説明

認知症の治療薬のスクリーニング方法、トランスジェニック非ヒト動物、及び発現ベクター

【課題】個体レベルでの的確な認知症の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを被験対象である非ヒト動物の内耳有毛細胞に導入させて、その認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物を作製する。前記認知症関連遺伝子が発現したトランスジェニック非ヒト動物に、候補化合物を投与する。前記候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の聴覚を検出する。候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度が、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度より解消されている場合に、前記候補化合物を認知症の治療薬に有効であると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知症の治療薬のスクリーニング方法、そのスクリーニング方法に使用するトランスジェニック非ヒト動物、及び、そのトランスジェニック非ヒト動物を作製するための発現ベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は85歳以上の日本人口の約25%が発症するcommon diseaseであるが、アルツハイマー病がそのうち約半数を占めている。アルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)は、認知機能低下や人格の変化を主な症状とする認知症の一種である。現在の日本には約160〜180万人のアルツハイマー病患者が存在し、今後の高齢化に従い患者数は増加の一途を辿る。
【0003】
アルツハイマー病の発症のメカニズムとしてアミロイドカスケード説が提唱されている。アミロイドカスケードとは、加齢に伴うアミロイド蓄積が引き金となり、炎症反応、異常蛋白であるタウの神経細胞内蓄積、最終的には神経細胞の機能不全や変性(細胞死)に至る複雑な経路の呼称である。即ち、非特許文献1及び非特許文献2に記載されるように、アミロイドβ前駆体蛋白質(APP)が、アミロイドβ蛋白質(Aβ)を生成し、このアミロイドβ蛋白質が凝集・沈着して脳神経細胞破壊及び脳神経の脱落を引き起こしている可能性があると考えられている。
【0004】
Aβは、アミノ酸の数によりAβ40、Aβ42及びAβ43の3種が知られている。Aβはアルツハイマー病発症の原因であるとしてもどのようにして神経細胞死が惹起されるのかは明らかとなっていない。培養細胞を用いた毒性研究では単量体では細胞毒性は低く、凝集して多量体になったときに強い毒性を発揮することがわかっている。
【0005】
現在、アルツハイマー病の治療法の開発が活発に行われている。Aβ、特にAβ42の神経毒性により神経変性が進むとの認識から、産生を低下させるためのアミロイドβを産生するβ−セクレターゼ・γ−セクレターゼの阻害剤、細胞外でAβを分解するネプリライシンの活性化剤、Aβ重合阻害剤、Aβに対する抗体療法等が開発されている。
【0006】
アルツハイマー病治療薬のスクリーニング方法として、特許文献1には、ウィスターラットにインドメタシンを投与して水迷路試験を行い、インドメタシン投与群のプラットホームへの到達時間を調べる脳機能改善剤のスクリーニング方法が記載されている。また、健常成人にインドメタシンを服用させて無作為に選んだ数字を提示し、どれだけ記憶しているかを検討するスクリーニング方法も記載されている。しかしながら、前者の方法では、プラットホームへの到達時間は個々のラットの筋力等にも依存するため的確に判断することが困難である。また、後者の方法においても、記憶能力が個々異なるため的確に判断することが困難である。
【0007】
また、特許文献2には、Aβ42の22位及び23位のアミノ酸残基においてその前後のアミノ酸配列によるβシート構造間のターン構造をなすβアミロイドペプチドに、被験物質を接触させてその凝集活性を測定する方法が記載されている。この方法は、このβアミロイドペプチドに被験物質とチオフラビンTを加えてインキュベーションし、蛍光強度を低下させる物質をスクリーニングするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−088122号公報
【特許文献2】特開2006−265189号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Yankner BADuffy LK, Kirschner DA.1990.Neurotrophic and neurotoxic effects of amyloid beta protein: Reversal by tachykinin neuropeptides. Science 250:p.279-p.282.
【非特許文献2】Hyman BT. 1998. New neuropathological criteria for Alzheimer disease. Arch. Neural. 55:p.1174-p.1176.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、この方法は酵素レベルでのスクリーニング方法であり、個体レベルでのスクリーニング方法が望まれる。
【0011】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、個体レベルでの的確な認知症の治療薬のスクリーニング方法を提供することを目的とする。また、そのスクリーニング方法に使用されるトランスジェニック非ヒト動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の観点に係る認知症の治療薬のスクリーニング方法は、a)認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを被験対象である非ヒト動物の内耳有毛細胞に導入させて、その認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物を作製し、b)前記認知症関連遺伝子が発現したトランスジェニック非ヒト動物に、候補化合物を投与し、c)前記候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の聴覚を検出し、d)候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度が、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度より解消されている場合に、前記候補化合物を認知症の治療薬に有効であると判定することを特徴とする。
【0013】
本発明の第2の観点に係るトランスジェニック非ヒト動物は、認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを内耳有毛細胞に導入させて、その認知症関連遺伝子を発現させたことを特徴とする。
【0014】
本発明の第3の観点に係る発現ベクターは、配列番号1に記載される配列を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、内耳有毛細胞に認知症関連遺伝子を導入して発現させたトランスジェニック非ヒト動物に候補化合物を投与してその聴覚を検出するので、個々の被験動物の能力に左右されずに個体レベルでの的確なスクリーニングが可能である。また、老人性疾患は発症に時間がかかるが、マウス等の世代交代時間が短いトランスジェニック非ヒト動物を使用することにより、短時間でのスクリーニングが可能である。これにより認知症の治療薬の的確な開発が可能となり、認知症の基本的症状である知的機能障害の改善のみならず、意欲減退やうつ状態、行動異常等の認知症に伴っておこる副次的症状も改善され、患者本人のQOL(Quality of Life)を向上させる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを説明する図である。
【図2】正常な被験動物の聴性脳幹反応の波形データを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0018】
(トランスジェニック非ヒト動物)
本実施形態に係るトランスジェニック非ヒト動物は、認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを内耳有毛細胞に導入させて、認知症関連遺伝子を発現させたものである。ここで、認知症関連遺伝子が発現するとは、非ヒト動物中で当該遺伝子が現実に発現している場合はもとより、一時的に当該遺伝子の発現が抑制されている状態であってもよい。
【0019】
本実施形態のトランスジェニック非ヒト動物は、該動物の個体のみならず、その組織及び細胞をも含む概念である。また、これら個体、組織及び細胞には認知症関連遺伝子以外の外来遺伝子が導入されていてもよい。
【0020】
認知症関連遺伝子は、例えば、アミロイドβ蛋白質(Aβ)、アミロイドβ前駆体蛋白質(APP)及びTau蛋白質並びにそれらの変異体からなる群より選択される1つの蛋白質又はその変異体をコードする遺伝子である。Aβには、Aβ40、Aβ42、Aβ43、及びAβ42-Arctic(家族制アルツハイマー病の変異の一つであるArctic変異をAβ42に導入したもの)が含まれる。
【0021】
内耳有毛細胞は、物理刺激を神経刺激に変換して蝸牛神経節細胞に伝える細胞である。内耳有毛細胞には、内有毛細胞及び外有毛細胞が含まれ、これらは蝸牛管に沿って規則正しく並んでいる。
【0022】
トランスジェニック非ヒト動物に用いる非ヒト動物は、内耳有毛細胞を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター等が挙げられる。好ましくは、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、又はハムスターであり、なかでもモルモット、ハムスター、マウス、ラット等の齧歯目が好ましく、とりわけマウスが好ましい。
【0023】
認知症には、アルツハイマー病、パーキンソン病、びまん性レビー小体病等が含まれるが、好ましくはアルツハイマー病である。アルツハイマー病とは、徐々に進行する認知障害(記憶障害、見当識障害、学習障害、注意障害、空間認知機能等)及び人格の変化、また、社会的に適応できなくなる等の症状を呈する痴呆性疾患である。アルツハイマー病には、家族性アルツハイマー病及び孤発性アルツハイマー病のいずれも含まれる。ここで、家族性アルツハイマー病とは、完全な常染色体優性のメンデル型の遺伝パターンを示す遺伝性アルツハイマー病である。また、孤発性アルツハイマー病とは、アルツハイマー病の中でほとんどを占め、遺伝的に発症せず、老年期に発症するアルツハイマー病である。
【0024】
次に、本実施形態に係るトランスジェニック非ヒト動物の作製方法について説明する。
【0025】
内耳有毛細胞に目的遺伝子を発現させる目的で、感覚細胞特異的に発現する遺伝子であるMath1のminimal enhancerを用いる。図1に示すように、さまざまな認知症関連因子群をMath1E下で発現させるためにMath1E及びCMVプロモーターをMCSの上流に結合させ、ポリアデニレーションサイトとしてBGHpAを持つ発現ベクターとしてMath1E-IRES-EGFP::L10a-BGHpAを作製する。この発現ベクターの配列は配列番号1に記載される。
【0026】
この発現ベクターにはIRESの下流でEGFPとマウスリボゾームL10aとの融合タンパク質を発現することから、認知症関連遺伝子の発現細胞の特定及び遺伝子発現プロファイル解析が容易である。そして上述した認知症関連遺伝子を上述の発現ベクターに導入して、トランスジェニック非ヒト動物を作製する。
【0027】
上述した認知症遺伝子を非ヒト動物に導入する方法は、特に限定されるものではないが、例えば、非ヒト動物の受精卵に遺伝子導入し、その受精卵を当該動物の雌に着床させる。受精卵としては、雄精前核時期(受精後約12時間)のものを用いることが好ましい。遺伝子を受精卵に導入する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、マイクロインジェクション法、電気パルス法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、パーティクルガン法等を用いることが可能である。受精卵を雌に着床させる方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、偽妊娠雌性動物の卵管に人工的に移植、着床させる手段等を用いることが可能である。
【0028】
次に、受精卵を着床させた雌から生まれた子の中から、認知症関連遺伝子を含んでおり、さらに該遺伝子を発現している個体を選別し、その個体を継代する。導入した認知症関連遺伝子が非ヒト動物に含まれているか否かは、非ヒト動物のDNAを採取し、導入した遺伝子の配列を用いてRT-PCRを行うことにより確認することが可能である。
【0029】
認知症関連遺伝子が含まれている非ヒト動物が遺伝子発現しているか否かは、上記発現ベクターにはIRESを介してEGFP融合蛋白質を発現させているので、蛍光モニターにて確認することが可能である。また他の方法としては、非ヒト動物の内耳有毛細胞に細胞破砕液を調製し、認知症関連遺伝子を認識する抗体を用いて、ウエスタンブロット法等により確認することが可能である。また、他の方法として、トランスジェニック非ヒト動物の内耳有毛細胞を定法に従ってパラホルムアルデヒドにて灌流固定して作製したパラフィン切片に対して、認知症関連遺伝子を認識する抗体を用いた免疫組織化学を用いて確認することが可能である。
【0030】
(認知症の治療薬のスクリーニング方法)
上述した本実施形態に係るトランスジェニック非ヒト動物は、認知症の治療薬のスクリーニングに用いることが可能である。治療薬は、ヒトを含む動物に対する治療薬を意味し、治療薬には疾患の予防、疾患の改善、及び疾患の進行遅延の何れも含まれる。
【0031】
本実施形態に係る認知症の治療薬のスクリーニング方法は、a)認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを被験対象である非ヒト動物の内耳有毛細胞に導入させて、その認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物を作製する工程と、b)前記認知症関連遺伝子が発現したトランスジェニック非ヒト動物に、候補化合物を投与する工程と、c)前記候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の聴覚を検出する工程と、d)候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度が、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度より解消されている場合に、前記候補化合物を認知症の治療薬に有効であると判定する工程と、を有する。
【0032】
まずは上述したトランスジェニック非ヒト動物の作製方法に基づいて、認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物を作製する。そして、その認知症関連遺伝子が発現したトランスジェニック非ヒト動物に、候補化合物を投与する。候補化合物は、認知症の治療薬としての有効性の判断対象となる化合物である。被験動物への投与方法は特に限定されるものではなく、例えば経口投与や注射による血管内投与等を用いることができる。トランスジェニック非ヒト動物に投与される候補化合物の投与量は、その候補化合物がトランスジェニック非ヒト動物に作用する量であれば特に限定されるものではない。
【0033】
次に候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の聴覚を検出する。聴覚の検出は、例えば聴性脳幹反応(ARB:auditory brainstem response)による電気信号検出であることが好ましい。聴性脳幹反応とは、被験動物の耳から音刺激を加えた場合における脳幹部分の電位の変化である。
【0034】
まず、被験動物の頭部の所定部位に電極を装着し、耳から音刺激を加えて、脳神経の誘発電位を経時的に記録して、聴性脳幹反応を取得する。聴性脳幹反応の測定では、鎮静剤を前投与して被験動物を安静化させた状態で測定を行うことが好ましい。鎮静剤は特に限定されないが、例えばキシラジンが好適である。
【0035】
被験動物の耳には、音刺激用のイヤホン形状のスピーカーを装着させる。スピーカーの形状や大きさは特に限定されるものではないが、例えば被験動物の耳孔に密着するものが好ましい。また、被験動物が耳を動かすことによる筋電図由来のノイズを防止するため、聴性脳幹反応の測定に際しては、予め被験動物の耳を固定しておくことが好ましい。
【0036】
被験動物の頭部への電極の装着部位については、脳幹由来の誘発電位を検出できる場所であれば特に限定されるものではなく、例えばプラス電極を頭頂部に、マイナス電極を眼窩と耳根部の中間部に、アースを両目の中間と鼻の中間部に装着させることが可能である。
【0037】
音刺激の種類・頻度・大きさは特に限定されるものではなく、適宜設定することが可能である。例えば、クリック音で、刺激音圧を75〜120dBnHL程度、刺激頻度を10〜40回/秒、刺激の持続時間を0.1〜0.3ミリ秒とすることが可能である。
【0038】
耳から音刺激を加えると、その刺激が聴神経を経由して脳幹に伝達される。音刺激を加えてから聴神経・脳幹各部位へその刺激が伝達されるまでの時間は、各部位ごとにほぼ一定である。そのため、聴神経から脳幹へ伝達された誘発電位を経時的に記録することにより、脳幹各部位の機能を解析することができる。
【0039】
次に、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データと、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データとを比較する。
【0040】
図2は、正常な被験動物の聴性脳幹反応の波形データである。図2に示されるように、聴性脳幹反応に基づく波形には陽性波が7つ認められる。「I」は蝸牛神経由来、「II」は蝸牛核由来、「III」は上オリーブ複合核由来、「IV」は外側毛帯由来、「V」は下丘由来、「VI」は内側膝状体由来、「VII」は聴放線由来の陽性波である。縦軸は得られた誘発電位(Amplitude、加算値)であり、横軸は音刺激を加えてからの時間(Latency;潜時)である。
【0041】
認知症関連遺伝子が発現したトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データは、蝸牛神経由来である「I」の陽性波がほとんど検出されない固有の波形データとなる。有毛細胞と蝸牛神経終末とはシナプスでつながっており、有毛細胞が物理刺激を神経刺激に変換して、蝸牛神経節細胞に伝える。しかしながら内耳有毛細胞で認知症関連遺伝子が発現していると、有毛細胞から蝸牛神経節細胞への刺激伝達がうまくいかなくなり「I」の陽性波がほとんど検出されなくなるからである。
【0042】
候補化合物が認知症に有効である場合は、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物から取得した聴性脳幹反応の波形データは、正常な被験動物の聴性脳幹反応の波形データに近くなり、「I」の陽性波が正常又はほぼ正常に検出される。即ち、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データの「I」の陽性波が、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データとを比較して、出現している場合はその候補化合物は認知症の治療薬に有効であると判定される。
【0043】
一方、候補化合物が認知症に有効ではない場合は、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物から取得した聴性脳幹反応の波形データは、「I」の陽性波がほとんど検出されないままである。即ち、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データの「I」の陽性波が、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データと同様に出現していない場合はその候補化合物は認知症の治療薬に有効ではないと判定される。
【0044】
このように聴性脳幹反応の波形データの「I」の陽性波の有無を検出するから認知症の治療薬のスクリーニングを定量的に行うことができる。更に被験対象である非ヒト動物の加齢日数ごとにスクリーニングを行えば経時的に候補化合物の薬剤効果を検定することもできる。
【0045】
(その他の実施形態)
上述の実施形態では、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の聴覚の検出は聴性脳幹反応による検出であったが、本発明の範囲は係る実施形態に限定されない。例えば、動物が環境に積極的且つ随意的に順応することを身につけ、ある条件下から快刺激を獲得したり、不快刺激を回避したりする行動パターンであるオペラント行動を利用する聴覚の検出を行うことも可能である。即ち、被験動物に対して音→電撃の関係を予め条件回避学習させ、音を聞くだけで回避行動を行わせることにより被験動物の聴覚を検出する。認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物は聴覚障害があるため、音→電撃の関係を予め条件回避学習しているにもかかわらず、音を聞いても回避行動が不十分である。そして認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物に候補化合物を投与して音に対する条件回避反応を観察する。候補化合物が認知症に有効である場合は、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の条件回避反応は、正常な被験動物の条件回避反応に近い。一方、候補化合物が認知症に有効ではない場合は、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物は、回避行動が不十分のままである。
【0046】
また、上述の実施形態では、聴性脳幹反応の波形データの「I」の陽性波の有無を検出したが、本発明の範囲は係る実施形態に限定されない。例えば、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データ全体と、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴性脳幹反応の波形データ全体とを比較して、ワイルドタイプの非ヒト動物の聴性脳幹反応の波形データの形状に近い場合は、その候補化合物は認知症の治療薬に有効であると判定することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
認知症の治療薬の開発に利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0048】
配列番号1:ベクター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを被験対象である非ヒト動物の内耳有毛細胞に導入させて、その認知症関連遺伝子を発現させたトランスジェニック非ヒト動物を作製し、
b)前記認知症関連遺伝子が発現したトランスジェニック非ヒト動物に、候補化合物を投与し、
c)前記候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物の聴覚を検出し、
d)候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度が、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物における聴覚障害の程度より解消されている場合に、前記候補化合物を認知症の治療薬に有効であると判定することを特徴とする認知症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記認知症関連遺伝子が、アミロイドβ蛋白質(Aβ)、アミロイドβ前駆体蛋白質(APP)及びTau蛋白質並びにそれらの変異体からなる群より選択される1つの蛋白質又はその変異体をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1に記載の認知症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項3】
c)において、前記聴覚の検出は、聴性脳幹反応(ARB)による電気信号検出であることを特徴とする請求項1又は2に記載の認知症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項4】
d)において、候補化合物を与えないトランスジェニック非ヒト動物と比較して、候補化合物を投与したトランスジェニック非ヒト動物における蝸牛神経由来の波形が出現している場合に、前記候補化合物を認知症の治療薬に有効であると判定することを特徴とする請求項3に記載の認知症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項5】
上記非ヒト動物が、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、又は、ハムスター、からなる群より選択されることを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載の認知症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記認知症は、アルツハイマー病であることを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載の認知症の治療薬のスクリーニング方法。
【請求項7】
認知症関連遺伝子を担持する発現ベクターを内耳有毛細胞に導入させて、その認知症関連遺伝子を発現させたことを特徴とするトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項8】
前記認知症関連遺伝子が、Aβ(アミロイドβ蛋白質)、APP(アミロイドβ前駆体蛋白質)及びTau蛋白質並びにそれらの変異体からなる群より選択される1つの蛋白質又はその変異体をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項7に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項9】
上記非ヒト動物が、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、又は、ハムスター、からなる群より選択されることを特徴とする請求項7又は8に記載のトランスジェニック非ヒト動物。
【請求項10】
配列番号1で表される塩基配列からなることを特徴とする発現ベクター。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−217379(P2012−217379A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−85642(P2011−85642)
【出願日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】