説明

血管モデル

【課題】人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有する血管モデルを提供すること。
【解決手段】平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールからなる水性ゲルおよびシリカ粒子を含有することを特徴とする血管モデル、および平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールおよびシリカ粒子を含むポリビニルアルコール水溶液を−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍することを特徴とする血管モデルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管モデルに関する。さらに詳しくは、例えば、動脈瘤に対するステントグラフトの挿入練習用の血管モデル、血管の切除・縫合手術練習用の血管モデルなどとして好適に使用することができる血管モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
外科医による手術のなかでも、動脈瘤に対するステントグラフトの挿入や血管の切除・縫合手術には、生死を分かつ慎重で熟練した技術が要求されることから、血管外科医をはじめ、研修医、医学生などは、熟練した技術力を身につけるために血管モデルを使用した手術練習を積み重ねる必要がある。
【0003】
従来、手術練習用の血管モデルを構成する材料として、合成ゴム、ジエン系ゴムなど(例えば、特許文献1の段落[0009]および特許文献2の段落[0015]参照)、天然ゴム、シリコーンゴム、アクリル系ゴム、オレフィン系ゴム、ポリウレタンなど(例えば、特許文献3の段落[0006]、特許文献4の段落[0006]、特許文献5の段落[0015]および特許文献6の段落[0013]参照)、ポリ塩化ビニル、ポリブタジエン、アイオノマー、低密度ポリエチレンなど(例えば、特許文献7の段落[0017]参照)が提案されており、これらのなかでも、シリコーンゴムチューブは、人体の血管に比較的似ていることから広く使用されている。
【0004】
しかし、前記材料は、いずれも撥水性が非常に強いため、人体の血管のような親水性を有しておらず、さらに人体の血管のような弾力性や切開感を有しないため、これらの材料からなる血管モデルは、血管外科医などが手技練習をするのに適していない。
【0005】
また、生体軟組織の模型として、2種類のポリビニルアルコールを溶解させた溶液を生体軟組織の鋳型に注入した後、冷却させることによってゲル化させ、得られた水性ゲル組成物を鋳型から取り出すことによって得られる模型が提案され、その生体軟組織の例として血管が例示されている(例えば、特許文献8の段落[0029]参照)。
【0006】
しかし、この生体軟組織の模型は、その製造段階で原料として2種類のポリビニルアルコールを必要とするため、その組成の調整が煩雑であり、さらに人体の血管が有するような弾力性や切開感を有しておらず、その表面がべとつくため、生体の血管に近似していない。
【0007】
したがって、近年、血管外科医、医学系大学、外科系病院などから、血管の切除・縫合手術練習用、動脈瘤に対するステントグラフトの挿入練習用などとして好適に使用することができる血管モデルの開発が切に望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】実開平05−0027776号公報
【特許文献2】特開2005−195696号公報
【特許文献3】実開平06−0004768号公報
【特許文献4】特開平11−0167342号公報
【特許文献5】特開2007−316343号公報
【特許文献6】特開2008−261990号公報
【特許文献7】特開2006−126686号公報
【特許文献8】特開2007−316434号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有する血管モデルを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、本発明者が大学病院の外科医と面談し、血管外科医の要求に応えるべく鋭意研究を重ねた結果、人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有する血管モデルを完成するに到った。
【0011】
すなわち、本発明は、
(1)平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールからなる水性ゲルおよびシリカ粒子を含有することを特徴とする血管モデル、ならびに
(2)平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールおよびシリカ粒子を含むポリビニルアルコール水溶液を−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍することを特徴とする血管モデルの製造方法
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の血管モデルは、人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有するという優れた効果を奏する。したがって、本発明の血管モデルは、例えば、動脈瘤に対するステントグラフトの挿入の練習、血管の切除・縫合手術の練習などの練習の際に好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1で得られた血管モデルの図面代用写真である。
【図2】本発明の血管モデルを用いて大動脈瘤にステントグラフトを挿入して手技練習をするときの概略説明図である。
【図3】実施例7で得られた血管モデルの図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の血管モデルは、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールからなる水性ゲルおよびシリカ粒子を含有する。
【0015】
本発明の血管モデルは、例えば、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールおよびシリカ粒子を含むポリビニルアルコール水溶液を−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍することによって容易に製造することができる。
【0016】
ポリビニルアルコールの粘度法で求められる平均重合度は、本発明の血管モデルの機械的強度を高める観点から、好ましくは300以上、より好ましくは500以上、さらに好ましくは1000以上であり、人体の血管に近似した適度な弾力性を付与する観点から、好ましくは3500以下、より好ましくは3000以下、さらに好ましくは2500以下である。
【0017】
また、ポリビニルアルコールのケン化度は、本発明の血管モデルの機械的強度および弾力性を高める観点から、好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上、さらに好ましくは98モル%以上である。ポリビニルアルコールのケン化度の上限値には限定がなく、高ければ高いほど好ましく、完全ケン化のポリビニルアルコールがさらに好ましい。
【0018】
ポリビニルアルコールは、通常、水溶液として用いることができる。ポリビニルアルコールを水に溶解させるとき、ポリビニルアルコールの溶解性を高める観点から、ポリビニルアルコールまたは水を加温しておくことが好ましい。ポリビニルアルコール水溶液におけるポリビニルアルコールの濃度は、本発明の血管モデルの機械的強度を高める観点から、好ましくは1重量%以上、より好ましくは3重量%以上、さらに好ましくは5重量%以上であり、ポリビニルアルコールを水に十分に溶解させるとともに成形性を向上させる観点から、好ましくは40重量%以下、より好ましくは30重量%以下、さらに好ましくは20重量%以下である。
【0019】
本発明の血管モデルは、シリカ粒子を含有する。本発明の血管モデルは、このようにシリカ粒子を含有することから、従来のようにポリビニルアルコール水溶液の冷解凍を何度も繰り返したりしなくても、人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有する。
【0020】
シリカ粒子の粒子径は、ポリビニルアルコールにおける分散安定性および本発明の血管モデルの平滑性を高める観点から、3〜100nm程度であることが好ましい。
【0021】
シリカ粒子の量は、ポリビニルアルコール100重量部あたり、本発明の血管モデルの機械的強度および弾力性を高める観点から、好ましくは0.01重量部以上、より好ましくは0.05重量部以上、さらに好ましくは0.1重量部以上であり、本発明の血管モデルが硬くなるのを防止する観点から、好ましくは50重量部以下、より好ましくは30重量部以下、さらに好ましくは20重量部以下である。シリカ粒子は、通常、ポリビニルアルコールまたはその水溶液と混合することができる。
【0022】
シリカ粒子は、例えば、コロイダルシリカとして用いることが好ましい。コロイダルシリカにおけるシリカ粒子の含有量は、コロイダルシリカにおけるシリカ粒子の分散安定性などの観点から、3〜40重量%程度であることが好ましい。コロイダルシリカは、例えば、日産化学工業(株)製、商品名:スノーテックス(登録商標)などとして商業的に容易に入手することができる。
【0023】
また、ポリビニルアルコールには、表面層の乾燥を防止する観点から、多糖類を添加することが好ましい。多糖類は、分散安定性の観点から、ポリビニルアルコール水溶液に添加することが好ましい。
【0024】
多糖類としては、例えば、キチン、脱アセチル化キチン、キトサン、キトサンアセテート、キトサンマレエート、キトサングリコネート、キトサンソルベート、キトサンホルメート、キトサンサリチレート、キトサンプロピオネート、キトサンラクテート、キトサンイタコネート、キトサンナイアシネート、キトサンガラート、キトサングルタメート、カルボキシメチルキトサン、アルキルセルロース、ニトロセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、デンプン、コラーゲン、アルギネート、ヒアルロン酸、ヘパリンなどが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらのなかでは、本発明の血管モデルの乾燥を防止する観点から、キトサンおよびその誘導体が好ましく、キトサンがより好ましい。
【0025】
キトサンは、例えば、エビ、カニ、イカなどの甲殻類に由来のキチンを脱アセチル化させたものなどが挙げられる。キトサンは、商業的に容易に入手することができる。キトサンは、通常、粉末の形態で使用することができる。キトサンの分子量は、特に限定されないが、通常、好ましくは10000〜200000、より好ましくは10000〜40000である。
【0026】
多糖類の量は、その種類などによって異なるので一概には決定することができないが、通常、ポリビニルアルコール100重量部あたり、本発明の血管モデルの乾燥を防止する観点から、好ましくは0.3重量部以上、より好ましくは0.5重量部以上、さらに好ましくは1重量部以上であり、本発明の血管モデルが適度な弾力性を有するようにする観点から、好ましくは300重量部以下、より好ましくは250重量部以下、さらに好ましくは200重量部以下である。
【0027】
多糖類は、分散安定性を高める観点から、通常、水溶液として用いることが好ましい。多糖類水溶液は、例えば、濃度が0.5〜10重量%程度となるように多糖類を酢酸、塩酸、乳酸などの酸の水溶液に溶解させることによって得ることができる。なお、必要により、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの塩基性物質でこの水溶液を中性〜塩基性に調整してもよい。
【0028】
なお、ポリビニルアルコールには、本発明の目的を阻害しない範囲内で、例えば、顔料、染料などの着色剤、香料、酸化防止剤、防黴剤、抗菌剤などの添加剤を適量で添加してもよい。これらの添加剤は、通常、分散安定性の観点から、ポリビニルアルコール水溶液に添加することが好ましい。本発明の血管モデルを人体の血管と近似させるために、ポリビニルアルコール水溶液を着色剤で人体の血管に近似した色とに着色することが好ましい。
【0029】
本発明の血管モデルは、例えば、人体の血管の直径に対応した内径を有する管内にポリビニルアルコール水溶液を充填し、−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍し、その管内で形成された成形体の中央部分に、血管の内径に対応する直径を有する針金、ワイヤ、金属線などの線状体を挿入し、血液の通路を形成させ、形成された成形体から前記管および線状体を除去することにより、製造することができる。
【0030】
前記管としては、例えば、シリコーンゴムなどからなるゴム管、エラストマーからなる管、ポリプロピレン、アクリル樹脂、ポリカーボネートなどの樹脂からなる樹脂管などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。なお、成形体の中央部に線状体を挿入するとき、形成された成形体を管内から吸引、押出などによって取り出し、取り出された成形体の中央部に線状体を挿入することにより、血液の通路を形成させてもよい。
【0031】
また、本発明においては、例えば、ポリビニルアルコール水溶液を、血管の外形に対応した内径を有する直管内に充填し、その直管の中央部に、血管の内径に対応する直径を有する芯材を挿入し、−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍し、形成された成形体から直管および芯材を除去することにより、血管モデルを製造することができる。
【0032】
前記直管としては、例えば、ポリプロピレン、硬質ポリエチレン、硬質塩化ビニル、アクリル樹脂、ポリエステル、ポリカーボネートなどの合成樹脂からなる樹脂管、ガラス管などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。直管の内径は、生体の血管の直径に応じて決定することが好ましい。
【0033】
前記直管内に挿入される芯材としては、例えば、ポリプロピレン、硬質ポリエチレン、硬質塩化ビニル、アクリル樹脂、ポリエステル、ポリカーボネートなどの合成樹脂からなる芯材、ガラス製の芯材、金属製の芯材などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0034】
直管に挿入された芯材が直管の中心部に位置するようにするために、例えば、中央部に芯材を挿入するための貫通孔を有する封止栓で直管の一端の開口部を封止し、当該貫通孔に芯材を挿入することが好ましい。このとき、封止栓の貫通孔に芯材を挿入した後、当該封止栓で直管一端の開口部を封止してもよい。封止栓としては、例えば、シリコーンゴム、天然ゴムなどのゴムからなるゴム栓、コルク栓などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0035】
直管の一端の開口部が封止栓で封止され、芯材が挿入された直管において、直管と芯材との間隙にポリビニルアルコール水溶液を注入した後、当該直管の他端にも、前記と同様にして、中央部に芯材を挿入するための貫通孔を有する封止栓で直管の他端の開口部を封止することが好ましい。次に、中央部に芯材が挿入され、その内部にポリビニルアルコール水溶液が充填され、両端が封止栓で封止された直管は、ポリビニルアルコール水溶液をゲル化させるために−10℃以下の温度で冷凍される。
【0036】
前記ポリビニルアルコール水溶液の冷凍温度は、本発明の血管モデルの機械的強度を高める観点から、好ましくは−10℃以下、より好ましくは−15℃以下、さらに好ましくは−20℃以下であり、本発明の血管モデルの生産効率を高める観点から、好ましくは−35℃以上、より好ましくは−30℃以上である。
【0037】
ポリビニルアルコール水溶液を前記温度で冷却する時間は、本発明の血管モデルの機械的強度を高める観点およびその生産効率を高める観点から、好ましくは1〜10時間程度、より好ましくは3〜8時間程度である。
【0038】
ポリビニルアルコール水溶液を所望の温度で所望の時間冷却することによってポリビニルアルコール水溶液が凍結するが、そのときにポリビニルアルコール水溶液がゲル化するので、水性ゲルおよびシリカ粒子を含む成形体が形成される。
【0039】
次に、このようにして形成された成形体を解凍する。成形体は、例えば、室温中に放置することによって自然解凍させてもよく、あるいは加熱することによって解凍させてもよいが、エネルギー効率を高める観点から、自然解凍が好ましい。成形体を解凍させるときの温度は、特に限定されず、通常、室温〜40℃程度であればよい。
【0040】
このように成形体を解凍することにより、本発明の血管モデルが得られるが、必要により、本発明の血管モデルをより生体の血管と近似させるために乾燥させることができる。乾燥の程度は、生体の血管の種類などによって異なるので一概には決定することができないことから、その血管の種類に応じて適宜調整することが好ましい。なお、血管モデルを加熱することによって血管モデルの乾燥させた場合、血管モデルを構成している水性ゲル組織の均一化を図ることができる。
【0041】
例えば、血管モデルを加熱することによって血管モデルを乾燥させる場合、血管モデルの乾燥は乾燥室内で行なうことができる。血管モデルを乾燥させる際の血管モデルの温度は、水性ゲル組織の均一化を図る観点から、好ましくは35℃以上、より好ましくは40℃以上であり、血管モデルのゲル弾性の低下を抑制する観点から、好ましくは80℃以下、より好ましくは75℃以下である。血管モデルの温度を前記温度に調整する時間は、その温度によって異なるので一概には決定することができないが、通常、血管モデルの水性ゲル組織の均一化を図る観点から、0.5〜3時間程度であることが好ましい。血管モデルの温度調整を行なった後は、血管モデルを室温まで放冷などによって冷却すればよい。
【0042】
本発明の血管モデルは、通常、人体の血管と同様の直径および内径を有するように製造される。したがって、通常、本発明の血管モデルの外径が2〜5mm程度、内径が1〜3mm程度となるように調整することが好ましい。
【0043】
本発明の血管モデルは、そのままの状態で血管モデルとして使用することができるが、必要により、所定の長さとなるように裁断してもよい。さらに、本発明の血管モデルの直径および内径を人体の血管よりも大きめに作製しておき、その血管モデルを延伸させることにより、所定の直径および内径を有する血管モデルを作製することもできる。
【0044】
なお、本発明の血管モデルの内部は、空洞のままであってもよいが、必要により、血液に近似した液体をその内部に充填することができる。例えば、液体として、血液と同様の色彩を有する液体を血管モデルの内部に充填した場合には、その血管モデル内に血液に近似した液体が充填された血管モデルとして使用することができる。
【0045】
また、本発明の血管モデルでは、血管モデルと血管モデルとの間に、直径が数cm、例えば、3〜6cm程度の動脈瘤に見立てた動脈瘤状の血管モデルを形成させてもよい。動脈瘤状の血管モデルは、例えば、所定の直径を有し、内部に空気を入れることによって膨らませた風船状の球状体の表面に前記ポリビニルアルコール水溶液を塗布し、本発明の血管モデルの製造方法にしたがって冷解凍を行なうことによって製造することができる。なお、動脈瘤状の血管モデル内の球状体は、収縮させることによって除去することができる。動脈瘤状の血管モデルから収縮させた球状体を除去するとき、この血管モデルに孔が設けられるが、この孔は、直管状の血管モデルの内部孔と連結させることにより、血液の通路として利用することができる。
【0046】
動脈瘤状の血管モデルと直管状の血管モデルとが接合された血管モデルは、例えば、両者の内部空間が接続するように接合させ、両者の接合部にポリビニルアルコール水溶液を塗布し、本発明の血管モデルの製造方法にしたがって冷解凍を行なうことによって製造することができる。
【0047】
このようにして得られた動脈瘤状の血管モデルは、例えば、大動脈瘤にステントグラフトを挿入する練習用、大動脈瘤を切除し、その代わりに人工血管を埋め込む手術をする練習用などとして好適に使用することができる。その一例を図面に基づいて説明する。
【0048】
図2は、本発明の血管モデルを用いて大動脈瘤にステントグラフトを挿入して手技練習をするときの概略説明図である。
【0049】
図2(a)は、大動脈1に生成した大動脈瘤2を有する血管モデルを示す。人体において、この大動脈瘤2をそのまま放置すると破裂し、絶命するおそれがある。そこで、図2(b)に示されるように、大動脈瘤2が存在している箇所に、ステンドグラフト3が内挿されたカテーテル4を挿入し、大動脈瘤2が存在している箇所で、カテーテル4からステントグラフト3を取り出し、大動脈瘤2を覆うようにステントグラフト3を大動脈1内で広げる。このようして、ステントグラフト3で大動脈瘤2が覆われるため、大動脈瘤2に血液が流入しなくなることから、図2(c)に示されるように、大動脈瘤2が収縮し、治療の練習が終了する。
【0050】
このようなステントグラフトを用いた大動脈瘤の治療の練習は、生体を用いて行なうことができないため、近年、大動脈にステントグラフトを挿入する練習をするための血管モデルの開発が待ち望まれているが、本発明の血管モデルは、この要望に応えるものである。
【0051】
また、本発明の血管モデルは、大動脈瘤を有する血管部分を切除し、その代わりに人工血管を埋め込む手術をする練習用の血管モデルとして使用することができる。そのとき、図2(a)に示されるような大動脈1に大動脈瘤2を有する血管モデルを用いることができる。この場合、例えば、血管モデルの大動脈溜2の前後の血管を鉗子で挟んで止血し、両鉗子間の大動脈瘤2を有する血管モデルを切除した後、その切除した箇所に健常な血管の形状を有する血管モデルを当てはめ、この血管モデルの両端部と大動脈瘤2が切除された血管モデルとを縫合することにより、治療の練習が終了する。
【0052】
したがって、大動脈瘤を有する血管部分を切除し、その代わりに人工血管を埋め込むという手技練習用の血管モデルとして、本発明の血管モデルを用いた場合、大動脈に動脈瘤を有する血管を切除するための練習や、その切除した血管の両端部と健常な血管の形状を有する血管とを縫合するための練習を行なうことができる。
【0053】
ところで、従来の2種類のポリビニルアルコールを用い、溶媒としてジメチルスルホキシドと水を用いたゲルの製造方法では、ポリビニルアルコール水溶液の冷解凍の操作を複数回繰り返す必要がある。
【0054】
これに対して、本発明では、原料として、シリカ粒子とポリビニルアルコールとが併用されているので、従来のようにポリビニルアルコール水溶液の冷解凍の操作を複数回繰り返さなくても、ポリビニルアルコール水溶液の冷解凍を1回行なうだけで、人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有し、良好な機械的強度を有する血管モデルを効率よく得ることができる。なお、前記冷解凍の操作は、必要により複数回繰り返してもよい。
【0055】
本発明の血管モデルは、前記したように、人体の血管のような親水性を有し、その表面がべとつかず、さらに人体の血管のような弾力性および切開感を有する。したがって、本発明の血管モデルは、例えば、動脈瘤を有する血管にステントグラフトを挿入する練習、血管の切除・縫合手術の練習などの練習用に好適に使用することができる。
【実施例】
【0056】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【0057】
実施例1
平均重合度が1700であり、ケン化度が約98〜99モル%であるポリビニルアルコール〔(株)クラレ製、商品名:クラレポバールPVA−117〕を濃度が10重量%となるように調製した。80℃に加温しながら15分間攪拌した後、常温まで放冷した。得られたポリビニルアルコール水溶液500mLを1L容のビーカーに入れた。
【0058】
次に、コロイダルシリカ〔日産化学工業(株)製、商品名:スノーテックスXP、シリカの粒子径:約5nm、シリカの含有量:5重量%〕15mLを前記ビーカー内に添加し、ビーカー内の内容物を均一な組成となるように攪拌した。
【0059】
ヒトの血管の色に近い栗色で半透明のアクリル系ポスターカラー〔デルタ社製、商品名:デルタ・セラムコート〕0.5mLを添加し、均一な組成となるように攪拌した。
【0060】
直径5mm、内径4mm、長さ200mmのアクリル樹脂製の直管の一端の開口部にシリコーンゴム製のゴム栓を挿入し、そのゴム栓の中央部に設けられている芯材挿入孔に直径2mm、長さ250mmのアクリル樹脂製の芯材を挿入した。この直管の他端の開口部を上向きにし、直管と芯材との間隙に、前記で得られた着色されたポリビニルアルコール水溶液(液温:20℃)を直管の他端の開口部付近まで気泡が入らないようにして注ぎ、芯材挿入孔を中央部に有するシリコーンゴム製のゴム栓の芯材挿入孔に芯材を貫通させ、ゴム栓を直管の開口部に挿入した。
【0061】
次に、この直管を冷凍室(室温:−20℃)内に入れ、5時間冷却した後、冷凍室から取り出し、室温となるまで室温中で放置した。
【0062】
次に、この直管を乾燥器内に入れ、60℃となるまで加熱し、同温度で10分間保持した後、乾燥器から取り出し、放冷した。
【0063】
得られた血管モデルをこの直管から取り出し、この血管モデルから芯材を引き抜いた後、乾燥させることにより、人体の血管に近似させた。得られた血管モデルの内部に、ヒトの血液の色に近似した赤色のアクリル系ポスターカラー〔デルタ社製、商品名:デルタ・セラムコート〕を充填した。そのときの血管モデルを図1に示す。図1は、前記血管モデルの図面代用写真である。図1に示されるように、得られた血管モデルの内部には、血液に近似した液体(図中の黒色部)が存在しており、人体の血管に近似した形態を有することがわかる。
【0064】
実施例2
実施例1において、ポリビニルアルコールとして、平均重合度が1000であり、ケン化度が約98〜99モル%であるポリビニルアルコール〔(株)クラレ製、商品名:クラレポバールPVA−110〕を用いたこと以外は、実施例1と同様にして血管モデルを作製した。
【0065】
実施例3
実施例1において、ポリビニルアルコールとして、平均重合度が2000であり、ケン化度が約98〜99モル%であるポリビニルアルコール〔(株)クラレ製、商品名:クラレポバールPVA−120〕を用いたこと以外は、実施例1と同様にして血管モデルを作製した。
【0066】
実施例4
実施例1において、コロイダルシリカの量を1mLに変更したこと以外は、実施例1と同様にして血管モデルを作製した。
【0067】
実施例5
実施例1において、コロイダルシリカの量を80mLに変更したこと以外は、実施例1と同様にして血管モデルを作製した。
【0068】
比較例1
実施例1において、コロイダルシリカを使用しなかったこと以外は、実施例1と同様にして血管モデルを作製した。
【0069】
比較例2
ポリビニルアルコール粉末(平均重合度:1700、ケン化度:99.0モル%)80gと、ポリビニルアルコール粉末(平均重合度:1800、ケン化度:86〜90モル%)20gとを混合し、ポリビニルアルコール混合物を得た。得られたポリビニルアルコール混合物をジメチルスルホキシドと水との混合溶媒〔ジメチルスルホキシド/水(重量比):80/20〕に120℃に加熱しながら溶解させ、含水率が80重量%のポリビニルアルコール溶液を調製した。
【0070】
実施例1において、ポリビニルアルコール水溶液の代わりに、前記で得られたポリビニルアルコール溶液を用いたこと以外は、実施例1と同様にして直管と芯材との間隙に、前記で得られたポリビニルアルコール溶液(液温:45℃)を直管の他端の開口部付近まで気泡が入らないようにして注ぎ、芯材挿入孔を中央部に有するシリコーンゴム製のゴム栓の芯材挿入孔に芯材を貫通させ、ゴム栓を直管の開口部に挿入した。
【0071】
次に、この直管を冷凍室(室温:−20℃)内に入れ、6時間冷却した後、冷凍室から取り出し、室温となるまで室温中で放置した。この直管の両端のゴム栓を取り外し、芯材を引き抜いた。この直管を室温下でエタノール200mL中に2時間浸漬することにより、ジメチルスルホキシドをエタノールに置換して除去し、25℃の水中に浸漬した後、この直管を水中から取り出し、得られた血管モデルを直管から取り出した。
【0072】
この血管モデルを目視にて観察したところ、十分にゲル化しておらず、弾力性がほとんどなく、流動性を有し、しかもその表面がべとつくため、血管モデルに適していないことが確認された。
【0073】
したがって、平均重合度が1700であり、ケン化度が99.0モル%であるポリビニルアルコールと、平均重合度が1800であり、ケン化度が86〜90モル%であるポリビニルアルコールとを80/20の重量比で混合し、水とジメチルスルホキシドとの混合溶媒に溶解させ、得られたポリビニルアルコールを室温に冷却させてもゲル化が十分に進行しないため、血管モデルが得られないことがわかる。
【0074】
比較例3
比較例1において、ポリビニルアルコール溶液を容量が200mLのアクリル樹脂製の直管内に注入した後、この樹脂容器を冷却する温度を室温から−20℃に変更し、この温度で24時間冷凍し、次いで室温に戻して解凍したこと以外は、比較例1と同様にしてゲルを調製した。その結果、比較例1と相違してゲルが得られたが、得られたゲルは、弾力性が小さく、その表面がべとつくことが確認された。
【0075】
比較例4
直径が2mmの市販のシリコーンゴム管を長さ20cmに切断することにより、血管モデルを作製した。
【0076】
実験例1
各実施例および各比較例で得られた血管モデルの物性として、外観、水濡れ性(親水性)、べとつき感、弾力性および切開感を以下の方法にしたがって調べた。その結果を表1に示す。
【0077】
(1)外観
大学の医学研究科の外科を専攻している学生および教官10名に血管モデルの外観を観察してもらい、以下の評価基準に基づいて評価した。なお、Dの評価を下した者がひとりもいないことが合格基準となる。
〔評価基準〕
A:生体の血管と区別がつかない。
B:生体の血管と非常に近似している。
C:生体の血管に十分に近似している。
D:生体の血管と近似していない。
【0078】
(2)水濡れ性(親水性)
各血管モデルに水滴を付着させ、大学の医学研究科の外科を専攻している学生および教官10名に血管モデルの表面状態を目視にて観察してもらい、以下の評価基準に基づいて評価した。なお、Dの評価を下した者がひとりもいないことが合格基準となる。
〔評価基準〕
A:生体の血管と区別がつかない。
B:生体の血管と非常に近似している。
C:生体の血管に十分に近似している。
D:生体の血管と近似していない。
【0079】
(3)べとつき感
大学の医学研究科の外科を専攻している学生および教官10名に血管モデルを指触してそのべとつき感を調べてもらい、以下の評価基準に基づいて評価した。なお、Dの評価を下した者がひとりもいないことが合格基準となる。
〔評価基準〕
A:生体の血管と区別がつかない。
B:生体の血管と非常に近似している。
C:生体の血管に十分に近似している。
D:生体の血管と近似していない。
【0080】
(4)弾力性
大学の医学研究科の外科を専攻している学生および教官10名に血管モデルを指触してその弾力性を調べてもらい、以下の評価基準に基づいて評価した。なお、Dの評価を下した者がひとりもいないことが合格基準となる。
〔評価基準〕
A:生体の血管と区別がつかない。
B:生体の血管と非常に近似している。
C:生体の血管に十分に近似している。
D:生体の血管と近似していない。
【0081】
(5)切開感
大学の医学研究科の外科を専攻している学生および教官10名に手術用メス〔フェザー安全剃刀(株)製、ステンレス鋼製の外科手術用替刃メスNo.10〕を用いて実際に血管モデルに執刀して切り心地を調べてもらい、以下の評価基準に基づいて評価した。なお、Dの評価を下した者がひとりもいないことが合格基準となる。
〔評価基準〕
A:生体の血管と区別がつかない。
B:生体の血管と非常に近似している。
C:生体の血管に十分に近似している。
D:生体の血管と近似していない。
D:乾燥前の血管モデルと比べて、表面層がかなり膨潤している。
【0082】
なお、比較例1では、ゲルを製造することができなかったため、血管モデルの物性の測定ができなかった。
【0083】
【表1】

【0084】
表1に示された結果から、各実施例で得られた血管モデルは、いずれも、ポリビニルアルコールおよびシリカ粒子を含有する血管モデルが用いられているので、生体の血管と同様の外観および水濡れ性を有し、その表面がべとつかず、人体の血管のような弾力性および切開感を有するものであることがわかる。
【0085】
実施例6
実施例1と同様にして、直径4mm、内径2mm、長さ200mmの血管モデル2本を作製した。この2本の血管モデルを交差させ、その交差部で各血管モデルに直径約2mmの孔を設け、2本の血管モデルの内部が連通するようにした後、交差部を封止するために、実施例1で得られたポリビニルアルコール水溶液を塗布した。
【0086】
得られた2本の血管モデルが交差され、一体化された血管モデルにおいて、そのうちの1本の血管モデルの側面に、直径約2mmの開口部を設けた。
【0087】
この血管モデルとは別に、実施例1で得られたポリビニルアルコール水溶液を用いて動脈瘤に見立てた大動脈瘤状の血管モデルを作製した。より具体的には、この動脈瘤状の血管モデルは、直径8mm程度に膨らませたゴム風船の表面に実施例1で得られたポリビニルアルコール水溶液を塗布し、実施例1と同様にして冷解凍を行なうことによって動脈瘤状の血管モデルを作製した後、その血管モデルに針を突き刺し、内部の風船を破裂させ、針を抜き取り、形成された直径約2mmの開口部から風船を取り出すことにより、動脈瘤状の血管モデルを作製した。
【0088】
前記で得られた動脈瘤状の血管モデルの開口部と、前記で得られた2本の血管モデルが交差され、一体化された血管モデルの側面の開口部とを接合させてその内部を連通させ、交差部を封止するために実施例1で得られたポリビニルアルコール水溶液を塗布した後、実施例1と同様にして冷解凍を行なうことにより、動脈瘤状の血管モデルを有する血管モデルを製造した。得られた血管モデル内に、ヒトの血液の色に近似した赤色のアクリル系ポスターカラー〔デルタ社製、商品名:デルタ・セラムコート〕を充填した。そのときの血管モデルを図3に示す。
【0089】
図3は、前記血管モデルの図面代用写真である。図3に示されるように、得られた血管モデルの内部には、血液に近似した液体(図中の黒色部)が存在し、図面に向かって左右方向に走る血管モデルにおいて、2本の血管モデルの交差部の左側に動脈瘤に近似した瘤が存在していることがわかる。
【0090】
次に、得られた血管モデルを外科医に見てもらったところ、この血管モデルは、動脈瘤に人工血管を埋め込む手術の練習用、動脈瘤にステントグラフトの挿入練習用などに使用するのに十分に期待することができるという好評価を得ることができた。
【0091】
以上のことから、本発明の血管モデルは、例えば、例えば、動脈瘤に対するステントグラフトの挿入練習用の血管モデル、血管の切除・縫合手術練習用の血管モデルなどとして好適に使用することができる。
【符号の説明】
【0092】
1 大動脈
2 大動脈瘤
3 ステントグラフト
4 カテーテル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールからなる水性ゲルおよびシリカ粒子を含有することを特徴とする血管モデル。
【請求項2】
ポリビニルアルコールおよびシリカ粒子を含むポリビニルアルコール水溶液を−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍してなる請求項1に記載の血管モデル。
【請求項3】
シリカ粒子の量がポリビニルアルコール100重量部あたり0.01〜50重量部である請求項1または2に記載の血管モデル。
【請求項4】
平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールおよびシリカ粒子を含むポリビニルアルコール水溶液を−10℃以下の温度で冷凍した後、解凍することを特徴とする血管モデルの製造方法。
【請求項5】
解凍した後、形成された血管モデルの温度を35〜80℃に調整する請求項4に記載の血管モデルの製造方法。
【請求項6】
ポリビニルアルコール水溶液におけるポリビニルアルコールの濃度が1〜40重量%である請求項4または5に記載の血管モデルの製造方法。
【請求項7】
シリカ粒子の量がポリビニルアルコール100重量部あたり0.01〜50重量部である請求項4〜6のいずれかに記載の血管モデルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−8213(P2011−8213A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−228305(P2009−228305)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(508072659)
【Fターム(参考)】