説明

表面処理剤及び表面処理したエラストマー材

【課題】 環境への負荷を軽減でき、また安価な表面処理剤、及び優れた滑性、撥水性、耐油性、耐薬品性、耐溶剤性、耐熱性、耐摩耗性及び高温に於ける非粘着性等を有する表面処理したエラストマー材を提供する。
【解決手段】 アルキルまたはアリールハイポハライドと三フッ化ホウ素錯体との反応により生成される、一般式(R)COF(ここでRはアルキル基またはアリール基であり、nは1以上の整数である)で表されるアルキルまたはアリールハイポフロライドを含有することを特徴とする表面処理剤と、この表面処理剤で表面処理されたエラストマー材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面処理剤及び表面処理したエラストマー材に関し、特に滑性、撥水性、耐油性、耐薬品性、耐溶剤性、耐熱性、耐磨耗性及び高温に於ける非粘着性などに優れた、表面処理したエラストマー材及び該処理に用いる表面処理剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えばO−リング、D−リング、角リング、オイルシール、ガスケット、V−パッキング等のシール部材及びホース類としてエラストマー材が多用されている。これらのエラストマー材は、シール部材及びホース類としての機密性を確保するために、撥水性、耐油性、耐薬品性、耐熱性、耐摩耗性、高温での非粘着性等を獲得することを目的として、表面処理されている(例えば特許文献1ないし4参照)。
【0003】
また、印刷ロール、コピーロール等のエラストマー材においても、ゴミの付着、トナー飛散等を防止するために、表面処理が施されている。
【0004】
さらに現在、撥水性、耐油性、非粘着性等を獲得することを目的として、エラストマー材表面のフッ素化が広く行われている。一般に、以下に示すようなN−フルオロピリジニウム塩が、取り扱い容易なフッ素原子導入試薬として利用されている。
【0005】
N−フルオロピリジニウム塩
【0006】
【化1】

【特許文献1】特開2000−63744号公報
【特許文献2】特開平02−15084号公報
【特許文献3】特開平02−64109号公報
【特許文献4】特開平01−141909号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来例の表面処理剤は、被処理材表面との反応性を利用してはいるが、その表面処理には特定の官能基、例えば−OH、−SH、−COOH、−NH、等しか利用できない。また、これ等の表面処理剤は、ポリマー型で、かつ塗料タイプの皮膜(フィルム)型であって、表面処理剤皮膜を被処理材表面に形成するものである。したがって、被処理材表面から皮膜が剥離することにより表面処理効果を失い易く、また表面処理剤皮膜が熱により軟化して、表面処理によって得られる特性が劣化し易いという問題がある。
【0008】
また、従来例のN−フルオロピリジニウム塩をフッ素化剤として使用する場合には、クロロホルム、ジクロルメタン、ジクロエタン等のハロゲン溶媒を用いなければならず、このため環境汚染につながるという問題がある。またフッ素化剤も非常に高価である。
【0009】
本発明は、このような問題点に鑑みて為されたものであり、その目的とする処は、環境への負荷を軽減でき、また安価な表面処理剤、及び優れた滑性、撥水性、耐油性、耐薬品性、耐溶剤性、耐熱性、耐摩耗性及び高温に於ける非粘着性等を有する表面処理したエラストマー材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上述した課題を解決するためになされたものであり、その表面処理剤は以下の構成を備える。
【0011】
一般式(R)COF(ここでRはアルキル基またはアリール基であり、nは1以上の整数である)で表されるアルキルまたはアリールハイポフロライドを含有することを特徴とする表面処理剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、環境への負荷を軽減でき、また安価な表面処理剤、及び優れた滑性、撥水性、耐油性、耐薬品性、耐溶剤性、耐熱性、耐摩耗性及び高温に於ける非粘着性等を有する表面処理したエラストマー材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る表面処理剤には、アルキル基またはアリール基を有する酸ハライドを溶媒中で三フッ化ホウ素(BF)錯体と反応させ、その結果生成したアルキルまたはアリールハイポフロライドを含む溶液(表面処理剤としての表面処理溶液)が用いられる。この反応は、下記一般式をもって表すことができる。
【0014】
(R)COX+R′−BF→(R)COF+R′−BF
ここでRはアルキル基またはアリール基であり、nは1以上の整数である。XはCl、BrまたはIである。
【0015】
したがって、表面処理溶液は、反応物であるアルキルあるいはアリールハイポハライド、三フッ化ホウ素錯体、生成物であるアルキルあるいはアリールハイポフロライド、および溶媒が混合された状態である。アルキルあるいはアリールハイポフロライド以外の物質は、エラストマー材の表面処理において無視し得るものであるため、表面処理溶液中から除去する必要はない。
【0016】
本発明に係る表面処理溶液を用いたエラストマー材の表面処理は、表面処理溶液中のアルキルまたはアリールハイポフロライドが、エラストマー材表面の−X(ハロゲン=CL、BrまたはI)、−C=C−、エポキシド(エポキシ基)、活性水素等をフッ素化することにより行われる。
【0017】
アルキル基またはアリール基を有するハイポハライド(アルキルまたはアリールハイポハライド)は、対応するアルコール(−OH)基をハロゲン化することで生成することができる。
【0018】
上記アルキルまたはアリールハイポハライドに、三フッ化ホウ素錯体として例えば表1に示されるものの一種又は二種以上を組み合わせて作用させ、ハイポフロライド化する。
【0019】
これ等の反応は室温ないし100℃で実施される。
【0020】
【表1】

【0021】
アルキルまたはアリールハイポハライドを三フッ化ホウ素錯体と反応させる際に用いられる溶媒は特に限定されず、この分野における通常の知識を有する者によって通常用いられる溶媒であって、アルキルまたはアリールハイポハライド、三フッ化ホウ素錯体及び生成したアルキルまたはアリールハイポフロライドを溶解し、またこれらと反応せず、さらに生成したアルキルまたはアリールハイポフロライドに更なる反応を起こさせない溶媒であればよい。例えば、溶媒としてエーテル類、ケトン類、アロマチック類、酢酸エステル類等を用いることができる。
【0022】
本発明に係る表面処理剤により表面処理されるエラストマー材は、イソプレンゴム(IR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、イソプレンゴム(IR)、ブチルゴム(IIR)、エチレンプロピレンジエンゴム(EPDM)、ウレタンゴム(AU、EU)、フッ素ゴム(FKM)、アクリルゴム(ACM)、エピクロルヒドリンゴム(ECO)、塩素化ポリエチレン、クロルスルホン化ポリエチレン等の合成ゴム及び天然ゴム、熱可塑性エラストマー、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂を含む。
【0023】
アルキルまたはアリールハイポフロライドの表面処理溶液中の濃度は、1〜50重量%である。しかしながら濃度が20重量%以上になると、表面処理剤の処理作用が過剰となって、エラストマー材表面を阻害する場合がある。また、表面処理溶液の安定性(ポットライフ)が短くなってしまう。そのため、表面処理溶液中の濃度は、好ましくは1〜10重量%である。
【0024】
上記濃度の範囲内で、処理されるエラストマー材の表面特性に合わせて溶液濃度は調整される。
【0025】
本発明に係る表面処理剤としての表面処理溶液を用いたエラストマー材の表面処理方法は、一般的に、浸漬法、スプレー法、ロールコータ法、フローコータ法が用いられる。
【0026】
前記方法による表面処理後、風乾して終了する。
【0027】
本発明に係る表面処理剤を用いてエラストマー材を表面処理する場合は、処理後、風乾のみで表面処理特性を出すことができる。すなわち表面処理後の熱処理が不要であり、したがって加熱によるエラストマー材の持つ特性および表面処理剤の特性の変化、減少、消失を防ぐことができる。
【0028】
表面処理されるエラストマー材は、予めエラストマー材表面の汚れ等を取り除いた上で表面処理することが望ましい。特に、ブルームあるいはブリードしやすいエラストマー材は、表面に析出したブルーム物あるいはブリード物を水、洗浄溶媒等で洗浄し、十分乾燥させてから表面処理することが望ましい。
【0029】
以下に、本発明の実施例について説明する。
【0030】
以下の各実施例の実施に先立って、本発明に係る表面処理剤としての表面処理溶液を以下のように調製した。
【0031】
アルキルまたはアリールハイポハライドとしてのターシャリーブチルハイポクロライド(以下TBCとする)の10%溶液を、溶媒としてのメタノール(A)、メチルシクロヘキサン(B)、ターシャリーブチルアルコール(C)、酢酸エチル(D)、メチルイソブチルケトン(E)及びTBC(Con0)を用いて各々調製した。
【0032】
溶液の100gを各々分取した。この場合100g中のTBC10gは0.092molである。
【0033】
等モル(mol)の三フッ化ホウ素錯体及びコントロールとしてのTBCを各溶液に添加、撹拌し、表面処理溶液とした。
【0034】
本実施例で用いた三フッ化ホウ素錯体試薬は次の通りである。
【0035】
【表2】

【0036】
ここで、例えば溶媒としてメタノールを用い、また三フッ化ホウ素錯体として三フッ化ホウ素ジメタノールを用いた表面処理溶液を表面処理溶液A−1と表す。
【実施例1】
【0037】
調整した表面処理溶液を用いて、各溶液の安定性試験を行った。
【0038】
安定性試験は、室温にて放置し、経過を観察することで行った。得られた結果は次の表3に示される。
【0039】
【表3】

【実施例2】
【0040】
NBR加硫ゴムを、表面処理溶液D−1(溶媒:酢酸エチル、BF3錯体:三フッ化ホウ素ジメタノール)、D−2(溶媒:酢酸エチル、BF3錯体:三フッ化ホウ素ジエチルエーテル)及びD−3(溶媒:酢酸エチル、BF3錯体:三フッ化ホウ素ジ酢酸)のアルキルまたはアリールハイポフロライド濃度が3%となるように希釈した溶液と、コントロールとして三フッ化ホウ素錯体を添加しなかった溶液(TBC+酢酸エチル)(Con1)を用いて常温で30秒間浸漬処理し、その一部を風乾後、接触角を測定した。残りは浸漬処理後110℃で15分間熱処理し、接触角を測定した。また、無処理のNBR加硫ゴムの接触角についても測定した。
【0041】
また、表面処理溶液D−1ないしD−3及びCon1を用いて常温で30秒間及び60秒間浸漬処理し、風乾後、接触角を測定した。また、無処理のNBR加硫ゴムの接触角についても測定した。接触角の測定には接触角計(画像処理式)CA−X型(協和界面科学株式会社製)を用いた。得られた結果はそれぞれ次の表4及び表5に示される。
【0042】
【表4】

【0043】
【表5】

【実施例3】
【0044】
エピクロルヒドリンゴム(ECO)を、表面処理溶液D−1ないしD−3及びCon1を用いて常温で30秒及び60秒間浸漬処理し、風乾後、接触角を測定した。得られた結果は次の表6に示される。
【0045】
【表6】

【実施例4】
【0046】
エラストマー材としてのNBR加硫ゴム及びECOのシート表面を表面処理溶液D−1ないしD−3及びCon1、及びその3%希釈溶液を用いて浸漬処理し、処理後のシート表面及び無処理のシート表面の動摩擦計数を測定した。
【0047】
動摩擦計数の測定には表面性測定機(新東科学製)を用い、測定法ASTMD−1894に準じて測定した。テスト条件は、摩擦子:直径10mmクロム鋼球、荷重:50g、移動速度:50mm/60秒であった。得られた結果は次の表7に示される。
【0048】
【表7】

【実施例5】
【0049】
エラストマー材としてのBR、NBRおよびECOを、表面処理溶液D−1を用いて1分間浸漬処理し、風乾した。続いて表面処理したBR、NBR及びECOと表面処理していないBR、NBR及びECOをベンゼン、メチルイソブチルケトン(MIBK)及びn−ヘキサンに浸漬し、2時間及び20時間後の各エラストマー材における面積増加率(%)(上段)、重量増加率(%)(下段)を測定し、比較した。得られた結果は次の表8ないし表10に示される。
【0050】
【表8】

【0051】
【表9】

【0052】
【表10】

【0053】
以上の実施例に係る表面処理されたエラストマー材及び表面処理剤は次の効果を有する。
【0054】
エラストマー材の表面処理は浸漬法、スプレー法、ロールコータ法、フローコータ法等の塗布で特性が発揮される。また表面処理剤はポットライフ性に優れている。したがって、エラストマー材の表面処理操作が容易である。
【0055】
反応性塗膜でも熱処理することにより被処理材と強固に反応するという従来例もあるが、エラストマー材には架橋剤、加工剤、充填剤、老化防止剤等が配合してあるので、熱処理により反応阻害を起こし、塗膜の剥離を起こすことがある。また、熱処理によりエラストマー材の性質が変化してしまうおそれがある。それに対し、本発明に係る表面処理剤による表面処理は、いわゆる表面改質によるものであり、風乾のみで表面処理特性を出すことができる。したがって熱処理が不要なため、エラストマー材の性質に変化を起こすことなく表面処理特性を長期間維持することができる。
【0056】
本発明に係る表面処理剤によるエラストマー材の表面改質は、厚さ2〜5μ程度なのでエラストマー材の持つ特性を損なうことがない。
【0057】
エラストマーの表面が効率よくフッ素化されるため、著しい滑性を発揮することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(R)COF(ここでRはアルキル基またはアリール基であり、nは1以上の整数である)で表されるアルキルまたはアリールハイポフロライドを含有することを特徴とする表面処理剤。
【請求項2】
請求項1に記載の表面処理剤において、前記アルキルまたはアリールハイポフロライドが、アルキルまたはアリールハイポハライドと三フッ化ホウ素錯体とを反応させることにより生成されることを特徴とする表面処理剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の表面処理剤を有機溶媒溶液として調製したことを特徴とする表面処理剤。
【請求項4】
請求項3に記載の表面処理剤において、前記アルキルまたはアリールハイポフロライドの濃度が、1ないし50重量%であることを特徴とする表面処理剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載の表面処理剤で表面処理されたことを特徴とする表面処理したエラストマー材。

【公開番号】特開2006−299002(P2006−299002A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−119573(P2005−119573)
【出願日】平成17年4月18日(2005.4.18)
【出願人】(000107103)シンコー技研株式会社 (3)
【Fターム(参考)】