説明

芳香族シアノメチルアミンの製法

【課題】 芳香族ジニトリルの2個のニトリル基の一方のみを選択的に水素化し芳香族シアノメチルアミンを製造する。
【解決手段】 ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を前処理した後、該触媒の存在下、芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素化することを特徴とする芳香族シアノメチルアミンの製法。
【効果】 低温低圧で水素化を行い、高選択率、高転化率で目的物が得られる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、芳香族ジニトリルを選択的に水素化(水素還元)して、対応する芳香族シアノメチルアミンを製造する方法に関する。芳香族シアノメチルアミンは、各種医薬、農薬、高分子添加剤その他薬剤の原料、中間体などに有用であり、例えば、m−またはp−シアノベンジルアミンは加水分解をすることにより容易に対応のm−またはp−アミノメチル安息香酸を得ることができる。
【0002】
【従来の技術】芳香族ジニトリルを水素還元することにより、2個のニトリル基の一方のみを選択的に還元し芳香族シアノメチルアミンを製造する方法は特開昭49−85041号公報に記載されている。この方法は触媒としてパラジウムを担体に担持したものを使用し、液体アンモニアの添加が必須であり反応圧力も200kg/cm2 と高圧である。また、特表平6−50709号公報には、脂肪族ジニトリル類の一方のニトリル基のみを水素化してアミノニトリル類を製造する際にラネーニッケル、ラネーコバルトを使用する方法が開示されている。この中には芳香族ジニトリル類に関する記載はなく、この方法ではアミノニトリル類への選択率を上げるためジニトリル類の転化率を低く抑える必要がある。
【0003】特表平7−502040号公報においては、2個以上のニトリル基を有するニトリル化合物の部分的水素化によるアミノニトリルの製造方法が提案されている。この方法はナトリウムメトキサイドなどのアルカノラートで前処理したラネーニッケルを触媒に用いている。しかし、この方法ではα、ω−アルカンジニトリルの部分的還元を目的としており、実質的に非水条件で行うことが必須であり、かつ比較的高価で取扱が不便なアルカノラートを使用しなければならない。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、芳香族ジニトリルの2個のニトリル基の一方のみを選択的に水素化し芳香族シアノメチルアミンを製造する方法において、できるだけ低温低圧で反応を行うとともに、芳香族ジニトリルを高転化率で芳香族シアノメチルアミンを高選択率で得ることにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、ニッケルおよびコバルトから選択された金属を含有するラネー触媒を前処理を行わずに芳香族ジニトリルを、反応温度、水素圧力、溶媒、反応時間を種々選択して水素添加反応を行ったが、出発物質である芳香族ジニトリルの転化率の高い状態ではその2個のニトリル基が共に水素化されたジアミンが多く生成し、一方のニトリル基のみが水素化された芳香族シアノメチルアミンを高い選択率で製造することが困難であり、従って、ニッケルおよびコバルトから選択された金属を含有するラネー触媒を前処理せずに芳香族ジニトリルを水素化し芳香族シアノメチルアミンの製造を高転化率かつ高選択率で達成できなかった。そこで、本発明者らは、芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを水素添加させ選択性を大巾に向上させて、かつ高転化率を達成できる触媒を見出すべく鋭意検討の結果、本発明を完成するに至った。
【0006】すなわち、本発明は、主に次の発明に関する。
(1)ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を前処理をした後、該触媒の存在下、芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素化することを特徴とする芳香族シアノメチルアミンの製法。
(2)前処理が、溶媒中で水素、一酸化炭素または不活性ガスの雰囲気下、室温〜200℃で処理する上記1の製法。
(3)前処理が、溶媒中で水素、一酸化炭素または不活性ガスをその分圧0.1〜30kg/cm2 の雰囲気下、室温〜200℃で処理する上記2の製法。
(4)前処理が、さらに、処理される触媒の1〜100重量%のアルカリを添加して行う処理である上記2の製法。
(5)ラネー触媒が、ラネーニッケルまたは変性ラネーニッケルである上記1の製法。
【0007】(6)溶媒が、脂肪族または脂環式のアルコールもしくはエーテルである上記2の製法。
(7)ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を前処理をした後、該触媒の存在下、イソフタロニトリルまたはテレフタロニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素化することを特徴とするm−またはp−シアノベンジルアミンの製法。
(8)ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を溶媒中で水素、一酸化炭素または不活性ガスの雰囲気中、室温〜200℃で処理されたことを特徴とする芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素化することを特徴とする水素化触媒。
(9)ラネー触媒が、ラネーニッケル触媒または変性ラネーニッケル触媒である上記8の水素化触媒。
【0008】以下、本発明を詳細に説明する。本発明は、芳香族ジニトリルから芳香族シアノメチルアミンを製造する水素化(水素添加)反応を前処理を施したラネー触媒を用いて実施するものである。本発明において、前処理される「ラネー触媒」とは、ニッケル、コバルトのようなアルカリまたは酸に不溶な金属とアルミニウム、シリコン、亜鉛、マグネシウムなどのようなアルカリまたは酸に可溶な金属との合金を製造した後、この合金からアルカリまたは酸に可溶な金属を溶出して得られる金属触媒である。本発明において、「ラネーニッケル触媒」「ラネーコバルト触媒」とは、アルカリまたは酸に不溶な金属組成の主体がそれぞれニッケル、コバルトであるラネー触媒である。
【0009】本発明では、ニッケル、コバルト以外の金属または金属酸化物の存在により改質された変性ラネー触媒に前処理をされたものを用いることができる。例えば、鉄およびクロムにより改質された変性ラネーニッケルに前処理された触媒が好適に使用できる。
【0010】反応系に添加される本発明の(前処理された)触媒の量は、特に制限はないが、一般的に言えば、水素化する芳香族ジニトリルの0.5〜100重量%、好ましくは5〜80重量%である。この量未満では反応は活性化されにくく、この量を超えると反応の活性化はあまり変化せず経済的に有利とは言えなくなる傾向にある。
【0011】触媒の前処理は、溶媒の存在下、水素、一酸化炭素などの還元性ガスまたは不活性ガスから選ばれる少なくとも1種以上の気体を含む雰囲気下で行われる。前処理時のこれらの気体の分圧は0.1〜30kg/cm2 であり、温度は室温〜200℃である。分圧が0.1kg/cm2 未満の場合や温度が室温以下の場合は前処理の効果は低く、水素化反応の選択性が向上しない傾向にある。また、分圧が30kg/cm2 を超えた場合や温度が200℃を超えた場合は触媒の活性の低下が見られたり、経済的でなくなる傾向にある。
【0012】無機アルカリ、例えば、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物もしくは炭酸塩をこの前処理時に添加することで、前処理時の分圧、温度を低下させることができる。この時のアルカリの添加量は処理される触媒の1〜100重量%である。1重量%以下ではアルカリの添加による処理温度、圧力の低下効果が顕著には現れず、100重量%以上添加しても処理温度、圧力の低下効果に顕著な差は見られず経済的でない。前処理時に使用される溶媒としては、例えばアルコール系溶媒、脂肪族及び脂環式炭化水素のエーテル系溶媒、飽和脂肪族及び脂環式炭化水素系溶媒、水であり、これらの溶媒は単独で使用することもできるし、混合溶媒として使用することも可能である。特に無機アルカリを前処理時に添加する場合には、無機アルカリの溶解度の点から、水またはアルコール系の溶媒、または水、アルコール系の溶媒との混合溶媒を用いることが望ましい。
【0013】次に本発明における水素化反応について説明する。本発明の方法で水素化反応時に使用される溶媒の好ましい例を挙げると、アルコール系溶媒、脂肪族及び脂環式炭化水素のエーテル系溶媒、飽和脂肪族及び脂環式炭化水素系溶媒である。水素化反応溶媒は触媒の前処理時に使用する溶媒と必ずしも同一である必要はないが、触媒の前処理操作と反応操作とを連続して行えるという意味で、同一である場合は利点が多い。これらの溶媒は単独で使用することもできるし、混合溶媒として使用することも可能である。溶媒の使用量は被水素化物に対して1〜30重量部の範囲、好ましくは3〜10重量部の範囲で実施される。
【0014】本発明の水素化反応において、無機アルカリ、たとえばアルカリ金属の水酸化物、もしくは炭酸塩、またはアルカリ土類金属の水酸化物、もしくは炭酸塩、あるいは液体アンモニアを水素化反応時に加えることは副反応を抑え反応の選択性を向上させるうえで有効である。
【0015】本発明の水素化反応は、室温〜200℃、好ましくは30〜100℃の範囲で行うことができる。室温未満では十分な水素化反応の速度が得られず、200℃を超える温度条件で行っても反応速度や収率、選択率に顕著な有意性が認められず経済的に不利である。水素化反応の圧力は水素分圧で1〜100kg/cm2、好ましくは2〜30kg/cm2 の範囲が適当である。本反応に使用される水素ガスは、必ずしも高純度である必要はなく、水素化反応に格別の影響を与えない不活性ガスなどが含有していてもよい。
【0016】本発明に使用される芳香族ジニトリルは、芳香族環にニトリル基が少なくとも2個置換している化合物であればよい。例えば、フタロニトリル、イソフタロニトリル、テレフタロニトリル、1,3−ジシアノナフタレン、1,4−ジシアノナフタレン、1,5−ジシアノナフタレン、1,6−ジシアノナフタレン、2,3−ジシアノナフタレン、2,6−ジシアノナフタレン、2,7−ジシアノナフタレンなどのようなニトリル基のみが芳香族環に置換している化合物が好ましく、中でもイソフタロニトリルおよびテレフタロニトリルが特に好ましい。また、ニトリル基の他に更にフッ素、塩素などのハロゲン原子、メチル基、エチル基などのアルキル基またはメトキシ基、エトキシ基などのアルコキシ基等が置換している化合物、例えば、2−クロロテレフタロニトリル、2−クロロ−4−メチルイソフタロニトリルなども使用することができる。
【0017】
【実施例】本発明を更に実施例、比較例をもって説明する。
実施例1触媒の前処理100mlオートクレーブ中に30mlのメタノール、1.0gのラネーニッケル触媒R−2400(W.R.グレース社製)を仕込み、室温で水素圧を10kg/cm2 とした。オートクレーブの加熱、撹拌を開始し、150℃に達してから1時間保った。この間の圧力は26kg/cm2 であった。
水素化反応上記オートクレーブ中にさらに5.0gのテレフタロニトリルと0.1gの水酸化ナトリウムを加え、常温で水素圧を5kg/cm2 (ゲージ圧。以下同じ)にした。室温でよく撹拌しながら水素化反応をスタートさせた。水素吸収速度を監視しながら、水素圧力が1kg/cm2 になった時点で再び水素圧力を5kg/cm2 に戻す操作を繰り返した。水素吸収率が理論値の115%になった時点で反応を終了した。触媒を濾過により除去し、得られた反応液をGC内部標準法で分析したところ、テレフタロニトリルの転化率は99%以上であり、p−シアノベンジルアミンの収率は88%、p−キシリレンジアミンの収率は7%であった。
【0018】実施例2触媒の前処理100mlオートクレーブ中に30mlのメタノール、1.0gのラネーニッケル触媒R−2400(W.R.グレース社製)、0.1gの水酸化ナトリウムを仕込み、室温で水素圧を2kg/cm2 とした。オートクレーブの加熱、撹拌を開始し、100℃に達してから2時間保った。この間の圧力は9kg/cm2であった。
水素化反応0.1gの水酸化ナトリウムを加えなかった以外は実施例1と同様の条件で反応を行った。触媒を濾過により除去し、得られた反応液をGC内部標準法で分析したところ、テレフタロニトリルの転化率は99%以上であり、p−シアノベンジルアミンの収率は87%、p−キシリレンジアミンの収率は7%であった。
【0019】実施例3触媒の前処理100mlオートクレーブ中に30mlのメタノール、1.0gのラネーニッケル触媒R−2400(W.R.グレース社製)、0.1gの水酸化ナトリウムを仕込み、室温で窒素圧を2kg/cm2 とした。オートクレーブの加熱、撹拌を開始し、100℃に達してから2時間保った。この間の圧力は9.5kg/cm2 であった。
水素化反応0.1gの水酸化ナトリウムを加えなかった以外は実施例1と同様の条件で反応を行った。触媒を濾過により除去し、得られた反応液をGC内部標準法で分析したところ、テレフタロニトリルの転化率は99%以上であり、p−シアノベンジルアミンの収率は85%、p−キシリレンジアミンの収率は9%であった。
【0020】実施例4触媒の前処理100mlオートクレーブ中に30mlのメタノール、1.0gのラネーニッケル触媒R−2400(W.R.グレース社製)を仕込み、室温で一酸化炭素圧を3kg/cm2 とした。オートクレーブの撹拌を開始し、室温で0.5時間保った。前処理後の圧力は2.2kg/cm2 であった。
水素化反応実施例1と同様の条件で反応を行い、触媒を濾過により除去し、得られた反応液をGC内部標準法で分析したところ、テレフタロニトリルの転化率は99%以上であり、p−シアノベンジルアミンの収率は81%、p−キシリレンジアミンの収率は10%であった。
【0021】実施例5触媒の前処理100mlオートクレーブ中に30mlのメタノール、1.0gのラネーニッケル触媒R−2400(W.R.グレース社製)、0.1gの水酸化ナトリウムを仕込み、室温で一酸化炭素圧を1kg/cm2 、水素圧を4kg/cm2 とした。オートクレーブの加熱、撹拌を開始し、100℃に達してから1時間保った。この間の圧力は7.4kg/cm2 であった。
水素化反応テレフタロニトリルをイソフタロニトリルに変えた以外は実施例1と同様の条件で反応を行い、触媒を濾過により除去し、得られた反応液をGC内部標準法で分析したところ、イソフタロニトリルの転化率は99%以上であり、m−シアノベンジルアミンの収率は83%、m−キシリレンジアミンの収率は11%であった。
【0022】比較例100mlオートクレーブ中に30mlのメタノール、1.0gのラネーニッケル触媒R−2400(W.R.グレース社製)、5.0gのテレフタロニトリルを仕込み、室温で水素圧を5kg/cm2 にした。室温でよく撹拌しながら水素化反応をスタートさせた。水素吸収速度を監視しながら、水素圧力が1kg/cm2 になった時点で再び水素圧を5kg/cm2 に戻す操作を繰り返した。水素吸収率が理論値の115%となった時点で反応を終了した。触媒を濾過により除去し、得られた反応液をGC内部標準法で分析したところ、テレフタロニトリルの転化率は80%であり、P−シアノベンジルアミンの収率は64%、p−キシリレンジアミンの収率は11%であった。
【0023】
【発明の効果】本発明の前処理されたニッケル、コバルトから選択された金属を含有するラネー触媒を芳香族ジニトリルの水素化反応の触媒として使用することにより、その芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを高選択率かつ高転化率で行うことができる。しかも低温低圧で反応を行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を前処理をした後、該触媒の存在下、芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素還元することを特徴とする芳香族シアノメチルアミンの製法。
【請求項2】 前処理が、溶媒中で水素、一酸化炭素または不活性ガスの雰囲気下、室温〜200℃で処理する請求項1記載の製法。
【請求項3】 前処理が、溶媒中で水素、一酸化炭素または不活性ガスをその分圧0.1〜30kg/cm2 の雰囲気下、室温〜200℃で処理する請求項2記載の製法。
【請求項4】 前処理が、さらに、処理される触媒の1〜100重量%のアルカリを添加して行う処理である請求項2記載の製法。
【請求項5】 ラネー触媒が、ラネーニッケルまたは変性ラネーニッケルである請求項1記載の製法。
【請求項6】 溶媒が、脂肪族または脂環式のアルコールもしくはエーテルである請求項2記載の製法。
【請求項7】 ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を前処理をした後、該触媒の存在下、イソフタロニトリルまたはテレフタロニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素化することを特徴とするm−またはp−シアノベンジルアミンの製法。
【請求項8】 ニッケルおよび/またはコバルトを含有するラネー触媒を溶媒中で水素、一酸化炭素または不活性ガスの雰囲気中、室温〜200℃で処理されたことを特徴とする芳香族ジニトリルの一方のニトリル基のみを選択的に水素化することを特徴とする水素化触媒。
【請求項9】 ラネー触媒が、ラネーニッケル触媒または変性ラネーニッケル触媒である請求項8記載の水素化触媒。

【公開番号】特開平9−40630
【公開日】平成9年(1997)2月10日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−197692
【出願日】平成7年(1995)8月2日
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)