説明

蛋白質積層構造体とその製造方法

【課題】鋳型内交互積層法を用いて、簡便に中空シリンダー構造の蛋白質積層構造体(蛋白質ナノチューブ)を提供する。
【解決手段】本発明の積層構造体は、多孔性ポリカーボネート膜の細孔を鋳型(テンプレート)として、その細孔内表面に蛋白質を含む層と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する物質を含む層とが交互に積層された積層部を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質積層構造体とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真核生物の細胞に広く分布する微小管は、チューブリンと呼ばれる蛋白質からなるナノメートルサイズの中空繊維(ナノチューブ)である。外径は25nm、内径は15nmで、その役割は細胞の形態維持、運動調節、機能制御など実に多岐にわたる。
【0003】
細胞分裂期の微小管は紡錘体として染色体移動に関与し、その繊維末端ではチューブリンの結合解離による伸縮が常に繰り返されている。また、この微小管の上をモーター蛋白質と呼ばれるダイニンやキネシンが決まった方向に走行することもよく知られている。蛋白質からなるナノチューブが、きわめて複雑な動態と多彩な機能を示す好例であろう。
【0004】
そのような高次機能を自由に再現できる合成生体材料は現在のところ存在しないが、生体分子や生体適合性分子を素材として、一次元内孔空間を有するナノチューブが合成されてきている。それらは、微小物質を流すナノキャピラリー、微小物質を検出・分離するナノセンサー、微小物質を合成するナノリアクターとして注目されている。
【0005】
清水らは一群の双頭型糖脂質が水中で自己組織化して、径がナノメートルサイズの中空管を形成することを見出し、その系統的な研究を行っている(非特許文献1)。
【0006】
一方、ミセルやリポソームについては広く薬物運搬体、遺伝子運搬体、蛋白質運搬体としての利用が検討されている。ナノチューブも内孔空間を有するという点においては共通しており、その中に薬物、遺伝子、蛋白質などを包接固定させることができる。ミセルやリポソームとナノチューブの大きな相違点は、前者においては分子膜を介して内水相と外水相がはっきりと分断されているのに対し、後者においては両端が開放されているため、その内部空間の水相は外水相と一体、つまりつながっていることにある。
【0007】
これは外水相から内部空間への物質の出し入れが可能であることを意味している。つまり、薬物などの標的分子を中空管の内部に捕捉したり、またはその逆に内部空間に包接していた分子をねらったタイミングで外水相に放出することができる特徴を有する。
【0008】
一方、ナノメートル〜マイクロメートルサイズの小さな孔径を有する多孔性膜を鋳型(テンプレート)として、その内孔表面に静電結合、水素結合、共有結合により構成成分となる分子を順次結合させ、最後に鋳型成分を除去する方法によりナノチューブを作る研究が近年盛んになってきている(非特許文献2)。
【0009】
特に、異なる電荷を有する高分子電解質を交互に積層させると、分子層厚の制御された安定なナノチューブが合成できる。F. Carusoらは多孔性ポリカーボネート膜(孔径400nm、厚み10μm)を負電荷を有するポリアクリル酸(PAA)と正電荷を有するポリアリルアミン(PAH)の水溶液に順次浸漬させ、細孔内に積層膜を作成した後、各層間を加熱により架橋し、最後に鋳型成分を溶解除去して、PAA/PAHナノチューブを合成した(非特許文献3)。
【0010】
同年、J. Liらも、酸化アルミナ膜を鋳型とし、PAAを正電荷層、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(PSS)を負電荷層とする交互積層膜からなるナノチューブを合成した(非特許文献4)。
【0011】
このいわば鋳型内交互積層法の確立により、ナノチューブの構造制御が分子レベルで可能となった。チューブを構成する分子の水溶液を多孔性膜に順次通過させ、孔内壁にその分子膜を一層ずつ丁寧に積み重ね、最後にテンプレートを除去する鋳型内交互積層法の特徴は、(1)電荷を有する水溶性分子であれば、ナノチューブの原料になり得る(分子設計の自由度が高く、構成分子の選択範囲が広い)、(2)鋳型となる多孔性膜の孔径および厚みの調節により、チューブの外径および長さを均一に制御することができる、(3)積層膜数の調節により、チューブの内径をナノメートルスケールで制御することができる、(4)複数の機能性分子(生体分子など)を任意の順序で積層することにより、膜壁に連続的かつ階層的な反応場を構築することができる、(5)他のナノチューブ合成に比べ、調製が簡便、再現性が高く、低コスト、大型化が容易、などである。
【0012】
もし、複雑な機能を備えた生体内に存在する高分子電解質、すなわち蛋白質を用いて、中空シリンダー構造のナノチューブが人工的に合成できれば、先端バイオ材料に新しい分野を開拓することができるばかりでなく、例えば膜壁を構成する蛋白質の動的構造変化と協奏させたダイナミックな生体材料の開発にもつながると考えられる。
【0013】
2005年、C. R. Martinらは、鋳型内交互積層法を生体分子蛋白質に適用し、蛋白質ナノチューブを合成した(非特許文献5)。グルコースオキシダーゼ(GOD)を酸化アルミナ膜の孔内壁に積層させ、GODからなる中空シリンダー構造の蛋白質積層構造体を作り、GOD活性が積層数の増加に比例することを見出した。
【0014】
しかしながら、彼らは調製過程で蛋白質が溶解してしまうのを防ぐために、グルタルアルデヒドを用いた化学的架橋により各蛋白質層を層間重合している。これらの蛋白質ナノチューブは、医療展開への期待も大きいが、鋳型除去の過程で構造が崩壊しやすいこと、さらには架橋による蛋白質の変性、機能低下なども懸念される。蛋白質の構造や機能をより安定に保ち、生物活性を保持するためには、重合や架橋を施す必要のない簡便なナノチューブの合成法の確立が望まれている。中空シリンダー構造をいかに安定に保持できるかが、実用化への重要な鍵といえる。
【非特許文献1】T. Shimizu, et al., Chem. Rev. 2005, 105, 1401
【非特許文献2】C. R. Martin, et al., Science 2004, 266, 1961.
【非特許文献3】F. Caruso, Adv. Mater. 2003, 15, 1849.
【非特許文献4】J. Li, J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 11140.
【非特許文献5】C. R. Martin, et al. Nano Lett. 2005, 5, 231.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、鋳型内交互積層法を用いて、簡便に中空シリンダー構造の蛋白質積層構造体(蛋白質ナノチューブ)を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
鋳型合成に広く使用されている酸化アルミナの多孔性膜をテンプレートとして使用した場合、鋳型成分を完全に溶解除去するのには、通常約10%濃度のリン酸水溶液に室温で4〜6時間浸漬する必要がある。しかし、鋳型内孔壁に静電相互作用により積層された蛋白質を含む層は、この間にリン酸水溶液に溶解してしまい、形態が崩壊してしまう。本発明者らは、中空シリンダー構造の蛋白質積層構造体を得るためには、鋳型成分を瞬時に除去する必要があると考え、室温で簡単に溶解除去できる多孔性膜を探索した。その結果、多孔性ポリカーボネート膜が適当な有機溶媒で瞬時に溶解できることを利用すれば、蛋白質を構成成分に含む積層構造体、さらには中空シリンダー状の積層構造体が簡便に得られるのではないかと考えた。
【0017】
本発明者らは、分子レベルで構造制御が可能で、安定な構造を有する蛋白質を成分とする積層構造体および中空シリンダー状積層構造体の設計と合成に鋭意研究を重ねた結果、多孔性ポリカーボネート膜を鋳型(テンプレート)として、その内孔表面に蛋白質を含む層と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する物質を含む層が直接接するように積層することにより、蛋白質を組成とする積層構造体が作成できるばかりでなく、ポリカーボネートの鋳型成分のみを有機溶媒で溶解除去することにより、中空シリンダー構造の蛋白質積層構造体を作成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
すなわち本発明の積層構造体は、多孔性ポリカーボネート膜の細孔を鋳型(テンプレート)として、その細孔内表面に蛋白質を含む層と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する物質を含む層とが交互に積層された積層部を有することを特徴とする。
【0019】
好ましい態様において、本発明の積層構造体は、中空シリンダー状の積層部を有する。
【0020】
好ましい態様において、本発明の積層構造体は、鋳型が除去されている。
【0021】
好ましい態様において、前記蛋白質は、ヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン変異体、ウシ血清アルブミン、ヘモグロビン、ミオグロビン、チトクロームc、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、フェリチン、およびリゾチームから選ばれる少なくとも1種である。
【0022】
好ましい態様において、前記反対極性の電荷を有する物質は、蛋白質、DNA、RNA、高分子電解質、およびイオン性基を有する脂質から選ばれる少なくとも1種である。
【0023】
好ましい態様において、前記高分子電解質は、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリ-L-リシン、ポリ-L-アルギニン、ポリ-L-ヒスチジン、キトサン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリグルタミン酸、およびポリアスパラギン酸から選ばれる少なくとも1種である。
【0024】
好ましい態様において、前記多孔性ポリカーボネート膜の細孔内径は10nm〜20μmである。
【0025】
本発明の分離膜は、上記の積層構造体を含む。
【0026】
本発明の分子捕捉剤は、上記の積層構造体を含む。
【0027】
本発明の蛋白質運搬体は、上記の積層構造体を含む。
【0028】
本発明の薬物運搬体は、上記の積層構造体を含む。
【0029】
本発明の遺伝子運搬体は、上記の積層構造体を含む。
【0030】
本発明の酸素運搬体は、上記の積層構造体を含む。
【0031】
また、本発明の積層構造体の製造方法は、多孔性ポリカーボネート膜に蛋白質の水溶液を通過させることにより、その細孔内表面に、同一の表面電荷を有する任意の蛋白質を含む層を形成する工程と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質の水溶液を前記多孔性ポリカーボネート膜に通過させることにより、その細孔内表面に、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質を含む層を形成する工程とを含み、前記任意の蛋白質を含む層と、前記任意の物質を含む層とが交互に積層された積層部を有する積層構造体を形成することを特徴とする。
【0032】
本発明の積層構造体の製造方法における好ましい態様では、中空シリンダー状の積層部を有する積層構造体を形成する。
【0033】
本発明の積層構造体の製造方法における好ましい態様では、細孔内表面に積層構造体が形成された前記多孔性ポリカーボネート膜を有機溶媒に浸漬し、該ポリカーボネート膜を溶解除去する。
【0034】
本発明の積層構造体の製造方法における好ましい態様では、前記任意の蛋白質が、ヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン変異体、ウシ血清アルブミン、ヘモグロビン、ミオグロビン、チトクロームc、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、フェリチン、およびリゾチームから選ばれる少なくとも1種である。
【0035】
本発明の積層構造体の製造方法における好ましい態様では、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質が、蛋白質、DNA、RNA、高分子電解質、およびイオン性基を有する脂質から選ばれる少なくとも1種である。
【0036】
本発明の積層構造体の製造方法における好ましい態様では、前記高分子電解質が、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリ-L-リシン、ポリ-L-アルギニン、ポリ-L-ヒスチジン、キトサン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリグルタミン酸、およびポリアスパラギン酸から選ばれる少なくとも1種である。
【0037】
本発明の積層構造体の製造方法における好ましい態様では、前記多孔性ポリカーボネート膜の細孔内径が10nm〜20μmである。
【発明の効果】
【0038】
本発明に係る蛋白質からなる積層構造体は、異なる表面電荷を持つ分子間に作用する静電引力を利用して、多孔性ポリカーボネート膜の細孔内に各分子を層状に累積する方法で作成されるため、ナノメートルサイズで分子レベルの構造・組成制御が可能である。
【0039】
また、その鋳型から該鋳型成分を除去することにより、細孔径と同じサイズの中空シリンダー状積層構造体が得られる。鋳型成分の溶解除去は瞬時に完了するため、合成に要する時間は、従来の酸化アルミナ膜を用いる方法に比べて、大幅に短縮できる。
【0040】
チューブの長さは用いるポリカーボネート膜の膜厚を調節することにより調整可能で、外径は鋳型孔径サイズの選定により調節可能であり、大量生産にも有利である。
【0041】
本発明に係る蛋白質を構成成分とする中空シリンダー状積層構造体は、調製工程で蛋白質分子間を重合することなく作成される蛋白質積層構造体の初めての例である。蛋白質の立体構造や活性が蛋白質単体と等しく保持できる利点がある。さらに、その中空管の特徴を挙げると、総表面積が非常に大きいことにある。
【0042】
これらの積層構造体は、鋳型の内部に固定された状態でフィルターとして使用すると、最内層蛋白質の機能を活用した分離膜として利用できる。
【0043】
鋳型成分を除去した後は、一次元内孔空間へ小分子を選択的にトラップできる分子捕捉剤として提供できる。
【0044】
さらに、それ自身が蛋白質から構成されているので、蛋白質運搬体としての機能も発現することができる。
【0045】
内孔空間に薬物、遺伝子を内包させれば、薬物運搬体、遺伝子運搬体としても利用できる有用な材料である。
【0046】
また、例えばヘモグロビンやミオグロビンを構成成分としたナノチューブは、人工酸素運搬体として提供できる。いずれも生体適合性、環境調和性もきわめて高い先端バイオ材料である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0047】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0048】
本発明の積層構造体は、蛋白質を含む第1の層と、その蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する物質を含む第2の層との積層構造体である。ここで、1つの第1の層と1つの第2の層は多孔性ポリカーボネートの細孔内壁で直接接するように積層される。
【0049】
第1の層と第2の層の積層順序に制限はない。例えば、本発明の積層構造体は、第1の層/第2の層、または第2の層/第1の層の順からなる2層構造、第1の層/第2の層/第1の層、または第2の層/第1の層/第2の層からなる3層構造をとることができる。そしてさらに下地の層の表面電荷とは反対極性の電荷を有する層を順次積層することにより、4層以上の構造とすることも可能である。
【0050】
第1の層を形成する蛋白質としては、ヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン変異体、ウシ血清アルブミン、ヘモグロビン、ミオグロビン、チトクロームc、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、フェリチン、およびリゾチームが好ましい。
【0051】
第2の層を形成する反対極性の電荷を有する物質としては、第1の層を形成する蛋白質とは反対極性の電荷を有する蛋白質、DNA、RNA、高分子電解質、およびイオン性基を有する脂質が好ましい。
【0052】
第1の層を形成する蛋白質の表面電荷が負の場合、第2の層を形成する物質が蛋白質の場合は、該蛋白質の表面電荷は正でなければならない。
【0053】
高分子電解質としては、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリ-L-リシン、ポリ-L-アルギニン、ポリ-L-ヒスチジン、キトサン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリアニリン、ポリグルタミン酸、およびポリアスパラギン酸が好ましい。
【0054】
イオン性基を有する脂質としては、アルキルアンモニウム塩、アルキルスルホン酸塩、脂肪酸塩、アルキルフォスファチジル酸、アルキルフォスファチジルセリン、カチオン性アミノ酸脂質、およびアニオン性アミノ酸脂質が好ましい。
【0055】
本発明の積層構造体は、鋳型の内部に固定された状態でフィルターとして使用すると、最内層蛋白質の機能を利用した分離膜として利用できる。
【0056】
鋳型成分を除去して得られる中空シリンダー状の積層構造体は、その一次元内孔空間への選択的分子トラップを利用した分子捕捉剤として有用である。
【0057】
さらに、それ自身が蛋白質からなるので、蛋白質運搬体としての機能を発揮することができる。
【0058】
内孔空間に薬物や遺伝子を内包させれば、薬物運搬体、遺伝子運搬体としても利用できる材料となりえる。
【0059】
また、例えばヘモグロビンやミオグロビンを構成成分としたナノチューブは、人工酸素運搬体、酸素吸着材、酸素除去剤として利用できる。酸素のほかに、活性中心であるヘムに結合する気体としては、一酸化炭素、一酸化窒素、二酸化窒素、シアン化合物などがある。
【0060】
アルブミンには、金属ポルフィリンなど、様々な低分子化合物が非特異的に包接されることが広く知られている。つまり、金属ポルフィリンなどの低分子化合物や機能分子を包接させたアルブミンを調製し、それを用いて同様な方法で積層構造体を作れば、それらもきわめて重要な材料となり得る。
【0061】
また、蛋白質に蛍光プローブを共有結合させることにより、蛍光標識蛋白質を調製することは今日良く行われているので、それらを用いて同様な方法で積層構造体を作ることもできる。
【0062】
本発明の積層構造体は、上記蛋白質の水溶液と、上記反対極性の電荷を有する物質の水溶液を用いて作成することができる。例えば、蛋白質の水溶液および上記反対極性を有する物質の水溶液のうち一方の水溶液をA、他方をBとし、水溶液Aから得られる層を層A、水溶液Bから得られる層を層Bとすると、本発明の積層構造体は次のようにして作成することができる。
【0063】
まず、液体流入ポートと液体排出ポートを有するメンブランホルダー内に、多孔性ポリカーボネート膜(孔径50nm〜20μm、好ましくは200〜800nm)を固定し、シリンジから水溶液Aを液体流入ポートを介してメンブランホルダー内に注入し、メンブランを通過させる。ついで純水を流して孔内表面を洗浄した後、吸引ポンプで液体排出側を吸引減圧し、孔内壁を乾燥させ、細孔内に層Aを作る。
【0064】
続いて、水溶液Bを通過させ、上記と同じように純水で洗浄後、吸引ポンプで吸引し、孔内壁を乾燥させ、層Bを作る。層Aと層Bは、それらの層を構成する異なる極性の表面電荷を持つ分子間に作用する静電引力により強固に結合する。
【0065】
細孔内への水溶液Aおよび水溶液Bの通過時間は、5〜60分、好ましくは10〜20分である。これらの操作はそれぞれ1〜20回、好ましくはそれぞれ3〜10回繰り返すことができる。
【0066】
得られた複合層を6〜48時間、好ましくは12〜18時間乾燥した後、適当な有機溶媒、好ましくはジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、テトラヒドロフランまたはジオキサン溶液に浸漬し、ポリカーボネート膜(鋳型成分)のみを溶解除去し、その有機溶媒溶液をフッ化炭素系材料でできたメンブランで吸引ろ過し、残渣を有機溶剤で数回洗浄、乾燥すると、膜上にナノチューブが単離される。本発明の積層構造体の形態は、走査電子顕微鏡観察から測定することができる。
【0067】
上記の例に限定されず、本発明によれば、多孔性ポリカーボネート膜に蛋白質の水溶液を通過させることにより、その細孔内表面に、同一の表面電荷を有する任意の蛋白質を含む層を形成する工程と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質の水溶液を前記多孔性ポリカーボネート膜に通過させることにより、その細孔内表面に、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質を含む層を形成する工程とを交互に適用することにより、前記任意の蛋白質を含む層と、前記任意の物質を含む層とが交互に積層された積層部を有する積層構造体を形成することができる。具体的には、例えば、同一の表面電荷を有する任意の蛋白質をP、P、P、…とし、当該蛋白質P、P、P、…を含む層をLP1、LP2、LP3…とすると共に、当該蛋白質P、P、P、…の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質をS、S、S、…とし、当該物質S、S、S、…を含む層をLS1、LS2、LS3…とすると、最外層から順にLP1/LS1/LP1/LS1/…の積層構造を有するもの、LS1/LP1/LS1/LP1/…の積層構造を有するもの、LP1/LS1/LP1/LS2/…の積層構造を有するもの、LS1/LP1/LS3/LP3/…の積層構造を有するものなど、あらゆる組み合わせの積層構造とすることができる。
【0068】
本発明の蛋白質積層構造体は、分離膜、分子捕捉剤、蛋白質運搬体、薬物運搬体、遺伝子運搬体、酸素運搬体としての応用価値が高い。いずれも生体適合性、環境調和性もきわめて高い先端材料である。
【実施例】
【0069】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1>
ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径400nm)を液体流入ポートと液体排出ポートを有するメンブランホルダー(ミリポア社製)に固定し、先ずポリ-L-アルギニン塩酸塩(PLA、1mg/mL)のリン酸緩衝水溶液(pH7.0、10mM、0.1MのNaClを含む)10mLを液体流入ポートからプラスチック製シリンジを介して、0.5mL/minの速度で注入し通過させた。
【0070】
その後、純水(10mL)を1.0 mL/minの速度で通過させ孔内表面を洗浄し、さらに排出ポート側を吸引ポンプを用いて10分間吸引し、孔内壁を乾燥させた。
【0071】
続いて、ヒト血清アルブミン(HSA、2mg/mL)のリン酸緩衝水溶液(pH7.0、10mM)10 mLを液体流入ポートからプラスチック製シリンジを介して、0.5 mL/minの速度で注入し通過させた。
【0072】
上記と同じように純水(10mL、1.0mL/min)で洗浄後、吸引ポンプで10分間吸引し、孔内壁を乾燥させた。これらの操作を計3回繰り返すと、多孔性膜の孔内壁に、PLAとHSAの積層構造体が得られた。
【0073】
この複合膜を12時間、室温・暗所で乾燥した後、ジクロロメタン溶液に浸漬し、ポリカーボネート膜(鋳型成分)のみを溶解除去した。そのジクロロメタン溶液をオムニポア膜(ミリポア社製、47mm径、孔径100nm)でろ過し、残渣をジクロロメタンで数回洗浄し、乾燥すると、膜上にPLA/HSAからなる中空シリンダー状積層構造体が単離された。走査電子顕微鏡観察(図1)から、得られたナノチューブは、外径約420nm、内径約328nm、長さ<8μmであることがわかった。
<実施例2>
実施例1において、ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径400 nm)の代わりに、ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径200 nm)を用いた以外は全く同様な方法で、PLA/HSAからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察(図2)から、得られたナノチューブは、外径約154 nm、内径約 62 nm、長さ<8μmであることがわかった。
<実施例3>
実施例1において、PLAとHSAの積層回数を計3回の代わりに計6回繰り返した以外は全く同様な方法で、PLA/HSAからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約400 nm、内径約 272 nm、長さ<8 μmであることがわかった。
<実施例4>
実施例3において、ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径400 nm)の代わりに、ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径800 nm)を用いた以外は全く同様な方法で、PLA/HSAからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約708 nm、内径約 582 nm、長さ<15μmであることがわかった。
<実施例5>
実施例1において、PLAの代わりにポリエチレンイミン(PEI)を用いた以外は全く同様な方法で、PEI/HSAからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約398 nm、内径約 320 nm、長さ<6μmであることがわかった。
<実施例6>
実施例5において、PEIとHSAの積層回数を計3回の代わりに計6回繰り返した以外は全く同様な方法で、PEI/HSAからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約404 nm、内径約 288 nm、長さ<8 μmであることがわかった。
<実施例7>
実施例1において、HSAの代わりにフェリチンを用いた以外は全く同様な方法で、PLA/フェリチンからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察(図3)から、得られたナノチューブは、外径約420 nm、内径約 310nm、長さ<7μmであることがわかった。
<実施例8>
実施例7において、ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径400 nm)の代わりに、ポリカーボネート膜(アイソポア膜、ミリポア社製、25mm径、孔径800 nm)を用いた以外は全く同様な方法で、PLA/フェリチンからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約725nm、内径約 613 nm、長さ<14μmであることがわかった。
<実施例9>
実施例8において、フェリチンの代わりにミオグロビン(Mb)を用いた以外は全く同様な方法で、PLA/Mbからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約706 nm、内径約644nm、長さ<15μmであることがわかった。
<実施例10>
実施例1において、HSAの代わりにヘモグロビン(Hb)を用いた以外は全く同様な方法で、PLA/Hbからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約420 nm、内径約320nm、長さ<7μmであることがわかった。
<実施例11>
実施例1において、HSAの代わりにグルコースオキシダーゼ(GOD)を、PLAの代わりにキトサン用いた以外は全く同様な方法で、キトサン/GODからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約420 nm、内径約315nm、長さ<6μmであることがわかった。
<実施例12>
実施例1において、PLAの代わりにチトクロームc(CytC)を、HSAの代わりにポリグルタミン酸を用いた以外は全く同様な方法で、CytC/ポリグルタミン酸からなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約410 nm、内径約340nm、長さ<7μmであることがわかった。
<実施例13>
実施例5において、1回目、2回目の積層はPLA/HSAで行い、3回目の積層はPEI/フルオレセイン結合HSAで行った以外は全く同様な方法で、PLA/HSA/PLA/HSA/PEI/フルオレセイン結合HSAからなる積層構造体および中空シリンダー状積層構造体を合成した。走査電子顕微鏡観察から、得られたナノチューブは、外径約415 nm、内径約320nm、長さ<8μmであることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】実施例1のPLA/HSA積層構造体の走査電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例2のPLA/HSA積層構造体の走査電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例7のPLA/フェリチン積層構造体の走査電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔性ポリカーボネート膜の細孔を鋳型(テンプレート)として、その細孔内表面に蛋白質を含む層と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する物質を含む層とが交互に積層された積層部を有する積層構造体。
【請求項2】
中空シリンダー状の積層部を有する請求項1に記載の積層構造体。
【請求項3】
鋳型が除去されている請求項1または2に記載の積層構造体。
【請求項4】
前記蛋白質が、ヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン変異体、ウシ血清アルブミン、ヘモグロビン、ミオグロビン、チトクロームc、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、フェリチン、およびリゾチームから選ばれる少なくとも1種である請求項1から3のいずれかに記載の積層構造体。
【請求項5】
前記反対極性の電荷を有する物質が、蛋白質、DNA、RNA、高分子電解質、およびイオン性基を有する脂質から選ばれる少なくとも1種である請求項1から4のいずれかに記載の積層構造体。
【請求項6】
前記高分子電解質が、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリ-L-リシン、ポリ-L-アルギニン、ポリ-L-ヒスチジン、キトサン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリグルタミン酸、およびポリアスパラギン酸から選ばれる少なくとも1種である請求項5に記載の積層構造体。
【請求項7】
前記多孔性ポリカーボネート膜の細孔内径が10nm〜20μmである請求項1から6のいずれかに記載の積層構造体。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の積層構造体を含む分離膜。
【請求項9】
請求項1から7のいずれかに記載の積層構造体を含む分子捕捉剤。
【請求項10】
請求項1から7のいずれかに記載の積層構造体を含む蛋白質運搬体。
【請求項11】
請求項1から7のいずれかに記載の積層構造体を含む薬物運搬体。
【請求項12】
請求項1から7のいずれかに記載の積層構造体を含む遺伝子運搬体。
【請求項13】
請求項1から7のいずれかに記載の積層構造体を含む酸素運搬体。
【請求項14】
多孔性ポリカーボネート膜に蛋白質の水溶液を通過させることにより、その細孔内表面に、同一の表面電荷を有する任意の蛋白質を含む層を形成する工程と、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質の水溶液を前記多孔性ポリカーボネート膜に通過させることにより、その細孔内表面に、前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質を含む層を形成する工程とを含み、前記任意の蛋白質を含む層と、前記任意の物質を含む層とが交互に積層された積層部を有する積層構造体を形成することを特徴とする積層構造体の製造方法。
【請求項15】
中空シリンダー状の積層部を有する積層構造体を形成する請求項14に記載の積層構造体の製造方法。
【請求項16】
細孔内表面に積層構造体が形成された前記多孔性ポリカーボネート膜を有機溶媒に浸漬し、該ポリカーボネート膜を溶解除去する請求項14または15に記載の積層構造体の製造方法。
【請求項17】
前記任意の蛋白質が、ヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン、遺伝子組換えヒト血清アルブミン変異体、ウシ血清アルブミン、ヘモグロビン、ミオグロビン、チトクロームc、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グルコースオキシダーゼ、グルコアミラーゼ、フェリチン、およびリゾチームから選ばれる少なくとも1種である請求項14から16のいずれかに記載の積層構造体の製造方法。
【請求項18】
前記蛋白質の表面電荷とは反対極性の電荷を有する任意の物質が、蛋白質、DNA、RNA、高分子電解質、およびイオン性基を有する脂質から選ばれる少なくとも1種である請求項14から17のいずれかに記載の積層構造体の製造方法。
【請求項19】
前記高分子電解質が、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリ-L-リシン、ポリ-L-アルギニン、ポリ-L-ヒスチジン、キトサン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリグルタミン酸、およびポリアスパラギン酸から選ばれる少なくとも1種である請求項18に記載の積層構造体の製造方法。
【請求項20】
前記多孔性ポリカーボネート膜の細孔内径が10nm〜20μmである請求項14から19のいずれかに記載の積層構造体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−263274(P2009−263274A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−114565(P2008−114565)
【出願日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】