説明

角化異常症の診断支援方法

【課題】角化異常症、具体的には尋常性乾癬、魚鱗癬若しくは魚鱗癬様紅皮症またはその予備群において、皮膚の糖鎖を分析することにより当該疾患の進行程度を早期に把握し、ひいては当該疾患の診断および/または治療における有用な情報を提供する。
【解決手段】皮膚の糖タンパク質糖鎖の変化を分析する。本発明により、より早期に角化異常症の病態変化を検出することができ、その治療や新薬開発にも大いに役立つ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は角化異常症、具体的には尋常性乾癬、魚鱗癬若しくは魚鱗癬様紅皮症またはその予備群において、皮膚の糖鎖を分析することにより当該疾患の進行程度を早期に把握し、ひいては当該疾患の診断および/または治療における有用な情報を提供する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表皮においては、表皮細胞が基底細胞,有棘細胞,顆粒細胞と順次形態的に特徴のある細胞に変化しながら表層へと移動し、最終的に角質細胞となって剥離する「角化」といわれる分化が行われている。この角化過程は、正常な皮膚では約4週間で終了するといわれている。しかしながら、感染や炎症、ストレス等、種々の要因により、角化細胞が増殖して角質が過剰に生成されたり、或いは角質の剥離遅延により角質が蓄積して、角質肥厚や鱗屑を主徴とする角化異常症といわれる状態を呈することがある。
この角化異常症の代表的疾患である乾癬では、典型的な皮疹として厚い鱗屑を伴う紅斑から紅斑性局面を有して全身に分布するが、中でも特に肘、膝、外陰部(外的刺激を受けやすい部位)や頭、体幹(光線被爆の少ない部位)に好発する。典型的な組織像としては、基底角化細胞(ケラチノサイト)の異常増殖による表皮肥厚、真皮および表皮への炎症性細胞(リンパ球や多核白血球)の浸潤、真皮乳頭層の血管拡張を伴う浮腫性変化が特徴である。
【0003】
また、ある種の乾癬等が何らかの原因により著明に悪化し全身が真赤となった状態を、紅皮症と呼ぶ。紅皮症の治療は大変難しく、ステロイドの内服(のみ薬)を継続して使用しないと、その病状のコントロールができないとされている。
魚鱗癬の中でも、特に尋常性魚鱗癬は最も普通に見られる角化症である。これは通常少年期に発症し、「魚鱗」のような特徴を有し、手足に最も顕著な毛孔性角化症である。この他、脚の高角化症、背中の下方と下腹部とにおける魚鱗化が通常見られる。
本願明細書では、これら角質細胞の異常によりもたらされる皮膚疾患を特に角化異常症と呼ぶ。角化異常症はいずれも難治性であって、主にステロイドを用いて痒みを抑制する対症療法が行われているが、その副作用が問題となっている。
一方、角化異常症の診断方法については、乾癬に関係するT細胞とその受容体を検出して罹病性を診断する方法(後記特許文献1参照)や、角質試料中のインターロイキン−1とそのレセプターアンタゴニストの存在量を疾患の程度の指標とする診断方法(後記特許文献2参照)等が提案されているが、皮膚の糖タンパク質糖鎖に着目した方法は全く知られていない。
【特許文献1】特表平9−508112号公報
【特許文献2】特開平10−221340号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
角化異常症はたとえ生命に対する危険が小さくても、寛解と憎悪を繰り返す一生涯続く難治性疾患である。従って、その早期診断を可能とし、その進行を阻止して生活の質(QOL)の向上を図ることが強く求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一般に細胞表面の情報伝達には糖鎖が重要な役割を果たしており、その検討により、角化異常症においても皮膚角質層の変性に先立つ情報が得られる蓋然性が高い。
本発明者らは、健常人および角化異常症の患者計10例の下肢より採取した皮膚表皮の糖鎖を解析した。
その結果、疾患群と健常群では特定の糖鎖構造の量比が大きく異なることを見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0006】
本発明に従い表皮に含まれる糖鎖を分析することにより、より早期に角化異常症の病態変化を検出することができ、その治療や新薬開発にも大いに役立つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は角化異常症の患者またはその予備群の表皮から採取した試料の糖鎖構造を分析する工程を含んでおり、該工程は例えば以下の手順から構成される。
最初に、採取された試料を前処理する。前処理としては、試料を加熱変性し、酵素処理した後、さらに蛍光標識化を行う。酵素処理は例えば、プロテアーゼ(トリプシン・キモトリプシンなど)、糖鎖遊離酵素(N-グリコシダーゼF、グリコペプチダーゼAなど)、プロナーゼで連続的に処理すればよい。蛍光標識化は例えば2-アミノピリジンなどを用いて常法に従って行う。また糖鎖は、ヒドラジンなどで化学的に遊離させてもよい。
【0008】
次に、好ましくはセファデックスG-15を用いてゲル濾過を行い、未反応試薬を除去した後、蛍光標識化した糖鎖からシアル酸を外す。条件としては、例えば塩酸酸性pH2、90℃、1時間が好適に用いられる。
最後に高速液体クロマトグラフィーを使用し逆相ODSカラムを用いて上記の処理を行った試料を分離する。図1−10に示したような溶出パターンが認められるので、該当するピークを分析する。
【0009】
後記実施例に示すとおり、疾患群ではピークAの方が大きいのに対して、正常群では明らかにピークBの方が大きい。また、炎症が著しい患者に於いてピークCの発現が認められた。従って、これらの糖鎖を分析することにより、角化異常症の診断や状態把握に対して重要な情報を入手できる。
また糖鎖を遊離させずに糖タンパク質又は糖ペプチドの状態で、組織免疫染色、ウエスタンブロット、免疫沈降、マイクロアレイ、クロマトグラフィーや質量分析などの手法を用いて診断に供することもできる。
さらには糖鎖解析により、ピークAは糖鎖AGalβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(Galβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)Manβ4-GlcNAcβ4-GlcNAc、ピークBは糖鎖B:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(GalNAcβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)Manβ4-GlcNAcβ4-(Fucα6-)GlcNAc、ピークCは糖鎖C:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(GalNAcβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)(GlcNAcβ4-)Manβ4-GlcNAcβ4-(Fucα6-)GlcNAcであることが判明した。即ち、角化異常症の発症および進行にあたってフコース転移酵素やGlcNAc転移酵素など糖鎖合成関連酵素か、これらの糖鎖を持つ糖タンパク質の動態が何らかの役割を果たしている可能性が示唆され、糖鎖合成関連酵素や表皮糖タンパク質の発現を、皮膚試料の顕微鏡切片若しくはホモジネート、血清など生体試料において、組織免疫染色、ウエスタンブロット、免疫沈降、マイクロアレイ、クロマトグラフィーや質量分析などの手法を用いて分析したり、RT-PCR、マイクロアレイ、クロマトグラフィーや質量分析などの手法を用いて遺伝子発現の程度を測定することにより、本糖鎖変化を検出し、診断に用いることもできる。
【実施例1】
【0010】
健常人2例及び角化異常症患者8例(魚鱗癬5例、尋常性乾癬2例、魚鱗癬様紅皮症1例)の下肢より採取した表皮の糖鎖をそれぞれ解析した。
表皮5mg前後を加熱後、トリプシン消化、N-グリコシダーゼFで糖鎖を遊離し、遊離した糖鎖をバイオゲルP-4(バイオラッド社製)を用い、水を溶媒として精製した。凍結乾燥した後、2−アミノピリジンを用いて蛍光標識した後、セファデックスG-15(アマシャムバイオサイエンス社製)を用い10mM重炭酸アンモニウムを溶媒として未反応試薬を除いた。蛍光標識糖鎖を塩酸酸性pH2、90℃、1時間の条件でシアル酸を外した。この糖鎖試料を、高速液体クロマトグラフィーで下記の条件で分析した。カラム:HRC-ODS 6x150mm(島津製作所社製)、溶媒A:10mMリン酸緩衝液pH3.8、溶媒B:溶媒Aに0.5%の1−ブタノールを加えたもの、溶出条件:0分B=20%から60分でB=50%に直線的に濃度を上げる、流速は1.0ml/分、カラム温度55℃、検出は蛍光(励起波長320nm、検出波長400nm)、装置は資生堂社製で行った。糖鎖のピークを装置付属のソフトウエアを用いて処理し、ピークの変化を比較した。さらには、ピークの溶出位置から糖鎖解析を行い、ピークA−Cの糖鎖構造を決定した。
【0011】
高速液体クロマトグラフィーからの溶出パターンを図1−図10に、また主たるピークのうち、ピークA(保持時間15.8分)、ピークB(保持時間26.9分)およびピークC(保持時間42.1分)の解析結果を表1にそれぞれ示す。
【表1】


(ピークA、ピークBおよびピークCの数値は、HPLCのクロマトグラムに於いて存在比が2%以上の糖鎖ピークを取り出し、その合計を100%として計算した値である。2%以下は0.00%とする)。
【0012】
疾患群と健常群を比較すると、ピークAとBの比が大きく異なることが分かる。即ち、患者ではAの方が大きいのに対し、健常人では明らかにBの方が大きくなっている。また、通常の角化異常症と異なった炎症状態が見られた魚鱗癬1と乾癬2ではピークCの割合の増加が認められた(他は2%以下)。この糖鎖は血清中では主にヒトIgGに存在し、炎症反応の状態を反映している可能性が高い。皮膚疾患の炎症状態の把握は現在主観によるところが大きいが、客観的・定量的に示す指標となる可能性がある。
また、糖鎖解析の結果を模式図で図11に示す。ピークAの糖鎖AがピークBの糖鎖Bの脱フコシル体であることから、角化異常症の発症および進行にあたって、フコース転移酵素など糖鎖合成関連酵素かこれらの糖鎖を有する糖タンパク質の動態が重要な役割を果たしていることが示唆される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】魚鱗癬患者1(20代男性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図2】魚鱗癬患者2(40代男性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図3】魚鱗癬患者3(20歳以下の男性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図4】魚鱗癬患者4(60歳以上の女性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図5】魚鱗癬患者5(40代男性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図6】尋常性乾癬患者1(20歳以下の女性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図7】尋常性乾癬患者2(60歳以上の男性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図8】魚鱗癬様紅皮症患者1(20歳以下の女性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図9】健常人1(30代女性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図10】健常人2(30代女性)の下肢から採取した表皮を分析した際の高速液体クロマトグラフィー溶出パターンを示す。
【図11】ピークA、ピークBおよびピークCの糖鎖構造を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、角化異常症の診断および/または治療における有用な情報を提供する方法。
【請求項2】
角化異常症が尋常性乾癬、魚鱗癬様紅皮症または魚鱗癬である、請求項1の方法。
【請求項3】
皮膚疾患部位中の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、角化異常症の診断方法。
【請求項5】
角化異常症が尋常性乾癬、魚鱗癬様紅皮症または魚鱗癬である、請求項4の方法。
【請求項6】
皮膚疾患部位中の糖タンパク質糖鎖を分析する工程を含む、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
糖鎖A:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(Galβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)Manβ4-GlcNAcβ4-GlcNAc、糖鎖B:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(GalNAcβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)Manβ4-GlcNAcβ4-(Fucα6-)GlcNAc、および/または糖鎖C:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(GalNAcβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)(GlcNAcβ4-)Manβ4-GlcNAcβ4-(Fucα6-)GlcNAcを分析する工程を含む、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
糖鎖A:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(Galβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)Manβ4-GlcNAcβ4-GlcNAc、糖鎖B:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(GalNAcβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)Manβ4-GlcNAcβ4-(Fucα6-)GlcNAc、および/または糖鎖C:Galβ4-GlcNAcβ2-Manα6-(GalNAcβ4-GlcNAcβ2-Manα3-)(GlcNAcβ4-)Manβ4-GlcNAcβ4-(Fucα6-)GlcNAcの乾癬関連疾患におけるマーカーとしての使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−198960(P2007−198960A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−19199(P2006−19199)
【出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】