説明

複合酸化物ナノ粒子黒色顔料およびその製造方法

【課題】複合酸化物から成る組成を有し、高い漆黒性を発揮できる数nm〜数十nmのナノオーダーの寸法を安定して確保した黒色顔料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】Cu−Mn−Fe−O系の複合酸化物のナノ粒子から成る黒色顔料であって、Cu:Mn:Feのモル比が1:1:0.6または1:1:0.3である複合酸化物ナノ粒子黒色顔料。この複合酸化物ナノ粒子黒色顔料を製造する方法は、Cu、Mn、Feの各金属塩をCu:Mn:Feのモル比が1:1:0.6または1:1:0.3となる配合比で含む水溶液を原料として、超臨界水熱プロセスにより上記複合酸化物のナノ粒子を生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合酸化物ナノ粒子黒色顔料およびその製造方法に関し、特に超臨界水熱プロセスにより製造した数nm〜数十nmのサイズの複合酸化物ナノ粒子黒色顔料および超臨界水熱プロセスを用いたその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工業製品の外観にとって色調は非常に重要である。種々の視覚効果を狙って多種多様な色調の外観塗装が行なわれる。黒色は、透明性の高い深みのある色調すなわち高い漆黒性が重要である。それには、可視光の全波長範囲に亘って光の散乱を極力少なくする必要がある。塗装膜による光の散乱は主として顔料粒子の表面で起きるため、散乱を抑制し漆黒性を高めるには顔料粒子の微粒化が極めて有効である。
【0003】
黒鉛はカーボンブラックとして広く用いられている黒色顔料であるが、素材を焼成により脆化させた後に挽き砕くことにより顔料粒子としており、微細化は数μm程度までが限界であるため、漆黒性を大幅に高めることは期待できない。
【0004】
黒色を発現する材料として、酸化マンガンや酸化鉄が考えられるが、それらの単体では漆黒性が不十分であった。
【0005】
これら単体酸化物よりも高い漆黒性が得られる黒色顔料として、複合酸化物から成る黒色顔料が提案されている。
【0006】
特許文献1(特開2002−309123号公報)には、Cu/(Mn+Fe)のモル比が0.9/2.0〜1.1/2.0であり、Mn/Feのモル比が10/1〜20/1であるCu−Mn−Fe−O系の複合酸化物から成る黒色顔料が開示されている。この黒色顔料の製造は、Cu、Mn、Feの各塩を上記の各モル比となるように水に溶解させた混合液に、沈殿剤としてアルカリ溶液を過剰に加えて共沈物を生成させ、これを生成時または生成後に液相中で酸化処理し、微粒子顔料の前駆体を生成させた後に、水洗、濾過および乾燥後、焼成することにより行なわれる。
【0007】
特許文献2には、Cu−Mn−Fe−O系の複合酸化物から成る黒色顔料が開示されている。成分元素のモル比として、Cu/Mn≒1/2、Fe/Mn=3/7以下が適当とされている。この黒色顔料の製造は、各成分金属の塩を水中で溶解して混合塩溶液とし、これを水性媒体中でアルカリ剤によって中和して混合析出せしめ、この析出物を析出時または析出後に液相中で酸化処理し、得られた析出物を、濾過、水洗、乾燥後、焼成することにより行なう。
【0008】
しかし、特許文献1、2の製造方法で生成する粒子は、水溶液中で析出および酸化処理した段階では微粒子の状態であっても、その後の濾過、水洗、乾燥、焼成を経る過程で凝集粗大化し易く、粗大化防止にはこの過程全体に亘って多数の処理パラメータを全て精密に制御することが必要であるため、実際上は数nm〜数十nmのナノオーダーの粒子サイズを安定して確保することが困難であり、黒色顔料として高い漆黒性を得るには限界があった。
【0009】
特許文献3には、超臨界水熱プロセスにより、ベーマイト(Al・HO)、αFe、Fe、Co、NiOといった単体の金属酸化物粒子を生成する方法が開示されている。これらは、黒色顔料として適した組成ではないし、粒径が数十nm〜数百nmあるいはそれ以上である。漆黒性の高い黒色顔料については何ら示唆がない。
【0010】
【特許文献1】特開2002−309123号公報
【特許文献2】特開平9−25126号公報
【特許文献3】特開平4−50105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、複合酸化物から成る組成を有し、高い漆黒性を発揮できる数nm〜数十nmのナノオーダーの寸法を安定して確保した黒色顔料およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明の複合酸化物ナノ粒子黒色顔料は、Cu−Mn−Fe−O系の複合酸化物のナノ粒子から成る黒色顔料であって、Cu:Mn:Feのモル比が1:1:0.6または1:1:0.3であることを特徴とする。
【0013】
更に、上記の目的を達成するために、本発明の複合酸化物ナノ粒子黒色顔料を製造する方法は、Cu、Mn、Feの各金属塩をCu:Mn:Feのモル比が1:1:0.6または1:1:0.3となる配合比で含む水溶液を原料として、超臨界水熱プロセスにより上記複合酸化物のナノ粒子を生成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の複合酸化物ナノ粒子黒色顔料は、規定のモル比を備えたCu−Mn−Fe−O系の複合酸化物である組成と、数nm〜数十nmのナノオーダーの寸法により、高い漆黒性を発揮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、水の超臨界条件下で反応させることにより、水の解離を顕著に進行させ金属塩の水溶液に対して強い酸として作用させることで、金属塩の加水分解反応や複分解反応を促進させることができる。更に、水の超臨界条件下で起きるイオン積、誘電率、拡散速度、熱伝導等の流体物性の変化を利用して、反応経路や反応速度を制御することにより金属複合酸化物粒子の形状・寸法を容易に制御できる。加えて、水の超臨界条件下では、気相よりも熱伝導率が高く、液相よりも拡散係数が大きいため、反応器内の広い範囲の反応条件を分子レベルまで均一化でき、温度勾配、圧力勾配、濃度分布に起因する粒子径や粒子形状のバラツキを極小化できる。
【0016】
本発明の超臨界水熱プロセスは、反応温度350℃〜800℃、圧力15MPa以上で行なうことが望ましい。
【0017】
本発明の金属酸化物ナノ粒子黒色顔料の原料として用いるCu、Mn、Feの各金属塩としては、硫酸塩、硝酸塩、酢酸塩等を用いることができる。
【実施例】
【0018】
本発明によりCu−Mn−Fe−O系複合金属酸化物ナノ粒子黒色顔料を以下の手順および条件で製造した。
【0019】
【表1】

【0020】
表1に示すCu:Mn:Feのモル比となるように配合し、アルカリ性物質としての過剰量の水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムの存在下で水溶液とし、超臨界水熱プロセスに供した。原料配合欄のモル比は、表1下の欄外にも略記したように、出発原料である各金属塩の配合割合によって表1中の各値に調整した。
【0021】
具体的には、まず、出発原料の金属塩として、Mn(II)(NO)・6HO、Fe(II)SO・7HO、Cu(II)(NO)・3HOを準備し、水を添加してそれぞれの水溶液として、所定のモル比となるようそれらの水溶液を混合した。例えば、Mn:Fe:Cu=1:0.3:1のモル比の0.1M混合溶液を100mL作製するためには、Mn、Cuはそれぞれ0.01molであり、Feは0.003molである。次に過剰量のNaOH水溶液を前記の混合溶液に添加し、水酸化物の前駆体を生成させた。水酸化物の組成はMn(OH)、Fe(OH)、Cu(OH)なので、これらの水酸化物を生成させるためには0.046モルのNaOHでよいが、完全に水酸化物を生成させるため0.06モル分過剰に加えた。その後この混合水溶液をマグネチックスターラーで2時間混合し、遠心分離機で残ったNaOHを取り除き、0.1Mの溶液100mLとなるように適量の水を加えた。なお、本実施例ではFe(II)SO・7HOを用いたが、Fe(III)(NO・9HOでもよい。この場合、水酸化物はFe(OH)となる。これにより得られた前駆体としての水酸化物の混合溶液を超臨界状態で反応させることにより、目的の顔料を合成した。
【0022】
表1には、合成条件として反応温度および反応圧力も示した。なお、表1に示したサンプルのうち比較1は純然たる比較材であり、本発明の必須成分のうちCuとMnのみを含み、Feは含まない組成である。
【0023】
図1に、超臨界水熱プロセスに用いた市販の流通式水熱反応装置(反応後の反応溶液に排出途中で分散剤を加える連続式装置)を示す。
【0024】
水槽11から蒸留水を供給管17を通してポンプP1で反応圧力に加圧した後、加熱器13で反応温度に加熱し、バルブ20を介し供給管19を通して反応室14内に供給し、水の超臨界条件を生起させる。
【0025】
一方、液槽12からは表1に示した原料液を供給管18を通してポンプP2で反応圧力に加圧した後、バルブ20を介し供給管19を通して、水の超臨界条件が生起されている反応室14内に供給して、水熱反応を行なわせる。
【0026】
反応後の水溶液は排出管22から濾過器21で濾過され、分散剤供給装置15で分散剤を添加されて外部へ排出され、図示しない回収容器に回収される。
【0027】
表1に、上記の超臨界水熱プロセスにより生成した粒子の酸化物組成、形状、粒径、色、分散状態をまとめて示す。本発明および比較のサンプル全てについて分散状態は良好であった。
【0028】
得られた粒子のうち、本発明の必須成分であるCu、Mn、Feの3成分を全て含み、Cu:Mn:Feのモル比が本発明の規定値である1:1:0.3または1:1:0.6である本発明1、2、3のサンプルは、目視判定により透明で深みのある暗黒色を呈しており、良好な漆黒性が得られた。X線回折により同定した酸化物組成は、CuMnFeOの3元複合酸化物を主体とし、少量のCuO単体酸化物を含んでいた。SEM観察による粒子形状はいずれも球状であった。ガス吸着法により求めた粒径は、本発明1のサンプルが15〜50nmとやや大きいが、本発明2、3のサンプルはいずれも2〜4nmであり、3サンプルともに数nm〜数十nmのナノオーダーの微粒子であった。
【0029】
これに対して、モル比が本発明の規定値を外れている比較1〜8のサンプルはいずれも、目視判定の結果、本発明による暗黒色が得られず漆黒性が劣る。
【0030】
各比較サンプルについて、エックス線回折により同定した酸化物組成は、比較2〜7はいずれも、CuMnFeOの3元複合酸化物を主体とし、少量のCuO単体酸化物を含んでいた。比較1は、本発明の必須3成分のうちCu、Mnのみを含みFeを含まない原料液を用いたため、CuMnの2元複合酸化物を主体とし、少量のCu−O単体酸化物である。比較8は、本発明の必須3成分を全て含むがモル比が本発明の規定値から外れており、特にMnのモル比が高いため、CuMnFeOの3元複合酸化物を主体とし、少量のCuO単体酸化物と少量のMnO単体酸化物を含んでいた。
【0031】
各比較サンプルのうち、比較1は本発明が必須とする酸化物構成金属3元素のうちFeが欠けた組成であるため、漆黒性の高い暗黒色が得られない。
【0032】
比較2は酸化物構成金属であるのモル比が本発明の規定値を外れており、粒子形状が球状でなく、粒径が大きいため、漆黒性の高い暗黒色が得られない。
【0033】
比較3〜8は、本発明が必須とする酸化物構成金属3元素を全て含むが、そのモル比が本発明の規定値を外れるため、漆黒性の高い暗黒色が得られない。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、複合酸化物から成る組成を有し、高い漆黒性を発揮できる数nm〜数十nmのナノオーダーの寸法を安定して確保した黒色顔料およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の超臨界水熱プロセスを行なうための流通式水熱反応装置の構成図。
【符号の説明】
【0036】
11 水槽
12 液槽
13 加熱器
14 反応室
15 分散剤供給装置
17 供給管
18 供給管
19 供給管
20 バルブ
21 濾過器
22 排出管
P1 ポンプ
P2 ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu−Mn−Fe−O系の複合酸化物のナノ粒子から成る黒色顔料であって、Cu:Mn:Feのモル比が1:1:0.6または1:1:0.3であることを特徴とする複合酸化物ナノ粒子黒色顔料。
【請求項2】
請求項1記載の複合酸化物ナノ粒子黒色顔料を製造する方法であって、
Cu、Mn、Feの各金属塩をCu:Mn:Feのモル比が1:1:0.6または1:1:0.3となる配合比で含む水溶液を原料として、超臨界水熱プロセスにより上記複合酸化物のナノ粒子を生成することを特徴とする複合酸化物ナノ粒子黒色顔料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−190952(P2009−190952A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36122(P2008−36122)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】