複合放電方法および複合放電装置
【課題】主放電のアークによる点火を効率よく行うため、事前のグローないしストリーマ放電等で多くの活性種を発生させ、活性種寿命内の時間でパルス放電による活性種の発生を最大にするパルス放電を実現する。
【解決手段】 アーク放電に先立つグローないしストリーマ放電等のパルス波形および繰り返し周波数を最適化することにより、多くの活性種を発生させ、アーク放電直前の活性種濃度を高くする。そのためには、パルス幅は10ns以下の極短パルスでも、μs以上の幅広パルスでもない、10−500nsの範囲が最適である。
【解決手段】 アーク放電に先立つグローないしストリーマ放電等のパルス波形および繰り返し周波数を最適化することにより、多くの活性種を発生させ、アーク放電直前の活性種濃度を高くする。そのためには、パルス幅は10ns以下の極短パルスでも、μs以上の幅広パルスでもない、10−500nsの範囲が最適である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス発生回路から発生された高電圧バースト短パルス放電に引き続き立てられるアーク放電による内燃機関点火方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、燃焼室内部で燃料を燃焼させて動力を取り出す機械で、熱エネルギーを機械的エネルギーに変換する熱機関の一種に分類される。ピストンエンジン(レシプロおよびロータリエンジン)がそれにあたる。ピストンエンジンは「間欠燃焼」である。ピストンエンジンの場合、シリンダ(気筒)の内部で燃料を燃焼させ、燃焼により生じる圧力がピストンを押す力を利用する。
【0003】
ピストンエンジンの一種、ガソリンエンジンは、ガソリン機関ともいい、燃料(ガソリン)と空気の混合気をピストンで圧縮したあと点火、燃焼・膨張させてピストンを往復運動させる内燃機関で、自動車用ガソリンエンジンのほとんどはオットーサイクル機関である。
【0004】
通常はクランク機構で回転軸に出力する。燃焼は混合気の体積が最小になる付近の短時間に一気に行われるため、容積がほぼ一定で燃焼する。このため定積燃焼サイクル機関ともいう。オットーはこの燃焼サイクルの開発者名である。
【0005】
ガソリンエンジンは排気量あたりの出力が大きく、また高速回転による運転も容易で、振動や騒音が少なく静かであることから、乗用車はじめ小型商業車、自動二輪車などの主流となっている。
【0006】
ガソリンエンジンの燃焼は点火プラグにより開始される。点火プラグとは、電気的に放電させることにより燃料を含む混合気体に着火させる役割を担う部品である。内燃機関のうち、スパーク・イグニッション・エンジンと呼ばれるエンジンでは、点火プラグはシリンダヘッド中に置かれ、電気放電によって点火させることにより、燃焼のきっかけを作る。点火プラグは、内燃機関以外でも、暖房器具などの燃焼器具類でも、混合気に点火するために使用される。エンジンでは、毎分数百から数千回の点火が繰り返しおこなわれ、暖房装置などでは燃焼開始時のみの動作となる。
【0007】
近時、地球環境問題の深刻化とともにCO2排出量を削減するためガソリンエンジンのエネルギー効率向上、大気汚染物質を低減するための排出ガスのクリーン化、さらに触媒に用いる貴金属等希少資源使用量削減等の目的から、希薄燃焼エンジンが再び注目されるようになってきた。
【0008】
燃料と空気の混合気体は、着火→燃焼→爆発と進展する現象において、燃料と空気の割合に一定の比率が必要である。燃料の空気に対する比率が少なくて着火→燃焼→爆発が起こる限界を爆発下限界という。
【0009】
以前に盛んに実施された希薄燃焼方式は高濃度燃料から排出されるNOxの量を減少させるための開発方法であったが、点火プラグの位置の問題と点火タイミングの問題と混合ガス濃度の空間・時間分布により点火時に可燃限界に近い状態が生じ、着火不良や火炎伝播がしばしば中断されろことや、高価な触媒が必要になることから希薄燃焼タイプのエンジンの開発は市場から駆逐されていた。
【0010】
また、従来プラズマ放電は、アーク放電、グロー放電、ストリーマ放電それぞれ単独で用いられてくることが多かった。プラズマディスプレーパネル(PDP)、エキシマレーザでは主放電前に立てる放電が使われている例もあるがDCあるいは高周波によるグロー放電であり、主放電を均一に強く立てるのに役立っている。
【0011】
さらに従来可燃性ガスの点火にはアーク放電が主として用いられてきた。アーク放電は簡便な放電回路で点火できるが放電領域がアーク近傍に限られるため点火後の火炎伝播中に失火してしまうことが多かった。自動車用ガソリンエンジンにおいてはこれを防止するためイリジウムのような耐久性の高い材料を放電電極とすることにより電極体積を最小に抑え、電極による吸熱や放熱を小さくし、火炎の冷却を防ぐことに成功した。
【0012】
従来の主放電前に立てる放電は減圧下で行われており、大気圧あるいは加圧状態においてはガス温度が上がったり、放電維持が難しく、安定して放電することは難しくなる。従来の主放電前に立てる放電は一定条件下で立てられており、圧力変化や温度変化、組成変化に応じて放電条件を変化させることはできなかった。従来の主放電前に立てる放電はあくまでも予備的な微弱な放電であり主放電の役割まで代替することはできなかった。したがってそれぞれの放電用に個別の電源を用意しなくてはならないことが多かった。
【0013】
従来のガソリンエンジンにおける空気対燃料質量比はほぼ14.7で、酸素と燃料が過不足なく燃焼する理論空燃比に近い。従来のガソリンエンジンは、発生する炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物の有害ガス3種を除去する三元触媒を機能させるために酸素リッチの希薄燃焼は困難であった。地球温暖化防止のためには「燃費の向上=CO2低減」が自動車に求められ、希薄燃焼が再び必要となる動向にある。従来の点火装置では窒素酸化物を排出しない火炎温度で希薄混合気を完全燃焼させることが難しかった。
【0014】
従来のアーク放電点火は混合気流を強い乱れにより火炎伝播を促進し燃焼させていた。したがって、混合気の温度を高めて燃焼の立ち消えを防止し、高温となるため窒素酸化物が多量に発生してしまった。
【0015】
従来の放電はアークの寸前にわずかに容量性の放電でガスの活性化を行うがパルスの立ち上がりが遅いため、その効果はほとんど無視できるレベルであった。
希薄混合気体の着火性能を改善する方法として以下の試みがなされてきた。
【0016】
(1)点火領域を広げる。
濃度の高い混合気体が点火領域に到達する確率を高める目的で放電領域を広げる方式がある。パルスストリーマ放電を併用して点火するパルスパワー点火方式で点火を促進している例 特許文献1は、放電電極間着火領域を広げ、混合気の濃度分布に対応する方式となっている。放電着火領域の拡大を図るという同様の狙いを持った点火方式として、railプラグ方式がある。railプラグ方式は米テキサス大学で開発されたrail状の放電電極を有する放電プラグを用いる着火方式である(非特許文献1)。rail状放電電極間をアーク電流が流れる際、電流が創る磁場と電流の相互作用により働くローレンツ力により放電部位がrail状の放電電極上を移動することを特徴としている。アーク放電部位が移動するため広い範囲で放電させることができ、同一箇所で放電しないため電極表面が損傷を受け難くなる。
【0017】
(2)時間当たりの点火回数を増やす。
点火放電を点火タイミング付近で繰り返し、濃度の高い混合気体が点火位置に到達する確率を高める(特許文献2)方式が行われた。
【0018】
(3)燃焼反応を促進する活性種の濃度を高める。
活性種励起方法の一つとして、着火タイミングと連動させたレーザー光による励起がある(特許文献3)。レーザー励起方式は点火部が点火プラグのように劣化することがなく安定した点火条件を実現できる。一方航空機エンジンのように設置スペースにゆとりのある大型システムへの適用も可能である。
【0019】
一般に、着火から火炎伝播に到る過程においては、容量性放電に引き続く誘導性放電という二つの段階を経ることが知られている。初期段階の高インピーダンス状態における容量性放電が酸素あるいは燃焼成分の活性化を行い、その後に続く誘導性放電による火炎発生に寄与しているということが知られている(非特許文献2)。しかしながら、この容量性放電の段階でそれらの活性化を促進する取り組みはほとんどなされず、むしろ容量性放電に引き続く誘導性放電をいかに確実にするかという方向からのアプローチがなされてきた(非特許文献3)。近年、容量性放電が酸素あるいは燃焼成分の活性化を行うことに着目して容量性放電を強化する試みが行われている(非特許文献4、非特許文献5)。また容量性放電を安定に行うため、パルス幅とアーク放電へ移行する電界強度の関係を明らかにする研究も行われている(非特許文献6、図1)。
【特許文献1】特開2000−110697号公報
【特許文献2】特開2004−079458号公報 多点点火
【特許文献3】特表平8−505676号公報 レーザー点火
【非特許文献1】Matthews,R.D.,Hall,M.J.,Faidley,R.W.,Chiu,J.P.,Zhao,X,W.,Annezer,I.,Koenig,M.H.,Harber,J.F.,Darden,M.H.,Weldon,W.F.,and Nichols,S.P.,“Further Analysis of Railplugs as a New Type of Ignitor,”Journal of Engines 101(3),pp.1851−1862,1993.
【非特許文献2】西尾兼光著『スパークプラグ』山海堂(1999/12)
【非特許文献3】『3S級舶用機関整備士指導書』第2章2.8節、(社)日本舶用機関整備協編
【非特許文献4】Sergey V.Pancheshnyi et.Al,“Propane−Air mixtures ignition by a sequence of nanosecond pulses”XXVIIth IGPIG,Eindhoven,the Netherlands,18−22,Juiy,2005
【非特許文献5】Sergey V.Pancheshnyi et.Al,“Ignition of Propane−Air Mixtures by a Repetitively Pulsed Nanosecond Discharge”IEEE Transactions on plasma science,34(6),p.2478〜2487,December 2006
【非特許文献6】J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
前述のように、従来希薄混合気体の着火性能を改善する方法がさまざま行われてきたがそれぞれ、以下の問題点があった。点火領域を広げるrailプラグ方式は放電に要する電力が大きいという問題点があった。時間当たりの点火回数を増やす点火放電を点火タイミング付近で繰り返す方式は、必要以上の回数と高温下での放電によるプラグ劣化の問題がある。燃焼反応を促進する活性種の濃度を高めるレーザー光による励起は自動車のようにスペースやコストに制限のあるシステムに搭載することには困難が伴い、また、小型化以外の技術課題としてレーザー光源の信頼性が十分得られていないという問題がある。ガスレーザーにおけるガスの管理、固体レーザーにおける励起光源放電管あるいは半導体レーザーの信頼性が課題となっている。容量性放電が酸素あるいは燃焼成分の活性化を行うことに着目して容量性放電を強化する従来の試みは、アーク放電への移行を極端に抑制した極短パルスを用いるため、通電時間が短く多数の分子を励起・活性化するために必要なエネルギー総量の限界、さらに電源の小型化が難しく応用が限られること等の問題点がある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明においては、容量性放電に着目し、容量性放電での酸素、燃焼成分の活性化を目的とした解決手段となっている。本方式は失火の確率を下げることが可能となるため、誘導性放電における火炎伝播を促進するためには、燃焼系内の酸化還元反応に要する活性化エネルギーを下げることが有効であり、支燃ガスおよび燃料分子の内部エネルギーを高め、解離状態あるいは活性錯合体に励起することにより実現する。
【0022】
本発明の請求項1記載の負気圧あるいは正気圧下でパルス放電を1回以上主放電前に立てることを特徴とする複合放電方法および複合放電装置は短パルス放電による活性種濃度の促進を以下の原理によって実現する。アーク放電の前にグローないしストリーマ放電等によりプラズマを立てると混合気体の一部が励起されて活性種となる。活性種にはラジカル、イオン、電子、発光種などがあるが、その中でもラジカルが最も多い。しかしながら活性種には寿命があることと、荷電粒子濃度が増大すると電界がかかったときに容量性の放電にならず、誘導性のアーク放電になりやすくなることから、点火空間に活性種を蓄積することにも限界がある。そのような限界がある中で、主放電のアークによる点火をより効率良く行うためには、事前のグローないしストリーマ放電等で多くの活性種を発生させ、アーク放電直前の活性種濃度を高くすることが重要である。すなわち、請求項2の記載にあるように前記主放電前に立てるパルス放電の回数、および請求項3の記載にあるように前記主放電前に立てるパルス放電の間隔を任意に制御することを特徴とする請求項1乃至2に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供し、活性種寿命内の時間でパルス放電による活性種の発生を最大にするパルス放電を実現する。
【0023】
活性種を生成する手段としては請求項4の記載にあるように前記主放電前に立てるパルス放電がストリーマあるいはグロー放電であることを特徴とする請求項1乃至3に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。パルス幅とアーク放電に移行する電界強度の関係は、負の相関関係がある(図1)。パルス幅が狭いほどアーク放電に移行する電界強度は高くなる。したがってパルス幅が狭いほど安定してグローないしストリーマ放電等を立てられる。しかし一方で、活性種の寿命は有限であるため蓄積量、蓄積時間には限界がある。そのため、パルスエネルギーを小さくし過ぎると活性種を増やすため回数多く放電させなければならずより長い時間が必要となり、初期に発生した活性種の寿命が尽きてしまい結果的に活性種総量が減ってしまう事態ともなる。一方、パルス電圧を印加あるいは解除する、いわゆるスイッチング回路と呼ばれる電気回路の損失による発熱による素子の破損を防止するため、繰り返し周波数には限界がある。パルス幅を狭くし過ぎると所定のエネルギーを注入するために必要とする繰り返し数を得られないこととなる。
【0024】
単発パルス放電当たりのエネルギーをEspとし、最大繰り返し周波数をF、活性種の平均寿命をTlt、活性種の発生に寄与するエネルギー効率をRpwとすると、着火アーク放電前の有効活性種濃度Neffはこれらの積に比例することとなる(式1)。着火手段としては請求項5に記載の前記主放電がアーク放電であることを特徴とする請求項1乃至4に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。
【0025】
Neff ∝ Esp×F×Tlt×Rpw ・・・(式1)
これよりEsp×F×Rpwの値を最大にするパルス放電が必要となる。活性種の中でもイオン、電子はラジカルに比較し濃度が3−4桁少なく、寿命も短い。発光種はイオンよりもさらに3−4桁少ない。したがって活性種濃度の比較はラジカル濃度で近似する。
【0026】
一方、非特許文献6によると活性種の発生に寄与するエネルギー効率は図1の左縦軸に表されるようにパルス幅に依存して変化している。パルス幅が狭くピーク電圧が高い場合、すなわち電圧上昇率(dV/dt)が高い場合には自然発生する偶存電子が十分加速され気体分子に衝突する際のエネルギーが大きくなり非弾性衝突により分子内部エネルギーを高め、活性種を発生する確率は高まる。電圧上昇率(dV/dt)は放電電極の電圧変化であり、電極への電流注入速度と正の相関関係にある。したがって電流上昇率(di/dt)が大きいほど活性種の発生に寄与するエネルギー効率は高くなる。しかしながら図1に示すようにパルス幅が0.1[ns]を下回ると、効率は下がる。これは電子が得るエネルギーは大きくなる一方、速度が大きくなりすぎて分子との衝突断面積が減少するためと考える。またパルス幅が広い場合は電圧上昇率(dV/dt)、電流上昇率(di/dt)が小さく、偶存電子が十分加速されないうちに気体分子に衝突し、分子の内部エネルギーを高めることのできない弾性衝突が主体となる。分子は低いエネルギー状態に励起されて励起種をそれほど発生させずに放電し、低インピーダンスのプラズマへの電流注入が行われる。加えたエネルギーはジュール熱に使われ、活性種を発生する確率は低下する。すなわち活性種発生効率は急激に低下する。
【0027】
しかしながらエネルギー効率だけが高くても、実際に発生する活性種の総量は与えられるエネルギーを上げなくては増大しない。放電電圧が同等の場合、注入エネルギーはほぼ投入電荷量に比例するので、電流密度とエネルギー効率の積がラジカルを主とする活性種濃度に比例する(式1)となる。
【0028】
非特許文献4、非特許文献5記載の例においては電流値40[A]、パルス幅1〜2[ns]の極超短パルスが4〜5回放電した後アーク放電着火に移行している。非特許文献4記載のアーク放電着火に移行前のグローないしストリーマ放電等回数をmとすると、パルス間隔が約33[μs]のグローないしストリーマ放電当たりの投入電荷量Q1は
Q1=40[A]×2×10−9[s]×m[pulse]=8.0×m×10−8[C]
となる。
【0029】
一方、本発明の場合、n回放電後アーク放電着火に移行すると仮定すると、パルス間隔が約13[μs]のグローないしストリーマ放電当たりの投入電荷量Q2は図9から少なめに見積もった電流値2[A]とパルス半値幅100[ns]から
Q2=2[A]×100・10−9[s]×n[pulse]=2.0×n×10−7[C]
となる。
【0030】
これらの値とそれぞれのパルス幅に応じた活性種発生効率Rpwとの積を求めると、パルス幅約2[ns]以下の極短パルス放電の場合とパルス幅約100[ns]の本発明の短パルス放電の場合におけるエネルギー効率比は以下となる。
【0031】
(Q1×Rpw1)/(Q2×Rpw2)=(8.0×m×10−8×0.54)/(2.0×n×10−7×0.30)=7.2×10−1×(m/n)
これよりmが1.4n以上でないとQ1がQ2を上回ることはなく、パルス圧縮などを行っている極端な短パルスの容量性放電は繰り返し周波数も上げられず(本発明のパルス間隔13[μs]の方が非特許文献4記載例のパルス間隔33[μs]より高繰返し数)、活性種発生効率の向上にならないことが予想される。
【0032】
本発明における電流値は、グロー放電およびアーク放電ともに非特許文献4記載例に比較し電流値が一桁小さく、これは電極構造の違いによるものと考えられる。同一電極構造にすると(Q1×Rpw1)/(Q2×Rpw2)はさらに大きく差が開くものと考えられる。したがって本発明における活性種発生における正味のエネルギー転換効率は非特許文献4記載例に比較して、より効果が大きいといえる。
【0033】
主としてこれらの方法により希薄混合気体への点火を円滑に進める開発が行われている。本発明は前記(3)のカテゴリーに属するものである。すなわち、混合気体導入後、点火に至る前に短パルスによるグローあるいはストリーマ放電を繰り返し行い、系内に混合気体から発生する活性種を拡散、蓄積し、点火放電を立てた際、励起状態にある活性種が少ないエネルギーで連鎖的に酸化反応を起こし、火炎伝播も促進し燃焼、爆発にいたらしめるものである。
【0034】
活性種の濃度は主放電に移行する前のグローあるいはストリーマ放電を如何に有効に起こすかによって決定される。有効にグローあるいはストリーマ放電を起こすための要件として前記のように「パルス幅依存する入力エネルギー効率の増大」と、「パルス幅依存する活性種発生効率の増大」がある。これらの要件はトレードオフの関係にある。パルス幅が短いほど活性種の発生効率は高くなるが、パルス幅が短かすぎると反射波が増えてエネルギー投入効率が低下する。活性種発生効率は30[ns]付近で40%に達し1[ns]で50%で飽和する(図21)。一方パルス幅が狭いと急峻な電流電圧の立ち上がりにより、反応器とのインピーダンスマッチングがとりにくくなり反射波が増え、実質投入されるエネルギーが減少する(図20)。活性種発生効率とエネルギー入力効率という二つの要件を加味したときに活性種の発生が最大となるパルス幅を求めた。「活性種発生効率」と「入力エネルギー効率」の積を任意単位[a.u.]で縦軸にとり、パルス幅に対してプロットした(図22)。パルス幅0.1〜0.2[μs]を最大とする上に凸の特性が得られた。これらから望ましいパルス電圧波形の半値幅は、0.01μs以上かつ1μs以下、さらに望ましくは0.05μs以上かつ0.5μs以下、さらに望ましくは0.1μs以上かつ0.2μs以下であり、これらの領域であれば、グローあるいはストリーマ放電にて活性種を効率的に蓄積することができる。
【0035】
この活性種を効率的に蓄積する手段として最適パルス幅を請求項目として請求項6に記載した。すなわち、主放電前に立てるパルス放電のパルス電圧波形の半値幅を0.01μs以上かつ1μs以下とすることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置の提供がある。その範囲において望ましくは、図22に示すように請求項7に記載された電圧波形の半値幅0.05μs以上かつ0.5μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至6に記載の複合放電方法および複合放電装置であり、さらに望ましくは同じく図22に示すように請求項8に記載のパルス電圧波形の半値幅0.1μs以上かつ0.2μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至7に記載の複合放電方法および複合放電装置とすることとなる。
【0036】
系に入るエネルギーは前記のパルス幅で概ね算定することが可能であるが、エネルギーを系に効率よく投入できるかどうかはパルス波形の特性である電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)の最適化が必要である。これらが大きいと同じエネルギーを与えた場合に発生する活性種の量は多くなるが、反面、放電負荷とのインピーダンス整合がとりにくく、反射が増加し、却ってエネルギー投入量が減り、活性種は減少する。主放電前に立てるパルス放電において、電圧上昇率(dV/dt)が3×1011[V/s]以下、あるいは電流上昇率(di/dt)が3×107[A/s]以下であるようなパルス特性においては、電源からプラズマに変換される電気エネルギー変換率は点火前グローあるいはストリーマ放電を活用して10%以上(エネルギー反射90%以下)が得られる(図23、図24)。
【0037】
一方、活性種発生効率の電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)依存性は逆である。電圧上昇率(dV/dt)は1×108[V/s]以上、あるいは電流上昇率(di/dt)が1×106[A/s]以上であるようなパルスは、活性種転換効率が20%以上の値を得ている(図25、図26)。
これにより電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)が低すぎると活性種へのエネルギー転換効率が低下し、反対に高すぎると反応器との電気的な整合性が悪くなり、エネルギーが入りにくくなることがわかる。「入力エネルギー効率」と「活性種発生効率」の積を任意単位系で縦軸にとりパルス幅依存性をプロットした場合と同様に、「入力エネルギー効率」と「活性種発生効率」の積を任意単位系で縦軸にとり電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)依存性をプロットすると、最適の活性種発生範囲が、本発明の、1×108[V/s]<電圧上昇率(dV/dt)<3×1011[V/s]、あるいは106[A/s]<電流上昇率(di/dt)<3×107[A/s]となる(図27、図28)。
【0038】
これより電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)の最適化を実現する手段としては請求項9に記載したように、前記主放電前に立てるパルス放電において電源からプラズマに変換される電気エネルギー変換率が10%以上あるいはエネルギー反射90%以下となるように、電圧上昇率(dV/dt)が1×108[V/s]以上かつ3×1011[V/s]以下、あるいは電流上昇率(di/dt)が1×106[A/s]以上かつ3×107[A/s]以下であるようなパルス特性によってプラズマが立てられていることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。
【0039】
短パルス電界によるグローあるいはストリーマ放電は制御回路によりバーストの間隔及び回数が可変となっており、内燃機関の駆動状態に応じて短パルスのグローあるいはストリーマ放電のバーストを制御できる。高回転時あるいは高負荷時には混合気体の温度が上がり活性種の寿命が短くなるためパルス間隔を狭め回数を多くすることで点火を促進する活性種を発生させやすくする。逆に、低回転時あるいは低負荷時には混合気体の温度が下がり活性種の寿命が延びるためパルス間隔を広げ、回数を減らすこととなる。
【0040】
活性種は電圧上昇率の大きいパルス電界によって偶存電子が加速され、混合気体分子と非弾性衝突をすることにより雪崩的に発生する。希薄混合気体が高圧であるほど平均自由行程が短くなるので、一回のパルス電界が電子に与えるエネルギーは小さくなる。したがって如何に活性種の寿命内に多くのエネルギーをグローあるいはストリーマ放電に与えるか、が重要になる。
【0041】
非特許文献4、非特許文献5においては本発明より1−2桁短いパルス幅による活性種発生を行っている。引例は本発明に比較し1パルス当たりのエネルギーが小さく、着火に有効な活性種の発生累積量は半値幅10−200nsのパルス放電に比較して少ない。
【発明の効果】
【0042】
以上説明したように、本発明に係る適切なパルス幅を有するグローあるいはストリーマ放電のバーストによれば、希薄混合気体の安定着火において適用可能となる。また、本発明に係る希薄混合気体の安定燃焼によれば、上述の効果に加えて、排ガス中の窒素酸化物あるいは燃料の不完全燃焼から生じる微細な粒状物質の発生抑制やエネルギー効率を向上させることができる。以下に本発明において得られる効果を箇条書にまとめた。
【0043】
(1)高速スイッチング素子によるパルス電圧発生により、高エネルギー電子が効率的に発生でき混合気の励起、活性種の発生を促進する。広い圧力範囲でグローあるいはストリーマ放電を安定して立てることができ、アーク放電に移行しやすい活性種に富んだ雰囲気を作り出す。
【0044】
(2)パルス波形、パルス頻度を変えることにより、圧力変化、温度変化あるいは組成変化に応じて放電条件を最適化させることができる。これによりアーク放電までに反応器内の活性種濃度をほぼ所望の値にすることができ、点火放電であるアーク放電を安定できる。特に有限の寿命を有する活性種をできる限り高濃度にしてアーク放電に移行させるため、本発明におけるパルス幅は最適な範囲の値を与えることを特徴としている。
【0045】
(3)グローあるいはストリーマ放電は非平衡放電でありガス温度を従来方式の点火温度まで上げないが繰り返し数を制御することにより、活性種濃度を高め点火温度を下げることができ、同じパルス波形で点火まで行い従来方式の点火用アーク放電より少ないエネルギーで点火できるとともに、より燃料濃度が希薄な場合にも安定した点火ができるようになる。
【0046】
(4)単独の電源でグローあるいはストリーマ放電から主放電まで行うことができる。
【0047】
(5)主放電前のグローあるいはストリーマ放電の回数は放電条件に応じて可変とし、あらかじめプログラミングされたアルゴリズムにしたがって、運転条件に応じて最適な繰り返し数で主放電前の放電を立てることができる。
【0048】
(6)グローあるいはストリーマ放電の効果を最も高くする放電領域および放電電極を配置することにより点火および火炎伝播を均一かつ最も効果的にアシストすることができる。メタン、プロパンのような常温常圧で気体の物質に限らず、ヘキサン、ガソリン、エタノール、軽油のような常温常圧で液体の物質においても、気化して着火から燃焼、爆発と、同様のメカニズムで化学反応が連鎖反応的に進展する系においては同様の効果が期待できる。
【0049】
(7)蓄電池から供給される直流電力をエンジン制御装置から送られる点火タイミングの制御信号により数kVのパルスパワー電力に一旦変換するため、イグニッションコイル内での昇圧比を下げることができる。これを実現するための手段として、請求項10に記載したように点火プラグ互換電極に高圧電力を供給する昇圧コイルの1次側に2次コイルの昇圧比およびリアクトル成分を下げるパルスパワー発生回路を電気的に結合したこと、および請求項11記載の可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の点火に適用させ、前記内燃機関外に高電圧パルスを発生するパルス発生回路と、該パルス発生回路が前記内燃機関内で接続され可燃ガスの活性種を生成させる放電電極を有すること、等を特徴とする請求項1乃至10に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。また、請求項12に記載したように内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイル毎にパルス電圧発生回路をコイル直近で直結することを特徴とする請求項1乃至11に記載の複合放電方法および複合放電装置、および請求項13に記載の内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイルには内燃機関に設置された共通のパルス電圧発生回路から高圧パルスを分配したことを特徴とする請求項1乃至12に記載の複合放電方法および複合放電装置を実現手段とする。これにより、イグニッションコイルにおける浮遊リアクタンスおよび浮遊容量が下げられ、点火前グローあるいはストリーマ放電による活性種発生量を増大させることができ、より希薄な混合ガスを安定して点火することができる。
また、イグニッションコイルの昇圧比の低減はイグニッションコイルの信頼性を高めることにも効果がある。さらに、イグニッションコイルが各気筒にあるため細かい気筒制御ができることにより、排ガス浄化あるいは燃費向上に有用なディストリビュータを使わない集積型点火方式とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下、本発明に係るプラズマ反応器の実施の形態例を図2〜図23を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0051】
まず、第1の実施の形態に係る内燃機関の点火方法は、n回のグローあるいはストリーマ放電後アーク放電着火するシステムである。本システムは、図2に示すように、パルス波形とパルス間隔を指示する信号を発生するパルス信号発生器22と、該パルス信号発生器22に接続され同信号発生器から指示された高電圧パルス(高電圧パルス列24)を発生するパルス発生回路21と、該パルス発生回路21に接続され、該パルス発生回路21にて発生されたパルス高電圧(又は高電圧パルス列24)によって反応容器23に設置した電極間で放電させ、活性種をプラズマ空間中に生成させる装置構成となる。図3は図2における反応容器23の拡大模式図であり、混合ガスを導入および排出する孔開き板31、導入ガスを攪拌するファン32、放電・燃焼状態を観察する窓33および放電電極34を有している。図4は本発明の例示的実施形態に係るメタン(CH4)−空気混合気の当量比を横軸にとり各当量比における最低点火エネルギーの放電電極形状依存性を示している。図5は本発明の例示的実施形態に係るメタン(C3H8)−空気混合気の当量比を横軸にとり各当量比における最低点火エネルギーの放電電極形状依存性を示している。図6は両極とも棒状電極であり図4および図5における凡例には対極プラグと表示している。図7は高電圧側が棒状電極であり低電圧側がメッシュ電極となっており、点火時に発生した熱が電極を通して散逸することを防止する狙いがある。図8は高電圧側が棒状電極であり低電圧側がプレート電極となっている。希薄当量比領域において、メタン(CH4)の場合プレート電極43が他の対極プラグ41およびメッシュ電極42に比較して高い最低点火エネルギーを有している結果となったが当量比の高い領域およびプロパン(C3H8)においてはほぼ同等であった。これらから本システムにおける点火現象は電極形状の影響を受けにくいことが明らかとなった。
【0052】
大気圧下でプロパン(C3H8)あるいはメタン(CH4)と乾燥空気を所定量混合した模擬内燃容器中に放電電極を図2ないし図3のように配置し、パルス間隔が約13[μs]のパルス列24を印加し、容量性のグローないしストリーマ放電等をたてた後、誘導性のアーク放電に移行し、着火するまでの状態の波形データを図9、図10に示す。ここではグローないしストリーマ放電等が6回起こり空間中に活性種が発生した後のパルス列によるアーク放電が引き続き、着火し火炎伝播している。
【0053】
メタン(CH4)およびプロパン(C3H8)の空燃当量比はアーク放電のみの場合に比較し、より希薄領域まで着火領域を拡げることができた(図11、図12)。ここでは実線:LewisとElbeによる可燃性ガスの空気中爆ごう限界、黒丸:従来のアーク放電のみの点火、白丸:点火前10回放電を表わしている。希薄混合ガスの点火領域がより希薄領域への拡大を示す図である。メタン(CH4)/空気混合気体では、従来のアーク放電のみでは火燃限界当量比がが0.575であったのに対し、点火前放電を10回行った場合は0.525まで下がったことを示している。プロパン(C3H8)/空気混合気体では、従来のアーク放電のみでは火燃限界当量比が0.65であったのに対し、点火前放電を10回行った場合は0.60まで下がったことを示している。
【0054】
点火遅れ時間は反応容器の圧力が最大値の10%となる時刻から90%となるまでの時間と定義しており、点火遅れ時間が短いことは、点火後の圧力上昇速度が大きく火炎伝播が早く進み、燃焼を促進する状態であることを示している。短パルス放電により蓄積された活性種は、燃料ガスの燃焼を促進するため点火後の圧力上昇速度が大きくなる。圧力上昇曲線において、着火遅れ時間はメタンでは当量比0.6で20%改善(図13),プロパンでは当量比0.65で10%改善(図14)、ガソリンでは当量比0.70で10%改善された(図15)。いずれも火炎伝播の促進効果がある。
【実施例2】
【0055】
燃料と空気を所定量混合し点火、爆発させる内燃機関の模式図を図16および図17に示す(2気筒のみ記載)。パルス発生回路21を各気筒毎に設けたシステムを図16に、パルス発生回路21を一箇所に設け各気筒に配電するシステムを図17に示した。エンジン制御装置82からの点火タイミング信号をパルス発生回路21に導入する。パルス発生回路21によって蓄電池81の直流電力をパルスパワー電力に変換し、イグニッションコイル85に送る。イグニッションコイル85にて放電電圧まで昇圧し、点火プラグ互換電極83の放電を制御する。これらの構成部品の配置模式図を図18および図19に示す。本システムによって立てられた容量性のグローないしストリーマ放電は、誘導性のアーク放電に移行し、着火、火炎伝播、爆発に進む。
【0056】
図16のシステムにおける斜線部であるパルス発生回路21およびイグニッションコイル85、さらに点火プラグ互換電極83の部分を模式的に回路図とした本発明の例が図18である。図18において、エンジン制御装置82から点火信号線105を通して送られた点火タイミング信号をパルス発生回路21にて蓄電池81から給電線106を通して供給される直流電力をパルスパワー電力に変換増幅し、イグニッションコイル85の一次巻線107に供給する。一次巻線には数kVかかっており、これをイグニッションコイルの2次巻線104で取り出すと点火プラグ互換電極83にて放電に必要な電圧に昇圧される。
【0057】
比較のため、前記図17のシステムにおける斜線部分および点火プラグに相当する従来のディストリビュータを使わない集積型点火方式システムを図19に示す。図19において、蓄電池81から給電線116を通して供給される直流電力をエンジン制御装置82から点火信号線105を通して送られる点火タイミング信号により制御してイグニッションコイル85の一次巻線107に供給する。一次巻線には10数Vかかっており、これをイグニッションコイルの2次巻線104で点火プラグ118の放電に必要な電圧に昇圧する。
【0058】
従来の集積型点火装置はリアクトル成分の値が約10[mH]と、mH(ミリヘンリー)のオーダーであり、パルス波形は急峻にすることができない。一方、発明の図2、図3、図16、図17および図18のシステムでは約5[μH]と、μH(マイクロヘンリー)の桁と、従来回路に比較して約3桁も小さい。そのために急峻なパルス波形が得られ、活性種の発生に有効な、アーク放電に移行しない一つ以上の繰り返しパルス・グローあるいはストリーマ放電を安定して得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の点火方法および点火装置は燃焼、爆発が起こる前の燃料/空気混合ガスを予め活性化して火炎伝播を促進することを特徴としており、反応に寄与する活性種を点火前に増加させるというシンプルな原理故に、内燃機関以外にも外燃機関、ガス分解、放電プラズマ、気体レーザー等、化学反応によって引き起こされるさまざまな現象の促進に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1はアーク放電への移行を抑制する上でパルス幅が小さい方が有利であることを示す非特許文献6に記載されている電界強度とパルス幅の負の相関関係を示した図である。
【図2】図2は本発明の例示的実施形態に係る、原理確認に用いた全体システムを表わす模式図である。
【図3】図3は本発明の例示的実施形態に係る、図2反応容器23の模式図である。
【図4】図4は本発明の例示的実施形態に係る、放電電極形状別最低点火エネルギーのメタン(CH4)−空気混合気の当量比依存性を示している。
【図5】図5は本発明の例示的実施形態に係る、放電電極形状別最低点火エネルギーのプロパン(C3H8)−空気混合気の当量比依存性を示している。
【図6】図6は本発明の例示的実施形態に係る、図3記載の低電圧側および高電圧側双方の放電電極34のロッド構造模式図である。
【図7】図7は本発明の例示的実施形態に係る図3記載の低電圧側放電電極34のメッシュ構造模式図である。
【図8】図8は本発明の例示的実施形態に係る図3記載の低電圧側放電電極34のプレート構造模式図である。
【図9】図9は、本発明の例示的実施形態に係る、容量性グローないしストリーマ放電等から誘導性アーク放電に到るまでの電圧波形データの時間変化である。
【図10】図10は、本発明の例示的実施形態に係る、容量性グローないしストリーマ放電等から誘導性アーク放電に到るまでの電流波形データの時間変化である。
【図11】図11は、本発明の例示的実施形態に係る、メタン(CH4)−空気混合気における点火領域の希薄領域への拡大を示す図である。
【図12】図12は、本発明の例示的実施形態に係る、プロパン(C3H8)−空気混合気における点火領域の希薄領域への拡大を示す図である。
【図13】図13は、本発明の例示的実施形態に係る、メタン(CH4)−空気混合気における点火後の圧力上昇曲線における着火遅れ時間の改善を示す図である。
【図14】図14は、本発明の例示的実施形態に係る、プロパン(C3H8)−空気混合気における点火後の圧力上昇曲線における着火遅れ時間の改善を示す図である。
【図15】図15は、本発明の例示的実施形態に係る、ガソリン−空気混合気における点火後の圧力上昇曲線における着火遅れ時間の改善を示す推定図である。
【図16】図16は本発明の例示的実施形態に係る、実際の内燃機関に適用した各気筒毎にパルス電圧発生回路を積載する方式の全体システムを表わす模式図である。
【図17】図17は本発明の例示的実施形態に係る、実際の内燃機関に適用した共通のパルス電圧発生回路から高圧パルスを分配する方式の全体システムを表わす模式図である。
【図18】図18は本発明の例示的実施形態に係る全体システムを表わす模式図である。
【図19】図19は従来の集積型点火方式の例示的実施形態に係る全体システムを表わす模式図である
【図20】図20は本発明の例示的実施形態に係る投入エネルギーの点火前放電パルス幅依存性を示すグラフである。
【図21】図21は本発明の例示的実施形態に係る、非特許文献J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995)記載の、活性種発生に使われる投入エネルギー転換効率のパルス幅依存性を示すグラフである。
【図22】図22は本発明の例示的実施形態に係る、正味の活性種発生エネルギー効率(=図20の「エネルギー投入効率」と図21の「活性種発生に使われる投入エネルギー転換効率」の積)のパルス幅依存性を示すグラフである。
【図23】図23は本発明の例示的実施形態に係る、エネルギー効率の電圧上昇率(dV/dt)依存性を示すグラフである。
【図24】図24は本発明の例示的実施形態に係る、エネルギー効率の電流上昇率(di/dt)依存性を示すグラフである。
【図25】図25は本発明の例示的実施形態に係る、図1(非特許文献6 J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995))に示される活性種発生エネルギー転換効率のパルス電圧上昇率(dV/dt)依存性を示している。
【図26】図26は本発明の例示的実施形態に係る、図1(非特許文献6J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995))に示される活性種発生エネルギー転換効率のパルス電流上昇率(di/dt)依存性を示している。
【図27】図27は本発明の例示的実施形態に係る、活性種を発生させるのに使われる正味のエネルギーと反応器に導入されたエネルギーの積に比例する正味の効率(図23のエネルギー投入効率と図25における活性種転換効率の積)のパルス電圧上昇率(dV/dt)依存性を示すグラフである。
【図28】図28は本発明の例示的実施形態に係る、活性種を発生させるのに使われる正味のエネルギーと反応器に導入されたエネルギーの積に比例する正味の効率(図24のエネルギー投入効率と図26における活性種転換効率の積)のパルス電流上昇率(di/dt)依存性を示すグラフである。
【符号の説明】
21…パルス発生回路 22…パルス信号発生器 23…反応容器
24…高電圧パルス列Pc 31…孔開き板 32…ファン
33…観察窓 34…放電電極 41…ロッド対極プラグ
42…メッシュ電極 43…プレート電極 81…蓄電池
82…エンジン制御装置 83…点火プラグ互換電極 84…ピストン
85…イグニッションコイル 86…気筒 87…シリンダブロック
104…2次巻線 105…点火信号線 106…蓄電池からの給電線
107…1次巻線 118…点火プラグ
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルス発生回路から発生された高電圧バースト短パルス放電に引き続き立てられるアーク放電による内燃機関点火方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、燃焼室内部で燃料を燃焼させて動力を取り出す機械で、熱エネルギーを機械的エネルギーに変換する熱機関の一種に分類される。ピストンエンジン(レシプロおよびロータリエンジン)がそれにあたる。ピストンエンジンは「間欠燃焼」である。ピストンエンジンの場合、シリンダ(気筒)の内部で燃料を燃焼させ、燃焼により生じる圧力がピストンを押す力を利用する。
【0003】
ピストンエンジンの一種、ガソリンエンジンは、ガソリン機関ともいい、燃料(ガソリン)と空気の混合気をピストンで圧縮したあと点火、燃焼・膨張させてピストンを往復運動させる内燃機関で、自動車用ガソリンエンジンのほとんどはオットーサイクル機関である。
【0004】
通常はクランク機構で回転軸に出力する。燃焼は混合気の体積が最小になる付近の短時間に一気に行われるため、容積がほぼ一定で燃焼する。このため定積燃焼サイクル機関ともいう。オットーはこの燃焼サイクルの開発者名である。
【0005】
ガソリンエンジンは排気量あたりの出力が大きく、また高速回転による運転も容易で、振動や騒音が少なく静かであることから、乗用車はじめ小型商業車、自動二輪車などの主流となっている。
【0006】
ガソリンエンジンの燃焼は点火プラグにより開始される。点火プラグとは、電気的に放電させることにより燃料を含む混合気体に着火させる役割を担う部品である。内燃機関のうち、スパーク・イグニッション・エンジンと呼ばれるエンジンでは、点火プラグはシリンダヘッド中に置かれ、電気放電によって点火させることにより、燃焼のきっかけを作る。点火プラグは、内燃機関以外でも、暖房器具などの燃焼器具類でも、混合気に点火するために使用される。エンジンでは、毎分数百から数千回の点火が繰り返しおこなわれ、暖房装置などでは燃焼開始時のみの動作となる。
【0007】
近時、地球環境問題の深刻化とともにCO2排出量を削減するためガソリンエンジンのエネルギー効率向上、大気汚染物質を低減するための排出ガスのクリーン化、さらに触媒に用いる貴金属等希少資源使用量削減等の目的から、希薄燃焼エンジンが再び注目されるようになってきた。
【0008】
燃料と空気の混合気体は、着火→燃焼→爆発と進展する現象において、燃料と空気の割合に一定の比率が必要である。燃料の空気に対する比率が少なくて着火→燃焼→爆発が起こる限界を爆発下限界という。
【0009】
以前に盛んに実施された希薄燃焼方式は高濃度燃料から排出されるNOxの量を減少させるための開発方法であったが、点火プラグの位置の問題と点火タイミングの問題と混合ガス濃度の空間・時間分布により点火時に可燃限界に近い状態が生じ、着火不良や火炎伝播がしばしば中断されろことや、高価な触媒が必要になることから希薄燃焼タイプのエンジンの開発は市場から駆逐されていた。
【0010】
また、従来プラズマ放電は、アーク放電、グロー放電、ストリーマ放電それぞれ単独で用いられてくることが多かった。プラズマディスプレーパネル(PDP)、エキシマレーザでは主放電前に立てる放電が使われている例もあるがDCあるいは高周波によるグロー放電であり、主放電を均一に強く立てるのに役立っている。
【0011】
さらに従来可燃性ガスの点火にはアーク放電が主として用いられてきた。アーク放電は簡便な放電回路で点火できるが放電領域がアーク近傍に限られるため点火後の火炎伝播中に失火してしまうことが多かった。自動車用ガソリンエンジンにおいてはこれを防止するためイリジウムのような耐久性の高い材料を放電電極とすることにより電極体積を最小に抑え、電極による吸熱や放熱を小さくし、火炎の冷却を防ぐことに成功した。
【0012】
従来の主放電前に立てる放電は減圧下で行われており、大気圧あるいは加圧状態においてはガス温度が上がったり、放電維持が難しく、安定して放電することは難しくなる。従来の主放電前に立てる放電は一定条件下で立てられており、圧力変化や温度変化、組成変化に応じて放電条件を変化させることはできなかった。従来の主放電前に立てる放電はあくまでも予備的な微弱な放電であり主放電の役割まで代替することはできなかった。したがってそれぞれの放電用に個別の電源を用意しなくてはならないことが多かった。
【0013】
従来のガソリンエンジンにおける空気対燃料質量比はほぼ14.7で、酸素と燃料が過不足なく燃焼する理論空燃比に近い。従来のガソリンエンジンは、発生する炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物の有害ガス3種を除去する三元触媒を機能させるために酸素リッチの希薄燃焼は困難であった。地球温暖化防止のためには「燃費の向上=CO2低減」が自動車に求められ、希薄燃焼が再び必要となる動向にある。従来の点火装置では窒素酸化物を排出しない火炎温度で希薄混合気を完全燃焼させることが難しかった。
【0014】
従来のアーク放電点火は混合気流を強い乱れにより火炎伝播を促進し燃焼させていた。したがって、混合気の温度を高めて燃焼の立ち消えを防止し、高温となるため窒素酸化物が多量に発生してしまった。
【0015】
従来の放電はアークの寸前にわずかに容量性の放電でガスの活性化を行うがパルスの立ち上がりが遅いため、その効果はほとんど無視できるレベルであった。
希薄混合気体の着火性能を改善する方法として以下の試みがなされてきた。
【0016】
(1)点火領域を広げる。
濃度の高い混合気体が点火領域に到達する確率を高める目的で放電領域を広げる方式がある。パルスストリーマ放電を併用して点火するパルスパワー点火方式で点火を促進している例 特許文献1は、放電電極間着火領域を広げ、混合気の濃度分布に対応する方式となっている。放電着火領域の拡大を図るという同様の狙いを持った点火方式として、railプラグ方式がある。railプラグ方式は米テキサス大学で開発されたrail状の放電電極を有する放電プラグを用いる着火方式である(非特許文献1)。rail状放電電極間をアーク電流が流れる際、電流が創る磁場と電流の相互作用により働くローレンツ力により放電部位がrail状の放電電極上を移動することを特徴としている。アーク放電部位が移動するため広い範囲で放電させることができ、同一箇所で放電しないため電極表面が損傷を受け難くなる。
【0017】
(2)時間当たりの点火回数を増やす。
点火放電を点火タイミング付近で繰り返し、濃度の高い混合気体が点火位置に到達する確率を高める(特許文献2)方式が行われた。
【0018】
(3)燃焼反応を促進する活性種の濃度を高める。
活性種励起方法の一つとして、着火タイミングと連動させたレーザー光による励起がある(特許文献3)。レーザー励起方式は点火部が点火プラグのように劣化することがなく安定した点火条件を実現できる。一方航空機エンジンのように設置スペースにゆとりのある大型システムへの適用も可能である。
【0019】
一般に、着火から火炎伝播に到る過程においては、容量性放電に引き続く誘導性放電という二つの段階を経ることが知られている。初期段階の高インピーダンス状態における容量性放電が酸素あるいは燃焼成分の活性化を行い、その後に続く誘導性放電による火炎発生に寄与しているということが知られている(非特許文献2)。しかしながら、この容量性放電の段階でそれらの活性化を促進する取り組みはほとんどなされず、むしろ容量性放電に引き続く誘導性放電をいかに確実にするかという方向からのアプローチがなされてきた(非特許文献3)。近年、容量性放電が酸素あるいは燃焼成分の活性化を行うことに着目して容量性放電を強化する試みが行われている(非特許文献4、非特許文献5)。また容量性放電を安定に行うため、パルス幅とアーク放電へ移行する電界強度の関係を明らかにする研究も行われている(非特許文献6、図1)。
【特許文献1】特開2000−110697号公報
【特許文献2】特開2004−079458号公報 多点点火
【特許文献3】特表平8−505676号公報 レーザー点火
【非特許文献1】Matthews,R.D.,Hall,M.J.,Faidley,R.W.,Chiu,J.P.,Zhao,X,W.,Annezer,I.,Koenig,M.H.,Harber,J.F.,Darden,M.H.,Weldon,W.F.,and Nichols,S.P.,“Further Analysis of Railplugs as a New Type of Ignitor,”Journal of Engines 101(3),pp.1851−1862,1993.
【非特許文献2】西尾兼光著『スパークプラグ』山海堂(1999/12)
【非特許文献3】『3S級舶用機関整備士指導書』第2章2.8節、(社)日本舶用機関整備協編
【非特許文献4】Sergey V.Pancheshnyi et.Al,“Propane−Air mixtures ignition by a sequence of nanosecond pulses”XXVIIth IGPIG,Eindhoven,the Netherlands,18−22,Juiy,2005
【非特許文献5】Sergey V.Pancheshnyi et.Al,“Ignition of Propane−Air Mixtures by a Repetitively Pulsed Nanosecond Discharge”IEEE Transactions on plasma science,34(6),p.2478〜2487,December 2006
【非特許文献6】J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
前述のように、従来希薄混合気体の着火性能を改善する方法がさまざま行われてきたがそれぞれ、以下の問題点があった。点火領域を広げるrailプラグ方式は放電に要する電力が大きいという問題点があった。時間当たりの点火回数を増やす点火放電を点火タイミング付近で繰り返す方式は、必要以上の回数と高温下での放電によるプラグ劣化の問題がある。燃焼反応を促進する活性種の濃度を高めるレーザー光による励起は自動車のようにスペースやコストに制限のあるシステムに搭載することには困難が伴い、また、小型化以外の技術課題としてレーザー光源の信頼性が十分得られていないという問題がある。ガスレーザーにおけるガスの管理、固体レーザーにおける励起光源放電管あるいは半導体レーザーの信頼性が課題となっている。容量性放電が酸素あるいは燃焼成分の活性化を行うことに着目して容量性放電を強化する従来の試みは、アーク放電への移行を極端に抑制した極短パルスを用いるため、通電時間が短く多数の分子を励起・活性化するために必要なエネルギー総量の限界、さらに電源の小型化が難しく応用が限られること等の問題点がある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明においては、容量性放電に着目し、容量性放電での酸素、燃焼成分の活性化を目的とした解決手段となっている。本方式は失火の確率を下げることが可能となるため、誘導性放電における火炎伝播を促進するためには、燃焼系内の酸化還元反応に要する活性化エネルギーを下げることが有効であり、支燃ガスおよび燃料分子の内部エネルギーを高め、解離状態あるいは活性錯合体に励起することにより実現する。
【0022】
本発明の請求項1記載の負気圧あるいは正気圧下でパルス放電を1回以上主放電前に立てることを特徴とする複合放電方法および複合放電装置は短パルス放電による活性種濃度の促進を以下の原理によって実現する。アーク放電の前にグローないしストリーマ放電等によりプラズマを立てると混合気体の一部が励起されて活性種となる。活性種にはラジカル、イオン、電子、発光種などがあるが、その中でもラジカルが最も多い。しかしながら活性種には寿命があることと、荷電粒子濃度が増大すると電界がかかったときに容量性の放電にならず、誘導性のアーク放電になりやすくなることから、点火空間に活性種を蓄積することにも限界がある。そのような限界がある中で、主放電のアークによる点火をより効率良く行うためには、事前のグローないしストリーマ放電等で多くの活性種を発生させ、アーク放電直前の活性種濃度を高くすることが重要である。すなわち、請求項2の記載にあるように前記主放電前に立てるパルス放電の回数、および請求項3の記載にあるように前記主放電前に立てるパルス放電の間隔を任意に制御することを特徴とする請求項1乃至2に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供し、活性種寿命内の時間でパルス放電による活性種の発生を最大にするパルス放電を実現する。
【0023】
活性種を生成する手段としては請求項4の記載にあるように前記主放電前に立てるパルス放電がストリーマあるいはグロー放電であることを特徴とする請求項1乃至3に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。パルス幅とアーク放電に移行する電界強度の関係は、負の相関関係がある(図1)。パルス幅が狭いほどアーク放電に移行する電界強度は高くなる。したがってパルス幅が狭いほど安定してグローないしストリーマ放電等を立てられる。しかし一方で、活性種の寿命は有限であるため蓄積量、蓄積時間には限界がある。そのため、パルスエネルギーを小さくし過ぎると活性種を増やすため回数多く放電させなければならずより長い時間が必要となり、初期に発生した活性種の寿命が尽きてしまい結果的に活性種総量が減ってしまう事態ともなる。一方、パルス電圧を印加あるいは解除する、いわゆるスイッチング回路と呼ばれる電気回路の損失による発熱による素子の破損を防止するため、繰り返し周波数には限界がある。パルス幅を狭くし過ぎると所定のエネルギーを注入するために必要とする繰り返し数を得られないこととなる。
【0024】
単発パルス放電当たりのエネルギーをEspとし、最大繰り返し周波数をF、活性種の平均寿命をTlt、活性種の発生に寄与するエネルギー効率をRpwとすると、着火アーク放電前の有効活性種濃度Neffはこれらの積に比例することとなる(式1)。着火手段としては請求項5に記載の前記主放電がアーク放電であることを特徴とする請求項1乃至4に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。
【0025】
Neff ∝ Esp×F×Tlt×Rpw ・・・(式1)
これよりEsp×F×Rpwの値を最大にするパルス放電が必要となる。活性種の中でもイオン、電子はラジカルに比較し濃度が3−4桁少なく、寿命も短い。発光種はイオンよりもさらに3−4桁少ない。したがって活性種濃度の比較はラジカル濃度で近似する。
【0026】
一方、非特許文献6によると活性種の発生に寄与するエネルギー効率は図1の左縦軸に表されるようにパルス幅に依存して変化している。パルス幅が狭くピーク電圧が高い場合、すなわち電圧上昇率(dV/dt)が高い場合には自然発生する偶存電子が十分加速され気体分子に衝突する際のエネルギーが大きくなり非弾性衝突により分子内部エネルギーを高め、活性種を発生する確率は高まる。電圧上昇率(dV/dt)は放電電極の電圧変化であり、電極への電流注入速度と正の相関関係にある。したがって電流上昇率(di/dt)が大きいほど活性種の発生に寄与するエネルギー効率は高くなる。しかしながら図1に示すようにパルス幅が0.1[ns]を下回ると、効率は下がる。これは電子が得るエネルギーは大きくなる一方、速度が大きくなりすぎて分子との衝突断面積が減少するためと考える。またパルス幅が広い場合は電圧上昇率(dV/dt)、電流上昇率(di/dt)が小さく、偶存電子が十分加速されないうちに気体分子に衝突し、分子の内部エネルギーを高めることのできない弾性衝突が主体となる。分子は低いエネルギー状態に励起されて励起種をそれほど発生させずに放電し、低インピーダンスのプラズマへの電流注入が行われる。加えたエネルギーはジュール熱に使われ、活性種を発生する確率は低下する。すなわち活性種発生効率は急激に低下する。
【0027】
しかしながらエネルギー効率だけが高くても、実際に発生する活性種の総量は与えられるエネルギーを上げなくては増大しない。放電電圧が同等の場合、注入エネルギーはほぼ投入電荷量に比例するので、電流密度とエネルギー効率の積がラジカルを主とする活性種濃度に比例する(式1)となる。
【0028】
非特許文献4、非特許文献5記載の例においては電流値40[A]、パルス幅1〜2[ns]の極超短パルスが4〜5回放電した後アーク放電着火に移行している。非特許文献4記載のアーク放電着火に移行前のグローないしストリーマ放電等回数をmとすると、パルス間隔が約33[μs]のグローないしストリーマ放電当たりの投入電荷量Q1は
Q1=40[A]×2×10−9[s]×m[pulse]=8.0×m×10−8[C]
となる。
【0029】
一方、本発明の場合、n回放電後アーク放電着火に移行すると仮定すると、パルス間隔が約13[μs]のグローないしストリーマ放電当たりの投入電荷量Q2は図9から少なめに見積もった電流値2[A]とパルス半値幅100[ns]から
Q2=2[A]×100・10−9[s]×n[pulse]=2.0×n×10−7[C]
となる。
【0030】
これらの値とそれぞれのパルス幅に応じた活性種発生効率Rpwとの積を求めると、パルス幅約2[ns]以下の極短パルス放電の場合とパルス幅約100[ns]の本発明の短パルス放電の場合におけるエネルギー効率比は以下となる。
【0031】
(Q1×Rpw1)/(Q2×Rpw2)=(8.0×m×10−8×0.54)/(2.0×n×10−7×0.30)=7.2×10−1×(m/n)
これよりmが1.4n以上でないとQ1がQ2を上回ることはなく、パルス圧縮などを行っている極端な短パルスの容量性放電は繰り返し周波数も上げられず(本発明のパルス間隔13[μs]の方が非特許文献4記載例のパルス間隔33[μs]より高繰返し数)、活性種発生効率の向上にならないことが予想される。
【0032】
本発明における電流値は、グロー放電およびアーク放電ともに非特許文献4記載例に比較し電流値が一桁小さく、これは電極構造の違いによるものと考えられる。同一電極構造にすると(Q1×Rpw1)/(Q2×Rpw2)はさらに大きく差が開くものと考えられる。したがって本発明における活性種発生における正味のエネルギー転換効率は非特許文献4記載例に比較して、より効果が大きいといえる。
【0033】
主としてこれらの方法により希薄混合気体への点火を円滑に進める開発が行われている。本発明は前記(3)のカテゴリーに属するものである。すなわち、混合気体導入後、点火に至る前に短パルスによるグローあるいはストリーマ放電を繰り返し行い、系内に混合気体から発生する活性種を拡散、蓄積し、点火放電を立てた際、励起状態にある活性種が少ないエネルギーで連鎖的に酸化反応を起こし、火炎伝播も促進し燃焼、爆発にいたらしめるものである。
【0034】
活性種の濃度は主放電に移行する前のグローあるいはストリーマ放電を如何に有効に起こすかによって決定される。有効にグローあるいはストリーマ放電を起こすための要件として前記のように「パルス幅依存する入力エネルギー効率の増大」と、「パルス幅依存する活性種発生効率の増大」がある。これらの要件はトレードオフの関係にある。パルス幅が短いほど活性種の発生効率は高くなるが、パルス幅が短かすぎると反射波が増えてエネルギー投入効率が低下する。活性種発生効率は30[ns]付近で40%に達し1[ns]で50%で飽和する(図21)。一方パルス幅が狭いと急峻な電流電圧の立ち上がりにより、反応器とのインピーダンスマッチングがとりにくくなり反射波が増え、実質投入されるエネルギーが減少する(図20)。活性種発生効率とエネルギー入力効率という二つの要件を加味したときに活性種の発生が最大となるパルス幅を求めた。「活性種発生効率」と「入力エネルギー効率」の積を任意単位[a.u.]で縦軸にとり、パルス幅に対してプロットした(図22)。パルス幅0.1〜0.2[μs]を最大とする上に凸の特性が得られた。これらから望ましいパルス電圧波形の半値幅は、0.01μs以上かつ1μs以下、さらに望ましくは0.05μs以上かつ0.5μs以下、さらに望ましくは0.1μs以上かつ0.2μs以下であり、これらの領域であれば、グローあるいはストリーマ放電にて活性種を効率的に蓄積することができる。
【0035】
この活性種を効率的に蓄積する手段として最適パルス幅を請求項目として請求項6に記載した。すなわち、主放電前に立てるパルス放電のパルス電圧波形の半値幅を0.01μs以上かつ1μs以下とすることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置の提供がある。その範囲において望ましくは、図22に示すように請求項7に記載された電圧波形の半値幅0.05μs以上かつ0.5μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至6に記載の複合放電方法および複合放電装置であり、さらに望ましくは同じく図22に示すように請求項8に記載のパルス電圧波形の半値幅0.1μs以上かつ0.2μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至7に記載の複合放電方法および複合放電装置とすることとなる。
【0036】
系に入るエネルギーは前記のパルス幅で概ね算定することが可能であるが、エネルギーを系に効率よく投入できるかどうかはパルス波形の特性である電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)の最適化が必要である。これらが大きいと同じエネルギーを与えた場合に発生する活性種の量は多くなるが、反面、放電負荷とのインピーダンス整合がとりにくく、反射が増加し、却ってエネルギー投入量が減り、活性種は減少する。主放電前に立てるパルス放電において、電圧上昇率(dV/dt)が3×1011[V/s]以下、あるいは電流上昇率(di/dt)が3×107[A/s]以下であるようなパルス特性においては、電源からプラズマに変換される電気エネルギー変換率は点火前グローあるいはストリーマ放電を活用して10%以上(エネルギー反射90%以下)が得られる(図23、図24)。
【0037】
一方、活性種発生効率の電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)依存性は逆である。電圧上昇率(dV/dt)は1×108[V/s]以上、あるいは電流上昇率(di/dt)が1×106[A/s]以上であるようなパルスは、活性種転換効率が20%以上の値を得ている(図25、図26)。
これにより電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)が低すぎると活性種へのエネルギー転換効率が低下し、反対に高すぎると反応器との電気的な整合性が悪くなり、エネルギーが入りにくくなることがわかる。「入力エネルギー効率」と「活性種発生効率」の積を任意単位系で縦軸にとりパルス幅依存性をプロットした場合と同様に、「入力エネルギー効率」と「活性種発生効率」の積を任意単位系で縦軸にとり電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)依存性をプロットすると、最適の活性種発生範囲が、本発明の、1×108[V/s]<電圧上昇率(dV/dt)<3×1011[V/s]、あるいは106[A/s]<電流上昇率(di/dt)<3×107[A/s]となる(図27、図28)。
【0038】
これより電圧上昇率(dV/dt)あるいは電流上昇率(di/dt)の最適化を実現する手段としては請求項9に記載したように、前記主放電前に立てるパルス放電において電源からプラズマに変換される電気エネルギー変換率が10%以上あるいはエネルギー反射90%以下となるように、電圧上昇率(dV/dt)が1×108[V/s]以上かつ3×1011[V/s]以下、あるいは電流上昇率(di/dt)が1×106[A/s]以上かつ3×107[A/s]以下であるようなパルス特性によってプラズマが立てられていることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。
【0039】
短パルス電界によるグローあるいはストリーマ放電は制御回路によりバーストの間隔及び回数が可変となっており、内燃機関の駆動状態に応じて短パルスのグローあるいはストリーマ放電のバーストを制御できる。高回転時あるいは高負荷時には混合気体の温度が上がり活性種の寿命が短くなるためパルス間隔を狭め回数を多くすることで点火を促進する活性種を発生させやすくする。逆に、低回転時あるいは低負荷時には混合気体の温度が下がり活性種の寿命が延びるためパルス間隔を広げ、回数を減らすこととなる。
【0040】
活性種は電圧上昇率の大きいパルス電界によって偶存電子が加速され、混合気体分子と非弾性衝突をすることにより雪崩的に発生する。希薄混合気体が高圧であるほど平均自由行程が短くなるので、一回のパルス電界が電子に与えるエネルギーは小さくなる。したがって如何に活性種の寿命内に多くのエネルギーをグローあるいはストリーマ放電に与えるか、が重要になる。
【0041】
非特許文献4、非特許文献5においては本発明より1−2桁短いパルス幅による活性種発生を行っている。引例は本発明に比較し1パルス当たりのエネルギーが小さく、着火に有効な活性種の発生累積量は半値幅10−200nsのパルス放電に比較して少ない。
【発明の効果】
【0042】
以上説明したように、本発明に係る適切なパルス幅を有するグローあるいはストリーマ放電のバーストによれば、希薄混合気体の安定着火において適用可能となる。また、本発明に係る希薄混合気体の安定燃焼によれば、上述の効果に加えて、排ガス中の窒素酸化物あるいは燃料の不完全燃焼から生じる微細な粒状物質の発生抑制やエネルギー効率を向上させることができる。以下に本発明において得られる効果を箇条書にまとめた。
【0043】
(1)高速スイッチング素子によるパルス電圧発生により、高エネルギー電子が効率的に発生でき混合気の励起、活性種の発生を促進する。広い圧力範囲でグローあるいはストリーマ放電を安定して立てることができ、アーク放電に移行しやすい活性種に富んだ雰囲気を作り出す。
【0044】
(2)パルス波形、パルス頻度を変えることにより、圧力変化、温度変化あるいは組成変化に応じて放電条件を最適化させることができる。これによりアーク放電までに反応器内の活性種濃度をほぼ所望の値にすることができ、点火放電であるアーク放電を安定できる。特に有限の寿命を有する活性種をできる限り高濃度にしてアーク放電に移行させるため、本発明におけるパルス幅は最適な範囲の値を与えることを特徴としている。
【0045】
(3)グローあるいはストリーマ放電は非平衡放電でありガス温度を従来方式の点火温度まで上げないが繰り返し数を制御することにより、活性種濃度を高め点火温度を下げることができ、同じパルス波形で点火まで行い従来方式の点火用アーク放電より少ないエネルギーで点火できるとともに、より燃料濃度が希薄な場合にも安定した点火ができるようになる。
【0046】
(4)単独の電源でグローあるいはストリーマ放電から主放電まで行うことができる。
【0047】
(5)主放電前のグローあるいはストリーマ放電の回数は放電条件に応じて可変とし、あらかじめプログラミングされたアルゴリズムにしたがって、運転条件に応じて最適な繰り返し数で主放電前の放電を立てることができる。
【0048】
(6)グローあるいはストリーマ放電の効果を最も高くする放電領域および放電電極を配置することにより点火および火炎伝播を均一かつ最も効果的にアシストすることができる。メタン、プロパンのような常温常圧で気体の物質に限らず、ヘキサン、ガソリン、エタノール、軽油のような常温常圧で液体の物質においても、気化して着火から燃焼、爆発と、同様のメカニズムで化学反応が連鎖反応的に進展する系においては同様の効果が期待できる。
【0049】
(7)蓄電池から供給される直流電力をエンジン制御装置から送られる点火タイミングの制御信号により数kVのパルスパワー電力に一旦変換するため、イグニッションコイル内での昇圧比を下げることができる。これを実現するための手段として、請求項10に記載したように点火プラグ互換電極に高圧電力を供給する昇圧コイルの1次側に2次コイルの昇圧比およびリアクトル成分を下げるパルスパワー発生回路を電気的に結合したこと、および請求項11記載の可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の点火に適用させ、前記内燃機関外に高電圧パルスを発生するパルス発生回路と、該パルス発生回路が前記内燃機関内で接続され可燃ガスの活性種を生成させる放電電極を有すること、等を特徴とする請求項1乃至10に記載の複合放電方法および複合放電装置を提供する。また、請求項12に記載したように内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイル毎にパルス電圧発生回路をコイル直近で直結することを特徴とする請求項1乃至11に記載の複合放電方法および複合放電装置、および請求項13に記載の内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイルには内燃機関に設置された共通のパルス電圧発生回路から高圧パルスを分配したことを特徴とする請求項1乃至12に記載の複合放電方法および複合放電装置を実現手段とする。これにより、イグニッションコイルにおける浮遊リアクタンスおよび浮遊容量が下げられ、点火前グローあるいはストリーマ放電による活性種発生量を増大させることができ、より希薄な混合ガスを安定して点火することができる。
また、イグニッションコイルの昇圧比の低減はイグニッションコイルの信頼性を高めることにも効果がある。さらに、イグニッションコイルが各気筒にあるため細かい気筒制御ができることにより、排ガス浄化あるいは燃費向上に有用なディストリビュータを使わない集積型点火方式とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0050】
以下、本発明に係るプラズマ反応器の実施の形態例を図2〜図23を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0051】
まず、第1の実施の形態に係る内燃機関の点火方法は、n回のグローあるいはストリーマ放電後アーク放電着火するシステムである。本システムは、図2に示すように、パルス波形とパルス間隔を指示する信号を発生するパルス信号発生器22と、該パルス信号発生器22に接続され同信号発生器から指示された高電圧パルス(高電圧パルス列24)を発生するパルス発生回路21と、該パルス発生回路21に接続され、該パルス発生回路21にて発生されたパルス高電圧(又は高電圧パルス列24)によって反応容器23に設置した電極間で放電させ、活性種をプラズマ空間中に生成させる装置構成となる。図3は図2における反応容器23の拡大模式図であり、混合ガスを導入および排出する孔開き板31、導入ガスを攪拌するファン32、放電・燃焼状態を観察する窓33および放電電極34を有している。図4は本発明の例示的実施形態に係るメタン(CH4)−空気混合気の当量比を横軸にとり各当量比における最低点火エネルギーの放電電極形状依存性を示している。図5は本発明の例示的実施形態に係るメタン(C3H8)−空気混合気の当量比を横軸にとり各当量比における最低点火エネルギーの放電電極形状依存性を示している。図6は両極とも棒状電極であり図4および図5における凡例には対極プラグと表示している。図7は高電圧側が棒状電極であり低電圧側がメッシュ電極となっており、点火時に発生した熱が電極を通して散逸することを防止する狙いがある。図8は高電圧側が棒状電極であり低電圧側がプレート電極となっている。希薄当量比領域において、メタン(CH4)の場合プレート電極43が他の対極プラグ41およびメッシュ電極42に比較して高い最低点火エネルギーを有している結果となったが当量比の高い領域およびプロパン(C3H8)においてはほぼ同等であった。これらから本システムにおける点火現象は電極形状の影響を受けにくいことが明らかとなった。
【0052】
大気圧下でプロパン(C3H8)あるいはメタン(CH4)と乾燥空気を所定量混合した模擬内燃容器中に放電電極を図2ないし図3のように配置し、パルス間隔が約13[μs]のパルス列24を印加し、容量性のグローないしストリーマ放電等をたてた後、誘導性のアーク放電に移行し、着火するまでの状態の波形データを図9、図10に示す。ここではグローないしストリーマ放電等が6回起こり空間中に活性種が発生した後のパルス列によるアーク放電が引き続き、着火し火炎伝播している。
【0053】
メタン(CH4)およびプロパン(C3H8)の空燃当量比はアーク放電のみの場合に比較し、より希薄領域まで着火領域を拡げることができた(図11、図12)。ここでは実線:LewisとElbeによる可燃性ガスの空気中爆ごう限界、黒丸:従来のアーク放電のみの点火、白丸:点火前10回放電を表わしている。希薄混合ガスの点火領域がより希薄領域への拡大を示す図である。メタン(CH4)/空気混合気体では、従来のアーク放電のみでは火燃限界当量比がが0.575であったのに対し、点火前放電を10回行った場合は0.525まで下がったことを示している。プロパン(C3H8)/空気混合気体では、従来のアーク放電のみでは火燃限界当量比が0.65であったのに対し、点火前放電を10回行った場合は0.60まで下がったことを示している。
【0054】
点火遅れ時間は反応容器の圧力が最大値の10%となる時刻から90%となるまでの時間と定義しており、点火遅れ時間が短いことは、点火後の圧力上昇速度が大きく火炎伝播が早く進み、燃焼を促進する状態であることを示している。短パルス放電により蓄積された活性種は、燃料ガスの燃焼を促進するため点火後の圧力上昇速度が大きくなる。圧力上昇曲線において、着火遅れ時間はメタンでは当量比0.6で20%改善(図13),プロパンでは当量比0.65で10%改善(図14)、ガソリンでは当量比0.70で10%改善された(図15)。いずれも火炎伝播の促進効果がある。
【実施例2】
【0055】
燃料と空気を所定量混合し点火、爆発させる内燃機関の模式図を図16および図17に示す(2気筒のみ記載)。パルス発生回路21を各気筒毎に設けたシステムを図16に、パルス発生回路21を一箇所に設け各気筒に配電するシステムを図17に示した。エンジン制御装置82からの点火タイミング信号をパルス発生回路21に導入する。パルス発生回路21によって蓄電池81の直流電力をパルスパワー電力に変換し、イグニッションコイル85に送る。イグニッションコイル85にて放電電圧まで昇圧し、点火プラグ互換電極83の放電を制御する。これらの構成部品の配置模式図を図18および図19に示す。本システムによって立てられた容量性のグローないしストリーマ放電は、誘導性のアーク放電に移行し、着火、火炎伝播、爆発に進む。
【0056】
図16のシステムにおける斜線部であるパルス発生回路21およびイグニッションコイル85、さらに点火プラグ互換電極83の部分を模式的に回路図とした本発明の例が図18である。図18において、エンジン制御装置82から点火信号線105を通して送られた点火タイミング信号をパルス発生回路21にて蓄電池81から給電線106を通して供給される直流電力をパルスパワー電力に変換増幅し、イグニッションコイル85の一次巻線107に供給する。一次巻線には数kVかかっており、これをイグニッションコイルの2次巻線104で取り出すと点火プラグ互換電極83にて放電に必要な電圧に昇圧される。
【0057】
比較のため、前記図17のシステムにおける斜線部分および点火プラグに相当する従来のディストリビュータを使わない集積型点火方式システムを図19に示す。図19において、蓄電池81から給電線116を通して供給される直流電力をエンジン制御装置82から点火信号線105を通して送られる点火タイミング信号により制御してイグニッションコイル85の一次巻線107に供給する。一次巻線には10数Vかかっており、これをイグニッションコイルの2次巻線104で点火プラグ118の放電に必要な電圧に昇圧する。
【0058】
従来の集積型点火装置はリアクトル成分の値が約10[mH]と、mH(ミリヘンリー)のオーダーであり、パルス波形は急峻にすることができない。一方、発明の図2、図3、図16、図17および図18のシステムでは約5[μH]と、μH(マイクロヘンリー)の桁と、従来回路に比較して約3桁も小さい。そのために急峻なパルス波形が得られ、活性種の発生に有効な、アーク放電に移行しない一つ以上の繰り返しパルス・グローあるいはストリーマ放電を安定して得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の点火方法および点火装置は燃焼、爆発が起こる前の燃料/空気混合ガスを予め活性化して火炎伝播を促進することを特徴としており、反応に寄与する活性種を点火前に増加させるというシンプルな原理故に、内燃機関以外にも外燃機関、ガス分解、放電プラズマ、気体レーザー等、化学反応によって引き起こされるさまざまな現象の促進に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図1はアーク放電への移行を抑制する上でパルス幅が小さい方が有利であることを示す非特許文献6に記載されている電界強度とパルス幅の負の相関関係を示した図である。
【図2】図2は本発明の例示的実施形態に係る、原理確認に用いた全体システムを表わす模式図である。
【図3】図3は本発明の例示的実施形態に係る、図2反応容器23の模式図である。
【図4】図4は本発明の例示的実施形態に係る、放電電極形状別最低点火エネルギーのメタン(CH4)−空気混合気の当量比依存性を示している。
【図5】図5は本発明の例示的実施形態に係る、放電電極形状別最低点火エネルギーのプロパン(C3H8)−空気混合気の当量比依存性を示している。
【図6】図6は本発明の例示的実施形態に係る、図3記載の低電圧側および高電圧側双方の放電電極34のロッド構造模式図である。
【図7】図7は本発明の例示的実施形態に係る図3記載の低電圧側放電電極34のメッシュ構造模式図である。
【図8】図8は本発明の例示的実施形態に係る図3記載の低電圧側放電電極34のプレート構造模式図である。
【図9】図9は、本発明の例示的実施形態に係る、容量性グローないしストリーマ放電等から誘導性アーク放電に到るまでの電圧波形データの時間変化である。
【図10】図10は、本発明の例示的実施形態に係る、容量性グローないしストリーマ放電等から誘導性アーク放電に到るまでの電流波形データの時間変化である。
【図11】図11は、本発明の例示的実施形態に係る、メタン(CH4)−空気混合気における点火領域の希薄領域への拡大を示す図である。
【図12】図12は、本発明の例示的実施形態に係る、プロパン(C3H8)−空気混合気における点火領域の希薄領域への拡大を示す図である。
【図13】図13は、本発明の例示的実施形態に係る、メタン(CH4)−空気混合気における点火後の圧力上昇曲線における着火遅れ時間の改善を示す図である。
【図14】図14は、本発明の例示的実施形態に係る、プロパン(C3H8)−空気混合気における点火後の圧力上昇曲線における着火遅れ時間の改善を示す図である。
【図15】図15は、本発明の例示的実施形態に係る、ガソリン−空気混合気における点火後の圧力上昇曲線における着火遅れ時間の改善を示す推定図である。
【図16】図16は本発明の例示的実施形態に係る、実際の内燃機関に適用した各気筒毎にパルス電圧発生回路を積載する方式の全体システムを表わす模式図である。
【図17】図17は本発明の例示的実施形態に係る、実際の内燃機関に適用した共通のパルス電圧発生回路から高圧パルスを分配する方式の全体システムを表わす模式図である。
【図18】図18は本発明の例示的実施形態に係る全体システムを表わす模式図である。
【図19】図19は従来の集積型点火方式の例示的実施形態に係る全体システムを表わす模式図である
【図20】図20は本発明の例示的実施形態に係る投入エネルギーの点火前放電パルス幅依存性を示すグラフである。
【図21】図21は本発明の例示的実施形態に係る、非特許文献J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995)記載の、活性種発生に使われる投入エネルギー転換効率のパルス幅依存性を示すグラフである。
【図22】図22は本発明の例示的実施形態に係る、正味の活性種発生エネルギー効率(=図20の「エネルギー投入効率」と図21の「活性種発生に使われる投入エネルギー転換効率」の積)のパルス幅依存性を示すグラフである。
【図23】図23は本発明の例示的実施形態に係る、エネルギー効率の電圧上昇率(dV/dt)依存性を示すグラフである。
【図24】図24は本発明の例示的実施形態に係る、エネルギー効率の電流上昇率(di/dt)依存性を示すグラフである。
【図25】図25は本発明の例示的実施形態に係る、図1(非特許文献6 J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995))に示される活性種発生エネルギー転換効率のパルス電圧上昇率(dV/dt)依存性を示している。
【図26】図26は本発明の例示的実施形態に係る、図1(非特許文献6J.Lowke,et.al,IEEE Transactions on Plasma Science,23(4),661(1995))に示される活性種発生エネルギー転換効率のパルス電流上昇率(di/dt)依存性を示している。
【図27】図27は本発明の例示的実施形態に係る、活性種を発生させるのに使われる正味のエネルギーと反応器に導入されたエネルギーの積に比例する正味の効率(図23のエネルギー投入効率と図25における活性種転換効率の積)のパルス電圧上昇率(dV/dt)依存性を示すグラフである。
【図28】図28は本発明の例示的実施形態に係る、活性種を発生させるのに使われる正味のエネルギーと反応器に導入されたエネルギーの積に比例する正味の効率(図24のエネルギー投入効率と図26における活性種転換効率の積)のパルス電流上昇率(di/dt)依存性を示すグラフである。
【符号の説明】
21…パルス発生回路 22…パルス信号発生器 23…反応容器
24…高電圧パルス列Pc 31…孔開き板 32…ファン
33…観察窓 34…放電電極 41…ロッド対極プラグ
42…メッシュ電極 43…プレート電極 81…蓄電池
82…エンジン制御装置 83…点火プラグ互換電極 84…ピストン
85…イグニッションコイル 86…気筒 87…シリンダブロック
104…2次巻線 105…点火信号線 106…蓄電池からの給電線
107…1次巻線 118…点火プラグ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
負気圧あるいは正気圧下でパルス放電を1回以上主放電前に立てることを特徴とする複合放電方法および複合放電装置。
【請求項2】
前記主放電前に立てるパルス放電の回数が任意に制御されることを特徴とする請求項1に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項3】
前記主放電前に立てるパルス放電の間隔が任意に制御されることを特徴とする請求項1乃至2に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項4】
前記主放電前に立てるパルス放電がストリーマあるいはグロー放電であることを特徴とする請求項1乃至3に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項5】
前記主放電がアーク放電であることを特徴とする請求項1乃至4に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項6】
前記主放電前に立てるパルス放電がパルス電圧波形の半値幅0.01μs以上かつ1μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項7】
前記主放電前に立てるパルス放電がパルス電圧波形の半値幅0.05μs以上かつ0.5μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至6に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項8】
前記主放電前に立てるパルス放電がパルス電圧波形の半値幅0.1μs以上かつ0.2μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至7に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項9】
前記主放電前に立てるパルス放電において電源からプラズマに変換される電気エネルギー変換率が10%以上あるいはエネルギー反射90%以下となるように、電圧上昇率(dV/dt)が1×108[V/s]以上かつ3×1011[V/s]以下、あるいは電流上昇率(di/dt)が1×106[A/s]以上かつ3×107[A/s]以下であるようなパルス特性によってプラズマが立てられていることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項10】
前記放電方法および放電装置において、点火プラグ互換電極に高圧電力を供給する昇圧コイルの1次側に2次コイルの昇圧比およびリアクトル成分を下げるパルスパワー発生回路を電気的に結合したことを特徴とする請求項1乃至9に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項11】
前記放電方法および放電装置において、可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の点火に適用させ、前記内燃機関外に高電圧パルスを発生するパルス発生回路と、該パルス発生回路が前記内燃機関内で接続され可燃ガスの活性種を生成させる放電電極を有することを特徴とする請求項1乃至10に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項12】
前記放電方法および放電装置において、可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイル毎にパルス電圧発生回路をコイル直近で直結したことを特徴とする請求項1乃至11に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項13】
前記放電方法および放電装置において、可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイルには内燃機関に設置された共通のパルス電圧発生回路から高圧パルスを分配したことを特徴とする請求項1乃至12に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項1】
負気圧あるいは正気圧下でパルス放電を1回以上主放電前に立てることを特徴とする複合放電方法および複合放電装置。
【請求項2】
前記主放電前に立てるパルス放電の回数が任意に制御されることを特徴とする請求項1に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項3】
前記主放電前に立てるパルス放電の間隔が任意に制御されることを特徴とする請求項1乃至2に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項4】
前記主放電前に立てるパルス放電がストリーマあるいはグロー放電であることを特徴とする請求項1乃至3に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項5】
前記主放電がアーク放電であることを特徴とする請求項1乃至4に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項6】
前記主放電前に立てるパルス放電がパルス電圧波形の半値幅0.01μs以上かつ1μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項7】
前記主放電前に立てるパルス放電がパルス電圧波形の半値幅0.05μs以上かつ0.5μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至6に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項8】
前記主放電前に立てるパルス放電がパルス電圧波形の半値幅0.1μs以上かつ0.2μs以下のパルス電界によって立てられていることを特徴とする請求項1乃至7に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項9】
前記主放電前に立てるパルス放電において電源からプラズマに変換される電気エネルギー変換率が10%以上あるいはエネルギー反射90%以下となるように、電圧上昇率(dV/dt)が1×108[V/s]以上かつ3×1011[V/s]以下、あるいは電流上昇率(di/dt)が1×106[A/s]以上かつ3×107[A/s]以下であるようなパルス特性によってプラズマが立てられていることを特徴とする請求項1乃至5に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項10】
前記放電方法および放電装置において、点火プラグ互換電極に高圧電力を供給する昇圧コイルの1次側に2次コイルの昇圧比およびリアクトル成分を下げるパルスパワー発生回路を電気的に結合したことを特徴とする請求項1乃至9に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項11】
前記放電方法および放電装置において、可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の点火に適用させ、前記内燃機関外に高電圧パルスを発生するパルス発生回路と、該パルス発生回路が前記内燃機関内で接続され可燃ガスの活性種を生成させる放電電極を有することを特徴とする請求項1乃至10に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項12】
前記放電方法および放電装置において、可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイル毎にパルス電圧発生回路をコイル直近で直結したことを特徴とする請求項1乃至11に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【請求項13】
前記放電方法および放電装置において、可燃ガスを燃焼、爆発させる内燃機関の気筒内に点火プラグ互換電極および昇圧コイルを配置し、昇圧コイルには内燃機関に設置された共通のパルス電圧発生回路から高圧パルスを分配したことを特徴とする請求項1乃至12に記載の複合放電方法および複合放電装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【公開番号】特開2009−47149(P2009−47149A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−238502(P2007−238502)
【出願日】平成19年8月19日(2007.8.19)
【出願人】(000247270)有限会社ハマ.コーポレイション (4)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年8月19日(2007.8.19)
【出願人】(000247270)有限会社ハマ.コーポレイション (4)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
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