説明

被覆アーク溶接棒用合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒

【課題】良好な溶接作業性を満足しつつ、低温で高靭性の溶接金属をバラツキなく確保できる被覆アーク溶接棒用合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加される合金粉であって、Niを8〜40質量%、Tiを0.5〜8.5質量%、Moを1.0〜11.5質量%、Mnを8.5〜24.5質量%、Siを13〜25質量%、Feを20〜42質量%含有する合金を、平均粒径が30〜150μmの粉末とする。また軟鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、上記の合金粉を、被覆剤全質量に対して17〜42質量%含有させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆アーク溶接棒の被覆剤原料として添加される合金粉およびそれを利用した低水素系被覆アーク溶接棒(以下、低水素系棒という。)に関し、特に、溶接金属の靭性が良好でバラツキが少なく、かつ溶接作業性を満足できる被覆アーク溶接棒用合金粉および低水素系棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低水素系棒は、被覆剤に炭酸カルシウムなどの炭酸塩を多量に含有し、溶接金属の耐割れ性や靱性が良好であるため大型構造物の溶接に適用され、さらには低温用鋼あるいは耐熱鋼などの溶接にも使用されている。
【0003】
近年、低水素系棒はさらなる溶接金属の高靱性化の要求に対して種々の改善がなされている。例えば特開平4−319092号公報(特許文献1)には、被覆剤中に金属Mgを添加し、その粒度を規定することで溶接金属中の酸素量を減少し、高い靭性を確保する技術が示されている。また特許第3026899号公報(特許文献2)には、鋼心線の成分と被覆剤の主成分および金属Mgの粒度規定などにより、高強度鋼材での低温靱性が優れた技術が示されている。しかしこれら技術は、被覆剤に金属Mgを含有するため溶接スラグの融点を高めスラグの流動性が悪くなり、さらに保護筒の劣化を招くなど溶接作業性が悪くなるのが実情であった。
【0004】
一方、合金添加による靭性改善として特開平10−272594号公報(特許文献3)では被覆剤中のNi、Moなどを規定し、高強度鋼材用として溶接金属の優れた低温靭性を確保している。また、特開昭58−53393号公報(特許文献4)では溶接金属の組織を微細化する目的でTi、Bを複合添加し、低温での高靭性を確保している。しかしながら、これらの技術では平均値としての靭性は優れるが、被覆剤中の合金が低水素系棒の被覆原料である金属炭酸塩や金属弗化物に比べて比重が大きいことから偏析が生じる場合があり、溶接金属の靭性にバラツキが生じ易いという問題があった。このように、溶接作業性が良好で、溶接金属の低温靭性においてバラツキが少なく高靱性を確保できる低水素系棒を得ることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4−319092号公報
【特許文献2】特許第3026899号公報
【特許文献3】特開平10−272594号公報
【特許文献4】特開昭58−53393号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は良好な溶接作業性を満足しつつ、低温で高靭性の溶接金属をバラツキなく確保できる被覆アーク溶接棒用合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は、被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加される合金粉であって、Niを8〜40質量%、Tiを0.5〜8.5質量%、Moを1.0〜11.5質量%、Mnを8.5〜24.5質量%、Siを13〜25質量%、Feを20〜42質量%含有し、他は不可避不純物からなる合金を、平均粒径が30〜150μmの粉末にしたものであることを特徴とする被覆アーク溶接棒用合金粉にある。またさらに、軟鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、上記の合金粉を、被覆剤全質量に対して17〜42質量%含有することを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0008】
本発明の被覆アーク溶接棒用合金粉および低水素系被覆アーク溶接棒によれば、良好な溶接作業性を満足しつつ、低温で高靭性の溶接金属をバラツキなく確保できるので溶接部の品質を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者らは、低温で高靭性の溶接金属が確保できると共に靭性のバラツキも少なく、かつ良好な溶接作業性が得られる低水素系棒の改善手段を鋭意研究した。一般に、溶接金属の低温靭性を確保するにはNi、Mo、Tiなどの成分を活用するが、これら成分は被覆剤原料として、それぞれ金属Ni、Fe−Mo、Fe−Tiなどの金属粉を用いる。そこで靭性バラツキの要因として、これら金属粉の偏析が考えられる。
【0010】
まず、低温靭性確保に最も欠かせない成分であるNiについて被覆剤原料面から改善することを試みた。偏析防止には溶接金属への分散性を良くすることが肝要であり、Fe−Niを用いて、被覆剤中のNi量が同等となるように調整した配合フラックスで低水素棒を作成して溶接試験を行ったところ、高靭性を維持しつつバラツキも少ない結果であった。しかしながら、Fe分増加により低水素系棒の主原料である炭酸塩鉱物が減少するため大気遮断が不足し、ブローホールなどの溶接欠陥を生じた。また、Fe−Niは原料製造時に粉砕が難しいという問題もあった。
【0011】
次いで、比較的添加量の少ないFe−MoとFe−TiのMoおよびTi含有量を低減した原料を使用した。つまり、Fe−Ni同様にFeを多くした金属粉を作成し、MoとTiの分散性の向上を狙うことを検討した。その結果、靭性のバラツキは改善の傾向にあったが、アーク状態の劣化を招きスパッタ発生量が多くなり、溶接作業性が悪くなった。
【0012】
さらに、Ni、Mo、Tiの被覆剤への添加をやめて、これらを心線に含有した共金心線を使用した結果、バラツキの少ない優れた靭性を確保することができた。しかし心線の比抵抗値が高くなり、高電流を使用した場合ジュール熱により溶接棒が焼け易くなる問題が生じ、良好な溶接作業性を得ることはできなかった。
【0013】
そこで、Ni、Mo、Tiの成分偏析について詳細に検討した結果、これら成分を含有する金属粉の被覆剤への添加量が少ないために生じるものであり、これら成分と低水素系棒に欠かせないMn、Si、Feも全て含有した単体合金粉として添加すれば、被覆剤へ多量配合することになって成分偏析が低減することを見出した。すなわち、従来使用していた溶接金属成分を確保するための金属粉を一元化する合金粉を使用することによって、溶接金属の低温靭性にバラツキが少なく高靭性を確保でき、溶接作業性も満足できることが判明した。
【0014】
上記のような合金粉の製造は、合金粉にすべき全成分を配合して炉中で溶解し、板状に凝固させたのち粉砕して所定の粒度の粉末にする。本発明の成分の合金は脆いのでこのように機械的な破砕により粉末にすることができる。また溶融金属を垂直に流下させつつ周囲から高圧の水などを噴射するアトマイズ法により、溶融状態から直接に粉末を製造することもできる。
以下、本発明の被覆アーク溶接棒用合金粉および低水素棒について、合金粉の各成分組成、粒度および被覆剤中における含有量の限定理由について説明する。
【0015】
合金中のNiが8質量%(以下、%という。)未満では、合金粉の被覆剤への添加量の範囲(後述)において溶接金属の十分な靭性が得られない。一方、40%を超えると、溶接金属の溶融点が低下しビード形状が劣化するなど溶接作業性が悪くなる。また、破砕による合金粉の製造時に粉砕性が悪くなる。したがって合金中のNi含有量は8〜40%とする。
【0016】
合金中のTiが0.5%未満では、合金粉の被覆剤への添加量の範囲においてアークの安定性が悪くスパッタ発生量が多くなり溶接金属の靭性も低下する。一方、8.5%を超えると、溶接金属の強度が過剰に高くなり靭性が低下する。また、スラグ剥離性が悪くなるなど溶接作業性が悪くなる。したがって合金中のTi含有量は0.5〜8.5%とする。
【0017】
Moは、溶接作業性に悪影響を与えず強度確保に必要な成分である。合金中のMoが1.0%未満では、合金粉の被覆剤への添加量の範囲において十分な強度と靭性が得られず、11.5%を超えると強度が過剰に高くなり靭性が低下する。したがって合金中のMo含有量は1.0〜11.5%とする。
【0018】
Mnは、脱酸剤して欠かせないもので、合金粉の被覆剤への添加量の範囲において少なくとも8.5%必要であり、一方、24.5%を超えると靭性が低下し、またスラグの溶融点が過剰に低下し溶接作業性が悪くなる。したがって合金中のMn含有量は8.5〜24.5%とする。
【0019】
Siは、Mn同様脱酸剤であるが、スラグ剥離性やビード形状などの溶接作業性改善にも効果がある。また、破砕による合金粉製造時の粉砕性向上にも効果がある。Siが13%未満では、合金粉製造時に粉砕性が悪くなり、合金粉の被覆剤への添加量の範囲において溶接作業性も劣化する。一方、25%を超えると靭性が低下する。したがって合金中のSi含有量は13〜25%とする。
【0020】
Feは、合金粉の溶解性と粉砕性の向上を目的に含有させるもので、少なくとも20%必要で、42%を超えるとアークが不安定となりスパッタ発生量が多く溶接作業性が悪くなる。したがって合金中のFe含有量は20〜42%とする。
【0021】
合金粉の平均粒径も重要で、平均粒径が30μm未満では溶接棒乾燥工程で被覆剤の乾燥割れが生じる。また、溶接時にアークが弱くなり溶け込み不足となる。一方、150μmを超えると、スパッタの発生量が多くなる。したがって合金粉の平均粒径は30〜150μmとする。
【0022】
なお、本発明の被覆アーク溶接棒用合金粉は、溶接棒製造時に水ガラスと反応しないように焼成して酸化皮膜を施しているものを使用することが好ましい。アトマイズ法により粉末を製造する場合には、アトマイズ装置内の雰囲気を通常採用されるような非酸化性ガスにしないで酸化性にすることにより、酸化皮膜を形成させることもできる。
【0023】
このようにして得られた合金粉を低水素系棒に適用した結果、低温靭性が極めて良好でバラツキがなく、かつ溶接作業性も良好となることが判明した。被覆剤中の前記合金粉の含有量は、低水素系棒における被覆剤の主要成分である金属炭酸塩や金属弗化物とのバランスの点から被覆剤全重量に対して30%を標準とし、25〜35%の範囲内が好ましい。合金の含有量が17%未満では、溶接金属への分散性が悪く成分偏析を生じて靭性のバラツキが大きくなる。また、42%を超えると、アーク状態が乱れ溶接作業性が悪くなる。したがって被覆剤中の合金粉の含有量は被覆剤全重量に対して17〜42%とする。
【0024】
また被覆剤に使用する他の原材料のうち、金属炭酸塩は大気を遮断するために添加するが、含有量が少ない場合は溶接金属中の酸素や窒素が多くなり、過剰に添加するとアーク状態やビード形状が劣化するので、金属炭酸塩の含有量は20〜60%が望ましい。さらに、金属弗化物は良好なスラグ流動性を得るのに欠かせないもので、その含有量が少ないと効果がなく、過剰な場合はアーク状態とスラグ剥離性が劣化するので、その添加量は13〜30%が望ましい。その他、低水素系被覆原材料としてアーク安定剤、スラグ生成剤は通常用いられるものである。
【実施例】
【0025】
本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
表1に示す成分の各合金をボールミルによる粉砕性を調査した後、700〜900℃で焼成し酸化皮膜形成の処理をして表2に示す各種平均粒径の合金粉とした。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
表3に示す780N/mm級低温用鋼用の低水素系棒の被覆剤中に表1および表2に示す合金粉を添加して直径4.0mm、長さ400mmのJIS G3523 SWY11の鋼心線に被覆塗装後、乾燥して各種低水素系棒を試作し、溶着金属の衝撃靭性および溶接作業性を調査した。
【0029】
【表3】

【0030】
合金粉製造時の粉砕性の判定は、容易に粉砕できたものを良好の○印、粉砕に時間を要したものは×印とした。
また、溶着金属の衝撃靭性は、電流170A(AC)、予熱・パス間温度90〜130℃、平均入熱17kJ/cmとし、JIS Z3211の溶着金属試験に準じて溶接を行い、溶着金属中央部よりJIS Z2202の4号衝撃試験片を採取した。試験温度は−40℃で各8本試験を行い、その吸収エネルギーの平均値が80J以上、最低値が60J以上を良好とした。
【0031】
溶接作業性の調査は、板厚16mm、幅100mm、長さ450mmの780N/mm級鋼板をT型に組み、交流溶接機を用い、水平すみ肉溶接は電流170A、立向姿勢溶接は150Aの条件で溶接し、アーク状態、スラグ状態、スパッタ発生量の多少などを調査した。その判定は、各姿勢溶接の評価を総合判定し、良好を○印、劣るが×印とした。これらの結果も表2にまとめて示す。
【0032】
表1および表2中、溶接棒No.1〜No.12は本発明例、溶接棒No.13〜No.28は比較例を示す。
本発明例である溶接棒No.1〜No.12は、合金粉中のNi、Ti、Mo、Mn、Si、Feの含有量が適正で、粉砕性が良好で平均粒度も適正で、被覆剤中の合金粉量も適量であるので溶接作業性が良好で、溶着金属試験においてもバラツキの少ない良好な吸収エネルギーが得られ、極めて満足な結果であった。
【0033】
比較例中溶接棒No.13は、合金粉中のTiが多いのでアークが弱くスラグ剥離性が不良であるなど溶接作業性が不良であった。また、溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.14は、合金粉中のNiが多いので合金粉の製造時に粉砕性が悪かった。また、溶融金属の溶融点が低下して立向姿勢でビードが垂れて溶接作業性が不良であった。
【0034】
溶接棒No.15は、合金粉中のMoが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.16は、合金粉中のSiが少ないので合金粉製造時に粉砕性が悪かった。また、ビードの馴染みが悪く溶接作業性が不良であった。
【0035】
溶接棒No.17は、合金粉中のTiが少ないのでアークが不安定でスパッタ発生量が多くなり溶接作業性が悪く、溶着金属の吸収エネルギーも低値であった。
溶接棒No.18は、合金粉の平均粒径が大きいのでスパッタ発生量が多く溶接作業性が不良であった。
【0036】
溶接棒No.19は、合金粉中のMnが多いのでスラグの溶融点が下がり、立向姿勢で溶接金属が垂れて凸ビードとなり溶接作業性が不良であった。
溶接棒No.20では、合金粉の平均粒径が小さいのでアークが弱くなり溶け込み不足を生じ溶接作業性が不良であった。
【0037】
溶接棒No.21は、合金粉中のNiが少ないので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.22は、被覆剤中の合金粉の添加量が少ないので溶着金属の吸収エネルギーのバラツキが大きかった。
【0038】
溶接棒No.23は、合金粉中のFeが多いのでアークが不安定となりスパッタの発生量が多く溶接作業性が不良であった。
溶接棒No.24は、合金粉中のMnが少ないので脱酸不足となり溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0039】
溶接棒No.25は、被覆剤中の合金粉の添加量が多いのでアーク状態が乱れ溶接作業性が不良であった。
溶接棒No.26は、合金粉中のMoが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
【0040】
溶接棒No.27は、合金粉中のSiが多いので溶着金属の吸収エネルギーが低値であった。
溶接棒No.28は、合金粉中のFeが少ないので合金粉の製造時に溶解性と粉砕性が不良であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被覆アーク溶接棒を製造する際に被覆剤に添加される合金粉であって、Niを8〜40質量%、Tiを0.5〜8.5質量%、Moを1.0〜11.5質量%、Mnを8.5〜24.5質量%、Siを13〜25質量%、Feを20〜42質量%含有し、他は不可避不純物からなる合金を、平均粒径が30〜150μmの粉末にしたものであることを特徴とする被覆アーク溶接棒用合金粉。
【請求項2】
軟鋼心線に被覆剤が塗装されている低水素系被覆アーク溶接棒において、請求項1記載の合金粉を、被覆剤全質量に対して17〜42質量%含有することを特徴とする低水素系被覆アーク溶接棒。