説明

薬液浸透装置

【課題】ホルマリン等の液体を短時間で浸漬対象物に浸透させることが可能な構成の薬液浸透装置を提供する。
【解決手段】薬液浸透装置1は、内部に密閉可能な処理室20と処理室20内に開口する給気口32および排気口33とを有し、処理室20内においてホルマリン62に浸された検体61を収容する装置本体10と、排気口33を介して処理室20内の気体を吸引し、処理室20の内圧を負圧にする真空ポンプ42と、給気口32を介して処理室20内に気体を導入し、処理室20の内圧を昇圧させる給気弁35とを備え、処理室20の内圧を、真空ポンプ42により負圧にさせた後、給気弁42により昇圧させて、ホルマリン62に浸された検体61に対してホルマリン62の浸透圧と共に圧力変動を作用させることにより、検体61にホルマリン62が浸透するのを促進させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばホルマリン等の液体が検体に浸透するのを促進させる薬液浸透装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、病理学検査等において臓器等の検体の固定処理にはホルマリン(ホルムアルデヒドの水溶液)等の薬液が広く用いられており、検体の固定処理を行う場合には、薬液の入った容器に検体を長時間浸しておくことにより行われている(例えば、特許文献1を参照)。これにより検体組織の細胞内に薬液が浸透され、ホルマリンに含まれるホルムアルデヒドによって組織中のタンパク質を架橋固定することで、検体がホルマリンによって固定処理されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−171201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ホルマリンを検体に浸透させるのに長時間を要すると、検体の持つ性質に基づいて細胞構造に腐敗等の変化が生じてしまい、その結果、検体を正確に固定化できず、検体に対する病理診断を正確に行うのが困難になるという問題があった。
【0005】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、ホルマリン等の液体を短時間で浸漬対象物に浸透させることが可能な構成の薬液浸透装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明に係る薬液浸透装置は、内部に密閉可能な処理室と処理室内に開口する給気口および排気口とを有し、処理室内において液体に浸された浸漬対象物(例えば、実施形態における検体61)を収容する容器部材(例えば、実施形態における装置本体10および蓋体50)と、排気口を介して処理室内の気体を吸引し、処理室の内圧を負圧にする減圧手段(例えば、実施形態における真空ポンプ42)と、給気口を介して処理室内に気体を導入し、処理室の内圧を昇圧させる気体供給手段(例えば、実施形態における給気弁35)とを備え、処理室の内圧を、減圧手段により負圧にさせた後、気体供給手段により昇圧させて、液体に浸された浸漬対象物に対して液体の浸透圧と共に圧力変動を作用させることにより、浸漬対象物に液体が浸透するのを促進させるように構成する。
【0007】
このように構成される薬液浸透装置において、液体が検体の固定処理に用いられる薬液(例えば、実施形態におけるホルマリン62)からなり、処理室内において薬液に浸された浸漬対象物に圧力変動を作用させることにより、薬液が浸漬対象物に浸透するのを促進させて、浸漬対象物に対して薬液による固定処理を施す構成であることが好ましい。
【0008】
また、上述の発明において、薬液が浸漬された浸漬対象物と液体たる洗浄液(例えば、実施形態における真水65)とを処理室内に収容させ、処理室内において洗浄液に浸された浸漬対象物に圧力変動を作用させることにより、浸漬対象物に滞留する余分な薬液の量を減少させるとともに、浸漬対象物に洗浄液を浸透させて、浸漬対象物中に滞留する余分な薬液の濃度を低下させる構成であることが好ましい。
【0009】
さらに、気体供給手段が、給気口を処理室に対して開閉可能にする開閉弁(例えば、実施形態における給気弁35)を有し、開閉弁を閉弁して処理室の内圧を減圧手段により負圧にさせた後、開閉弁を微小時間だけ開弁して給気口を開放することにより、給気口から気体を処理室内に急速に導入するように構成することが好ましい。
【0010】
また、上述の発明において、減圧手段により負圧にされた処理室の内圧が、浸漬対象物の細胞膜を破壊しないような圧力に設定されていることが好ましい。
【0011】
さらに、上述の発明において、排気口からの排気経路内に、減圧手段により吸引された処理室からの排気中に含まれる有害物質を除去する濾過フィルタ(例えば、実施形態における排気フィルタ39a,39b,44)を設けることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る薬液浸透装置によれば、処理室内において薬液等の液体の浸透圧と共に負圧状態への減圧と気体導入による昇圧との圧力変化を浸漬対象物に作用させることにより、液体を浸漬対象物に浸透させる浸透現象を促進させて、液体を浸漬対象物に短時間で内部深くまで浸透させることができる。
【0013】
また、処理室内において薬液に浸された検体に圧力変動を作用させる構成とすることで、短時間で浸漬対象物の奥深くまで薬液を浸透させることが可能になるため、薬液による浸漬対象物の固定処理時間を短縮することができる。このため、短時間の固定処理によって浸漬対象物を腐敗させることなくその細胞や組織を生きていたときに近い状態に留めることができ、薬液による固定処理が確実に施された検体等(浸漬対象物)を迅速に病理学検査等に利用することができる。
【0014】
さらに、処理室内において真水に浸された浸漬対象物に圧力変動を作用させることにより、浸漬対象物に滞留する余分な薬液の量を減少させるとともに、浸漬対象物に真水を浸透させて浸漬対象物中に滞留する余分な薬液の濃度を低下させる構成とすることで、浸漬対象物中に滞留する余分な薬液を真水に入れ替えて、浸漬対象物を長時間水洗したのと同等以上の洗浄効果を安全且つ短時間に得ることができる。
【0015】
また、開閉弁を閉弁して処理室の内圧を減圧手段により負圧にさせた後、開閉弁を微小時間だけ開弁して給気口を開放することにより、給気口から気体を処理室内に急速に導入する構成とすることで、調理室内が急速に昇圧されて浸漬対象物への液体の浸透をより促進させることができる。
【0016】
さらに、減圧手段により負圧にされた処理室の内圧が浸漬対象物の細胞膜を破壊しないような圧力に設定される構成とすることで、病理学検体等の浸漬対象物に対して組織や細胞構造にダメージを与えることなく薬液による固定処理等を適正に行うことができる。
【0017】
また、減圧手段により吸引された処理室からの排気中に含まれる有害物質を除去する濾過フィルタを設けた構成とすることで、例えばホルマリン等の有害性のある液体を用いた場合でも、周囲の環境や人体に悪影響を与えることなく安全に浸透処理を実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る薬液浸透装置を示す斜視図である。
【図2】上記薬液浸透装置を示す正面断面図である。
【図3】上記薬液浸透装置の概要ブロック図である。
【図4】上記真空調理装置によるホルマリン処理の手順を示すフローチャートである。
【図5】上記真空調理装置による脱泡処理の手順を示すフローチャートである。
【図6】脱ホルマリン処理を行う場合の上記真空調理装置を示す正面断面図である。
【図7】上記真空調理装置による脱ホルマリン処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施形態について説明する。本実施形態に係る薬液浸透装置の斜視図および正面断面図を図1および図2にそれぞれ示すとともに、薬液浸透装置の概要ブロック図を図3に示しており、まず始めに、これらの図面を参照して薬液浸透装置の全体構成について説明する。
【0020】
薬液浸透装置1は、大別的には、浸漬対象物たる検体61を入れた容器63を収容可能な上部空間11が形成された装置本体10と、装置本体10の上部空間11内に容器63を出し入れするための開閉自在な蓋体50と、装置本体10の前面部に設けられ装置の動作条件等の選択操作を行うための操作パネル70と、装置本体10内に搭載され装置全体の作動を制御する制御ユニット80とを有して構成される。この薬液浸透装置1において、蓋体50が装置本体10の上部空間11を覆うようにして閉じられることで、装置本体10の上部空間11と蓋体50の下部空間51とにより密閉された状態の処理室20が区画形成されるようになっている。
【0021】
処理室20に収容保持される容器63には、例えば病理学検査の対象となる臓器等の検体61が入っている。また、容器63には、検体61を固定処理するための薬液としてホルマリン(ホルムアルデヒドの水溶液)62が検体61を浸した状態で入っており、更に検体61がホルマリン62から浮き上がるのを防止するための落し蓋64が被せられている。
【0022】
蓋体50は、例えば透明な高密度ウレタンなどを用いて形成されており、この蓋体50が閉じられた状態でも外部から処理室20内を透視できるため、処理中の検体61の様子を適時観察できるようになっている。この蓋体50は一対のヒンジ機構12,12により装置本体10に連結されており、装置本体10に対して片持ち状態で回動可能になっている。このため、蓋体50をヒンジ機構12により回動させて処理室20を開放状態とすることで、処理室20内に検体61等の入った容器63を出し入れすることができるようになっている。また、蓋体50の開放側の外側面には、オペレータが手動で蓋体50の開閉操作を行うための凹形状の把手52が形成されている。
【0023】
装置本体10は、例えば樹脂材料を用いて略凹形状に形成され蓋体50とともに処理室20を区画する仕切部30と、ステンレススチール等を用いて容器形状に形成され仕切部30により上面開口が覆われたハウジング40とを有して構成されている。
【0024】
仕切部30は、容器63を処理室20内で載置保持するトレイ部31と、処理室20内に大気を供給するための給気口32と、処理室20内に滞留する空気等を排出するための排気口33とを備えている。給気口32には上下方向に延びる円管状の給気パイプ34の上端部が接続されており、排気口33には上下方向に延びる円管状の排気パイプ37の上端部が接続されている。
【0025】
仕切部30の上面側と蓋体50の下面側との間で囲まれた空間領域により上記の処理室20が形成され、仕切部30の上面周縁部31aと蓋体50の下面周縁部52とが密着して合わさることにより処理室20内の気密性が保持される。また、仕切部30の上面周縁部31a(仕切部30と蓋体50との当接部)には、処理室20内の気密性を向上させるためのシール部材45が設けられている。これにより密閉状態の処理室20が減圧された際に処理室20内の真空度が維持されるようになっている。
【0026】
ハウジング40には、このハウジング内壁と仕切部30の底面との間に囲まれて電装室41が形成されており、電装室41には処理室20内を減圧させるための真空ポンプ42や、薬液浸透装置1の各部の作動を統括的に制御する制御ユニット80(図3を参照)等が配設されている。
【0027】
真空ポンプ42は、排気パイプ37の下端部に接続されて排気口33に連通しており、排気パイプ37の途中経路には、排気弁(排気用電磁弁)38、排気フィルタ39a,39bが設けられている。これにより、処理室20と真空ポンプ42とは、その間に接続された排気パイプ37により第1排気フィルタ39a、排気弁38、および第2排気フィルタ39bを介して連通している。また、真空ポンプ42の排気ポートには第3排気フィルタ43を介して外気に連通する排気ジョイント44が接続されている。制御ユニット80からの制御信号により排気弁38が開弁するとともに真空ポンプ42が吸引作動を始めると、処理室20内が真空状態に近い圧力まで減圧され、処理室20内に滞留する空気や、検体61および薬液62に含まれる空気や水分等が排気口33から排出される。
【0028】
ここで、第1排気フィルタ39aは、排気口33からの排気空気に含まれる水分を除去するための水分離フィルタである。第2排気フィルタ39bは、処理室20内のホルマリン62から発生したホルマリンガス(ホルムアルデヒド)を排気空気から濾過(分解)して清浄化するための触媒を有するフィルタである。第3排気フィルタ43は、真空ポンプ42から排気される空気中に含まれるオイル等を濾過するためのエアフィルタである。
【0029】
一方、給気口32に接続された給気パイプ34には、その途中経路に給気弁(給気用電磁弁)35および給気フィルタ36が設けられており、その末端部(下端部)が電装室41内の大気に開放されている。これにより、処理室20と電装室41とは、その間に接続された給気パイプ34により給気弁35および給気フィルタ36を介して連通している。給気フィルタ36は、給気パイプ34に吸い込まれた空気からゴミや埃等を除去し、十分に清浄化された空気を処理室20内に供給するためのフィルタである。制御ユニット80からの制御信号により給気弁35が開弁すると、給気パイプ34等を介して処理室20と電装室41とが連通して、負圧状態となった処理室20へ真空破壊用の空気が導入される。
【0030】
ハウジング40の正面部分には、オペレータがホルマリンによる検体61の固定処理や脱泡処理等の所望の処理を行うために操作可能な操作パネル70が備えられている。この操作パネル70には、薬液浸透装置1の電源入切操作を行うための電源スイッチ71、脱泡処理を自動で実行させるための脱泡スイッチ72、ホルマリンによる固定処理を自動で実行させるための浸透スイッチ73(73a,73b,73c)、および給気弁35を強制的に開弁させるための強制リークスイッチ74、各処理の自動運転を強制的に停止させるための停止スイッチ75などの各種操作スイッチの全てが集中的に配置されている。なお、浸透スイッチ73は、検体61に対するホルマリン62等の浸透の度合いを選択操作可能なように、弱レベルの浸透モードとしての浸透M1スイッチ73a、中レベルの浸透モードとしての浸透M2スイッチ73b、強レベルの浸透モードとしの浸透M3スイッチ73cから構成されている。
【0031】
このようにオペレータにとっては、蓋体50の開閉操作と、操作パネル70のスイッチ類の操作とを薬液浸透装置1の正面側から全て行うことができるため、ホルマリンによる固定処理等の作業性がより高められたものになっている。
【0032】
制御ユニット80は、図3に示すように、薬液浸透装置1の各部の作動を制御する制御プログラムや各部を制御するためのデータや条件等が設定記憶されたROMやRAMからなる内部メモリ81、操作パネル70から入力された操作信号に基づいて内部メモリ81から読み出した制御プログラム等に従って各部の作動を制御するCPU82などを有し、これらがデータバスにより接続されて構成される。制御ユニット80には、給気弁35、排気弁38、および真空ポンプ42などが電気的に接続されており、制御ユニット80から出力される制御信号に応じた駆動量に基づいて給気弁35および排気弁38が開閉制御されるとともに真空ポンプ42が駆動制御され、脱泡処理や浸透処理のための所定の作動が実行されるようになっている。
【0033】
このように構成される薬液浸透装置1を用いて、ホルマリンによる固定処理を行う場合の手順について、図4に示すフローチャートを追加参照して説明する。
【0034】
臓器等の検体61を固定処理するには、薬液浸透装置1を自動運転させる前段階として、まず、検体61やホルマリン62、落し蓋64を容器63に入れる(ステップS101)。このとき容器63内において、検体61全体がホルマリン62に浸された状態で上方から落し蓋64を被せることにより検体61がホルマリン62上に浮くのを防止し、検体61全体にホルマリン62が満遍なく浸透するように準備しておく。
【0035】
薬液浸透装置1の蓋体50を上方に開いて処理室20を開放状態にし、検体61等を入れた容器63を装置本体1内のトレイ部31に載置する(ステップS102)。その際、薬液浸透装置1は、ホルマリンガスによるオペレータへの悪影響を防止するために、ドラフトチャンバ(図示しない)などの作業空間内に設置されていることが望ましい。
【0036】
容器63をトレイ部31に載置した後、蓋体50を装置本体10に被せて、処理室20内を密閉した状態にする(ステップS103)。この蓋体50を閉じただけの処理室20内は常圧(大気圧)状態であり、この常圧下においてもホルマリン62が検体61の細胞における半透性の細胞膜を通って、ゆっくりと細胞内に浸透を始めている。
【0037】
オペレータは操作パネル70において所望の処理モードに応じた浸透スイッチ73をオン操作し、薬液浸透装置1による固定処理の運転を開始させる(ステップS104)。このとき、オペレータは透明な蓋体50を介して処理室20内に収容保持された容器63内の検体61の状況を適時観察することができる。
【0038】
運転開始に伴って、制御ユニット80のCPU82は内部メモリ81に記憶された制御プログラムに従って、排気弁38を開弁させて排気口33および排気パイプ37等を介して処理室20と真空ポンプ42とを連通させるとともに、給気弁35を閉弁させて処理室20へ大気が流入するのを塞いて処理室20内を気密状態にする(ステップS105)。
【0039】
制御ユニット80のCPU82は排気弁38の開弁に合わせて真空ポンプ42を作動させ、処理室20の真空引きを始める(ステップS106)。処理室20は真空ポンプ42の吸引作動により徐々に減圧されて負圧状態となっていく。このとき、処理室20内に滞留する空気、検体61中の空気や水分、およびホルマリン62に含まれる気泡などは真空ポンプ42により吸引されて排気口33を通って排出される。この排気空気には水分やオイル、ホルマリンガス等が含まれているものの、排気パイプ37等を通過していく過程で排気フィルタ39a,39b,43により濾過されて、清浄化された空気として排気ジョイント44から外気に放出されるようになっている。また、このとき処理室20内の気圧(負圧)よりも検体61の細胞(細胞膜内)の圧力の方が高くなることにより、検体61の細胞はやや膨張した状態に変化している。
【0040】
処理室20内の気圧はホルマリン62の浸透効果が促進される設定気圧(例えば、細胞膜を破壊しないレベルの真空度として100パスカル程度)に近づくように減圧されていき、真空ポンプ42を始動させてからT秒後(例えば、浸透M1スイッチ73aによる処理ではT=240、浸透M2スイッチによる処理ではT=360、浸透M3スイッチによる処理ではT=480が設定されている)が経過したときに、給気弁35を微小時間(例えば、3秒間)だけ開弁させる(ステップS107)。給気弁35が開弁することで給気口32を介して処理室20と電装室41内の大気とが連通し、処理室20内の負圧の作用により給気パイプ34や給気口32等を通って処理室20内に真空破壊用の大気が急速に送り込まれることで、処理室20内の気圧は急激に昇圧していく。この処理室20内の気圧の変化によって、それまで膨張していた検体61の細胞が収縮変化し、この細胞の元に戻ろうとする収縮作用によりホルマリン62が細胞同士の隙間に注入されるとともに、ホルマリン62が半透性の細胞膜を通って細胞内に押し込まれるように浸透していく。これによりホルマリン62の浸透現象が促進されるため、検体61をホルマリン62に単に漬け込むだけの従来の処理方法よりもホルマリン62による細胞の固定化が促進される。
【0041】
そして、制御ユニット80のCPU82により、ステップS105〜ステップS107が予め設定された回数だけ繰り返し実行されたか否かが判定され(ステップS108)、所定回数に満たない場合には、所定回数に達するまでステップS105〜ステップS107が連続的に繰り返し実行される。
【0042】
このとき、制御ユニット80のCPU82は大気を導入するために3秒間だけ瞬間的に開いていた給気弁35を再び閉弁するものの、排気弁38は継続して開弁しているとともに真空ポンプ42は吸引作動を続けているため、真空ポンプ42の吸引により処理室20は直ちに減圧されて短時間で負圧状態に至る。これにより処理室20内は所定の真空度(100パスカル)まで達しやすくなって、処理室20内の真空度が向上する。このように処理室20が負圧に保持されることで、ホルマリン62に浸っている検体61も再び負圧の作用を受け、更にT秒経過後、給気弁35が開弁することで大気が急速に送り込まれて処理室20内が昇圧され、検体61にホルマリン62がより浸透していく。これらの動作が繰り返されることにより、検体61の内部深くまでホルマリン62を十分に浸透させ、ホルマリン62の浸透効果をより発揮させることができる。
【0043】
ステップS105〜ステップS107が所定回数だけ繰り返し実行されると、制御ユニットのCPUにより給気弁35および排気弁38がともに閉弁され(ステップS109)、処理室20内が気密状態(負圧状態)を維持したままで薬液浸透装置1の処理運転が終了する。その際、密閉された処理室20内は負圧状態を保つため、検体61へのホルマリン62の浸透効果を持続させることが可能になる。
【0044】
薬液固定装置1の処理室20から検体61(の入った容器63)を取り出すには、オペレータが強制リークスイッチ74を操作することにより、給気弁35を一定時間だけ強制的に開弁させて大気を処理室20内に導入し、処理室20の気圧を大気圧にまで昇圧させて処理室20内外の気圧差をほぼゼロにすることで、蓋体50を簡単に持ち上げて処理室20を開放することができるようになっている。これにより、オペレータは処理室20から容器63を取り出した上で、この容器63からホルマリン固定された検体61を取り出すことができる。
【0045】
薬液浸透装置1を用いたホルマリンによる固定処理によれば、短時間で検体61の奥深くまでホルマリン62を浸透させることが可能になるため、ホルマリン62による検体61の固定処理時間を短縮することができる。このため、短時間の固定処理によって検体61を腐敗させることなく細胞や組織を生きていたときに近い状態に留めることができ、ホルマリンによる固定処理が確実に施された検体61を迅速に病理学検査等に利用することができる。
【0046】
なお、上記のように薬液浸透装置1を用いてホルマリンによる固定処理を行うときには、以下に説明する脱泡処理を事前に行っておくことが望ましい。ここで脱泡処理とは、真空ポンプ42の作動により処理室20内を大気状態から減圧する場合に、処理室20内の気圧の低下に伴ってホルマリン62の沸点が低下して、ホルマリン62が低温下で沸騰蒸発することにより、容器63からホルマリン62が噴きこぼれる不具合を防止する(ホルマリン62の溶液中の気泡を事前に除去する)ために行われるものである。この脱法処理の手順について、図5に示すフローチャートを追加参照して説明する。
【0047】
まず、検体61やホルマリン62等の入った容器63を密閉状態の処理室20内に収容保持した状態で、オペレータが操作パネル70の脱泡スイッチ72をオン操作することにより(ステップS201)、以下に説明する脱泡処理運転を開始する。
【0048】
脱泡処理の開始に伴って、制御ユニット80のCPU82は、給気弁35を閉弁させたまま排気弁38を開弁させて、排気口33等を介して真空ポンプ42と処理室20内とを連通させるとともに、給気口32からの処理室20への大気の流入を塞いで処理室20を気密状態にする(ステップS202)。
【0049】
制御ユニット80のCPU82は排気弁38の開弁に合わせて真空ポンプ42を作動させ、真空引きを40秒間だけ行う(ステップS203)。真空ポンプ42の吸引作動により処理室20は徐々に減圧されていき、容器63内のホルマリン62の沸点が低下することにより、低温下においてホルマリン62が沸騰蒸発して、ホルマリン62中に含まれる気泡が除去される。
【0050】
真空ポンプ42の始動より40秒後に、制御ユニットのCPUは給気弁35を短時間(例えば0.2秒間)だけ開弁させ、給気口32から真空破壊用の空気を負圧状態となった処理室20内に導入する(ステップS204)。このとき、真空ポンプ42は継続して吸引作動中であり、排気弁38も開弁したままの状態である。
【0051】
この状態から給気弁35を閉弁させて(ステップS205)、再び真空引きを30秒間だけ行った後(ステップS206)、給気弁35を短時間(0.2秒間)だけ開弁する(ステップS207)。制御ユニット80のCPU82がステップS205〜ステップS207を繰り返し実行する過程(ステップS208)で、オペレータは容器63内の脱泡が十分に行われたことを蓋体50から透視して確認し、操作パネル70の終了スイッチ75をオン操作して脱泡処理運転を終了させる。なお、終了スイッチ75のオン操作に連動して、給気弁35が閉弁されるとともに排気弁38が閉弁される(ステップS209)。
【0052】
このように処理室20に対して減圧および増圧を繰り返し行うことで、処理室20の真空度を高めて、容器63内のホルマリン62中に含まれる気泡を効率的に除去し、検体61の固定処理中にホルマリン62が容器63から噴きこぼれるのを未然に防止することが可能になる。
【0053】
ところで、ホルマリン62が浸漬された検体61を顕微鏡観察等の病理学検査に用いる際には、検体62に付着・吸収した余分なホルマリン62を水洗等により除去する、所謂、脱ホルマリン処理を行う必要があるが、ホルマリン62から発生するホルマリンガス(ホルムアルデヒド)は既知の通り生体に有害であるため、検体61を洗浄する長時間の作業がオペレータの健康に悪影響を及ぼすおそれがあるという問題があった。そこで、薬液浸透装置1を用いて脱ホルマリン処理を行う場合の手順について、図6および図7を追加参照して説明する。ここで、図6は脱ホルマリン処理を行う場合の薬液浸透装置1の正面断面図であり、図7は薬液浸透装置1による脱ホルマリン処理の手順を示すフローチャートである。
【0054】
固定処理された検体61から余分なホルマリン61を除去するには、まず、容器63に検体61を入れた後、この検体61全体が浸る程度の真水65を容器63に入れる(ステップS301)。そして、薬液浸透装置1の蓋体50を上方に開いて処理室20を開放状態にし、検体61および真水65を入れた容器63を装置本体10内のトレイ部31に載置する(ステップS302)。容器63をトレイ部31に載置した後、蓋体50を装置本体10に被せて、処理室20内を密閉した状態にする(ステップS303)。
【0055】
検体61および真水65を入れた容器63を処理室20に収容保持させた後、オペレータは操作パネル70において所望の処理モードに応じた浸透スイッチ73をオン操作し、薬液浸透装置1による検体61への真水65の浸透処理を開始させる(ステップS304)。
【0056】
薬液浸透装置1の運転が開始されると、ホルマリン処理手順において前述したステップS105〜ステップS109と同様な動作が行われる。ステップS305により、排気弁38を開弁させるとともに、給気弁35を閉弁させる。ステップS306により、真空ポンプ42の吸引作動により処理室20内が真空引きされ負圧状態になると、検体61の細胞間などに存在する余分なホルマリン62の一部が吸引されて排気口33から除去される。真空ポンプ42が始動してT秒が経過すると、ステップS307により、給気弁35が3秒間だけ開弁して真空破壊用の大気が給気口32から負圧状態の処理室20へ導入される。これにより、容器63内の真水65が検体61の細胞間などに押し込まれるように注入されるため、この注入された真水65と検体61の細胞間に滞留するホルマリン62とが混合されて当該ホルマリン62の溶液の濃度が低下する。
【0057】
このようなステップS305およびステップS307が繰り返し行われる度に(ステップS308)、余分なホルマリン62が検体61から除去されつつ真水65が注入されるため、検体61の細胞間に滞留するホルマリン62の濃度が真水65によって徐々に低下していき、その結果、この動作が予め設定された所定回数だけ行われた後には、検体61中に滞留する余分なホルマリン62は真水に近い非常に低濃度な溶液へと変化している。このように薬液浸透装置1を用いて脱ホルマリン処理を行うことにより、検体61中の余分なホルマリン62を真水65に入れ替えて検体61を長時間水洗したのと同等以上の洗浄効果を安全且つ短時間に得ることができる。
【0058】
以上、本実施形態に係る薬液浸透装置1によれば、処理室20内において負圧状態への減圧と大気開放による昇圧との圧力変化をホルマリン62の浸透圧と共に検体61に作用させることにより、ホルマリン62等の薬液や真水65など各種の液体を浸漬対象物に浸透させる浸透現象を促進させて、液体を浸漬対象物に短時間で浸透させることができる。従って、ホルマリン62による検体の固定処理や、検体61から余分なホルマリン62を除去する脱ホルマリン処理などの様々な液体の浸透処理において、液体を浸漬対象物に短時間で浸透させて浸漬対象物の腐敗等による変質を防止できるとともに、密閉された処理室20内での浸透処理により周囲の環境や人体に悪影響を与えることなく安全に実施することができる。
【0059】
これまで本発明の好ましい実施形態について説明してきたが、本発明の範囲は上述の実施形態に示されたものに限定されない。例えば、上述の実施形態においては、薬液としてホルマリン62を用いた構成としているが、これに限定されるものではなく、他の固定剤(固定液)や洗浄液等を用いた構成としてもよい。例えば、有害性が低減されつつも浸透性の悪い代替ホルマリンを用いてもよく、薬液浸透装置1によれば、このような代替ホルマリンであっても検体61に短時間で浸透させることが可能である。また、検体61は臓器等に限定されず、他の動植物等の病理検体であってもよい。
【0060】
また、上述の実施形態において、仕切部30において処理室20に連通する給気口32および排気口33をそれぞれ別々に形成した構成としていたが、これに限定されるものではなく、給気口32と排気口33とを合わせて1つにまとめた連通口として形成し、この連通口から2つにそれぞれ分岐したパイプを給気弁35および排気弁38へと接続する構成としてもよい。
【0061】
さらに、上述の実施形態においては、ホルマリンによる固定処理と脱泡処理との自動運転は互いに別々の処理として行われる構成としていたが、これに限定されず、脱泡処理を固定処理中に組み込んだ処理として構成してもよい。
【0062】
また、上述の実施形態においては、ホルマリンによる固定処理を行う場合には、操作パネル70により強・中・弱の3つの処理モードのうちから選択するようになっているが、これに限定されるものではなく、更に複数の処理モードを追加してもよく、また、操作パネル70にて処理時間や処理回数など任意に設定可能な構成としてもよい。
【0063】
また、上述の実施形態において例示した真空度や処理時間、各処理における減圧と昇圧とのパターンなどは適宜変更して用いられるものである。
【符号の説明】
【0064】
1 薬液浸透装置
10 装置本体(容器部材)
20 処理室
32 給気口
33 排気口
35 給気弁(気体供給手段、開閉弁)
37 排気パイプ(排気経路)
39a 第1排気フィルタ(濾過フィルタ)
39b 第2排気フィルタ(濾過フィルタ)
42 真空ポンプ(減圧手段)
43 第3排気フィルタ(濾過フィルタ)
44 排気ジョイント(排気経路)
50 蓋体(容器部材)
61 検体(浸漬対象物)
62 ホルマリン(液体、薬液)
65 真水(液体、洗浄液)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に密閉可能な処理室と前記処理室内に開口する給気口および排気口とを有し、前記処理室内において液体に浸された浸漬対象物を収容する容器部材と、
前記排気口を介して前記処理室内の気体を吸引し、前記処理室の内圧を負圧にする減圧手段と、
前記給気口を介して前記処理室内に気体を導入し、前記処理室の内圧を昇圧させる気体供給手段とを備え、
前記処理室の内圧を、前記減圧手段により負圧にさせた後、前記気体供給手段により昇圧させて、前記液体に浸された前記浸漬対象物に対して前記液体の浸透圧と共に圧力変動を作用させることにより、前記浸漬対象物に前記液体が浸透するのを促進させることを特徴とする薬液浸透装置。
【請求項2】
前記液体が前記浸漬対象物の固定処理に用いられる薬液からなり、
前記処理室内において前記薬液に浸された前記浸漬対象物に前記圧力変動を作用させることにより、前記薬液が前記浸漬対象物に浸透するのを促進させて、前記浸漬対象物に対して前記薬液による固定処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の薬液浸透装置。
【請求項3】
薬液が浸漬された前記浸漬対象物と前記液体たる洗浄液とを前記処理室内に収容させ、
前記処理室内において前記洗浄液に浸された前記浸漬対象物に前記圧力変動を作用させることにより、前記浸漬対象物に滞留する余分な薬液の量を減少させるとともに、前記浸漬対象物に前記洗浄液を浸透させて、前記浸漬対象物中に滞留する余分な薬液の濃度を低下させることを特徴とする請求項1に記載の薬液浸透装置。
【請求項4】
前記気体供給手段が、前記給気口を前記処理室に対して開閉可能にする開閉弁を有し、
前記開閉弁を閉弁して前記処理室の内圧を前記減圧手段により負圧にさせた後、前記開閉弁を微小時間だけ開弁して前記給気口を開放することにより、前記給気口から気体を前記処理室内に急速に導入することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の薬液浸透装置。
【請求項5】
前記減圧手段により負圧にされた前記処理室の内圧が、前記浸漬対象物の細胞膜を破壊しないような圧力に設定されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の薬液浸透装置。
【請求項6】
前記排気口からの排気経路内に、前記減圧手段により吸引された前記処理室からの排気中に含まれる有害物質を除去する濾過フィルタを設けたことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の薬液浸透装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−16744(P2011−16744A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−161172(P2009−161172)
【出願日】平成21年7月7日(2009.7.7)
【出願人】(509191931)
【Fターム(参考)】