説明

薄膜太陽電池

【課題】高い光電変換効率を有する薄膜太陽電池を提供する。
【解決手段】基板(1)と、基板(1)上に形成された裏面電極層(2)と、裏面電極層(2)上に形成されたp型光吸収層(3)と、p型光吸収層(3)上に形成されたn型透明導電膜(5)とを備える薄膜太陽電池において、裏面電極層(2)とp型光吸収層(3)との界面に空隙(6)を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜太陽電池に関し、特に、高い光電変換効率を達成することが可能な薄膜太陽電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、p型光吸収層としてCu、In、Ga、Se、Sを含むカルコパイライト構造のI−III−VI2族化合物半導体を用いたCIS系薄膜太陽電池が注目されている。このタイプの太陽電池は、製造コストが比較的安価で、しかも可視から近赤外の波長範囲に大きな吸収係数を有するので高い光電変換効率が期待され、次世代型太陽電池の有力候補とみなされている。代表的な材料として、Cu(In、Ga)Se2、Cu(In、Ga)(Se、S)2、CuInS2などがある。
【0003】
CIS系薄膜太陽電池は、基板上に金属の裏面電極層を形成し、その上にI−III−VI2族化合物であるp型光吸収層を形成し、さらにn型高抵抗バッファ層、n型透明導電膜で形成される窓層を順に形成して構成される。
【0004】
p型光吸収層は、裏面電極上にスパッタ法等によって金属プリカーサー膜を形成し、これをセレン化/硫化法にて熱処理して形成される。金属プリカーサー膜としてCuGa/Inの積層膜を使用する場合、p型光吸収層はCu(InGa)(SeS)2層となる。このセレン化工程において、CuGa/In積層膜にSeが反応していく過程(Cu+Se→Cu2Se、In+Se→In2Se3、Ga+Se→Ga2Se3)で体積膨張が生じ、内部に歪が発生して層内に数μmの空隙(ボイド)が発生することが知られている(例えば、特許文献1の段落(0005)、(0006))。
【0005】
このような空隙は、太陽電池特性に悪影響を及ぼし、光電変換効率を低下させる要因になっていると考えられている。従って、従来ではこのような空隙の発生をできるだけ防止する製造方法が採用されている。
【0006】
一方、Siウエハを材料とする結晶Si太陽電池では、その光電変換効率を更に向上させるために、電極をポイントコンタクト構造とすることが提案され実用化されている。半導体層と電極とのコンタクト界面は、ダングリングボンドおよびその他の結晶欠陥密度が高く、キャリアの再結合速度が最も高くなる部分である。そこで、従来技術では、半導体層と電極とをポイントでコンタクトさせて表面再結合の割合を減らし、光電変換効率を向上させている。半導体層と電極との間の大部分に、パッシベート膜として機能する表面再結合速度の小さい良質な酸化膜を形成することでポイントコンタクト構造を実現し、キャリアの再結合割合を低減している(例えば、特許文献2参照)。これによって、太陽電池特性の一つである開放電圧が向上することが知られている。
【0007】
しかしながら、CIS系薄膜太陽電池では、上記のポイントコンタクト構造は実現されていない。上記の結晶Si太陽電池に対する技術をCIS系薄膜太陽電池に応用する場合、半導体層と電極との間に絶縁膜を形成する必要があるが、当該絶縁膜を形成する技術は実現されていない。今後の技術革新により実現する可能性はあるが、この場合、製造工程が複雑化し、製造コストが増加すると考えられる。
【0008】
更に、従来のSi系太陽電池、特に薄膜Si太陽電池では、Siの光吸収係数が低いことから、BSR(Back Surface Reflection)構造を採用するのが一般的である。この構造では、太陽電池表面に入射し半導体層を通過した光がその裏面で再び半導体層中へ反射されるので、入射光を効率的に吸収させることができる。裏面内部反射率は、半導体と裏面電極双方の屈折率(N)及び裏面への光の入射角度で決まる。
【0009】
ところが、CIS系薄膜太陽電池では、裏面電極の材料として耐セレン腐食性に優れたMo、Ti、Cr等が使用されるが、これらの金属は、p型光吸収層形成時にSeやSと反応し、例えばMoを用いた場合では、裏面電極層の表面に、CIS層と同程度の屈折率を有するMoSe2やMo(SSe)2等の反応層が形成される。そのため、両者の間で反射率は低く、効果的なBSR構造は実現されない。
【0010】
以上のように、従来のCIS系薄膜太陽電池では、その光電変換効率を向上させるために種々の工夫が為されているが、Siを材料とする太陽電池では一般に採用され、光電変換効率を向上させる上で効果があるとされている、ポイントコンタクト構造およびBSR構造は実現されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2000−87234
【特許文献2】特開平9−283779
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、従来のCIS系薄膜太陽電池における上記の問題点を解決するためになされたものであり、具体的には、CIS系薄膜太陽電池においてポイントコンタクト構造とBSR構造を実現して、高い光電変換効率を有するCIS系薄膜太陽電池を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一実施形態では、前記課題を解決するために、基板と、前記基板上に形成された裏面電極層と、前記裏面電極層上に形成されたp型光吸収層と、前記p型光吸収層上に形成されたn型透明導電膜と、を備え、前記裏面電極層と前記p型光吸収層界面に空隙が形成されている、薄膜太陽電池を提供する。
【0014】
上記のp型光吸収層は、I−III−VI2族化合物からなる半導体層であっても良い。また、上記薄膜太陽電池において、前記空隙の形成度合いは、前記界面における前記裏面電極層と前記p型光吸収層との接触割合が80%以下となる様なものであっても良い。この場合、前記空隙の形成度合いを、前記界面における前記裏面電極層と前記p型光吸収層との接触割合が70%以下となる様なものとしても良い。
【0015】
上記薄膜太陽電池において、前記空隙と接触するp型光吸収層の表面を硫黄によってパッシベートしてもよい。
【0016】
上記薄膜太陽電池において、前記空隙中には窒素を主成分とする気体が含まれるようにしても良い。
【0017】
上記薄膜太陽電池において、前記裏面電極層の受光面側の表面には、前記p型光吸収層を構成するVI族元素と前記裏面電極層を構成する元素との化合物からなる中間層が形成されていても良い。この場合、前記空隙は前記中間層と前記p型光吸収層との間に形成されていても良い。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、裏面電極層とp型光吸収層との界面に空隙が形成され、この空隙によって裏面電極層とp型光吸収層との接触面積が低減する。その結果、裏面電極層とp型光吸収層との間に絶縁膜等を設けることなく、容易にポイントコンタクト構造を実現することができる。また、空隙内の気体の屈折率とp型光吸収層の屈折率との差が大きいため、両者の界面での内部反射率が高くなり、この部分がBSR(Back Surface Reflector)構造として機能することになる。これらの結果によって、高い光電変換効率を有する薄膜太陽電池を得ることができる。なお、p型光吸収層をI−III−VI2族化合物で形成するに当たって硫化を実施すると、空隙に対向するp型光吸収層表面が硫黄でパッシベートされ、その部分でのキャリアの再結合速度が低減する。これによって、更に光電変換効率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係るCIS系薄膜太陽電池の概略構成を示す断面図である。
【図2】p型光吸収層の形成過程を説明するための図である。
【図3】本発明の一実施形態に係るCIS系薄膜太陽電池の任意断面のSEM写真である。
【図4】(a)は、図3に示す断面におけるHAADF−STEM像であり、(b)は(a)のSマッピングを示す。
【図5】(a)〜(c)は本発明の種々の実施形態に係るCIS系薄膜太陽電池の任意断面におけるSEM写真、(d)は従来のCIS系薄膜太陽電池の任意断面におけるSEM写真である。
【図6】図5に示すそれぞれのCIS系薄膜太陽電池の、裏面電極における接触割合と開放電圧の関係を示すグラフである。
【図7】本発明の他の実施形態にかかるCIS系薄膜太陽電池の概略構造を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の種々の実施形態を図面を参照して説明する。なお、以下の図面において概略図と記載されたものは、理解を容易にするために各層の関係を実際のものとは異なった大きさで表している。また、各図面において、同一の符号は同一又は類似の構成要素を示す。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係るCIS系薄膜太陽電池の概略構造を示す断面図である。図において、1は基板であり、ガラス、プラスティック、金属板等で構成される。2はMo、Ti、Cr等を材料とする裏面電極層、3はCIS系半導体で構成されるp型光吸収層、4はZn(O、S、OH)、CdS、In23等を材料とする高抵抗バッファ層、5はZnO、ITO等を材料とするn型透明導電膜で形成される窓層を示す。6は、裏面電極層2とp型光吸収層3との界面に形成された複数の空隙(ボイド)であり、後述するように金属プリカーサー膜のセレン化の工程で形成されるため、窒素(窒素ガス)を主成分とする気体で充填されている。なお、n型透明導電膜5上には、反射防止膜等が形成されていても良い。
【0022】
図2は、p型光吸収層3の形成工程を説明するための概略図である。基板1上にMo等の裏面電極層2を形成した後、先ず、CuGa層3aをスパッタにより堆積し、その後、In層3bをスパッタによって同様に堆積して、金属プリカーサー膜30を形成する。CuGa層3aは、スパッタ源にCuGaを用いて形成しても良い。更に、金属プリカーサー膜30は、Gaを使用せずCuとInとで形成しても良く、或いは、Cu−Ga−Inをスパッタ源として形成しても良い。
【0023】
以上のようにして形成された金属プリカーサー膜30に対して、次に、セレン化/硫化を行う。先ず、金属プリカーサー膜30が形成された基板を反応炉内に収容してN2ガス等で希釈されたH2Seガスを導入し、その後、基板を400℃程度まで昇温することによりCuGa、InとSeとの反応を促す。金属プリカーサー膜30の硫化を行う場合は、セレン化の後、H2Seガスを希釈H2Sガスに変えてセレン化物の硫化を促す。この結果、Cu(In、Ga)Se2、Cu(In、Ga)(Se、S)2等のp型光吸収層3(図1)が裏面電極層2上に形成される。
【0024】
背景技術の項で述べたように、上記セレン化工程において、金属プリカーサー膜30がセレン化する過程で体積膨張するため、この体積膨張によって生じた歪によりp型光吸収層3中に空隙が形成されることがある。従来ではこのような空隙はp型光吸収層3の光電変換特性を劣化するものとして、なるべく生成されないようにしていた。ところが、本発明者等は種々の実験の過程で、このような空隙を裏面電極層2とp型光吸収層3との界面に集中して発生させることにより、形成されたCIS系薄膜太陽電池において開放電圧(Voc)が高くなることを見出した。
【0025】
図3は、開放電圧の上昇が見られた上記のCIS系薄膜太陽電池について、その断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮像した写真である。図示するように、このCIS系薄膜太陽電池では、Moの裏面電極層2とp型光吸収層3との界面に集中して空隙6が形成されており、その結果、裏面電極層2とp型光吸収層3の接触面積が空隙6が形成されない場合(全面接触)よりもかなり低減されていることが分かる。空隙6内は窒素を主成分とするガスで充満されている。また、p型光吸収層(CIS層)3のセレン化および硫化の過程で裏面電極層2の表面がセレン化および硫化され、電極の一部として機能するMo(SSe)2の中間層2aが形成されている。空隙6はこの中間層2a上に形成されていることが分かる。なお、本実施形態においては、p型光吸収層の製膜工程としてセレン化および硫化を行ったが、セレン化のみでp型光吸収層を製膜した場合は、中間層2aはMoSe2となり、硫化のみでp型光吸収層を製膜した場合は、中間層2aはMoS2となる。また、図1に示すn型高抵抗バッファ層4は図3のSEM写真では明瞭に現れていない。これは、n型高抵抗バッファ層4が数十nm程度の極薄い層であるためである。
【0026】
空隙6が窒素ガスを主成分とする気体によって充填されていることから、空隙6を介して電流が裏面電極層2に流れることは無い。従って、図3の構造では、p型光吸収層3で生成されたキャリアは、p型光吸収層3の裏面の空隙が形成されていない部分を介して裏面電極層2に流れるものと考えられる。このように、空隙6はp型光吸収層3と裏面電極層2の接触面積を低減させる働きをしていることが分かる。両者の接触面積が減少すれば、それに伴ってキャリアの表面再結合速度も低下するものと考えられる。即ち、この構造は、裏面電極側でポイントコンタクトを実現していると考えられる。
【0027】
図4は、図3の裏面電極層2とp型光吸収層3とが接する部分を高角度散乱暗視野走査過電子顕微鏡(HAADF−STEM:High−Angle Annular Dark−Field Scanning Transmission Electron Microscopy)を使用して撮像した結果(図4(a))と、電子エネルギー損失分光法(EELS:Electron Energy Loss Spectroscopy)を使用したS(硫黄)マッピング(図4(b))を示す。これらの図から、p型光吸収層が空隙と接する部分にはS(硫黄)が高濃度で存在していること、即ち、境界部分がSでパッシベートされていることが分かる。これにより、キャリアの表面再結合速度が更に低下するものと考えられる。なお、Moの裏面電極層とp型光吸収層との間には、上述したようにMoのセレン化および硫化による中間層2a(Mo(SSe)2)が形成されている。
【0028】
空隙6内は真空ではなく、金属プリカーサー膜のセレン化時の炉内の気体(主に、窒素ガス)によって充填されている。この気体の屈折率はほぼ1であり、一方、p型光吸収層2を構成するCISの屈折率は2.5〜3.5である。このように、空隙とCISとの屈折率の差が大きいので、その境界での光の反射率はかなり大きいものとなる。また、空隙6の表面は傾斜した部分が大きいため、入射光は空隙表面に対して斜めに入射し、更に反射率が上昇する。この結果、空隙6は裏面反射体(BSR)として作用し、p型光吸収層3で吸収しきれなかった入射光を高い反射率でp型光吸収層3内部に再入射させ、CIS系薄膜太陽電池の光電変換効率を向上させる。ちなみに中間層2aを構成するMo(SSe)2はCISに近い屈折率を有しているため、その間の反射率は小さくBSR効果を得ることはできない。
【0029】
以上のように、p型光吸収層3と裏面電極層2との界面に存在する空隙は、CIS系薄膜太陽電池においてポイントコンタクトおよびBSR構造を実現する働きをしており、その結果として、製造されたセルで開放電圧の上昇が見られたものと考えられる。
【0030】
本発明者等は、以上の考察の結果、p型光吸収層と裏面電極層との界面に意図的に空隙を設けることによって、大きな開放電圧を有するCIS系薄膜太陽電池を得ることができるものと考え、種々の割合で空隙を有する複数のCIS系薄膜太陽電池を製造し、その素子の開放電圧を測定した。
【0031】
図5は、p型光吸収層の製造方法を変えて製作した4個のCIS系薄膜太陽電池(実施例1〜3及び比較例)の断面のSEM画像を示し、図6において、図5のそれぞれの太陽電池について空隙の割合と開放電圧の関係をグラフ化した。なお、空隙6は裏面電極層2とp型光吸収層3との界面において2次元で広がっているが、その面積を実際に測定することは困難なので、太陽電池の任意断面における裏面電極層の長さ方向において、裏面電極層とp型光吸収層とが接している部分の、全体の長さに対する割合を‘接触割合’(図6では%で表示)とすることにより、空隙の割合を表現している。即ち、CIS系薄膜太陽電池の任意断面において、
接触割合=(裏面電極層がp型光吸収層と接している長さ)/(裏面電極層の長さ)
とする。従って、接触割合が大きいほど、空隙は少ない。
【0032】
図5のサンプル1は接触割合が37%で、開放電圧は0.685Vであった。サンプル2は接触割合が70%で開放電圧は0.691V、サンプル3は接触割合が80%で開放電圧は0.664Vであった。一方、サンプル4は接触割合が93%で開放電圧が0.614Vであった。図6は、各サンプルについて、接触割合と開放電圧の関係をプロットしている。この図から明らかなように、接触割合が93%から80%に低下すると、サンプルの開放電圧が大きく向上する。更に、接触割合が70%に低下すると、測定されたサンプル中で開放電圧は最も高い値を取る。一方、接触割合が更に低下して37%となっても、開放電圧は接触割合が70%の場合とそれ程違わないか、少し低下している。
【0033】
以上の結果から、空隙を20%以上(接触割合が80%以下)有するサンプル1〜3は、空隙を殆ど有さないサンプル4に比べて、高い開放電圧を有していること、したがって高い光電変換効率を有することが理解される。これは、空隙の存在によって、上記ポイントコンタクト構造、BSR構造による効果が促進され、光電変換効率の改善に結び付くものと考えられる。なお、接触割合の下限値についての測定値は存在しないが、結晶Siについて裏面コンタクトの占有面積は小さいほど良いとされており、従って本発明のCIS系薄膜太陽電池でも接触割合をかなり低くしても(10%以下)、空隙を殆ど有さないCIS系薄膜太陽電池に比べて高い開放電圧を期待できるものと考えられる。
【0034】
表1は、図5および6に示すサンプル1〜4について、その製造工程の一部を示すものである。
【表1】

【0035】
以下に、上記の表1を参照しながら、裏面電極層とp型光吸収層界面に空隙を、例えば20%(接触割合80%)以上、形成する方法について述べる。
【0036】
図2に示す様にCuGa/Inの金属プリカーサー膜をセレン化/硫化法において熱処理すると、Cu(InGa)(SeS)2光吸収層が得られる。従来の製膜条件ではCuGa層は下地のMoの表面形状に影響されて柱状に成長しやすく、そのため、結晶粒界が少ない。また、セレン化の昇温速度も比較的緩やかであるため、In膜上方(受光面側)からの反応が支配的である。受光面側からの反応が支配的であると、反応に応じて開放空間である上方に体積膨張分を逃がしていくため、比較的歪がたまりにくく空隙の発生は少ない。表1のサンプル4は、このような従来の製膜条件で作成されたものであり、従って、裏面電極層とp型光吸収層界面に空隙は殆ど発生しない。
【0037】
一方、CuGa膜を製膜する際、スパッタの製膜パワーを抑えることで、CuGa膜を柱状に成長させず、言い換えれば、結晶粒径が小さいCuGa膜を製膜することができる。結晶粒径が小さいCuGa膜では結晶粒界も多くなり、この結晶粒界を通ってSeが裏面電極側に侵入しやすくなる。その結果、セレン化の初期の段階で、セレン化ガスの下方への供給量が増え、裏面電極側のCuGa膜でもSeとの反応(体積膨張)が進む。裏面電極側で体積膨張が進むとそれに伴う歪みの逃げ道がなくなり、裏面電極層とp型光吸収層との界面に空隙が形成されようになる。従って、裏面電極層とp型光吸収層との界面に意図的に空隙を生成するためには、CuGa膜を柱状形状に成長させず結晶粒径をなるべく小さくする(例えば、50nm〜100nm程度)ことが、効果がある。
【0038】
表1のサンプル1〜3では、CuGa膜を2層で形成し、2層目のCuGa膜をスパッタのパワーを1層目よりも小さくして製膜している。その結果、2層目のCuGa膜の結晶粒径はかなり小さくなっている(例えば、50nm〜100nm程度)。これによって、セレン化の初期の段階からSeが受光面側のCuGa膜を通って裏面電極側のCuGa膜に侵入しやすくなり、裏面電極側で体積膨張による歪が溜め込まれ、空隙を発生させる。
【0039】
なお、表1に示すサンプル1〜3ではCuGa層を2層で形成しているが、これはサンプル1〜4について1層目と2層目を合わせたCuGa膜の膜厚を一定にし、CIS光吸収層の膜厚を1.3〜1.5μmとするためである。従って、CuGa層を更に多層に構成しても、あるいは単層で構成しても、結晶粒径を適切に選択すれば(例えば、50nm〜100nm程度)、本発明のCIS系薄膜太陽電池を形成することができる。
【0040】
また、表1に示す各サンプルでは、CuGa膜を2層とし、その上にIn膜を堆積することでプリカーサー膜を製膜したが、本発明はそれに限るものではなく、Cu/Ga/Inの混晶のプリカーサー膜(Cu/In、Cu/Ga、Cu−Ga合金/In、Cu−Ga−In合金等)であっても良い。この場合、プリカーサー膜の裏面電極側とSe(又はS)との反応性を上げることで、上記の実験結果のように空隙を形成することも可能である。
【0041】
また、空隙を設ける他の方法として、金属プリカーサー膜のセレン化において、プリカーサー膜が製膜された基板を昇温する際、この昇温速度を上げることも可能である。基板の昇温速度を上げることは、裏面電極側のCuGa膜とSeとの反応性を上げることに繋がり、その結果、光吸収層の裏面電極側に上述した体積膨張に伴う歪みが生じ、裏面電極と光吸収層との間に空隙を形成することができる。
【0042】
なお、基板の昇温速度を上げるのは特殊な装置を用いない限り限界があるが、基板温度を低いままにしておいてSeの反応性を上げることも可能である。例えば、セレン化ガスを高温部に接触させることによってセレン化ガスの温度を上げ、その反応性を上げる。
【0043】
以上を要約すると、裏面電極とp型光吸収層との界面に集中して空隙を設ける場合、1)スパッタの製膜パワーをコントロールして金属プリカーサー膜の結晶粒径を小さくすること、および/または、2)裏面電極側の金属プリカーサー膜とSeとの反応性をあげること、によって空隙の生成度合いをコントロールすることができる。
【0044】
以上において、本発明のCIS系薄膜太陽電池においてどのようにしてポイントコンタクト及びBSR構造を実現するかを、空隙の生成過程を中心に説明した。CIS系薄膜太陽電池を製造するに当たってのその他の工程、即ち、基板上への裏面電極層2の形成工程、バッファ層4の形成工程、透明導電膜5の形成工程等に関しては、従来の製造方法と同じであっても良く、或いは別の方法を採用しても良いことは勿論である。
【0045】
以下に、上記の空隙の生成方法を、本出願人が特願2009−148768号として既に提案している製造方法に適用して、本発明の一実施形態にかかるCIS系薄膜太陽電池を製造する方法について説明する。
【0046】
図7は、本発明の他の実施形態に係るCIS系薄膜太陽電池の構造を示す概略断面図であり、基板11及びアルカリ制御層12以外は図1に示すCIS系薄膜太陽電池と基本的に同じ構造を有する。図7において、11は高歪点ガラス基板であり、Na2Oを3〜5重量%含んでいる。12はシリカ(SiOx)を材料とするアルカリ制御層であり、膜厚が3〜5nm、屈折率が1.47〜1.49の範囲内とされている。この屈折率は、波長633nmの光で測定した値である。アルカリ制御層12は、基板11からのNaのp型光吸収層への拡散を制御するものである。図7において、更に、2はMoを材料とする裏面電極層、3はCIS系半導体で構成されるp型光吸収層、4はn型高抵抗バッファ層、5はn型透明導電膜で形成される窓層を示す。なお、これらは図1に示すCIS系薄膜太陽電池と同様の構成を有するものであって良い。このCIS系薄膜太陽電池では、図1に示す太陽電池と同様に、裏面電極層2とp型光吸収層3との界面に集中して複数の空隙6が形成されている。
【0047】
次に、アルカリ制御層12の構造および成膜方法について述べる。本実施形態では、アルカリ制御層12を、膜厚が3〜5nm、屈折率が1.47〜1.49(波長633nmの光に対する屈折率)のシリカによって形成した。しかしながら、本発明は特にこの値に限定されること無く、膜厚が1〜10nm、屈折率が1.45〜1.49の範囲のシリカ膜であれば良い。
【0048】
このようなアルカリ制御層12は、例えば、1)RFスパッタ法、2)反応性スパッタ法、3)DCスパッタ法によって成膜可能である。この場合、投入電力、O2比率、成膜圧力、をパラメータとして変化させることで、種々の膜厚および屈折率を有するシリカ膜を成膜することができる。なお、これ以外のパラメータとして、ガス流量や基板搬送速度等もある。
【0049】
各パラメータの一例は以下の通りである。
【0050】
投入電力:0.1〜3W/cm2
2比率(O2/O2+Ar):0〜20%
成膜圧力:0.3〜1.5Pa
【0051】
なお、アルカリ制御層12の成膜方法としては、上記のスパッタ法以外に、プラズマCVD法、電子ビーム蒸着法などがあり、これらの方法を用いても本発明を実施することは可能である。
【0052】
裏面電極2は通常、Moを材料としてDCスパッタ法により形成される。表2に、裏面電極2の膜厚、成膜方法を示す。
【0053】
【表2】

【0054】
本実施形態では、p型光吸収層3へのNaの添加は、ガラス基板11中に含まれるNaがp型光吸収層3を成膜する過程でこの層の中へ熱拡散して行くことによって実現される。
【0055】
次に、p型光吸収層3の詳細を示す。
【0056】
p型光吸収層3は、裏面電極層2上に、Cu、In、Gaを含む積層構造又は混晶の金属プリカーサー膜を、スパッタ法や蒸着法などにより成膜した後、これをセレン化および硫化することによって形成する。一実施形態では、InおよびGaのIII族元素の原子数に対するCuの原子数の比率(Cu/III族比)を0.85〜0.95とし、III族元素の原子数に占めるGaの原子数の比率(Ga/III族比)を0.15〜0.4とし、セレン化を350℃〜500℃、硫化を550℃〜650℃の条件で実行することにより、p型の導電性を有する膜厚1.3〜1.5μmの光吸収層を成膜した。
【0057】
一実施形態では、p型光吸収層3として2セレン・イオウ化銅インジウム・ガリウム(Cu(InGa)(SeS)2)を成膜したが、本発明はこの層に限定されること無く、I−III−VI2族カルコパイライト半導体であれば良い。
【0058】
例えば、
2セレン化銅インジウム (CuInSe2
2イオウ化銅インジウム (CuInS2
2セレン・イオウ化銅インジウム (CuIn(SeS)2
2セレン化銅ガリウム (CuGaSe2
2イオウ化銅ガリウム (CuGaS2
2セレン化銅インジウム・ガリウム (Cu(InGa)Se2
2イオウ化銅インジウム・ガリウム (Cu(InGa)S2
等であってよい。
【0059】
他の実施形態では、p型光吸収層3にNaを添加する方法として、ガラス基板11からのNaの熱拡散だけではなく、裏面電極層2上に、Cu、In、Gaを含む積層構造又は混晶の金属プリカーサー膜をスパッタ法や蒸着法などにより成膜する時点で、スパッタターゲットあるいは蒸着源にプリカーサー膜材料(例えば、CuGa)と共にNaを含ませる。これにより、Naを含んだ金属プリカーサー膜が形成される。このNaは、後のセレン化および硫化過程でp型光吸収層全体に熱拡散し、その結果、Naを均一に含んだp型光吸収層が形成される。
【0060】
この金属プリカーサー膜を形成する時点で、上記表1に示した製膜条件中、サンプル1〜3に適用された条件を使用することにより、後段のセレン化/硫化工程を実施する時点で、裏面電極層2とp型光吸収層3との界面に空隙6を発生させる。空隙6の発生は、サンプル1〜3に適用された製膜条件により、金属プリカーサーの結晶粒径が小さく(例えば、50〜100nm程度)なることによる。結晶粒径が小さいと、後のセレン化/硫化工程で、裏面電極層2とp型光吸収層3との界面に空隙6が形成されることは、図1の構造に関して詳細に説明したとおりである。空隙の生成度合いは、結晶粒径の大きさを制御することによって選択可能である。或いは、セレン化/硫化工程で反応ガスの温度を高くする(例えば、600〜800℃)ことによって、空隙6を形成することもできる。
【0061】
次に、バッファ層4の詳細を示す。
【0062】
図7の実施形態では、バッファ層4として、n型の導電型を有し透明で高抵抗な、膜厚2〜50nmのZn(O、S、OH)xを成膜した。このバッファ層4は、溶液成長法、MOCVD法によって成膜することが可能である。なお、ここではバッファ層4としてZn(O、S、OH)xからなる半導体膜を成膜したが、この実施形態に限定されることはない。例えば、CdS、ZnS、ZnO等のII−VI族化合物半導体薄膜、これらの混晶であるZn(O、S)x等、例えば、In23、In23、In23、In(OH)x等のIn系化合物半導体薄膜であっても良い。
【0063】
次に、窓層(透明導電膜)5の詳細を示す。
【0064】
図7の実施形態では、n型の導電型を有し、禁制帯幅が広く透明で抵抗値が低く、厚さ0.5〜2.5μmのZnO:Bからなる半導体膜を成膜した。この窓層5は、スパッタ法、MOCVD法によって成膜可能である。また、本実施形態で用いたZnO:B以外にも、ZnO:Al、ZnO:Gaを使用可能であり、更に、ITOからなる半導体膜であっても良い。
【0065】
上述した実施形態では、Naをp型光吸収層3に添加するために、ガラス基板11中のNaの熱拡散や、プリカーサー膜中にNaを添加する方法を示したが、本発明はこれに限らず、Moの裏面電極層を形成するスパッタ材料中にNaを含有させてもよい。さらに、他の実施形態では、1)アルカリ制御層12の形成後であって裏面電極層2を形成する前の時点で、2)裏面電極層2の形成後であって金属プリカーサー膜の形成前の時点で、3)金属プリカーサー膜の形成後に、4)p型光吸収層3を形成しアニール処理を行った後の時点で、Na元素を含むミストを基板に塗布することによって、p型光吸収層3中に所定量のNaを添加する方法を取ることができる。この場合、Naは、ミスト塗布後の例えばセレン化および硫化処理に伴う熱処理により、p型光吸収層3中で熱拡散により均一に分散する。
【0066】
以上、本発明に係るCIS系薄膜太陽電池の種々の実施形態について、具体的な実施形態を実験に基づき説明してきた。しかしながら、本発明に係るCIS系薄膜太陽電池は、上述の実施形態、及び実験に限定されるものではない。例えば、ガラス基板としては、表2に示す物性を有する高歪点ガラスに限定されるものではない。一般のガラス基板は、Na2Oを1〜7重量%の範囲で含んでおり、このような高歪点ガラスを用いても本発明に係る太陽電池を製造することは可能である。また、この条件を外れる高歪点ガラス、又は青板ガラスなどの他のガラス素材であっても本発明に係る薄膜太陽電池を形成することは可能である。さらに、アルミナなどの絶縁性基板、金属やカーボンなどの導電性材料で構成されている導電性基板、又はシリコンで構成される半導体基板を用いても、本発明に係る薄膜太陽電池を形成することは可能である。
【0067】
更に、裏面電極層材料としては、Moのみならず、Ti、Cr等の耐セレン腐食性を有する材料を使用することができる。また、p型光吸収層へのNa添加量の制御は、本明細書に記載した方法だけではなく、例えば、上記特許文献1及び2に記載した方法を採用することもできる。
【0068】
本実施形態では、p型光吸収層3の製膜方法について、セレン化および硫化法を用いて製膜したが、本発明はこれに限らず、セレン化のみ、または硫化のみであっても良い。更に、p型光吸収層3を同時蒸着法によって製膜したとしても、p型光吸収層3と裏面電極層2との間に空隙6を設けたポイントコンタクト構造を形成することによって、開放電圧の向上という効果を奏する。
【0069】
また更に、本実施形態では、p型光吸収層3としてI−III−VI2族化合物からなる半導体層を使用しているが、本発明はこのような薄膜太陽電池に限定されるものではない。例えば、CdTe等のII−VI族化合物半導体による薄膜太陽電池等において、光吸収層と裏面電極層間に上記実施形態と同様な空隙を形成することにより、裏面電極層側でポイントコンタクトを実現し開放電圧の向上を図ることができる。
【符号の説明】
【0070】
1 基板
2 裏面電極層
2a 中間層
3 p型光吸収層
4 n型高抵抗バッファ層
5 n型透明導電膜
6 空隙(ボイド)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に形成された裏面電極層と、
前記裏面電極層上に形成されたp型光吸収層と、
前記p型光吸収層上に形成されたn型透明導電膜と、を備え、
前記裏面電極層と前記p型光吸収層界面に空隙が形成されている、薄膜太陽電池。
【請求項2】
請求項1に記載の薄膜太陽電池において、前記p型光吸収層は、I−III−VI2族化合物からなる半導体層である、薄膜太陽電池。
【請求項3】
請求項2に記載の薄膜太陽電池において、前記空隙の形成度合いは、前記界面における前記裏面電極層と前記p型光吸収層との接触割合が80%以下となるものである、薄膜太陽電池。
【請求項4】
請求項3に記載の薄膜太陽電池において、前記空隙の形成度合いは、前記界面における前記裏面電極層と前記p型光吸収層との接触割合が70%以下となるものである、薄膜太陽電池。
【請求項5】
請求項2乃至4の何れか1項に記載の薄膜太陽電池において、前記空隙と接触するp型光吸収層の表面は硫黄によってパッシベートされている、薄膜太陽電池。
【請求項6】
請求項2乃至5の何れか1項に記載の薄膜太陽電池において、前記空隙中には窒素を主成分とする気体が含まれている、薄膜太陽電池。
【請求項7】
請求項6に記載の薄膜太陽電池において、前記裏面電極層の受光面側の表面には、前記p型光吸収層を構成するVI族元素と前記裏面電極層を構成する元素との化合物からなる中間層が形成されている、薄膜太陽電池。
【請求項8】
請求項7に記載の薄膜太陽電池において、前記空隙は前記中間層と前記p型光吸収層との間に形成されている、薄膜太陽電池。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−258858(P2011−258858A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133738(P2010−133738)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【出願人】(000186913)昭和シェル石油株式会社 (322)
【Fターム(参考)】