説明

複合誘電体及びこれを用いたファントムモデル

【目的】 少量でも生体と同等の誘電特性を実現させる。
【構成】 本発明に係る複合誘電体は、高分子誘電体に炭素繊維を分散してなるものである。前記高分子誘電体としては、ゴムが好ましくは、シリコーンゴムであればさらに好ましい。前記炭素繊維としては、誘電率又は導電率の少なくとも一方が異なる二種類以上の炭素繊維を混合したものが好ましく、繊維長が長く導電率が高い第一の炭素繊維と、繊維長が短く導電率が低い第二の炭素繊維とを混合したものであればさらに好ましい。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、異なる材料により誘電体を構成した複合誘電体、及び、この複合誘電体を用いて生体の誘電特性を実現したファントムモデルに関する。
【0002】
【従来の技術】ファントムモデルは、生体電磁環境,マイクロ波ハイパーサーミア等の分野において、生体が電磁波に照射されたときの、生体による散乱・吸収量を実験的に求めるためのものである。したがって、ファントムモデルには、生体と同等の誘電特性が要求される。
【0003】従来のファントムモデルの多くは、塩水を含む寒天を主成分としたもの(以下「第一従来例」という)であった。これは、生体が塩水の誘電特性に近いことを利用したものである。この第一従来例には、■時間とともに水が分離してくるため電気的な特性が変化しやすい、■細菌,カビ等が繁殖しやすい、■容器が必要であるため取扱いに不便である、等の問題があった。これに対して、合成樹脂に炭素粉末及びセラミックス粉末を分散させた複合誘電体からなるもの(以下「第二従来例」という)が知られている(例えば、特開平4-114631号公報等)。これは、炭素粉末によって導電率を、セラミックス粉末によって誘電率を持たせて、生体に近い誘電特性を得ようとするものである。この第二従来例によれば、水分を含む寒天を用いないので、前述の第一従来例の問題が解消される。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、第二従来例には、次のような別の問題があった。■生体と同等の誘電特性を得るためには、炭素粉末及びセラミックス粉末の割合を多くする必要がある。そのため、合成樹脂の割合が少なくなることにより、いわゆるボソボソの状態となり、形状を保てない場合がある。例えば、炭素粉末の混合体積比が40vol.%以上なければ、ファントムモデルに要求される特性を十分に実現できない。■合成樹脂を用いるため、高温・高圧を要する成形機(例えば射出成形機,押出成形機)等が必要となる。そのため、製造工程が複雑化するとともに、製造コストも高くついていた。■合成樹脂は落下等により破損しやすい。
【0005】
【発明の目的】そこで、本発明の目的は、少量でも生体と同等の誘電特性を実現でき、かつ製造が容易であり、しかも破損しにくい、複合誘電体及びこれを用いたファントムモデルを提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者は、前記目的を達成するために、各種の材料を用いて複合誘電体を試作したところ、ある特定の材料について顕著な効果が認められた。本発明は、この結果に基づきなされたものである。
【0007】すなわち、本発明に係る複合誘電体は、高分子誘電体に炭素繊維を分散してなるものである。前記高分子誘電体としては、ゴムが好ましくは、シリコーンゴムであればさらに好ましい。前記炭素繊維としては、誘電率又は導電率の少なくとも一方が異なる二種類以上の炭素繊維を混合したものが好ましく、繊維長が長く導電率が高い第一の炭素繊維と、繊維長が短く導電率が低い第二の炭素繊維とを混合したものであればさらに好ましい。
【0008】本発明に係るファントムモデルは、本発明に係る複合誘電体を用いて人体の全部又は一部を形成してなるものである。
【0009】
【作用】炭素繊維は、高分子誘電体に対する混合比が少なくても生体の誘電特性が得られる。その理由については、現在不明な点もあるが、一本の炭素繊維自身が高等価誘電率,高損失の複素誘電率を有するためであると考えられる。例えば、混合体積比が6vol.%以下で、ファントムモデルに要求される特性を十分に実現できる。
【0010】次に、炭素繊維として、繊維長が長く導電率が高い第一の炭素繊維と、繊維長が短く導電率が低い第二の炭素繊維とを混合したものを用いた場合の作用について説明する。高周波において、複素誘電率の虚部(誘電損率)のみを効率よく上昇させるためには、(すなわち、より少ない炭素繊維の含有量に対して誘電損率を上昇させるためには)、導電率が高く繊維長が長いものが実験的に有効である。もし、導電率が高く繊維長が短いものの混合比を増加させると、誘電損率及び誘電率がともに上昇してしまう。炭素繊維の混合とともに簡単に誘電損率が上がりそうであるが、実際には誘電損率をカーボンの量のみで上げることは、多くの量を必要とするため困難である。そこで、より誘電損率が上昇しやすいように繊維長を長くしたのである。これに対して誘電率は、繊維長が短いものの含有率を増やした方がより上昇する。これは、人工誘電体等において少量の混合物で誘電率が大きく変化することからも明らかなことである。
【0011】生体のモデルで特に筋肉等の高含水率媒質の場合は、誘電率と誘電損率がほぼ一対一(VHF,UHF帯において)である。この特性は、液体であれば簡単に実現できるが、固体材料は誘電損率が非常に大きいため、固体で実現することは難しい。ところが、繊維長が長く導電率が高い第一の炭素繊維と、繊維長が短く導電率が低い第二の炭素繊維とを混合したものを用いると、このような特性も容易に実現できるのである。
【0012】
【実施例】本発明に係る誘電複合体の製造方法について説明する。
【0013】炭素繊維は、A,Bの二種類を用いた。炭素繊維Aは、繊維長3.0mm ,繊維径9μm,直流比抵抗1.5 ×10-3Ω・cmである。炭素繊維Bは、繊維長0.7mm ,繊維径13μm,直流比抵抗1.0 ×10-6Ω・cmである。
【0014】シリコーンゴムは、信越化学株式会社製「KE-1308 」である。硬化剤は、信越化学株式会社製「Cat1300-L4」,「Cat1300-L3」,「Cat1300 」の三種類を用いた。
【0015】まず、炭素繊維,シリコーンゴム及び硬化剤をそれぞれ計量した後、混合する。シリコーンゴムと硬化剤との重量比は100 :6としたが、シリコーンゴムと炭素繊維との重量比はいろいろに変化させた。混合方法としては例えば、炭素繊維,シリコーンゴム及び硬化剤を容器に入れて撹拌棒でかき回す等の簡単な方法でも、炭素繊維はシリコーンゴム内に均一に分散する。続いて、混合したものを例えば真空ポンプによって脱泡する。シリコーンゴムは一般の合成樹脂に比べて気泡を含みにくいので、脱泡も容易である。最後に、脱泡したものを型に流し込み、硬化させる。型は、成形のような高圧・高温を要しないので、簡単なものでよい。また、シリコーンゴムは室温でも硬化するので、硬化方法も容易である。
【0016】次に、本発明に係る誘電複合体の誘電特性について説明する。
【0017】図1は、炭素繊維Aのシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフである。図2は、炭素繊維Bのシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフである。図1及び図2から、炭素繊維Aは媒質の導電率を高めるのに適しており、炭素繊維Bは媒質の誘電率を高めるのに適していることがわかる。
【0018】図3及び図4は炭素繊維A,Bのシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフであり、図3が430MHzであり、図4が2450MHz である。図1及び図2の関係に基づき、炭素繊維Aと炭素繊維Bとを組み合わせると、図3及び図4に示すような種々の誘電特性が得られる。
【0019】また、三種類の硬化剤「Cat1300-L4」,「Cat1300-L3」,「Cat1300 」ごとのシリコーンゴムの硬さは、それぞれJIS-A で0,7,15、アスカ-Cで5,25,35 であった。このように、硬化剤の種類・量を選択することにより、多種多様な柔軟性を有する複合誘電体を形成できる。
【0020】次に、本発明に係る複合誘電体を用いたファントムモデルについて説明する。
【0021】UHF帯(300MHz〜3000MHz )におけるファントムモデルに要求される誘電特性を有する複合誘電体は、図3の結果から次のものが該当する。筋肉等価ファントムモデル(高含水率媒質)用としては、炭素繊維A,Bがそれぞれ3wt%,2wt%のものである。脂肪等価ファントムモデル(低含水率媒質)用としては、炭素繊維A,Bがそれぞれ0.5 wt%,0.5 wt%のものである。
【0022】図5は、炭素繊維A,Bが3wt%,2wt%の複合誘電体を用いた筋肉等価ファントムモデルの誘電特性を示すグラフである。
【0023】図5における筋肉の値は、「M.A.Stuchly and S.S.Stuchly,^Dielectric properties of biological substances - Tabulated",J.Microwave Power,15,1,pp.19-26,1989.」によるものである。このように、本実施例の筋肉等価ファントムモデルの誘電特性は、実際の筋肉とかなり良く一致した。また、図5に示す筋肉の誘電特性は、炭素繊維A,Bが例えば2〜3wt%,1〜4wt%の範囲であれば十分に実現できる。さらに、脂肪の誘電特性(図示せず)は、炭素繊維A,Bが例えば0.2 〜0.5 wt%,0〜0.5 wt%の範囲であれば十分に実現できる。
【0024】なお、本発明は、いうまでもなく、上記実施例に限定されるものではない。例えば、高分子誘電体としては、合成樹脂,パラフィン,ゴム等でもよい。ゴムは、合成ゴムが好ましいが、天然ゴムでもよい。合成ゴムとしては、シリコーンゴムの他に、例えばニトリル系ゴム,フッ素ゴム等が好ましい。
【0025】また、本発明に係る複合誘電体は、ファントムモデルのみならず、電波吸収体等への適用も可能である。
【0026】
【発明の効果】請求項1記載の複合誘電体によれば、高分子誘電体に炭素繊維を分散してなるものとしたので、少量の炭素繊維でも生体に近い誘電特性を得ることができる。
【0027】請求項2記載の複合誘電体によれば、高分子誘電体をゴムとしたので、柔軟性を付与できることにより、落下等に対しても破損しにくく、取扱性及び製品寿命を向上できる。
【0028】請求項3記載の複合誘電体によれば、高分子誘電体をシリコーンゴムとしたので、成形機等を必要とせずに注型法で製造できることにより、製造工程を簡略化できるとともに、製造コストも低減できる。
【0029】請求項4記載の複合誘電体によれば、誘電率又は導電率の少なくとも一方が異なる二種類以上の炭素繊維を混合して用いたので、これらの炭素繊維の組み合わせにより幅広い誘電特性を得ることができる。
【0030】請求項5記載の複合誘電体によれば、繊維長が長く導電率が高い第一の炭素繊維と、繊維長が短く導電率が低い第二の炭素繊維とを混合して用いたので、誘電損率のみを少量で増大でき、筋肉等の高含水率媒質の誘電特性を容易に実現できる。
【0031】請求項6記載のファントムモデルによれば、本発明に係る複合誘電体を用いたことにより、極めて幅広い誘電特性を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る複合誘電体における、第一の炭素繊維のシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフである。
【図2】本発明に係る複合誘電体における、第二の炭素繊維のシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフである。
【図3】本発明に係る複合誘電体における、第一及び第二の炭素繊維のシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフである。
【図4】本発明に係る複合誘電体における、第一及び第二の炭素繊維のシリコーンゴムに対する重量比と複素比誘電率との関係を示すグラフである。
【図5】本発明に係るファントムモデルにおける誘電特性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 高分子誘電体に炭素繊維を分散してなる複合誘電体。
【請求項2】 前記高分子誘電体がゴムである請求項1記載の複合誘電体。
【請求項3】 前記高分子誘電体がシリコーンゴムである請求項1記載の複合誘電体。
【請求項4】 前記炭素繊維は、誘電率又は導電率の少なくとも一方が異なる二種類以上の炭素繊維を混合したものである請求項1記載の複合誘電体。
【請求項5】 前記炭素繊維は、繊維長が長く導電率が高い第一の炭素繊維と、繊維長が短く導電率が低い第二の炭素繊維とを混合したものである請求項1記載の複合誘電体。
【請求項6】 請求項1,2,3,4又は5記載の複合誘電体を用いて人体の全部又は一部を形成してなるファントムモデル。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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