説明

複数種類の香りの発生方法及び発生装置

【課題】複数種類の香りを同時に強弱を感知させる動的な演出を可能とする香り発生方法を提供すること。
【解決手段】複数種類の香料を微小時間、香料毎に所定のパルス間隔で別々にパルス射出する複数種類の香料の香り発生方法において、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量よりも、後に射出する香料の単位時間当たりの射出量を多くする。
前記後に射出する香料の単位時間当たりの射出量は、前記先に射出する香料の単位時間当たりの射出量の4倍とするのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種類の香りを同時に異なる強さで感知させることができる、複数種類の香りの発生方法及び香り発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、花や薬草の香り成分(香料)を用いて、神経の鎮静やストレスの軽減を図り心身の健康を維持改善させるアロマテラピと呼ばれる療法が広く知られるようになってきた。
【0003】
これまで、香りの提示は、連続的に行われることが多く、人に対して香りを連続的に発生させて感受させる場合、嗅覚細胞(神経)の活動が低下して香りを感じなくなる、嗅覚順応の問題が生じる。また、連続的に行われる香料の提示の場合、一旦、提示を中断しても、通常、直ちに香りが消滅することはなく、しばらくの間、空間に香料が残留する残り香の影響の問題が生じる。
【0004】
さらに、最近では、三次元音響や立体映像技術の発達と共に、臨場感を与える環境提供のニーズが高まっている中で、より一層の臨場感を提供する手段として、音響や映像の変化に対応する嗅覚情報の呈示が注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−061937号公報
【特許文献2】特開2009−082273号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】大津香織・門脇亜美・佐藤淳太・坂内祐一・岡田謙一、「呼吸に同期させた香りのパルス射出提示手法」、情報処理学会研究報告、 Vol.2008、 No.7、pp.77-84、 (2008.1.24)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
臨場感のある香りの提示として、香りを連続的あるいは断続的に提示するこれまでの方法では、上述した嗅覚順応の問題や残り香の問題があることから、時間に伴って変化する映像や音声の動きに併せて香りを提示することはできなかった。また、流動する空気流に、香料をパルス状で射出することにより、嗅覚順応の問題が解決しうることは、特許文献1、2あるいは非特許文献1により知られている。しかしながら、この方法は、通常、1種類の香りを視聴者に感じさせるものである。また、二つの香料を微小時間、別々に射出して2種類の香料を認知する方法も公知である(特許文献1)が、この方法は単に、2種類の香料を認知する方法を提示したに過ぎず、映像メディアなどと組み合わせて、複数種類の香りを同時に強弱を感知させる動的な演出をすることはできなかった。
【0008】
本発明はこのような課題を解決して、複数種類の香りを同時に異なる強さで感知させることのできる香り発生方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決する複数種類の香料の香り発生方法は、流動する空気中に複数種類の香料を微小時間、香料毎に所定のパルス間隔で別々にパルス射出する複数種類の香料の香り発生方法において、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量よりも、後に射出する香料の単位時間当たりの射出量を多くすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、複数種類の香りを(ほぼ)同時に異なる強さで感知させることができるので、映像メディアとの組み合わせ等において、複数種類の香料の強弱関係を演出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の香り発生方法を示す概念図。
【図2】呼吸センサを使用する香り提供方法を示す概念図。
【図3】本発明の香り発生方法を実施する際に用いられるバブルジェット(登録商標)方式のヘッドの動作概念図。
【図4】本発明の香り発生方法を実施するための香料をパルス射出するヘッドの概念図。
【図5】本発明の香り発生方法を実施する装置の一例を示す図(一部破断図)。
【図6】図5に示す装置の、射出ヘッド20及び風洞43を含むA―A断面図。
【図7】図6において、矢印B方向から見た射出ヘッドの吐出口配列の拡大図。
【図8】射出レベルに対する各香料の射出量。
【図9】2種類の香りの強弱を感受させるパルス射出パターン。
【図10】2種類の香りの強弱の感受に関する質問票。
【図11】図9の2種類の香料共、パルス射出したパターンの場合の、平均点、標準偏差及び認知率の値。
【図12】図9の2種類の香料を、ベース香と単パルス射出したパターンの場合の平均点、標準偏差及び認知率の値。
【図13】連続呼吸中に2種類の香料を射出するパターン。
【図14】図13の連続呼吸中に2種類の香料を射出するパターンの場合の、平均点、標準偏差及び認知率の値。
【図15】連続呼吸中に2種類の香料を射出するパターンにおいて、先に射出する香料の射出回数を、後の射出する香料の射出回数に対して、一回置きにする射出パターン。
【図16】図15の射出パターンの場合の、平均点、標準偏差及び認知率の値。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の複数種類の香りを同時(ほぼ同時)に異なる強さで感知させることができる香り発生方法及び装置について、図面を参照しながら、詳細に説明する。
【0013】
図1は、香料を微小時間、香料毎に所定のパルス間隔でパルス射出する方法を示す概要図である。図1において、10は香り発生デバイス(装置)、11は香り発生デバイスからユーザーに提供される香り、12は香料が微小時間、流動する空気中に射出される幅(パルス幅)を示し、13はパルス間隔、14は香料のパルス射出を示す。
【0014】
本発明においては、香料を空気中にパルス状に射出する場合、空気を流動させる必要がある。空気が静止している状態の中に香料をパルス状に射出すると、香料の空気中での拡散速度は遅く、また通常の使用状態では、層流状態で拡散することはなく、何らかの原因で空気が攪乱され乱流となるので、嗅覚器官に達するときは、香りを連続的に発生させて感受させる方法と実質同じ結果となってしまうためである。空気の流動速度に特に制約は無いが、香りは嗅覚器官で感じるから、通常、肌に心地よいと言われるそよ風(0.8m/秒)程度から2.0m/秒程度が好ましい。風速を大きくしすぎると、香りが攪乱され、空気中に混合されるために、パルス状に射出する効果は失われてしまう。
【0015】
空気としては自然状態の大気が用いられるが、本発明を用いる状況などによっては、例えば、酸素濃度を高めた空気でも良い。また、空気の湿度や温度を調整しても良い。
【0016】
パルス幅(射出時間)は、流動空気の流速及びパルス間隔とも関係するが、0.01〜0.5秒が好ましい。0.01秒未満だと、香料の射出量が少なく、香りを感じない場合もある。また、0.5秒を超えても香りの感受に与える影響は少ないので、香料が無駄になる可能性がある。
【0017】
パルス間隔(射出間隔)は、人間の呼吸に依存する。
【0018】
人間の呼吸において、香りを嗅覚で感じるのは、空気を吸い込む時(吸気時)である。吸気時に香りを嗅覚で感じさせるためには、吸気中に香りのパルスを発生させるようにする必要があるが、そのようなパルスの間隔を設定する方法として、二つの方法がある。
【0019】
一つは、図2に示すように、人の呼吸をセンシングするためのセンサ15を用いて息を吸う吸気のタイミングを検知し、吸気時に香りパルス14を発生させて香りを感受させる方法である。
【0020】
この方法では、呼吸をセンシングするための呼吸センサを用いて、吸気のタイミングを検知して、香りを発生させるので、香料を効果的に用いることが可能となる。
【0021】
もう一つの方法は、このような吸気のタイミングを検知する手段を用いずに、一定のタイミングで香りのパルス射出を行う方法である。
【0022】
人間の呼吸は、健常者の安静時の平均呼吸サイクルは5秒であるから、5秒間隔で吸気時に感知できるように香りのパルス射出を行うと、呼吸センサを用いなくても、香りを感受することができることになる。ただし、健常者の安静時における単位時間当たりの呼吸の回数にも、個人差があるので、香りのパルス射出を行う間隔を調整できる調整手段を設けて、自分の呼吸のタイミングにあった間隔に調整するのが好ましい。また、そのような調整手段を備えていると、健常者の安静時以外にも利用することが可能となる。
【0023】
複数種類の香りを同時(ほぼ同時)に、当該複数の種類の香りを、混合された香りではなく、個々の香りとして感受させるためには、一回の吸気期間中に、複数種類の香料を香料毎に所定のパルス間隔をおいて、別々にパルス射出する必要がある。健常者の安静時における呼吸における吸気と呼気の比率は1:1.5であるから、呼吸に占める吸気の平均時間は2秒となる。吸気において、香りを感じる区間は、吸気の開始から終わりのうちの開始から三分の二の区間であるから、その時間は1.33秒となる。このため、健常者の安静時において、吸気の期間に感受できる香料の種類は、2種類が好ましく、例えば、3種類の香料を、1.3秒の間に別々にパルス射出しても、3種類の香りを感受するのは難しい。
【0024】
しかし、ゆっくりと大きく呼吸をするいわゆる深呼吸の場合は、呼吸サイクルは10秒前後の長さとなり、吸気において香りを感じる区間も長くなるので、3種類以上の香料を感受することが可能となる。
【0025】
以下においては、健常者の安静時の呼吸に適している、2種類の香料の場合を例に取って、説明する。
【0026】
健常者の安静時における単位時間当たりの呼吸の回数は、多少の個人差があるので、2種類の香料を別々にパルス射出する場合、前のパルス射出と後のパルス射出との間隔は、0.8〜1.4秒の範囲で調整可能とするのが好ましい。
更に、本方法は、健常者の安静時以外にも利用することができ、その場合は、例えば早い呼吸でも対応可能なように、0.6~1.4秒の範囲で調整可能とするのが好ましい。
【0027】
なお、2種類の香料のパルス射出を所定の間隔で繰り返す回数は、香料の種類や使用状況に応じて、当業者が自由に設定できるものであるが、使用目的によっては、前後のパルス射出を1回のみとすることも可能である。
【0028】
本発明を実施する装置としては、空気を流動させる手段と香料をパルス射出できるものであればどのようなタイプのデバイスでも実施可能である。
【0029】
空気を流動させる手段としては、構造が簡単で操作が容易な送風機(ファン)が好ましいが、吸引装置など他の手段で空気を流動させてもよい。静寂な環境での使用が求められる場合は、送風機から発生する音はできるだけ小さいものが好ましい。
【0030】
香料をパルス射出させる手段としては、インクジェットプリンタで用いられているオンデマンド方式のバブルジェット(登録商標)方式のヘッドが好ましい。このバブルジェット(登録商標)方式のヘッドは図3に示すように、香料をヘッドユニット20a内の香料室21に導き、ヘッド壁面のヒータ22を加熱して(23はヒータ加熱動作を表す)ヘッド内の香料を沸騰させて気泡(バブル)24を発生させ、気泡の生成により生じるヘッド内の圧力の急上昇を利用して、香料を液滴25の状態で空気中に吐出(射出)するものである。吐出される香料の液滴は極めて微細なため、100%気化する。このバブルジェット(登録商標)方式のヘッドは、吐出される香料の量を数ピコリットル単位で制御することができるので、吐出される香料の量を調整することにより、容易に香りの濃度を調節することができる。また、パルス間隔も0.1秒の単位で調整できるので、制御が容易となる。
【0031】
なお、香料を吐出させる手段としては、加熱手段に代えて、圧電素子を用いたインクジェットヘッドを用いても良い。
【0032】
また、インクジェット手段以外の香料を流動する空気中に噴霧する手段であって、本発明のパルス射出が可能であれば、どのような手段でも本発明を実施することができる。
【0033】
図4は、本発明を実施するのに好適な香りパルス射出用ヘッド20の一例を示す(なお、図4において、一番右側の液路は、液路を構成している仕切りが外されてヒータ22が露出している状態を示している)。28は香料タンクで香料は液路27を通る際にヒータ22に加熱されて、吐出口26から液滴25となって外部に射出される。吐出ヘッド20bの内部にある液路27は複数設けられており、また、各液路27にそれぞれヒータ22が設けられ、各液路毎にパルス射出のためのオンオフ制御をすることが可能となっている。各吐出口26は同じ大きさの口径を有している。ヒータ22の電気を供給するスイッチ(図示せず)がオンされると、香料は吐出口より吐出されるので、例えば、2つの液路のヒータを同時にオンすると、2つの吐出口から香料が吐出する。また、4つの液路のヒータを同時にオンすると、4つの吐出口から香料が吐出する。このように、各液路のヒータのうちいくつのヒータをオンするかにより、流動する空気中への香料の射出量を調整することができる。即ち、同時にオンにするヒータの数を調整することにより、1回のパルスで流動する空気中に射出する香料の量を増加あるいは減少させること可能となる。
【0034】
図5は、本発明を実施する装置(実験装置)50の一例を示し、20は香り射出用ヘッド、40は送風機(ファン)で、風速は0.8〜2.0m/秒の範囲で0.1m/秒の単位で調整可能であり、42は香り吐出口である。43は風洞で、送風機40から送風された流動空気中に、香りパルス射出用ヘッド20より香料がパルス射出されて微細な液滴となって(噴霧されて)混入され、香り吐出口42より吐出される。60は制御装置で、香り射出用ヘッドから射出される香料(香り)の射出パルス幅、パルス間隔及び送風機の回転数などを制御する。70は香り測定面で、本実施例においては、香り吐出口42と、香り測定面との距離Bは10cmとした。香り測定面とは、香りを感受する鼻(嗅覚器官)が位置する場所である。
【0035】
図6は、図5の射出ヘッド20及び風洞43を含むA―A断面を、図7は図6のB−B断面から見た射出ヘッド20の吐出口の配列を示している。図8、9に示す装置は、2種類の香料が、同時又は異なる射出時期に、風洞中に吐出可能な例である。なお、図6の矢印Cは、空気の流れを示す。
【0036】
香料タンク28は、28aと28bの二つを備えている。
【0037】
また、吐出口は、2つのブロック201及び202に分かれている。各吐出ブロックは、それぞれ異なる香料に対応して吐出可能となっている。各吐出ブロックは、128個の吐出口を有している。例えば、吐出ブロック201は、吐出口201−1、201−2、・・・201−127、201−128の吐出口を備えている。同様に吐出ブロック202も、128個の吐出口を備えている。これら128個の吐出口を有する吐出ブロックにおいて、各吐出口に対応するヒータを同時にオンする数を調整することにより、各香料の種類につき、1から128までの段階で香料吐出量を調節することが可能となる。
【0038】
例えば、ある香料の吐出ヘッドのヒータを10個同時にオンとして吐出口から吐出させる場合と、同じ香料につき、吐出ヘッドのヒータを20個同時にオンさせる場合とでは、前者に対して後者は、2倍の吐出量となる。なお、ある香料が供給される液路のどのヒータもオンにしない場合は、その香料の吐出量は0となる。
【0039】
勿論、香料タンクの数、大きさ、吐出ブロックの数、あるいは、各吐出ブロックが備える吐出口の数は、必要に応じて増減できることは、当業者ならば、自明のことである。
【0040】
例えば、複数の香料のうち、ある香料は大きなタンクに貯蔵し、対応する吐出ヘッドの吐出口の数も256個とし、他の香料は小さなタンクに貯蔵して、対応する吐出ヘッドの吐出口を128個あるいは64個とすることができる。
【0041】
また、3種類の香料を吐出する場合は、香料タンク及び吐出ブロックを3個以上設ければよく、更に多くの香料を吐出する場合は、吐出する香料の数と同じか、それ以上の個数の香料タンク及び吐出ブロックを設ければよい。また、図6、7において、一つの香料タンクと一つの吐出ブロックのみを用いて、1種類の香料のみを吐出させることも可能である。
【0042】
射出される香料の液滴の量及び射出間隔の制御装置60は、パーソナルコンピュータ(PC)、マイクロコンピュータなどの汎用のものが利用可能である。
本発明に用いられる香料は、レモン、ラベンダー、ヘリオトロープ、シナモン、メロン、ローズマリー、ジャスミン、コーヒー、などの天然香料、人工香料のいずれでも、バブルジェット(登録商標)方式のヘッドでパルス射出できるものであれば、あらゆる種類の香料が使用可能である。
【0043】
また、一つの香料を単独で、あるいは複数の香料を混合しても使用可能である。更に、(天然)香料エキスそのものを用いても良いし、水やエタノールを加えた香料水として用いても良い。
<予備実験>
被験者11名(21〜24才:男性8名、女性3名)を対象に、図5〜7に示す装置を用いて、レモン、ヘリオトロープ、シナモンの3種類の香料について、まず、香りの種類を認知することができる認知閾値を求めた。パルス幅は、0.1秒とし、風速は、1.8m/秒とした。予備実験で使用したパルス射出する各香料は、天然香料エキスに水及びエタノールを加えた香料水とした。割合は、いずれの香料の場合も、香料5vol%、エタノール85vol%、水10vol%の香料水である。
【0044】
香料水のパルス射出は、音の合図で被験者に提示する方法を採用した。また、実験は、図4、6、7に示す吐出ヘッド20bにおいて、同時に吐出させるヒータのオンする数が多い状態(多い射出量)から、次第に少なくする状態(少ない射出量)にする、下降法を採用した。なお、パルス幅は0.1秒の場合、一つの吐出ヘッド20bより、一回につき吐出される香料水の容積は、約3.7ピコリットル(pl)である。
【0045】
測定の結果、レモンの平均認知閾値は11/128(即ち、図7に示す吐出口128のうちの11の吐出口から同時にレモンの香料水が射出される量)であった。即ち、レモンの香りは、平均、11の吐出口から香料水を同時にパルス射出する場合は、レモンの香りを認知することができるが、平均、10の吐出口からの同時パルス射出では、認知することができないので、平均認知閾値は11となる。
【0046】
同様に、ヘリオトロープは8/128(即ち、図7に示す吐出口128のうちの8の吐出口から同時にヘリオトロープの香料水が射出された量)であった。また、シナモンは、7/128(即ち、図7に示す吐出口128のうちの7の吐出口から同時にシナモンの香料水が射出された量)であった。
【0047】
ところで、人の感覚強度は、物理的刺激の対数に比例することが知られており(川崎通昭、中島基貴、外池光雄:におい物質の特性と分析評価、フレグランスジャーナル社、2003年)、嗅覚においても同様の傾向を示すことが知られている。そこで、この予備実験で得られた平均認知閾値を基準として、2倍系列で射出レベルを設定し、平均認知閾値の2倍を「射出レベル1(Lv1)」、4倍を「射出レベル2(Lv2)」、8倍を「射出レベル3(Lv3)」に設定した。(図8)
【実施例1】
【0048】
3種類の香料、レモン、ヘリオトロープ、シナモンのうちの2種類の香料の組み合わせ(3組)について、さらに先に射出する香料と後に射出する香料の順番を入れ替えることにより、合計6組の組み合わせを作った。各組み合わせについて、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量を、後に射出する香料の単位時間当たりの量よりも少なくなるようにパルス射出して、2種類の香料の強弱関係について実験を行った。
【0049】
射出するパターンとして、2種類の香料を共に、パルス射出で行う場合(図9の(A))と、一方の香料を、一つの吸気タイミング中の一定時間の連続した放出(以下、「ベース香」という。)とし、他の香料はパルス射出で行う(以下、「単パルス」という。)場合(図9の(B))とで行った。
【0050】
なお、先に射出するパルスと後で射出するパルスとの間隔13aは、1.0秒とし、また、ベース香14aのパターンを用いる場合は、いずれの場合も、ベース香の射出レベルをレベル1に、放出時間12aは、1.1秒に設定し、単パルス14bのレベルは、射出レベル3に設定して行った。さらに、いずれの場合もパルス幅12は、0.1秒とした。
【0051】
比較例として、実施例1において、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量を、後に射出する香料の単位時間当たりの量よりも多くなるようにパルス射出するパターンについても併せて実験した(図9の(C)及び(D))。
【0052】
実験は、被験者22人(21〜24才:男性18名、女性4名)を対象に、図5〜7に示す装置50を用いて、風速は1.8m/秒に設定して行った。また、実験には、予備実験と同じ香料水を用い、また、香料水のパルス射出は、音の合図で被験者に提示する方法を採用した。
【0053】
1回の吸気タイミングで、図9の(A)及び(B)に示す射出パターン(先の射出パルス1回と後の射出パルス1回)について、上記の6組について、被験者に図10に示す質問に答える形で行った。
【0054】
図10は、レモンとシナモンの組み合わせの場合の例である。他の組み合わせについても、同様に質問に答える形をとった。
【0055】
なお、例えば、図10を用いて、質問を行う場合、レモンを先に射出する場合とシナモンを先に射出する場合とでは、得られた結果の符号が反対となるので、その場合は、符号を反転させて計算を行った。
【0056】
まず、問1で、何種類の香りを感じたかについて、答えてもらい、1種類と答えた場合は、2種類が認知できなかったと見なし、(2種類と答えた数)/(1種類と答えた数+2種類と答えた数)から、認知率(%)を算出した。
【0057】
問1で、2種類と答えた被験者に対し、図10の問2で、どのように感じたかについて、(i)〜(v)に示す質問を行い、回答に対し、(i)を2点、(ii)を1点、(iii)を0(零)点、(iv)を−1点、(v)を−2点として、平均点を算出した。また、得られた平均点から、標準偏差を算出した。これらの結果について、先の射出及び後の射出共に、パルス射出で行った場合の結果を図11(太枠)に、いずれか一方をベース香とした場合を、図12(太枠)に示す。また、比較例1についてもその結果をそれぞれ、図11(破線枠)及び図12(破線枠)に併せて示す。
【0058】
図11及び図12は、2種類の香料について合計6組の実験結果を合計したものである。2種類の香料の組み合わせ、例えば、レモンとヘリオトロープとの組み合わせ、及びレモンとシナモンとの組み合わせとでは、同じ射出レベルを用いて実験を行った場合は、感知された結果については、統計上有意差がないことが知られている。また、本実験においても、統計上、香料の違いによる有意差は見られないことを確認したので、実験結果を合計(合算)して計算した。
【0059】
さらに、これらの結果について、Steel-Dwass 法を用いた多重検定による分析を行った。
【0060】
図11及び図12における実施例と比較例の認知率から、2種類の香料を、共にパルス射出する場合も、一方をベース香りとする場合も、先の香料を高い濃度で、後の香料を低い濃度で射出すると、2種類の香料が認知されにくいことが分かる。これは、強い刺激を先に出すと、後の弱い刺激は感じなくなる傾向があるものと思われる。
【0061】
また、図11及び図12より、レベル1とレベル3のパルスを用いた組み合わせ、及び、単パルスとベース香を用いた組み合わせに対して、射出レベル2のパルス射出と射出レベル1または射出レベル3との組合せは、平均点は低いことから、前後の差がつきにくいことが分かる。また、後者の場合の標準偏差が大きいことから、個人差が出やすいことが明らかになった。このことから、2種類の香料を射出レベルの差を「1」で提示すると、前後の香りの感知は個人的な主観の差が強まることが分かる。従って、前後の差を演出するためには、射出レベルの差を「2」以上とすると良いことが分かる。
【0062】
以上の実験から、一呼吸で2種類の香料について、前後関係を演出するには、先に低い濃度香りを提供し、後で、高い濃度の香りを提供するのが好ましく、両者の濃度のレベルは、2以上のレベル差(4倍の濃度差)とすることにより、より好ましい強弱を演出できることが分かる。
【実施例2】
【0063】
実施例1と同じ組み合わせ合計6組について、6回の連続呼吸中に、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量を、後に射出する香料の単位時間当たりの量よりも少なくなるようにパルス射出して、2種類の香料の強弱関係について実験を行った。射出するパターンも、実施例1と同様、2種類共、パルス射出で行う場合と(図13(A))、先に射出する(放出する)香料を、ベース香とする場合(図13(B))とで行った。なお、先に射出するパルスは射出レベル1に、後で射出するパルスは射出レベル3に設定し、両者の間隔13aは、1.0秒とした。また、ベース香のパターンを用いる場合は、ベース香の射出レベルをレベル1に、放出時間12aは、1.1秒に設定し、単パルスのレベルは、射出レベル3に設定して行った。また、パルス幅12は0.1秒とした。
【0064】
実験は、被験者20人(21〜24才:男性17名、女性3名)を対象に、図5〜7に示す装置50を用いて、風速は1.8m/秒に設定して行った。また、実験には、予備実験と同じ香料水を用いて、また、香料水のパルス射出は、音の合図で被験者に提示する方法を採用した。
【0065】
実施例1と同様に、合計6組の組合せについて、被験者に図10に示す質問に答える形で行った。
【0066】
得られた結果から、平均点とその標準偏差を算出した。これらの結果について、2種類の香料共、パルス射出で行った場合の結果及びいずれか一方をベース香とし、他方を単パルスとした場合の結果を、図14に示す。また、これらの結果について、Steel-Dwass 法を用いた多重検定による分析を行った。
【0067】
図14より、レベル1を先にレベル3を後にパルス射出する場合の方が、ベース香りを先に、レベル3の単パルスを後にする場合よりも、平均点は高く、標準偏差値は小さいことから、連続呼吸における2種類の香りの強弱関係の演出には、レベル1を先にレベル3を後にパルス射出する方式の方がより適切であることが明らかになった。
【0068】
なお、図14において、ベース香と単パルスとの組み合わせにおいて、平均点がマイナスを示しているのは、ベース香の単位時間当たりの射出量は小さくても、長い時間の放出により、香料の放出量全体が多くなるために、ベース香の影響がより強く出て、2種類の強弱の感受が逆転してしまうためである。また、標準偏差が大きいことから、より個人差の影響がより強く表れる傾向にあることがわかる。
【実施例3】
【0069】
実施例3は、実施例2の6回の連続呼吸における香りの強弱演出において、先に射出するレベル1のパルスを、後に射出するレベル3のパルスに対して、2回に一回の割合で射出する(即ち、一回置きに射出する)以外は、実施例2の2種類共、パルス射出で行う場合と同じ条件で、実施したものである。2種類の香料の射出パターンを図15に示す。
得られた結果を図16に示す。
【0070】
図16より、連続呼吸における2種類の香りの強弱演出は、後の香り2回に対して、先の香りを1回パルス射出することにより、平均点は高く、標準偏差は小さいことから、2種類の香りを、それぞれ、より明確な強弱を伴って感受することができるので、より効果的な強弱演出をすることができる。
【0071】
また、先に射出される香料の量を、減らすことができる。その結果、例えば、高価な香料を先に射出する香料とすると、少ない量で高価な香料の香りを十分に感受することが可能となる。
【0072】
上述したように、本発明によれば、一つの呼吸で、複数種類の香りが混ざった状態ではなく、別々に、且つ強い香りと弱い香りをはっきりと感受できる。このため、音響や映像の変化に対応させて、例えば、複数の香りを個別に強弱を伴ってほぼ同時に感受させたり、それらの香りが混ざった状態で感受させたりすることができるので、バラエティーに富んだ微妙な雰囲気を醸し出すことができ、臨場感のより高い環境を創作することができる。
【0073】
また、複数種類の香料が混ざったものではなく、複数の香りを個別に、強弱を持って感受させることができるので、アロマテラピなどにおいて、より個人の嗜好にあった新しい香りの組み合わせを提供することが可能となる。
【符号の説明】
【0074】
10 香り発生デバイス(装置)
11 香り(香料)
12 パルス射出幅
12a ベース香放出時間
13 パルス間隔
13a 前の射出パルスと後の射出パルスとの間隔
14 香料のパルス射出
14a ベース香
14b 単パルス
15 呼吸センサ
20 パルス射出用ヘッド(組立体)
20a ヘッドユニット
20b 吐出ヘッド
21 香料室
22 ヒータ
23 ヒータ加熱動作
24 泡(バブル)
25 香料の液滴
26 吐出口
28、28a、28b 香料タンク
40 送風機(ファン)
42 香り吐出口
43 風洞
60 PC(制御装置)
70 香り測定面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動する空気中に複数種類の香料を微小時間、香料毎に所定のパルス間隔で別々にパルス射出する複数種類の香料の香り発生方法において、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量よりも、後に射出する香料の単位時間当たりの射出量を多くする、複数種類の香料の香り発生方法。
【請求項2】
前記後に射出する香料の単位時間当たりの射出量は、前記先に射出する香料の単位時間当たりの射出量の4倍である、請求項1記載の複数種類の香料の香り発生方法。
【請求項3】
前記先に射出する香料の射出は、一回置きである、請求項1または2記載の複数種類の香料の香り発生方法。
【請求項4】
前記所定のパルス間隔は、吸気の間隔である請求項1乃至3のいずれか一項記載の複数種類の香料の香り発生方法。
【請求項5】
前記微小時間は、0.01〜0.5秒である請求項1乃至4のいずれか一項に記載の複数種類以上の香料の香り発生方法。
【請求項6】
前記先に射出する香料の射出を、前記微小時間のパルスに代えて、吸気タイミング中の連続放出とする、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の複数種類の香料の香り発生方法。
【請求項7】
前記吸気の間隔は、利用者の呼吸情報を取得して、取得した呼吸情報に基づいて得られた吸気の間隔である、請求項4乃至6のいずれか一項に記載の複数種類の香料の香り発生方法。
【請求項8】
空気流を発生させる手段と、該空気流に、複数種類の香料を別々にパルス状に射出する香料射出手段を有し、
前記香料射出手段は、先に射出する香料の単位時間当たりの射出量よりも、後に射出する香料の単位時間当たりの射出量を多くする射出量調整手段と、各香料のパルス間隔を調整するパルス間隔調整手段とを含む、複数種類の香りを発生させる装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−19592(P2011−19592A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−165563(P2009−165563)
【出願日】平成21年7月14日(2009.7.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年1月29日 「日本バーチャルリアリティ学会研究報告」において文書をもって発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、総務省、「香り発生デバイスの開発と嗅覚モデルに基づいた香り呈示手法の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】