の値は、

のときのRe4の値(初期値)を意味し、Re4=n(n=1,1.5,2,3)の線はそれぞれ

が大きくなる(横軸を右に進む)に従い、Re4の値自体は小さくなっていくが、1に達すると1に維持される。例えば、Re4(0)=1の線は図中1に維持され、Re4(0)=1.5の線は、

になるまではRe4の値が小さくなるが、それ以上ではRe4=1に維持されている。他の線も同様である。
【0113】
e4(0)=1(最悪条件)の場合、感度関数比は
【数55】

のとき0[dB]になり、波浪除去効果は−8[dB]を得る。これよりRe4<2の場合、波浪周波数は固有周波数に置き換えられ、即ちωwn=ωになり、波浪除去効果は−8[dB]を保つ。Re4≧2の場合は、波浪周波数の置き換えは行なわれず、波浪除去効果は−8[dB]より向上することが分かる。
【0114】
2.6.1 ωの解法
式(47)を満足する4次推定器の固有周波数ωを求める。まず最悪条件になると仮定した場合のωを求めるために、Re4=1として式(42)を式(47)に代入すると、
【数56】

を得る。ここでωは最悪条件であると仮定した固有周波数を示しており、上式の2次方程式を解くことによって得られる値となる。但し、解は2根のうちの大きい方をとることにより、

より大きい値となる。
【0115】
次に、最悪条件にならないと仮定した場合のωを求めるためにRe4=ωwn/ωとして同様にすると、
【数57】

を得る。ここでωは最悪条件でないと仮定した固有周波数を示しており、上式の2次方程式を解くことによって得られる値となる。但し、解は2根のうちの大きい方をとることにより、

より大きい値となる。
【0116】
ωwnとωとの大小を比較することによって最悪条件であるか否かの判別をすることができる。ωwn≦ωが成り立つときには、最悪条件のω=ωとすれば、2次推定器と同じ推定誤差を確保することができ、ωwn>ωであれば最悪条件でなくω=ωとすれば、2次推定器と同じ推定誤差を確保することができる。まとめると
【0117】
【数58】

として表せる。上述の解法による4次推定器の性能を2次推定器のものと比較した結果を図7に示す。数値はρ=3,式(2)を用いる。同図において横軸に周波数比Re4=ωwn/ω=ωwn/ωを、上段の縦軸に固有周波数の比率

を、中段の縦軸に外乱除去の効果を、下段の縦軸に感度関数の誤差を、それぞれ示す。同図より感度関数の誤差は1%以下になり実用上問題にならない程度である。固有周波数の比率は波浪パラメータωwn,ζwnにより変化し、例えばζwn=0.1の場合Re4が2から3になると、

が−25%低減する。そのωの減少はωを一定値にした場合に比べて検出方位に含まれる高域ノイズにより生じる推定誤差を低減させる効果をもつ。外乱除去効果は最悪条件でζwn≧0.3ときあまり期待できないがζwn=0.1のとき−8[dB]または2.5倍向上できる。外乱除去性能は推定誤差に対する感度を2次推定器のものと同じくしたことによって、ζwn=0.1のとき−17[dB]から−8[dB]に低下する。なお2次と4次との推定器の外乱除去ゲインはそれぞれ
【0118】
【数59】

になる。この結果、4次推定器の推定誤差は感度関数を2次推定器のものと等価にする算法を用いることにより改善が図られ、外乱除去性能の低下は最悪条件、ζwn=0.1で−17[dB]から−8[dB]になる。
【0119】
2.7 まとめ
以上のことから、波浪モデル有りの推定器においては、設計パラメータを以下のように設定する。
【0120】
ωwn≦ωのとき、
ω=ω
ωwn=ω
ωew=ωwn
ωwn>ωのとき、
ω=ω
ωwn=ωwn
ωew=ωwn
【0121】
(第2実施形態)
3.舵角オフセットモデルの追加
第1実施形態では、外乱モデルに波浪モデルを用いたが、舵角オフセットモデルも加えることができる。図8を用いて説明する。舵角オフセットモデルは方位軸まわりに作用する船体モーメントを舵角換算で表したもので、偏差にオフセット誤差を生じさせる。偏差誤差を除去するために、推定器に舵角オフセットモデルを追加して、推定舵角オフセットを求めフィードバックループで制御量に加える。
【0122】
このとき船体モデルの入出力は
【数60】

になる。ここでδは舵角オフセットを示し、オフセットの時間変化は小さいとする。
【0123】
3.1 はじめに
舵角オフセットによる方位誤差を抑制するために、舵角オフセットモデルを4次推定器に組み込んだものを以下5次推定器と呼ぶ。推定舵角オフセットは推定状態量として推定器から出力し制御量に加えることによって、舵角オフセットを打ち消す。したがってこの目的は4次推定器の特性を保持しつつ、かつ舵角オフセットを推定する5次推定器を設計することである。なお記号は4次推定器のものと同一とする。
【0124】
3.2 伝達関数の導出
5次推定器は、図9に示すように、4次推定器に舵角オフセットモデルを組み込んだもので、
【数61】

を用いて、
【0125】
【数62】

【0126】
になる。ここで、ki,i=1〜5は推定ゲインを、

は推定舵角オフセットを、それぞれ示す。上式と式(4)とを整理すると、5次推定器の伝達関数は、
【0127】
【数63】

として得られる。ここで、

は、それぞれ方位と波浪とから推定舵角オフセットまでの伝達関数で、

は5次推定器を意味し、
【0128】
【数64】

をそれぞれ示す。λe5は5次推定器の特性多項式で、
【0129】
【数65】

を示す。
【0130】
式(58)〜(65)から、5次推定器の伝達関数は、4次推定器の特性に加えて次の特性を持つことが分かる。
・sまたはkの項が推定方位と推定角速度との伝達関数の分子に付加される。
・推定舵角オフセットはパラメータ不確かさにより推定誤差が生じる。
【0131】
3.3 推定ゲインの設定
式(66)の特性方程式を
【0132】
【数66】

に定める。ここでλは船体モデルの状態推定に、λewは波浪モデルのそれに、そしてλeoは舵角オフセットモデルのそれにそれぞれ対応すると仮定する。ζは2次推定器で、ζew,ωewは4次推定器で設計したものである。よって推定ゲインL=[kは、
【0133】
【数67】

になる。ここで、添字(・)-1 は逆行列を意味し、添字(・)T は転置行列を意味する。
【0134】
【数68】

になる。なお以降、4次推定器の固有周波数と推定ゲインとには添字

を付加する。
【0135】
3.4 特性方程式の設計
5次推定器の設計についても、4次推定器の設定を行なったときと同様に、舵角オフセットモデルの導入により、4次推定器に比べパラメータ不確かさによる推定誤差を著しく増加させ外乱除去性能を著しく低下させる状況を回避するように設計を行なう必要がある。
【0136】
3.4.1 推定舵角オフセットの固有周波数
推定舵角オフセットの固有周波数は、
【0137】
【数69】

によって設定する。ここでρは推定舵角オフセットの推定係数を示す。舵角オフセットの時間変化を考慮すれば
【数70】

と定める。相当する推定ゲインは
【数71】

で求まる。kは波浪パラメータを含まない。
【0138】
3.4.2 5次推定器の特性
5次推定器の特性を調べる。5次推定器の特性方程式は推定舵角オフセットの周波数ωeoが他の周波数ω, ωewに比べて十分に低い条件をもつから
【0139】
【数72】

に近似できる。これを用いると5次推定器の伝達関数は、
【0140】
【数73】

になり4次推定器に近似できる。ここで積分特性は無視し、推定ゲイン(式(25),(27),(59),(61),(74)参照)は外乱除去条件を実施した4次推定器のものを用いて、
【0141】
【数74】

にそれぞれ近似しており、さらに
【数75】

としρωs3nを省いている。
【0142】
また式(75)の特性方程式に対応する推定ゲインは式(33)の4次特性方程式にsを乗じたものであるから、推定ゲインk,k,k,kは4次推定器のものとほぼ同一になる。よって5次推定器の推定方位、推定角速度と推定波浪との特性は式(73)の推定係数によって4次推定器のものとほぼ等価になり、各推定値の方位と波浪との入力に対するそれぞれの応答も4次推定器のものとほぼ同じになる。
【0143】
5次推定器の推定舵角オフセットの特性を調べる。推定舵角オフセットの伝達関数

にそれぞれ方位と波浪とのステップ入力を与えた場合の定常解は最終値の定理から
【0144】
【数76】

になる。よって推定舵角オフセットは方位と波浪とのステップ入力に対して過渡応答による誤差を生じるが、定常誤差を生じない。
【0145】
3.4.3 推定誤差の改善
推定誤差を改善するために4次推定器で採用したパラメータ不確かさ感度を2次推定器のものと同じくする方法を5次推定器にも適用する。式(47)の感度式に5次推定ゲインkを用いて解き、5次固有周波数ωを求める。
【0146】
まず、式(68)で表される推定ゲインkに波浪除去条件ωew=ωwn,ζew=ζを代入してωeo/ωwn≪1,1/Tsnの2乗以上の項を無視すると、近似した推定ゲインkは、
【0147】
【数77】

になる。最悪条件になると仮定した場合および最悪条件にならないと仮定した場合のそれぞれのωを求めるために上式のkを式(47)の感度式に代入すると
【0148】
【数78】

【0149】
をそれぞれ得る。ここでωは最悪条件と仮定した固有周波数を、ωは最悪条件でないと仮定した固有周波数をそれぞれ示し、上式の2次方程式の解の2根の内、大きい方を採用することで、その値を求めることができる。よって5次固有周波数は式(50)を用いて求まる。
【0150】
上述の5次推定器の性能を2次推定器と比較した結果を図10に示す。同図の構成は図7の4次推定器の性能と同様なので説明を省く。同図は4次推定器の場合と比べると顕著な差異はない。しかし固有周波数の比率は若干大きくなり、外乱除去性能は若干悪くなっている(ζwn=0.1のとき−8[dB]から−7[dB]に低下する)。なお5次推定器の外乱除去ゲインは、
【0151】
【数79】

になる。
【0152】
この結果、舵角オフセットモデルを組み込んだ5次推定器は、該モデルを組み込んでいない4次推定器に比べて、式(73)の推定係数を用いた場合、固有周波数と外乱除去性能とはほぼ同じ性能をもつ。
【0153】
3.5 まとめ
以上のことから、波浪モデル及び舵角オフセットモデル有りの5次推定器においても、4次推定器と同様に、設計パラメータを以下のように設定する。
【0154】
ωwn≦ωのとき、
ω=ω
ωwn=ω
ωew=ωwn
ωwn>ωのとき、
ω=ω
ωwn=ωwn
ωew=ωwn
【0155】
以上のように、本発明によれば、従来の推定器設計では、十分な考慮がなされなかったパラメータ不確かさと外乱モデルとに起因した推定誤差と外乱除去との特性を定量的に明らかにした上で設計を行っているために、以下の効果を奏することができる。
・推定誤差を外乱モデルのパラメータに依らず仕様どおりに設計できるようになり、極めて簡単に推定器が構成できるようになる。
・推定誤差特性が外乱モデルのないすなわち最も単純な制御対象のものと等価であるので、推定器を用いた閉ループ系設計を簡単化することができる。
・波浪モデルのパラメータに依らず推定器の固有周波数が常に最適値に設定されることから、不必要に固有周波数が高く設定されないので、高周波域の白色ノイズによる推定誤差の増加または外乱除去の低下を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0156】
【図1】本発明の第1実施形態による船舶用自動操舵装置の全体構成を表すブロック図である。
【図2】2次推定器の構成を表すブロック図である。
【図3】パラメータ不確かさΔの角速度の伝達関数への影響を表すボード線図である。
【図4】4次推定器の構成を表すブロック図である。
【図5】4次推定ゲイン特性を表すグラフである。
【図6】4次推定器の特性を表すグラフである。
【図7】4次推定器の性能を表すグラフである。
【図8】本発明の第2実施形態による船舶用自動操舵装置の閉ループ系を表すブロック図である。
【図9】5次推定器の構成を表すブロック図である。
【図10】5次推定器の性能を表すグラフである。
【図11】船舶用自動操舵装置の全体構成を表すブロック図である。
【符号の説明】
【0157】
10 自動操舵装置
15 フィードバックループ
20 推定器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

とを出力する推定器を有する船舶用自動操舵装置において、
推定器の特性多項式として、
【数1】

と置いたときに、
λe2は、波浪モデルが仮に無いとしたときの船体モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζ、ωがそれぞれ船体モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、
ωを操舵系固有周波数ωのρ(>1)倍に設定し、ζを1/√2に設定する、ことを特徴とする船舶用自動操舵装置。
【請求項2】
設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

とを出力する推定器を有する船舶用自動操舵装置において、
推定器の特性多項式として、
【数2】

と置いたときに、
λe2は、波浪モデルが仮に無いとしたときの船体モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζ、ωがそれぞれ船体モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、λewは、波浪モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζew、ωewがそれぞれ波浪モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、
波浪モデルが無い(λew=1)としたときの推定器の船体パラメータに対する感度が、波浪モデルが有るときの推定器の船体パラメータに対する感度とほぼ等しくなるときの、ω=ωwn(ωwn:波浪モデルの固有周波数である波浪周波数を表す)を満足するときのωの値をω、ω=ωwnを満足しないときのωの値をωとしたときに、
波浪周波数ωwnがωよりも大きいときには、固有周波数ωをωに設定し、固有周波数ωewを波浪周波数ωwnと等しく設定し、
波浪周波数ωwnがω以下のときには、固有周波数ωをωに設定し、波浪周波数ωwnを修正の波浪周波数ωwn=ωに修正し、固有周波数ωewを修正の波浪周波数ωwnと等しく設定する、ことを特徴とする船舶用自動操舵装置。
【請求項3】
前記ω及びωは、
【数3】

の解であることを特徴とする請求項2記載の船舶用自動操舵装置。
【請求項4】
前記ζewをζに設定することを特徴とする請求項2または3記載の船舶用自動操舵装置。
【請求項5】
前記ζを1/√2に設定することを特徴とする請求項2ないし4のいずれか1項に記載の船舶用自動操舵装置。
【請求項6】
設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と指令舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

と推定舵角オフセット

とを出力する推定器を有する船舶用自動操舵装置において、
推定器の特性多項式として、
【数4】

と置いたときに、
λe2は、波浪モデル及び舵角オフセットモデルが仮に無いとしたときの船体モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζ、ωがそれぞれ船体モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、λewは、波浪モデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ζew、ωewがそれぞれ波浪モデルの状態量を推定するための減衰係数、固有周波数であり、λeoは、舵角オフセットモデルの状態量を推定するための特性多項式であり、ωeoが舵角オフセットモデルの状態量を推定するための固有周波数であり、
固有周波数ωeoを操舵系固有周波数ωのρ(<1)倍に設定し、
波浪モデル及び舵角オフセットモデルが無い(λewλeo=1)としたときの推定器の船体パラメータに対する感度が、波浪モデル及び舵角オフセットモデルが有るときの推定器の船体パラメータに対する感度とほぼ等しくなるときの、ω=ωwnを満足するときのωの値をω(ωwn:波浪モデルの固有周波数である波浪周波数を表す)、ω=ωwnを満足しないときのωの値をωとしたときに、
波浪周波数ωwnがωよりも大きいときには、固有周波数ωをωに設定し、固有周波数ωewを波浪周波数ωwnと等しく設定し、
波浪周波数ωwnがω以下のときには、固有周波数ωをωに設定し、波浪周波数ωwnを修正の波浪周波数ωwn=ωに修正し、固有周波数ωewを修正の波浪周波数ωwnと等しく設定する、ことを特徴とする船舶用自動操舵装置。
【請求項7】
前記ω及びωは、
【数5】

の解であることを特徴とする請求項2記載の船舶用自動操舵装置。
【請求項8】
前記ζewをζに設定することを特徴とする請求項6または7記載の船舶用自動操舵装置。
【請求項9】
前記ζを1/√2に設定することを特徴とする請求項6ないし8のいずれか1項に記載の船舶用自動操舵装置。
【請求項10】
設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

とを出力する船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法であって、
まず波浪モデル無しの推定器として船体モデルの状態量を推定するための固有周波数

と減衰係数ζとを設計し、次に波浪モデル有りの推定器として船体パラメータによる推定誤差が波浪モデル無しの場合とほぼ同一になるような船体モデルの状態量を推定するための固有周波数

を設計し、波浪モデルの状態量を推定するための固有周波数ωewと減衰係数ζewとを設計する、ことを特徴とする船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法。
【請求項11】
設定針路と検出方位に基づいて指令舵角を出力するために、検出方位

と舵角δとを入力とし、推定方位

と推定角速度

と推定舵角オフセット

とを出力する船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法であって、
まず波浪モデル及び舵角オフセットモデル無しの推定器として船体モデルの状態量を推定するための固有周波数

と減衰係数ζeとを設計し、次に波浪モデル及び舵角オフセットモデル有りの推定器として船体パラメータによる推定誤差が波浪モデル無しの場合とほぼ同一になるような船体モデルの状態量を推定するための固有周波数ωを設計し、波浪モデルの状態量を推定するための固有周波数ωewと減衰係数ζewとを設計し、舵角オフセットモデルの状態量を推定するための固有周波数ωeoを設計する、ことを特徴とする船舶用自動操舵装置の推定器の設計方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−44411(P2006−44411A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226670(P2004−226670)
【出願日】平成16年8月3日(2004.8.3)
【出願人】(000003388)株式会社トキメック (103)