説明

論理素子

【課題】光信号を電気信号に変換することなく、光信号の入出力によって直接論理演算を行うことが可能な論理素子を提供すること。
【解決手段】基底状態から励起状態への遷移エネルギーが異なり、かつ、失活時の放出エネルギーが異なっている2種類の分子からなり、第一分子が励起状態にある場合には第一分子から第二分子にエネルギーが移動するが、第二分子が励起状態にある場合には第二分子から第一分子にエネルギーは移動しないように構成されている論理素子。当該素子は、第一分子を励起させる特定波長の光、及び/又は、第二分子を励起させる特定波長の光を入力すると、第二分子が放射する特定波長の光を、OR演算結果として出力し、また、第一分子を励起させる特定波長の光、及び、第二分子を励起させる特定波長の光を入力すると、第一分子が放射する特定波長の光を、AND演算結果として出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光信号を電気信号に変換することなく、光信号の入出力によって直接論理演算を行うことが可能な論理素子に関する。
【背景技術】
【0002】
情報処理及び信号処理を行う論理演算素子としては、現在、半導体CMOS素子が広く利用されている。情報通信分野においては情報通信量の増大に伴う消費エネルギーの爆発的増大が問題となっているが、この素子では、信号を多数の電子によって伝播して処理するために、1ビットのスイッチングのために10−15J程度のエネルギーが消費される。光を媒体として利用する光通信等のシステムにおいて当該素子を利用する場合には、伝播されてきた光信号を電気信号(電圧)に変換してから情報処理を行うために、さらにエネルギーが消費されることになる。
【0003】
このため、従来の半導体素子よりも低エネルギーで動作し得る論理演算素子が求められている。そのような素子として単量子素子が提案され、この素子は10−18J以下という極めて微量のエネルギーでスイッチング動作をすることが可能である。しかし単量子として単電子又は単一磁束量子を用いた論理素子においては、素子の冷却が必要になる。一方、単量子として光子を利用する論理素子は、そのような冷却の必要性がなく、また、光を電子に変換する必要性もなく光信号の入出力によって直接論理演算を行うことができるため、きわめて好ましいものと言える。
【0004】
現在、光子を利用した光論理素子としては、フォトニックゲート(非特許文献1を参照)、及び、量子ドット近接場スイッチ(非特許文献2を参照)が報告されている。しかしながら、前者は酸化還元ゲートに基づいたものであるため、溶液中で動作させることが必要であり、単一分子単位で動作させることは極めて困難である。後者はその作製にあたって量子ドットのサイズ制御と量子ドット間の距離制御が困難であり、励起準位と相互作用を所望のデザイン通りに調整するのは難しい。また、いずれの文献にも、ゲート動作によるスイッチング動作のみが記載され、AND/OR論理出力についてはまったく記載されていない。
【非特許文献1】R.W.Wagner,J.S.Lindsey,J.Seth,V.Palaniappan and D.F.Bocian,J.Am.Chem.Soc.,118,3996(1996)
【非特許文献2】T.Kawazoc,K.Kobayashi,S.Sangu and M.Ohtsu,Appl.Phys.Lett.82,2957(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記現状に鑑み、光信号を電気信号に変換することなく、光信号の入出力によって直接論理演算を行うことが可能な論理素子であって、性能制御が容易であり、かつ単一分子単位での動作が可能な論理素子を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、特定量のエネルギーを吸収することによって基底状態から励起状態に遷移し、かつ、励起状態から基底状態に遷移する際に特定量のエネルギーを放出する分子を利用した論理素子において、そのような分子として、各々の励起エネルギー、及び、各々の失活エネルギーが異なる2種類の分子を採用し、かつ、その分子間においてエネルギー移動が一方向にのみ生起するようにすることによって、前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、基底状態から励起状態への遷移の際に吸収するエネルギーが異なり、かつ、励起状態から基底状態に遷移する際に放出するエネルギーが異なっている2種類の分子からなり、
第一分子が励起状態にあり第二分子が基底状態にある場合には、第一分子から第二分子にエネルギーが移動して第二分子を励起状態に遷移させるが、第二分子が励起状態にあり第一分子が基底状態にある場合には第二分子から第一分子にエネルギーは移動しないように構成されていることを特徴とする論理素子である。
【0008】
本発明の好ましい態様においては、第一分子及び第二分子が、各々特定波長の光の吸収によって励起状態に遷移し、基底状態への遷移時に各々特定波長の光を放射するものである。
【0009】
第一分子及び第二分子としては、蛍光性の有機化合物が好ましい。また、第一分子と第二分子とが、直接的に、又は、リンカーを介して結合されていることが好ましい。
【0010】
本発明の論理素子は、第一分子が励起の際に吸収する特定波長の光、及び/又は、第二分子が励起の際に吸収する特定波長の光を入力し、第二分子が失活時に放射する特定波長の光を、OR演算結果として出力することができる。
【0011】
また、本発明の論理素子は、第一分子が励起の際に吸収する特定波長の光、及び、第二分子が励起の際に吸収する特定波長の光を入力し、第一分子が失活時に放射する特定波長の光を、AND演算結果として出力することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の論理素子は、分子の励起及び失活に関わる性質を利用するものであるため、入力信号及び出力信号の双方に光信号を用いることができる。したがって、光信号の入出力のみによって直接論理演算を行うことが可能である。この際、入出力される信号線は各々、波長によって識別することができる。
【0013】
本発明の論理素子は、2種類の分子の組合せである単一分子単位で動作させることが可能である。また、当該組合せを基板に結合すること等によって極小サイズの素子とすることができる。
【0014】
本発明では論理素子を分子から構成するため、化学合成によって、分子の励起準位エネルギー、2分子間相互作用(エネルギー移動)等を精密に制御することができ、演算速度や適用場面等に応じて論理素子の性能を制御することが容易である。
【0015】
本発明の論理素子は、実質的に4端子素子として動作することが可能なものであり、2種類の分子の組合せという単純な構成によって、OR演算処理及びAND演算処理を同時に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の具体的な実施態様を詳細に説明するが、本発明はこれら実施態様に限定されるものではない。
本発明の論理素子は、少なくとも2種類の分子を含むものである。以下では、これら2種類の分子をそれぞれ、第一分子、及び、第二分子とする。
【0017】
本発明で用いる2種類の分子は、特定量のエネルギーを吸収することによって基底状態から励起状態に遷移(励起)し、かつ、特定量のエネルギーを外部に放出することによって励起状態から基底状態に遷移(失活)するものである。
【0018】
本発明の論理素子は、分子が吸収する特定量のエネルギーの存在、及び、非存在を、入力値としての「1」及び「0」として利用し、さらに、分子が外部に放出する特定量のエネルギーの存在、及び、非存在を、出力値としての「1」及び「0」として利用するものである。
【0019】
本発明で使用できる分子としては上記の性質を満足するものであれば特に限定されないが、例えば、ポルフィリン類;アクリフラビン等のフラビン類;フルオレセイン等のフルオレセイン類;ローダミン6G、ローダミンB等のローダミン類;ヨウ化3,3′−ジエチルトリカルボシアニン、クロロアルミニウムフタロシアニン等のシアニン類;アントラセン;クマリン6等のクマリン類;トリス(ビピリジン)ルテニウム錯体、トリス(ビピリジン)オスミウム錯体等のポリピリジン金属錯体類;C60、C70等のフラーレン類;カルコン等の蛍光性の有機化合物;蛍光性の無機化合物;CuCl、GaN、ZnO、CdSe、CdS、PbS等の材料系からなる量子ドット等が挙げられる。なかでも、後述する2分子間のエネルギー移動の方向及び速度を制御するために、蛍光性の有機化合物を用いることが好ましい。なお、本発明における蛍光性の有機化合物には、有機化合物を配位子とする金属錯体も含める。
【0020】
本発明では、第一分子と第二分子とのあいだで、基底状態から励起状態への遷移の際に吸収するエネルギー(励起エネルギー)量が相違するよう2種類の分子を選択して用いる。一般に分子が基底電子状態から励起電子状態に遷移する際には、励起エネルギーとして光を吸収する。その吸収される光の波長と、吸光量との関係は、例えば図2で示すような吸収スペクトルとして示される。本発明において「第一分子と第二分子とのあいだで励起エネルギーが異なる」とは、必ずしも吸収スペクトル全体において相違することを意味するのではなく、ある特定の波長において第一分子は吸光するが第二分子は実質的に吸光せず、別の波長においては第一分子は実質的に吸光しないが第二分子は吸光する、というような関係が存在することを意味する。これによって、第一分子のみを励起する光の波長と、第二分子のみを励起する光の波長とを区別することを可能にする。
【0021】
さらに、第一分子と第二分子とのあいだで、励起状態から基底状態に遷移する際に放出するエネルギー(失活エネルギー)量も相違するように2種類の分子を選択して用いる。一般に分子が励起電子状態から基底電子状態に遷移する際には、光を放射することにより励起エネルギーを外部に放出する(放射失活)。本発明では、放射失活時に放出されるエネルギーを利用することが論理素子としての利用可能性の観点から好ましい。
【0022】
放射失活には、蛍光とりん光の2つの機構があるが、りん光の場合には長時間その放射が持続することから、論理素子としての即答性の観点から、蛍光による放射失活を利用することが好ましい。
【0023】
一般に分子が蛍光を放射することによって励起電子状態から基底電子状態に遷移する際には、その蛍光の波長と、その発光量との関係が、例えば図3で示すような蛍光スペクトルとして示される。本発明において「第一分子と第二分子とのあいだで失活エネルギーが異なる」とは、必ずしも蛍光スペクトル全体において相違することを意味するのではなく、第一分子はある特定の波長での蛍光を放射するが、第二分子はその波長での蛍光を実質的に放射せず、逆に、第二分子が放射する別の波長の蛍光については、第一分子が実質的に放射しない、というような関係が存在することを意味する。これによって、第一分子のみが放射する蛍光の波長と、第二分子のみが放射する蛍光の波長とを区別することを可能にする。
【0024】
本発明において上記2点の関係を満足する2分子を選択するためには、各分子の励起エネルギーと失活エネルギーを比較検討すればよい。吸収光の波長と蛍光の波長を利用する場合には、図2及び図3で示しているように2分子の吸収スペクトル及び蛍光スペクトルをそれぞれ、重ね合わせることによって容易に判断可能である。
【0025】
本発明で利用できる2分子の組合せとしては特に限定されないが、例えば、Znポルフィリンと遊離塩基ポルフィリンの組合せ、トリス(ビピリジン)ルテニウム錯体とトリス(ビピリジン)オスミウム錯体の組合せ、アントラセンとカルコンの組合せ、クマリン6とローダミン6Gの組合せ等が挙げられる。
【0026】
本発明では、第一分子のみが吸収する特定量のエネルギー、及び、第二分子のみが吸収する特定量のエネルギーが、2種類の入力信号を構成し、第一分子のみが放出する特定量のエネルギー、及び、第二分子のみが放出する特定量のエネルギーが、2種類の出力信号を構成するので、本発明の論理素子は、実質的に、4端子素子として動作する。
【0027】
本発明の最も好ましい態様では、分子によるエネルギーの吸収及び放出の双方が光子を介して行われるので、光信号を電気信号に変換する必要がなく、光信号の入出力のみによって直接論理演算を行うことができる。この場合、入出力される光信号は波長によって識別することができる。
【0028】
本発明の論理素子は、上述した関係を満たす2分子を利用し、さらに、第一分子が励起状態にあり第二分子が基底状態にある場合には、第一分子から第二分子にエネルギーが移動して第二分子を励起状態に遷移させるが、第二分子が励起状態にあり第一分子が基底状態にある場合には第二分子から第一分子にエネルギーは移動しないように構成される。この構成によって、上記2分子からなる系が、入力される2種類のエネルギーの存在及び/又は非存在に応じて論理演算を行うことができる論理素子として機能するようになる。
【0029】
本発明において「第一分子から第二分子にエネルギーが移動して第二分子を励起状態に遷移させる」とは、励起状態にある第一分子が失活エネルギーを外部に放出して失活する前に、その励起エネルギーが第二分子に移動することによって、第一分子が失活するとともに、第二分子がその移動エネルギーによって励起状態に遷移することをいう。ただし、このようなエネルギー移動は、第二分子が基底状態にある場合にのみ進行し、第二分子がすでに励起状態にある場合には両分子のあいだに移動に必要なエネルギー差が存在しないことになるので、進行しない。
【0030】
また「第二分子から第一分子にエネルギーは移動しない」とは、第一分子を励起させるに足る量のエネルギーが、第二分子から第一分子に移動することは実質的にないことを意味する。すなわち、励起状態にある第二分子が失活するには、第二分子自体が失活エネルギーを外部に放出する必要があり、その励起エネルギーが第一分子に移動し第一分子を励起させることは実質的にない。
【0031】
以下は図1を参照しつつ説明する。図1中の「基底1」、「基底2」、「励起1」及び「励起2」はそれぞれ、基底状態にある第一分子、基底状態にある第二分子、励起状態にある第一分子、及び、励起状態にある第二分子を示す。「入力1」、「入力2」、「出力1」及び「出力2」はそれぞれ、第一分子を励起させるエネルギーの入力、第二分子を励起させるエネルギーの入力、第一分子が外部に放射したエネルギーの出力、及び、第二分子が外部に放射したエネルギーの出力を示す。
【0032】
図1のルートbで示すとおり、第一分子を励起させるエネルギーのみが入力されると、第一分子が励起され、第二分子は基底状態に留まる。この場合、第一分子から第二分子にエネルギーが移動することによって、第一分子は失活して基底状態に遷移するとともに、第二分子が励起状態に遷移する。これによって、第一分子は失活エネルギーを外部に放出することはなく、逆に、エネルギー移動によって励起された第二分子が失活エネルギーを外部に放出する。
【0033】
一方、ルートcで示すとおり、第二分子を励起させるエネルギーのみが入力されると、第二分子が励起され、第一分子は基底状態に留まる。この場合にはエネルギー移動は起こらないので、この場合も第二分子が失活エネルギーを外部に放出する。
【0034】
さらに、ルートaで示すとおり、第一分子を励起させるエネルギーと第二分子を励起させるエネルギーの双方が入力され、第一分子と第二分子の双方が励起された場合も、第二分子は失活エネルギーを放出する。
【0035】
したがって、第一分子が励起の際に吸収する励起エネルギー(入力1)、及び、第二分子が励起の際に吸収する励起エネルギー(入力2)のいずれか一方、又は、双方を入力した場合には、第二分子による失活エネルギー(出力2)が出力される。すなわち、第二分子による失活エネルギー(出力2)は、上記2種類の励起エネルギー(入力1及び入力2)に対してOR演算結果となる出力に相当する。
【0036】
一方、本発明の論理素子において第一分子が失活エネルギーを外部に放出するのは、第一分子を励起させるエネルギーと第二分子を励起させるエネルギーの双方が入力され、第一分子と第二分子の双方が励起された場合のみである(ルートa)。すなわち、第一分子が励起の際に吸収する励起エネルギー(入力1)、及び、第二分子が励起の際に吸収する励起エネルギー(入力2)の双方を入力した場合に、第一分子による失活エネルギー(出力1)が出力される。よって、第一分子による失活エネルギー(出力1)は、上記2種類の励起エネルギー(入力1及び入力2)に対してAND演算結果となる出力に相当する。本発明の論理素子における入出力の対応関係を、以下の表1にまとめた。
【0037】
【表1】

【0038】
エネルギーの入出力を光で行う場合では、本発明の論理素子は、第一分子が励起の際に吸収する特定波長の光、及び/又は、第二分子が励起の際に吸収する特定波長の光を入力すると、第二分子が失活時に放射する特定波長の光を、OR演算結果として出力することになる。一方、第一分子が励起の際に吸収する特定波長の光、及び、第二分子が励起の際に吸収する特定波長の光を入力すると、第一分子が失活時に放射する特定波長の光を、AND演算結果として出力することになる。
【0039】
2分子間のエネルギー移動の速度や効率は、第一分子と第二分子の相対角、距離、第一分子と第二分子をつなぐリンカー分子の種類により調整することができる。例えば、Znポルフィリンと遊離塩基ポルフィリンからなる分子アレイでは、文献(S. I. Yang et.al., J. Phys. Chem. 102, 9426-9436 (1998))によれば、p−フェニレンをリンカーとした場合には、エネルギー移動定数は(3.5ps)−1であり、p,p’−ジフェニルエチンをリンカーとした場合には、エネルギー移動定数は(24ps)−1になる。
【0040】
上記関係を満足させその状態を維持するには、第一分子と第二分子とが、直接的に、又は、リンカーを介して結合された状態にある分子構造体を利用することが好適である。ここでリンカーとは、第一分子と第二分子とのあいだに挿入されて両者を結合させる物質のことをいう。第一分子と第二分子が有機化合物である場合には、リンカーとしても有機物を用いることが好ましく、第一分子及び第二分子と、リンカーとが共有結合によって結合していることがより好ましい。
【0041】
なおエネルギー移動の有無について知見を得るには、図3で示すように、第一分子単独、第二分子単独、及び、第一分子と第二分子からなる分子構造体それぞれについての吸収スペクトルと蛍光スペクトルを測定し、それを重ね合わせればよい。その詳細については後述する。
【0042】
本発明の論理素子は、上記2分子の組合せを一単位として、分散媒である高分子化合物や、無機物等のなかに分散し、これを極小サイズに切り出したものでもよいし、基板上に一単位又は数単位ごとに結合させたものであってもよい。
【実施例】
【0043】
以下では、本発明の論理素子を構成することのできる具体的な系として、中心金属として亜鉛を有するポルフィリン錯体(以下、Znポルフィリンという。上記の第一分子に相当)と、中心金属を持たない遊離塩基ポルフィリン(以下、Fbポルフィリンという。上記の第二分子に相当)とを、リンカーとしてp,p′−ジフェニルエチンを用いて結合させた次式の分子アレイを挙げて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。この分子アレイの合成方法はR. S. Loewe, R. K. Lammi, J. R. Diers, C. Irmaier, D. F. Bocian, D. Holten, and J. S. Lindsey, “Design and synthesis of light-harvesting rods for intrinsic rectification of the migration of excited-state energy and ground-state holes.” J. Mater. Chem., 12, 1530-1552 (2002)に記載の方法に準じた。
【0044】
【化1】

【0045】
Znポルフィリン単独、Fbポルフィリン単独、及び、分子アレイそれぞれを含む10μMクロロホルム溶液について、種々の波長の光を照射してその吸光量を分光光度計(日立社、U−4000)にて測定し、また、波長550nmの光を照射した後に放射される蛍光の波長及びその発光量を蛍光分光光度計(日立社、F−4500)にて測定した。その結果得られた吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを、図2及び図3に示す。Znポルフィリン単独のスペクトルは実線で示し、Fbポルフィリン単独のスペクトルは破線で示し、これら2分子からなる分子アレイのスペクトルは点線で示している。
【0046】
図2に示した吸収スペクトルから、波長560nmの光は実質的にZnポルフィリンのみが吸収し、波長650nmの光は実質的にFbポルフィリンのみが吸収することが分かる。したがってZnポルフィリンは波長560nmの光によって選択的に励起され(入力1)、Fbポルフィリンは波長650nmの光によって選択的に励起される(入力2)。
また図2より、波長550nmの光はZnポルフィリンが主に吸収するが、Fbポルフィリンのほうも吸収し得ることが分かる。
【0047】
図3に示した蛍光スペクトルでは、波長600nmの蛍光はZnポルフィリンから放射されるがFbポルフィリンからは実質的に放射されない。したがって波長600nmの蛍光は、Znポルフィリンからの蛍光として識別できる(出力1)。一方、波長720nmの蛍光はFbポルフィリンから放射されるがZnポルフィリンからは実質的に放射されないので、この蛍光は、Fbポルフィリンからの蛍光として識別できる(出力2)。
【0048】
さらに図3に示した蛍光スペクトルでは、ZnポルフィリンとFbポルフィリンを含む分子アレイの蛍光スペクトルは、Znポルフィリン単独の蛍光スペクトルとは大きく異なり、Fbポルフィリン単独の蛍光スペクトルとほぼ同一の傾向を示している。分子アレイの蛍光スペクトルは、Znポルフィリン単独の場合の波長600nmの蛍光を含んでいない。これは、分子アレイ中のZnポルフィリンが励起された場合には、そのエネルギーはFbポルフィリンに移動し、Fbポルフィリンのほうから外部に放出され、分子アレイ中のFbポルフィリンが励起された場合には、そのエネルギーは移動せず、同じくFbポルフィリンから外部に放出されるためである。
【0049】
しかしながら、照射する波長550nmの光の間隔を十分に短くした場合には、図3とは異なり、ZnポルフィリンとFbポルフィリンの双方から、蛍光が見られるようになる。これは、Fbポルフィリンによるフォトンの吸収又はZnポルフィリンからのエネルギー移動によってFbポルフィリンが励起されたあと失活する以前に、次のフォトンが入射されZnポルフィリンも励起されることによって、両ポルフィリンがともに励起された状態になり、双方が失活エネルギーを放出するためである。
【0050】
以上から、Znポルフィリンのみを励起する波長560nmの光(入力1)、及び、Fbポルフィリンのみを励起する波長650nmの光(入力2)のいずれか一方、又は、双方を入力した場合には、Fbポルフィリンが放射する波長720nmの蛍光(出力2)が出力されることになろう。したがって、この出力光が、上記2つの入力光に対してOR演算結果に相当する。
【0051】
一方、Znポルフィリンのみを励起する波長560nmの光(入力1)、及び、Fbポルフィリンのみを励起する波長650nmの光(入力2)の双方を入力した場合においては、Znポルフィリンが放射する波長600nmの蛍光(出力1)が出力されることになろう。したがって、この出力光が、上記2つの入力光に対してAND演算結果に相当する。
【0052】
以上から、上記の分子アレイが本発明の論理素子として使用できることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の論理素子における2分子の基底状態又は励起状態と、入出力の関係を説明する図
【図2】実施例で用いたZnポルフィリン単独(実線)、Fbポルフィリン単独(破線)、及び、これら2分子からなる分子アレイ(点線)それぞれの吸収スペクトル
【図3】実施例で用いたZnポルフィリン単独(実線)、Fbポルフィリン単独(破線)、及び、これら2分子からなる分子アレイ(点線)それぞれの蛍光スペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基底状態から励起状態への遷移の際に吸収するエネルギーが異なり、かつ、励起状態から基底状態に遷移する際に放出するエネルギーが異なっている2種類の分子からなり、
第一分子が励起状態にあり第二分子が基底状態にある場合には、第一分子から第二分子にエネルギーが移動して第二分子を励起状態に遷移させるが、第二分子が励起状態にあり第一分子が基底状態にある場合には第二分子から第一分子にエネルギーは移動しないように構成されていることを特徴とする論理素子。
【請求項2】
第一分子及び第二分子が、各々特定波長の光の吸収によって励起状態に遷移し、基底状態への遷移時に各々特定波長の光を放射するものである請求項1記載の論理素子。
【請求項3】
第一分子及び第二分子が、蛍光性の有機化合物である請求項1又は2記載の論理素子。
【請求項4】
第一分子と第二分子とが、直接的に、又は、リンカーを介して結合されている請求項1〜3のいずれかに記載の論理素子。
【請求項5】
第一分子が励起の際に吸収する特定波長の光、及び/又は、第二分子が励起の際に吸収する特定波長の光を入力し、第二分子が失活時に放射する特定波長の光を、OR演算結果として出力する請求項1〜4のいずれかに記載の論理素子。
【請求項6】
第一分子が励起の際に吸収する特定波長の光、及び、第二分子が励起の際に吸収する特定波長の光を入力し、第一分子が失活時に放射する特定波長の光を、AND演算結果として出力する請求項1〜4のいずれかに記載の論理素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−197524(P2008−197524A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34597(P2007−34597)
【出願日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【Fターム(参考)】