説明

菌の抗生物質感受性の制御方法

【課題】抗生物質に対する細菌の感受性を制御するための方法、及び抗生物質に対する感受性が増強又は低減された菌を提供する。
【解決手段】細菌において、遺伝子liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を欠失若しくは不活性化するか、あるいはliaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を導入することを特徴とするenduracidinに対する細菌の感受性を制御する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌の抗生物質感受性の制御機構に関する。
【0002】
多くの抗生物質は、細胞膜、細胞壁、莢膜等の菌の外被構造をターゲットとする。一方で菌は、外部環境からの抗生物質による攻撃に対して様々な防御機構を発達させてきた。例えば、グラム陽性菌の場合、抗生物質による外被への攻撃は、主に2つのシグナル伝達機構によって感知され、そこから膜の修復や機能維持のための細胞の活動が起こる。この抗生物質による攻撃を感知するための主な機構の1つはECF(extracytoplasmic function)シグマ因子機構であり、もう1つは二成分制御系と呼ばれる機構である。これらの機構は共同して抗生物質からの攻撃に応答すると考えられている。
【0003】
二成分制御系とは、刺激に対するレセプター且つヒスチジンキナーゼとして働くセンサータンパク質と、そのセンサーからのリン酸シグナルを受けて活性化し、遺伝子発現を制御するレギュレータータンパク質とで構成される環境応答機構である。枯草菌(Bacillus subtilis)のタンパク質LiaR及びLiaS(あるいはYvqC及びYvqE)は、細胞壁ストレスに応答する二成分制御系を構成する成分であることが知られている。LiaRS二成分制御系において、LiaSは細胞壁に作用するいくつかの抗生物質に応答してLiaRをリン酸化し、リン酸化されたLiaRは、liaIH上流に結合してその発現を制御する。二成分制御系LiaRSは、liaIHGFSRオペロンを活性化させるポジティブレギュレーターとして働く(非特許文献1〜5)。
【0004】
LiaRS二成分制御系は、bacitracin、vancomycin、ramoplanin、nisin等の抗生物質に応答してliaオペロンに対して強いポジティブレギュレーションを及ぼし得るが、一方、LiaRS二成分制御系によるliaIHの発現向上が起こった場合にも、上記抗生物質に対する菌の耐性は向上しないことが知られている(特許文献1、非特許文献6)。当該二成分制御系を利用した抗生物質の探索方法や抗生物質に対する耐性の探索方法が提唱されている(特許文献1)。しかし、LiaRS二成分制御系が実際にプロモーターにどのように作用してlia遺伝子の発現を制御するのかについての詳細な解析は、従来行われていなかった。
【0005】
enduracidinは、ramoplaninと似た構造及び作用を有する抗生物質であり、ペプチドグリカン生合成におけるトランスグリコシレーションに影響して細胞壁生合成を阻害する。enduracidinは、幅広いグラム陽性菌に対して作用する抗生物質であり、またbacitracinやvancomycinとは異なる作用機序を有するので、抗生物質の選択肢として、または新たな抗生物質探索のための研究材料として有用である。しかし、enduracidinに対する耐性を獲得している菌は既に存在している(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第7,309,484号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jordanら,Microbiology, 2007, 153:2530-2540
【非特許文献2】Jordanら,Journal of Bacteriology, 2006, 188(14):5133-5166
【非特許文献3】Mascherら,Antimicrobial Agents and Chemotherapy, 2004, 48(8):2888-2896
【非特許文献4】Jordanら,FEMS Microbiology reviews, 2008, 32:107-146
【非特許文献5】Mascherら,Microbiology and Molecular Biology Reviews, 2006, 70(4):910-938
【非特許文献6】Mascherら,Molecular Microbiology, 2003, 50(5):1591-1604
【非特許文献7】YinおよびZabriskie,Microbiology, 2006, 152:2969-2983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、抗生物質に対する細菌の感受性を制御するための方法、及び抗生物質に対する感受性が増強又は低減された菌を提供することに関する。また本発明は、enduracidinに対する細菌の感受性に関与する遺伝子を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、枯草菌二成分制御系の遺伝子liaR及びliaS、ならびに当該二成分系によって転写制御を受けるliaIHからなる群から選択される遺伝子を菌から削除することによって、特定の抗生物質に対する当該菌の感受性を増強させることができること、したがってこれらの遺伝子が当該抗生物質に対する感受性遺伝子として機能し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下を提供する。
(1)細菌において、遺伝子liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を欠失若しくは不活性化するか、あるいは遺伝子liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を導入することを特徴とするenduracidinに対する細菌の感受性を制御する方法。
(2)前記遺伝子を欠失若しくは不活性化させることを特徴とする(1)記載の方法。
(3)前記遺伝子を導入することを特徴とする(1)記載の方法。
(4)(2)記載の方法によるenduracidin感受性増強株の製造方法。
(5)(4)記載の方法によって作製したenduracidin感受性増強株。
(6)(3)記載の方法によるenduracidin感受性低減株の製造方法。
(7)(6)記載の方法によって作製したenduracidin感受性低減株。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来知られていなかった作用機序を利用した、細菌のenduracidinに対する感受性を制御するための新たな方法を提供することができる。また当該方法を利用することによって、enduracidin感受性が増強又は低減された細菌を提供することができる。本発明は、感染症の予防又は治療、薬剤耐性菌の選択又は除去、細菌による汚染の防止、その他細菌を用いた種々の研究のために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ノーマーカー削除法による遺伝子欠失株の作製手順。
【図2】抗生物質による転写誘導を示す、LacZアッセイデータ。
【図3】欠失株のenduracidin及びbacitracinに対する感受性。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書に記載される枯草菌遺伝子のID番号、名称、塩基配列、及びゲノム上での配置は、特に記載されない限り、NCBI Database(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?db=nucleotide)に基づく。
【0014】
本発明においてアミノ酸配列および塩基配列の同一性はLipman−Pearson法(Science,227,1435,(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、パラメーターであるUnit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0015】
liaR遺伝子(NCBI−GeneID:935957)及びliaS遺伝子(NCBI−GeneID:935967)は、枯草菌二成分制御系を構成するタンパク質をコードする遺伝子であり、各々yvqC及びyvqEとも称され、また本明細書において集合的にliaRSとも記載される。liaSによってコードされるタンパク質LiaS(BSU33090)はヒスチジンキナーゼであって、二成分制御系のセンサーとして働き、一方、liaRによってコードされるタンパク質LiaR(BSU33080)は二成分制御系のレギュレーターとして働くと考えられている。また、liaI遺伝子(NCBI−GeneID:935958)及びliaH遺伝子(NCBI−GeneID:938585)は、各々yvqI及びyvqHとも称され、また本明細書において集合的にliaIHとも記載される。liaIHは、その上流領域にLiaRが結合することによって転写が活性化されることが知られている遺伝子である。liaIによってコードされるタンパク質LiaI(BSU33130)は膜タンパク質と考えられており、一方、liaHによってコードされるタンパク質LiaH(BSU33120)はファージショックタンパク質と類似することが知られている。
【0016】
本明細書において「liaSに相当する遺伝子」とは、NCBIデータベースに記載のliaS(又はyvqE)遺伝子の塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列を有し、且つLiaSと同様に二成分制御系のセンサーとして機能するヒスチジンキナーゼをコードする遺伝子を指す。あるいは、liaSと相同性(homology)又は類似性(similarity)を有する遺伝子も、「liaSに相当する遺伝子」である。
【0017】
本明細書において「liaRに相当する遺伝子」とは、NCBIデータベースに記載のliaR(又はyvqC)遺伝子の塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列を有し、且つLiaRと同様に二成分制御系のレギュレーターとして機能するタンパク質をコードする遺伝子を指す。あるいは、liaRと相同性(homology)又は類似性(similarity)を有する遺伝子も、「liaRに相当する遺伝子」である。
【0018】
本明細書において、「liaIに相当する遺伝子」及び「liaHに相当する遺伝子」とは、各々、NCBIデータベースに記載のliaI遺伝子及びliaH遺伝子の塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列を有し、且つliaR又はそれに相当する遺伝子の発現産物が特異的に結合してレギュレーター活性を発揮するプロモーターによってその転写が誘導される遺伝子を指す。あるいは、liaI及びliaHと相同性(homology)又は類似性(similarity)を有する遺伝子も、各々「liaIに相当する遺伝子」及び「liaHに相当する遺伝子」である。
【0019】
liaR、liaS、liaI又はliaHに相当する遺伝子としては、例えば、下記表1に記載の遺伝子が挙げられる。表1は、各バクテリア種の代表的な菌株とその代表的なliaRSIH相同遺伝子を挙げたものである。表1の菌がさらに有する別の相同遺伝子、及び表1と同種の異なる菌株が有する表1と同じ相同遺伝子又は別の相同遺伝子も、本発明におけるliaR、liaS、liaI、liaH各遺伝子に相当する遺伝子に含まれる。
【0020】
【表1】

【0021】
本発明の方法においては、標的の細菌において、遺伝子liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を欠失若しくは不活性化するか、あるいは遺伝子liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を導入することによって、enduracidinに対する当該細菌の感受性を制御する。例えば、遺伝子liaR、liaS、liaI若しくはliaH、又はこれらに相当する遺伝子を有する細菌において、liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を当該細菌から欠失若しくは不活性化させることにより、当該細菌のenduracidinに対する感受性を増強させることができる。一方、遺伝子liaI若しくはliaH、又はこれらに相当する遺伝子を有さない細菌において、遺伝子liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子、あるいはさらに必要に応じて、遺伝子liaR若しくはliaS又はこれらに相当する遺伝子、又はliaIH上流のliaIHプロモーター若しくはliaIHに相当する遺伝子のプロモーター等のプロモーターを当該細菌に導入することにより、当該細菌のenduracidinに対する感受性を減弱させることができる。
【0022】
本発明の方法に供される細菌としては、特に限定されないが、バチルス属、リステリア属、スタフィロコッカス属、エンテロコッカス属等のグラム陽性菌が好ましく、バチルス属細菌等がより好ましい。バチルス属細菌の中では、枯草菌又はその変異株が好ましい。
【0023】
本発明の方法においては、細菌において、遺伝子liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子のいずれか1以上を欠失若しくは不活性化するか、あるいはliaI及びliaHならびにこれらに相当する遺伝子のいずれか1以上を導入すればよい。遺伝子の欠失若しくは不活性化においては、上記の遺伝子の1以上、例えば、いずれか2、いずれか3又はそれ以上を欠失若しくは不活性化させてもよい。遺伝子の導入においては、liaI及びliaHのいずれか又は両方を導入すればよいが、さらに必要に応じて、liaR若しくはliaS又はこれらに相当する遺伝子、あるいはliaIH上流のliaIHプロモーター若しくはliaIHに相当する遺伝子のプロモーター等のプロモーターを導入してもよい。
【0024】
上記遺伝子の導入には、当該分野で通常用いられる任意の方法を用いればよい。例えば、上記遺伝子を含むベクターの細菌への組み込みにより細菌を形質転換することによって、細菌に上記遺伝子を導入することができる。このとき、ベクターとして発現ベクターを利用したり、ベクター上でliaIHの上流にliaIHプロモーター等のプロモーターを配置することによって、ベクターに含まれるliaIH遺伝子を細菌内で効率よく発現させることができる。発現ベクターの作製及び細菌への導入の手順は、当業者に周知である。例えば、ベクターへ目的DNAを導入する場合、ベクターを制限酵素で切断し、そこに、制限酵素切断配列を端部に有するように構築した目的DNAを添加することによって、目的DNAをベクターに導入することができる(制限酵素法)。導入のためのベクターとしては、特に限定されないが、pHY300PLK(Takara)等が好ましい。作製した目的DNAを含む発現ベクターを、コンピテント法等の通常の方法で宿主細菌に導入すれば、目的DNAが導入された細菌を得ることができる。
【0025】
また例えば、上記遺伝子を含むDNA断片と細菌ゲノムとの相同組換えにより細菌を形質転換することによって、細菌に当該遺伝子を導入することができる。このとき、上記DNA断片上でliaIHの上流にliaIHプロモーター等のプロモーターを配置することによって、liaIH遺伝子を細菌内で効率よく発現させることができる。または、上記DNA断片中のliaIHが細菌の発現系に組み込まれるように、細菌ゲノム上の適切な領域と当該DNA断片とを組み換えることによって、liaIH遺伝子を細菌内で効率よく発現させることができる。
【0026】
上述の手順に従って遺伝子を導入した細菌は、enduracidinに対する感受性が減弱された細菌である。
【0027】
また遺伝子liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子のいずれか1以上の欠失若しくは不活性化にも、当該分野で通常用いられる任意の方法を用いることができる。例えば、Kunkel法(Meth.Enzymol.1987,154:367−382)等による部位特異的突然変異誘発や、SOE−PCR法(Gene,1989,77(1):61−68)を利用したノーマーカー削除法(特願2009−044193)等に従ってliaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子のいずれか1以上(以下、標的遺伝子)を含まないDNAと細菌ゲノムとを相同組換えさせることにより、細菌から標的遺伝子を選択的に欠失若しくは不活性化させることができる。上述の手順に従って標的遺伝子を欠失若しくは不活性化させた細菌は、enduracidinに対する感受性が増強された細菌である。
【0028】
一態様として、ノーマーカー削除法による細菌からの標的遺伝子欠失手順を以下に説明する。
まず、SOE−PCR法によって調製した欠失用DNA断片と細菌ゲノムとの2重交差法によって、細菌ゲノムの標的遺伝子を欠失用DNA断片と置換し、標的遺伝子を細菌ゲノム上から欠失させる(第1相同組換え)。このとき、欠失用DNA断片にスペクチノマイシンやクロラムフェニコール等の薬剤の耐性遺伝子を挿入しておけば、当該薬剤によりコロニーを選択することで標的遺伝子欠失株を効率的に選択することができる。次いで、得られた欠失株の中から、ゲノム内で第2相同組換えが生じて薬剤耐性マーカー遺伝子が除去された菌株を選択することで、元のゲノムに対して標的領域が欠失し、且つ外来のマーカー遺伝子を含まない菌株を取得することができる。
【0029】
具体的には、まず、標的遺伝子領域の5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及び第1相同組換え領域上流(断片C)、そしてlacI及び薬剤耐性遺伝子を含む断片(選択マーカー遺伝子カセット)をそれぞれPCRにより増幅する。次いで、これらPCRによって得られた選択マーカー遺伝子カセット、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及び第1相同組換え領域上流(断片C)を用いてSOE−PCR法を行い、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)、選択マーカー遺伝子カセット及び第1相同組み換え領域上流(断片C)がこの順で配置した供与体DNAを構築する(図1)。構築した供与体DNAを用いて細菌を形質転換し、得られた形質転換体を供与体DNAに含まれる薬剤耐性遺伝子を利用して選択する。選択された菌株は、第1相同組換えによってゲノムに供与体DNAが組み込まれて薬剤耐性を示す菌株である。
【0030】
次に、選択した菌株をIPTGを含む培地で培養する。IPTG含有培地で生育する菌株は、第2相同組み換えによって、欠失対象領域とともにlacIを含む供与体DNAが欠失している菌株である(図1)。当該菌株を選択することによって、標的遺伝子が欠失した菌株を取得することができる。同様の手順で標的遺伝子を一部欠失させたり、他の遺伝子や停止コドン等を置換又は挿入することによって、標的遺伝子を不活性化させることも可能である。
【実施例】
【0031】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明する。以下の実施例で使用したプライマー及び菌株の一覧を下記表2−1、2−2及び表3に示す。
【0032】
【表2−1】

【0033】
【表2−2】

【0034】
【表3】

【0035】
(1)lia遺伝子欠失株の作製
ノーマーカー削除法(特願2009−044193)に従って、下記のとおりliaIHGFSR各遺伝子の欠失株を作製した。
【0036】
実施例1:liaI欠失株(ΔliaI)
枯草菌168(aprE::spec, lacI, Pspac-chpA)株の染色体DNAを鋳型として、APNC−Fプライマー(37)とchpA−Rプライマー(38)(配列番号37及び38)を用いてPCRを行った。増幅したDNA断片を選択マーカー遺伝子カセットと称する。また、枯草菌168株の染色体DNAを鋳型として、欠失対象領域liaIの5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及び第1相同組み換え領域上流(断片C)を、それぞれプライマー1と2(配列番号1及び2)、3と4(配列番号3及び4)及び5と6(配列番号5及び6)を用いてPCRにより増幅した。
次に、これらPCRによって得られた選択マーカー遺伝子カセット、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及び第1相同組み換え領域上流(断片C)並びにプライマー1と6(配列番号1及び6)を用いてSOE−PCR法(Gene, 1989, 77(1):61-68)を行った。これにより、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)、選択マーカー遺伝子カセット及び第1相同組み換え領域上流(断片C)がこの順で配置した供与体DNA断片(図1)を取得することができた。
上述のように取得された供与体DNAを用いて、コンピテントセル形質転換方法(J. Bacteriol., 1967, 93(6):1925-1937)に従って、枯草菌168株を形質転換した。形質転換は、PCR産物を20μg以上用いて行った。
得られた形質転換体を、供与体DNAに含まれるスペクチノマイシン耐性遺伝子を用いて選択した。すなわち、上記形質転換処理後の細胞を、100μg/mlのスペクチノマイシンを含むLB寒天平板培地で、37℃で一晩培養し、コロニーを得た。この培養によれば、第1相同組み換え(図1)によって供与体DNAが組み込まれてスペクチノマイシン耐性を示す枯草菌のみが生育することとなる。
次に、スペクチノマイシン耐性を指標として選択された形質転換体をLB液体培地で一晩培養し、希釈した培養液を1mM IPTGを入れたLB寒天プレートに塗布した。IPTG含有LB寒天プレート上に生育した形質転換枯草菌は、第2相同組み換え(図2)によって、欠失対象領域とともに供与体DNAが宿主DNAから欠失したliaI削除株(ΔliaI)である。得られた株について、PCR法によりliaI遺伝子の欠失を確認した。
【0037】
実施例2〜4:liaH、liaR、liaS各遺伝子欠失株(ΔliaH、ΔliaR、ΔliaS)
上記の選択マーカー遺伝子カセット及び表2−1〜2−2に記載のプライマーを用いて、上記と同様の手順を行うことによって、liaH、liaR及びliaS各遺伝子の欠失株(ΔliaH、ΔliaR、及びΔliaS)を作製した。得られた各株について、PCR法によりliaHSR各遺伝子の欠失を確認した。
【0038】
比較例1〜2:liaG、liaF各遺伝子欠失株(ΔliaG、ΔliaF)
上記の選択マーカー遺伝子カセット及び表2に記載のプライマーを用いて、上記と同様の手順を行うことによって、liaG及びliaF各遺伝子の欠失株(ΔliaG及びΔliaF)を作製した。liaG及びliaFは、liaIHの下流に位置する遺伝子である。得られた各株について、PCR法によりliaGF各遺伝子の欠失を確認した。
【0039】
試験例1:抗生物質に対するLiaRS二成分系の応答
枯草菌168株のゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー39と40(配列番号39及び40)によって増幅したliaIプロモーター領域(転写開始点の-120〜+84領域)のPCR断片を、EcoRI、BamHIにより消化し、DNA断片を得た。このDNA断片をpDL2(Fukuchi et al., Microbiology, 2000, 146(Pt 7):1573-83)のEcoRI、BamHI切断部位にクローニングすることによって、pDL2−liaI (-120 to +84)を作製した。
このpDL2−liaI (-120 to +84)でΔliaH欠失株を形質転換し、5μg/mlクロラムフェニコールを含むLB寒天平板培地で、37℃で一晩培養し、得られたコロニーを(168,amyE::liaI (-120 to +84)−lacZ)株として取得した。得られた株については、PCRにより枯草菌amyE領域にliaI (-120 to +84)−lacZが挿入されていることを確認した。
得られた株をLB培地にOD600=0.01で殖菌し、37℃でOD600=0.2まで培養し、次いで細胞に0.1μg/ml enduracidin、100μg/ml bacitracin、及び2μg/ml vancomycinを負荷し、30分後に集菌した。コントロールとして抗生物質非添加群を調製した。
集菌した細胞に対してLacZアッセイを行った。LacZアッセイはYoungman et al.(In Molecular Biology of Microbial Differentation. 1985, American Society for Microbiology Washington D.C., pp47-54)の方法に従った。細胞を10μg/ml DNaseI、100μg/ml lysozymeを含む、200μl Z buffer(0.06M Na2HPO4、0.04M NaH2PO4、0.01M KCl、0.001M MgSO4、0.001M DTT)に懸濁し、37℃で20分インキュベートして細胞を溶解し、14000rpm、2分間、4℃で遠心を行い、得られた上清50μlに0.4mg/ml MUG10μlを加え、37℃で10分間反応させた後、95℃で10分間処理して反応を停止させた。4MUの蛍光はFluoroscan II(Labsystems)を用いて測定した。また、上清のタンパク質量はProtein assay reagent(BioRad)を用いて定量し、サンプル間の補正に使用した。
【0040】
LacZアッセイの結果を図2に示す。(168,amyE::liaI (-120 to +84)−lacZ)株において、プロモーターPliaIHの活性化レベルの指標であるLacZ活性が抗生物質によって顕著に向上した。PliaIHはLiaRによってアップレギュレーションを受けてliaIHの転写を誘導することが知られているプロモーターであるので、本試験の結果から、抗生物質によってLiaRS二成分系が顕著に活性化されてliaIH発現が向上することが示された。また、bacitracinやvancomycinに比べて、enduracidinはより低濃度でLacZ活性を向上させ得ることから、LiaRS二成分系はenduracidinに対して特に強く応答することが示唆された。
【0041】
試験例2 lia遺伝子欠失株の抗生物質感受性
(1)手順
野生株168株、ならびにΔliaI、ΔliaH、ΔliaG、ΔliaF、ΔliaR及びΔliaS各遺伝子欠失株を、LB液体培地37℃で一晩培養した。この培養液をLB液体培地で100〜105倍希釈したもの10μlずつを、薬剤を含むLB寒天培地にスポットして37℃一晩培養し、培養後のプレートを観察した。薬剤の濃度については、enduracidin 0.005μg/ml〜0.01μg/ml、bacitracin 10μg/ml〜50μg/mlの濃度で使用した。
【0042】
(2)結果
実施例1〜4(ΔliaI、ΔliaH、ΔliaR、及びΔliaS)の各欠失株は、野生株の生育限界の約1/100〜1/1000の濃度のenduracidin存在下でもほとんど生存することができず、enduracidinに対する耐性が大きく損なわれていることが示された(図3)。一方、比較例1〜2(ΔliaF及びΔliaG)の欠失株は、enduracidin存在下での培養で野生株と同程度の生育率を示し、野性株と同様にenduracidinに対する耐性を保持していた。また、抗生物質としてbactoracinおよびvancomycinを用いて同様の実験を行った場合、何れの欠失株も野生株と同等の抗生物質耐性を示し、遺伝子の欠失が抗生物質感受性に影響しないことが明らかになった(図3)。
【0043】
試験例1及び2の結果より、LiaRS二成分系は種々の抗生物質に対して活性化するが、それらの抗生物質の全てに対する菌の感受性に関与するものではないことが示された。また試験例2の結果より、LiaRS二成分系の経路の中でも、抗生物質耐性に寄与し得る成分と、そうでない成分があることが示された。LiaRS二成分系の遺伝子liaS、liaR、liaI、liaHは細菌のenduracidinに対する感受性に関与すること、特にliaI、liaHはenduracidin耐性付与遺伝子である可能性が示唆される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細菌において、遺伝子liaR、liaS、liaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を欠失若しくは不活性化するか、あるいはliaI及びliaH、ならびにこれらに相当する遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を導入することを特徴とするenduracidinに対する細菌の感受性を制御する方法。
【請求項2】
前記遺伝子を欠失若しくは不活性化させることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記遺伝子を導入することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
請求項2記載の方法によるenduracidin感受性増強株の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の方法によって作製したenduracidin感受性増強株。
【請求項6】
請求項3記載の方法によるenduracidin感受性低減株の製造方法。
【請求項7】
請求項6記載の方法によって作製したenduracidin感受性低減株。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−92057(P2011−92057A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247891(P2009−247891)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月8日「国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学の博士論文公聴会」において文書をもって発表
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】