説明

蟻酸カルシウムを添加した果実掛け袋

【課題】 カルシウム不足による梨果実の発育障害は、カルシウム塩の果実への直接投与により防止することが出来るが、現在行われているカルシウムを含む資材の果実および葉面への散布では、生育初期に多回数の散布が必要であり労力、経費を多く要するばかりか、防止効果も高くはない。そのため、果実発育障害防止を可能とする十分な量のカルシウムを簡易な手段で果実へ吸収させる方法を見出す必要がある。
【解決手段】 果実へ袋を掛けて栽培される梨では、カルシウム塩を添加した果実掛け袋を用いて労力を掛けずに肥料分であるカルシウムを果実に与えることが可能である。そこで、溶解度と吸収速度が適度であって薬害を起こしにくい蟻酸カルシウムを選び、蟻酸カルシウム水溶液を染み込ませた紙で作った袋を果実に掛ける実験により、ナシ‘新高’の「みつ症」、「裂皮症」、「尻あざ症」が防止出来ることを見い出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、果実に袋を掛けて栽培する果樹園芸において利用できる。
【背景技術】
【栽培上の問題】
【0002】
梨の‘新高’や‘豊水’などの品種には、果肉に糖が浸み出して褐変する「みつ症」が、また‘新高’では果頂部の果皮がひび割れる「裂皮症」、果皮が黒褐色に変色する「尻あざ症」が発生して大きな害を及ぼしている。これら障害の内「みつ症」を発生させる主因はカルシウム不足であることがほぼ判明しているが、土壌へのカルシウム肥料の投入量を増やしてもほとんど効果が見られていない。そこで、その対策としてカルシウムの植物体や果実への直接投与が検討された。
【0003】
植物が最も吸収しやすいカルシウムの形態であるEDTA−Ca(キレートカルシウム)含有ペーストの果軸(果実と枝がつながっている部分)への塗布(独法・果樹研究所、岡山農試、高知果試)、各種カルシウム塩の果実と葉への同時散布(葉面散布:岡山農試、宮崎総農試)が検討され、効果が確認されている。
【0004】
しかし、これらの対策には次の問題がある。EDTA−Caを塗布する方法は、効果は高いがEDTA−Caの吸収が速すぎて果皮細胞が枯死する薬害を伴うので実用化されておらず、一方、葉面散布では、効果は認められるが、生育初期に多回数(5回以上)の散布が必要であり労力、経費を要する割に効果はそれほど高くない。
【0005】
労力を掛けることなく果実にカルシウムを与える方法としてカルシウム塩を塗布した果実掛け袋を用いる方法があり、リンゴを対象とした小山内武蔵の特許がある。
リンゴの栽培では、果実の着色を促進するため、収穫直前に果実掛け袋を取り除いて紫外線が当たりやすくするための「除袋」という作業を行う。その作業の結果着色が促進する反面、作業時の天候によっては果実に日焼けが発生する場合がある。その日焼け対策として、小山内武蔵は2種類のカルシウム塩を含む溶液を塗布した袋を提案した。
【特許文献】特公昭50−32219
【0006】
この特許文献には、袋の内部全体に以下に示す混合水溶液を塗布した果実掛け袋を果実に掛けると除袋後に日焼けが発生しないことが記載されている。塗布に使用する混合水溶液は、水18リットルに対し硝酸カルシウム250g、燐酸カルシウム250g、水溶性パラフィン0.4リットル溶かしたものとされている。以下、この混合水溶液を内面に塗布した果実掛け袋を「小山内の袋」とする。なお、小山内の袋は特許化後約30年経過した現在でも実用化されておらず、この袋を利用しているリンゴ生産者は居ない。
【先行技術の問題点】
【0007】
小山内の袋の内面には硝酸カルシウムと燐酸カルシウムをそれぞれ1.4%含んだ溶液が塗布されている。塗布されている溶液の重量を推定すると、我々の実験では普通の大きさの果実掛け袋を作る縦20cm、横40cmの紙全体を溶液に浸漬した場合に約7gの溶液が付着したので、内面にのみ溶液を塗布する小山内の袋には全面浸漬の場合の半量以下の量しか付着しないから3.5gの溶液が付着すると仮定する。
【0008】
付着した溶液には硝酸カルシウムと燐酸カルシウムがそれぞれ1.4%含まれていて、その量を重量で示すとそれぞれ0.049gと推定できる。
【0009】
次に、リンゴにおいても障害防止に有効な成分はカルシウムであるからカルシウムの含量を計算する。硝酸カルシウムの分子量は164であり、その内、原子量40のカルシウムが1原子含まれているから、硝酸カルシウムに由来するカルシウム含量は0.049g×40/164=0.012gと推定できる。
【0010】
燐酸カルシウムの分子量は136であり、その内、原子量40のカルシウムが1原子含まれているから、燐酸カルシウムに由来するカルシウム含量は0.049g×40/136=0.014gと推定できる。
【0011】
果実がカルシウムを吸収するにはカルシウム塩が水に溶解する必要がある。硝酸カルシウムの溶解度は高いので果実が吸収しやすいが、燐酸カルシウムは水にはほとんど溶解しないため果実は吸収できない。そのため、小山内の袋には果実が吸収利用できるカルシウムは0.012gとわずかしか含まれておらず大きな効果は期待できない。
【0012】
第1表に各種カルシウム塩の水への溶解度を示した。主要なカルシウム塩の中でも硝酸カルシウムは溶解度が特に高い。果樹の分野では肥料の葉面散布がしばしば行われるが、溶解度が比較的高い塩化カルシウムは葉面散布に普通に使用されるものの薬害が生じることが多い。
【0013】
また、溶解度が高くてもカルシウム塩の種類によっては有効に作用しないものが有る。これまでの知見では、カルシウム不足に対する硝酸カルシウムの葉面散布の効果は低いとされており、硝酸カルシウムが葉面散布に使用されることはなかった。
【0014】
硝酸カルシウムは、葉や果実から吸収させるには溶解度が高すぎ、また、塩の特性として障害防止の作用性が乏しい。従って、葉や果実から吸収させるカルシウム塩として硝酸カルシウムの選択は適切でない。
【0015】

【発明が解決しようとする課題】
【0016】
解決しようとする課題は、労力を掛けることなく、薬害も起こすことのない手段で、果実発育障害防止を可能とする十分な量のカルシウムを果実へ吸収させる方法を見出すことである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
果実へ袋を掛けて栽培される梨では、カルシウム塩を添加した果実掛け袋を用いて労力を掛けずに肥料分であるカルシウムを果実に与えることが可能である。その際、薬害を起こさない程度の適度の速度で、果実発育障害防止を可能とする十分な量のカルシウムが果実へ吸収されるようにすれば解決できる。
【0018】
水への溶触度の高いカルシウム塩は果実への吸収も速いが薬害が発生するため高濃度での添加ができないので少量のカルシウムしか与えることが出来ない。逆に溶解度の低いカルシウム塩は吸収が遅くて薬害が出ないため高濃度での添加ができるが、吸収されるカルシウムの量が少ないので障害防止も期待できない。さらに、水への溶解度の高いカルシウム塩であっても障害防止作用の乏しい塩が存在することから、障害防止作用が高いカルシウム塩であることを実験で確認しなければならない。
【0019】
そこで、多数のカルシウム塩の中から溶解度が塩化カルシウムの1/4程度と高すぎず、低すぎることもない蟻酸カルシウムを選び、蟻酸カルシウム水溶液を染み込ませた紙で作った袋を果実に掛ける実験を重ね、この袋によって‘新高’の「みつ症」、「裂皮症」、「尻あざ症」が防止出来ることを見い出した。
【実験内容と結果】
【0020】
作物の栽培ではその年の気象条件や供試樹により処理効果に差が見られるため、岡山県農業総合センター農業試験場において4年間にわたり、3名の発明者が蟻酸カルシウムを2〜20%の濃度の水溶液、又は、水に混濁させた液を800cm当たり7g染み込ませた紙で出来た果実掛け袋を梨‘新高’の果実に掛けて、果実発育障害の発生に及ぼす影響を調べた結果を第2表と第3表に示した。
【0021】
実験の結果、蟻酸カルシウム10%程度の溶液を添加した果実掛け袋は、「みつ症」、「裂皮症」、「尻あざ症」の発生を有意に減少させることが判明した。
この実験において果実掛け袋に添加した蟻酸カルシウム溶液の濃度が10%の場合のカルシウム含量を計算する。800cmの紙で出来た袋には蟻酸カルシウム溶液が7g付着した。
【0022】
蟻酸カルシウム濃度が10%であるから、800cmの紙で出来た果実掛け袋には7×0.1=0.7gの蟻酸カルシウムが付着していることになる。蟻酸カルシウムの分子量は130であり、その内、原子量40のカルシウムが1原子含まれているから、カルシウム含量は0.7g×40/130=0.215gとなり、蟻酸カルシウムを添加した果実掛け袋には小山内の袋に含まれているカルシウム0.012gの20倍近いカルシウムが含まれていることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
蟻酸カルシウム10%水溶液に新聞紙などの紙を浸漬して、紙800cm当たり7g程度の溶液を付着させ乾燥させた紙を用いて果実掛け袋を作る。この袋を5〜6月にナシ果実に掛けることにより「みつ症」、「裂皮症」「尻あざ症」発生の大部分を防ぐことが出来る。
【実施例】
【0024】
我々の実験では蟻酸カルシウム水溶液に果実掛け袋を浸漬した後乾燥させることによって蟻酸カルシウム添加果実掛け袋を作成した。蟻酸カルシウム添加果実掛け袋作成の別の方法として、蟻酸カルシウムの原体や溶液を果実掛け袋へ塗布・吹き付けても、また、製紙の過程で蟻酸カルシウムを漉き込んだ紙などの資材を用いた製袋によっても作成出来る。
【0025】
あるいは、原紙に蟻酸カルシウムの原体や溶液を塗布・吹き付け・浸透させ乾燥させて作った紙などの資材を用いて製袋することも出来る。蟻酸カルシウムの濃度は、発明者の実験では2〜20%の範囲で実施し、いずれも効果が認められたが、品種や障害の種類によってはより低濃度、あるいは、より高濃度でも効果が期待できる。
【0026】
梨の果実発育障害の防止は、カルシウムが適度の早さで、ある量以上が果実へ吸収されるように仕向ければよい。この条件を満たすカルシウム塩として蟻酸カルシウムを発見したが、他の塩の利用も考えられる。
【0027】
溶解度の低いカルシウム塩は溶解度を高める補助剤、あるいは、果実への吸収を速めるための界面活性剤などと併用したり、逆に溶解しやすいカルシウム塩では、徐々に溶出するようにパラフィンなどに溶かし込んで袋に塗布するなどの方法がある。さらに、他のカルシウム塩やカルシウム以外の肥料成分と混合して添加し、相乗効果を図る方法もある。
【産業上の利用可能性】
【0028】
蟻酸カルシウムを添加した果実掛け袋を掛けることにより、カルシウムは生育期間中に袋内に浸透する雨露や果実から蒸散する蒸気により徐々に溶出して果実に移行・吸収されるものと考えられる。
【0029】
それによって、梨品種の‘新高’や‘豊水’などの果肉、果皮に発生する発育障害である「みつ症」、「裂皮症」、「尻あざ症」の発生の大部分を防ぐことが出来る。さらに、果実に袋を掛けて栽培している農家にとっては、従来からの果実掛け袋に代えて蟻酸カルシウム添加果実掛け袋を採用しても手間が全く増加することはない。従って、蟻酸カルシウム添加果実掛け袋の果実への被袋は、手間を増加させることなく果実発育障害を減少させるという大きな効果をもたらす。
【0030】
果実掛け袋は、かっては冬期の作業として農家が作っていたが、目的を異にした各種規格の袋が製袋会社によって発明・生産されるに及んで、現在では農家が作ることはなくなった。全国で十数社の製袋会社が多量の袋を生産しており、蟻酸カルシウム添加果実掛け袋は、梨の果実発育障害防止効果が高いことから、製袋会社によって実施される可能性が高い。
【0031】
また、今後の研究によっては、梨以外の果樹においても、様々な肥料成分の添加された果実掛け袋による果実への省力的施肥方法が開発される可能性が高い。
【0032】
【蟻酸カルシウム添加果実掛け袋の効果を示す表】

【0005】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
蟻酸カルシウムを添加した果実掛け袋

【公開番号】特開2006−304752(P2006−304752A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−158019(P2005−158019)
【出願日】平成17年4月26日(2005.4.26)
【出願人】(505201054)
【Fターム(参考)】