説明

表面被覆切削工具

【課題】 湿式による高速切削加工において発生する熱による切刃への影響を抑えて、高速切削においても、優れた耐摩耗性、耐欠損性を発揮することができる、長寿命な表面被覆切削工具を、また、高速切削加工によって発生しやすい逃げ面への被削材の溶着を抑えて、長寿命かつ優れた加工面精度を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】 基体と、該基体の表面に形成される硬質被覆層とからなる表面被覆切削工具であって、前記硬質被覆層のすくい面における水の接触角θと、前記硬質被覆層の逃げ面における水の接触角θが、θ<θの関係にあり、これにより、優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮することができる、長寿命な切削工具となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質被覆層を表面に形成し、耐欠損性および耐摩耗性等の切削特性を有する表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、基体の表面に硬質被覆層を(被着)形成した表面被覆切削工具が広く使用されている。該切削工具としては、例えば超硬合金やサーメット、セラミックス等の硬質基体の表面に、TiC層、TiN層、TiCN層、Al層およびTiAlN層等の単層または複層からなる硬質被覆層を形成した工具が多用される。
【0003】
かかる切削工具を用いた切削加工の形態としては、切削加工に伴う切刃の温度上昇を低減するため、切削部に水を主成分とする切削液をかけながら加工する湿式加工が多く用いられている。
【0004】
近時、切削加工の高能率化・高効率化に伴い、切削速度が速い高速切削加工が増えている。このため、湿式加工であっても、すくい面および切刃等の切削部が非常に高温になる場合がある。その結果、従来の工具では、耐摩耗性の低下、膜剥離、境界損傷、切刃の塑性変形による加工精度の低下、切削抵抗の増加等が発生しやすくなる。そして、これらが引き金となり、切刃の欠損や異常摩耗の発生等の突発的な工具損傷により、工具寿命の長寿命化が困難であった。特に、すくい面および切刃が高温状態となり、硬質被覆層の劣化によるクレータ摩耗の進行、膜剥離等の問題点があった。
【0005】
一方、逃げ面は、すくい面および切刃ほど高温状態とはならない。しかし、湿式の高速切削加工に限らず、逃げ面は、逃げ面に連続する切刃が高温になるため、被削材が溶着しやすい傾向にある。被削材が工具の逃げ面に溶着すると、加工精度が低下したり、被削材の表面粗さを劣化させるという問題がある。また、その溶着物が脱落する際に硬質被覆層の剥離やチッピング等の切刃の損傷が発生しやすくなる。特に、高速切削加工による仕上げ面加工時には、被削材の逃げ面への溶着は大きな問題であった。
【0006】
上記のような切削工具は、切刃の性状が切削特性に大きな影響を及ぼすことが知られている。例えば、特許文献1では、酸化物層を含む多層膜を成膜した表面被覆切削工具の切刃において、酸化物層を含む多層膜の一部を除去することで、硬質被覆層の耐剥離性および耐欠損性を向上させることが開示されている。
【0007】
また、特許文献2では、硬質被覆層を成膜した表面被覆切削工具の表面を研磨して、工具全体が光沢を持つほどの平滑な表面に仕上げることによって、切削の際の切刃と被削材との摩擦係数を小さくし、切刃における発熱や被削材の溶着を防ぐことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−11005号公報
【特許文献2】特開2004−50385号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これらの公報に記載されているように、硬質被覆層の切刃を含む表面を
加工して表面を平滑化するだけでは、切削抵抗が小さくなって摺動性は向上するが、切削液の工具表面全体への拡がりは十分とはいえない。特に、切削時に非常に高温となるすくい面への切削液の拡がりが十分とはいえない。このため、切削液による冷却効果が十分得られず、切削によって発生する熱を速やかに放熱することが困難であり、比較的熱が発生しにくい湿式加工であっても、高速切削加工では耐摩耗性が急激に低下して工具寿命が短くなるという問題点があった。
【0010】
また、被削材の加工面精度に大きな影響を及ぼす逃げ面においては、硬質被覆層の切刃を含む表面を加工して表面を平滑化するだけでは、十分ではない。すなわち、切削抵抗が小さくなって摺動性は向上するものの、高速切削の場合には、被削材の逃げ面への溶着を抑えることができないため、溶着した被削材の脱離やこれに伴う膜剥離や切刃のチッピング等の工具損傷が発生する。
【0011】
従って、本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、湿式による高速切削加工において発生する熱による切刃への影響を抑えて、高速切削においても、優れた耐摩耗性、耐欠損性を発揮することができる、長寿命な表面被覆切削工具を提供することにある。さらに、本発明の目的は、高速切削加工によって発生しやすい逃げ面への被削材の溶着を抑えて、長寿命かつ優れた加工面精度を発揮する表面被覆切削工具も提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、表面被覆切削工具のすくい面における切削液に対する濡れ性を改善すると、切削工具の表面全体に切削液がいきわたるようになる。これによって、切削液の冷却効果が十分に発揮され、切削による切刃の温度が上昇することを低減することができるという新たな事実を見出した。その結果、切削によって切刃が高温となり硬質被覆層が劣化するのを防ぐことができ、高速切削加工においても優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮する長寿命な表面被覆切削工具とすることができることを知見した。
【0013】
そして、硬質被覆層のすくい面における水の接触角θと、前記硬質被覆層の逃げ面における水の接触角θが、θ<θの関係にある場合には、すくい面での優れた濡れ性および逃げ面での優れた耐溶着性が発揮される。そのため、すくい面においては、切削液が十分にいきわたり、切削液の冷却効果が十分に発揮されるため、切削によるすくい面温度の上昇が低減される。その結果、硬質被覆層の劣化が抑制され、クレータ摩耗の進行や膜剥離等の工具損傷を防ぐことができるため、高速切削加工においても優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮することが可能となる。また、逃げ面においては、水に対する濡れ性を低くすることによって、被削材の溶着が抑制されるため、膜剥離や切刃のチッピング等の工具損傷が生じにくくなる。さらに、高速切削においても安定した加工面の面粗度が得られるとともに、長寿命な切削工具の提供が可能となる。
【0014】
すなわち、本発明の切削工具は、すくい面と逃げ面との交差稜部に切刃が形成された構造を有する基体と、該基体の表面に形成される硬質被覆層とからなる表面被覆切削工具であって、前記硬質被覆層のすくい面における水の接触角θと、前記硬質被覆層の逃げ面における水の接触角θが、θ<θの関係にある。これにより、すくい面の優れた濡れ性および逃げ面の優れた耐溶着性が同時に実現可能となる。したがって、すくい面においては、切削液が十分にいきわたるため切削液による冷却効果に優れ、逃げ面においては、被削材の溶着が抑制される。その結果、膜の剥離や切刃のチッピング等の工具損傷が抑制されるため、湿式による高速切削加工においても、優れた耐摩耗性および耐欠損性を有した、優れた切削加工精度を発揮する長寿命な表面被覆切削工具が得られる。
【0015】
さらに、前記硬質被覆層のすくい面における表面の最大高さRzが0.3〜1.5μm
の範囲内にあることが、すくい面全体にわたって特性バラツキを抑制して水の接触角θを上記の範囲内に容易に調整することができるため望ましい。
【0016】
また、前記硬質被覆層は、前記基体側から表面に向かって平均粒径が順次増加する粒子からなる表面層を有することが、表面層における水の接触角を容易に調整することができ、θ<θの関係とすることが容易であるため望ましい。
【0017】
さらに、前記表面層の表面側上部を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内にあり、前記表面層の基体側下部を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内にあることが、表面層における水の接触角を容易に調整することができ、θ<θの関係とすることが容易であるため望ましい。
【0018】
また、すくい面における前記硬質被覆層の表面を構成する粒子の平均粒径が、逃げ面における前記硬質被覆層の表面を構成する粒子の平均粒径よりも小さいことが、θ<θの関係を容易に調整でき、逃げ面は、大きな水の接触角を有し耐溶着性に優れるとともに、すくい面は、小さな水の接触角を有し濡れ性に優れたものとすることができるため望ましい。
【0019】
さらに、前記硬質被覆層は、窒化チタンまたは窒化ジルコニウムからなる表面層を有しており、切刃において前記表面層が残存するように切刃における硬質被覆層が研磨加工されていることが、炭化チタンおよび炭窒化チタンからなる場合と比較して熱伝導性がよく、切削液による放熱に加えてすくい面における放熱性を高めて、切削による切刃の温度上昇を抑えることができるとともに、切刃付近において、異なる材質の層が露出することがないので、切刃における切削液の移動がよりスムーズとなり、切削抵抗を低減でき耐摩耗性が向上するため望ましい。
【0020】
また、前記硬質被覆層は、外層と、該外層を構成する粒子の平均粒径よりも小さい平均粒径を有する粒子で構成される下部層とを有しており、該下部層と前記外層とがこの順で積層されており、前記硬質被覆層のすくい面において、前記下部層が露出するまで前記外層を除去することが、最終的に逃げ面を構成する膜となる外層は、大きな水の接触角を有し耐溶着性に優れるとともに、最終的にすくい面を構成する膜となる下部層は、小さな水の接触角を有し濡れ性に優れた膜とすることができるため望ましい。
【0021】
さらに、前記外層を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内にあり、前記下部層を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内にあることが、外層および下部層における水の接触角を容易に調整することができ、θ<θの関係とすることが容易であるため望ましい。
【0022】
また、前記水の接触角θが30〜80°の範囲内にあり、前記水の接触角θが91〜140°の範囲内にあることが、すくい面における切削液に対する濡れ性が最適化されて切削液が表面全体に広がりやすくなるとともに、切削によって発生する熱で軟化した被削材が逃げ面に溶着しにくくなるため望ましい。
【0023】
さらに、前記すくい面において、前記硬質被覆層は、X線回折分析にて検出されるピーク強度と下記の式にて算出される(200)結晶面の配向係数Tが0.4〜0.9の窒化チタンからなる表面層を有することが、すくい面の表面層の界面エネルギーが小さくなって、表面層における水の濡れ性を本実施形態の範囲内に容易に最適化できるため望ましい。
=[I(200)/I(200)][1/6Σ(I(hkl)/I(hkl))]−1
但し、
I(200):(200)面におけるX線回折ピーク強度測定値
(200):JCPDSカード番号6−642の(200)面における標準X線回折ピーク強度
Σ(I(hkl)/I(hkl)):(111)、(200)、(220)、(311)、(222)、(400)面における[X線回折ピーク強度測定値]/[標準X線回折ピーク強度]の値の合計。
【0024】
さらに、本発明の被削材の加工方法は、上記の表面被覆切削工具と被削材とを準備する工程と、前記表面被覆切削工具または前記被削材の少なくとも一方を回転させ、前記表面被覆切削工具の切刃を前記被削材の表面に接触させて被削材を切削する工程と、前記切刃を前記被削材の表面から離間させて加工物を得る工程とを含む。これにより、安定して良好な加工面を有する加工物を得ることが可能となる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の表面被覆切削工具によれば、硬質被覆層のすくい面における水の接触角θと、前記硬質被覆層の逃げ面における水の接触角θが、θ<θの関係にすることで、すくい面での優れた濡れ性および逃げ面での優れた耐溶着性が発揮される。そのため、すくい面においては、切削液が十分にいきわたり、切削液の冷却効果が十分に発揮されるため、切削によるすくい面温度の上昇が低減される。その結果、硬質被覆層の劣化が抑制され、クレータ摩耗の進行や膜剥離等の工具損傷を防ぐことができるため、高速切削加工においても優れた耐摩耗性および耐欠損性を発揮することが可能となる。また、逃げ面においては、水に対する濡れ性を低くすることによって、被削材の溶着が抑制されるため、膜剥離や切刃のチッピング等の工具損傷が生じにくくなる。さらに、高速切削においても安定した加工面の面粗度が得られるとともに、長寿命な切削工具の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の好適な実施形態にかかる硬質被覆層の層構成を示す要部拡大概略断面図である。
【図2】本発明の実施形態にかかる表面被覆切削工具を示す概略斜視図である。
【図3】すくい面における水の接触角θの測定方法を説明するための模式図である。
【図4】図1の実施形態にかかる硬質被覆層の層構成を示す他の要部拡大概略断面図である。
【図5】(a)すくい面における水の接触角θの測定方法を説明するための模式図である。(b)逃げ面における水の接触角θの測定方法を説明するための模式図である。
【図6】本発明の第2の実施形態にかかる他の硬質被覆層の層構成を示す要部拡大概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】

<表面被覆切削工具>
以下、本発明にかかる表面被覆切削工具の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の好適な実施形態にかかる硬質被覆層の層構成を示す要部拡大概略断面図である。
図2は、本実施形態にかかる表面被覆切削工具を示す概略斜視図である。
図3は、すくい面における水の接触角θの測定方法を説明するための模式図である。
図4は、本実施形態にかかる硬質被覆層の層構成を示す他の視点での要部拡大概略断面図である。
図5(a)は、すくい面における水の接触角θの測定方法を説明するための模式図であり、図5(b)は、逃げ面における水の接触角θの測定方法を説明するための模式図である。
図6は、本実施形態にかかる他の硬質被覆層の層構成を示す要部拡大概略断面図である。
【0028】
本実施形態の表面被覆切削工具は、スローアウェイチップ型切削工具(以下、単に工具と略すことがある)である。図1および図2に示すように、工具1は、略平板状をなす基体2と、該基体2の表面に形成される硬質被覆層3とからなる。また、図2に示すように、工具1は、基体2の主面にすくい面7、側面に逃げ面8、すくい面7と逃げ面8の交差稜線部に切刃9を設けた構成となっている。
【0029】
基体2としては、例えば炭化タングステン(WC)、炭化チタン(TiC)または炭窒化チタン(TiCN)と、所望により周期律表第4、5、6族金属の炭化物、窒化物、炭窒化物からなる群れより選ばれる少なくとも1種からなる硬質相を、コバルト(Co)および/またはニッケル(Ni)の鉄族金属から成る結合相にて結合させた超硬合金やサーメット、または窒化珪素(Si)や酸化アルミニウム(Al)質セラミック焼結体、立方晶窒化ホウ素(cBN)、ダイヤモンドを主体とした超硬質焼結体等の硬質材料、または炭素鋼、高速度鋼、合金鋼等の金属等の高硬度材料を用いるとよい。
【0030】
前記周期律表第4、5、6族金属としては、例えばTi,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W等が挙げられる。特に、基体2は、炭化タングステン(WC)を主成分とした硬質相と、コバルト(Co)からなる結合相とで構成される超硬合金からなるのが好ましい。基体2が超硬合金からなる場合には、硬度および靭性のバランスが良く、高速湿式切削加工用として安定した切削加工をすることができる。
【0031】
硬質被覆層3は、周期律表の第4、5、6族金属元素、AlおよびSiから選ばれる1種以上の元素と、酸素、窒素、炭素、硼素から選ばれる1種以上の元素との化合物の単層または複層からなるのが好ましい。これにより、工具1の耐摩耗性および耐欠損性を高めることができる。
【0032】
本実施形態の硬質被覆層3は、図1に示すように複層からなり、図1では、第1層3aが窒化チタン層、第2層3bが炭窒化チタン層、第3層3cが炭酸窒化チタン層、第4層3dが酸化アルミニウム層、第5層の表面層4が窒化チタン層であり、より具体的には、図4に示すように、本実施形態の硬質被覆層3は、第1層3aが窒化チタン層、第2層3bが炭窒化チタン層、第3層3cが炭酸窒化チタン層、第4層3dが酸化アルミニウム層、第5層が外層18に隣接する下部層17である窒化チタン層、逃げ面8にはさらに第6層として外層18である窒化チタン層からなる。
【0033】
ここで、硬質被覆層3(図4、6の3’)のすくい面7における表面14に対する水の接触角θと、硬質被覆層3の逃げ面8における表面15に対する水の接触角θは、θ<θの関係にある。これにより、すくい面7における切削液に対する濡れ性が向上し、切削液がすくい面7全体に広がりやすくなるため、切削によって発生する熱を効率よく放熱することができる。そのため、特に切削時に高温となるすくい面7における温度上昇を抑えて、硬質被覆層3の劣化を抑制することができる。その結果、湿式加工でも切刃9およびすくい面7が高温となりやすい高速切削加工においても、すくい面7の耐摩耗性を向上させ、優れた工具寿命を発揮することができる。また、θ<θの関係にあること、すなわち逃げ面8における水に対する濡れ性を低くすることで、逃げ面8においては、切削によって発生する熱で工具10の切刃9が高温となって被削材が軟化したとしても、その一部が逃げ面8に付着しにくくすることができる。このように、逃げ面8は、すくい面7よりも耐溶着性に優れるため、逃げ面8における被削材の溶着が抑えられ、溶着物の
脱落による膜剥離やそれにともなう切刃9の欠損等が抑制される。その結果、湿式高速加工での仕上げ加工時においても、被削材が逃げ面8に付着して、被削材の加工面における面粗度を粗くしてしまうことを防ぎ、良好かつ安定した加工面品位を得ることができる。
【0034】
さらに、前記水の接触角θと、θとの比θ/θが0.5以上、好ましくは0.8以上、より好ましくは0.85〜0.90であるのがよい。これにより、すくい面7における冷却効果と、逃げ面8における耐溶着性とを、バランスよく得ることができる。特に、比θ/θが0.85〜0.90の値であると、すくい面7における濡れ性および逃げ面8における耐溶着性がより効果的に発揮され、すくい面摩耗、逃げ面への溶着などによる工具損傷が抑制されるため、長寿命な工具とすることができる。
【0035】
前記水の接触角θは30〜80°の範囲内にあるのが好ましい。これにより、すくい面7における切削液に対する濡れ性が最適化されて切削液が表面全体に広がりやすくなる。そのため、切削により発生する熱を効率よく放熱することができ、切削による温度上昇を抑えて硬質被覆層3の劣化を抑制することができる。結果として、切刃9が高温となりやすい高速での切削でも硬質被覆層3が劣化せず、優れた工具寿命を発揮することができる。前記水の接触角θの望ましい範囲は、切削液の広がり方を工具10の切削性能が最大限に発揮できるように最適化できる点で40〜60°である。
【0036】
前記水の接触角θは91〜140°の範囲内にあるのが好ましい。これにより、切削によって発生する熱で軟化した被削材が逃げ面8に溶着しにくくなる。すなわち、逃げ面8における耐溶着性を向上させることができる。そのため、高速切削加工でも逃げ面8に溶着することなく、被削材の加工面精度を優れた状態にすることができる。前記水の接触角θの望ましい範囲は、被削材の溶着を防ぎ、かつ、切削抵抗の増加を抑えることを考慮すれば93〜120°、より望ましくは95〜115°である。
【0037】
前記水の接触角θの測定方法としては、例えばメニスコグラフ法、毛細管法、静滴法などが挙げられるが、本発明によれば、測定が可能な限り静滴法にて測定する。そして、静滴法での測定が困難な場合には他の測定法にて測定する。具体的には、図3に示すように、まず、蒸留水からなる液滴6を被測定物である硬質被覆層3(表面層4)の表面5に置く。ついで、その液滴6が被測定物と接触している領域の周縁部における液滴6の接線Lと、被測定物の表面5とのなす角θを測定する静滴法をJIS R3257に準拠して用いる。これにより、前記水の接触角θを、容易かつ正確に測定できる。
【0038】
ここで、前記水の接触角θ、θの測定方法としては、図5に示すように、まず、蒸留水からなる液滴6を被測定物であるすくい面における表面14[図5(a)]、または逃げ面における表面15[図5(b)]に置く。ついで、その液滴6が被測定物と接触している領域の周縁部における液滴6の接線Lと、被測定物であるすくい面における表面14または逃げ面における表面15とのなす角θ、θを測定する静滴法をJIS R3257に準拠して用いるのが好ましい。これにより、前記水の接触角θ、θを、容易かつ正確に測定できる。
【0039】
前記水の接触角θの制御は、硬質被覆層3の表面および粒界によるエネルギーを総合的に適正化することによって達成することができる。すなわち、界面エネルギーを構成する表面エネルギーおよび粒界エネルギーは、硬質被覆層3の表面層4の膜質、粒径、表面粗さ等の物性に加えて、成膜時の熱履歴、原料ガスの流量、成膜時間等の製法に関する条件などの総合的な性状により変化する。このため、物性、製法等の条件を総合的に考慮する必要がある。
【0040】
より具体的には、硬質被覆層3の表面14、15における水の接触角θは、硬質被覆層
3の表面14における界面エネルギーを制御することによって、硬質被覆層3の表面14、15における水のなじみやすさを制御することが重要であると思われる。かかる界面エネルギーは、硬質被覆層3の成膜履歴や研磨状態によって変化することから、本発明はこれらの条件を総合的に適正化することによって、硬質被覆層3の表面14、15における水の接触角θを所定範囲に制御することを可能としたものである。
【0041】
例えば、硬質被覆層3の表面14、15における界面エネルギーを高くすることで、水の接触角θを小さくすることが可能である。表面14、15における界面エネルギーを高くするための手段の一例としては、硬質被覆層3の表面14、15を加工することである。これにより、硬質被覆層3の表面14、15に欠陥を導入することができ、高エネルギー化が可能となる。
また、硬質被覆層3を構成する粒子を微細化することで、界面エネルギーの1つである粒界におけるエネルギー(粒界エネルギー)を高エネルギー化することが可能である。
【0042】
前記水の接触角θ、θの制御は、上記第1の実施形態と同様に、すくい面7および逃げ面8での硬質被覆層3の外層の表面および粒界によるエネルギーを総合的に適正化することによって達成することができる。界面エネルギーを構成する表面エネルギーおよび粒界エネルギーは、すくい面7および逃げ面8での硬質被覆層3の表層の膜質、粒径、表面粗さ等の物性に加えて、成膜時の熱履歴、原料ガスの流量、成膜時間等の製法に関する条件などの総合的な性状により変化するため、物性、製法等の条件を総合的に考慮する必要がある。
【0043】
ここで、本実施形態では、硬質被覆層3のすくい面7における表面層4を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2μm、好ましくは0.01〜1μmの範囲内にあるのがよい。これにより、工具1の硬質被覆層3の表面14、15の粒界エネルギーを適正化することができ、硬質被覆層3の表面14、15と水を主成分とする切削液との濡れ性を高めて、切削による切刃の温度上昇を抑えることができる。
【0044】
前記硬質被覆層3のすくい面7における表面層4の平均粒径とは、以下のようにして測定される値を意味する。すなわち、まず、すくい面7における表面層4の表面または断面について走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡を用いた組織観察を行なう。このとき、100nm×100nm以上、かつ粒子5個以上の視野領域にて観察される、該表面層4を構成している粒子のそれぞれの面積を画像解析法にて算出する。ついで、それらの平均面積を見積もった後、この平均面積を有する円に換算して求められる円の直径を意味する。特に、界面エネルギーを適正化し水の接触角θを最適化する上で、すくい面7における表面層4の平均粒径は0.05〜0.5μmであることが望ましい。
【0045】
また、下部層を構成する粒子の平均粒径が、外層を構成する粒子の平均粒径よりも小さいのが好ましい。これにより、すくい面7における水の接触角θおよび逃げ面8における水の接触角θが本発明の範囲に調整することできる。特に、外層を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内であり、下部層を構成する粒子の粒径が0.01〜2.0μmの範囲内であるのが好ましい。
【0046】
表面層4は、窒化チタン(TiN)層、窒化ジルコニウム層またはα型結晶構造の酸化アルミニウム(Al)層であるのが好ましく、窒化チタン層または窒化ジルコニウム層であるのがより好ましい。これにより、炭化チタン層および炭窒化チタン層である場合と比較して熱伝導性がよく、切削液による放熱に加えて表面層4自身の放熱性を高めて、切削による切刃の温度の上昇を抑えることができる。
【0047】
特に、表面層4が窒化チタン層であるのが好ましい。窒化チタンは界面エネルギーの1
種である表面エネルギーが高いため、表面における水の接触角θを容易に高めることができる。したがって、水に対する濡れ性、すなわち水を主成分とする切削液に対する濡れ性に優れ、切削による切刃の温度の上昇を抑えることができる。
【0048】
硬質被覆層3を構成する材質としては、上記第1の実施形態における硬質被覆層3で例示したものと同様の材質が挙げられる。本実施形態では、すくい面7における外層が窒化チタン(TiN)層、窒化ジルコニウム層またはα型結晶構造の酸化アルミニウム(Al)層であるのが好ましい。
これにより、炭化チタン層および炭窒化チタン層である場合と比較して熱伝導性がよく、切削液による放熱に加えてすくい面7における放熱性を高めて、切削による切刃9の温度上昇を抑えることができる。
【0049】
ここで、切刃9における硬質被覆層3は、該硬質被覆層3の成膜時に発生する残留応力を低減してチッピングの発生を抑制する上で、研磨加工されているのが好ましい。また、下部層17の上に外層18を成膜した後すくい面における外層18を除去して、逃げ面8における表面層が外層18ですくい面7における表面層が下部層17となる構成とすることもできる。この場合、外層18と下部層17の両方が窒化チタンからなるのが好ましい。なお、外層18および下部層17の成膜条件や成膜後の外層18の除去方法を調製することによって、これらの層の水の接触角を容易に制御することができる。本実施形態において前記表面層とは、硬質被覆層3の表面に露出する層、または硬質被覆層3の表面を構成する層を意味する。
【0050】
特に、すくい面7における外層が窒化チタン層であるのが好ましい。窒化チタンは表面エネルギーが高く、表面における水の接触角θを容易に高めることができ、水に対する濡れ性に優れるため望ましい。また、外層18が窒化チタン層または窒化ジルコニウム層である場合には、切刃9において表面層4が残存するように切刃9における硬質被覆層3が研磨加工されているのが望ましい。これにより、切刃9付近において、異なる材質の層が露出することがないので、切刃9における切削液の移動がよりスムーズとなり、切削抵抗を低減できることから耐摩耗性が向上する。切刃9において外層18が残存するように、切刃9における硬質被覆層3が研磨加工されているのが好ましい。
【0051】
硬質被覆層3のすくい面7における表面5の最大高さRzが0.3〜1.5μmの範囲内にあるのが好ましい。これにより、硬質被覆層3の表面全体にわたって特性バラツキを抑制して、水の接触角θを上記の範囲内に容易に調整することができる。さらに、この最大高さRzの範囲内において、硬質被覆層3のすくい面7における表面5の算術平均粗さRaが0.05〜0.3μmの範囲内にあるのが好ましい。これにより、表面エネルギーを適正化して水の接触角θを最適化できるとともに、切削液を工具1の表面全体に広がりやすくして、切削によって上昇した温度を効率よく下げることができる。
【0052】
前記算術平均粗さRaおよび最大高さRzを測定する方法としては、JIS B0601’01に準拠して触針式表面粗さ測定器を用いて測定すればよい。かかる測定が困難な場合には、レーザー顕微鏡や原子間力顕微鏡等の測定器を用い、硬質被覆層3の表面5における凹凸形状を走査しながら見積もることによって測定することが可能である。この表面粗さ(Rz、Ra)の測定において、触針式表面粗さ測定器を用いる場合には、カットオフ値:0.25mm、基準長さ:0.8mm、走査速度:0.1mm/秒にて測定する。
【0053】
次に、上記で説明した本実施形態にかかる切削工具の製造方法について説明する。
まず、上述した硬質合金を焼成によって形成しうる金属炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物等の無機物粉末に、金属粉末、カーボン粉末等を適宜添加して混合する。この混合物を
、例えばプレス成形、鋳込成形、押出成形、冷間静水圧プレス成形等の公知の成形方法によって所定の工具形状に成形した後、真空中または非酸化性雰囲気中にて焼成し、上述した硬質材料からなる基体2を作製する。
【0054】
次に、基体2の表面に、例えば化学気相蒸着(CVD)法によって硬質被覆層3を成膜する。ここで、例えば硬質被覆層3の表面層4を成膜する際に、反応炉容積Vrと、1分間当たりの常温常圧での供給ガス流量Vgとの比率を所定の範囲内にコントロールすることによって、表面層4中の粒子の粒径や欠陥の割合、残留応力等が変化して表面層4の膜質を界面エネルギーの高い状態に制御することができる。これにより、表面14、15の水に対する濡れ性に優れた膜質となる。
【0055】
具体例を挙げると、表面層4として窒化チタン(TiN)層を成膜するには、反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスが0.1〜10体積%、特に、1.5〜10体積%、窒素(N)ガスが0〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整し、チャンバ内を炉内温度800〜1100℃、圧力5〜85kPaとし、混合ガスの流量VgをVg/Vrが0.4〜0.9、特に0.5〜0.9の範囲内となるように調整する。
【0056】
表面層4として窒化ジルコニウム層を成膜するには、反応ガス組成として塩化ジルコニウム(ZrCl)ガスが0.1〜8体積%、窒素(N)ガスが0〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整し、チャンバ内を炉内温度950〜1100℃、圧力5〜85kPaとし、混合ガスの流量VgをVg/Vrが0.4〜0.9、特に0.5〜0.9の範囲内となるように調整する。
【0057】
表面層4として酸化アルミニウム層を成膜するには、塩化アルミニウム(AlCl)ガスを3〜20体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5〜3.5体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.01〜5.0体積%、硫化水素(HS)ガスを0〜0.01体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、900〜1100℃、5〜10kPaとし、混合ガス流量VgをVg/Vrが0.2〜0.5となるように調整する。
【0058】
表面層4としては、炭化チタン、炭窒化チタン等の他の硬質膜も採用することができる。これら窒化チタン層以外のチタン系硬質膜を成膜する際にも、窒化チタン層の成膜条件と同様に混合ガスの流量Vgと反応炉の容積Vrとの比をVg/Vrが0.4〜0.7、特に0.5〜0.6の範囲内となるように調整する。この時、成膜温度は材料によって異なるが上述した成膜温度内に制御することが望ましい。
【0059】
ここで、表面層4として例えば膜厚1μmの窒化チタン層を成膜する際には、まず、上記条件を用いて膜厚2〜4μmと目的の膜厚よりも2倍〜4倍ほど厚く成膜する。ついで、このように成膜した後、♯500または♯500よりも細かいダイヤモンド砥粒を用いたブラシ加工によって、目的の膜厚まで研磨加工する加工方法を用いることが望ましい。これにより、表面の成膜時の温度が変化して、硬質被覆層3の表面14、15の界面エネルギーが低下する。そして、濡れ性が劣化した部分を取り除いて、さらに微小な欠陥を均一に導入でき、界面エネルギーの高い状態にすることができる。その結果、界面エネルギーの高い表面層4の部分を露出させることで、表面層4の表面における水の濡れ性を適正な範囲に制御することができる。
【0060】
前記ブラシ加工において、ブラシ毛の突き出し量は1〜7cm、特に1〜5cmとすることが望ましい。これにより、例えばブレーカ溝を有するような凹凸のある形状の工具であっても、凹凸形状の隅に研磨されない部分が残存することなく、表面層4の表面全体のすみずみにまでわたって研磨加工することができる。したがって、工具1の表面を均一な
面粗度にすることができ、硬質被覆層3の表面14、15における水の濡れ性を均一にすることができる。
【0061】
なお、上記で説明した実施形態では、化学気相蒸着(CVD)法にて硬質被覆層3の成膜を行なう方法について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、物理気相蒸着(PVD)法等のその他の成膜方法にて硬質被覆層3を成膜したものであってもよい。この場合でも、成膜ガス流量を制御すること等によって、表面層4の膜質を濡れ性に優れるように成膜するとともに、上記加工法にて硬質被覆層3の表面5を研磨加工して、硬質被覆層3の表面5の濡れ性を制御することができる。
【0062】
また、上記の実施形態では、硬質被覆層3が5層の複層である場合について説明したが、本発明は、硬質被覆層3が単層であってもよい。単層として用いる場合には、該単層が、例えば窒化チタン(TiN)層、窒化ジルコニウム層またはα型結晶構造の酸化アルミニウム(Al)層などであるのが、熱伝導性がよくて切削液による放熱に加えて表面層4自身の放熱性を高めて切削による切刃の温度の上昇を抑えることができるため望ましい。
【0063】
次に、基体2の表面に例えば化学気相蒸着(CVD)法によって、硬質被覆層3のすくい面7における表面14に対する水の接触角θが、硬質被覆層3の逃げ面8における表面15に対する水の接触角θよりも小さい、すなわち、すくい面7における表面エネルギーが逃げ面8における表面エネルギーよりも大きくなるように硬質被覆層3を成膜することが重要となる。このように硬質被覆層3を成膜する方法としては、例えば下記で説明する第一の製造方法と、第二の製造方法が挙げられる。
【0064】
(第一の製造方法)
第一の製造方法は、硬質被覆層3の表面を構成する表面層として、水の接触角がθの下部層17と水の接触角がθ(ただし、θ<θ)の外層18とを順に成膜する。ついで、すくい面7をブラシ加工してすくい面における外層18を除去し、図4に示すように、硬質被覆層3のすくい面7に下部層17を露出させる。これにより、すくい面7の表面層が下部層17で逃げ面8の表面層が外層18となり、すくい面7における水の接触角θが逃げ面8における水の接触角θよりも小さい(θ<θ)工具1を容易に製造することができる。
【0065】
特に、外層18および下部層17を構成する粒子として窒化チタンを用いることが、表面エネルギーの制御を成膜条件により容易に調整できるため好ましい。例えば、成膜温度、原料ガス流量、成膜時間などを調整すればよい。
【0066】
ここで、前記水の接触角θ、θがθ<θとなるように、外層18および下部層17を成膜する手段としては、例えば外層18を構成する粒子の平均粒径が、下部層17を構成する粒子の平均粒径よりも大きくなるように、外層18および下部層17の成膜条件を調整する方法が挙げられる。具体的には、外層18を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内、好ましくは1.2〜2.0μmの範囲内にあり、下部層17を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内、好ましくは0.05〜1.0μmの範囲内にあることが望ましい。
【0067】
上記構成によって、表面層の表面側上部を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内にあり、前記表面層の基体2側下面を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内にできる。なお、前記表面層は、外層18または下部層17である。
【0068】
工具1における硬質被覆層3の外層18および下部層17を構成する粒子の平均粒径と
は、外層18および下部層17の表面または断面について走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡を用いた組織観察を行ない、100nm×100nm以上の視野領域にて観察される画像において、外層18および下部層17を構成している粒子のそれぞれの面積を画像解析法にて算出して、それらの平均面積を見積もった後、この平均面積を有する円に換算して求められる円の直径を意味する。
【0069】
これにより、外層18および下部層17の粒界エネルギーを適正化することができる。すなわち、硬質被覆層3が、該硬質被覆層3の外層18の平均粒径よりも小さい平均粒径を有する下部層17と、外層18とがこの順で積層されており、硬質被覆層3のすくい面7において、下部層17が露出するまで外層18を除去してなるものであるのが好ましい。これにより、図4に示すように、最終的に逃げ面8を構成する外層18は、粒界エネルギーが適正化され、水の濡れ角をより好適な範囲に制御される。その結果、逃げ面8において、高速切削であっても被削材の溶着を抑制することができる。
【0070】
また、最終的にすくい面7を構成する下部層17は、粒界エネルギーが適正化され、切削液との濡れ性を高めて、切削液が十分にいきわたりやすくなり、切削による切刃9の温度上昇を抑制することができる。つまり、最終的に逃げ面8を構成する膜となる外層18は、大きな水の接触角を有し耐溶着性に優れるとともに、最終的にすくい面7を構成する膜となる下部層17は、小さな水の接触角を有し濡れ性に優れた膜とすることができる。
【0071】
まず、水の接触角が大きい外層18の成膜工程として、例えば反応炉内の圧力を1〜30kPaと低く設定するのがよい。これにより、反応炉内の原子数が少なくなり、原料原子・分子が表面に拡散するときに十分拡散し、欠陥を生成することなく結晶化することができ、界面エネルギーが低くなる。そのため、外層18における表面エネルギーを小さくすることができ、外層の水の接触角を、本実施形態の逃げ面8における水の接触角θの範囲内にコントロールすることができる。
【0072】
さらに、混合ガスに対する原料ガス濃度を0.05〜0.4体積%とし、上記比率Vg/Vrが0.4〜0.7、かつ、成膜温度を880〜950℃の範囲にして、外層18の表面における結晶の配向方向を表面エネルギーが小さくなる方向に揃えることができる。その結果、外層18の表面エネルギーを小さくすることができ、外層の水の接触角を前記水の接触角θの範囲内にコントロールすることができる。
【0073】
また、すくい面7の表面層(外層18または下部層17)が、X線回折分析にて検出されるピーク強度値と下記の式にて算出される(200)結晶面の配向係数Tcが0.4〜0.9の窒化チタンからなるのが好ましい。
=[I(200)/I(200)][1/6Σ(I(hkl)/I(hkl))]−1
但し、
I(200):(200)面におけるX線回折ピーク強度測定値
(200):JCPDSカード番号6−642の(200)面における標準X線回折ピーク強度
Σ(I(hkl)/I(hkl)):(111)、(200)、(220)、(311)、(222)、(400)面における[X線回折ピーク強度測定値]/[標準X線回折ピーク強度]の値の合計。
【0074】
これにより、すくい面7の表面層の界面エネルギーが小さくなって、表面層における水の濡れ性を本実施形態の範囲内に容易に最適化できる。窒化チタンの配向係数Tcの望ましい範囲は0.5〜0.8、より望ましくは0.6〜0.8である。
【0075】
より具体的には、例えば外層18として窒化チタン(TiN)層を成膜するには、原料ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスが0.05〜0.5体積%、反応ガスとして窒素(N)ガスが25〜50体積%、残りがキャリアガスとして水素(H)ガスからなる混合ガスを調整し、チャンバ内を炉内温度800〜950℃、圧力7〜10kPaとする。
【0076】
水の接触角が小さい下部層17の成膜工程としては、例えば反応炉容積Vrと、1分間当たりの常温常圧での供給ガス流量Vgとの比率(Vg/Vr)を下記の範囲内にコントロールするのがよい。これにより、下部層17を構成する粒子の粒径や欠陥の割合、残留応力等が変化して、下部層17の膜質を界面エネルギーの高い状態に制御することができる。その結果、下部層17は、水の接触角が小さく、濡れ性に優れた膜質となる。
【0077】
より具体的には、下部層17として窒化チタン(TiN)層を成膜するには、反応ガス組成として、塩化チタン(TiCl)ガスが0.4〜10体積%、窒素(N)ガスが0〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整し、チャンバ内を炉内温度960〜1100℃、圧力5〜85kPaとし、前記比率(Vg/Vr)が0.4〜0.9、特に0.5〜0.9の範囲内となるように調整する。この条件で成膜するとTiN層の(200)結晶面の配向係数Tが0.4〜0.9となる可能性が高くなる。
【0078】
また、下部層17として酸化アルミニウム層を成膜するには、塩化アルミニウム(AlCl)ガスを3〜20体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5〜3.5体積%、二酸化炭素(CO)ガスを、0.01〜5.0体積%、硫化水素(HS)ガスを0〜0.01体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、900〜1010℃、5〜10kPaとし、前記比率(Vg/Vr)が0.2〜0.5となるように調整する。
【0079】
なお、下部層17としては、炭化チタン、炭窒化チタン等の他の硬質膜も採用することができ、これら窒化チタン層以外のチタン系硬質膜を成膜する際も窒化チタン層の成膜条件と同様に、前記比率(Vg/Vr)を0.4〜0.7、特に0.5〜0.6の範囲内となるように調整する。この時、成膜温度は材料によって異なるが上述した成膜温度内に制御することが望ましい。
【0080】
このように、下部層17および外層18を各々成膜した後、すくい面7において下部層17が露出するまで外層18を研磨加工する。例えば、外層18を2μmの膜厚で成膜した際には、すくい面7のみ外層18を2μmの膜厚分全て除去されるよう研磨加工する。これにより、研磨加工されたすくい面7は、水の接触角の小さな下部層17からなり、研磨加工されない逃げ面8は、水の接触角の大きな外層18からなるため、濡れ性に優れたすくい面7と耐溶着性に優れた逃げ面8を併せ持つ工具10が容易に製造できる。
【0081】
ここで、研磨加工方法としては、♯500または♯500よりも細かいダイヤモンド砥粒を用いたブラシ加工によって目的の膜厚まで研磨加工する方法が望ましい。また、ブラシ加工でのブラシ毛の突き出し量は1〜7cm、特に1〜5cmとすることが望ましい。これによって、例えばブレーカ溝を有するような凹凸のある形状の切削工具でも、凹凸形状の隅に研磨されない部分が残存することなく、すくい面7の表面全体のすみずみにまでわたって研磨加工することができる。その結果、すくい面7を均一な面粗度にすることができ、すくい面7における水の濡れ性を均一にすることができる。
【0082】
(第二の製造方法)
次に、第二の製造方法について、外層18を表面層として成膜する場合について説明する。
第二の製造方法は、例えば図6に示すように、外層18(表面層)を成膜する際に、表面
層を形成するための原料ガスの濃度を徐々に減少させていく方法である。この方法により、表面層は、水の濡れ性が基体側から表面に向かって順次減少する、すなわち水の接触角が表面に向かって次第に増加する傾斜構造の表面層を成膜することができる。ついで、成膜後にすくい面7のみに対して、表面層の基体側のみが残存するよう表面層をブラシ加工等により研磨加工する。
【0083】
ここで、水の接触角が表面に向かって大きくなるように表面層を成膜する手段としては、例えば表面層を構成する粒子の平均粒径が、基体2側から表面に向かって次第に増加するように成膜する方法が挙げられる。すなわち、硬質被覆層3の表面層を構成する粒子は、基体2側から表面に向かって平均粒径が次第に増加するのが好ましい。これにより、上記した第一の製造方法と同様に、すくい面7における水の接触角θと、逃げ面8における水の接触角θを適正値の範囲内に設定することができる。すなわち、平均粒径が次第に増加するのにともない、粒界エネルギーが次第に減少して、表面層の濡れ性が表面に近づくほど次第に悪くなる。その結果、表面層の膜厚が厚いほど表面層の表面における最も耐溶着性に優れる層が成膜される。
【0084】
そして、すくい面7における表面層を、該表面層が残存するようにブラシ加工すると、すくい面7における表面14の平均粒径が、逃げ面8における表面15の平均粒径よりも小さくなる。その結果、水の接触角θと、θとがθ<θの関係となる。したがって、硬質被覆層3の表面層は、基体2側から表面に向かって平均粒径が順次増加する粒子から構成されており、かつすくい面7における表面14の平均粒径が、逃げ面8における表面15の平均粒径よりも小さくなる。
【0085】
また、本実施形態では、表面層の表面側上部を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内にあり、表面層の基体側下部を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内にあることが好ましい。これにより、すくい面7における表面14の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内となり、すくい面7が濡れ性に優れるとともに、逃げ面8における表面15の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内となり、逃げ面8が撥水性に優れたものとすることができる。その結果、優れた冷却効果および耐溶着性を兼ね備えることができる。
【0086】
なお、ここで表面層の表面側上部とは、表面層の層厚みのうち、表面側から厚み方向で10%の層部分であり、表面層の基体側下部とは、表面層の層厚みのうち、基体側から厚み方向10%の層部分である。
【0087】
表面層として窒化チタン(TiN)層を成膜するには、成膜初期の反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスが5〜30体積%、窒素(N)ガスが25〜50体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整し、チャンバ内を炉内温度800〜950℃、圧力1〜15kPaとする。その後、成膜時間が進むにつれて、反応ガスの組成の中で、塩化チタンガスの濃度を0.05〜5体積%まで徐々に減少させることによって、濡れ性が表面に向かって順次減少する傾斜構造の表面層を成膜することができる。
【0088】
その後、例えば最終的にすくい面7を膜厚1μmの表面層に調整するには、さきに上記条件を用いて、膜厚2〜4μmと最終膜厚の2〜4倍の膜厚となるように厚く成膜した後、#500以下の細かいダイヤモンド砥粒を用いたブラシ加工等の上述した加工条件によって最終膜厚まで研磨加工する。
【0089】
なお、表面層を構成する粒子の平均粒径の測定は、上記で説明した測定方法と同様にして測定すればよい。なお、画像解析に用いる写真は、例えば表面層を基体2表面に平行に研磨加工して露出させるなどの方法により表面層の基体2側からの厚みが同じ位置となる
少なくとも3箇所で測定し、その平均値を平均粒径とする。また、研磨加工した面で画像解析による平均粒径の測定が困難な場合には、表面層の断面において、表面層の基体2側から表面までの膜厚が同じ位置ごとに平均粒径を測定し、その位置での平均粒径を比較してもよい。
【0090】
なお、上記の実施形態では、図4および図6に示すように、硬質被覆層3が6層の複層からなる場合について説明したが、本発明では、硬質被覆層3が5層以下、または7層以上からなる複層からなるものであっても、単層からなるものであってもよい。なお、単層として用いる場合には、窒化チタン(TiN)層であることが、前述したように表面エネルギーを制御しやすく、加えて、窒化チタンは熱伝導性がよく切削液による放熱に加えてすくい面7自身の放熱性を高めて切削による切刃の温度の上昇を抑えることができるため望ましい。
【0091】
なお、上記の実施形態では、化学気相蒸着(CVD)法にて硬質被覆層3の成膜を行なう方法について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、物理気相蒸着(PVD)法等のその他の成膜方法にて硬質被覆層3を成膜したものであってもよい。
【0092】
<被削材の加工方法>
次に、本発明にかかる被削材の加工方法の一実施形態について説明する。本実施形態の加工方法は、上記で説明した第1の実施形態にかかる切削工具1を用いて、被削材を加工する方法である。
【0093】
すなわち、切削工具1と被削材とを準備する工程と、切削工具1の切刃9を被削材の表面に接触させる工程と、切削工具1または被削材の少なくとも一方を回転させ、切刃9を被削材の表面に接触させて被削材を切削する工程と、切刃9を被削材の表面から離間させて加工物を得る工程と、を含む。
これにより、安定して良好な加工面を有する加工物を得ることが可能となる。
【0094】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0095】
[実施例I](参考例)
<切削工具の作製>
まず、平均粒径1.5μmの炭化タングステン(WC)粉末に対して、平均粒径1.2μmの金属コバルト(Co)粉末を6質量%、平均粒径2.0μmの炭化チタン(TiC)粉末を0.5質量%、平均粒径2.0μmのTaC粉末を5質量%の割合で添加し混合した。ついで、この混合物をプレス成形により切削工具形状(CNMA120412)に成形した後、脱バインダ処理を施し、0.01Paの真空中、1500℃で1時間焼成して超硬合金を作製した。さらに、作製した超硬合金にブラシ加工にてすくい面より刃先処理(ホーニングR)を施した。
【0096】
次に、上記超硬合金に対して、化学気相蒸着(CVD)法により各種の硬質被覆層を表2に示す構成の多層膜からなる硬質被覆層を成膜した。なお、表2の各層の成膜条件は表1に示した。この時、化学気相蒸着装置の反応炉の容積Vrは0.12mであった。また、硬質被覆層を被覆した後、表2に示す研磨方法によって試料の表面を研磨して表面層の層厚を表2に記載の値に調整し、試料No.I−1〜10の切削工具を作製した。
【0097】
得られた工具において、硬質被覆層のすくい面の平坦部について、表面における水の接触角θの測定を図1に示すようなJIS R3257に準拠した静滴法を用いて行なった
。結果は表2に示した。
【0098】
また、工具の切刃近くのランド等の平坦部(すくい面)における表面の表面粗さ(最大高さRz、算術平均粗さRa)を触針式の表面粗さ測定器にて、JIS B0601’01に準拠して触針式表面粗さ測定器を用い、カットオフ値0.25mm、基準長さ:0.8mm、走査速度:0.1mm/秒にて測定した。結果は表2に示した。
【0099】
さらに、得られた工具の硬質被覆層を透過型電子顕微鏡(TEM)にて500,000倍の倍率で観察し、画像解析法を用いてすくい面における表面層の平均粒径を測定した。結果は表2に示した。具体的には、個々の粒子について面積を算出し、その平均値を同じ面積の円に換算した時の円の直径を表面層の平均粒径として算出した。
【0100】
【表1】

【0101】
【表2】

【0102】
<評価>
上記で得た各工具について、連続切削試験および断続切削試験を行い、耐摩耗性および耐欠損性を評価した。各評価条件を以下に示すと共に、その結果を表3に示す。
(連続切削条件)
被削材 :SCM440 円柱材
工具形状:CNMG120408
切削速度:350m/分
送り速度:0.4mm/rev
切り込み:2mm
切削時間:20分
切削液 :エマルジョン15%+水85%混合液
評価項目:顕微鏡にて切刃を観察し、フランク摩耗量・先端摩耗量を測定
(断続切削条件)
被削材 :SCM440 4本溝入円柱材
工具形状:CNMA120408
切削速度:150m/分
送り速度:0.5mm/rev
切り込み:2mm
切削液 :エマルジョン15%+水85%混合液
評価項目:欠損に至る衝撃回数
衝撃回数1000回時点で顕微鏡にて切刃の状態を観察
【0103】
【表3】

【0104】
表1〜3より、接触角θが30°よりも小さくなった試料No.I−10では、切削液が硬質膜のクラック内に浸透して硬質膜の酸化が促進して早期に変質してしまったために、チッピングや膜剥離が発生し、耐摩耗性、耐欠損性が共に悪く、工具寿命の非常に短いものであった。また、接触角θが80°を超えた試料No.I−8、9では、切削によって生じる熱を十分に放熱できないために熱による刃先の変形や硬質被覆層の劣化が生じてしまったため、溶着によるチッピングや膜剥離が発生して耐摩耗性および耐欠損性がともに悪く、工具寿命の短いものであった。
【0105】
それに対し、接触角θを30°〜80°の範囲内とした試料No.I−1〜7では、上
記切削条件において耐摩耗性、耐欠損性共に優れ、刃先の損傷もほとんどなかった。
【0106】
[実施例II−1]
<切削工具の作製>
まず、上記実施例Iと同様にして、超硬合金を作製した。さらに、作製した超硬合金にブラシ加工にてすくい面より刃先処理(ホーニングR)を施した。
【0107】
次に、上記超硬合金に対して、化学気相蒸着(CVD)法により各種の硬質被覆層を表4に示す条件にて表5に示す構成の多層膜からなる硬質被覆層を成膜した。この時、化学気相蒸着装置の反応炉の容積Vrは0.12mであった。
【0108】
硬質被覆層を被覆した後、表5に示す研磨方法によって試料の表面を研磨して外層の層厚を表5に記載の値に調整した。そして、硬質被覆層を被覆した後、表5に示す研磨方法によって、試料のすくい面の表面を研磨して外層を除去し、下部層を露出させ、試料No.II−1〜11の切削工具を作製した。なお、下部層を成膜していない試料No.II−9および10については、すくい面における外層の膜厚を表5に示す値まで研磨した。
【0109】
得られた工具において、硬質被覆層のすくい面およびにげ面の平坦部について、表面における水の接触角θおよびθの測定を図5に示すようなJIS R3257に準拠した静滴法を用いて行なった。結果は表5に示した。
【0110】
また、工具の切刃近くのランド等の平坦部(すくい面)における表面の表面粗さ(最大高さRz、算術平均粗さRa)を上記実施例Iと同様にして測定した。結果は表5に示した。
【0111】
さらに、得られた工具の硬質被覆層を透過型電子顕微鏡(TEM)にて500,000倍の倍率で観察し、画像解析法を用いてすくい面および逃げ面を構成する粒子の平均粒径を測定した。画像解析に用いる面は、前述した通りである。結果は表5に示した。具体的には、個々の粒子について面積を算出し、その平均値を同じ面積の円に換算した時の円の直径をすくい面および逃げ面を構成する粒子の平均粒径として算出した。
【0112】
また、下部層がTiNの試料について管球にCuを用いたX線回折分析を行い、得られたピーク強度から、(200)面における配向係数Tを求めた。結果は表5に示した。
【0113】
【表4】

【0114】
【表5】

【0115】
<評価>
上記で得た各工具について、下記の条件により、連続切削試験を行い、耐摩耗性および
耐欠損性を評価した。結果は表6に示した。
(連続切削条件)
被削材 :SCM440 円柱材
工具形状:CNMG120408
切削速度:350m/分
送り速度:0.2mm/rev
切り込み:1.0mm
切削時間:20分
切削液 :エマルジョン10%+水90%混合液
評価項目:顕微鏡にて切刃を観察し、逃げ面摩耗量・先端摩耗量、および、被削材の加工面における面粗度(算術平均粗さRa)を測定した。
【0116】
【表6】

【0117】
表4〜6より、すくい面および逃げ面の接触角が、θ<θとなっていない試料No.II−9〜11では、逃げ面に被削材が溶着して被削材の加工面の面粗度が粗くなったり、すくい面において、切削によって生じる熱を十分に放熱できないために熱による刃先の変形や硬質被覆層の劣化が生じてしまったため、溶着によるチッピングや膜剥離が発生して耐摩耗性および耐欠損性がともに悪く、工具寿命の短いものであった。
【0118】
それに対し、すくい面および逃げ面の接触角をθ<θとした試料No.II−1〜8では、上記切削条件において耐摩耗性、耐欠損性ともに優れ、刃先の損傷もほとんどなかった。
【0119】
[実施例II−2]
実施例II−1と同様にして基体を作成した。ついで、この基体に、表5における試料No.II−2の膜構成にて硬質被覆膜を成膜した。その際に、表面層のTiNの条件を、表4におけるTiN1の成膜条件に加えて、混合ガス中のTiClガスの割合を、成膜初期に0.5体積%とし、最終的に0.05体積%となるように原料ガスの流量を順次減少させながら1.5μmの膜厚になるように成膜した。
【0120】
その後は、試料No.II−2と同様の加工方法ですくい面の膜厚が0.5μmになるまで研磨した。作製した試料のすくい面および逃げ面の水に対する接触角を実施例II−1と同様にして測定した結果、θが79°、θが92°であった。
【0121】
また、実施例II−1と同様の切削条件にて切削試験を行った結果、切刃のチッピングや膜剥離等の損傷も無く、非常に優れた工具寿命を発揮し、かつ、被削材の加工面における面粗度も非常に良好であった。
【符号の説明】
【0122】
1:工具(表面被覆切削工具)
2:基体
3:硬質被覆層
4:表面層
5:表面
6:液滴
7:すくい面
8:逃げ面
9:切刃
14:すくい面における表面
15:逃げ面における表面
17:下部層
18:外層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
すくい面と逃げ面との交差稜部に切刃が形成された構造を有する基体と、該基体の表面に形成される硬質被覆層とからなる表面被覆切削工具であって、前記硬質被覆層のすくい面における水の接触角θと、前記硬質被覆層の逃げ面における水の接触角θが、θ<θの関係にある表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記硬質被覆層のすくい面における表面の最大高さRzが0.3〜1.5μmの範囲内にある請求項1記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記硬質被覆層は、前記基体側から表面に向かって平均粒径が順次増加する粒子からなる表面層を有する請求項1または2記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記表面層の表面側上部を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内にあり、前記表面層の基体側下部を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内にある請求項3記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
すくい面における前記硬質被覆層の表面を構成する粒子の平均粒径が、逃げ面における前記硬質被覆層の表面を構成する粒子の平均粒径よりも小さい請求項1乃至4いずれか記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記硬質被覆層は、窒化チタンまたは窒化ジルコニウムからなる表面層を有しており、切刃において前記表面層が残存するように切刃における硬質被覆層が研磨加工されている請求項1乃至5いずれか記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記硬質被覆層は、外層と、該外層を構成する粒子の平均粒径よりも小さい平均粒径を有する粒子で構成される下部層とを有しており、該下部層と前記外層とがこの順で積層されており、前記硬質被覆層のすくい面において、前記下部層が露出するまで前記外層を除去してなる請求項1乃至6のいずれか記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記外層を構成する粒子の平均粒径が1.0〜3.0μmの範囲内にあり、前記下部層を構成する粒子の平均粒径が0.01〜2.0μmの範囲内にある請求項7記載の表面被覆切削工具。
【請求項9】
前記水の接触角θが30〜80°の範囲内にあり、前記水の接触角θが91〜140°の範囲内にある請求項1乃至8いずれか記載の表面被覆切削工具。
【請求項10】
前記すくい面において、前記硬質被覆層は、X線回折分析にて検出されるピーク強度と下記の式にて算出される(200)結晶面の配向係数TCが0.4〜0.9の窒化チタンからなる表面層を有する請求項10記載の表面被覆切削工具。
TC=[I(200)/I(200)][1/6Σ(I(hkl)/I(hkl))]−1
但し、
I(200):(200)面におけるX線回折ピーク強度測定値
(200):JCPDSカード番号6−642の(200)面における標準X線回折ピーク強度
Σ(I(hkl)/I(hkl)):(111)、(200)、(220)、(311)、(222)、(400)面における[X線回折ピーク強度測定値]/[標準X線回折ピーク強度]の値の合計
【請求項11】
請求項1乃至10いずれか記載の表面被覆切削工具と被削材とを準備する工程と、
前記表面被覆切削工具または前記被削材の少なくとも一方を回転させ、前記表面被覆切削工具の切刃を前記被削材の表面に接触させて被削材を切削する工程と、
前記切刃を前記被削材の表面から離間させて加工物を得る工程と、
を少なくとも含む被削材の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−230286(P2011−230286A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−158058(P2011−158058)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【分割の表示】特願2006−192191(P2006−192191)の分割
【原出願日】平成18年7月12日(2006.7.12)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】