説明

薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法

【課題】トラックの幅方向に面するエッジの形状をより精度よく評価する。
【解決手段】薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法は、薄膜磁気ヘッドの書き込み素子に孤立再生波を入力信号として与え、記録媒体の所定のトラックに、孤立再生波に対応した磁化情報を記録する記録ステップS1と、記録媒体の所定のトラックを含む範囲を、トラックの幅を横切る方向に走査しながら、磁化情報の信号出力を、走査位置毎に、所定の高調波成分の1次成分に対する比として算出する高調波成分比算出ステップS2とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法に関し、特に、磁化転移のシャープさを測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスク装置の面記録密度は、年々向上が図られている。しかし、書き込み素子の性能向上が困難となりつつあることから、面記録密度の向上も徐々に難しくなっている。その原因のひとつは、書き込み素子の特性評価手法にある。
【0003】
図8は、ハードディスク装置の記録媒体における、磁化情報が記録される範囲を示す模式図である。磁化情報は同心円状の複数のトラックにビット毎に記録される。各ビットの磁化範囲は、記録信号が矩形波であることに対応して、同図(a)の磁化範囲101のような矩形形状であることが理想的である。このとき、磁化範囲101のトラック幅方向のエッジE1a,E1bは直線状の形状となる。しかし、現実には書き込み素子の特性のため、磁化範囲は直線状にならず、同図(b)の磁化範囲102のように、周辺が歪んだエッジE2a,E2bとなる。エッジE2a,E2bのような形状で磁化されると、同図(c)に示すように、記録磁化がトラック幅方向にステップ状に変化せず(図中B参照)、ノイズが発生する原因となる。これに対して、理想的なエッジE1a,E1bが形成されると、信号波形もシャープなものとなる(図中A参照)。特に、近年のようにトラックの媒体半径方向の配列ピッチ(TPI)が増加し、トラック幅が縮小していくと、トラック幅方向のエッジの歪の影響が相対的に拡大し、ノイズが一層増加する。このような理由から、書き込み素子によって記録される、各ビットの磁化範囲の形状、トラック幅などをより正確に評価する必要性が高まっている。
【0004】
このような技術として従来用いられてきたものに、MFM(磁気力顕微鏡)を用いる方法がある(特許文献1参照)。この技術によれば、まず、記録ヘッドを用いて信号を記録媒体に記録する。次に、記録された信号のパターンをMFMを用いて再生する。次に、再生されたパターンについてトラック幅を測定する。MFMを用いることによって、磁気記録を視覚化することができる。
【0005】
トラック幅は、いわゆるDPテストを用いて測定することもできる(特許文献2参照)。この技術によれば、MRヘッドを記録媒体の半径方向に走査しながら、所定の測定ピッチで、記録媒体に書き込まれたテストデータを読み取り、出力電圧を半径方向の関数としてプロットする。これによってオフトラックプロファイル曲線が生成され、実効トラック幅(出力電圧が最大出力電圧の半値以上となる半径方向の範囲)が算出される。
【特許文献1】特開平11−16164号公報
【特許文献2】特開平10−97711号公報
【特許文献3】特開平6−223339号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、MFMを用いる方法はMFMの解像度の制約によって、すでに現実的とはいえなくなっており、今後TPIが増加していくと、一層適用が困難となる。また、DPテストは実効トラック幅の算出には有効であるが、エッジの形状を推定するには有効とはいえない。このように、エッジの形状を測定するニーズがあるにもかかわらず、有効な手法が開発されていないのが現状である。
【0007】
本発明は、以上の状況に鑑みて、薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法を提供することを目的とする。本発明は、特に、記録媒体の磁化範囲の、トラックの幅方向に面するエッジの形状をより精度よく評価することのできる手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法は、薄膜磁気ヘッドの書き込み素子に孤立再生波を入力信号として与え、記録媒体の所定のトラックに、孤立再生波に対応した磁化情報を記録する記録ステップと、記録媒体の所定のトラックを含む範囲を、トラックの幅を横切る方向に走査しながら、磁化情報の信号出力を、走査位置毎に、所定の高調波成分の1次成分に対する比として算出する高調波成分比算出ステップとを有している。
【0009】
書き込み素子には孤立再生波を入力信号として与えているので、孤立再生波による磁気情報が記録された所定のトラックから読み出した信号出力は、本来、トラック幅方向の位置にかかわらず、常に矩形形状となっているはずである。しかし、書き込み素子の記録特性によって、トラック幅方向のエッジ付近では、一般的に矩形形状がより崩れやすい傾向にある。一方、矩形波は、高調波成分が1次成分に対してより卓越する性質を有している。そこで、磁化情報の信号出力を、走査位置毎に、所定の高調波成分の1次成分に対する比として算出することによって、エッジ付近での信号出力の形状が矩形にどれだけ近いかを知ることができる。
【0010】
所定の高調波成分は5次以上、11次以下の成分から選択することが望ましい。特に、所定の高調波成分としては7次成分が好適である。
【0011】
高調波成分比算出ステップでは、測定した孤立再生波の出力から、ノッチフィルタによって、所定の高調波成分と、1次成分とを取り出してもよい。
【0012】
記録ステップは、一つの記録媒体の異なるトラックまたは複数の記録媒体に、互いに異なる大きさの書き込み電流で孤立再生波を記録することを含んでいてもよい。
【0013】
記録ステップは、一つの記録媒体の異なるトラックまたは複数の記録媒体に、互いに異なるスキュー角で孤立再生波を記録することを含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明によれば、トラックの幅方向に面するエッジの形状をより精度よく評価することができる。このため、TPIが増加し、トラック幅が縮小していっても、薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性をより正確に評価することが可能となり、書き込み素子の一層の性能向上に資することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。本発明は、従来から用いられているスピンスタンドを用いて実施することができる。図1は、本実施形態で使用するスピンスタンドの一例を示す。スピンスタンド1は、装置の支持台としてのべース2を備えている。磁気ディスクである記録媒体3は、ベース2に設けられたスピンドルモータ(図示せず)によって、任意の回転数で回転させられる。スピンスタンド1はまた、記録媒体3に磁気情報を記録・再生する薄膜磁気ヘッド4を備えている。薄膜磁気ヘッド4はキャリッジ5に支持され、キャリッジ5を搭載する回転ステージ6が回転することによって、記録媒体3を、あらかじめ決められた測定用トラックTの幅を横切る方向に走査する。回転ステージ6は、平行移動するリニアステージ7に搭載されており、記録媒体3の回転中心とキャリッジ5の回転中心との距離を変更することができる。薄膜磁気ヘッド4には、後述するノッチフィルタ、結果を表示するディスプレー、メモリー、CPU等を搭載した処理装置9が接続している。さらに、図示しないが、薄膜磁気ヘッド4を記録媒体3上からロード、アンロードするロードアンロード機構が備えられている。なお、スピンスタンド自体は一般的なDPテストが可能なテスターであれば特に制約はなく、上述したノッチフィルタなどを必要に応じて追加するだけでよい。
【0016】
次に、本スピンスタンドを用いて薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性を評価する方法について述べる。図2は、以下に述べる特性評価方法のフロー図である。
【0017】
(ステップS1)まず、薄膜磁気ヘッド4の書き込み素子によって、記録媒体3に磁気情報を記録する(記録ステップ)。具体的には、薄膜磁気ヘッド4の書き込み素子に孤立再生波を入力信号として与え、記録媒体の測定用トラックTに、その孤立再生波に対応した磁化情報を記録する。周波数が十分に低い矩形波を入力電流として書き込み素子に与えることによって、隣接ビットからの磁気の影響が無視できる程度に周方向に長い磁化範囲が、同一形状、同一ピッチで多数形成される。測定用トラックTおよびその周辺トラックからの残留磁気情報の影響を抑えるため、書き込みの前にこれらのトラックの磁気情報を消去(イレーズ)しておくのが好ましい。
【0018】
(ステップS2)次に、測定用トラックTをトラック幅を横切る方向に走査しながら、上記の孤立再生波を用いて記録媒体3に記録された磁気情報を測定する。具体的には、薄膜磁気ヘッド4の読み込み素子にセンス電流を流しながら、測定用トラックTの信号出力を、トラック幅方向の前後領域を含んで取得する。図3は、走査方法を示す概念図である。薄膜磁気ヘッド4の読み込み素子を、測定用トラックTの内周側にある半径位置R1から、外周側にある半径位置Rnまで、所定の走査位置で順次走査しながら、各半径位置での信号電圧を測定する。
【0019】
(ステップS3)次に、取得した信号出力から、所定の高調波成分と1次成分とを取り出す。具体的には、所定のバンド幅の周波数成分のみを通過させるバンドパスフィルタであるノッチフィルタを用いる。または、取得した信号出力をフーリエ変換してもよい。所定の高調波成分としては5次以上、11次以下の成分が好ましく、特に7次成分が好ましい。その理由は後述する。
【0020】
(ステップS4)次に、取得した信号出力の、所定の高調波成分の1次成分に対する比(以下、トランジション・クオリティという)を、走査位置の関数として算出する(高調波成分比算出ステップ)。横軸を走査位置、縦軸をトランジション・クオリティとしてグラフを描くと、後の分析評価が容易である。
【0021】
(実施例)次に、実施例に基づいて、本発明の薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法をさらに詳細に説明する。書き込み素子は、書き込み部の先端部幅約0.09μmの一般的な誘導型電磁変換素子を用いた。テスターにはキヤノン−グヂッグ社製のシングルアームテスターを用いた。プリアンプにはテキサスインスツルメント社製TI1972を用いた。測定は記録媒体の外周部(半径44.14mm、スキュー角16.0度、書き込み周波数535.3MHz)でおこなった。パラメータとして書き込み電流、書き込み電流のオーバーシュート、およびオーバーシュート持続時間を考慮し、複数の組合せを実施した。ここで、オーバーシュートとは、磁化範囲のエッジ付近の直線性(シャープさ)を意図的に作り出すため、エッジ付近に磁気記録を書き込む際に、本来の書き込み電流を上回る電流を流すことをいう。
【0022】
図4は、1次成分の出力電圧をプロットした結果を示す。複数のラインがあるのは、書き込み電流、書き込み電流のオーバーシュート、およびオーバーシュート持続時間の組合せの異なる複数のケースを実施したためである。これらの図より、グラフの中央付近を中心とした山型の分布が得られることがわかる。図5は、7次成分の出力電圧をプロットした結果を示す。同様に、グラフの中央付近を中心とした山型の分布が得られるが、全体的に出力電圧の値が小さく、また各ケースのばらつきが大きいことがわかる。
【0023】
図6は、トランジション・クオリティを、横軸をトラック幅方向の走査位置としてプロットしたものである。2つの極小値領域A1,A2はほぼトラックの磁化範囲の両端に相当している。極小値領域A1,A2の間の極大値領域Bはほぼトラックの磁化範囲の中央部に相当している。
【0024】
ここで、グラフの形状の意味を考察すると以下の通りである。磁化範囲が図8(a)に示したようなきれいな矩形形状で得られると、トラック幅方向の各位置における信号出力もきれいな矩形形状となる。そして、矩形波をフーリエ展開した際の一般的な性質として、信号出力が矩形に近いほど高調波成分が卓越して現れ、逆に1次波成分は相対的に減少する。そこで、トランジション・クオリティが大きいほど信号出力が矩形に近く、小さいほど矩形から離れる、すなわち磁化範囲が歪んでいることが推定できる。
【0025】
極大値領域Bは測定対象トラックTのトラック幅方向のほぼ中央位置C(図8(b)参照)に相当するため、トラック幅方向の各エッジE2a,E2b(図8(b)参照)の影響が最小となり、矩形形状が最も維持されやすい。そのため、高調波成分が卓越して現れ、トランジション・クオリティが極大値となる。一方、極小値領域A1,A2は測定対象トラックTのトラック幅方向のほぼ両端、すなわち、トラック幅方向の各エッジE2a,E2bの位置に相当する。エッジE2a,E2bに沿った信号出力は、矩形形状が最も崩れやすくなっているため、相対的に高調波成分が減衰し、トランジション・クオリティが極小値となる。したがって、極小値領域A1,A2の絶対値を比較することで、トラック幅方向のエッジE2a,E2bのシャープさ、すなわち磁化範囲がより矩形に近く形成されているかどうかを推定できる。あるいは、極小値領域A1,A2におけるトランジション・クオリティの、極大値領域Bおけるトランジション・クオリティに対する比を求めることによっても、磁化範囲が矩形に近いかどうかを推定できる。また、極小値領域A1,A2の間隔から、磁化範囲の幅、すなわちトラック幅を測定することも可能となる。
【0026】
高調波成分として5〜11次の成分を用いるのは、あまり高次の成分では信号出力が小さくなり、SN比が悪化し、逆に、4次以下の成分ではエッジのシャープさが数値として現れにくいためである。7次波は5〜11次の中間であり、両者のバランスがとれ、最適である。
【0027】
極大値領域Bと極小値領域A2との間には、ケースによっては、第2の極大値領域Cが現れている。これは、信号出力が走査位置とともに滑らかに遷移していないことを示す。すなわち、第2の極大値領域Cの付近に何らかの不規則な磁化パターンが存在していることを意味している。本実施例では、書き込み電流を21mAから45mAの範囲で少しずつ増加させているが、図6において、第2の極大値領域Cが出現したのは書き込み電流の最も大きい2つのケースであった。これより、複数の記録媒体を使って、互いに異なる大きさの書き込み電流で磁気記録を記録して同じ試験をおこなえば、これらの特徴がより明確に現れ、試験の信頼性をあげることができる。もちろん、このとき、一つの記録媒体の異なるトラックに異なる大きさの書き込み電流で磁気記録を記録しても同様の結果が得られる。
【0028】
次に、スキュー角をパラメータとして、同様の試験をおこなった。スキュー角を変えるために、上述した記録媒体の外周部に加え、内周部(半径19.21mm、スキュー角−9.03度、書き込み周波数271.9MHz)、中央付近(半径28.87mm、スキュー角3.23度、書き込み周波数381.6MHz)で同様の試験をおこなった。ここで、スキュー角とは、磁気ヘッドの存在位置におけるトラックの接線方向と、磁気ヘッドの軸線方向との角度差である(図1の符号s参照)。図7には各ケースのトランジション・クオリティを示す(縦軸はTQと表示している。)。これより、スキュー角の大きい外周部での測定で、極大値領域C2が出現していることがわかる。したがって、一つの記録媒体の異なるトラックまたは複数の記録媒体に、互いに異なるスキュー角で磁気記録を記録することも、本発明を有効に実施する上で有効と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本実施形態で使用するスピンスタンドの概略構成図である。
【図2】本発明による薄膜磁気ヘッドの書き込み素特性評価方法のフロー図である。
【図3】走査方法を示す概念図である。
【図4】1次成分の出力電圧をプロットした結果を示すグラフである。
【図5】7次成分の出力電圧をプロットした結果を示すグラフである。
【図6】トランジション・クオリティをプロットした結果を示すグラフである。
【図7】スキュー角をパラメータとした、トランジション・クオリティの比較図である。
【図8】ハードディスク装置の記録媒体における、磁化情報が記録される範囲を示す模式図である。
【符号の説明】
【0030】
1 スピンスタンド
3 記録媒体
4 薄膜磁気ヘッド
A1,A2 極小値領域
B 極大値領域
C 第2の極大値領域
C2 極大値領域
E2a,E2b,E1a,E1b エッジ
R1〜Rn 半径位置
T 測定用トラック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜磁気ヘッドの書き込み素子に孤立再生波を入力信号として与え、記録媒体の所定のトラックに、該孤立再生波に対応した磁化情報を記録する記録ステップと、
前記記録媒体の前記所定のトラックを含む範囲を、該トラックの幅を横切る方向に走査しながら、前記磁化情報の信号出力を、走査位置毎に、所定の高調波成分の1次成分に対する比として算出する高調波成分比算出ステップと、
を有する、薄膜磁気ヘッドの書き込み素子の特性評価方法。
【請求項2】
前記所定の高調波成分は5次以上、11次以下の成分である、請求項1に記載の特性評価方法。
【請求項3】
前記所定の高調波成分は7次成分である、請求項2に記載の特性評価方法。
【請求項4】
前記高調波成分比算出ステップは、測定した前記孤立再生波の出力から、ノッチフィルタによって、前記所定の高調波成分と、前記1次成分とを取り出すことを含んでいる、請求項1から3のいずれか1項に記載の特性評価方法。
【請求項5】
前記記録ステップは、一つの記録媒体の異なるトラックまたは複数の記録媒体に、互いに異なる大きさの書き込み電流で前記孤立再生波を記録することを含んでいる、請求項1から4のいずれか1項に記載の特性評価方法。
【請求項6】
前記記録ステップは、一つの記録媒体の異なるトラックまたは複数の記録媒体に、互いに異なるスキュー角で前記孤立再生波を記録することを含んでいる、請求項1から4のいずれか1項に記載の特性評価方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2007−193868(P2007−193868A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−9436(P2006−9436)
【出願日】平成18年1月18日(2006.1.18)
【出願人】(500393893)新科實業有限公司 (361)
【氏名又は名称原語表記】SAE Magnetics(H.K.)Ltd.
【住所又は居所原語表記】SAE Technology Centre, 6 Science Park East Avenue, Hong Kong Science Park, Shatin, N.T., Hong Kong
【Fターム(参考)】