説明

血管再狹窄予防薬及び予防具

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は経皮的冠動脈形成術(PTCA)を主とする血管形成術後の血管再狹窄、又は冠動脈パイパス手術後の再狹窄を予防する薬品及び予防具に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】一般に経皮的冠動脈形成術(PTCA)は虚血性心疾患(狭心症,心筋梗塞)患者の重要な治療法としてその有用性は広く認められている。しかし、PTCA後に30〜50%の割合で再狹窄が生じることが、医学的にも医療費の面でも大きな課題となっている。現在、種々の薬剤や遺伝子導入等の試みがなされているが、未だ有効な予防法がないのが現状である。最近、キチン,キトサンを高血圧自然発症ラット(SHR)に経口投与すると降圧効果が認められると共に、コレステロール低下作用もあることが明らかにされつつある。そこで、本発明はキトサン又はN−アセチルキトサンがヒト冠動脈平滑筋細胞の増殖や蛋白合成を抑制するか否か、また、血小板凝集能に対する効果等を検討し、この検討に基づきPTCAを中心とする血管形成術の再狹窄予防薬及び予防のための新デバイス(予防具)を提供せんとするものである。
【0003】
【課題を解決するための手段】上記問題点を解決するための本発明の予防薬は、第1にキトサン又はN−アセチルキトサンを主成分とする液状又はゲル状物質からなることを特徴としている。
【0004】第2に主成分が低分子キトサン溶液であることを特徴としている。
【0005】第3に主成分が高分子キトサンを分解酵素により低分子化した低分子キトサン溶液であることを特徴としている。
【0006】また本発明の予防具は、第1に少なくとも表面がゲル状のキトサン又はN−アセチルキトサンにより形成固化されたパイプ1からなることを特徴としている。
【0007】第2に樹脂,金属又はセラミックからなるパイプ状の芯材1aの表面にゲル状のキトサン又はN−アセチルキトサンで被覆して予防皮膜1bを形成してなることを特徴としている。
【0008】
【発明の実施の形態】
I.血管再狹窄の要因に対する予防実験の種類虚血性心疾患に対するPTCA治療後の再狹窄の要因として発明者等は、一般に考えられている術後の治療部位における冠動脈平滑筋細胞の増殖,細胞接着,細胞周期,血小板凝集作用,血管肥厚等のほかに血管細胞の蛋白合成能,合成蛋白量,細胞遊走能も深い関係があるものと考えられており、この発明の実施形態においてはできるだけこれらの要因に対する個別のモデル実験とその実験における再狹窄要因の抑制効果を確認することとする。尚、以下の実験及び計測等はいずれも島根医科大学医学部附属実験施設において行われたものである。
【0009】II.実施に使用するキトサンの種類及び内容本発明は既述のように動物実験でのキチン,キトサンの血圧の降圧作用やコレステロール抑制作用に着目してこれを血管再狹窄の予防に応用するものである。このため本発明の実施に際して使用したキトサンについて予め説明するが、特に以下の実施例では、高濃度低分子キトサン溶液と高分子N−アセチルキトサンゲルを用いたので、これらの具体例について詳述する。なおキトサンは一般に分子量20,000を目安としてそれ以上のものが高分子、以下のものが低分子と解されている。
【0010】1.高濃度低分子キトサン溶液このキトサンは図1に示すような方法で製造され、高分子キトサン(粉末)を水に対して11.1%添加して撹拌混合し、キトサンを低分子化するための分解酵素(後述)粉末を重量比で約0.05%添加撹拌する。次いで上記混合液にキトサンを溶解させるための加水分解反応促進剤として酢酸(乳酸その他の有機酸でも可)を約3%比で添加撹拌した後、再度上記分解酵素を0.05%位添加して撹拌する。上記混合液を約30%前後で概ね21時間前後反応させてキトサンの低分子化を実現した後、これを濾過してその濾過液から高濃度低分子キトサン溶液を得る。また該溶液を脱水して粉末状のキトサンを得ることができ、この粉末状のキトサンに水を加えて低分子キトサン溶液を作ることも可能であり且つこの溶液を上記濾過液と同様に使用することができる。
【0011】上記分解酵素は例えば特公平6−60号公報中に示されるように、本発明者等が発見した微生物エントロバクター・G−1(微工研条寄第3140号)によってキチンを分解して得られるもので、約90%のキチナーゼ,7〜8%のキトサナーゼ,微量のキチン脱アセチラーゼ等からなり、高分子キトサンを低分子化するものである。この酵素を用いて高分子キトサンを低分子化する方法は、従来のHcl等による化学的薬剤処理に比して危険性がなく且つ環境汚染をもたらす廃液の排出が避けられ、人体その他の生物に対する安全性も高いという利点がある。なお上記方法による高濃度低分子キトサンの成分及び性状は表1に示す通りである。
【0012】表1
【0013】2.高分子N−アセチルキトサンゲルこのキトサンとしては図2に示す方法によって製造したものを用いた。即ち、図示するように濃度2%の酢酸(乳酸その他の有機酸でも可)溶液100mlに0.8gの高分子キトサンを添加撹拌した後、上記溶媒液の2倍の量のメタノールを投入後再撹拌し、次いで無水酢酸(脂肪酸その他用途等に応じその他の酸でも可)を2〜3%程度加えることによりゲル化させる。
【0014】続いて上記工程で添加した酢酸,メタノール,無水酢酸等を除去するために流水中に約24時間前後透析した後、最終的には蒸留水中で透析し、所定形状に整型することによりN−アセチルキトサンゲルとして完成する。なおこのN−アセチルキトサンゲルを後述するデバイス(予防具)として成形方法によって完成させるには所望の形状に成形後、さらに30℃前後の温度下で4〜6時間乾燥させ、あるいはさらに切削その他の成形加工を行う。
【0015】なお図2に示す工程中無水酢酸の添加に際し、下記a.〜e.に示す基の試薬を添加するが、このことは次に示すキトサン(グルコサミン)の化学構造式1.中のR部分にa.〜e.を導入することを意味し、これをキトサンのN−アシル化と称する。また本実施例ではRとして下記aを導入した。
【0016】化1
【0017】
R= a. CO アセチル基b. CHCH プロピオニル基c. (CHCH ブチノイル基d. (CHCH ヘキサノイル基e. (CHCH オクタノイル基(注)a.〜c.は分解の容易な順に並べられており、d.は非分解性を、またe.は抗血栓性を備えている。
【0018】III.血管再狹窄の要因に対する予防実験の内容と結果血管再狹窄の要因として前述のI.で述べたものが挙げられるが、このうち下記1.〜7.の実験内容と結果につき以下説明する。なお下記実験中1〜3,5,6,7は「キトサン」として高濃度低分子キトサン溶液を、4は高分子N−アセチルキトサン(ゲル)を用いた。
【0019】1.増殖抑制効果の確認:まずヒト冠動脈平滑筋細胞を10%の牛の胎児の血清(FCS)含有細胞培養液(DMEM)に浮遊させ、2万/wellの割合で24−wellプレートに分注する。1日後、キトサンを種々の濃度加え、2日間培養し、1μCi/wellの3H−thymidine(サイミジン)(3H−Tdr)を加え、その取り込み量(核酸形成の有無)で評価した。
【0020】2.3H−proline(プロリン)の取り込みに対する効果の確認:ヒト冠動脈平滑筋細胞を10%FCS含有DMEMに浮遊させ、2万/wellの割合で24−wellプレートに分注する。1日後、キトサンを種々の濃度を加え、5日間培養し、1μCi/wellの3H−prolineを加え、その取り込み量(蛋白合成の有無)で評価した。
【0021】3.蛋白合成に対する効果の確認:ヒト冠動脈平滑筋細胞を10%FCS含有DMEMに浮遊させ、20万/dishの割合で径60mmのディッシュ(dish)に分注する。1日後、キトサンを種々の濃度を加え、6日間培養する。(マイナスイオン干渉液)PBS(−)で洗浄後、細胞を回収し、蛋白量をブラッドフォード(Bradford)法にて測定した。
【0022】[1.〜3.に対する結果]キトサンは表2に示すように、用量依存性にヒト冠動脈平滑筋細胞の増殖、3H−proline取り込み(コラーゲン合成の指標)、総蛋白量をそれぞれ顕著に抑制した(結果は%抑制率で表示)。
【0023】表2
【0024】4.細胞接着に対する効果の確認:円形に作製したN−アセチルキトサンゲルを24−wellプレートに挿入し、その上にヒト冠動脈平滑筋細胞を10%FCS含有DMEMに浮遊させ、2万/wellの割合で24−wellプレートに分注する。1日後、倒立顕微鏡で写真撮影し、接着細胞密度を見た。
【0025】[結果]図3(A),(B)に示すように(A)のコントロール区に比して(B)のN−アセチルキトサンゲル上の平滑筋細胞は接着密度が極めて低いことが明らかであり、細胞接着が強力に抑制されている。
【0026】5.細胞周期に対する効果の確認:ヒト冠動脈平滑筋細胞を10%FCS含有DMEMに浮遊させ、25万/wellの割合で径50mmのディッシュに分注する。24時間後にキトサン溶液を加え、更に3日間培養する。プロビジウムイオダイドを発光試薬(マーカー)として用い、フローサイトメトリー法で細胞周期に対する効果を測定した。
【0027】[結果]表3に示すようにキトサンは用量依存性にG2+M期の細胞をG/G期に移行させており、周期は初期段階で長くなり、終期段階で短くなっている事が明らかである。
【0028】表3
【0029】6.血小板凝集能に対する効果の確認:ラット血小板(25万個)のアデノ2隣酸=凝集促進剤(ADP)刺激に対する血小板凝集抑制作用を測定した。
【0030】[結果]図4,図5はキトサン濃度変化及びADP量の変化に対する血小板の凝集能の変化を表しており、両図から明らかなようにキトサンは用量依存性にADP刺激(誘導)によるラット血小板凝集を抑制していることが顕著である。
【0031】7.細胞遊走能に対する効果の確認:実験には発明者等が独自に開発した細胞遊走能測定ディッシュにヒト冠動脈平滑筋細胞を10%FCS含有DMEMに浮遊させ、キトサンによる遊走能抑制作用を確認した。
【0032】即ち、径50mmのディッシュの中央を直径6mmの円形のシリコンにてシールしておき、その回りに細胞を培養し、7日後にシリコンを剥離し、同時に培養液中にキトサンを加え、さらに5日間培養後円形の辺縁より中心に向かって遊走する細胞の遊走距離を顕微鏡による無処理区との比較観察をした。
【0033】[結果]上記観察の結果、ヒト冠動脈平滑筋細胞の遊走能に対し、キトサンは用量依存的な顕著な抑制効果を示した。
【0034】ちなみに、従来PTCA及び冠動脈バイパス手術後等の血管再狹窄要因については、細胞増殖能のみが主な対象と考えられてきたが、本発明においては、他の要因として細胞遊走能やコラーゲン(蛋白)産生能を考慮した。しかも遊走能に関しては上述した特殊なディッシュを考案して実験に用いた結果、従来平滑筋細胞の遊走や増殖を抑制すると考えられてきた他の薬剤(例えばCa拮抗剤やACE阻害剤)でもその有効性が認められなかったにもかかわらず、キトサンにより上述のように顕著な効果が確認できた意義は大きいものと考えられる。
【0035】上記の実験によりキトサンを血管再狹窄の有効な予防薬として使用できることが明らかであり、またキトサンが外科手術用の糸や人工皮膚等に利用されている点から生体に対する安全性はまず問題ないものと解される。
【0036】また上記キトサンを血管再狹窄の予防薬として使用するには、従来から動物実験によって確認されている経口投与の方法により、あるいは低分子キトサン溶液を用いる場合は患部への集中投与若しくは生体内への静脈注射による治療が可能である。
【0037】IV.予防用具(デバイス)の実施形態本発明においてはキトサン(高分子N−アセチルキトサンゲル)を用いて血管を接続し又はその内部に挿入して血管の再狹窄を予防する器具を提案し、以下その内容につき詳述する。この予防具は、図6(A)に示すようにN−アセチルキトサンゲルを治療すべき部位の血管の内径に対応した外径の円筒状のパイプ1を形成し、これを乾燥固化することによって製造することができる。パイプ1はN−アセチルキトサンゲルを予め型に充填して形成する方法のほか、棒状に形成乾燥したものを切削及び研摩等の加工により管状に仕上げる方法によることも可能である。
【0038】また予め合成樹脂又は天然樹脂や金属,セラミック等によって薄肉のパイプ状の芯材1aを形成し、該芯材1aの内周,外周及び端面等にゲル状のキトサンを塗布又はコーティングして予防皮膜1bを付着乾燥させ仕上げ加工することによって形成することもできる。
【0039】
【発明の効果】以上のように構成される本発明の予防薬は、ヒトの血管を構成する平滑筋細胞の増殖,蛋白質の合成及び増加,血小板の凝集作用及びヒトの血管細胞の遊走能を抑制するほか、細胞の分裂を抑制することにより、ヒトの血管のPTCA後の再狹窄、又は冠動脈バイパス手術後の再狹窄を予防する。
【0040】また本発明の予防具を用いてPTCAを行った場合、キトサンの作用により治療部位の血管の再狹窄を予防するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】低分子キトサン溶液の製造工程図である。
【図2】高分子N−アセチルキトサンゲルの製造工程図である。
【図3】(A),(B)はコントロール区とN−アセチルキトサンゲル製のプレート上へのヒトの冠動脈平滑筋細胞の接着密度の違いを表す顕微鏡写真図である。
【図4】ラット血小板のADP誘導に対するキトサン溶液の濃度変化と血小板凝集抑制作用を表すグラフである。
【図5】ラット血小板のADP誘導に対するキトサン溶液のADP量に応じた血小板凝集抑制作用の変化を表すグラフである。
【図6】(A),(B)は本発明の予防具の異なる2つの実施例を示す一部断面図である。
【符号の説明】
1 パイプ
1a 芯材
1b 予防皮膜
【表1】


【化1】


【表2】


【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】 キトサン又はN−アセチルキトサンを主成分とする液状又はゲル状物質からなる血管再狹窄予防薬。
【請求項2】 主成分が低分子キトサン溶液である請求項1の血管再狹窄予防薬。
【請求項3】 主成分が高分子キトサンを分解酵素により低分子化した低分子キトサン溶液である請求項1又は2の血管再狹窄予防薬。
【請求項4】 少なくとも表面がゲル状のキトサン又はN−アセチルキトサンにより形成固化されたパイプ(1)からなる血管再狹窄予防具。
【請求項5】 樹脂,金属又はセラミックからなるパイプ状の芯材(1a)の表面にゲル状のキトサン又はN−アセチルキトサンで被覆して予防皮膜(1b)を形成してなる請求項4の血管再狹窄予防具。

【図1】
image rotate


【図6】
image rotate


【図2】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図3】
image rotate


【特許番号】第2949280号
【登録日】平成11年(1999)7月9日
【発行日】平成11年(1999)9月13日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−355563
【出願日】平成8年(1996)12月24日
【公開番号】特開平10−182470
【公開日】平成10年(1998)7月7日
【審査請求日】平成8年(1996)12月24日
【出願人】(000177704)山陰建設工業株式会社 (10)
【参考文献】
【文献】特開 昭62−192172(JP,A)
【文献】特開 昭63−90507(JP,A)
【文献】特開 平4−409726(JP,A)