説明

触媒用インクおよび該触媒用インクを用いて形成された触媒層

【課題】より簡単な手法でもってかつ低コストで調整することのできながら、アイオノマーが表面に強固に結着した触媒担持粒子を得ることのできる触媒用インクを得る。
【解決手段】固体高分子電解質膜を備える膜電極接合体における触媒層を形成するための触媒用インクを、触媒担持粒子1とアイオノマー3と溶媒と両親媒性を有する糖類とを混合し、攪拌および分散処理して得る。両親媒性を有する糖類としてはトレハロースが特に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質膜を備える膜電極接合体における触媒層を形成するための触媒用インクと該触媒用インクを用いて形成された触媒層および膜電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料ガス(例えば、水素)と酸化剤ガス(例えば、空気)との電気化学反応によって発電する燃料電池がエネルギ源として注目されている。この燃料電池には、電解質膜として固体高分子膜を用いた固体高分子型燃料電池がある。そして、固体高分子型燃料電池は、プロトン伝導性を有する固体高分子膜の両面に、それぞれガス拡散電極(アノードおよびカソード)を接合してなる膜電極接合体を備えている。そして、アノードおよびカソードは、それぞれ上記電気化学反応を促進するための触媒層を備えている。
【0003】
従来、電解質膜上に触媒層を形成するために、いわゆる触媒用インクが用いられることが多い。この触媒用インクは、一般に、水や低級アルコール等の溶媒に、白金等の貴金属触媒を担持したカーボンブラック(触媒担持粒子)と、アイオノマー(イオン交換性高分子(例えば、ナフィオン(登録商標))を分散させることによって製造される。
【0004】
触媒担持粒子を構成するカーボンブラックは表面が疎水性であり、触媒とイオン交換性高分子であるアイオノマーとを複合化する際に、アイオノマーに位置するスルホン酸基などの親水性官能基と触媒との親和性が低下する。電極反応は、触媒、アイオノマー、反応ガスの三相界面で進行する反応であるため、アイオノマーと触媒との親和性が低いと、電気化学的活性表面積が低くなる問題がある。
【0005】
そのために、担体として用いられるカーボンブラックとアイオノマーとの親和性を向上させる手段が種々提案されており、特許文献1には、燃料電池用触媒として、燃料電池の稼動中に消失する親水性官能基または化学処理によって除去されうる親水性化合物を表面に有する黒鉛化カーボンと、前記黒鉛化カーボンに担持されてなる触媒金属とを有するものが記載されており、その燃料電池用触媒とアイオノマーと溶媒とで触媒用インクを調製ようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−4662号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の触媒用インクでは、黒鉛化カーボンの親水化によりアイオノマーとの親和性が向上し、アイオノマーによる被覆が良好になっており、触媒層としたときに広い三相界面が得られるのを期待することができる。しかし、親水性官能基を付与する場合には、一般に、カーボン表面の官能基の吸着力は高くないために、触媒用インクの調合および分散の工程において、官能基が脱落しやすく、親水基による被覆性の向上効果が十分に得られないことが起こり得る。また、官能基付与に酸処理を適用する場合には、1.製造設備に金属を利用することが困難となる、2.酸処理および乾燥の工程が必要となる、3.官能基脱落防止のための雰囲気制御が必要となる、などから高コストになりやすい。
【0008】
また、親水化化合物を付与する場合には、化合物の添加および除去の過程で電解質に金属イオンが不純物として取り込まれ、その結果、触媒層でのプロトン伝導性が低下することが起こり得る。そのために、カチオンを完全除去することが望まれるが、それには十分な酸洗浄が必要となり、そのための設備投資が増加するのを避けられない。
【0009】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、より簡単な手法でもってかつ低コストで調整することができながら、アイオノマーが表面に強固に結着した触媒担持粒子を得ることのできる触媒用インクを得ることを課題とする。また、前記触媒用インクを用いて形成された触媒層および膜電極接合体を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による触媒用インクは、固体高分子電解質膜を備える膜電極接合体における触媒層を形成するための触媒用インクであって、触媒担持粒子とアイオノマーと溶媒と両親媒性を有する糖類とを混合し、攪拌および分散処理して得られる触媒用インクであることを特徴とする。
【0011】
本発明において、「両親媒性を有する糖類」とは、親水性と疎水性の両方の特性を持つ糖類をいっており、単糖であってもよくオリゴ糖であってもよい。そのような糖類の例として、グルコース、マルトース、スクロース、ラクトース、セロビオース、トレハロース、シクロデキストリン、ガラクトースなどが挙げられる。中でも、ヒドロキシ基を持ち、金属カチオンを持たない糖類は好ましく、強い酸性環境でも酸化されにくいことから、トレハロースは特に好ましい。
【0012】
本発明による触媒層は、上記の触媒用インクを電解質膜に塗布して乾燥させることにより、または、電解質膜以外の基材(PTFEシートや拡散層など)に触媒用インクを塗布して乾燥させることにより形成される。
【0013】
本発明による膜電電極接合体は、そのようにして形成された触媒層を電解質膜の少なくとも一方の面に備える。
【発明の効果】
【0014】
本発明による触媒層用インクでは、組成の1つとして、両親媒性を有する糖類を有しており、該糖類は、カーボン等である疎水性の導電性材料と、親水性であるアイオノマーの両方になじみやすいため、両者が結着することを効果的に補助する。その結果、アイオノマーの導電性材料への被覆がされやすくなり、十分な被覆が完成する。それにより、触媒担持粒子での触媒の利用効率が向上する。そのために、本発明による触媒用インクを用いて形成した触媒層を持つ膜電極接合体では、三相界面が良好に形成されて広い電気化学的活性表面積を持つことができ、燃料電池としての発電性能が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明による触媒層用インクを製造する工程を示す説明図。
【図2】本発明による触媒層用インク内で形成されるアイオノマーで被覆された触媒担持粒子を模式的に示す図。
【図3】実施例と比較例での触媒用インクでの粒度分布を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を、実施の形態に基づきに、より詳細に説明する。
【0017】
図1に示すように、触媒用インクを調整するに当たり、最初に、触媒担持粒子と、アイオノマーと、溶媒(この例では、水と低級アルコール)と、糖類とを調合し、攪拌する。
【0018】
触媒担持粒子は、従来の燃料電池で触媒層を形成するときに用いられる触媒担持粒子であってよく、導電性材料とその表面に担持された触媒からなる。触媒種としては白金および白金系合金が好適である。触媒を担持する導電性材料には、限定されないが、カーボンブラックのようなカーボン粒子が好適であるが、これに限定されるものではない。
【0019】
アイオノマーはイオン交換性高分子であり、従来の燃料電池で用いられている電解質樹脂のアイオノマーを適宜用いうるが、パーフルオロスルホン酸系のアイオノマーはより適切である。
【0020】
溶媒は、従来の燃料電池での触媒層用インクを作るときの溶媒を適宜用いることができ、好ましくは、水と有機溶媒とである。有機溶媒は、その表面張力の低さによって触媒担持粒子の微細孔内に浸入して、図2に示すように、電解質樹脂(アイオノマー)を微細孔に送り届ける役割を持つ。このため、電解質樹脂とよくなじみ、水よりも表面張力が低く、沸点が低い有機溶媒であればすべて適用が可能であるが、安全性・入手の容易さなどから、1−プロパノールやエタノールのような低級アルコールは特に好適である。水は、アイオノマーで被覆された触媒担持粒子を安定化するために必要となる。好ましくは、浸透性と分散安定性のバランスがとれるように、低級アルコールおよび水を、R−OH:HO=1:3〜3:1の割合で含むことが好ましく、さらに好ましくは、2:3〜3:2の範囲であることが好ましい。なお、図2において、1は触媒担持粒子、2は触媒、3は電解質樹脂(アイオノマー)による被覆を示す。
【0021】
糖類は、前記したよう、両親媒性を有する糖類であって、金属カチオンを含まず容易に水に溶解する、および/または、燃料電池稼働中に電極反応の電位で容易に酸化される特性のものが好適である。前記したように、トレハロースは、ヒドロキシ基を持ち、金属カチオンを持たない糖類であり、かつ強い酸性環境でも酸化されにくいことから、特に好ましい。
【0022】
糖類の添加量は、用いる触媒担持粒子の表面積や官能基の量、糖類の種類、アイオノマーのEW値や添加量にも依存するが、触媒担持粒子が触媒担持カーボンの場合、カーボン重量に対して、10〜200wt%の量が必要かつ十分となる。さらに好ましくは30〜60wt%の範囲である。10wt%未満では、アイオノマーに配位する糖類の量が少なすぎて、微細孔への浸入に十分な親和性を保てず、他方、200wt%を超える過剰な場合は、カーボンが糖類に被覆されて安定となり、アイオノマーによる被覆が達成されにくくなる。
【0023】
また、糖類の触媒用インク全量に対する添加量は、10wt%を超えない比とすることが望ましい。10wt%以上を添加すると、触媒(Pt等)表面への被毒による触媒活性低下を引き起こす恐れがある。
【0024】
上記のようにして調合したものを攪拌し、さらに分散・攪拌などの方法で剪断を加えながら、分散処理を行うことで、本発明による触媒用インクとなる。前記したように、添加した糖類は疎水性のカーボンと親水性のアイオノマーの両方になじみやすい性質であるため、該糖類は両者が強く結着するのを補助することができ、この結果、図2に示すように、アイオノマーのカーボンへの被覆がされやすくなり、三相界面の拡大によって、白金の有効利用効率が向上する。
【0025】
また、本発明による触媒用インクでは、糖類をインクの調合の過程で混合するため、従来のカーボン表面への官能基付与による方法で起こりがちな官能基脱落の問題を回避でき、径時劣化の問題を解消できる。さらに、糖類は水溶性があり、また炭化水素でできているため、添加した糖類は、燃料電池の稼働に伴う溶出あるいは酸化によって自動的に除去されるので、従来法での化合物除去の工程を必要とせず、工程の簡素化が可能となる。
【0026】
上記した触媒用インクを、電解質膜に塗布して乾燥させる、または、電解質膜以外の基材(PTFEシートや拡散層など)に触媒用インクを塗布して乾燥させ、電解質膜に熱圧着することで、触媒層とされる。塗布の方法としては、スクリーン印刷法などが適切であるが、その他、スプレー法、インクジェット法などインクを用いるその他のウェット工法も適用することができる。
【0027】
さらに、インク調合前の触媒担持粒子に対して、官能基付与や燃料電池の発電安定性の向上を目的として熱処理などの、従来行われている様々に処理を加えることもできる。また、触媒用インクの固形分比率や材料組成比を変えることで、電解質樹脂の被膜厚さを変えることも可能であり、所望のシステムに適した組成を適宜選択することができる。好ましくは、電解質重量/カーボン重量比で、0.2〜1.5、さらに好ましくは、0.6〜1.0である。さらに、触媒層のより強い保水あるいは撥水性や給水機能を補強する目的で、インクにPTFEやゼオライトなどを添加するようにしてもよい。
【実施例】
【0028】
以下、実施例と比較例により、本発明を説明する。
(1)白金コバルト合金粒子をカーボンブラック(Ketjen EC(ケッチェンブラックインターナショナル社製))上に担持させて白金担持密度を50%とした触媒担持粒子8gに対して、電解質樹脂分散溶液(Dupont製DE−2020 21%溶液)を18.3g、水を73.2g、エタノール78.6gを投入して、よく攪拌、混合した。この混合溶液を超音波ホモジナイザにより、十分に分散させた(以下、これをインクAと呼び、比較例に相当する)。
【0029】
(2)上記の出発物質同量に加えて、糖類として、トレハロース(林原製トレハ(商標名))8.3gを投入して、よく攪拌、混合した。この混合溶液を超音波ホモジナイザにより、十分に分散させた(以下、これをインクBと呼び、実施例に相当する)。
【0030】
(3)固体高分子型燃料電池用の電解質膜(Nafion117,Dupont製)にインクAをスプレー法で単位面積当たりの白金量が0.1mg/cmとなるように塗布した。このときの電極面積は36×36mmである。その後、これを乾燥させたて触媒層とした(以下、これをAカソードとび、比較例に相当する)。
【0031】
(4)インクBを用いる以外は、(3)と同様にして触媒層とした(以下、これをBカソードと呼び、実施例に相当する)。
【0032】
(5)前記(3),(4)の電解質膜の裏面に転写法でアノードを形成した。なお、転写に用いた触媒層(電極)は、白金粒子をカーボンブラック(Ketjen EC(ケッチェンブラックインターナショナル社製))上に担持させて白金担持密度を60%とした触媒担持粒子8gに対して、電解質樹脂分散溶液(Dupont製DE−2020 21%溶液)を14.5g、水を74.4g、エタノール81.4gを投入して、よく攪拌、混合し、超音波ホモジナイザにより十分に分散させたインクを、ドクターブレード法で単位面積当たり、白金量が0.02mg/cmとなるようにテフロンシート上に塗布し、これを乾燥させたて得た転写シートを130℃・4MPaで転写して作製した。
【0033】
[効果確認]
それぞれの例について作製したインクA(比較例),インクB(実施例)の粒度分布を下記の取得条件で測定した。その結果を図3に示した。
【0034】
また、それぞれの例について作製したセルの0.2A/cmおよび1.0A/cmにおけるセル電圧(I−V)を下記の取得条件で測定した。その結果を表1に示した。
【0035】
また、インクA,Bで形成した電極(Aカソード、Bカソード)のサイクリックボルタンメトリーから計算される白金表面積Q値、およびN吸着されるφ6nm以下のBET表面積を下記の取得条件で測定した。その結果を表1に示した。
【0036】
【表1】

【0037】
[考察]
図3に示すように、粒度分布の比較において、実施例の結果は比較例に対して0.1〜0.2μmの粒径の体積頻度が増加し、他方で0.3μm前後の粒径のビークが減少していることがわかる。
【0038】
また、表1に示すように、実施例の結果は比較例に対して、サイクリックボルタンメトリーから求められるQ値が増え、低負荷、高負荷運転共に出力が向上している。さらに、N吸着法による表面積の計測では表面積が低下している。
【0039】
以上の結果から、比較例では電解質樹脂(アイオノマー)を吸着できなかった触媒担持カーボジが、実施例では電解質(アイオノマー)でうまく被覆されており、その結果、電気化学表面積が増え、また分散剤たる電解質に均一に被覆されることで粒子の分散性が向上していることが示唆される。また、以上の構造を得られたことによって、結果、白金の利用率が向上し出力の向上に繋がったと考えることができる。
【0040】
[取得条件]
・粒度分布:マイクロトラック粒度分布測定装置MT3000II,溶媒:エタノール
・I−V測定:電極面積:13cm
セル温度:80℃、
アノード:80℃、H=500cc/min,RH=40%
カソード:80℃、空気=2000cc/min,RH=40%
・サイクリックボルタンメトリー:
Solartron1280Z
0.05−1.0V 0.05V/sec 5回繰り返し
セル温度:80℃、
アノード:80℃、H=500cc/min,RH=40%
カソード:80℃、空気=1000cc/min,RH=40%
・N吸着法:ユアサアイオニクス社製 AUTOSORB−1−MP
【符号の説明】
【0041】
1…触媒担持粒子(触媒担持カーボン)
2…触媒(白金)
3…電解質樹脂(アイオノマー)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質膜を備える膜電極接合体における触媒層を形成するための触媒用インクであって、触媒担持粒子とアイオノマーと溶媒と両親媒性を有する糖類とを混合し、攪拌および分散処理して得られる触媒用インク。
【請求項2】
請求項1に記載の触媒用インクであって、両親媒性を有する糖類が単糖またはオリゴ糖である触媒用インク。
【請求項3】
請求項2に記載の触媒用インクであって、両親媒性を有する糖類がトレハロースである触媒用インク。
【請求項4】
請求項1なしい3のいずれか一項に記載の触媒用インクを用いて形成された触媒層。
【請求項5】
請求項4に記載の触媒層を少なくとも一方の触媒層として備える膜電極接合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−14406(P2011−14406A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−158147(P2009−158147)
【出願日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】