蒸留式灌漑装置
【課題】塩害等の土地劣化を引き起こさない植物育成用の灌漑装置であって、塩水を淡水化し、この淡水を植物に供給するという一連の処理を連続的に行うことにより、水の輸送の手間を省くことを可能とする蒸留式灌漑装置を提供すること。
【解決手段】少なくとも水を収容する水収容部と、該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備え、前記水収容部が、これに収容される水の水面と前記植物保持部の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽を有する蒸留式灌漑装置とする。
【解決手段】少なくとも水を収容する水収容部と、該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備え、前記水収容部が、これに収容される水の水面と前記植物保持部の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽を有する蒸留式灌漑装置とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物の灌漑装置に関し、詳細には、太陽エネルギーで促される蒸発、及びこの蒸発等により形成される蒸気圧勾配により気体の水を移動させることにより植物に水を供給する蒸留式灌漑装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、世界全土のうち、約19億haの土地が土地劣化の影響を受けていると言われている。地球規模土壌劣化評価会議(GLASOD)によると、過去45年間において、世界の土地劣化が報告されている土地のうち、最大の面積である5億5000万haはアジア太平洋地域に存在していると報告されている。一方で、アジア地域内の人口の39%に当たる13億2,000万人が、干ばつと砂漠化の影響を受けやすい地域に居住している。土地劣化の主な原因は、農業活動、薪炭材採取や伐採などの森林減少及び過放牧、産業開発であり、人口が集中している地域の土地劣化は相乗的に進むものと懸念されている。
【0003】
特に灌漑農業が行われている地域では、塩害による土地劣化が進んでいる。
塩害が発生するメカニズムは次の通りである。灌漑農業を行う際、特に乾燥地帯では、農作物が枯れないようにするために作物が吸収する以上の水を田畑に注いで灌漑される。農作物に吸収されなかった水は土壌中に透下し、その結果、次第に地下水位が上昇する。土壌中の水は、毛細管現象により水が地上表面へ上昇し、空中へ蒸発する。この蒸発量より、土壌からの上昇水が多くなるとウォーターロギング現象が起こる。同時に、水が土壌中を上昇するときに土壌に含まれる塩類も上昇し、その結果、土壌表面に塩が集積し、これが過剰になると塩害が生じる。
塩害の被害を被っている農地は、パキスタン、インド、中国で多く見られ、例えばパキスタンでは、塩害により収穫が30%減少したことが報告されている。
【0004】
特に乾燥地帯での灌漑農業を実現するためには、上記塩害の対策を行うことに加えて、灌漑可能な程度の十分量の水を確保する必要がある。
灌漑に使用可能な水としては、地下水や外来河川の水、或いは海水を挙げることができる。地下水としては、不透水層に挟まれた層にある、塩濃度が比較的高い被圧地下水、或いは不透水層より上側(地表側)にある、自由地下水が挙げられる。
即ち、農業用水が慢性的に不足している乾燥地帯で灌漑農業を行うためには、塩を含む被圧地下水や海水、或いは工業排水等も有効的に利用される必要がある。
【0005】
塩濃度の高い地下水や海水を灌漑用水として使用する場合、従来は、(1)適当な装置により海水を淡水化し、その淡水を耕地へ輸送する方法、或いは(2)塩水を対象作物の耐塩性に応じて塩濃度を調整した後、耕地に注ぐ方法のいずれかが採用されてきた。
塩水の淡水化は、一般的に溶媒である水と溶質である塩の性質の違いを利用して両者を分離することに依る。この淡水化の方法としては、例えば、蒸発法、凍結法、逆浸透法、透過気化法等が挙げられる。蒸発法では水が塩より蒸発しやすいこと、凍結法では水だけが先に凍結することを利用して淡水化が行われる。逆浸透法、透過気化法では、水分子のみを透過させる膜を使用して塩と水を分離する。蒸発法や凍結法では外部からの電力などのエネルギー投入が必要でありコストがかかる。一方、逆浸透法や透過気化法ではエネルギーコストは比較的低く抑えることができるものの、膜の消耗率や淡水の収率の観点から、大規模な農場で使用するには効率が劣るという問題を有していた。
例えば、特許文献1には、ゼオライト処理及び陰イオン交換樹脂処理若しくはキトサン処理を行うことにより、海水から農業用水を製造するための方法が開示されている。
【0006】
加えて、前記のいずれの方法も、灌漑前に淡水化処理、或いは塩濃度を低下させるために希釈処理して得られた農業用水を、耕地まで輸送するというものであった。このような方法によると、造水や水輸送にコストを要するため、対象植物は商品価値の高い作物や庭園植栽に限定され、即ち耕地作物には適用されないという問題を有していた。
【特許文献1】特開平11−209191号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、低廉、簡便に製造でき、且つ塩害等の土地劣化を引き起こさない蒸留式灌漑装置を提供することである。
本発明の課題は、塩水を淡水化し、この淡水を植物に供給するという一連の処理を連続的に行うことにより、水の輸送の手間を省くことを課題とする。さらに、この一連の処理は、太陽放射熱或いは他のエネルギーを利用して、環境負荷が極めて小さい方法で行われる。
本発明の更なる課題は、上記課題を克服しながらも、植物に効率よく水を供給し、また植物の深根化を促すことにより、植物を良好に育成することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、少なくとも水を収容する水収容部と、該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備え、前記水収容部が、これに収容される水の水面と前記植物保持部の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽を有することを特徴とする蒸留式灌漑装置に関する。
請求項2に係る発明は、前記収容された水中に、太陽放射熱を吸収する熱吸収体が配されていることを特徴とする請求項1に記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項3に係る発明は、前記蒸発槽内の前記植物保持部の側壁及び/又は底部の少なくとも一部に、多孔質材料が配されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項4に係る発明は、前記植物保持部の上面が反射物で被覆されていることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項5に係る発明は、前記熱吸収体が炭であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項6に係る発明は、前記水収容部の外側の少なくとも一部が黒色系統に着色されることにより、収容された水が熱吸収可能としたことを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載の蒸留式灌漑装置に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の蒸留式灌漑装置は、水を収容する水収容部、及び土壌や固形培地等で構成される植物保持部を必須構成として備える装置であり、低廉、簡便に製造できる。また、本発明の蒸留式灌漑装置は、土壌に水を注いで灌漑するものではないので、塩害等の土地劣化を引き起こさない。
本発明の蒸留式灌漑装置によると、塩水を淡水化して、得られた淡水を植物に供給するという一連の処理を連続的に行うことができる。従って、従来行われてきた、淡水化処理の後の輸送の手間を省くことができる。
本発明の蒸留式灌漑装置は、省資源、省エネルギー的技術であるから、環境負荷が極めて小さい。即ち、本発明の蒸留式灌漑装置は、太陽放射エネルギーで促される蒸発、及びこの蒸発等により生成される蒸気圧勾配により気体の水を移動させることにより植物に水を供給することができる。
本発明の蒸留式灌漑装置の他の利点は、水の利用効率が著しく向上されているということである。植物は、概して太陽放射熱が大きいとき、その水要求(蒸散量)が大きくなる。同様に本発明の灌漑装置は、太陽放射熱が大きいほど多くの水を供給することが可能となる。即ち、本発明の蒸留式灌漑装置において、植物が水を必要とする条件と水供給量が増える条件が同じである。従って、無駄の無い水供給が可能となる。さらに、水供給は、土壌表面層からではなく、深層から行われるため、土壌面からの蒸発損失が殆ど生じないという利点を有する。
本発明の蒸留式灌漑装置の他の利点は、土壌深層から給水が行われることにより、根が深根化するから、植物を良好に育成することができる。
本発明の蒸留式灌漑装置の他の利点は、蒸発のためのエネルギーを地熱や温度の高い工場排水から得ることができるから、太陽放射熱の有無に関わらず実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の蒸留式灌漑装置は、少なくとも水を収容する水収容部と、該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備える。
図1を参照する。図1は、本発明の蒸留式灌漑装置(1)(以下、本灌漑装置という場合がある)の断面図である。本灌漑装置(1)は、水収容部(2)とその上方に配される植物保持部(3)を必須構成として備え、この水収容部(2)は、下方に水(21)が収容され、上方に蒸発槽(22)が設けられている。
【0011】
まず、本灌漑装置(1)の植物に水が供給されるメカニズムについて説明する。
本灌漑装置(1)は、気体が高圧領域から低圧領域に移動する原理を利用し、意図的に圧力勾配を作ることにより水蒸気を移動させて植物に水を供給するものである。詳細には、本発明に係る蒸発槽(22)は、蒸気圧が高い領域と低い領域を有する。蒸気圧が高い領域とは、蒸発槽(22)の下部(即ち、水(21)の水面に近い部分)であり、一方、蒸気圧が低い領域とは蒸発槽(22)の上部(即ち、植物保持部(3)に近い部分)である。
水収容部(2)に収容される水(21)は水面から蒸発して、気体の水となる。この蒸発により水(21)の水面近くでは高蒸気圧条件が作られる。一方で、植物保持部(3)の上面からの水の蒸発や、植物(4)の蒸散(矢印D)により、植物保持部(3)の下端部近くでは低蒸気圧条件が作られる。従って、蒸発槽(22)は、蒸気圧が高い領域と低い領域を含み、水(21)から蒸発した気体の水は、矢印Cで示す如く上方に向かって(即ち、蒸気圧が高い領域から低い領域に向かって)移動する。
蒸発槽(22)中の気体の水は、植物保持部(3)に到達すると、気体の水は冷やされて液体の水となり、植物保持部(3)内部へ浸み込み、そして植物(4)に供給される。
本発明の「蒸留式」とは、上記の通り、塩水等の水(21)から蒸発した気体の水を、液体の水として再び回収することを意味するものである。
【0012】
以下、図1をさらに参照して、本灌漑装置(1)の各構成要素について説明する。
本灌漑装置(1)は、水収容部(2)とその上方に配される植物保持部(3)を必須構成として備える。
【0013】
水収容部(2)は、下方に水(21)が収容され、上方に蒸発槽(22)を設ける。蒸発槽(22)とは、水(21)の水面と植物保持部(3)の下端部の間に形成された空間である。尚、ここでいう「植物保持部(3)の下端部」とは、蒸発槽(22)の領域を特定するために使用した用語であり、図1が示す如く、植物保持部(3)の最下端が面を形成していてもよい。
この水収容部(2)は、如何なる原料で製造されてもよく、例えば、プラスチック、ステンレス等の金属類、ガラス等が挙げられる。また、水収容部(2)の形状は特に限定されないが、育成する植物の種類や植物保持部(3)の数により適宜決定すればよく、例えば水を収容できる容器(27)であってもよい。或いは、植物保持部(3)を複数収容することができる程度の大きさを有し、且つ箱状に形成してもよいし(図2を参照して後述する)、既存の水路を加工して製造されてもよいし(図3を参照して後述する)、工場から排水を流す排水管の一部を加工して製造されてもよいし(図4及び図5を参照して後述する)、或いは観賞用として使用可能なようにデザイン性をもつ形状であってもよい(図6を参照して後述する)。但し、いずれの形態においても、水収容部(2)は、少なくとも、水を収容して且つ蒸発槽(22)を備えることができる容量を有する。
【0014】
水収容部(2)に収容される水(21)は特に限定されないが、例えば、塩水、環境汚染水、工場排水、生活排水等であってもよいが、これらのうち、塩水が好適に使用される。塩水は、塩化ナトリウム(NaCl)が0.001〜5%濃度、或いは最大で38%含まれる塩水であってもよい。
即ち、本灌漑装置(1)において、塩濃度が比較的高い被圧地下水や自由地下水等の地下水、外来河川の水、或いは海水が使用可能であるから、例えば、乾燥地帯等の慢性的な水不足である地域であっても、本灌漑装置(1)は好適に使用することができる。
【0015】
本灌漑装置(1)において、例えば、水(21)として塩水が使用された場合においても、水と塩化ナトリウムの沸点が大きく相違するから、水面から水が優先的に蒸発し、気体の水が矢印Cの如く移動した後、植物保持部(3)を介して、液体の水が植物(4)に供給される。
【0016】
図1中の水収容部(2)の左右には、給水口(24)及び排水口(25)をそれぞれ備えてもよい。図1中、給水口(24)から水(21)が給水される流れを矢印(A)、排水口(25)から水(21)が排水される流れを矢印(B)で示す。
給水口(24)及び排水口(25)を設置する場所は特に限定されないが、好ましくは図1が示すとおり、給水口(24)及び排水口(25)のそれぞれの設置場所の高さを変えることにより、水収容部(2)中において上下方向の水流を形成する。これにより、例えば、水(21)として塩水が使用される場合であっても、水の蒸発により水面付近で塩濃度が高くなっても、上下方向の水流により水(21)全体の塩濃度を略均一とすることができる。
排水口(25)の他の効果は、水収容部(2)に収容される水(21)の水面の高さを調節できることである。即ち、水収容部(2)へ送りこまれた水(21)は、排水口(25)を配した部分まで達し、その後の余剰の水(21)は、排水口(25)から排出される。しかも、水(21)は水面近くから排出されるから、塩濃度の高い水から排出されるという利点もある。よって、排水口(25)の位置により水(21)の水面の高さを調節でき、従って、蒸発槽(22)の容積を任意に決定することができる。
【0017】
水収容部(2)の水(21)中には、好ましくは熱吸収体(23)が投入される。熱吸収体(23)は、太陽放射熱を吸収する素材であり、例えば、炭、灰,木材,金属,石炭が挙げられ、これらのうち、炭が好適に使用される。詳細には、木炭、竹炭、備長炭等が挙げられ、このうち、太陽放射熱の吸収率が高く、且つ廃棄したとき環境負荷が小さいという理由から、木炭が好適に使用される。
この熱吸収体(23)は、太陽放射熱を吸収し、吸収した熱を水(21)へ放熱し、この熱により、水(21)の水面からの蒸発が促進される。水(21)の蒸発が促進されるので、蒸発槽(22)の水(21)の水面付近の蒸気圧をさらに高めることができる。これにより、水(21)の水面付近の領域と植物保持部(3)の下端部(下面)付近の領域の蒸気圧の大きさの差が大きくなり、気体の水の移動(矢印C)が促進され、結果、植物(4)への水の供給量が増加する。
【0018】
前記熱吸収体(23)と同様の効果を得るために、水収容部(2)を構成する容器(27)を着色してもよい。詳細には、前記容器(27)の少なくとも外側を黒色系統等に着色することにより、太陽光等を効果的に吸収し、容器(27)に収容される水の蒸発を促進させることができる。着色させる方法は特に限定されないが、予め黒色系統等で着色された容器(27)を用いて本灌漑装置(1)を製造してもよいし、或いは、黒色系統等の膜で前記容器(27)表面を覆う方法等がある。この実施形態によると、必ずしも熱吸収体(23)を使用する必要はないが、熱吸収体(23)を併用することにより、効果的に水(21)の蒸発を促進することができる。
【0019】
植物保持部(3)には、植物(4)が保持される。即ち、植物(4)は、植物保持部(3)内部に根を張っている。
植物保持部(3)は、容器(34)に収容された土壌であってもよく、或いはロックウール等の固形培地であってもよい。尚、図1において、容器(34)に収容した土壌(32)からなる植物保持部を示す。
植物保持部(3)の形状は特に限定されず、植物(4)の種類、水収容部(2)の大きさや種類により適宜決定される。尚、図1においては、植物保持部(3)の下端部は、その断面図において直線であり、即ち、面を形成しているが、例えば、断面が湾曲している、即ち植物保持部(3)の底部が半円球状であってもよい。また、植物保持部(3)を構成する容器(34)と水収容部(2)を構成する容器(27)は、一体化するように製造されていてもよい。
【0020】
前述の如く、蒸発槽(22)の下方から上方に向かって(矢印Cの方向で)移動してきた気体の水は、植物保持部(3)に到達すると、植物保持部(3)の表面又は内部で冷却されて液体の水に変わる。液体の水は、植物保持部(3)の内部まで浸み込んで一部は植物の根により吸収され、他の一部は植物保持部(3)の上面から蒸発される。
【0021】
例えば、植物保持部(3)として、特に容器(34)に収容された土壌を用いる場合は、容器(34)の底部、側壁、底部と側壁の両方、或いはこれらの少なくとも一部分に開口部を有し、この開口部は、多孔質材料で覆われる。或いは、植物保持部(3)として固形培地が使用された場合であっても、固形培地の底部、側壁、底部と側壁の両方、或いはこれらの少なくとも一部分を多孔質材料で被覆してもよい。
この多孔質材料として、図1においては不織布(33)が用いられているが、これに限定されない。前記多孔質材料として、気体を通すが、液体及び固体を通さない材料や、気体と液体を通すが、固体を通さない材料が使用されてもよい。多孔質材料が気体のみを通す場合は、蒸発槽(22)からの気体の水(水蒸気)は、多孔質材料を気体のまま通過し、土壌や固形培地に到達した時点、或いは土壌や固形培地内部において、液体に変わり、その後植物に供給される。或いは、多孔質材料として、気体と液体を通すが、固体を通さない材料が使用された場合は、蒸発槽(22)からの気体の水は、多孔質材料の表面に到達して液体の水に変わり、この液体の水も多孔質材料を通過して、植物に供給されることができる。
尚、ここで言う「固体」とは、植物保持部(3)を構成する成分を指し、例えば、植物保持部(3)に土壌が使用される場合、「固体」は「土壌」を示し、植物保持部(3)に固形培地が使用される場合、「固体」は「固形培地」を示すものとする。より詳細には、「固体を通さない」とは、「植物保持部(3)の土壌を物理的に支持することができる」或いは「植物保持部(3)の固形培地を物理的に支持することができる」ことを意味する。言い換えれば、本発明に係る多孔質材料は、植物保持部(3)を構成する土壌や固形培地を実質的に支持することができれば、微細な固体を通す程度の大きさを有する孔部を有する多孔質材料であってもよい。更に言えば、この多孔質材料のみにより土壌等を支持することができれば、図1で示す土壌を収容するための容器(34)は必ずしも必要ではない。
図1の如く、多孔質材料として、麻布,綿布,不織布等の多孔質性シート状材料が使用されると、これにより、土壌を保持するための物理的強度を増すことができる。尚、麻布、綿布及び不織布は、気体も液体も通すので、その蒸発槽(22)側表面で液体の水となっても、この水は前記布を通過して効果的に土壌(32)内部へ浸み込み、植物(4)に供給される。
【0022】
本灌漑装置(1)において、植物保持部(3)の、例えば上面部分、好ましくは植物保持部(3)の表面のうち日光が当たる部分を、反射物で被覆してもよい。反射物としては、例えば、シート状のアルミ、シルバービニール等が挙げられるが、好ましくはシート状のアルミが用いられる。図1中、アルミ(31)は、土壌(32)から突出した植物(4)の茎を囲むようにして配される。
この反射物が、植物保持部(3)の上面部分に配されると、植物保持部(3)を構成する固形培地や土壌が、太陽放射熱等の熱を外側へ反射することにより吸収することを抑制するため、植物保持部(3)の温度を低く保つことができる。例えば、後述の試験例4で示すごとく、植物保持部(3)の上面部分のみならず、側壁等の太陽光等の熱を吸収する面を反射物で覆うと、植物保持部(3)内部の温度を、より効果的に低く保つことが可能となる。
その結果、蒸発槽(22)の植物保持部(3)の下端部付近の蒸気圧を低下させることができ、従って、蒸発槽(22)における水(21)の水面付近の蒸気圧と植物保持部(3)の下端部付近の蒸気圧の差を大きくすることができる。これにより、蒸発槽(22)内の気体の水の移動を促進することができる。
この反射物の他の利点は、植物保持部(3)の上部からの蒸発を程よく抑えることができる。これにより、植物保持部(3)に蓄えられた水量が維持され、効率よく植物(4)に供給される。
【0023】
土壌(32)は、特に限定されないが、植物(4)の種類、成長段階等に応じて適宜決定され、また任意に肥料等を混ぜてもよい。
土壌(32)を構成する土の粒径は、好ましくは0.2〜7.0mm、さらに好ましくは1.0〜5.0mmである。この粒径を有する土は、植物保持部(3)の下部から植物の根までの水の流れを促進するという効果を有する。
【0024】
植物(4)は、植物保持部(3)内部に根を張り、保持されている。本灌漑装置(1)は、如何なる植物にも適応するが、要水量の少ない植物が好適で、例えば、小麦、オオムギ、トウモロコシ、ヒエ、アワ、サトウキビ、キャッサバ、ワタ、ミレット等が挙げられる。
【0025】
図2(a)は、本灌漑装置(1)の他の実施形態を示し、本灌漑装置(1)の概略斜視図である。
図2(a)中、水収容部(2)、植物保持部(3)及び植物(4)を示し、前記水収容部(2)は、給水口(24)及び排水口(25)を備える。ここで示される水収容部(2)は直方体形状で且つ箱状物であり、これに収容される水の水面と植物保持部(3)の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽が備えられている。
本灌漑装置(1)は、図2(a)が示す如く、1つの水収容部(2)に対し、複数の(図2(a)中16個)の植物保持部(3)及び植物(4)を備えてもよい。
【0026】
図2(b)及び(c)は、それぞれ図2(a)で示す本灌漑装置(1)の一部の断面図である。この断面図において、水収容部(2)、植物保持部(3)と植物(4)を示し、水収容部(2)には、水(21)が収容され、この水(21)には熱吸収体である炭(23)が投入されている。
図2(b)は、植物保持部(3)の底部のみに不織布(33)が配され、図2(c)は、植物保持部(3)の側壁と底部の両方に不織布(33)が配されている点で、両者異なる。不織布(33)が配されている面積が大きいほど、多くの液体の水を吸収し、植物に該水を供給することができる。
【0027】
図2(b)及び(c)において、水収容部(2)はさらに天板(26)を備える。この天板(26)で植物保持部(3)を固定することにより、水収容部(2)に収容される水の水面と植物保持部(3)の下端部との間に空間を形成することが可能となる。天板(26)と植物保持部(3)を固定する手段は特に限定されないが、例えば、図2(b)及び(c)で示す如く、天板(26)に任意の形状の穴部を形成し、植物保持部(3)を構成する容器(34)の上部周縁部を、この穴部の周縁より大きく製造する方法が挙げられる。この方法によると、植物保持部(3)を底部から穴部に差し込むことにより、植物保持部(3)を容易に固定させることができる。また、植物保持部(3)が固形培地により構成される場合においても、その上部周縁部を他の周縁部より大きく加工することにより、天板(26)の穴部に固定させることができる。
【0028】
この天板(26)は、好ましくは、透明度の高い素材で製造され、例えば、プラスチック、ガラス等が挙げられる。これにより、熱吸収体(23)が、太陽放射熱を効果的に吸収し、この吸収した熱を水(21)に放すことにより、水(21)の蒸発を促進することができる。
【0029】
図2(a)〜(c)で示した本灌漑装置(1)は、蒸発槽(22)が水収容部(2)と植物保持部(3)により、略密閉された状態であるが、例えば、天板(26)を使用せず、三脚等により植物保持部(3)が固定されてもよいし、或いは、筏等に植物保持部(3)を載せて、水(21)に浮かせることにより、本灌漑装置(1)を構成してもよい。但し、この場合においても、少なくとも、水(21)の水面と植物保持部(3)の間に空間を形成することにより蒸発槽(22)が備えられている。
【0030】
図3(a)は、本灌漑装置(1)の他の実施形態である。ここで示される本灌漑装置(1)は、水収容部(2)として水路を利用し、この水路の上に植物保持部(3)を形成することにより構成される。尚、図3(b)は、図3(a)の分解斜視図である。
水路(2)を流れる水(21)には、熱吸収体(図示せず)が配され、水路(2)は蛇行するように形成されている。例えば、水(21)として塩水が使用される場合であっても、この蛇行によって起こる水流により、水(21)全体の塩濃度が略均一にされる。したがって、蛇行した水路(2)は、その上方に配された植物保持部(3)に植えられる複数の植物(4)それぞれに対し略平等に水が供給されるという利点をもたらす。
【0031】
図4は、本灌漑装置(1)の他の実施形態である。ここで示される本灌漑装置(1)は、水収容部(2)として工場からの排水を流すための排水管を利用し、この排水管の上部に植物保持部(3)を形成することにより構成される。
図5は、図4で示す本灌漑装置(1)の一部の断面図である。
図5を参照する。図5中、工場の排水管により構成される水収容部(2)、植物保持部(3)と植物(4)を示す。本実施形態の灌漑装置(1)は、排水管(2)を加工することにより製造されるが、その加工方法は特に限定されない。例えば、排水管の上部を切り開いて穴部を形成し、その穴部に植物保持部が埋め込まれる。この場合においても、排水管を通る工場排水(21)の水面と植物保持部(3)の下端部(図5中において不織布(33)が配される部分)には空間を形成して蒸発槽(22)が備えられている。さらに、蒸発槽(22)に面する植物保持部(3)の底部又は側壁(図5においては底部)に、不織布(33)等の水を通すとともに土壌を物理的に支持する膜が配されている。
本灌漑装置(1)において、工場排水(21)も好適に使用される。工場排水(21)を利用する場合は、排水(21)中の水の蒸発が可能な程度の温度を有し且つこれにより水面付近の蒸気圧を高く保つことができることが望ましい。このような場合は、必ずしも熱吸収体を水(21)中に投入する必要はない。
【0032】
図6は、本灌漑装置(1)の他の実施形態に関し、観賞用に製造されたものを示す。
図6の本灌漑装置(1)は、水収容部(2)、植物保持部(3)と植物(4)を示し、水(21)の水面と植物保持部(3)の下端部の間に空間を形成することにより、蒸発槽(22)を備える。水収容部(2)は、透明度の高いガラス等の容器(27)で製造され、見た目にみずみずしい印象を与える。また、この透明度の高いガラス容器(27)は、水(21)中に投入された炭(23)が効果的に熱を吸収することを可能とするから、前述の通り、結果として植物に対する水の供給量を増加させることができる。水(21)として、例えば青色や赤色等の色水を用いると、デザイン性の高い観賞用植物となる。
このような観賞用の本灌漑装置(1)において、水(21)の取替えを行うために、植物保持部(3)を容易に取り外し可能とする、或いはガラス容器(27)に開口部(図示せず)を設けてもよい。
本灌漑装置(1)が観賞用とされるときは、水収容部(2)を構成する容器(27)の形状、材質、熱吸収体(23)の形状を、デザイン性を高める目的で任意に変更することが望ましい。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を、実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
(試験例1:熱吸収体を使用した時の蒸発量の測定)
<方法>
内部の高さ23cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管に、水又は塩水(3.0%NaCl)850gをいれ、それぞれ2つずつ計4つ準備した。水及び塩水の塩化ビニル管各1つずつに木炭(小丸)(190g)投入して、(イ)炭入り水区、(ロ)炭入り塩水区、(ハ)炭なし水区、(ニ)炭なし塩水区を作成した。
4区は2007年6月26日〜8月2日にかけて38日間屋外に配置し、反復は3で実施した。図7(a)は、各4区における1日の蒸発速度の平均値を示す。図7(b)は、(ハ)炭なし水区の蒸発速度を基準とした炭と塩の効果を示す図である。
尚、それぞれの塩化ビニル管の水の蒸発速度は、測定日毎に午前9時に塩化ビニル管全体の重さを測定し、連続した2日における2つの測定値から、24時間の減少量を算出することにより測定された。
【0035】
<結果>
図7(a)が示すごとく、測定期間中において気象条件の違いによって水の蒸発速度は、各4区1日あたり5g〜50gの数値を示した。炭なし水区と炭なし塩水区(ハ及びニ)では、両者間で蒸発速度の差は殆ど確認されなかった。(イ)炭入り水区と(ロ)炭入り塩水区とでは、(イ)炭入り水区の方が、蒸発速度が多かった。図7(b)により、これらの相違点を明確にした。図7(b)は、(ハ)炭なし水区から得られる蒸発速度を基準に他の区の蒸発速度をプロットしたものである。図が示す如く、蒸発速度は塩水である場合に抑制される。一方で、塩により低下する蒸発速度より、炭により増加する蒸発速度の方が大きいことが確認された。
【0036】
(試験例2:植物保持部の上面が反射物により被覆された場合の土壌に吸収される水量の測定)
<方法>
図8に示した内部の高さ23cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)4つに、水又は塩水をいれたもの(各2つずつ)作成し、すべてに木炭(小丸)(190g)(B)を投入した。栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に土を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
円筒(E)は直径の異なる円筒を繋ぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。水及び塩水の塩化ビニル管の各1つずつをアルミ被覆区とし、この区では円筒(E)の上部開口部をサランラップ(H)とアルミホイル(G)で塞いだ。残りの水及び塩水の区は、アルミ被覆を行わず上面において土が見えている状態とした。反復は3、実施時期は1回目2007年7月12日〜8月2日まで、及び2回目同年8月26日〜9月11日までであった。1回目の測定は毎日行ったが、2回目の測定は5日ごとに行った。測定はジョイント(F)で取り外し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の増加量とした。同様に、下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量の積算値、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量の積算値とした。
【0037】
<結果>
図9(a)〜(c)及び図10(a)〜(c)中、円筒(E)をアルミ被覆して、水を収容した区及び塩水を収容した区を、それぞれ「ア水」、「ア塩」と表し、アルミ被覆なし(即ち土がむきだし状態で)水を収容した区及び塩水を収容した区を、それぞれ「土水」、「土塩」と表す。尚図9(a)〜(c)は1回目の試験結果、図10(a)〜(c)は2回目の試験結果を示す。
1回目の試験では、初期に比較的蒸発の小さい時期が続いた後、塩化ビニル管からの蒸発が盛んになった(図9(a)参照)。蒸発量は、アルミ被覆のほうでは水のほうが多く、被覆の無い状態では、水と塩水に違いはなかった。塩化ビニル管からの蒸発量は、2回目の試験でアルミ被覆の有無によらず水のほうが多かった(図10(a))。
土壌に吸収された水の量は、アルミ被覆によって大きく増加した(図9(c)及び図10(c))。水のほうで吸収量が大きかったが、水と塩水の吸収量の差は1回目のアルミ被覆を除けば塩水のほうが小さかった。土壌に吸収された水の量は、アルミ被覆で蒸発量の40〜50%であった。アルミ被覆がない場合、土壌水はある時点から殆ど増えなくなった。これは土壌からの蒸発が多いため(図9(b)及び図10(b))であると推測された。
以上から、水の塩濃度がその蒸発量及び土壌水に及ぼす影響は小さいものの、アルミ被覆は、土壌の水を著しく増加させることが明らかになった。尚、アルミ被覆が塩化ビニル管に収容された水の蒸発量に及ぼす影響は小さかった。
【0038】
(試験例3:アルミの簡易被覆と寒冷紗が土壌水量とイネの発芽に及ぼす影響)
<方法>図11に示した内部の高さ23cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)4つに、3%の塩水をいれたものを作成し、すべてに木炭(小丸)(190g)(B)を投入した。栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に土を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
円筒(E)は直径の異なる円筒を繋ぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。アルミ簡易被覆区では、土壌(D)の上に円形のアルミホイル(G)を置いた。また遮光区では、円筒(E)に寒冷紗(J)を被せた。土壌の下部にイネ種子(I)を50粒ずつ置いた。反復は3、実施時期は、2007年8月9日から8月29日まで、5日ごとに測定した。測定はジョイント(F)で取り外し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の増加量とした。同様に、下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量の積算値、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量の積算値とした。最終日には、籾の発芽調査を行った。
【0039】
<結果>
図12(a)〜(c)中、遮光してアルミ簡易被覆したものを「遮ア」、アルミ簡易被覆しなかったものを「遮土」、遮光せずにアルミ簡易被覆したものを「光ア」、アルミ簡易被覆しなかったものを「光土」と表す。
塩化ビニル管に収容された水の蒸発量は、遮光とアルミ簡易被覆がない区で多かったが、他の3区の間には大きな差を認められなかった(図12(a))。土壌水は、アルミ簡易被覆区(図12(c)中「遮ア」と「光ア」)で著しく増加した(図12(c))。遮光はアルミ簡易被覆のないところでは土壌水に影響を与えなかったものの、アルミ簡易被覆したものについては、土壌水が減少した。「光ア」区において、塩化ビニル管に収容された水から蒸発した水のうち、土壌に蓄えられた水の割合は、6.6%にとどまった。アルミ簡易被覆区では種子の発芽が認められたが、被覆がない場合では発芽は認められなかった(図13)。図13中の平均値は、イネの発芽率(%)を示す。
したがって、本発明に係る植物保持部である栽培円筒(E)及び土壌(D)の温度を低く保つために、アルミ被覆が有効であり、これにより、土壌水を効果的に増加させることができることがわかった。さらには、このアルミ被覆により、イネの種子を発芽させる程度の水を土壌中に集めることができることがわかった。
【0040】
(試験例4:栽培円筒のアルミ被覆の有無が蒸発と土壌水量に及ぼす影響)
<方法>
図14が示すごとく、高さ20cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)に3%塩水と約190gの木炭(小丸)(B)を入れた。高さ11cmの栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に380gの土(D)を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
円筒は直径の異なる円筒をつなぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。装置はガラス室に置いた。被覆なし区はそのままの状態であるが、アルミ被覆区では円筒(E)とジョイント(F)をアルミホイル(G)で包んだ。
反復は3で、2007年9月26日から12月5日まで実施し、7日ごとに測定した。測定はジョイントと塩化ビニル管との間で分解し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の量とし、これと測定開始時の土壌水との合計を土壌水量とした。下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量とした。なお、(F)の内側に付着する水滴の重さは2.2gとした。
【0041】
<結果>
塩化ビニル管および円筒(E)からの蒸発量は,アルミ被覆によって著しく増加した(図15(a)〜(c)参照)。これと同時に土壌水量は、アルミ被覆によって70%以上も高い値で安定した。アルミ被覆は太陽放射を反射するため、円筒(E)内の土壌温度が低く保たれ塩化ビニル管(A)内の温度との差が大きくなっていたと推定された。したがって、土壌を覆う素材として反射物が好適であり、これにより太陽放射を反射させることによって塩化ビニル管と栽培土壌の温度差を広げ、作物への水供給を向上できるといえる。
【0042】
(試験例5:土の粒径の違いが土壌水とコムギの発芽に及ぼす影響)
<方法>
図16が示す如く、高さ20cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)に3%塩水と約190gの木炭(小丸)(B)を入れた。高さ11cmの栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に、栽培円筒(E)中、高さ約3cmまで土(D)を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
土(D)にコムギ(農林61号)種子(K)を30粒播種した。土は3種類の大きさの赤玉土または鹿沼土(赤玉土‐大(粒径13.0〜20.0mm):70g、赤玉土‐中(粒径6.6〜15.0):80g、赤玉土‐小(粒径1.7〜6.2mm):70g、鹿沼土‐大(粒径3.0〜10.3mm):40g、鹿沼土‐中(粒径2.6〜6.6 mm):50g、鹿沼土‐小(粒径1.5〜3.4mm):60g)を詰めた。円筒は直径の異なる円筒をつなぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。全ての区で、土壌の上に円形のアルミホイル(G)を置いた。反復は2で、2007年9月20日から11月1日まで実施し、7日ごとに測定した。測定はジョイントと塩化ビニル管との間で分解し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の量とし、これと測定開始時の土壌水との合計を土壌水量とした。下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量の積算値、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量の積算値とした。なお、(G)の内側に付着する水滴の重さは2.2gとした。最終日に籾の発芽調査を行った。
【0043】
<結果>
図17は、各土壌における塩化ビニル管からの積算蒸発量(a)、円筒からの積算蒸発量(b)と土壌の水量(c)を示し、図18は、各土壌に関する水収支の比較を示す。
塩化ビニル管からの蒸発量は赤玉土の大と小で多かったが、他の区の間で大きな差はみられなかった(図17(a)〜(c)参照)。土壌水は鹿沼土より赤玉土のほうが多く、粒径で比較すると、どちらの土でも大と中はほぼ同程度で小はそれらを上回っていた。ただし鹿沼土の小は処理後21日ごろから土壌水は低下した。水収支を見ると、処理後7〜21日では、円筒(E)からの蒸発速度と塩化ビニル管からの蒸発速度に差はあまりなく、土壌への吸着量はほぼ一定であった。処理後21日以降、鹿沼土の小で、円筒(E)からの蒸発速度が塩化ビニル管からの蒸発速度より徐々に増加していった(図18)。
発芽率は赤玉土より鹿沼土のほうが良く、粒径で比較すると、粒径が小さいほど発芽率は良い傾向がみられた(図19参照)。
以上から、土の粒径は小さいほうが、好ましくは粒径1.5〜6.2mmの土からなる土壌の水は高く維持され、発芽率も良くなることが分かった。また、塩化ビニル管に収容された水の蒸発は粒径の大きさにより影響を受けなかった。よって、小粒で土壌水が高く維持されたのは土壌への水の吸着が良かったためであるといえる。発芽率の良い鹿沼土(小)では発芽し始めたころから土壌水が低下したが、他の区では土壌水は一定だった。
以上から、土壌として比較的粒径の小さな粒子の土を使用することにより土壌への水吸着量を増加させることができるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の蒸留式灌漑装置の断面図である。
【図2】本発明の蒸留式灌漑装置の斜視図(a)、該斜視図(a)の一部の断面図(b)及び(c)である。
【図3】本発明の蒸留式灌漑装置の斜視図(a)及び、該斜視図(a)の分解斜視図(b)である。
【図4】本発明の蒸留式灌漑装置の斜視図である。
【図5】図4の斜視図の一部の断面図である。
【図6】本発明の蒸留式灌漑装置の正面図である。
【図7】試験例1の試験結果であり、炭と塩が1日の蒸発速度に及ぼす影響(a)及び水の蒸発速度を基準としたときの炭と塩の効果(b)を示す。
【図8】試験例2の試験方法の説明に関する図である。
【図9】試験例2の(2007年1回目の)試験結果であり、アルミ被覆が塩化ビニル管からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)及び土壌(D)の水増加量(c)に及ぼす影響を示す。
【図10】試験例2の(2007年2回目の)試験結果であり、アルミ被覆が塩化ビニル管からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)及び土壌(D)の水増加量(c)に及ぼす影響を示す。
【図11】試験例3の試験方法の説明に関する図である。
【図12】試験例3の試験結果であり、アルミ簡易被覆と寒冷紗による遮光が、塩化ビニル管からの積算蒸発量(a),円筒(E)からの積算蒸発量(b)及び土壌(D)の水増加量(c)に及ぼす影響を示す。
【図13】試験例3の試験結果であり、アルミ簡易被覆と寒冷紗による遮光がイネの発芽率(%)に及ぼす影響を示す。
【図14】試験例4の試験方法の説明に関する図である。
【図15】試験例4の試験結果であり、土壌を詰めた円筒のアルミ被覆の有無が塩化ビニル管(A)からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)と土壌(D)の水量(c)に及ぼす影響を示す。
【図16】試験例5の試験方法の説明に関する図である。
【図17】試験例5の試験結果であり、土壌および粒径の違いが塩化ビニル管(A)からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)と土壌(D)の水量(c)に及ぼす影響を示す。
【図18】試験例5の試験結果であり、各土壌に関する水収支の比較を示す。
【図19】試験例5の試験結果であり、土の粒径の違いがコムギの発芽率に及ぼす影響を示す。
【符号の説明】
【0045】
1・・・本灌漑装置
2・・・水収容部
3・・・植物保持部
4・・・植物
21・・水
22・・蒸発槽
23・・熱吸収体
24・・給水口
25・・排水口
26・・天板
27・・水収容部を構成する容器
31・・反射物
32・・土壌
33・・不織布
34・・植物保持部を構成する容器
【技術分野】
【0001】
本発明は植物の灌漑装置に関し、詳細には、太陽エネルギーで促される蒸発、及びこの蒸発等により形成される蒸気圧勾配により気体の水を移動させることにより植物に水を供給する蒸留式灌漑装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、世界全土のうち、約19億haの土地が土地劣化の影響を受けていると言われている。地球規模土壌劣化評価会議(GLASOD)によると、過去45年間において、世界の土地劣化が報告されている土地のうち、最大の面積である5億5000万haはアジア太平洋地域に存在していると報告されている。一方で、アジア地域内の人口の39%に当たる13億2,000万人が、干ばつと砂漠化の影響を受けやすい地域に居住している。土地劣化の主な原因は、農業活動、薪炭材採取や伐採などの森林減少及び過放牧、産業開発であり、人口が集中している地域の土地劣化は相乗的に進むものと懸念されている。
【0003】
特に灌漑農業が行われている地域では、塩害による土地劣化が進んでいる。
塩害が発生するメカニズムは次の通りである。灌漑農業を行う際、特に乾燥地帯では、農作物が枯れないようにするために作物が吸収する以上の水を田畑に注いで灌漑される。農作物に吸収されなかった水は土壌中に透下し、その結果、次第に地下水位が上昇する。土壌中の水は、毛細管現象により水が地上表面へ上昇し、空中へ蒸発する。この蒸発量より、土壌からの上昇水が多くなるとウォーターロギング現象が起こる。同時に、水が土壌中を上昇するときに土壌に含まれる塩類も上昇し、その結果、土壌表面に塩が集積し、これが過剰になると塩害が生じる。
塩害の被害を被っている農地は、パキスタン、インド、中国で多く見られ、例えばパキスタンでは、塩害により収穫が30%減少したことが報告されている。
【0004】
特に乾燥地帯での灌漑農業を実現するためには、上記塩害の対策を行うことに加えて、灌漑可能な程度の十分量の水を確保する必要がある。
灌漑に使用可能な水としては、地下水や外来河川の水、或いは海水を挙げることができる。地下水としては、不透水層に挟まれた層にある、塩濃度が比較的高い被圧地下水、或いは不透水層より上側(地表側)にある、自由地下水が挙げられる。
即ち、農業用水が慢性的に不足している乾燥地帯で灌漑農業を行うためには、塩を含む被圧地下水や海水、或いは工業排水等も有効的に利用される必要がある。
【0005】
塩濃度の高い地下水や海水を灌漑用水として使用する場合、従来は、(1)適当な装置により海水を淡水化し、その淡水を耕地へ輸送する方法、或いは(2)塩水を対象作物の耐塩性に応じて塩濃度を調整した後、耕地に注ぐ方法のいずれかが採用されてきた。
塩水の淡水化は、一般的に溶媒である水と溶質である塩の性質の違いを利用して両者を分離することに依る。この淡水化の方法としては、例えば、蒸発法、凍結法、逆浸透法、透過気化法等が挙げられる。蒸発法では水が塩より蒸発しやすいこと、凍結法では水だけが先に凍結することを利用して淡水化が行われる。逆浸透法、透過気化法では、水分子のみを透過させる膜を使用して塩と水を分離する。蒸発法や凍結法では外部からの電力などのエネルギー投入が必要でありコストがかかる。一方、逆浸透法や透過気化法ではエネルギーコストは比較的低く抑えることができるものの、膜の消耗率や淡水の収率の観点から、大規模な農場で使用するには効率が劣るという問題を有していた。
例えば、特許文献1には、ゼオライト処理及び陰イオン交換樹脂処理若しくはキトサン処理を行うことにより、海水から農業用水を製造するための方法が開示されている。
【0006】
加えて、前記のいずれの方法も、灌漑前に淡水化処理、或いは塩濃度を低下させるために希釈処理して得られた農業用水を、耕地まで輸送するというものであった。このような方法によると、造水や水輸送にコストを要するため、対象植物は商品価値の高い作物や庭園植栽に限定され、即ち耕地作物には適用されないという問題を有していた。
【特許文献1】特開平11−209191号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、低廉、簡便に製造でき、且つ塩害等の土地劣化を引き起こさない蒸留式灌漑装置を提供することである。
本発明の課題は、塩水を淡水化し、この淡水を植物に供給するという一連の処理を連続的に行うことにより、水の輸送の手間を省くことを課題とする。さらに、この一連の処理は、太陽放射熱或いは他のエネルギーを利用して、環境負荷が極めて小さい方法で行われる。
本発明の更なる課題は、上記課題を克服しながらも、植物に効率よく水を供給し、また植物の深根化を促すことにより、植物を良好に育成することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、少なくとも水を収容する水収容部と、該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備え、前記水収容部が、これに収容される水の水面と前記植物保持部の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽を有することを特徴とする蒸留式灌漑装置に関する。
請求項2に係る発明は、前記収容された水中に、太陽放射熱を吸収する熱吸収体が配されていることを特徴とする請求項1に記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項3に係る発明は、前記蒸発槽内の前記植物保持部の側壁及び/又は底部の少なくとも一部に、多孔質材料が配されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項4に係る発明は、前記植物保持部の上面が反射物で被覆されていることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項5に係る発明は、前記熱吸収体が炭であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の蒸留式灌漑装置に関する。
請求項6に係る発明は、前記水収容部の外側の少なくとも一部が黒色系統に着色されることにより、収容された水が熱吸収可能としたことを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載の蒸留式灌漑装置に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の蒸留式灌漑装置は、水を収容する水収容部、及び土壌や固形培地等で構成される植物保持部を必須構成として備える装置であり、低廉、簡便に製造できる。また、本発明の蒸留式灌漑装置は、土壌に水を注いで灌漑するものではないので、塩害等の土地劣化を引き起こさない。
本発明の蒸留式灌漑装置によると、塩水を淡水化して、得られた淡水を植物に供給するという一連の処理を連続的に行うことができる。従って、従来行われてきた、淡水化処理の後の輸送の手間を省くことができる。
本発明の蒸留式灌漑装置は、省資源、省エネルギー的技術であるから、環境負荷が極めて小さい。即ち、本発明の蒸留式灌漑装置は、太陽放射エネルギーで促される蒸発、及びこの蒸発等により生成される蒸気圧勾配により気体の水を移動させることにより植物に水を供給することができる。
本発明の蒸留式灌漑装置の他の利点は、水の利用効率が著しく向上されているということである。植物は、概して太陽放射熱が大きいとき、その水要求(蒸散量)が大きくなる。同様に本発明の灌漑装置は、太陽放射熱が大きいほど多くの水を供給することが可能となる。即ち、本発明の蒸留式灌漑装置において、植物が水を必要とする条件と水供給量が増える条件が同じである。従って、無駄の無い水供給が可能となる。さらに、水供給は、土壌表面層からではなく、深層から行われるため、土壌面からの蒸発損失が殆ど生じないという利点を有する。
本発明の蒸留式灌漑装置の他の利点は、土壌深層から給水が行われることにより、根が深根化するから、植物を良好に育成することができる。
本発明の蒸留式灌漑装置の他の利点は、蒸発のためのエネルギーを地熱や温度の高い工場排水から得ることができるから、太陽放射熱の有無に関わらず実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の蒸留式灌漑装置は、少なくとも水を収容する水収容部と、該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備える。
図1を参照する。図1は、本発明の蒸留式灌漑装置(1)(以下、本灌漑装置という場合がある)の断面図である。本灌漑装置(1)は、水収容部(2)とその上方に配される植物保持部(3)を必須構成として備え、この水収容部(2)は、下方に水(21)が収容され、上方に蒸発槽(22)が設けられている。
【0011】
まず、本灌漑装置(1)の植物に水が供給されるメカニズムについて説明する。
本灌漑装置(1)は、気体が高圧領域から低圧領域に移動する原理を利用し、意図的に圧力勾配を作ることにより水蒸気を移動させて植物に水を供給するものである。詳細には、本発明に係る蒸発槽(22)は、蒸気圧が高い領域と低い領域を有する。蒸気圧が高い領域とは、蒸発槽(22)の下部(即ち、水(21)の水面に近い部分)であり、一方、蒸気圧が低い領域とは蒸発槽(22)の上部(即ち、植物保持部(3)に近い部分)である。
水収容部(2)に収容される水(21)は水面から蒸発して、気体の水となる。この蒸発により水(21)の水面近くでは高蒸気圧条件が作られる。一方で、植物保持部(3)の上面からの水の蒸発や、植物(4)の蒸散(矢印D)により、植物保持部(3)の下端部近くでは低蒸気圧条件が作られる。従って、蒸発槽(22)は、蒸気圧が高い領域と低い領域を含み、水(21)から蒸発した気体の水は、矢印Cで示す如く上方に向かって(即ち、蒸気圧が高い領域から低い領域に向かって)移動する。
蒸発槽(22)中の気体の水は、植物保持部(3)に到達すると、気体の水は冷やされて液体の水となり、植物保持部(3)内部へ浸み込み、そして植物(4)に供給される。
本発明の「蒸留式」とは、上記の通り、塩水等の水(21)から蒸発した気体の水を、液体の水として再び回収することを意味するものである。
【0012】
以下、図1をさらに参照して、本灌漑装置(1)の各構成要素について説明する。
本灌漑装置(1)は、水収容部(2)とその上方に配される植物保持部(3)を必須構成として備える。
【0013】
水収容部(2)は、下方に水(21)が収容され、上方に蒸発槽(22)を設ける。蒸発槽(22)とは、水(21)の水面と植物保持部(3)の下端部の間に形成された空間である。尚、ここでいう「植物保持部(3)の下端部」とは、蒸発槽(22)の領域を特定するために使用した用語であり、図1が示す如く、植物保持部(3)の最下端が面を形成していてもよい。
この水収容部(2)は、如何なる原料で製造されてもよく、例えば、プラスチック、ステンレス等の金属類、ガラス等が挙げられる。また、水収容部(2)の形状は特に限定されないが、育成する植物の種類や植物保持部(3)の数により適宜決定すればよく、例えば水を収容できる容器(27)であってもよい。或いは、植物保持部(3)を複数収容することができる程度の大きさを有し、且つ箱状に形成してもよいし(図2を参照して後述する)、既存の水路を加工して製造されてもよいし(図3を参照して後述する)、工場から排水を流す排水管の一部を加工して製造されてもよいし(図4及び図5を参照して後述する)、或いは観賞用として使用可能なようにデザイン性をもつ形状であってもよい(図6を参照して後述する)。但し、いずれの形態においても、水収容部(2)は、少なくとも、水を収容して且つ蒸発槽(22)を備えることができる容量を有する。
【0014】
水収容部(2)に収容される水(21)は特に限定されないが、例えば、塩水、環境汚染水、工場排水、生活排水等であってもよいが、これらのうち、塩水が好適に使用される。塩水は、塩化ナトリウム(NaCl)が0.001〜5%濃度、或いは最大で38%含まれる塩水であってもよい。
即ち、本灌漑装置(1)において、塩濃度が比較的高い被圧地下水や自由地下水等の地下水、外来河川の水、或いは海水が使用可能であるから、例えば、乾燥地帯等の慢性的な水不足である地域であっても、本灌漑装置(1)は好適に使用することができる。
【0015】
本灌漑装置(1)において、例えば、水(21)として塩水が使用された場合においても、水と塩化ナトリウムの沸点が大きく相違するから、水面から水が優先的に蒸発し、気体の水が矢印Cの如く移動した後、植物保持部(3)を介して、液体の水が植物(4)に供給される。
【0016】
図1中の水収容部(2)の左右には、給水口(24)及び排水口(25)をそれぞれ備えてもよい。図1中、給水口(24)から水(21)が給水される流れを矢印(A)、排水口(25)から水(21)が排水される流れを矢印(B)で示す。
給水口(24)及び排水口(25)を設置する場所は特に限定されないが、好ましくは図1が示すとおり、給水口(24)及び排水口(25)のそれぞれの設置場所の高さを変えることにより、水収容部(2)中において上下方向の水流を形成する。これにより、例えば、水(21)として塩水が使用される場合であっても、水の蒸発により水面付近で塩濃度が高くなっても、上下方向の水流により水(21)全体の塩濃度を略均一とすることができる。
排水口(25)の他の効果は、水収容部(2)に収容される水(21)の水面の高さを調節できることである。即ち、水収容部(2)へ送りこまれた水(21)は、排水口(25)を配した部分まで達し、その後の余剰の水(21)は、排水口(25)から排出される。しかも、水(21)は水面近くから排出されるから、塩濃度の高い水から排出されるという利点もある。よって、排水口(25)の位置により水(21)の水面の高さを調節でき、従って、蒸発槽(22)の容積を任意に決定することができる。
【0017】
水収容部(2)の水(21)中には、好ましくは熱吸収体(23)が投入される。熱吸収体(23)は、太陽放射熱を吸収する素材であり、例えば、炭、灰,木材,金属,石炭が挙げられ、これらのうち、炭が好適に使用される。詳細には、木炭、竹炭、備長炭等が挙げられ、このうち、太陽放射熱の吸収率が高く、且つ廃棄したとき環境負荷が小さいという理由から、木炭が好適に使用される。
この熱吸収体(23)は、太陽放射熱を吸収し、吸収した熱を水(21)へ放熱し、この熱により、水(21)の水面からの蒸発が促進される。水(21)の蒸発が促進されるので、蒸発槽(22)の水(21)の水面付近の蒸気圧をさらに高めることができる。これにより、水(21)の水面付近の領域と植物保持部(3)の下端部(下面)付近の領域の蒸気圧の大きさの差が大きくなり、気体の水の移動(矢印C)が促進され、結果、植物(4)への水の供給量が増加する。
【0018】
前記熱吸収体(23)と同様の効果を得るために、水収容部(2)を構成する容器(27)を着色してもよい。詳細には、前記容器(27)の少なくとも外側を黒色系統等に着色することにより、太陽光等を効果的に吸収し、容器(27)に収容される水の蒸発を促進させることができる。着色させる方法は特に限定されないが、予め黒色系統等で着色された容器(27)を用いて本灌漑装置(1)を製造してもよいし、或いは、黒色系統等の膜で前記容器(27)表面を覆う方法等がある。この実施形態によると、必ずしも熱吸収体(23)を使用する必要はないが、熱吸収体(23)を併用することにより、効果的に水(21)の蒸発を促進することができる。
【0019】
植物保持部(3)には、植物(4)が保持される。即ち、植物(4)は、植物保持部(3)内部に根を張っている。
植物保持部(3)は、容器(34)に収容された土壌であってもよく、或いはロックウール等の固形培地であってもよい。尚、図1において、容器(34)に収容した土壌(32)からなる植物保持部を示す。
植物保持部(3)の形状は特に限定されず、植物(4)の種類、水収容部(2)の大きさや種類により適宜決定される。尚、図1においては、植物保持部(3)の下端部は、その断面図において直線であり、即ち、面を形成しているが、例えば、断面が湾曲している、即ち植物保持部(3)の底部が半円球状であってもよい。また、植物保持部(3)を構成する容器(34)と水収容部(2)を構成する容器(27)は、一体化するように製造されていてもよい。
【0020】
前述の如く、蒸発槽(22)の下方から上方に向かって(矢印Cの方向で)移動してきた気体の水は、植物保持部(3)に到達すると、植物保持部(3)の表面又は内部で冷却されて液体の水に変わる。液体の水は、植物保持部(3)の内部まで浸み込んで一部は植物の根により吸収され、他の一部は植物保持部(3)の上面から蒸発される。
【0021】
例えば、植物保持部(3)として、特に容器(34)に収容された土壌を用いる場合は、容器(34)の底部、側壁、底部と側壁の両方、或いはこれらの少なくとも一部分に開口部を有し、この開口部は、多孔質材料で覆われる。或いは、植物保持部(3)として固形培地が使用された場合であっても、固形培地の底部、側壁、底部と側壁の両方、或いはこれらの少なくとも一部分を多孔質材料で被覆してもよい。
この多孔質材料として、図1においては不織布(33)が用いられているが、これに限定されない。前記多孔質材料として、気体を通すが、液体及び固体を通さない材料や、気体と液体を通すが、固体を通さない材料が使用されてもよい。多孔質材料が気体のみを通す場合は、蒸発槽(22)からの気体の水(水蒸気)は、多孔質材料を気体のまま通過し、土壌や固形培地に到達した時点、或いは土壌や固形培地内部において、液体に変わり、その後植物に供給される。或いは、多孔質材料として、気体と液体を通すが、固体を通さない材料が使用された場合は、蒸発槽(22)からの気体の水は、多孔質材料の表面に到達して液体の水に変わり、この液体の水も多孔質材料を通過して、植物に供給されることができる。
尚、ここで言う「固体」とは、植物保持部(3)を構成する成分を指し、例えば、植物保持部(3)に土壌が使用される場合、「固体」は「土壌」を示し、植物保持部(3)に固形培地が使用される場合、「固体」は「固形培地」を示すものとする。より詳細には、「固体を通さない」とは、「植物保持部(3)の土壌を物理的に支持することができる」或いは「植物保持部(3)の固形培地を物理的に支持することができる」ことを意味する。言い換えれば、本発明に係る多孔質材料は、植物保持部(3)を構成する土壌や固形培地を実質的に支持することができれば、微細な固体を通す程度の大きさを有する孔部を有する多孔質材料であってもよい。更に言えば、この多孔質材料のみにより土壌等を支持することができれば、図1で示す土壌を収容するための容器(34)は必ずしも必要ではない。
図1の如く、多孔質材料として、麻布,綿布,不織布等の多孔質性シート状材料が使用されると、これにより、土壌を保持するための物理的強度を増すことができる。尚、麻布、綿布及び不織布は、気体も液体も通すので、その蒸発槽(22)側表面で液体の水となっても、この水は前記布を通過して効果的に土壌(32)内部へ浸み込み、植物(4)に供給される。
【0022】
本灌漑装置(1)において、植物保持部(3)の、例えば上面部分、好ましくは植物保持部(3)の表面のうち日光が当たる部分を、反射物で被覆してもよい。反射物としては、例えば、シート状のアルミ、シルバービニール等が挙げられるが、好ましくはシート状のアルミが用いられる。図1中、アルミ(31)は、土壌(32)から突出した植物(4)の茎を囲むようにして配される。
この反射物が、植物保持部(3)の上面部分に配されると、植物保持部(3)を構成する固形培地や土壌が、太陽放射熱等の熱を外側へ反射することにより吸収することを抑制するため、植物保持部(3)の温度を低く保つことができる。例えば、後述の試験例4で示すごとく、植物保持部(3)の上面部分のみならず、側壁等の太陽光等の熱を吸収する面を反射物で覆うと、植物保持部(3)内部の温度を、より効果的に低く保つことが可能となる。
その結果、蒸発槽(22)の植物保持部(3)の下端部付近の蒸気圧を低下させることができ、従って、蒸発槽(22)における水(21)の水面付近の蒸気圧と植物保持部(3)の下端部付近の蒸気圧の差を大きくすることができる。これにより、蒸発槽(22)内の気体の水の移動を促進することができる。
この反射物の他の利点は、植物保持部(3)の上部からの蒸発を程よく抑えることができる。これにより、植物保持部(3)に蓄えられた水量が維持され、効率よく植物(4)に供給される。
【0023】
土壌(32)は、特に限定されないが、植物(4)の種類、成長段階等に応じて適宜決定され、また任意に肥料等を混ぜてもよい。
土壌(32)を構成する土の粒径は、好ましくは0.2〜7.0mm、さらに好ましくは1.0〜5.0mmである。この粒径を有する土は、植物保持部(3)の下部から植物の根までの水の流れを促進するという効果を有する。
【0024】
植物(4)は、植物保持部(3)内部に根を張り、保持されている。本灌漑装置(1)は、如何なる植物にも適応するが、要水量の少ない植物が好適で、例えば、小麦、オオムギ、トウモロコシ、ヒエ、アワ、サトウキビ、キャッサバ、ワタ、ミレット等が挙げられる。
【0025】
図2(a)は、本灌漑装置(1)の他の実施形態を示し、本灌漑装置(1)の概略斜視図である。
図2(a)中、水収容部(2)、植物保持部(3)及び植物(4)を示し、前記水収容部(2)は、給水口(24)及び排水口(25)を備える。ここで示される水収容部(2)は直方体形状で且つ箱状物であり、これに収容される水の水面と植物保持部(3)の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽が備えられている。
本灌漑装置(1)は、図2(a)が示す如く、1つの水収容部(2)に対し、複数の(図2(a)中16個)の植物保持部(3)及び植物(4)を備えてもよい。
【0026】
図2(b)及び(c)は、それぞれ図2(a)で示す本灌漑装置(1)の一部の断面図である。この断面図において、水収容部(2)、植物保持部(3)と植物(4)を示し、水収容部(2)には、水(21)が収容され、この水(21)には熱吸収体である炭(23)が投入されている。
図2(b)は、植物保持部(3)の底部のみに不織布(33)が配され、図2(c)は、植物保持部(3)の側壁と底部の両方に不織布(33)が配されている点で、両者異なる。不織布(33)が配されている面積が大きいほど、多くの液体の水を吸収し、植物に該水を供給することができる。
【0027】
図2(b)及び(c)において、水収容部(2)はさらに天板(26)を備える。この天板(26)で植物保持部(3)を固定することにより、水収容部(2)に収容される水の水面と植物保持部(3)の下端部との間に空間を形成することが可能となる。天板(26)と植物保持部(3)を固定する手段は特に限定されないが、例えば、図2(b)及び(c)で示す如く、天板(26)に任意の形状の穴部を形成し、植物保持部(3)を構成する容器(34)の上部周縁部を、この穴部の周縁より大きく製造する方法が挙げられる。この方法によると、植物保持部(3)を底部から穴部に差し込むことにより、植物保持部(3)を容易に固定させることができる。また、植物保持部(3)が固形培地により構成される場合においても、その上部周縁部を他の周縁部より大きく加工することにより、天板(26)の穴部に固定させることができる。
【0028】
この天板(26)は、好ましくは、透明度の高い素材で製造され、例えば、プラスチック、ガラス等が挙げられる。これにより、熱吸収体(23)が、太陽放射熱を効果的に吸収し、この吸収した熱を水(21)に放すことにより、水(21)の蒸発を促進することができる。
【0029】
図2(a)〜(c)で示した本灌漑装置(1)は、蒸発槽(22)が水収容部(2)と植物保持部(3)により、略密閉された状態であるが、例えば、天板(26)を使用せず、三脚等により植物保持部(3)が固定されてもよいし、或いは、筏等に植物保持部(3)を載せて、水(21)に浮かせることにより、本灌漑装置(1)を構成してもよい。但し、この場合においても、少なくとも、水(21)の水面と植物保持部(3)の間に空間を形成することにより蒸発槽(22)が備えられている。
【0030】
図3(a)は、本灌漑装置(1)の他の実施形態である。ここで示される本灌漑装置(1)は、水収容部(2)として水路を利用し、この水路の上に植物保持部(3)を形成することにより構成される。尚、図3(b)は、図3(a)の分解斜視図である。
水路(2)を流れる水(21)には、熱吸収体(図示せず)が配され、水路(2)は蛇行するように形成されている。例えば、水(21)として塩水が使用される場合であっても、この蛇行によって起こる水流により、水(21)全体の塩濃度が略均一にされる。したがって、蛇行した水路(2)は、その上方に配された植物保持部(3)に植えられる複数の植物(4)それぞれに対し略平等に水が供給されるという利点をもたらす。
【0031】
図4は、本灌漑装置(1)の他の実施形態である。ここで示される本灌漑装置(1)は、水収容部(2)として工場からの排水を流すための排水管を利用し、この排水管の上部に植物保持部(3)を形成することにより構成される。
図5は、図4で示す本灌漑装置(1)の一部の断面図である。
図5を参照する。図5中、工場の排水管により構成される水収容部(2)、植物保持部(3)と植物(4)を示す。本実施形態の灌漑装置(1)は、排水管(2)を加工することにより製造されるが、その加工方法は特に限定されない。例えば、排水管の上部を切り開いて穴部を形成し、その穴部に植物保持部が埋め込まれる。この場合においても、排水管を通る工場排水(21)の水面と植物保持部(3)の下端部(図5中において不織布(33)が配される部分)には空間を形成して蒸発槽(22)が備えられている。さらに、蒸発槽(22)に面する植物保持部(3)の底部又は側壁(図5においては底部)に、不織布(33)等の水を通すとともに土壌を物理的に支持する膜が配されている。
本灌漑装置(1)において、工場排水(21)も好適に使用される。工場排水(21)を利用する場合は、排水(21)中の水の蒸発が可能な程度の温度を有し且つこれにより水面付近の蒸気圧を高く保つことができることが望ましい。このような場合は、必ずしも熱吸収体を水(21)中に投入する必要はない。
【0032】
図6は、本灌漑装置(1)の他の実施形態に関し、観賞用に製造されたものを示す。
図6の本灌漑装置(1)は、水収容部(2)、植物保持部(3)と植物(4)を示し、水(21)の水面と植物保持部(3)の下端部の間に空間を形成することにより、蒸発槽(22)を備える。水収容部(2)は、透明度の高いガラス等の容器(27)で製造され、見た目にみずみずしい印象を与える。また、この透明度の高いガラス容器(27)は、水(21)中に投入された炭(23)が効果的に熱を吸収することを可能とするから、前述の通り、結果として植物に対する水の供給量を増加させることができる。水(21)として、例えば青色や赤色等の色水を用いると、デザイン性の高い観賞用植物となる。
このような観賞用の本灌漑装置(1)において、水(21)の取替えを行うために、植物保持部(3)を容易に取り外し可能とする、或いはガラス容器(27)に開口部(図示せず)を設けてもよい。
本灌漑装置(1)が観賞用とされるときは、水収容部(2)を構成する容器(27)の形状、材質、熱吸収体(23)の形状を、デザイン性を高める目的で任意に変更することが望ましい。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を、実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
(試験例1:熱吸収体を使用した時の蒸発量の測定)
<方法>
内部の高さ23cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管に、水又は塩水(3.0%NaCl)850gをいれ、それぞれ2つずつ計4つ準備した。水及び塩水の塩化ビニル管各1つずつに木炭(小丸)(190g)投入して、(イ)炭入り水区、(ロ)炭入り塩水区、(ハ)炭なし水区、(ニ)炭なし塩水区を作成した。
4区は2007年6月26日〜8月2日にかけて38日間屋外に配置し、反復は3で実施した。図7(a)は、各4区における1日の蒸発速度の平均値を示す。図7(b)は、(ハ)炭なし水区の蒸発速度を基準とした炭と塩の効果を示す図である。
尚、それぞれの塩化ビニル管の水の蒸発速度は、測定日毎に午前9時に塩化ビニル管全体の重さを測定し、連続した2日における2つの測定値から、24時間の減少量を算出することにより測定された。
【0035】
<結果>
図7(a)が示すごとく、測定期間中において気象条件の違いによって水の蒸発速度は、各4区1日あたり5g〜50gの数値を示した。炭なし水区と炭なし塩水区(ハ及びニ)では、両者間で蒸発速度の差は殆ど確認されなかった。(イ)炭入り水区と(ロ)炭入り塩水区とでは、(イ)炭入り水区の方が、蒸発速度が多かった。図7(b)により、これらの相違点を明確にした。図7(b)は、(ハ)炭なし水区から得られる蒸発速度を基準に他の区の蒸発速度をプロットしたものである。図が示す如く、蒸発速度は塩水である場合に抑制される。一方で、塩により低下する蒸発速度より、炭により増加する蒸発速度の方が大きいことが確認された。
【0036】
(試験例2:植物保持部の上面が反射物により被覆された場合の土壌に吸収される水量の測定)
<方法>
図8に示した内部の高さ23cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)4つに、水又は塩水をいれたもの(各2つずつ)作成し、すべてに木炭(小丸)(190g)(B)を投入した。栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に土を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
円筒(E)は直径の異なる円筒を繋ぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。水及び塩水の塩化ビニル管の各1つずつをアルミ被覆区とし、この区では円筒(E)の上部開口部をサランラップ(H)とアルミホイル(G)で塞いだ。残りの水及び塩水の区は、アルミ被覆を行わず上面において土が見えている状態とした。反復は3、実施時期は1回目2007年7月12日〜8月2日まで、及び2回目同年8月26日〜9月11日までであった。1回目の測定は毎日行ったが、2回目の測定は5日ごとに行った。測定はジョイント(F)で取り外し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の増加量とした。同様に、下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量の積算値、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量の積算値とした。
【0037】
<結果>
図9(a)〜(c)及び図10(a)〜(c)中、円筒(E)をアルミ被覆して、水を収容した区及び塩水を収容した区を、それぞれ「ア水」、「ア塩」と表し、アルミ被覆なし(即ち土がむきだし状態で)水を収容した区及び塩水を収容した区を、それぞれ「土水」、「土塩」と表す。尚図9(a)〜(c)は1回目の試験結果、図10(a)〜(c)は2回目の試験結果を示す。
1回目の試験では、初期に比較的蒸発の小さい時期が続いた後、塩化ビニル管からの蒸発が盛んになった(図9(a)参照)。蒸発量は、アルミ被覆のほうでは水のほうが多く、被覆の無い状態では、水と塩水に違いはなかった。塩化ビニル管からの蒸発量は、2回目の試験でアルミ被覆の有無によらず水のほうが多かった(図10(a))。
土壌に吸収された水の量は、アルミ被覆によって大きく増加した(図9(c)及び図10(c))。水のほうで吸収量が大きかったが、水と塩水の吸収量の差は1回目のアルミ被覆を除けば塩水のほうが小さかった。土壌に吸収された水の量は、アルミ被覆で蒸発量の40〜50%であった。アルミ被覆がない場合、土壌水はある時点から殆ど増えなくなった。これは土壌からの蒸発が多いため(図9(b)及び図10(b))であると推測された。
以上から、水の塩濃度がその蒸発量及び土壌水に及ぼす影響は小さいものの、アルミ被覆は、土壌の水を著しく増加させることが明らかになった。尚、アルミ被覆が塩化ビニル管に収容された水の蒸発量に及ぼす影響は小さかった。
【0038】
(試験例3:アルミの簡易被覆と寒冷紗が土壌水量とイネの発芽に及ぼす影響)
<方法>図11に示した内部の高さ23cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)4つに、3%の塩水をいれたものを作成し、すべてに木炭(小丸)(190g)(B)を投入した。栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に土を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
円筒(E)は直径の異なる円筒を繋ぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。アルミ簡易被覆区では、土壌(D)の上に円形のアルミホイル(G)を置いた。また遮光区では、円筒(E)に寒冷紗(J)を被せた。土壌の下部にイネ種子(I)を50粒ずつ置いた。反復は3、実施時期は、2007年8月9日から8月29日まで、5日ごとに測定した。測定はジョイント(F)で取り外し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の増加量とした。同様に、下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量の積算値、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量の積算値とした。最終日には、籾の発芽調査を行った。
【0039】
<結果>
図12(a)〜(c)中、遮光してアルミ簡易被覆したものを「遮ア」、アルミ簡易被覆しなかったものを「遮土」、遮光せずにアルミ簡易被覆したものを「光ア」、アルミ簡易被覆しなかったものを「光土」と表す。
塩化ビニル管に収容された水の蒸発量は、遮光とアルミ簡易被覆がない区で多かったが、他の3区の間には大きな差を認められなかった(図12(a))。土壌水は、アルミ簡易被覆区(図12(c)中「遮ア」と「光ア」)で著しく増加した(図12(c))。遮光はアルミ簡易被覆のないところでは土壌水に影響を与えなかったものの、アルミ簡易被覆したものについては、土壌水が減少した。「光ア」区において、塩化ビニル管に収容された水から蒸発した水のうち、土壌に蓄えられた水の割合は、6.6%にとどまった。アルミ簡易被覆区では種子の発芽が認められたが、被覆がない場合では発芽は認められなかった(図13)。図13中の平均値は、イネの発芽率(%)を示す。
したがって、本発明に係る植物保持部である栽培円筒(E)及び土壌(D)の温度を低く保つために、アルミ被覆が有効であり、これにより、土壌水を効果的に増加させることができることがわかった。さらには、このアルミ被覆により、イネの種子を発芽させる程度の水を土壌中に集めることができることがわかった。
【0040】
(試験例4:栽培円筒のアルミ被覆の有無が蒸発と土壌水量に及ぼす影響)
<方法>
図14が示すごとく、高さ20cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)に3%塩水と約190gの木炭(小丸)(B)を入れた。高さ11cmの栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に380gの土(D)を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
円筒は直径の異なる円筒をつなぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。装置はガラス室に置いた。被覆なし区はそのままの状態であるが、アルミ被覆区では円筒(E)とジョイント(F)をアルミホイル(G)で包んだ。
反復は3で、2007年9月26日から12月5日まで実施し、7日ごとに測定した。測定はジョイントと塩化ビニル管との間で分解し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の量とし、これと測定開始時の土壌水との合計を土壌水量とした。下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量とした。なお、(F)の内側に付着する水滴の重さは2.2gとした。
【0041】
<結果>
塩化ビニル管および円筒(E)からの蒸発量は,アルミ被覆によって著しく増加した(図15(a)〜(c)参照)。これと同時に土壌水量は、アルミ被覆によって70%以上も高い値で安定した。アルミ被覆は太陽放射を反射するため、円筒(E)内の土壌温度が低く保たれ塩化ビニル管(A)内の温度との差が大きくなっていたと推定された。したがって、土壌を覆う素材として反射物が好適であり、これにより太陽放射を反射させることによって塩化ビニル管と栽培土壌の温度差を広げ、作物への水供給を向上できるといえる。
【0042】
(試験例5:土の粒径の違いが土壌水とコムギの発芽に及ぼす影響)
<方法>
図16が示す如く、高さ20cm、内径7.8cmの透明な塩化ビニル管(A)に3%塩水と約190gの木炭(小丸)(B)を入れた。高さ11cmの栽培円筒(E)の開口部を覆うように不織布(C)を配し、この不織布(C)上に、栽培円筒(E)中、高さ約3cmまで土(D)を詰めた(土は不織布(C)により支持されているためこぼれない)。この栽培円筒(E)を塩化ビニル管(A)の上部に載せた。
土(D)にコムギ(農林61号)種子(K)を30粒播種した。土は3種類の大きさの赤玉土または鹿沼土(赤玉土‐大(粒径13.0〜20.0mm):70g、赤玉土‐中(粒径6.6〜15.0):80g、赤玉土‐小(粒径1.7〜6.2mm):70g、鹿沼土‐大(粒径3.0〜10.3mm):40g、鹿沼土‐中(粒径2.6〜6.6 mm):50g、鹿沼土‐小(粒径1.5〜3.4mm):60g)を詰めた。円筒は直径の異なる円筒をつなぐジョイント(F)で固定された。塩化ビニル管に収容される水又は塩水の水面と不織布(C)の間に空間を設けた。全ての区で、土壌の上に円形のアルミホイル(G)を置いた。反復は2で、2007年9月20日から11月1日まで実施し、7日ごとに測定した。測定はジョイントと塩化ビニル管との間で分解し、それより上部と下部の重さを電子天秤で、測定日毎に午前9時に測定した。試験開始時からの上部の重量増加量を算出し、これを土壌に吸収された水の量とし、これと測定開始時の土壌水との合計を土壌水量とした。下部の減少量を塩化ビニル管に収容された水の蒸発量の積算値、上部と下部総重量の減少量を円筒(E)からの蒸発量の積算値とした。なお、(G)の内側に付着する水滴の重さは2.2gとした。最終日に籾の発芽調査を行った。
【0043】
<結果>
図17は、各土壌における塩化ビニル管からの積算蒸発量(a)、円筒からの積算蒸発量(b)と土壌の水量(c)を示し、図18は、各土壌に関する水収支の比較を示す。
塩化ビニル管からの蒸発量は赤玉土の大と小で多かったが、他の区の間で大きな差はみられなかった(図17(a)〜(c)参照)。土壌水は鹿沼土より赤玉土のほうが多く、粒径で比較すると、どちらの土でも大と中はほぼ同程度で小はそれらを上回っていた。ただし鹿沼土の小は処理後21日ごろから土壌水は低下した。水収支を見ると、処理後7〜21日では、円筒(E)からの蒸発速度と塩化ビニル管からの蒸発速度に差はあまりなく、土壌への吸着量はほぼ一定であった。処理後21日以降、鹿沼土の小で、円筒(E)からの蒸発速度が塩化ビニル管からの蒸発速度より徐々に増加していった(図18)。
発芽率は赤玉土より鹿沼土のほうが良く、粒径で比較すると、粒径が小さいほど発芽率は良い傾向がみられた(図19参照)。
以上から、土の粒径は小さいほうが、好ましくは粒径1.5〜6.2mmの土からなる土壌の水は高く維持され、発芽率も良くなることが分かった。また、塩化ビニル管に収容された水の蒸発は粒径の大きさにより影響を受けなかった。よって、小粒で土壌水が高く維持されたのは土壌への水の吸着が良かったためであるといえる。発芽率の良い鹿沼土(小)では発芽し始めたころから土壌水が低下したが、他の区では土壌水は一定だった。
以上から、土壌として比較的粒径の小さな粒子の土を使用することにより土壌への水吸着量を増加させることができるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の蒸留式灌漑装置の断面図である。
【図2】本発明の蒸留式灌漑装置の斜視図(a)、該斜視図(a)の一部の断面図(b)及び(c)である。
【図3】本発明の蒸留式灌漑装置の斜視図(a)及び、該斜視図(a)の分解斜視図(b)である。
【図4】本発明の蒸留式灌漑装置の斜視図である。
【図5】図4の斜視図の一部の断面図である。
【図6】本発明の蒸留式灌漑装置の正面図である。
【図7】試験例1の試験結果であり、炭と塩が1日の蒸発速度に及ぼす影響(a)及び水の蒸発速度を基準としたときの炭と塩の効果(b)を示す。
【図8】試験例2の試験方法の説明に関する図である。
【図9】試験例2の(2007年1回目の)試験結果であり、アルミ被覆が塩化ビニル管からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)及び土壌(D)の水増加量(c)に及ぼす影響を示す。
【図10】試験例2の(2007年2回目の)試験結果であり、アルミ被覆が塩化ビニル管からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)及び土壌(D)の水増加量(c)に及ぼす影響を示す。
【図11】試験例3の試験方法の説明に関する図である。
【図12】試験例3の試験結果であり、アルミ簡易被覆と寒冷紗による遮光が、塩化ビニル管からの積算蒸発量(a),円筒(E)からの積算蒸発量(b)及び土壌(D)の水増加量(c)に及ぼす影響を示す。
【図13】試験例3の試験結果であり、アルミ簡易被覆と寒冷紗による遮光がイネの発芽率(%)に及ぼす影響を示す。
【図14】試験例4の試験方法の説明に関する図である。
【図15】試験例4の試験結果であり、土壌を詰めた円筒のアルミ被覆の有無が塩化ビニル管(A)からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)と土壌(D)の水量(c)に及ぼす影響を示す。
【図16】試験例5の試験方法の説明に関する図である。
【図17】試験例5の試験結果であり、土壌および粒径の違いが塩化ビニル管(A)からの積算蒸発量(a)、円筒(E)からの積算蒸発量(b)と土壌(D)の水量(c)に及ぼす影響を示す。
【図18】試験例5の試験結果であり、各土壌に関する水収支の比較を示す。
【図19】試験例5の試験結果であり、土の粒径の違いがコムギの発芽率に及ぼす影響を示す。
【符号の説明】
【0045】
1・・・本灌漑装置
2・・・水収容部
3・・・植物保持部
4・・・植物
21・・水
22・・蒸発槽
23・・熱吸収体
24・・給水口
25・・排水口
26・・天板
27・・水収容部を構成する容器
31・・反射物
32・・土壌
33・・不織布
34・・植物保持部を構成する容器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも水を収容する水収容部と、
該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備え、
前記水収容部が、これに収容される水の水面と前記植物保持部の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽を有することを特徴とする蒸留式灌漑装置。
【請求項2】
前記収容された水中に、太陽放射熱を吸収する熱吸収体が配されていることを特徴とする請求項1に記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項3】
前記蒸発槽内の前記植物保持部の側壁及び/又は底部の少なくとも一部に、多孔質材料が配されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項4】
前記植物保持部の上面が反射物で被覆されていることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項5】
前記熱吸収体が炭であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項6】
前記水収容部の外側の少なくとも一部が黒色系統に着色されることにより、収容された水が熱吸収可能としたことを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項1】
少なくとも水を収容する水収容部と、
該水収容部上方に配されるとともに、植物を保持する植物保持部を備え、
前記水収容部が、これに収容される水の水面と前記植物保持部の下端部との間に空間を形成することにより蒸発槽を有することを特徴とする蒸留式灌漑装置。
【請求項2】
前記収容された水中に、太陽放射熱を吸収する熱吸収体が配されていることを特徴とする請求項1に記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項3】
前記蒸発槽内の前記植物保持部の側壁及び/又は底部の少なくとも一部に、多孔質材料が配されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項4】
前記植物保持部の上面が反射物で被覆されていることを特徴とする請求項1乃至3いずれかに記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項5】
前記熱吸収体が炭であることを特徴とする請求項1乃至4いずれかに記載の蒸留式灌漑装置。
【請求項6】
前記水収容部の外側の少なくとも一部が黒色系統に着色されることにより、収容された水が熱吸収可能としたことを特徴とする請求項1乃至5いずれかに記載の蒸留式灌漑装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2009−171906(P2009−171906A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−15666(P2008−15666)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.サランラップ
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.サランラップ
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
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