説明

試料成分の抽出方法及び検査方法並びに検査キット

【課題】安価であり、且つ、温和な還元作用を有する還元剤を用いて食品等試料中の成分を抽出する技術を提供する。
【解決手段】試料と、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液とを混合し、前記試料中の成分を抽出する。また、得られた試料抽出液を、検査目的とされる特定物質を特異的に認識する特異抗体に接触させ、免疫学的測定方法を利用して試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査する。更に、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査するための食品検査キットであって、(1)抽出液及び該抽出液に添加するためのトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン、又は、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンが添加された抽出液、及び(2)検査目的とされる特定物質を特異的に認識する抗体とを含む食品検査キットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査するための試料成分の抽出方法及び検査方法並びに検査キットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者の食物アレルギーの問題への関心の高まりから、食品のパッケージなどに食物アレルギーを引き起こす原材料を含む旨の表示を付することが推奨されている。特に、アレルギーの発症数、重篤度から表示する必要性が高いとされる小麦、そば、卵、乳及び落花生の5品目については、食品衛生法によっても、それら原材料を含む旨の表示をすることが製造者に義務付けられている。
【0003】
また、「特定の原材料を含む」又は「特定の原材料を含まない」などの表示をすることによって、消費者に安心感を持って自己の製品を受け入れられるようにすることができるので、このような表示は製造者にとっても利益がある。
【0004】
種々の原材料を混合して製造される加工食品においては、個々の原材料についての履歴をたどることは煩雑であり、得られた製品を直接検査できることが望ましい。また、原材料としては使用していないにも関わらず、製造ラインで混入(コンタミネーション)してしまう場合もある。そこで、製品の維持管理や、突発的な事故の予防の観点からは、特定原材料が食品に含まれるかどうかを、製造の現場であっても迅速かつ簡便に利用することができ、しかも精度よく検出できる食品検査方法の提供が望まれている。
【0005】
加工食品の場合、同じ特定原材料を用いた製品であっても、その製造条件によっては検査目的とされる物質すなわちタンパク質が不溶化し、抽出されにくくなるという問題がある。焼成等の加熱処理によりタンパク質が変性したり、タンパク質同士がS−S結合を介して複合体を形成したりして抽出されにくくなる場合がある。また、検査目的とされるタンパク質は、加工食品に配合された他の成分との相互作用により不溶化され、抽出効率が悪くなることも考えられる。
【0006】
食品中に含まれる特定原材料を精度良く検出したいという要請においては、食品からの抽出液中におけるタンパク質の抽出効率が悪いことは好ましくない。また、抽出効率の悪さに起因して検査結果にばらつきがでてしまうことも考えられる。
【0007】
このような問題に対して、例えば、下記特許文献1には、還元剤及び可溶化剤を含有することを特徴とする食品成分抽出液の発明が開示されている。そして、抽出液に蛋白構造を変化させる還元剤、及び界面活性剤、尿素等などからなる可溶化剤を含有させることにより、変性及び/又は未変性の蛋白質を従来より高い効率で抽出することが可能となることが記載されている。
【特許文献1】特開2006−71509号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1では、還元剤として、2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、又はトリス(2−カルボキシエチル)ホスフィン(Tris(2-carboxyethyl)phosphine)などが例示されているが、2−メルカプトエタノールやジチオスレイトールは、その刺激臭から、加工食品の製造現場では使用しづらいものであった。また、トリス(2−カルボキシエチル)フォスフィン(Tris(2-carboxyethyl)phosphine)は、比較的高価な試薬であるためコスト面で不利であった。
【0009】
したがって、本発明の目的は、安価であり、且つ、温和な還元作用を有する還元剤を用いて食品等試料中の成分を抽出する技術を提供するとともに、特定物質を免疫学的測定方法で検査するための効果的な還元剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究した結果、食品等試料中の成分を抽出するのための還元剤として、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン(Tris(3-hydroxypropyl)phosphine)を用いることに着眼し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の抽出方法は、試料と、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液とを混合し、前記試料中の成分を抽出することを特徴とする。
【0012】
本発明の抽出方法によれば、焼成などにより変性してS-S結合を形成したタンパク質等からなる試料中の成分であっても、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンがその可溶性を高めて抽出効率を向上させることができる。また、液状や乳化液状の形態の試料の場合には、その成分の可溶化を促進させることができる。更に、無臭であり、加工食品の製造現場でも使用しやすい。
【0013】
本発明の抽出方法においては、前記抽出液に界面活性剤を含有していることが好ましく、その場合、前記界面活性剤がドデシル硫酸ナトリウムであることが好ましい。この態様によれば、抽出液に界面活性剤を含有するので、試料中の成分の抽出効率を相乗的に上昇させることができる。
【0014】
本発明の抽出方法においては、前記試料が食品であることが好ましい。これによれば、例えば、食品中の特定原材料に含まれている物質を効率よく抽出することができる。
【0015】
一方、本発明の抽出液は、上記抽出方法で用いられるトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液である。
【0016】
本発明の抽出液は、試料中の成分を抽出するために好適に用いられる。
【0017】
一方、本発明の検査方法は、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査する検査方法であって、試料にトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液を接触させて該試料中の成分を抽出した試料抽出液を調製した後、前記試料抽出液を検査目的とされる特定物質を特異的に認識する特異抗体に接触させ、免疫学的測定方法を利用して試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査することを特徴とする。
【0018】
本発明の検査方法によれば、抽出液中にトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有するので、焼成等の加熱処理により試料中に含まれるタンパク質が変性したり、タンパク質同士がS−S結合を介して複合体を形成したりしても、その可溶性を高めて抽出効率を向上させることができる。また、液状や乳化液状の形態の試料の場合には、その成分の可溶化を促進させることができる。更に、無臭であり、加工食品の製造現場でも使用しやすい。また、試料からの成分抽出のための還元剤としてトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを用いるので、特異抗体による免疫複合体の形成を測定する際に抽出液中に含有するトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンがそのまま持ち込まれて存在していても、かかる免疫複合体の形成を測定する際の該測定に悪影響を及ぼすことがない。
【0019】
本発明の検査方法においては、前記免疫学的測定方法がイムノクロマトグラフィーを用いることが好ましい。これによれば、特別な装置も必要がなく、非常に簡便に本発明の検査方法を使用できる。また、前記特異抗体が金属コロイドによって標識されていることが好ましい。これによれば、金属コロイド標識によって、免疫学的な測定結果を可視的に判断することができる。
【0020】
本発明の検査方法においては、試料中の特定物質が食品中の特定原材料に含まれている物質であって、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査するものであることが好ましい。
【0021】
一方、本発明の検査キットは、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査するための検査キットであって、(1)抽出液及び該抽出液に添加するためのトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン、又は、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンが添加された抽出液、及び(2)検査目的とされる特定物質を特異的に認識する抗体とを含むことを特徴とする。
【0022】
本発明の検査キットによれば、還元剤としてトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを用いることにより、コスト安く試料検査をすることができる。
【0023】
本発明の検査キットにおいては、前記抗体がイムノクロマトグラフに附合していることが好ましい。また、試料中の特定物質が食品中の特定原材料に含まれている物質であって、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、試料に含まれている物質を効率よく抽出することができるとともに、成分抽出のための還元剤としてトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを用いるので、特異抗体による免疫複合体の形成を測定する際に抽出液中に含有するトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンがそのまま持ち込まれて存在していても、かかる免疫複合体の形成を測定する際の該測定に悪影響を及ぼすことがない。また、安価な還元剤であるため安く試料検査のための抽出を行うことができる。更に、SDSと混合して調製された抽出液であっても沈殿を生じにくい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の抽出方法においては、試料と、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液とを混合し、前記試料中の成分を抽出する。その抽出液中には、検査目的とされる特定物質(以下、「検査目的物質」ともいう。)が、他の成分と共に、移行する。被検査物の試料の形態は、固形状、半固形状、ゼリー状、液状、乳化液状のいずれの形態のものであってもよい。抽出液中のトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンは、タンパク質が変性したり、タンパク質同士がS−S結合を介して複合体を形成したりしても、その可溶性を高めて抽出効率を向上させることができる。また、液状や乳化液状の形態の試料の場合には、その成分の可溶化を促進することができる。
【0026】
本発明の抽出方法において用いられるトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンの、抽出液中の濃度は、試料又は「検査目的物質」の特性に応じて適宜調整することができる。例えば、0.1〜10w/v%、好ましくは0.5〜5w/v%、より好ましくは1〜4w/v%程度に調整すればよい。
【0027】
また、上記抽出液には、試料中の成分の可溶化を補助するための可溶化補助剤を添加してもよい。可溶化補助剤としては、例えばドデシル硫酸ナトリウム(以下、SDSという)、尿素、ノニオン性界面活性剤など、通常慣用されている可溶化補助剤を使用することができる。可溶化補助剤は2種以上を併用してもよい。
【0028】
上記可溶化補助剤の、抽出液中の濃度は、試料又は「検査目的物質」の特性に応じて適宜調整することができる。例えば、可溶化補助剤としてSDSを使用した場合には、0.01〜10w/v%、好ましくは0.03〜5w/v%、より好ましくは0.1〜1w/v%程度に調整すればよい。
【0029】
本発明の抽出方法において、上記抽出液は、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン、あるいはトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン及び上記可溶化補助剤が水性溶媒に溶解されることにより調製される。水性媒体としては、例えば、水、又は通常慣用されているリン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液などを使用することができる。また、抽出以後の操作を容易にすることを考慮に入れれば、上記抽出液のpHは通常pH6〜8.5に調整することが好ましい。
【0030】
抽出のためには、例えば、攪拌、混合、遠心分離、濾過等の周知の手段を適宜に用いて試料抽出液を調製することができる。その際、試料を粉砕し又は、ペースト状にして抽出液との接触面積を増やして、接触混合することが望ましい。これにより、抽出効率を上げることができる。またこのとき、試料と抽出液の質量比は、試料1に対して抽出液10〜100であることが好ましく、これにより、高濃度の試料抽出液を調製することができる。このように抽出した試料抽出液には、試料中の「検査目的物質」が、他の成分と共に、抽出液中に移行する。
【0031】
ここで、本発明の試料が食品の場合においては、食品中の特定原材料に特異的に含まれている物質を「検査目的物質」とすることで、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査することができる。その検査目的物質は、食品中の特定原材料1つに対して必ずしも1つだけである必要はなく、2つ以上であっても差し支えない。
【0032】
一方、本発明の検査方法は、「検査目的物質」を特異的に認識する特異抗体を用いて、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査する検査方法である。
【0033】
本発明の検査方法においては、まず、上述した方法で、試料から試料中の成分を抽出し、試料抽出液を調製する。なお、後述するように、「検査目的物質」と特異抗体との免疫複合体を形成させる必要がある。したがって、上記試料抽出液調製の際の塩濃度、pH、温度、時間等の諸条件は、「検査目的物質」が、特異抗体に対する抗原性を失わない範囲である必要がある。
【0034】
そして得られた試料抽出液と、「検査目的物質」を特異的に認識する特異抗体とを接触させる。これにより、周知の抗原−抗体反応の結合メカニズムにより、免疫複合体が形成される。ここで、上記試料抽出液とは、免疫複合体の形成や後述する免疫学的測定方法のための至適条件となるように、適宜に、希釈、濃縮、pH調製等の処理を施した調製物を含む概念である。かかる免疫複合体の形成を測定する免疫測定方法により、「検査目的物質」の存在を検知することができ、ひいては、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査することができる。
【0035】
本発明の検査方法においては、試料が食品の場合、食品中の特定原材料に特異的に含まれている物質を「検査目的物質」とすることで、食品中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査することができ、ひいては、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査することができる。
【0036】
特定の物質を特異的に認識する特異抗体の調製は当業者に周知である。例えば、上記特許文献1(特開2003−294737号公報)には、「そばの70〜500kDに相当するタンパク質画分を主体とする抗原により免疫化した哺乳動物の血清から得られる当該血清のIgG画分又はポリクローナル抗体」が開示されている、上記記特許文献2(特開2003−294738号公報)には、「落花生の30〜100kDに相当するタンパク質画分を主体とする抗原により免疫化した哺乳動物の血清から得られる当該血清のIgG画分又はポリクローナル抗体」が開示されている、上記記特許文献3(特開2003−294748号公報)には、「卵白由来のタンパク質により免疫化した哺乳動物の血清から得られた抗体」が開示されている。このような周知技術により、「検査目的物質」を特異的に認識する特異抗体の調製をすることができる。
【0037】
本発明の検査方法においては、特異抗体による免疫複合体の形成を、周知の免疫学的測定方法によって測定することができる。免疫学的測定方法としてはELISA法やイムノクロマトグラフィーが知られているが、このうち、イムノクロマトグラフィーは、測定機器を用いる必要がなく、目視で簡便に免疫学的測定の結果を判断でき、迅速で感度も高いので好ましく用いられる。イムノクロマトグラフィーの原理は、特開平5−5743号公報や特開2002−202307号公報にも記載されているとおり、当業者には周知である。
【0038】
しかしながら念のために簡単にその原理の一例を説明すると、セルロースメンブレンなどの薄膜状支持体の特定領域(テストライン位置)には第1の特異抗体がバンド状に固定され、その別領域の試料滴下部又はその近傍下流付近には標識された第2の特異抗体が移動可能に保持されている。以下、本発明において、このように構成された抗体担持担体を「イムノクロマトグラフ」という。
【0039】
分析対象物をその溶媒と共に試料滴下部に滴下すると、分析対象物と標識された第2特異抗体が毛細管現象により薄膜状支持体中に展開される。分析対象物に「検査目的物質」が含まれていれば、分析対象物が薄膜状支持体中に展開される間に同じように展開されている第2特異抗体は、「検査目的物質」と結合する。ここで、第2特異抗体は予め標識となる着色又は発色物質が結合されているので、「検査目的物質」に標識が結合することになる。その後、「検査目的物質」がテストライン位置に固定されている第1特異抗体と結合し、「検査目的物質」を挟んで第1特異抗体と第2特異抗体がまるでサンドイッチのように結合する。そうすると、テストライン位置に標識が集合するのでテストライン位置にあたかもバンドが出現するように見える。このバンドの出現によって、分析対象物中に「検査目的物質」が存在していると判断される。一方、分析対象物に「検査目的物質」が含まれていないか、また検出限界以下しか含まれていない場合には、テストライン位置でのバンドは出現しない。このイムノクロマトグラフィーは、分析対象物を試料滴下部に滴下した後、約5〜10分間程度で迅速且つ簡便な方法である。
【0040】
上記標識としては、例えば、金属コロイド、酵素標識、着色ラテックス粒子、炭素粒子などを使用することができるが、金コロイドが抗体を標識しやすいので好ましい。
【0041】
一方、本発明の検査キットは、試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査する方法に好適に用いることができる。特に、上述した本発明の検査方法に好ましく用いることができる。
【0042】
本発明の検査キットにおいては、検査目的とされる特定物質を特異的に認識する抗体がイムノクロマトグラフに附合していることが望ましい。ここで「附合」とは、二以上の物が結合して、毀損するかまたは過分の費用を費やさなければ分離できない状態にあることを意味する。すなわち、検査目的とされる特定物質を特異的に認識する抗体がイムノクロマトグラフに担持、保持、固定等されていることを意味する。そして、上記抗体がイムノクロマトグラフに附合される際には、イムノクロマトグラフを構成するセルロースメンブレンなどの薄膜状支持体に保持又は直接固定される場合のほか、薄膜状支持体に結合しているろ紙等の多孔質性の小片に保持されている場合を例示することができる。
【0043】
本発明の検査キットにおいては、試料が食品の場合、食品中の特定原材料に特異的に含まれている物質を「検査目的物質」とすることで、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査することができる。
【実施例】
【0044】
以下実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0045】
【表1】

【0046】
以下の試験例1〜8では、上記表1に記載の加工食品について、卵原料、乳原料、小麦原料、そば原料、落花生原料の各食品原料の含有の有無を調べた。
【0047】
<試験例1>(ELISAによる卵原料の検出)
上記加工食品のうち、「クッキー」「チョコレート菓子」「食パン」「チルドハンバーグ」をミキサーにかけて均質化し、均質化したもの1gに、下記表2に示す抽出液19mlを加えて約100rpmのサイクルで12〜16時間振とうした。振とうしたものを3000×gで20分間遠心分離して、上清を濾紙(アドバンテックNo.5A)で濾過し、食品抽出液を調製した。
【0048】
【表2】

【0049】
得られた食品抽出液を、モリナガFASPEK卵測定キット(オボアルブミン)(株式会社森永生科学研究所製)による測定に処した。なお、このキットは、特定原材料が卵でその卵に含まれているオボアルブミンを検査目的物質とすることで、食品中の卵の有無及び/又はその量を検査する。そして、検査にあたっては卵総タンパク質を標準物質として用いることで、このキットで測定された値は、直ちに卵総タンパク質の量(濃度)を示すことになる。
【0050】
前記食品抽出液は、キットの検体希釈液Iで20倍に希釈された。また、希釈された食品抽出液中の卵総タンパク質の濃度が50ng/mlを超えるときは、更に希釈して希釈された食品抽出液中の卵総タンパク質の濃度が50ng/ml以下になるように調製した。その後、希釈された食品抽出液は、1次抗体が固定されたプラスチックウェルに100μl注ぎいれられ、1時間インキュベーションされた。プラスチックウェルを調製済み洗浄液で洗浄した後、酵素標識抗体を30分間反応させた。その後、調製済み洗浄液で洗浄し、酵素基質溶液を添加して10分間反応させ、反応停止液で反応を停止させた。反応停止後、30分以内に主波長450nm、副波長620nmで吸光度を測定した。測定した吸光度は、同時に卵総タンパク質を標準物質として用いて測定して作成した検量線に当てはめて、検体希釈液中の卵総タンパク質濃度を求め、さらに、希釈倍率を乗じて試料中の卵総タンパク質の濃度を求めた。測定は各条件下で2回行い、下記表3の値は、その平均値である(以下この明細書で説明する試験例の結果はすべて2重測定の平均値で示している。その結果を下記表3に示す。
【0051】
【表3】

【0052】
表3に示すように、卵原料を含まない「チョコレート菓子」「チルドハンバーグ」については、測定限界以下であった。卵原料を含む「クッキー」「食パン」については、それぞれの測定値が与えられ、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン(以下、「THP」ともいう。)とSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3では、緩衝液のみで抽出した対照やSDSを含む抽出液で抽出した比較例1と比べて測定値が高く、その値は、2−メルカプトエタノールとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例2と、互いにほぼ同等であった。したがって、抽出効率が良好であることが判明した。
【0053】
一方、THPの類縁化合物であるトリス(2−カルボキシエチル)フォスフィン(以下、「TCEP」ともいう。)と、SDSとを含む抽出液で抽出した比較例3〜5では、THPを用いた場合に比べて測定値が低く、特に「食パン」においてはSDSを含む抽出液で抽出した比較例1よりも低かった。また、TCEPの濃度を高めると溶解が困難になるという傾向とともに、測定値が低くなる傾向が顕著であった。
【0054】
<試験例2>(ELISAによる乳原料の検出)
試験例1で得られた食品抽出液を、モリナガFASPEK牛乳測定キット(カゼイン)(株式会社森永生科学研究所製)による測定に処した。なお、前記食品抽出液は、キットの検体希釈液Iで20倍に希釈された。また、希釈された食品抽出液中の牛乳総タンパク質の濃度が50ng/mlを超えるときは、更に希釈して希釈された食品抽出液中の牛乳総タンパク質の濃度が50ng/ml以下になるように調製した。その後、試験例1と同様にして、牛乳総タンパク質を標準物質として試料中の牛乳総タンパク質濃度のELISA測定を行った。その結果を下記表4に示す。
【0055】
【表4】

【0056】
表4に示すように、乳原料を含まない「チルドハンバーグ」については、測定限界以下であった。乳原料を含む「クッキー」「チョコレート菓子」「食パン」については、それぞれの測定値が与えられ、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3では、緩衝液のみで抽出した対照と比べて測定値が高く、その値は、2−メルカプトエタノールとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例2と、ほぼ同等であった。したがって、抽出効率が良好であることが判明した。
【0057】
一方、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例3では、THPを用いた実施例1〜3と同等の値が得られたが、TCEPの濃度を高めた比較例4や比較例5では、濃度が高くなるにしたがって測定値が低くなる傾向が見られた。特に「チョコレート菓子」や「食パン」においてその傾向が顕著であった。
【0058】
<試験例3>(ELISAによる小麦原料の検出)
試験例1で得られた食品抽出液を、モリナガFASPEK小麦測定キット(グリアジン)(株式会社森永生科学研究所製)による測定に処した。なお、前記食品抽出液は、キットの検体希釈液Iで20倍に希釈された。また、希釈された食品抽出液中の小麦総タンパク質の濃度が50ng/mlを超えるときは、更に希釈して希釈された食品抽出液中の小麦総タンパク質の濃度が50ng/ml以下になるように調製した。その後、試験例1と同様にして、小麦総タンパク質を標準物質として試料中の小麦総タンパク質濃度のELISA測定を行った。その結果を下記表5に示す。
【0059】
【表5】

【0060】
表5に示すように、小麦原料を含む「クッキー」「チョコレート菓子」「食パン」「チルドハンバーグ」について、それぞれの測定値が与えられ、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3では、緩衝液のみで抽出した対照やSDSを含む抽出液で抽出した比較例1と比べて測定値が高く、その値は、2−メルカプトエタノールとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例2と、互いにほぼ同等であった。したがって、抽出効率が良好であることが判明した。
【0061】
一方、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例3〜5では、THPを用いた場合に比べて測定値が低く、特に「チョコレート菓子」においてはSDSを含む抽出液で抽出した比較例1よりも低かった。また、TCEPの濃度を高めると測定値が低くなる傾向が顕著であった。
【0062】
<試験例4>(ELISAによるそば原料の検出)
上記加工食品のうち、「即席カップめん」「焼き菓子」をミキサーにかけて均質化し、試験例1と同様にして、上記表2に示す抽出液で食品抽出液を調製した。
【0063】
得られた食品抽出液を、モリナガFASPEKそば測定キット(株式会社森永生科学研究所製)による測定に処した。なお、前記食品抽出液は、キットの検体希釈液Iで20倍に希釈された。また、希釈された食品抽出液中のそば総タンパク質の濃度が50ng/mlを超えるときは、更に希釈して希釈された食品抽出液中のそば総タンパク質の濃度が50ng/ml以下になるように調製した。その後、試験例1と同様にして、そば総タンパク質を標準物質として試料中のそば総タンパク質濃度のELISA測定を行った。その結果を下記表6に示す。
【0064】
【表6】

【0065】
表6に示すように、そば原料を含む「即席カップめん」「焼き菓子」について、それぞれの測定値が与えられ、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3では、緩衝液のみで抽出した対照と比べて測定値が高く、その値は、2−メルカプトエタノールとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例2と、互いにほぼ同等であった。したがって、抽出効率が良好であることが判明した。
【0066】
一方、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例3〜5では、THPを用いた場合に比べて測定値が低く、対照や比較例1よりも低かった。また、TCEPの濃度を高めると測定値が低くなる傾向が顕著であった。
【0067】
<試験例5>(ELISAによる落花生原料の検出)
試験例1で得られた食品抽出液のうち、「クッキー」「チョコレート菓子」からの、それぞれの食品抽出液について、モリナガFASPEK落花生測定キット(株式会社森永生科学研究所製)による測定に処した。なお、前記食品抽出液は、キットの検体希釈液Iで20倍に希釈された。また、希釈された食品抽出液中の落花生総タンパク質の濃度が50ng/mlを超えるときは、更に希釈して希釈された食品抽出液中の落花生総タンパク質の濃度が50ng/ml以下になるように調製した。その後、試験例1と同様にして、落花生総タンパク質を標準物質として試料中の落花生総タンパク質濃度のELISA測定を行った。その結果を下記表7に示す。
【0068】
【表7】

【0069】
表7に示すように、落花生原料を含む「クッキー」「チョコレート菓子」について、それぞれの測定値が与えられ、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3では、緩衝液のみで抽出した対照やSDSを含む抽出液で抽出した比較例1と比べて測定値が高く、2−メルカプトエタノールとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例2と、ほぼ同等の抽出効率が得られた。
【0070】
一方、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例3では、「クッキー」において、THPを用いた実施例1〜3と同等の値が得られたが、TCEPの濃度を高めた比較例4や比較例5では、濃度が高くなるにしたがって測定値が低くなる傾向が見られた。また「チョコレート菓子」においては、SDSを含む抽出液で抽出した比較例1よりも測定値が低かった。
【0071】
以上の試験例1〜5の結果から、還元剤としてトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含む抽出液を用いることで、還元剤として2−メルカプトエタノールを含む抽出液を用いた場合と同等の抽出効率が得られることが明らかとなった。また、還元剤としてトリス(2−カルボキシエチル)フォスフィンを用いた場合に比べてトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを用いた方が、食品の種類によらずに抽出効率がよく、至適濃度範囲も広いので安定した抽出の結果が得られることが明らかとなった。
【0072】
<試験例6>(イムノクロマトグラフィーによる卵原料の検出)
試験例1で得られた食品抽出液のうち、「チョコレート菓子」「チルドハンバーグ」からの、それぞれの食品抽出液を、「食品アレルゲン検査キットナノトラップ卵(卵白アルブミン)」(商品名、ロート製薬株式会社製)による測定に処した。具体的には、各食品抽出液200μlを、イムノクロマトテストプレートの試料滴下部に滴下し、15分後に卵白アルブミンに対する特異抗体が担持されたテストライン位置でのバンドの出現の有無、又はその濃淡を観察した。その結果を下記表8に示す。
【0073】
【表8】

【0074】
表8に示すように、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3においては、テストライン位置にバンドが観察されず、卵原料を含まない「チョコレート菓子」「チルドハンバーグ」について、「陰性」との正しい結果が得られた。
【0075】
一方、2−メルカプトエタノールを含む抽出液で抽出した比較例2や、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例3〜5では、そのテストライン出現位置に濃いバンドが観察された。このバンドは、抽出液のみを試料滴下部に滴下して測定した場合にも観察されたことから、2−メルカプトエタノールやTCEPに起因した偽陽性反応によるものであることが判明した。
【0076】
<試験例7>(イムノクロマトグラフィーによる乳原料の検出)
試験例6と同様の試験を 「食品アレルゲン検査キット ナノトラップ牛乳(カゼイン)」(商品名、ロート製薬株式会社製)を用いて行った。具体的には、各食品抽出液200μlを、イムノクロマトテストプレートの試料滴下部に滴下し、15分後にカゼインに対する特異抗体が担持されたテストライン位置でのバンドの出現の有無、又はその濃淡を観察した。この結果を表9に示す。
【0077】
【表9】

表9に示すように、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1〜3においては、乳原料を含む「チョコレート菓子」については「陽性」、乳原料を含まない「チルドハンバーグ」については「陰性」、との正しい結果が得られた。
【0078】
一方、SDSを含む抽出液で抽出した比較例1では、乳原料を含まない「チルドハンバーグ」について、そのテストライン出現位置に濃いバンドが観察された。このバンドは、SDSを含有する抽出液のみを試料滴下部に滴下して測定した場合には観察されなかったことから、SDSで抽出される何らかの食品成分に起因した偽陽性反応によるものであることが示唆された。
【0079】
また、2−メルカプトエタノールを含む抽出液で抽出した比較例2や、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例3〜5でも、乳原料を含まない「チルドハンバーグ」について、そのテストライン出現位置に濃いバンドが観察された。このバンドは、抽出液のみを試料滴下部に滴下して測定した場合にも観察されたことから、2−メルカプトエタノールやTCEPに起因した偽陽性反応によるものであることが判明した。
【0080】
<試験例8> (イムノクロマトグラフィーによる小麦原料の検出)
試験例6、7と同様の試験を、「食品アレルゲン検査キット ナノトラップ小麦(グリアジン)」(商品名、ロート製薬株式会社製)を用いて行った。具体的には、各食品抽出液200μlを、イムノクロマトテストプレートの試料滴下部に滴下し、15分後にグリアジンに対する特異抗体が担持されたテストライン位置でのバンドの出現の有無、又はその濃淡を観察した。この結果を表10に示す。
【0081】
【表10】

表10に示すように、THPとSDSとを含む抽出液で抽出した実施例1、2においては、小麦原料を含む「チョコレート菓子」「チルドハンバーグ」について、「陽性」との正しい結果が得られた。
【0082】
一方、2−メルカプトエタノールを含む抽出液で抽出した比較例2や、TCEPとSDSとを含む抽出液で抽出した比較例4でも、そのテストライン出現位置に濃いバンドが観察されたが、このバンドは、抽出液のみを試料滴下部に滴下して測定した場合にも観察されたことから、2−メルカプトエタノールやTCEPに起因した偽陽性反応によるものであることが判明した。
【0083】
なお、THPを4%含む抽出液で抽出した実施例3においては、陽性バンドが観察されなかったが、その原因は明らかではなかった。
【0084】
以上の試験例6〜8の結果から、抗体に金属コロイドを結合させて利用するイムノクロマトグラフィー(ラテラルフロー)による測定法においては、チオール基を有する還元剤(2−メルカプトエタノール)が抗体に標識した金属コロイドやラテックスなどの粒子を凝集させて偽陽性反応の原因になることが考えられた。また、SDSで抽出される何らかの食品成分も、その偽陽性反応の原因となることが示唆された。そして、還元剤としてトリス(2−カルボキシエチル)フォスフィンを用いた場合にもイムノクロマトグラフィー(ラテラルフロー)による測定法において偽陽性となる頻度が高く、還元剤としてトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを用いることにより、その偽陽性反応を回避でき、正確な検査ができることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料と、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液とを混合し、前記試料中の成分を抽出することを特徴とする抽出方法。
【請求項2】
前記抽出液に界面活性剤を含有していることを特徴とする請求項1記載の抽出方法。
【請求項3】
前記界面活性剤がドデシル硫酸ナトリウムである請求項2記載の抽出方法。
【請求項4】
前記試料が食品である請求項1〜3のいずれか1つに記載の抽出方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1つに記載の抽出方法で用いられるトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液。
【請求項6】
試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査する検査方法であって、試料にトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンを含有する抽出液を接触させて該試料中の成分を抽出した試料抽出液を調製した後、前記試料抽出液を検査目的とされる特定物質を特異的に認識する特異抗体に接触させ、免疫学的測定方法を利用して試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査することを特徴とする検査方法。
【請求項7】
前記免疫学的測定方法がイムノクロマトグラフィーを用いることを特徴とする請求項6に記載の検査方法。
【請求項8】
前記特異抗体が金属コロイドによって標識されている請求項6又は7に記載の検査方法。
【請求項9】
試料中の特定物質が食品中の特定原材料に含まれている物質であって、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査する請求項6〜8のいずれか1つに記載の検査方法。
【請求項10】
試料中の特定物質の存在の有無及び/又はその量を検査するための検査キットであって、(1)抽出液及び該抽出液に添加するためのトリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィン、又は、トリス(3−ヒドロキシプロピル)フォスフィンが添加された抽出液、及び(2)検査目的とされる特定物質を特異的に認識する抗体とを含むことを特徴とする検査キット。
【請求項11】
前記抗体がイムノクロマトグラフに附合していることを特徴とする請求項10に記載の検査キット。
【請求項12】
試料中の特定物質が食品中の特定原材料に含まれている物質であって、食品中の特定原材料の存在の有無及び/又はその量を検査する請求項10又は11に記載の検査キット。