説明

衛星搭載用制御システム

【課題】 冗長系の衛星搭載制御システムでは、主系の制御装置で故障等が発生した場合、従系の制御器に切り替わる。しかし従系への切り替わりの際に、主系で用いていた制御用データが従系に引き継がれないため、空間飛行体の姿勢や軌道が安定状態に復帰するまでに時間を要するという問題があった。
【解決手段】 地上から定期的に送信される衛星の軌道情報に基づき、主系AOCEの演算処理部は衛星の軌道の算出を行い、DHUは主系AOCEが軌道算出に使用した衛星の軌道情報を保存する。AOCE切替時はDHUから従系AOCEに保存した衛星の軌道情報を送信する。これにより、従系AOCE切替時において速やかに衛星の姿勢制御を行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、人工衛星の制御を行うために冗長系で構成された衛星搭載用制御システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
人工衛星は、通信や地球観測などのサービスを提供するために、常に自身の姿勢、軌道を特定し、所定の状態に保つ制御を行う必要がある(例えば、非特許文献1参照)。人工衛星は、衛星の姿勢および軌道の制御を行うためAOCE(Attitude and Orbit Control Electronics)と呼ばれる制御装置を備えている。AOCEは、センサから取得した最新のデータ(例えば自身の位置、角度、角速度等の最新データ)により自らの姿勢情報や軌道情報を求め、これらの情報をもとに制御情報を算出してアクチュエータ等を制御することで、衛星の姿勢および軌道の制御を行う。
【0003】
AOCEは、一つ故障しても人工衛星の運用に支障をきたさないように、通常、稼動中の系(以下、稼動中の系を主系と呼ぶ。)とバックアップ系(以下、従系と呼ぶ。)の2系の冗長構成を取る。主系の装置で故障が検出された場合、主系の装置から従系の装置に切り替えが行われる。
【0004】
【非特許文献1】茂原正道著「宇宙システム概論」培風館、1995年10月30日、P.210
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、主系、従系を持つ2系の冗長システムにおいて、主系から従系に移行する際に主系で処理していた情報を引き継ぐ方法としてホットスタンバイ方式と呼ばれるものがある。ホットスタンバイ方式は、主系および従系の両系で同時に処理を行う。しかし、15年以上の寿命を要求される衛星放送や衛星通信用の人工衛星では、恒常的な通電による部品の劣化および部品の劣化に伴う信頼性の低下が発生する可能性の高いホットスタンバイ方式は採用が難しい。
【0006】
従って、衛星放送や衛星通信用の人工衛星では、通常は従系の電源を切断し、故障発生後、従系を起動させる方式とせざるを得ない。このため、故障発生時に主系から従系に自身の衛星の軌道情報を引き継ぐ必要がある。
【0007】
しかしながら、AOCEの系の切り替えにおいては、誤制御を防ぐため、系の切り替え時に従系が主系の電源を切断する構成を取ることが一般的である。センサから取得した情報を処理して得た人工衛星の姿勢制御情報は、揮発性メモリを使用しているメモリーエリアに保持される。このため、系の切り替え時に主系の電源が切断されると、これらの情報は失われる。
従って、従系のAOCEは、立ち上がり後(起動後)に、前回の姿勢、軌道情報無しに姿勢の制御を行わなくてはならない。姿勢を回復する為には地上より送信される衛星の現在位置に関する情報を取得する必要がある。また、制御に必要なパラメータ、例えばセンサから出力されるデータを補正するための補正データ等も取得する必要がある。しかしながら、衛星の現在位置に関する情報は地上より常時送信されているわけではない。
【0008】
このため、系の切り替え時は、精度の高い姿勢制御を行うことができない、精度を高めるために時間のかかる複雑な処理を行う、などの問題がある。そして、この間、それに伴い、搭載衛星における放送や通信などの衛星のミッション機能に依存したサービスの質が低下する、最悪の場合、サービスが中断する、などの事態が発生している。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、主系の制御装置から従系の制御装置への切り替え時において、搭載衛星におけるサービスの質を維持することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による衛星搭載用制御システムは、同一構成からなる主系と従系の制御装置と、前記主系と従系の制御装置の各々と接続し異常検知時に前記主系の制御装置と前記従系の制御装置とを切り替える処理計算機と、を備えた2系の冗長系を成す衛星搭載用制御システムであって、前記主系および従系の制御装置は、地上から送信される衛星の軌道パラメータと、時刻情報とに基づき前記衛星の軌道を算出するプログラムを備え、前記処理計算機は、前記制御装置が前記衛星の軌道の算出に使用する前記衛星の軌道パラメータと前記時刻情報と同一である、衛星の軌道パラメータと時刻情報を保存するメモリを備え、前記主系の制御装置が発する異常検知の信号を受けた前記従系の制御装置からの要求信号に基づき、前記メモリに保存する前記衛星の軌道パラメータと前記時刻情報とを前記従系の制御装置に出力する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、主系から従系への移行時に、従系において衛星の軌道情報の取得が容易となり、主系の故障により系の移行を行わなければならない場合、衛星通信や衛星放送などのサービスの中断や、質の低下を防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
実施の形態1.
以下、図面を用いて、本発明に係る実施の形態1について説明する。図1は、本実施の形態における制御システムのハードウェア構成を示す図である。本実施の形態の制御システムは、AOCE100とACOE200との2つの同じ構成を有する系を備える。また、AOCE100とACOE200と接続し、地上からのコマンドを入力して、データ処理を行うテレメトリコマンド処理計算機DHU(Data Handling Unit)300を備える。
【0013】
図において、AOCE200の構成については、AOCE100と同じ構成要素の符号にbを付して区別する。現在動作している側を主系と呼び、待機している側を従系と呼ぶ。AOCE100とAOCE200はその何れか一方が主系で他方が従系となるが、この実施の形態ではAOCE100を主系とし、AOCE200を従系として以後、説明する。
【0014】
まず、AOCE100を取り上げて説明する。図において、AOCE100は、軌道を算出し軌道上の自己位置に関する情報(軌道情報という)を取得するプログラムの他、各種プログラムを保持するプログラムメモリ102と、プログラムメモリ102に保持されている各種プログラムを実行するCPU101とを備える。また、AOCE100は、衛星に搭載された外部のセンサ111および外部のアクチュエータ110との間で情報の授受を行うインターフェースであるI/O103と、テレメトリコマンド処理計算機300との間でデータを授受するためのインターフェースであるI/O104と、CPU101の処理情報や各I/Oとの間の入出力情報を読み書きするためのワーク領域であり揮発性メモリから成るメモリーエリアA105と、を備える。
【0015】
AOCE200については、AOCE100と同一構成であるので、上述したとおり詳細な記載及び図示を省略する。
【0016】
次に、DHU300は、地上からのCMD(Command;コマンド)信号を受信し、TLM(Telemetory;テレメトリー)信号を出力するためのインターフェースであるI/O301と、軌道パラメータを取得して時刻処理するプログラムを保持するプログラムメモリ302と、プログラムを実行するCPU303と、地上から送られてきたコマンドパケットを保存するとともに、プログラムの実行結果を保存するバッファ(メモリ)304と、AOCE100、200との間でデータを授受するためのインターフェースであるI/O305とを備える。
【0017】
次に、AOCE100のCPU101がプログラムメモリ102に格納されているプログラムを実行することにより実現される機能について説明する。図2は、本実施の形態におけるAOCE100の機能構成を説明するための図である。
図に示すように、本実施の形態のAOCE100は、姿勢制御情報書込部502と、格納情報特定部503と、他系情報取得部504と、AOCE全体の動作を制御する制御部501と、を構成する。なお、これらの機能は、プログラムのみでなくハードウェアにより実現するよう構成してもよい。
【0018】
制御部501は、AOCE100全体の動作の制御に加え、衛星に搭載されたセンサ111が取得した情報の処理を行う。
制御部501は、DHU300からI/O104を介して軌道パラメータを入力する。軌道パラメータは、DHU300が地上から受信したCMD信号を基に取得したデータである。
制御部501は、衛星に搭載されたセンサ111が周期的に取得した太陽角(太陽のセンサ面に対する角度を意味する)、地球角(地球のセンサ面に対する角度を意味する)などのセンサ情報をI/O103を介して受け取る。
そして、制御部501は、軌道データとセンサ情報を用いて、慣性座標系に対する衛星の現在の姿勢角を表現するパラメータ(オイラー角やブレイトン角など)や、パドル角度や、現在の軌道上での衛星の存在位置を表現する軌道六要素、から成る軌道情報を算出する(以下、軌道演算処理)。軌道六要素は、軌道長半径、離心率、軌道傾斜角、昇交点赤径、真近点離角、近地点引数から成る。
【0019】
制御部501は、算出した軌道情報を、当該情報を取得した時刻の情報(以下、時刻情報)および衛星のステータス情報とともに、姿勢制御情報として姿勢制御情報書込部502に受け渡す。
ステータス情報は、動作させる機器として選択した動作中の衛星搭載機器の情報や故障であることが確定している部位の情報などを含む。
また、制御部501は、姿勢制御情報における新たに算出した軌道情報と前回算出した軌道情報とからアクチュエータの目標回転角度、アクチュエータの目標角速度などの制御指令情報を算出し、I/O103を介して衛星に搭載された複数のアクチュエータ110に出力する。各アクチュエータ110としては、モーメンタムホイールや、スラスターや、磁気トルクなどが用いられる。
【0020】
姿勢制御情報書込部502は、算出した軌道情報や時刻情報を少なくとも含む姿勢制御情報をメモリーエリア105に格納する。このとき、メモリーエリア105には、受け取った全ての軌道情報を時刻情報に対応づけて格納する。また、メモリーエリア105には、センサ111で取得されたセンサ情報、制御指令情報などが含まれていても良い。
【0021】
図3は、本実施の形態におけるDHU300の機能構成を説明するための図である。
図に示すように、本実施の形態のDHU300は、軌道パラメータ送信、書込部602と、地上とのデータ通信処理を行うデータ通信処理部603と、DHU300全体の動作を制御する制御部601とを構成する。なお、これらの機能は、プログラムのみでなくハードウェアにより実現するよう構成してもよい。
【0022】
制御部601は、衛星内や地上とのコマンド・データ通信の制御を行う。制御部601は、地上からI/O301を介してCMD信号を受信する。制御部601は、CMD信号に基づき衛星の軌道パラメータを取得し、取得した軌道パラメータを当該情報を取得した時刻の情報(以下、時刻情報)と関連付けして、動作中の制御装置であるAOCEに送信すると共にバッファ(メモリ)302に保存する。
【0023】
次に、上記機能構成を有するAOCE100とDHU300の動作について説明する。
図4は、本実施の形態の制御システムの動作フローを説明する図である。
まず、DHU300とAOCE100の定常時の動作について説明する。
【0024】
DHU300の制御部601は、地上局から、定期的にI/O301を介してCMD信号を受信する(ステップS001)。DHU300の制御部601は受信したCMD信号から軌道に関する軌道パラメータを抽出し、取得した軌道パラメータを当該情報を取得した時刻の情報(以下、時刻情報)と共に、AOCE100に出力する(S002)。
【0025】
AOCE100の制御部501は、DHU300からの軌道パラメータ及び時刻情報を受信する。また、制御部501は、所定の時間毎に、I/O103を介して衛星に搭載されたAOCE外部のセンサ111が取得したセンサ情報およびアクチュエータ110のステータス情報を読み出す(S101)。
制御部501は、軌道パラメータと時刻情報とI/O103を介して読み出した情報を用いて、軌道演算処理を実行して軌道情報を取得する(S102)。軌道情報は軌道パラメータと時間をパラメータとして算出することができる。次に、軌道情報に基づき、姿勢制御に使用する姿勢制御情報を算出する(S103)。制御部501は、今回算出した姿勢制御情報と前回算出した姿勢制御情報とに基づき、その変化分から衛星の姿勢を制御するための制御指令値を取得し、衛星の姿勢制御を行う(S104)。具体的には、制御部501はI/O103を経由して衛星に搭載されたAOCE外部の各アクチュエータ110に指令値を出力する。各アクチュエータ110は、受け取った制御指令値に従って、姿勢制御を行う。
S102〜S104の処理を、時刻情報からの経過時間を付加しながら軌道演算を行い、系が切り替わるまでの間、継続して行う。
【0026】
一方、DHU300は、S002においてAOCE100に対して出力した軌道パラメータ及び時刻情報と同一の軌道パラメータ及び時刻情報を、時刻情報からの経過時間を付加して(S003)、バッファ304に格納する(S004)。
以上の処理を、AOCE100が故障して系が切り替わるまでの間、継続して行う。
【0027】
以上の処理により、DHU300のバッファ304には、主系AOCE100の制御部501が軌道演算処理に用いている衛星の軌道パラメータ及び時刻情報からの経過時間と同じ内容の軌道パラメータ及び時刻情報からの経過時間が保存されることになる。
【0028】
次に、同じく図4を用いて、本実施の形態の、故障検出時の主系から従系への移行処理について説明する。
【0029】
AOCE100の制御部501は故障を検出すると、故障を意味する故障信号をI/O104、I/O104bを経由してAOCE200に送信する(S105)。例えば、センサ111として地球センサを用いて、地球センサが地球を所定の視野範囲内に捉えている場合には衛星の姿勢や軌道が適切に制御されていると判定し、地球センサの所定の視野範囲から地球が外れた場合には衛星の姿勢及び軌道制御に異常が発生していると判定して、故障信号を送信する。なお、姿勢制御情報のデータが常に規定値になるか否かをソフトウェア的にモニタすることによって、AOCEの動作異常を検知するようにしても良い。
【0030】
故障信号を受信したAOCE200は、電源をONとし動作状態とする。しかしながらこの時点では、AOCE200の制御部501bは衛星の軌道パラメータ及び時間の情報がないために自己の衛星位置が算出できず、姿勢制御を行うことができない。このため、AOCE200の制御部501bが故障信号を受信すると(S201)、DHU300に対して軌道パラメータ及び時刻情報からの経過時間を要求する要求信号を出力する(S202)。
【0031】
AOCE200から要求信号を受けたDHU300はバッファ304にアクセスし(S005)、該当する軌道パラメータおよび時刻情報からの経過時間を抽出する(S006)。
DHU300の制御部601は、抽出した軌道パラメータおよび時刻情報からの経過時間をI/O305を介してAOCE200に送信する(S007)。
【0032】
AOCE200の制御部501bはDHU300から受信し情報を用いて、軌道演算処理を実行する(S204)。軌道情報に基づき、姿勢制御に使用する姿勢制御情報を算出する(S205)。制御部501bは、今回算出した姿勢制御情報と前回算出した姿勢制御情報とに基づき、その変化分から衛星の姿勢を制御するための制御指令値を取得し、衛星の姿勢制御を行う(S205)。具体的には、制御部501bはI/O103を経由して衛星に搭載されたAOCE外部の各アクチュエータ110に指令値を出力する。各アクチュエータ110は、受け取った制御指令値に従って、姿勢制御を行う(S206)。
AOCE200の制御部501bは、S204〜S206の処理を経過時間を付加しながら軌道演算を行い、継続して衛星の姿勢制御を行う。
なお、DHU300が地上よりCMD信号を受信した際は、DHU300はCMD信号から軌道パラメータを抽出し、AOCE200に軌道パラメータを出力する(S009)。
これによってAOCE200が主系に切り替わって定常時の動作へ移行する。
【0033】
このように主系AOCE100の故障により系の移行を行わなければならない場合であっても、主系AOCE100が失う情報をDHU300がバックアップとして記憶しておくことにより、地上からのCMD信号を待つ必要がなく、速やかに衛星の姿勢制御を行うことができ、サービスの中断や、質の低下を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施の形態1における制御システムのハードウェア構成を示す図である。
【図2】実施の形態1におけるAOCE100の機能構成を説明するための図である。
【図3】実施の形態1におけるDHU300の機能構成を説明するための図である。
【図4】実施の形態1における制御システムの動作フローを説明する図である。
【符号の説明】
【0035】
100 主系制御装置(AOCE)、101、101b CPU、102、102b プログラムメモリ、103、103b、104、104b I/O、105、105b メモリエリア、110、110b アクチュエータ、111、111b センサ、200 従系制御装置(AOCE)、300 テレメトリコマンド処理計算機(DHU)、301 I/O、302 プログラムメモリ、303 CPU、304 バッファ、305 テレメトリコマンド用I/O

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一構成からなる主系と従系の制御装置と、前記主系と従系の制御装置の各々と接続し異常検知時に前記主系の制御装置と前記従系の制御装置とを切り替える処理計算機と、を備えた2系の冗長系を成す衛星搭載用制御システムであって、
前記主系および従系の制御装置は、地上から送信される衛星の軌道パラメータと、時刻情報とに基づき前記衛星の軌道を算出するプログラムを備え、
前記処理計算機は、前記制御装置が前記衛星の軌道の算出に使用する前記衛星の軌道パラメータと前記時刻情報と同一の前記衛星の軌道パラメータと前記時刻情報を保存するメモリを備え、前記主系の制御装置が発する異常検知の信号を受けた前記従系の制御装置からの要求信号に基づき、前記メモリに保存する前記衛星の軌道パラメータと前記時刻情報とを前記従系の制御装置に出力することを特徴とする衛星搭載用制御システム。
【請求項2】
前記衛星の軌道パラメータは、慣性座標系に対する前記衛星の姿勢角を表現するオイラー角やブレイトン角、軌道上での衛星の存在位置を表現する軌道六要素を含み、前記軌道六要素は軌道長半径、離心率、軌道傾斜角、昇交点赤径、真近点離角、近地点引数であることを特徴とする請求項1記載の衛星搭載用制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−220768(P2009−220768A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−69652(P2008−69652)
【出願日】平成20年3月18日(2008.3.18)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)