説明

菌数測定方法及び菌数測定装置

【課題】本発明は、酸素電極法を用いて初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる菌数測定方法、菌数測定装置及びこの装置に用いられるセルを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の菌数測定方法では、ステップ(a)からステップ(d)までの工程を備えている。まず、ステップ(a)において、所定の菌種(例えば、大腸菌又は大腸菌群)を含む測定対象の試料(検体)を所定の培地(例えば、特定酵素基質培地法に用いられる培地)に添加する。ステップ(b)において、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定する。ステップ(c)において、ステップ(b)での測定を開始してから、一旦減少した電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測する。ステップ(d)において、所要時間に基づいて、試料に含まれていた菌種の初期菌数を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌数測定方法、菌数測定装置及びこの装置に用いられるセルに関する発明であって、特に酸素電極を用いて菌数を測定する菌数測定方法、菌数測定装置及びこの装置に用いられるセルである。
【背景技術】
【0002】
食品の衛生管理などの目的で、食品中に含まれる細菌数を測定することが要求される場合があった。従来、食品などの検体に含まれる細菌を測定する方法として、検体を段階的に希釈してそれぞれを寒天培地に一定量塗布し、24時間程度培養し、派生したコロニー数を目視で計算することで細菌数を測定する方法があった。しかし、この方法では検体を段階的に希釈する作業が必要であることや、24時間程度培養することが必要であることなどの問題点があった。そこで、特許文献1に示すような、検体を添加した液体培地中に含まれる溶存酸素濃度を酸素電極で測定することにより、細菌数を測定する方法(以下、酸素電極法ともいう)が開発された。
【0003】
特許文献1に示されている酸素電極法においては、液体培地中に含まれる溶存酸素の濃度が高いほど、多くの電流が測定される。検体に含まれる細菌は呼吸をすることにより、液体培地中の溶存酸素を消費している。この細菌の呼吸による溶存酸素濃度の低下に伴い、酸素電極に流れる電流も低下することになる。また、溶存酸素の消費量は、検体に含まれる初期細菌数に依存する。つまり、初期細菌数が多ければ多いほど、消費される酸素量は多くなり溶存酸素濃度の低下も早くなる。溶存酸素濃度が短時間で低下すると、測定される電流値も短時間で低下する。つまり、未知の初期細菌数の検体を含む液体培地に流れる電流が所定の閾値まで減少するまでの所要時間を求め、この所要時間に対応する初期菌数を特定できる。以上により、酸素電極法では、初期菌数を短時間に且つ正確に測定することができる。
【0004】
【特許文献1】特開2000−287699号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に示したような酸素電極法では、培地、菌種の組み合わせによっては測定される電流値が閾値以下に下がらない状態が生じていた。このような状態が生じると、擬陰性などの誤検出や検出時間のばらつきなどが発生し、測定精度が低下する問題があった。
【0006】
また、真菌類を酸素電極法で測定する場合、真菌類の呼吸速度が小さく、通常の培養を行ったのでは酸素濃度が急激に減少しないため、従来の酸素電極法では精度良く測定することができない問題点があった。さらに、真菌類は増殖速度も遅く、1週間程度増殖しなければ、従来の酸素電極法では判定することができないため、測定時間が長くなる問題点があった。
【0007】
そこで、本発明は、酸素電極法を用いて初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる菌数測定方法、菌数測定装置及びこの装置に用いられるセルを提供することを目的とする。また、本発明は、真菌類に対して初期菌数を精度良く、且つ測定時間を大幅に短縮して測定することができる菌数測定方法、菌数測定装置及びこの装置に用いられるセルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の請求項1に係る解決手段は、所定の菌種を含む測定対象の試料を所定の培地に添加するステップ(a)と、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定するステップ(b)と、ステップ(b)での測定を開始してから、一旦減少した電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップ(c)と、所要時間に基づいて、試料に含まれていた菌種の初期菌数を算出するステップ(d)とを備える。
【0009】
本発明の請求項2に係る解決手段は、請求項1に記載の菌数測定方法であって、電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、試料に含まれる菌種の代謝活動に起因する。
【0010】
本発明の請求項3に係る解決手段は、請求項1又は請求項2に記載の菌数測定方法であって、培地は、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、菌種は、大腸菌又は大腸菌群である。
【0011】
本発明の請求項4に係る解決手段は、請求項1又は請求項2に記載の菌数測定方法であって、培地は、PYG培地であり、菌種は、真菌類である。
【0012】
本発明の請求項5に係る解決手段は、所定の菌種を含む測定対象の試料と所定の培地とを収容するセルと、セル内に設けられた酸素電極と、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて試料を添加した培地に流れる電流値を測定する電流測定部と、電流測定部での測定を開始してから、一旦減少した電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測する所要時間計測部と、所要時間に基づいて、試料に含まれていた菌種の初期菌数を算出する菌数算出部とを備える。
【0013】
本発明の請求項6に係る解決手段は、請求項5に記載の菌数測定装置であって、電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、試料に含まれる菌種の代謝活動に起因することを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項7に係る解決手段は、請求項5又は請求項6に記載の菌数測定装置であって、培地は、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、菌種は、大腸菌又は大腸菌群である。
【0015】
本発明の請求項8に係る解決手段は、請求項5又は請求項6に記載の菌数測定装置であって、培地は、PYG培地であり、菌種は、真菌類である。
【0016】
本発明の請求項9に係る解決手段は、所定の菌種を含む測定対象の試料と所定の培地とを収容するセルであって、セルの内壁に酸素電極を備え、酸素電極は、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、一旦減少し、その後上昇する培地に流れる電流値を測定する。
【0017】
本発明の請求項10に係る解決手段は、請求項9に記載のセルであって、電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、試料に含まれる菌種の代謝活動に起因する。
【0018】
本発明の請求項11に係る解決手段は、請求項9又は請求項10に記載のセルであって、培地は、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、菌種は、大腸菌又は大腸菌群である。
【0019】
本発明の請求項12に係る解決手段は、請求項9又は請求項10に記載のセルであって、培地は、PYG培地であり、菌種は、真菌類である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の請求項1に記載の菌数測定方法は、所定の菌種を含む測定対象の試料を所定の培地に添加するステップ(a)と、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定するステップ(b)と、ステップ(b)での測定を開始してから、一旦減少した電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップ(c)と、所要時間に基づいて、試料に含まれていた菌種の初期菌数を算出するステップ(d)とを備えるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用して、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0021】
本発明の請求項2に記載の菌数測定方法は、電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、試料に含まれる菌種の代謝活動に起因するので、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0022】
本発明の請求項3に記載の菌数測定方法は、培地が、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、菌種が、大腸菌又は大腸菌群であるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用することができる条件の1つであり、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0023】
本発明の請求項4に記載の菌数測定方法は、培地が、PYG培地であり、菌種が、真菌類であるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用することができる条件の1つであり、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。また、本発明の請求項4に記載の菌数測定方法は、新たに発見された現象を利用することができるので、従来の方法に比べ測定時間を大幅に短縮することができる効果がある。
【0024】
本発明の請求項5に記載の菌数測定装置は、所定の菌種を含む測定対象の試料と所定の培地とを収容するセルと、セル内に設けられた酸素電極と、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて試料を添加した培地に流れる電流値を測定する電流測定部と、電流測定部での測定を開始してから、一旦減少した電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測する所要時間計測部と、所要時間に基づいて、試料に含まれていた菌種の初期菌数を算出する菌数算出部とを備えるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用して、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0025】
本発明の請求項6に記載の菌数測定装置は、電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、試料に含まれる菌種の代謝活動に起因するので、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0026】
本発明の請求項7に記載の菌数測定装置は、培地が、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、菌種が、大腸菌又は大腸菌群であるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用することができる条件の1つであり、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0027】
本発明の請求項8に記載の菌数測定装置は、培地が、PYG培地であり、菌種が、真菌類であるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用することができる条件の1つであり、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。また、本発明の請求項8に記載の菌数測定装置は、新たに発見された現象を利用することができるので、従来の方法に比べ測定時間を大幅に短縮することができる効果がある。
【0028】
本発明の請求項9に記載のセルは、所定の菌種を含む測定対象の試料と所定の培地とを収容するセルであって、セルの内壁に酸素電極を備え、酸素電極は、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、一旦減少し、その後上昇する培地に流れる電流値を測定するので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用して、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0029】
本発明の請求項10に記載のセルは、電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、試料に含まれる菌種の代謝活動に起因するので、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0030】
本発明の請求項11に記載のセルは、培地が、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、菌種が、大腸菌又は大腸菌群であるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用することができる条件の1つであり、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。
【0031】
本発明の請求項12に記載のセルは、培地が、PYG培地であり、菌種が、真菌類であるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用することができる条件の1つであり、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる効果がある。また、本発明の請求項12に記載のセルは、新たに発見された現象を利用することができるので、従来の方法に比べ測定時間を大幅に短縮することができる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
酸素電極法では、菌種の呼吸(代謝活動)により溶存酸素濃度が低下し、それに伴い酸素電極である作用極と対極との間に流れる電流値(以下、単に電流値ともいう)が低下する。しかし、特定の培地、特定の菌種を組み合わせた場合、測定される電流値は、代謝活動に伴い一旦低下した後に急激に上昇する現象が新たに発見された。本発明は、酸素電極法において、上記現象を利用する菌数測定方法、菌数測定装置及びこの装置に用いられるセルである。
【0033】
以下の実施の形態では、特定の培地、特定の菌種の具体名を上げて説明する。但し、本発明は、以下の実施の形態で説明する具体名に限定されるものではない。
【0034】
(実施の形態1)
本実施の形態では、特定の培地として特定酵素基質培地法に用いられる培地(以下、単に特定酵素基質培地という)が用いられる。この特定酵素基質培地としては、例えばコリラート(登録商標)などがある。また、本実施の形態では、特定の菌種として大腸菌又は大腸菌群が用いられている。なお、本実施の形態では、酸素電極の母材としてステンレス鋼(SUS)が用いられている。
【0035】
以上の組み合わせに対して用いられる菌数測定方法について説明する。図1は、本実施の形態に係る菌数測定方法を示すフローチャートである。まず、ステップaにおいて、大腸菌又は大腸菌群が含まれる試料(検体)を特定酵素基質培地に添加する。具体的には、特定酵素基質培地は液体であり、この液体培地に大腸菌又は大腸菌群が含まれる試料をストマッカーで粉砕・攪拌して添加する。
【0036】
次に、ステップbにおいて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定する。なお、電流値の測定は、温度制御により制御された所定の温度下で、且つ所定の定電圧で行われる。図2に、本実施の形態に係る菌数測定装置のブロック図を示す。この菌数測定装置にはセル1が設けられており、このセル1に試料を添加した培地を収容する。そして、セル1内には、酸素電極法に用いられる酸素電極2が設けられている。図3に、セル1の断面斜視図を示す。セル1の底面近傍の側壁に、酸素電極2を構成する対極21、作用極22、参照極23の3つの電極が設けられている。さらにセル1には、対極21、作用極22、参照極23と電気的に接続された出力端子24が設けられており、酸素電極2は出力端子24を介して電流測定部3と接続されている。
【0037】
次に、対極21、作用極22、参照極23の構造について説明する。対極21、作用極22、参照極23は、電極母材にステンレス鋼が使用されている。そして、この電極母材の表面には、金メッキが施されている。なお、本発明で利用される酸素電極2の電極母材は、ステンレス鋼に限らず、他の金属材料(例えば銅など)であっても良い。但し、電極母材が他の金属材料であっても、その表面には金メッキが施される。
【0038】
図2の電流測定部3では、試料を添加した培地に流れる電流値を酸素電極2で測定している(ステップb)。特に、対極21と作用極22とで培地に流れる電流を測定している。ここで、培地に流れる電流とは、背景技術でも説明したように、培地の溶存酸素が作用極22において、水に還元されることにより流れる電流である。そのため、培地の溶存酸素濃度が高いときには、電流値も高く、溶存酸素濃度が低いときには、電流値も低くなる。一方、試料に含まれる大腸菌又は大腸菌群は、増殖に伴い酸素消費量も増加する。そのため、培地の溶存酸素濃度は低下し、電流値も溶存酸素濃度の低下にともない低下する。よって、従来の酸素電極法では、閾値をゼロに近い電流値(例えば100nA)に設定していれば、低下する電流値と閾値とが交差するまでの時間(以下、所要時間ともいう)を判定することができた。
【0039】
しかし、特定の培地と特定の菌種の組み合わせである特定酵素基質培地中の大腸菌又は大腸菌群を酸素電極で測定すると、背景技術とは異なる現象が生じることが新たに発見された。図4は、本実施の形態に係る電流値の変化を示すグラフである。図4では、特定酵素基質培地(コリラート)中の大腸菌群を酸素電極で測定している。図4の電流値の変化は、測定を開始してから約400分までは約1,000nAの電流値が流れ安定しているが、その後大腸菌群の増殖に伴い溶存酸素濃度が低下し始め、測定時間が約500分で電流値が約650nAまで低下する。その後電流値は急激に上昇し始め、測定時間が約580分で電流値が約2,000nAまで上昇している。なお、測定開始時に培地に含まれる酸素は飽和状態であるため、外部からの酸素流入による電流値の上昇への影響は小さい。図4に示すように電流値が変化する場合、従来のような電流値ゼロに近い閾値(例えば100nA)を設定していても、所要時間を計測することができない。
【0040】
そこで、本実施の形態では、測定開始時より高い電流値を閾値に設定することで、電流値が一旦減少しその後上昇するような場合であっても、所要時間を測定することができる。図4では、1,500nAに閾値を設定しており、約540分に閾値を越えている。そのため、図4に示す所要時間は約540分となる。図1のフローチャートでは、ステップc1で電流値が上昇し閾値を越えたかどうか判定し、閾値を越えたとステップc1で判定された場合には、ステップc2において所要時間を計測している。また、この所要時間は、図2に示す菌数測定装置の所要時間計測部4において測定される。なお、ステップb、ステップc1及びステップc2を行っている間は、約30℃で大腸菌又は大腸菌群を培養している。
【0041】
次に、図1のステップdにおいて、試料に含まれていた初期菌数を算出する。図2に示す菌数測定装置の菌数算出部5において、計測された所要時間に基づいて試料に含まれていた初期菌数を算出する。なお、初期菌数を算出するためには、背景技術でも説明したように検量線を事前に求めておく必要がある。以下、具体例に基づいて説明する。まず、初期菌数が既知の試料について、その電流値の変化を測定する。図5に、初期菌数が既知の試料の電流値変化を示す。図5では、初期菌数がなし、10、10、10、10(単位:CFU/g)の5種類について各3個ずつ試料を測定している。そして、閾値を1,500nAとして図5から所要時間を計測しプロットすると、図6に示す検量線のグラフが得られる。図6では、横軸を初期菌数(LogCFU/g)とし、縦軸を測定時間(所要時間)としている。図6にプロットした所要時間のデータに対して最小自乗法を適用すると、測定時間(y)=−74.65×初期菌数(x)+668.23の検量線を得ることができる。
【0042】
上記のように求めた検量線を用いて、未知の初期菌数が含まれる試料を測定する。まず、未知の初期菌数が含まれる試料の電流値の変化を測定し所要時間を得る。次に、得られた所要時間を、図6で得た検量線に適用し初期菌数を算出する。図4に示したグラフから求められる所要時間は約540分であるため、変数yに540を代入して変数xを求めるとxは約1.72となり、初期菌数は101.72(CFU/g)であることが分かる。ステップdで初期菌数を測定するには検量線を事前に求めておく必要があるが、この検量線は菌種等が異なると使用することができない。そのため、必要となる菌種等ごとに検量線を用意しておく必要がある。図5は大腸菌群についての測定であり、図6は大腸菌群についての検量線である。
【0043】
上記で説明したように、特定の培地と特定の菌種の組み合わせである特定酵素基質培地中の大腸菌又は大腸菌群を酸素電極法で測定すると、背景技術とは異なる現象が生じることを新たに発見した。つまり、大腸菌又は大腸菌群の呼吸により培地中の溶存酸素濃度が低下し、それに伴い電流値も低下し始めるが、その後電流値が上昇する現象である。しかし、この現象については、現段階では詳細なメカニズムについては不明である。但し、特定の培地(特定酵素基質培地)と特定の菌種(大腸菌又は大腸菌群)とを組み合わせて測定すると再現性を有することは確認されている。
【0044】
上述の現象については、詳細なメカニズムについては不明であるが、たとえ電極母材を変更した場合であっても、特定の培地と特定の菌種とを組み合わせた場合には同じ現象が生じる。同じ培地と同じ菌種であるが異なる電極母材を用いて測定した例を図7と図8に示す。なお、図7及び図8では、横軸を測定時間(分)とし、縦軸を電流値(nA)としている。図7では、特定の培地としてコリラート、特定の菌種として大腸菌群、電極母材としてステンレス鋼がそれぞれ用いられている。一方、図8では、特定の培地としてコリラート、特定の菌種として大腸菌群、電極母材として銅がそれぞれ用いられている。そして、図7及び図8では、初期菌数がなし、10、10、10(単位:CFU/g)の4種類について各3個ずつ試料を測定している。その結果、図7及び図8から分かるように、コリラートの培地と大腸菌群の菌種との組み合わせであれば、電極母材がステンレス鋼か銅かの違いに関係なく、電流値が一旦減少し、その後上昇する現象が現れる。但し、図7と図8を比較すると、図7の方が明らかに電流の立ち上がりは急峻で、ばらつきが少ないことが分かる。つまり、銅を電極母材に用いるよりもステンレス鋼を電極母材に用いた方が、測定時間を短縮でき、且つ測定ばらつきを軽減できる。
【0045】
以上のように、本実施の形態では、測定対象の試料を特定酵素基質培地法に用いられる培地に添加するステップ(a)と、酸素電極を用いて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定するステップ(b)と、ステップ(b)での測定を開始してから、電流値が、試料に含まれる大腸菌又は大腸菌群の代謝活動により一旦減少し、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップ(c)と、所要時間に基づいて、試料に含まれていた大腸菌又は大腸菌群の初期菌数を算出するステップ(d)とを備えるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用して、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる。
【0046】
なお、本実施の形態では、閾値を測定開始時より高い電流値に設定しているが、本発明では、電流値が一旦低下し、その後上昇する局面で閾値と交差する時点を計測できるのであれば、閾値を測定開始時より低い電流値に設定しても良い。
【0047】
(実施の形態2)
本実施の形態では、特定の培地としてPYG(バクトペプトン・イーストエクストラクト・グルコース)培地、特定の菌種として真菌類が用いられている。ここで、真菌類としては、例えば酵母、黴、Candida albicans(IFO 1594)などがある。
【0048】
以上の組み合わせに対して実施の形態1で用いた菌数測定方法を適用する。そのため、図1に示すフローチャートに基づいて菌数測定方法を説明する。但し、真菌類は増殖速度は大腸菌等に比べて遅いため、例えば準備作業として以下の作業が必要になる。まず、継代したコロニーから真菌類(例えば酵母)を釣菌する。次に、顕微鏡で確認しながら、1×10CFU/mlの菌液に調整する。そして、調整された菌液を果実調整品に接種する。さらに、接種した試料(検体)を30℃の恒温槽に入れ、2日間前培養を行う。その後、ステップaにおいて、前培養後の試料1mlをPYG培地1mlに添加する。
【0049】
次に、ステップbにおいて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定する。本実施の形態に係る菌数測定装置も、実施の形態1で説明した菌数測定装置と同じであり、図2にブロック図を示す。この菌数測定装置にはセル1が設けられており、このセル1に試料を添加した培地を収容する。そして、セル1内には、酸素電極法に用いられる酸素電極2が設けられている。本実施の形態に係るセル1も、実施の形態1で説明したセル1と同じであり、図3にセル1の断面斜視図を示す。セル1の底面近傍の側壁に、酸素電極2を構成する対極21、作用極22、参照極23の3つの電極が設けられている。そして、対極21、作用極22、参照極23の電極母材には、ステンレス鋼が使用されている。そして、この電極母材の表面には、金メッキが施されている。なお、本発明で利用される酸素電極2の電極母材は、ステンレス鋼に限らず、他の金属材料(例えば銅など)であっても良い。但し、電極母材が他の金属材料であっても、その表面には金メッキが施される。さらにセル1には、対極21、作用極22、参照極23と電気的に接続された出力端子24が設けられおり、この出力端子24を介して、対極21、作用極22、参照極23は、図2に示す電流測定部3に接続されている。
【0050】
図2の電流測定部3では、対極21と作用極22とを用いて培地に流れる電流を測定している。本実施の形態においても、真菌類が培地の溶存酸素を消費することにより電流値が低下するが、その後電流値は上昇する。このように電流値が変化する現象は、図4に示した大腸菌群の電流値が変化する現象と同じであり、大腸菌群と同様、現段階では詳細なメカニズムについては不明である。図9は、真菌類の電流値の変化を示すグラフである。図9では、真菌類として食材分離酵母、Candida albicans、食材分離黴の3種類について電流値の変化が記載されている。なお、図9の横軸は測定時間(時間)で、縦軸は電流値(nA)である。
【0051】
まず、食材分離酵母は、電流値がほとんど低下せずに、その後急激に上昇している。閾値を実施の形態1と同様1500nAに設定すると、食材分離酵母は、約20分(0.33時間)後に閾値と交差している。つまり、食材分離酵母の所要時間は約20分であることが分かる。次に、Candida albicansは、電流値がわずかに低下した後に急激に上昇している。Candida albicansは、約30分(0.5時間)後に閾値と交差しており、所要時間は約30分であることが分かる。次に、食材分離黴は、電流値が一旦低下した後に上昇している。食材分離黴は、約135分(2.25時間)後に閾値と交差しており、所要時間は約135分であることが分かる。なお、図9には、真菌類が含まれていないセル(ブランクセル)を測定した電流値の変化も示されている。ブランクセルは、測定時間とともに電流値が緩やかに低下しているが、急激な変化は見られない。
【0052】
所要時間の測定は、図2に示した所要時間計測部4で行われる。図1に示すフローチャートでは、ステップc1で電流値が上昇し閾値を越えたか否かを判定し、閾値を越えたと判定された場合には、ステップc2において所要時間を計測する。なお、ステップb、ステップc1及びステップc2を行っている間は、約30℃で真菌類を培養している。
【0053】
次に、ステップdにおいて、計測された所要時間に基づいて試料に含まれていた初期菌数を算出する。図2に示した菌数測定装置では、菌数算出部5において行われている。初期菌数を算出するためには、実施の形態1と同様検量線を事前に求めておく必要がある。検量線を求める具体的な説明については、実施の形態1で説明しているため省略する。事前に得た検量線を利用して、得られた所要時間から真菌類の初期菌数を算出する。なお、真菌類の初期菌数を得るために必要な時間は、セルに試料をセットする時間に測定の所要時間を加えた1日程度である。本実施の形態では、前培養の2日間を加えても3日程度あれば真菌類の初期菌数を得ることができ、従来1週間程度必要であったことと比べると大幅な時間短縮が可能である。
【0054】
以上のように、本実施の形態では、測定対象の試料をPYG培地に添加するステップ(a)と、酸素電極を用いて、試料を添加した培地に流れる電流値を測定するステップ(b)と、ステップ(b)での測定を開始してから、電流値が、試料に含まれる真菌類の代謝活動により一旦減少し、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップ(c)と、所要時間に基づいて、試料に含まれていた真菌類の初期菌数を算出するステップ(d)とを備えるので、電流値が一旦低下後に上昇するという新たに発見された現象を利用して、初期菌数を精度良く、且つ再現性のある測定を行うことができる。
【0055】
また、本実施の形態では、上記のような適切な組み合わせを選択することで、電流値が上昇するという新たに発見された現象を利用して、従来の精度良く測定できなかった真菌類の測定を可能にできる。さらに、本実施の形態では、従来、1週間程度真菌類を増殖しなければ判定することができなかった点を、2日程度の前培養を含めても3日以内に判定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本実施の形態1に係る菌数測定方法のフローチャートである。
【図2】本実施の形態1に係る菌数測定装置のブロック図である。
【図3】本実施の形態1に係るセルの断面斜視図である。
【図4】本実施の形態1に係る菌数測定装置の電流値変化を示す図である。
【図5】本実施の形態1に係る菌数測定装置の電流値変化を示す図である。
【図6】本実施の形態1に係る菌数測定装置の検量線を示す図である。
【図7】本実施の形態1に係る菌数測定装置の電流値変化を示す図である。
【図8】本実施の形態1に係る菌数測定装置の電流値変化を示す図である。
【図9】本実施の形態2に係る菌数測定装置の電流値変化を示す図である。
【符号の説明】
【0057】
1 セル
2 電極
3 電流測定部
4 所要時間計測部
5 菌数算出部
21 対極
22 作用極
23 参照極
24 出力端子
101 セル
102 対極
103 参照極
104 作用極
105 測定機器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)所定の菌種を含む測定対象の試料を所定の培地に添加するステップと、
(b)所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて、前記試料を添加した前記培地に流れる電流値を測定するステップと、
(c)前記ステップ(b)での測定を開始してから、一旦減少した前記電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップと、
(d)前記所要時間に基づいて、前記試料に含まれていた前記菌種の初期菌数を算出するステップとを備える菌数測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の菌数測定方法であって、
前記電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、前記試料に含まれる前記菌種の代謝活動に起因することを特徴とする菌数測定方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の菌数測定方法であって、
前記培地は、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、
前記菌種は、大腸菌又は大腸菌群であることを特徴とする菌数測定方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の菌数測定方法であって、
前記培地は、PYG培地であり、
前記菌種は、真菌類であることを特徴とする菌数測定方法。
【請求項5】
所定の菌種を含む測定対象の試料と所定の培地とを収容するセルと、
前記セル内に設けられた酸素電極と、
所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、前記酸素電極を用いて前記試料を添加した前記培地に流れる電流値を測定する電流測定部と、
前記電流測定部での測定を開始してから、一旦減少した前記電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測する所要時間計測部と、
前記所要時間に基づいて、前記試料に含まれていた前記菌種の初期菌数を算出する菌数算出部とを備える菌数測定装置。
【請求項6】
請求項5に記載の菌数測定装置であって、
前記電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、前記試料に含まれる前記菌種の代謝活動に起因することを特徴とする菌数測定装置。
【請求項7】
請求項5又は請求項6に記載の菌数測定装置であって、
前記培地は、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、
前記菌種は、大腸菌又は大腸菌群であることを特徴とする菌数測定装置。
【請求項8】
請求項5又は請求項6に記載の菌数測定装置であって、
前記培地は、PYG培地であり、
前記菌種は、真菌類であることを特徴とする菌数測定装置。
【請求項9】
所定の菌種を含む測定対象の試料と所定の培地とを収容するセルであって、
前記セルの内壁に酸素電極を備え、
前記酸素電極は、所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、一旦減少し、その後上昇する前記培地に流れる電流値を測定することができることを特徴とするセル。
【請求項10】
請求項9に記載のセルであって、
前記電流値が一旦減少し、その後上昇するのは、前記試料に含まれる前記菌種の代謝活動に起因することを特徴とするセル。
【請求項11】
請求項9又は請求項10に記載のセルであって、
前記培地は、特定酵素基質培地法に用いられる培地であり、
前記菌種は、大腸菌又は大腸菌群であることを特徴とするセル。
【請求項12】
請求項9又は請求項10に記載のセルであって、
前記培地は、PYG培地であり、
前記菌種は、真菌類であることを特徴とするセル。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)大腸菌又は大腸菌群を含む測定対象の試料をコリラートに添加するステップと、
(b)所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて、前記試料を添加した前記コリラートに流れる電流値を測定するステップと、
(c)前記ステップ(b)での測定を開始してから、一旦減少した前記電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップと、
(d)前記所要時間に基づいて、前記試料に含まれていた前記大腸菌又は大腸菌群の初期菌数を算出するステップとを備える菌数測定方法。
【請求項2】
(a)真菌類を含む測定対象の試料をPYG培地に添加するステップと、
(b)所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、酸素電極を用いて、前記試料を添加した前記PYG培地に流れる電流値を測定するステップと、
(c)前記ステップ(b)での測定を開始してから、略一定又は一旦減少した前記電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測するステップと、
(d)前記所要時間に基づいて、前記試料に含まれていた前記真菌類の初期菌数を算出するステップとを備える菌数測定方法。
【請求項3】
大腸菌又は大腸菌群を含む測定対象の試料とコリラートとを収容するセルと、
前記セル内に設けられた酸素電極と、
所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、前記酸素電極を用いて前記試料を添加した前記コリラートに流れる電流値を測定する電流測定部と、
前記電流測定部での測定を開始してから、一旦減少した前記電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測する所要時間計測部と、
前記所要時間に基づいて、前記試料に含まれていた前記大腸菌又は大腸菌群の初期菌数を算出する菌数算出部とを備え、
前記所定の閾値は、初期の酸素濃度で流れる前記電流値以上に設定することが可能である菌数測定装置。
【請求項4】
真菌類を含む測定対象の試料とPYG培地とを収容するセルと、
前記セル内に設けられた酸素電極と、
所定の温度下で、且つ所定の定電圧で、前記酸素電極を用いて前記試料を添加した前記PYG培地に流れる電流値を測定する電流測定部と、
前記電流測定部での測定を開始してから、略一定又は一旦減少した前記電流値が、その後上昇して所定の閾値を越えるまでの所要時間を計測する所要時間計測部と、
前記所要時間に基づいて、前記試料に含まれていた前記真菌類の初期菌数を算出する菌数算出部とを備え、
前記所定の閾値は、初期の酸素濃度で流れる前記電流値以上に設定することが可能である菌数測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−67997(P2006−67997A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−175998(P2005−175998)
【出願日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【特許番号】特許第3753153号(P3753153)
【特許公報発行日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】