荷電粒子線量シミュレーション装置、荷電粒子線照射装置、荷電粒子線量のシミュレーション方法、及び荷電粒子線照射方法
【課題】精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して荷電粒子線の線量分布を早期に割り出すことが可能となる荷電粒子線量シミュレーション装置、及び荷電粒子線量のシミュレーション方法を提供することを目的とする。
【解決手段】被照射体Xの物質情報及び陽子線Bの照射情報を含むシミュレーションデータの入力を受け付ける入力部31と、入力部31で受け付けられたシミュレーションデータ及び線量分布カーネルに基づいて、被照射体X内の陽子線Bの線量分布を割り出す演算部33と、を備え、演算部33は、体表面に到達した仮定される陽子線BからSurface Mapを作成すると共に、Surface Mapを細分化して陽子線Bを複数のビームレットBaに細分化し、入力部31で受け付けられたシミュレーションデータと複数のビームレットBaとに基づいて被照射体X内での陽子線Bの線量分布を割り出すシミュレーション装置3とした。
【解決手段】被照射体Xの物質情報及び陽子線Bの照射情報を含むシミュレーションデータの入力を受け付ける入力部31と、入力部31で受け付けられたシミュレーションデータ及び線量分布カーネルに基づいて、被照射体X内の陽子線Bの線量分布を割り出す演算部33と、を備え、演算部33は、体表面に到達した仮定される陽子線BからSurface Mapを作成すると共に、Surface Mapを細分化して陽子線Bを複数のビームレットBaに細分化し、入力部31で受け付けられたシミュレーションデータと複数のビームレットBaとに基づいて被照射体X内での陽子線Bの線量分布を割り出すシミュレーション装置3とした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子線などの荷電粒子線を被照射体に照射した際における被照射体内での荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする荷電粒子線量シミュレーション装置、荷電粒子線照射装置、荷電粒子線量のシミュレーション方法、及び荷電粒子線照射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陽子線などの荷電粒子線を照射して腫瘍を治療する陽子線治療装置が知られている。このような腫瘍の治療では、腫瘍の形状や位置に応じて、絶対線量、線量分布、照射位置等の照射計画を立案し、この照射計画に従って精度良く荷電粒子線の照射を行う必要がある。照射計画の立案に際しては、陽子線治療装置などに搭載されたシミュレーション装置に、陽子線の照射条件などを入力して事前に線量分布を割り出し、この線量分布に基づいて腫瘍に的確に陽子線が照射されるか否かのシミュレーションを行う。線量分布を割り出す方法としては、例えば、Monte Carlo SimulationやPencil Beam Algorithm (PBA)と呼ばれる方法が知られている(非特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Harald Paganetti, Hongyu Jiang, Katia Parodi, Roelf Slopsema andMartijn Engelsman 著,IOP Publishing, Physics in Medicine and Biology, 53(2008)4825-4853.
【非特許文献2】Department of Radiation Oncology, Massachusetts General Hospital& Harvard Medical School,Boston, MA 02114, USA,IOP Publishing, Physics inMedicine and Biology, 54(2009)4399-4421.
【非特許文献3】Nobuyuki Kanematsu, Masataka Komori, Shunsuke Yonai1 and AzusaIshizaki 著,IOPPublishing, Physics in Medicine and Biology, 54(2009)2015-2027.
【非特許文献4】Linda Hongyz, Michael Goiteiny, Marta Bucciolinix, Robert Comiskeyy,Bernard Gottschalkk, Skip Rosenthaly, Chris Seragoy and Marcia Urie 著, Phys. Med. Biol. 41(1996) 1305-1330.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述のMonte Carlo Simulationでは、統計的な処理によって線量分布を割り出すので精度は高くなるものの、演算処理の負担が大きく、数日の期間を要することもあって実用性に欠けるという課題があった。一方で、PBAでは、Monte Carlo Simulationに比べてどうしても精度が低下し易くなり、所望の精度を確保することが難しいという課題があった。
【0005】
本発明は、以上の課題を解決することを目的としており、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して荷電粒子線の線量分布を早期に割り出すことが可能となる荷電粒子線量シミュレーション装置、荷電粒子線照射装置、荷電粒子線量のシミュレーション方法、及び荷電粒子線照射方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体内での荷電粒子線の広がりを割り出す線量分布カーネルを用いて被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする装置において、被照射体の物質情報及び荷電粒子線の照射情報を含むシミュレーションデータの入力を受け付ける入力手段と、入力手段で受け付けられたシミュレーションデータ及び線量分布カーネルに基づいて、被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出す演算手段と、を備え、演算手段は、荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、入力手段で受け付けられたシミュレーションデータと荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて被照射体内での荷電粒子線の線量分布を割り出すことを特徴とする。
【0007】
被照射体が一定の物質のみから構成される場合には、従来のPBAでも比較的高い精度を期待できるが、実際の被照射体は、様々な物質が複雑に入り組んで構成されるので、従来のPBAでは荷電粒子線の線量分布を精度良く割り出すことが難しい。しかしながら、本発明によれば、荷電粒子線として仮定された錐状の仮想形状を適宜に細分化して複数の仮想形状として仮定するので、細分化された仮想形状それぞれを複雑に入り組んだ構成に対応させながら荷電粒子線の線量分布を割り出すことが可能になり、線量分布の精度向上に有効である。さらに、本発明では、荷電粒子線を錐状の仮想形状として仮定した上で荷電粒子線の線量分布を求めるので、統計的な演算処理によって線量分布を導出するMonte Carlo Simulationに比べて演算処理の負担を軽減できる。その結果として、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【0008】
さらに、荷電粒子線を細分化する位置は、荷電粒子線が被照射体に進入する直前の位置であると好適である。被照射体の内部に進入する直前で内部の構造に対応して荷電粒子線を複数の仮想形状に細分化できるので荷電粒子線の線量分布を割り出す上で精度を更に向上し易くなる。
【0009】
さらに、演算手段で割り出された線量分布を報知する出力手段を更に備えると好適である。操作者が視聴可能な文字情報、画像情報または音声情報などを出力手段から報知することにより、操作者はシミュレーション結果としての荷電粒子線量の線量分布を容易に把握することができる。
【0010】
さらに、出力手段は、線量分布を等線量線化または等線量面化して報知すると好適である。等線量線化または等線量面化して報知することで、線量の大小を容易に把握できる。
【0011】
また、本発明に係る荷電粒子線照射装置は、上記のシミュレーション装置を備えたことを特徴とする。本発明によれば、上記のシミュレーション装置によって早期に割り出された荷電粒子線の線量分布に基づいて荷電粒子線の照射が可能になる。
【0012】
また、本発明は、荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体内での荷電粒子線の広がりを導出する線量分布カーネルを用いて被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする方法において、被照射体の物質情報を取得する被照射体情報取得工程と、荷電粒子線の照射情報を決定する照射情報設定工程と、照射情報設定工程で決定された照射情報と線量分布カーネルとに基づき、荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、被照射体情報取得工程で取得された物質情報と荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出すシミュレーション工程と、を含むことを特徴とする。発明によれば、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して荷電粒子線の線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【0013】
また本発明に係る荷電粒子線照射方法は、上記のシミュレーション方法によって割り出された荷電粒子線の線量分布に基づいて、荷電粒子線を照射することを特徴とする。本発明によれば、上記のシミュレーション方法によって早期に割り出された荷電粒子線の線量分布に基づいて荷電粒子線の照射が可能になる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態に係るシミュレーション装置を搭載した陽子線治療装置の説明図である。
【図2】陽子線治療の効果をグラフによって示す説明図である。
【図3】線量分布計算アルゴリズムを模式化して示す説明図である。
【図4】DMS−PBA法の概念を模式化して示す説明図である。
【図5】DMS−PBA法におけるビームレットの細分化についての説明図である。
【図6】DMS−PBA法について、従来のPBA法との違いを模式的に示し、(a)はPBAを模式的に示す説明図であり、(b)はDMS−PBAを模式的に示す説明図である。
【図7】DMS−PBA法と従来のPBA法との線量分布の相違を示す図であり、(a)は両者の相違を等線量線化して示す図であり、(b)は深さ0mmでの両者の線量分布を示すグラフであり、(c)は深さ115mmでの線量分布を示すグラフである。
【図8】臨床画像(矢状断面)を用いて線量分布を比較して示す図であり、(a)はPBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例であり、(b)はDMS−PBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例である。
【図9】臨床画像(軸状断面)を用いて線量分布を比較して示す図であり、(a)はPBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例であり、(b)はDMS−PBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例である。
【図10】陽子線治療の概略手順を示すフローチャートである。
【図11】線量分布シミュレーションの動作手順を示すフローチャートである。
【図12】実験例1のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図13】実験例2のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図14】実験例3のシミュレーション結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0017】
陽子線(荷電粒子線)を照射して腫瘍(ガン病巣)を治療する際には、腫瘍の形状や位置に応じて、絶対線量、線量分布、照射位置等の照射計画が立案され、この照射計画に従って陽子線の照射が行われる。図1に示されるように、陽子線治療装置(荷電粒子線照射装置)1は、照射計画を立案するためのシミュレーション装置(荷電粒子線量シミュレーション装置)3と、シミュレーション結果に応じて患者などの被照射体Xに陽子線Bを照射する照射装置5とを備えている。
【0018】
照射装置5は、被照射体Xに向けて陽子線Bを照射する照射部51、陽子線Bの照射範囲を調整するコリメータ52、ガン病巣の形状に合わせて陽子線Bの到達距離を調整するボーラス53などを備えている。ボーラス53の材質は、ポリエチレンなどである。照射装置5による実際の照射は、操作者による照射装置5の入力操作に基づいて行われる。
【0019】
なお、図2に示されるように、光子線の場合には、患者の皮膚(体表面Xa)へ入射した直後(ガン病巣に到達する前)に細胞へのダメージが最も大きな(治療効果が最も大きな)ピークを迎え、徐々に低下していく。一方で、陽子線などの重荷電粒子の場合には、ブラッグピーク(Bragg Peak)と呼ばれる極大部分が所定の深さで現れる。従って、陽子線Bが通過するボーラス53の形状などを適宜に調整してブラッグピーク(Bragg Peak)が現れる深さを調整することにより、正常組織へのダメージを抑え、腫瘍組織(ガン病巣)へのダメージを大きくすることができる。
【0020】
シミュレーション装置3(図1参照)は、中央処理装置を備え、中央処理装置は、ハードウェア構成としてCPU、RAM,ROMなどを有し、機能的構成として入力部(入力手段)31、演算部(演算手段)33、及び出力部(出力手段)35を有する。
【0021】
入力部31は、タッチパネル、キーボードまたはマウスなどの操作デバイスであり、操作者の操作に基づくデータの入力を受け付ける。また、入力部31は、例えば、治療用CT(Computed Tomography)で撮影されたガン病巣を含む画像データ、照射領域に係るデータ、及ぶ照射パラメータデータを受け付ける。照射パラメータデータとは、例えば、照射方向、患者寝台の角度等のデータである。本実施形態では、治療用CTで取得された画像データ(治療用CT画像データ)は被照射体Xの物質情報に相当し、照射領域に係るデータ及ぶ照射パラメータデータは荷電粒子線の照射情報に相当する。以下、これらを総称してシミュレーションデータという。
【0022】
演算部33は、陽子線Bが被照射体Xに照射された際を想定し、陽子線Bを錐状(ペンシルビーム形状)の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体Xの内部での陽子線Bの広がりを導出する線量分布カーネルを用いて被照射体Xの内部での陽子線Bの線量分布をシミュレーションする機能を有する。ここで、線量分布を割り出す従来の方法は、例えば、Pencil-beam法(PBA法)であったが、本実施形態では、PBA法を更に進化させたDelta-functionMulti Segmented PBA法(DMS−PBA法)によって線量分布計算を行っている。以下、PBA法について概略説明した後に、DMS−PBA法について詳しく説明する。
【0023】
PBA法とは、陽子線Bをペンシルビーム形状に見立て、物質中での陽子線Bの多重クーロン散乱による広がりを考慮した線量分布カーネルを用いて計算を実施する方法である。具体的には、図3に示されるように、照射点からの深部方向の線量分布を実測から取得し、さらに、所定の計算(Gaussianによる近似)から得られたビームの広がりを考慮して陽子線Bの進行方向の所定地点における線量分布を導出する。例えば、地点Z1での広がりをGaussianによる近似によって広がりσ1として求め、地点Z2での広がりをGaussianによる近似によって広がりσ2として求める。
【0024】
従来のPBA法によれば、数分程度の計算時間で陽子線Bの線量分布を導出できる点で有利であるものの、照射範囲内における不均質物質(例えば、患者の骨など)の有無によって計算精度が低下するということも想定されるため、改良の余地があった。
【0025】
DMS−PBA法は、PBA法の利点である計算時間の短縮という利点を生かしながら精度の向上を図ることができるという手法である。DMS−PBA法の特徴的な事項は少なくとも二つあり、第1番目は、被照射体(患者など)Xの体表面XaにおけるSurface Map解析によるボーラス53からの散乱を考慮した線量分布計算であり、第2番目は、体表面Xaを出発点として発射されるビームレットBaによる高解像度の線量分布計算である。
【0026】
DMS−PBA法のこれらの特徴について、図4及び図5を参照して概念的に説明する。図4は、DMS−PBA法の概念を模式化して示す説明図であり、図5はDMS−PBA法におけるビームの細分化についての説明図である。図4に示されるように、ボーラス53などに入力された陽子線(ビーム)Bは、側方多重クーロン散乱による広がりを生じながら進行して体表面Xaまで到達する。ここで、体表面XaまでのビームBの側方エミッタンスを計算する。この計算は、従来のPBAと同様である。
【0027】
次に、体表面XaでのSurface Mapを作成する。Surface Mapとは、体表面Xaでの各計算グリッドにおいて、合算したビームBの強度(重み)、残余飛跡、残余飛跡の異なるビームBの数をマッピングしたものである。例えば、ボーラス53を断面L字状のブロック体として仮定した場合、厚い部分を通過したビームBの体表面Xaでの残余飛跡は、薄い部分を通過したビームBの体表面Xaでの残余飛散に比べて小さくなる。また、厚い部分を通過したビームBと薄い部分を通過したビームBとが体表面Xaで重なり合う領域では、重なり合わない領域に比べて線量(強度)は大きくなる。これらの要素を考慮して体表面XaでのSurface Mapを作成する。以上が、被照射体Xの体表面XaにおけるSurfaceMap解析によるボーラス53からの散乱を考慮した線量分布計算であり、DMS−PBA法の第1番目の特徴である。なお、残余飛跡とは、陽子線の運動エネルギーに相当する飛程である。
【0028】
次に、Surface Mapを細分化し、細分化した各要素(以下、「ボクセル」という)を出発点として仮想的に照射される複数の陽子線(以下、「ビームレット」という)Baの初期条件を割り出す。例えば、ビームレットBaの線量は、体表面Xaへの入射が想定される線量分布をデルタ関数形状にセグメンテーションすることで求められる(図5(a)参照)。また、ボクセルでのビームレットBaのサイズは、極めて小さいものと仮定される。
【0029】
次に、体表面Xaから体内に照射されるビームレットBaによる線量分布計算を行う。ビームレットBaによる線量分布計算について、図5を参照して概念的に説明する。図5(a)は体表面Xaにおける線量の側方プロファイルを示している。図5(a)に示されるように、ビームレットBaの線量は、上述の線量分布のセグメンテーションによって求まる。ビームレット(セグメント)Baが体内に照射されたと仮定すると、各セグメントは、深く進むに従って広がる(図5(b)参照)。そして、体内での任意深さの線量分布は、各セグメントの重ね合わせによって導出される(図5(c)参照)。図5(c)は、体内における線量の側方プロファイルを示している。
【0030】
すべてのビームレットBaを積算することで体内での線量分布を割り出すことが可能になる。以上が、体表面Xaを出発点として発射されるビームレットBaによる高解像度の線量分布計算であり、DMS−PBA法の第2番目の特徴である。なお、DMS−PBA法によるビームサイズの具体的な計算は以下の式(1)に基づく。
【0031】
【数1】
【0032】
次に、図6及び図7を参照して、PBA法とDMS−PBA法との違いについて説明する。図6(a)はPBAを模式的に示す説明図であり、(b)はDMS−PBAを模式的に示す説明図である。図6に示されるように、PBA法では、体表面Xaに到達したビームBが、そのまま体内に照射されるビームBの初期条件となる。すなわち、PBA法では、ボーラス53を通過してビームサイズσ1,σ2、残余飛跡R1,R2として体表面Xaに到達したビームBは、そのままの条件で体内に照射されると仮定される。一方で、DMS−PBA法では、ビームサイズσ1,σ2、残余飛跡R1,R2として体表面Xaに入力されたビームBは、体表面Xaで細分化されることにより、ビームサイズσ0が、σ1,σ2に比べて極めて小さい複数のビームレットBaに細分化され、各ビームレットBaが体内に照射されると仮定される。
【0033】
図7は、水等価物質中に骨等価物質を配置した被照射体Xのモデルに対し、ビームBを照射した場合を想定してDMS−PBA法とPBA法とで線量分布を割り出した結果を示し、(a)は両者の相違を等線量線化して示す図であり、(b)は深さ0mmでの両者の側方プロファイルであり、(c)は深さ115mmでの両者の側方プロファイルである。
【0034】
図7(b)に示されるように、深さdが“0mm”の場合、すなわち、体表面XaでのビームBのサイズ、及び線量は同一である。一方で、図7(c)に示されるように、深さdが“115mm”の場合、PBA法で求めた線量分布とDMS−PBA法で求めた線量分布との間には、大きな差異が生じている。この相違は、PBA法において骨等価物質の存在を考慮することなく線量分布が割り出されているのに対し、DMS−PBA法では骨等価物質の存在を考慮して線量分布が割り出されていることに起因する。
【0035】
出力部35は、モニタやスピーカなどの出力デバイスであり、演算部でのシミュレーション結果を操作者などが視認可能な画像として出力(報知)したり、音データとして出力(報知)したりする。つまり、出力部35は、DMS−PBA法での演算結果に基づく線量分布データを演算部33から受け付け、受け付けた線量分布データに基づき、例えば、治療CT画像に等線量線化または等線量面化した線量分布画像を合成し、操作者などが視認可能となる画像データ(画像情報)を生成して表示(報知)する。
【0036】
ここで、出力部35から表示される画像データについて、図8及び図9を参照して具体的に説明する。図8及び図9は、線量分布が等線量線化された画像の一例を示しており、出力部35は、例えば、図8(b)または図9(b)に示されるような画像を表示する。なお、図8(a)及び図9(a)は、PBA法によって導出された線量分布を示す画像であり、図8(b)及び図9(b)は、DMS−PBA法によって導出された線量分布を示す画像である。
【0037】
PBA法での線量分布画像(図8(a))とDMS−PBA法での線量分布画像(図8(b))とを比較した場合、DMS−PBA法での線量分布画像はPBA法での線量分布画像に比べて各等量線が複雑に入り組んだ形状となっており、不均質物質に対応して精度良く線量分布を割り出していることを推察できる。同様に、図9に示されるように、DMS−PBA法での線量分布画像(図9(b))の方が、PBA法での線量分布画像(図9(a))に比べて各等量線が複雑に入り組んだ形状となっており、不均質物質に対応して精度良く線量分布を割り出していることを推察できる。
【0038】
次に、実際の陽子線治療方法の概要を説明し、その中で行われる線量分布シミュレーション方法及び陽子線照射方法(荷電粒子線照射方法)について、図10及び図11を参照して説明する。図10は、陽子線治療の概略手順を示すフローチャートであり、線量分布シミュレーションの動作手順を示すフローチャートである。
【0039】
図10に示されるように、最初に医師などの操作者による診断が行われ(ステップS1)、その後に治療用CTによる、ガン病巣近傍の画像の取得が行われる(ステップS2)。次に、照射領域の決定(ステップS3)と、照射パラメータの決定(ステップS4)が行われる。ステップS2の治療用CT画像の取得が行われる工程は、被照射体Xの物質情報を取得する被照射体X情報取得工程に相当し、ステップS3,S4の照射領域の決定及び照射パラメータの決定が行われる工程は、荷電粒子線の照射情報を決定する照射情報設定工程に相当する。
【0040】
次に、シミュレーション装置3において線量分布シミュレーションに係る処理が実行され(ステップS5)、シミュレーション結果としての線量分布画像が出力部35から表示(報知)される。ステップS5は、シミュレーション工程に相当する。
【0041】
操作者は、出力部35に表示された線量分布画像を確認する。例えば、操作者は、陽子線Bのブラッグピークが、目的の領域(ガン病巣)に的確に到達しているか否か、及び目的の領域外にまで到達してしまっていないかの判定(シミュレーション結果の判定)を行う。ここで、操作者は、陽子線Bのブラッグピークが、ガン病巣に的確に到達していないと判定するとステップS4に戻る。操作者は、陽子線Bのブラッグピークが的確にガン病巣に到達すると判定するまで、照射パラメータの決定(ステップS4)と線量分布シミュレーション(ステップS5)とを繰り返し実行し、的確にガン病巣に到達すると判定した場合には、照射装置5を操作して実際の陽子線の照射を行う(ステップS7)。ステップS7は、陽子線Bを照射する陽子線照射方法(荷電粒子線照射方法)に相当する。
【0042】
次に、シミュレーション装置3で実行される線量分布シミュレーションについて説明する。この線量分布シミュレーションは、陽子線Bが被照射体Xに照射された際を想定し、陽子線Bをビームペンシル形状(錐状)の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体X内での陽子線Bの広がりを導出する線量分布カーネルを用いて被照射体X内の陽子線Bの線量分布をシミュレーションする方法であり、上述のPBA法を更に進化させたDMS−PBA法によって実行される。
【0043】
シミュレーション装置3は、シミュレーションデータを受け付けることで線量分布シミュレーションに係る処理を実行する。シミュレーション装置3の入力部31は、治療用CT画像データ、照射領域データ、及び照射パラメータデータを含むシミュレーションデータの入力を受け付ける(ステップS11)。
【0044】
シミュレーションデータが入力部31で受け付けられると、演算部33は、陽子線Bが被照射体Xに照射された際を想定し、照射領域データ及び照射パラメータデータ(物質情報)と線量分布カーネルとに基づき、陽子線Bをビームペンシル形状(錐状)の広がりを有するビーム(仮想形状)と仮定し、このようなビームが発射されたと仮定する(ステップS12)。
【0045】
次に、演算部33は、被照射体X内でのビームの広がりを導出する線量分布カーネルを用いて体表面Xaまでのビームの側方エミッタンスを計算する。更に、演算部33は、ビームの進行方向の途中(体表面)で所定の範囲まで広がったビームが体表面Xaに到達したと仮定し、体表面XaでのSurface Mapを作成する(ステップS13)。
【0046】
次に演算部33は、体表面Xaでのビームの細分化を行うために、体表面XaでのSurface Mapを細分化して複数のボクセルを仮定する(ステップS14)。更に、演算部33は、複数のボクセルを出発点としてペンシルビーム形状(錐状)の広がりを有する複数のビームレット(仮想形状)を仮定し、細分化されたビームレットが発射されたと仮定する(ステップS15)。更に、演算部33は、治療用CT画像データと複数のビームレットとに基づいて被照射体X内の陽子線Bの線量分布を割り出す(ステップS16)。以上で線量分布シミュレーションが終了する。
【0047】
次に、本実施形態に係るシミュレーション装置3及び線量分布シミュレーション方法の効果について説明する。
【0048】
例えば、被照射体Xが一定の物質のみから構成される場合には、従来のPBA法でも比較的高い精度を期待できる。しかしながら、患者などの実際の被照射体Xは、様々な物質が複雑に入り組んで構成されるので、従来のPBA法では陽子線(荷電粒子線)の線量分布を精度良く割り出すことが難しい。しかしながら、本実施形態に係るシミュレーション装置3及び線量分布シミュレーション方法によれば、陽子線Bとして仮定されたペンシルビーム形状(錐状)の仮想形状を適宜に細分化して複数のビームレット(仮想形状)として仮定するので、細分化されたビームレットそれぞれを複雑に入り組んだ構成に対応させながら陽子線Bの線量分布を割り出すことが可能になり、線量分布の精度向上に有効である。
【0049】
さらに、本実施形態に係るシミュレーション装置3及び線量分布シミュレーション方法では、陽子線(荷電粒子線)Bをペンシルビーム形状(錐状)の仮想形状として仮定した上で陽子線Bの線量分布を求めるので、統計的な演算処理によって線量分布を導出するMonte Carlo Simulationに比べて演算処理の負担を軽減できる。その結果として、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【0050】
さらに、本実施形態では、陽子線Bを細分化する位置は、陽子線Bが被照射体Xに進入する直前の位置(体表面Xa)であるため、被照射体Xの内部に進入する直前で内部の構造に対応して陽子線Bを複数のビームレット(仮想形状)に細分化できるので陽子線Bの線量分布を割り出す上での高い精度を期待できる。
【0051】
さらに、本実施形態では、演算部33で割り出された線量分布を報知する出力部35を備えており、操作者が視聴可能な文字情報、画像情報または音声情報などを出力部35から報知させることができる。従って、操作者はシミュレーション結果としての陽子線Bの線量分布を容易に把握することができる。
【0052】
さらに出力部35は、線量分布を等線量線化または等線量面化した画像を出力することによって操作者に報知するので、操作者は、線量の大小を容易に把握できる。
【0053】
次に、本実施形態の優位性を実証するための実験結果について、図12、図13、及び図14を参照して説明する。なお、図12、図13、及び図14は、実験ジオメトリを用いた検証結果を示し、各図(a)は被照射体モデルであるファントムに対する陽子線Bの進行方向を模式的に示す図であり、各図(b)は被照射体Xの深部方向の線量分布プロファイルを示すグラフであり、各図(c)は所定の深さでの側方線量分布プロファイルを示すグラフである。
【0054】
実験例1、実験例2、及び実験例3では、断面L字状のボーラス61と、副鼻腔にみられる空気と軟部組織との境界を再現したポリスチレン製のファントム62と、ファントム62の下に配置された二次元線量計(2D−ARRAY)63と、ファントム62と2D−ARRAYとを支える陽子線治療用患者寝台64とを備えた実験装置(図12(a)、図13(a)、図14(a)参照)を用いて検証実験が行われている。更に、各実験例1、2、3では、ファントム62をビームBが通過した場合を想定してPBA法とDMS−PBA法とで線量分布プロファイルを導出している。
【0055】
図12(b)、図13(b)、図14(b)に示されるように、実験例1、実験例2、実験例3のシミュレーション結果(深部方向線量分布プロファイル)では、ブラッグピークでの線量は、DMS−PBA法で導出された線量の方が、PBA法で導出された線量よりも小さくなっている。また、図12(c)は、実験例1のブラッグピーク深さ(深さdが123mm)での側方線量分布プロファイルを示しており、上記の実験装置の2D−ARRAY63で実測された値(Measured)では、ホットスポットが観測されている。また、図13(c)は、実験例2におけるブラッグピーク深さ(深さdが142mm)での側方線量分布プロファイルを示しており、実測値(Measured)では、コールドスポットが観測されている。また、図14(c)は、実験例3におけるブラッグピーク深さ(深さdが162mm)での側方線量分布プロファイルを示しており、実測値(Measured)では、ホットスポットが観測されている。なお、ホットスポットとは高い線量のスポットであり、コールドスポットとは低い線量のスポットである。
【0056】
次に、実験例1、実験例2、実験例3の検証結果から推察される内容を説明する。
(1)各実験例1,2,3において、ブラッグピーク深さでホットスポットまたはコールドスポットが出現したのは、陽子の迂回効果の影響によるものと考えることができる。
(2)PBA法は、各ブラッグピークのホットスポットまたはコールドスポットにおいて、最大約12%の精度低下がみられた。これは、広がったペンシルビーム形状が中心軸に沿った側方広がりのみを考慮していることに起因すると考えられる。
(3)DMS−PBA法は、体表面におけるビームBのセグメンテーションによって、体内での不均質物質の影響を考慮することができ、その結果、側方線量分布プロファイルは、数mm程度のファントム62の幾何学的な位置ずれを考慮すると、3%の精度で一致していることが確認できた。
【0057】
また、表1に示される結果から以下の検証結果を得ることができる。
【0058】
【表1】
【0059】
(1)照射野領域が大きくなるほど、PBA法、DMS−PBA法は共に計算時間(演算処理のための時間)が長くなる。
(2)PBA法及びDMS−PBA法で、ビームが計算した延べ体積の比が小さくなるにつれて、計算時間に対する比も小さくなる。
(3)照射野領域が100×100mm2の場合において、DMS−PBA法の計算時間はPBA法の計算時間より短縮された。
【0060】
以上の検証結果から、現在臨床で実装されているPBA法と比較して、DMS−PBA法は、同等の計算時間でファントム62内での不均質領域における線量分布計算結果(シミュレーション結果)の精度が優れていることが確認された。
また、ファントムを用いた初期検証であるが、DMS−PBA法が臨床利用において有用である可能性を確認できた。
【0061】
以上、本発明を実施形態に係るシミュレーション装置及び線量分布シミュレーション方法を例に説明したが、本発明は、上記の実施形態のみに限定されるものではない。例えば、出力部35から報知される態様としては、所定の画像データに限定されず、音声データなどであってもよい。また、シミュレーション装置は陽子線治療装置内に設けられるものに限定されず、陽子線治療装置とは別体として設けても良い。
【符号の説明】
【0062】
3…シミュレーション装置、31…入力部(入力手段)、33…演算部(演算手段)、35…出力部(出力手段)、B…陽子線,ビーム(荷電粒子線)、X…被照射体。
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子線などの荷電粒子線を被照射体に照射した際における被照射体内での荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする荷電粒子線量シミュレーション装置、荷電粒子線照射装置、荷電粒子線量のシミュレーション方法、及び荷電粒子線照射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陽子線などの荷電粒子線を照射して腫瘍を治療する陽子線治療装置が知られている。このような腫瘍の治療では、腫瘍の形状や位置に応じて、絶対線量、線量分布、照射位置等の照射計画を立案し、この照射計画に従って精度良く荷電粒子線の照射を行う必要がある。照射計画の立案に際しては、陽子線治療装置などに搭載されたシミュレーション装置に、陽子線の照射条件などを入力して事前に線量分布を割り出し、この線量分布に基づいて腫瘍に的確に陽子線が照射されるか否かのシミュレーションを行う。線量分布を割り出す方法としては、例えば、Monte Carlo SimulationやPencil Beam Algorithm (PBA)と呼ばれる方法が知られている(非特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Harald Paganetti, Hongyu Jiang, Katia Parodi, Roelf Slopsema andMartijn Engelsman 著,IOP Publishing, Physics in Medicine and Biology, 53(2008)4825-4853.
【非特許文献2】Department of Radiation Oncology, Massachusetts General Hospital& Harvard Medical School,Boston, MA 02114, USA,IOP Publishing, Physics inMedicine and Biology, 54(2009)4399-4421.
【非特許文献3】Nobuyuki Kanematsu, Masataka Komori, Shunsuke Yonai1 and AzusaIshizaki 著,IOPPublishing, Physics in Medicine and Biology, 54(2009)2015-2027.
【非特許文献4】Linda Hongyz, Michael Goiteiny, Marta Bucciolinix, Robert Comiskeyy,Bernard Gottschalkk, Skip Rosenthaly, Chris Seragoy and Marcia Urie 著, Phys. Med. Biol. 41(1996) 1305-1330.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述のMonte Carlo Simulationでは、統計的な処理によって線量分布を割り出すので精度は高くなるものの、演算処理の負担が大きく、数日の期間を要することもあって実用性に欠けるという課題があった。一方で、PBAでは、Monte Carlo Simulationに比べてどうしても精度が低下し易くなり、所望の精度を確保することが難しいという課題があった。
【0005】
本発明は、以上の課題を解決することを目的としており、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して荷電粒子線の線量分布を早期に割り出すことが可能となる荷電粒子線量シミュレーション装置、荷電粒子線照射装置、荷電粒子線量のシミュレーション方法、及び荷電粒子線照射方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体内での荷電粒子線の広がりを割り出す線量分布カーネルを用いて被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする装置において、被照射体の物質情報及び荷電粒子線の照射情報を含むシミュレーションデータの入力を受け付ける入力手段と、入力手段で受け付けられたシミュレーションデータ及び線量分布カーネルに基づいて、被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出す演算手段と、を備え、演算手段は、荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、入力手段で受け付けられたシミュレーションデータと荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて被照射体内での荷電粒子線の線量分布を割り出すことを特徴とする。
【0007】
被照射体が一定の物質のみから構成される場合には、従来のPBAでも比較的高い精度を期待できるが、実際の被照射体は、様々な物質が複雑に入り組んで構成されるので、従来のPBAでは荷電粒子線の線量分布を精度良く割り出すことが難しい。しかしながら、本発明によれば、荷電粒子線として仮定された錐状の仮想形状を適宜に細分化して複数の仮想形状として仮定するので、細分化された仮想形状それぞれを複雑に入り組んだ構成に対応させながら荷電粒子線の線量分布を割り出すことが可能になり、線量分布の精度向上に有効である。さらに、本発明では、荷電粒子線を錐状の仮想形状として仮定した上で荷電粒子線の線量分布を求めるので、統計的な演算処理によって線量分布を導出するMonte Carlo Simulationに比べて演算処理の負担を軽減できる。その結果として、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【0008】
さらに、荷電粒子線を細分化する位置は、荷電粒子線が被照射体に進入する直前の位置であると好適である。被照射体の内部に進入する直前で内部の構造に対応して荷電粒子線を複数の仮想形状に細分化できるので荷電粒子線の線量分布を割り出す上で精度を更に向上し易くなる。
【0009】
さらに、演算手段で割り出された線量分布を報知する出力手段を更に備えると好適である。操作者が視聴可能な文字情報、画像情報または音声情報などを出力手段から報知することにより、操作者はシミュレーション結果としての荷電粒子線量の線量分布を容易に把握することができる。
【0010】
さらに、出力手段は、線量分布を等線量線化または等線量面化して報知すると好適である。等線量線化または等線量面化して報知することで、線量の大小を容易に把握できる。
【0011】
また、本発明に係る荷電粒子線照射装置は、上記のシミュレーション装置を備えたことを特徴とする。本発明によれば、上記のシミュレーション装置によって早期に割り出された荷電粒子線の線量分布に基づいて荷電粒子線の照射が可能になる。
【0012】
また、本発明は、荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体内での荷電粒子線の広がりを導出する線量分布カーネルを用いて被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする方法において、被照射体の物質情報を取得する被照射体情報取得工程と、荷電粒子線の照射情報を決定する照射情報設定工程と、照射情報設定工程で決定された照射情報と線量分布カーネルとに基づき、荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、被照射体情報取得工程で取得された物質情報と荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出すシミュレーション工程と、を含むことを特徴とする。発明によれば、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して荷電粒子線の線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【0013】
また本発明に係る荷電粒子線照射方法は、上記のシミュレーション方法によって割り出された荷電粒子線の線量分布に基づいて、荷電粒子線を照射することを特徴とする。本発明によれば、上記のシミュレーション方法によって早期に割り出された荷電粒子線の線量分布に基づいて荷電粒子線の照射が可能になる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態に係るシミュレーション装置を搭載した陽子線治療装置の説明図である。
【図2】陽子線治療の効果をグラフによって示す説明図である。
【図3】線量分布計算アルゴリズムを模式化して示す説明図である。
【図4】DMS−PBA法の概念を模式化して示す説明図である。
【図5】DMS−PBA法におけるビームレットの細分化についての説明図である。
【図6】DMS−PBA法について、従来のPBA法との違いを模式的に示し、(a)はPBAを模式的に示す説明図であり、(b)はDMS−PBAを模式的に示す説明図である。
【図7】DMS−PBA法と従来のPBA法との線量分布の相違を示す図であり、(a)は両者の相違を等線量線化して示す図であり、(b)は深さ0mmでの両者の線量分布を示すグラフであり、(c)は深さ115mmでの線量分布を示すグラフである。
【図8】臨床画像(矢状断面)を用いて線量分布を比較して示す図であり、(a)はPBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例であり、(b)はDMS−PBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例である。
【図9】臨床画像(軸状断面)を用いて線量分布を比較して示す図であり、(a)はPBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例であり、(b)はDMS−PBA法で求めた線量分布を等線量線化して示す画像の一例である。
【図10】陽子線治療の概略手順を示すフローチャートである。
【図11】線量分布シミュレーションの動作手順を示すフローチャートである。
【図12】実験例1のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図13】実験例2のシミュレーション結果を示すグラフである。
【図14】実験例3のシミュレーション結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0017】
陽子線(荷電粒子線)を照射して腫瘍(ガン病巣)を治療する際には、腫瘍の形状や位置に応じて、絶対線量、線量分布、照射位置等の照射計画が立案され、この照射計画に従って陽子線の照射が行われる。図1に示されるように、陽子線治療装置(荷電粒子線照射装置)1は、照射計画を立案するためのシミュレーション装置(荷電粒子線量シミュレーション装置)3と、シミュレーション結果に応じて患者などの被照射体Xに陽子線Bを照射する照射装置5とを備えている。
【0018】
照射装置5は、被照射体Xに向けて陽子線Bを照射する照射部51、陽子線Bの照射範囲を調整するコリメータ52、ガン病巣の形状に合わせて陽子線Bの到達距離を調整するボーラス53などを備えている。ボーラス53の材質は、ポリエチレンなどである。照射装置5による実際の照射は、操作者による照射装置5の入力操作に基づいて行われる。
【0019】
なお、図2に示されるように、光子線の場合には、患者の皮膚(体表面Xa)へ入射した直後(ガン病巣に到達する前)に細胞へのダメージが最も大きな(治療効果が最も大きな)ピークを迎え、徐々に低下していく。一方で、陽子線などの重荷電粒子の場合には、ブラッグピーク(Bragg Peak)と呼ばれる極大部分が所定の深さで現れる。従って、陽子線Bが通過するボーラス53の形状などを適宜に調整してブラッグピーク(Bragg Peak)が現れる深さを調整することにより、正常組織へのダメージを抑え、腫瘍組織(ガン病巣)へのダメージを大きくすることができる。
【0020】
シミュレーション装置3(図1参照)は、中央処理装置を備え、中央処理装置は、ハードウェア構成としてCPU、RAM,ROMなどを有し、機能的構成として入力部(入力手段)31、演算部(演算手段)33、及び出力部(出力手段)35を有する。
【0021】
入力部31は、タッチパネル、キーボードまたはマウスなどの操作デバイスであり、操作者の操作に基づくデータの入力を受け付ける。また、入力部31は、例えば、治療用CT(Computed Tomography)で撮影されたガン病巣を含む画像データ、照射領域に係るデータ、及ぶ照射パラメータデータを受け付ける。照射パラメータデータとは、例えば、照射方向、患者寝台の角度等のデータである。本実施形態では、治療用CTで取得された画像データ(治療用CT画像データ)は被照射体Xの物質情報に相当し、照射領域に係るデータ及ぶ照射パラメータデータは荷電粒子線の照射情報に相当する。以下、これらを総称してシミュレーションデータという。
【0022】
演算部33は、陽子線Bが被照射体Xに照射された際を想定し、陽子線Bを錐状(ペンシルビーム形状)の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体Xの内部での陽子線Bの広がりを導出する線量分布カーネルを用いて被照射体Xの内部での陽子線Bの線量分布をシミュレーションする機能を有する。ここで、線量分布を割り出す従来の方法は、例えば、Pencil-beam法(PBA法)であったが、本実施形態では、PBA法を更に進化させたDelta-functionMulti Segmented PBA法(DMS−PBA法)によって線量分布計算を行っている。以下、PBA法について概略説明した後に、DMS−PBA法について詳しく説明する。
【0023】
PBA法とは、陽子線Bをペンシルビーム形状に見立て、物質中での陽子線Bの多重クーロン散乱による広がりを考慮した線量分布カーネルを用いて計算を実施する方法である。具体的には、図3に示されるように、照射点からの深部方向の線量分布を実測から取得し、さらに、所定の計算(Gaussianによる近似)から得られたビームの広がりを考慮して陽子線Bの進行方向の所定地点における線量分布を導出する。例えば、地点Z1での広がりをGaussianによる近似によって広がりσ1として求め、地点Z2での広がりをGaussianによる近似によって広がりσ2として求める。
【0024】
従来のPBA法によれば、数分程度の計算時間で陽子線Bの線量分布を導出できる点で有利であるものの、照射範囲内における不均質物質(例えば、患者の骨など)の有無によって計算精度が低下するということも想定されるため、改良の余地があった。
【0025】
DMS−PBA法は、PBA法の利点である計算時間の短縮という利点を生かしながら精度の向上を図ることができるという手法である。DMS−PBA法の特徴的な事項は少なくとも二つあり、第1番目は、被照射体(患者など)Xの体表面XaにおけるSurface Map解析によるボーラス53からの散乱を考慮した線量分布計算であり、第2番目は、体表面Xaを出発点として発射されるビームレットBaによる高解像度の線量分布計算である。
【0026】
DMS−PBA法のこれらの特徴について、図4及び図5を参照して概念的に説明する。図4は、DMS−PBA法の概念を模式化して示す説明図であり、図5はDMS−PBA法におけるビームの細分化についての説明図である。図4に示されるように、ボーラス53などに入力された陽子線(ビーム)Bは、側方多重クーロン散乱による広がりを生じながら進行して体表面Xaまで到達する。ここで、体表面XaまでのビームBの側方エミッタンスを計算する。この計算は、従来のPBAと同様である。
【0027】
次に、体表面XaでのSurface Mapを作成する。Surface Mapとは、体表面Xaでの各計算グリッドにおいて、合算したビームBの強度(重み)、残余飛跡、残余飛跡の異なるビームBの数をマッピングしたものである。例えば、ボーラス53を断面L字状のブロック体として仮定した場合、厚い部分を通過したビームBの体表面Xaでの残余飛跡は、薄い部分を通過したビームBの体表面Xaでの残余飛散に比べて小さくなる。また、厚い部分を通過したビームBと薄い部分を通過したビームBとが体表面Xaで重なり合う領域では、重なり合わない領域に比べて線量(強度)は大きくなる。これらの要素を考慮して体表面XaでのSurface Mapを作成する。以上が、被照射体Xの体表面XaにおけるSurfaceMap解析によるボーラス53からの散乱を考慮した線量分布計算であり、DMS−PBA法の第1番目の特徴である。なお、残余飛跡とは、陽子線の運動エネルギーに相当する飛程である。
【0028】
次に、Surface Mapを細分化し、細分化した各要素(以下、「ボクセル」という)を出発点として仮想的に照射される複数の陽子線(以下、「ビームレット」という)Baの初期条件を割り出す。例えば、ビームレットBaの線量は、体表面Xaへの入射が想定される線量分布をデルタ関数形状にセグメンテーションすることで求められる(図5(a)参照)。また、ボクセルでのビームレットBaのサイズは、極めて小さいものと仮定される。
【0029】
次に、体表面Xaから体内に照射されるビームレットBaによる線量分布計算を行う。ビームレットBaによる線量分布計算について、図5を参照して概念的に説明する。図5(a)は体表面Xaにおける線量の側方プロファイルを示している。図5(a)に示されるように、ビームレットBaの線量は、上述の線量分布のセグメンテーションによって求まる。ビームレット(セグメント)Baが体内に照射されたと仮定すると、各セグメントは、深く進むに従って広がる(図5(b)参照)。そして、体内での任意深さの線量分布は、各セグメントの重ね合わせによって導出される(図5(c)参照)。図5(c)は、体内における線量の側方プロファイルを示している。
【0030】
すべてのビームレットBaを積算することで体内での線量分布を割り出すことが可能になる。以上が、体表面Xaを出発点として発射されるビームレットBaによる高解像度の線量分布計算であり、DMS−PBA法の第2番目の特徴である。なお、DMS−PBA法によるビームサイズの具体的な計算は以下の式(1)に基づく。
【0031】
【数1】
【0032】
次に、図6及び図7を参照して、PBA法とDMS−PBA法との違いについて説明する。図6(a)はPBAを模式的に示す説明図であり、(b)はDMS−PBAを模式的に示す説明図である。図6に示されるように、PBA法では、体表面Xaに到達したビームBが、そのまま体内に照射されるビームBの初期条件となる。すなわち、PBA法では、ボーラス53を通過してビームサイズσ1,σ2、残余飛跡R1,R2として体表面Xaに到達したビームBは、そのままの条件で体内に照射されると仮定される。一方で、DMS−PBA法では、ビームサイズσ1,σ2、残余飛跡R1,R2として体表面Xaに入力されたビームBは、体表面Xaで細分化されることにより、ビームサイズσ0が、σ1,σ2に比べて極めて小さい複数のビームレットBaに細分化され、各ビームレットBaが体内に照射されると仮定される。
【0033】
図7は、水等価物質中に骨等価物質を配置した被照射体Xのモデルに対し、ビームBを照射した場合を想定してDMS−PBA法とPBA法とで線量分布を割り出した結果を示し、(a)は両者の相違を等線量線化して示す図であり、(b)は深さ0mmでの両者の側方プロファイルであり、(c)は深さ115mmでの両者の側方プロファイルである。
【0034】
図7(b)に示されるように、深さdが“0mm”の場合、すなわち、体表面XaでのビームBのサイズ、及び線量は同一である。一方で、図7(c)に示されるように、深さdが“115mm”の場合、PBA法で求めた線量分布とDMS−PBA法で求めた線量分布との間には、大きな差異が生じている。この相違は、PBA法において骨等価物質の存在を考慮することなく線量分布が割り出されているのに対し、DMS−PBA法では骨等価物質の存在を考慮して線量分布が割り出されていることに起因する。
【0035】
出力部35は、モニタやスピーカなどの出力デバイスであり、演算部でのシミュレーション結果を操作者などが視認可能な画像として出力(報知)したり、音データとして出力(報知)したりする。つまり、出力部35は、DMS−PBA法での演算結果に基づく線量分布データを演算部33から受け付け、受け付けた線量分布データに基づき、例えば、治療CT画像に等線量線化または等線量面化した線量分布画像を合成し、操作者などが視認可能となる画像データ(画像情報)を生成して表示(報知)する。
【0036】
ここで、出力部35から表示される画像データについて、図8及び図9を参照して具体的に説明する。図8及び図9は、線量分布が等線量線化された画像の一例を示しており、出力部35は、例えば、図8(b)または図9(b)に示されるような画像を表示する。なお、図8(a)及び図9(a)は、PBA法によって導出された線量分布を示す画像であり、図8(b)及び図9(b)は、DMS−PBA法によって導出された線量分布を示す画像である。
【0037】
PBA法での線量分布画像(図8(a))とDMS−PBA法での線量分布画像(図8(b))とを比較した場合、DMS−PBA法での線量分布画像はPBA法での線量分布画像に比べて各等量線が複雑に入り組んだ形状となっており、不均質物質に対応して精度良く線量分布を割り出していることを推察できる。同様に、図9に示されるように、DMS−PBA法での線量分布画像(図9(b))の方が、PBA法での線量分布画像(図9(a))に比べて各等量線が複雑に入り組んだ形状となっており、不均質物質に対応して精度良く線量分布を割り出していることを推察できる。
【0038】
次に、実際の陽子線治療方法の概要を説明し、その中で行われる線量分布シミュレーション方法及び陽子線照射方法(荷電粒子線照射方法)について、図10及び図11を参照して説明する。図10は、陽子線治療の概略手順を示すフローチャートであり、線量分布シミュレーションの動作手順を示すフローチャートである。
【0039】
図10に示されるように、最初に医師などの操作者による診断が行われ(ステップS1)、その後に治療用CTによる、ガン病巣近傍の画像の取得が行われる(ステップS2)。次に、照射領域の決定(ステップS3)と、照射パラメータの決定(ステップS4)が行われる。ステップS2の治療用CT画像の取得が行われる工程は、被照射体Xの物質情報を取得する被照射体X情報取得工程に相当し、ステップS3,S4の照射領域の決定及び照射パラメータの決定が行われる工程は、荷電粒子線の照射情報を決定する照射情報設定工程に相当する。
【0040】
次に、シミュレーション装置3において線量分布シミュレーションに係る処理が実行され(ステップS5)、シミュレーション結果としての線量分布画像が出力部35から表示(報知)される。ステップS5は、シミュレーション工程に相当する。
【0041】
操作者は、出力部35に表示された線量分布画像を確認する。例えば、操作者は、陽子線Bのブラッグピークが、目的の領域(ガン病巣)に的確に到達しているか否か、及び目的の領域外にまで到達してしまっていないかの判定(シミュレーション結果の判定)を行う。ここで、操作者は、陽子線Bのブラッグピークが、ガン病巣に的確に到達していないと判定するとステップS4に戻る。操作者は、陽子線Bのブラッグピークが的確にガン病巣に到達すると判定するまで、照射パラメータの決定(ステップS4)と線量分布シミュレーション(ステップS5)とを繰り返し実行し、的確にガン病巣に到達すると判定した場合には、照射装置5を操作して実際の陽子線の照射を行う(ステップS7)。ステップS7は、陽子線Bを照射する陽子線照射方法(荷電粒子線照射方法)に相当する。
【0042】
次に、シミュレーション装置3で実行される線量分布シミュレーションについて説明する。この線量分布シミュレーションは、陽子線Bが被照射体Xに照射された際を想定し、陽子線Bをビームペンシル形状(錐状)の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、被照射体X内での陽子線Bの広がりを導出する線量分布カーネルを用いて被照射体X内の陽子線Bの線量分布をシミュレーションする方法であり、上述のPBA法を更に進化させたDMS−PBA法によって実行される。
【0043】
シミュレーション装置3は、シミュレーションデータを受け付けることで線量分布シミュレーションに係る処理を実行する。シミュレーション装置3の入力部31は、治療用CT画像データ、照射領域データ、及び照射パラメータデータを含むシミュレーションデータの入力を受け付ける(ステップS11)。
【0044】
シミュレーションデータが入力部31で受け付けられると、演算部33は、陽子線Bが被照射体Xに照射された際を想定し、照射領域データ及び照射パラメータデータ(物質情報)と線量分布カーネルとに基づき、陽子線Bをビームペンシル形状(錐状)の広がりを有するビーム(仮想形状)と仮定し、このようなビームが発射されたと仮定する(ステップS12)。
【0045】
次に、演算部33は、被照射体X内でのビームの広がりを導出する線量分布カーネルを用いて体表面Xaまでのビームの側方エミッタンスを計算する。更に、演算部33は、ビームの進行方向の途中(体表面)で所定の範囲まで広がったビームが体表面Xaに到達したと仮定し、体表面XaでのSurface Mapを作成する(ステップS13)。
【0046】
次に演算部33は、体表面Xaでのビームの細分化を行うために、体表面XaでのSurface Mapを細分化して複数のボクセルを仮定する(ステップS14)。更に、演算部33は、複数のボクセルを出発点としてペンシルビーム形状(錐状)の広がりを有する複数のビームレット(仮想形状)を仮定し、細分化されたビームレットが発射されたと仮定する(ステップS15)。更に、演算部33は、治療用CT画像データと複数のビームレットとに基づいて被照射体X内の陽子線Bの線量分布を割り出す(ステップS16)。以上で線量分布シミュレーションが終了する。
【0047】
次に、本実施形態に係るシミュレーション装置3及び線量分布シミュレーション方法の効果について説明する。
【0048】
例えば、被照射体Xが一定の物質のみから構成される場合には、従来のPBA法でも比較的高い精度を期待できる。しかしながら、患者などの実際の被照射体Xは、様々な物質が複雑に入り組んで構成されるので、従来のPBA法では陽子線(荷電粒子線)の線量分布を精度良く割り出すことが難しい。しかしながら、本実施形態に係るシミュレーション装置3及び線量分布シミュレーション方法によれば、陽子線Bとして仮定されたペンシルビーム形状(錐状)の仮想形状を適宜に細分化して複数のビームレット(仮想形状)として仮定するので、細分化されたビームレットそれぞれを複雑に入り組んだ構成に対応させながら陽子線Bの線量分布を割り出すことが可能になり、線量分布の精度向上に有効である。
【0049】
さらに、本実施形態に係るシミュレーション装置3及び線量分布シミュレーション方法では、陽子線(荷電粒子線)Bをペンシルビーム形状(錐状)の仮想形状として仮定した上で陽子線Bの線量分布を求めるので、統計的な演算処理によって線量分布を導出するMonte Carlo Simulationに比べて演算処理の負担を軽減できる。その結果として、精度低下を抑えながら、演算処理の負担を軽減して線量分布を早期に割り出すことが可能となる。
【0050】
さらに、本実施形態では、陽子線Bを細分化する位置は、陽子線Bが被照射体Xに進入する直前の位置(体表面Xa)であるため、被照射体Xの内部に進入する直前で内部の構造に対応して陽子線Bを複数のビームレット(仮想形状)に細分化できるので陽子線Bの線量分布を割り出す上での高い精度を期待できる。
【0051】
さらに、本実施形態では、演算部33で割り出された線量分布を報知する出力部35を備えており、操作者が視聴可能な文字情報、画像情報または音声情報などを出力部35から報知させることができる。従って、操作者はシミュレーション結果としての陽子線Bの線量分布を容易に把握することができる。
【0052】
さらに出力部35は、線量分布を等線量線化または等線量面化した画像を出力することによって操作者に報知するので、操作者は、線量の大小を容易に把握できる。
【0053】
次に、本実施形態の優位性を実証するための実験結果について、図12、図13、及び図14を参照して説明する。なお、図12、図13、及び図14は、実験ジオメトリを用いた検証結果を示し、各図(a)は被照射体モデルであるファントムに対する陽子線Bの進行方向を模式的に示す図であり、各図(b)は被照射体Xの深部方向の線量分布プロファイルを示すグラフであり、各図(c)は所定の深さでの側方線量分布プロファイルを示すグラフである。
【0054】
実験例1、実験例2、及び実験例3では、断面L字状のボーラス61と、副鼻腔にみられる空気と軟部組織との境界を再現したポリスチレン製のファントム62と、ファントム62の下に配置された二次元線量計(2D−ARRAY)63と、ファントム62と2D−ARRAYとを支える陽子線治療用患者寝台64とを備えた実験装置(図12(a)、図13(a)、図14(a)参照)を用いて検証実験が行われている。更に、各実験例1、2、3では、ファントム62をビームBが通過した場合を想定してPBA法とDMS−PBA法とで線量分布プロファイルを導出している。
【0055】
図12(b)、図13(b)、図14(b)に示されるように、実験例1、実験例2、実験例3のシミュレーション結果(深部方向線量分布プロファイル)では、ブラッグピークでの線量は、DMS−PBA法で導出された線量の方が、PBA法で導出された線量よりも小さくなっている。また、図12(c)は、実験例1のブラッグピーク深さ(深さdが123mm)での側方線量分布プロファイルを示しており、上記の実験装置の2D−ARRAY63で実測された値(Measured)では、ホットスポットが観測されている。また、図13(c)は、実験例2におけるブラッグピーク深さ(深さdが142mm)での側方線量分布プロファイルを示しており、実測値(Measured)では、コールドスポットが観測されている。また、図14(c)は、実験例3におけるブラッグピーク深さ(深さdが162mm)での側方線量分布プロファイルを示しており、実測値(Measured)では、ホットスポットが観測されている。なお、ホットスポットとは高い線量のスポットであり、コールドスポットとは低い線量のスポットである。
【0056】
次に、実験例1、実験例2、実験例3の検証結果から推察される内容を説明する。
(1)各実験例1,2,3において、ブラッグピーク深さでホットスポットまたはコールドスポットが出現したのは、陽子の迂回効果の影響によるものと考えることができる。
(2)PBA法は、各ブラッグピークのホットスポットまたはコールドスポットにおいて、最大約12%の精度低下がみられた。これは、広がったペンシルビーム形状が中心軸に沿った側方広がりのみを考慮していることに起因すると考えられる。
(3)DMS−PBA法は、体表面におけるビームBのセグメンテーションによって、体内での不均質物質の影響を考慮することができ、その結果、側方線量分布プロファイルは、数mm程度のファントム62の幾何学的な位置ずれを考慮すると、3%の精度で一致していることが確認できた。
【0057】
また、表1に示される結果から以下の検証結果を得ることができる。
【0058】
【表1】
【0059】
(1)照射野領域が大きくなるほど、PBA法、DMS−PBA法は共に計算時間(演算処理のための時間)が長くなる。
(2)PBA法及びDMS−PBA法で、ビームが計算した延べ体積の比が小さくなるにつれて、計算時間に対する比も小さくなる。
(3)照射野領域が100×100mm2の場合において、DMS−PBA法の計算時間はPBA法の計算時間より短縮された。
【0060】
以上の検証結果から、現在臨床で実装されているPBA法と比較して、DMS−PBA法は、同等の計算時間でファントム62内での不均質領域における線量分布計算結果(シミュレーション結果)の精度が優れていることが確認された。
また、ファントムを用いた初期検証であるが、DMS−PBA法が臨床利用において有用である可能性を確認できた。
【0061】
以上、本発明を実施形態に係るシミュレーション装置及び線量分布シミュレーション方法を例に説明したが、本発明は、上記の実施形態のみに限定されるものではない。例えば、出力部35から報知される態様としては、所定の画像データに限定されず、音声データなどであってもよい。また、シミュレーション装置は陽子線治療装置内に設けられるものに限定されず、陽子線治療装置とは別体として設けても良い。
【符号の説明】
【0062】
3…シミュレーション装置、31…入力部(入力手段)、33…演算部(演算手段)、35…出力部(出力手段)、B…陽子線,ビーム(荷電粒子線)、X…被照射体。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、前記荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、前記被照射体内での前記荷電粒子線の広がりを導出する線量分布カーネルを用いて前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする装置において、
前記被照射体の物質情報及び前記荷電粒子線の照射情報を含むシミュレーションデータの入力を受け付ける入力手段と、
前記入力手段で受け付けられた前記シミュレーションデータ及び前記線量分布カーネルに基づいて、前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出す演算手段と、を備え、
前記演算手段は、前記荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった前記荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、前記入力手段で受け付けられた前記シミュレーションデータと前記荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて前記被照射体内での前記荷電粒子線の線量分布を割り出すことを特徴とするシミュレーション装置。
【請求項2】
前記荷電粒子線を細分化する位置は、前記荷電粒子線が前記被照射体に進入する直前の位置であることを特徴とする請求項1記載のシミュレーション装置。
【請求項3】
前記演算手段で割り出された前記線量分布を報知する出力手段を更に備えることを特徴とする請求項1または2記載のシミュレーション装置。
【請求項4】
前記出力手段は、前記線量分布を等線量線化または等線量面化して報知することを特徴とする請求項3記載のシミュレーション装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項記載の前記シミュレーション装置を備えたことを特徴とする荷電粒子線照射装置。
【請求項6】
荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、前記荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、前記被照射体内での前記荷電粒子線の広がりを導出する線量分布カーネルを用いて前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする方法において、
前記被照射体の物質情報を取得する被照射体情報取得工程と、
前記荷電粒子線の照射情報を決定する照射情報設定工程と、
前記照射情報設定工程で決定された前記照射情報と前記線量分布カーネルとに基づき、前記荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった前記荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、前記被照射体情報取得工程で取得された前記物質情報と前記荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出すシミュレーション工程と、含むことを特徴とするシミュレーション方法。
【請求項7】
請求項6記載のシミュレーション方法によって割り出された前記荷電粒子線の線量分布に基づいて、前記荷電粒子線を照射することを特徴とする荷電粒子線照射方法。
【請求項1】
荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、前記荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、前記被照射体内での前記荷電粒子線の広がりを導出する線量分布カーネルを用いて前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする装置において、
前記被照射体の物質情報及び前記荷電粒子線の照射情報を含むシミュレーションデータの入力を受け付ける入力手段と、
前記入力手段で受け付けられた前記シミュレーションデータ及び前記線量分布カーネルに基づいて、前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出す演算手段と、を備え、
前記演算手段は、前記荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった前記荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、前記入力手段で受け付けられた前記シミュレーションデータと前記荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて前記被照射体内での前記荷電粒子線の線量分布を割り出すことを特徴とするシミュレーション装置。
【請求項2】
前記荷電粒子線を細分化する位置は、前記荷電粒子線が前記被照射体に進入する直前の位置であることを特徴とする請求項1記載のシミュレーション装置。
【請求項3】
前記演算手段で割り出された前記線量分布を報知する出力手段を更に備えることを特徴とする請求項1または2記載のシミュレーション装置。
【請求項4】
前記出力手段は、前記線量分布を等線量線化または等線量面化して報知することを特徴とする請求項3記載のシミュレーション装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項記載の前記シミュレーション装置を備えたことを特徴とする荷電粒子線照射装置。
【請求項6】
荷電粒子線が被照射体に照射された際を想定し、前記荷電粒子線を錐状の広がりを有する仮想形状として仮定すると共に、前記被照射体内での前記荷電粒子線の広がりを導出する線量分布カーネルを用いて前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布をシミュレーションする方法において、
前記被照射体の物質情報を取得する被照射体情報取得工程と、
前記荷電粒子線の照射情報を決定する照射情報設定工程と、
前記照射情報設定工程で決定された前記照射情報と前記線量分布カーネルとに基づき、前記荷電粒子線の進行方向の途中で所定の範囲まで広がった前記荷電粒子線を細分化し、且つ細分化した位置を出発点として錐状の広がりを有する複数の仮想形状を仮定すると共に、前記被照射体情報取得工程で取得された前記物質情報と前記荷電粒子線の複数の仮想形状とに基づいて前記被照射体内の荷電粒子線の線量分布を割り出すシミュレーション工程と、含むことを特徴とするシミュレーション方法。
【請求項7】
請求項6記載のシミュレーション方法によって割り出された前記荷電粒子線の線量分布に基づいて、前記荷電粒子線を照射することを特徴とする荷電粒子線照射方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図6】
【図8】
【図9】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図4】
【図6】
【図8】
【図9】
【公開番号】特開2011−217880(P2011−217880A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−88532(P2010−88532)
【出願日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【出願人】(510097747)独立行政法人国立がん研究センター (35)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【出願人】(510097747)独立行政法人国立がん研究センター (35)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】
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