説明

豆乳を主体とする発酵食品及びその製造方法。

【課題】 従来、乳酸菌等による豆乳の発酵物は健康保持に有用な食品と考えられながらも豆臭さや青臭さが豆乳以上に強くなり また腐敗した豆腐のような酸味があり、豆乳発酵物が普及しない一因になっており、この対策が求められていた。
【解決の手段】 発酵過程において、pHが5.5以上で温度を急低下又は急上昇させる事により、発酵豆乳のpHを5.3〜6付近とする事が可能で、これによって、乳酸菌等の菌数レベルが高く健康に有用で、かつ酸味が少なく風味良好な食品が提供し得る。また、果汁、又は果肉を加えて発酵させる事により、風味良好な発酵食品を得る事ができる。さらに乳酸菌発酵物の体力増進に役立つ新たな効果を提示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は豆乳を主体とする発酵食品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より豆乳を乳酸菌やビィフィズス菌により発酵、凝固させたゲル状の食品の開発はなされてきた。豆乳はもとより栄養価の高い植物性食品と評価されてきたが、それ自体コレステロールを全く含まず、その主成分であるダイズ蛋白は血中コレステロール減少効果をもつ事や、含有するイソフラボンは弱い女性ホルモン様作用を有し骨粗鬆症の予防に役立つと期待されるなど、生活習慣病の増加及び高齢化の進む現代社会の課題解決のために再び注目されている食品である。
【0003】
さらに、これを乳酸菌などで発酵させれば、近年様々な生理的作用が明らかにされてきている乳酸菌の効果が加わる上、乳酸菌発酵によりイソフラボンが吸収し易い型に変換されるなど相乗的効果も生ずるなどきわめて有用な食品となると考えられる。
【0004】
しかし、豆乳は発酵により酸性になると、豆臭さや青臭さといった豆乳の風味上の欠点がさらに強くなり、酸味が豆乳の味となじまず腐った豆腐の様になってしまい、これらの点が豆乳の発酵物が広く普及しない一因となっている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明はこうした豆乳発酵物の風味上の欠点をなくし、高い生理的また栄養的効果をもつ食し易い豆乳発酵物を得る為になされたものである。
【発明が解決しようとする手段】
【0006】
本発明者は豆乳の発酵過程において酸味を生ぜず風味よく感ぜられる状態でかつ菌数レベルも高くゲル状となる時点を探り出しそこで発酵を停止または発酵速度を著しく遅くすることが出来れば好ましい豆乳の発酵物が得られると考えた。従来は極大増殖点近くあるいはこれを越えるまで発酵が進んでしまい、本発明のように風味、生菌数レベル、食感を考慮に入れた最適な発酵段階で止めるという考え方や技術の開発はなかった。
【発明の効果】
【0007】
豆乳を乳酸菌で発酵させると、乳酸菌の増殖にともないpHが低下するが、乳酸菌が1g当たり10個に達するあたりから、pHの低下は急速になる。乳酸菌の増殖が極大になる付近ではpHは5未満、乳酸菌の種類によっては4未満となり、硬い豆腐用のゲル状となるも、酸味が強く、前述のように著しく風味の悪いものとなる。
【0008】
豆乳の酸による凝固は、豆乳を殺菌する際などの高い濃度によるダイズタンパク質の変性の程度により異なる。すなわち高温に接する程、等電点は高くなり、130℃などの高温殺菌がなされればpH6程度で弱い凝固が起こりpH5.8付近で豆腐状に固まるが、90℃程度の殺菌温度であれば、凝固のpHは5.5付近となる。
豆乳を発酵した場合、pH6では乳酸菌数はおおむね1g当たり10個近くに達し、pH5.5.付近では1g当たり10個あるいはそれに近いレベルに達する。
【0009】
本発明者は鋭意研究した結果、pH5.4程度以上であれば、酸味を殆ど感じる事がなく風味は良好で食感のよいゲル状となり生菌数も1ml当たり10個から10またはそれに近いレベルに達し発酵食品としても満足し得るものとなること、pH5.3では、わずかに酸味を感じるものの総じて良好、pH5.2では酸味をやや強く感じ良好とはいえなくなる事が判明した。一方、果汁や果肉を加えて発酵させるとpHが5以下に低下しても良好となることも判明した。
【0010】
しかし、既述のように、生菌数レベル10個/g以上ではpHの変化(低下)は急速な為、pHか5.4付近の豆乳発酵物を実際に製造するに当たっては、本発明のように経時的なpHの測定とpH変化への対応が不可欠である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明者は種々条件を検討し、経時的にpHを測定する事により発酵状態を把握、pH5.5〜6に達した発酵過程にある豆乳を急速に温度変化させることで発酵を停止又は発酵速度をきわめて遅くする事で、発酵に用いる乳酸菌などの種類[ラクトバチラス(Lactobacillus)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属、ロイコノストック(Leuconostock)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、バチラス(Bacillus)属、クロストリジウム(Clostridium)属)]あるいはこれらの組み合せにかかわらず、pH5.3以上の食感よくゲル状化した豆乳発酵物を得る事が出来る事が分かった。また、豆乳に肉エキスなど種々食物のエキスや甘味料、牛乳、果汁、果肉、コラーゲン、酵母エキスなどを加えていろいろな味や香をつけ、或はさらに栄養的生理的機能を付加したものを発酵させた場合も、本発明の方法より良好な食感と風味のものを得る事ができる。次に実施例を示す。
【実施例】
【0012】
(実施例1)常法により固形分含量8〜12%とした豆乳(ダイズを水でよく洗浄後一夜ダイズ重量の2倍量の水に漬け、膨潤させた。これを磨砕し呉汁を得、5分間煮沸して布綿で絞り、得る。)を90℃で10分間加熱後冷却したもの(以下、「豆乳」と記す。)を煮沸殺菌したガラス製マヨネーズビン(キャップはプラスチック)に100ml入れた。これにヨーグルト製造用スターターABY−2C[協和ハイフーズ株式会社(東京都中央区)より入手、ストレプトコッカス サーモフィラス(Streptococcus thermophilus),ラクトバチラス アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus),ラクトバチラス ブルガリカス(Lactobacillus burgaricus),ビフィドバクテリウム ロンガム(Bifidobacterium longum) を含む]5gを50mlの殺菌水に溶き、その0.1mlを添加混合し、42℃に静置した。経時的にpHメーターによりpHを測定し、pH5.8になった時に4℃の冷蔵庫に移し、さらに10時間静置した。生菌数は3×10/gであった。pH5.4の酸味を感じさせない風味良好な豆腐様の発酵物を得た。
【0013】
(実施例2) 実施例1と同様に「豆乳」を用い、発酵はエンテロコッカス フェシウム(Enterococcus faecium)濃縮液を用いておこなった。エンテロコッカス フェシウム濃縮液はGY培地(グルコース2%、酵母エキス末1%、 リン酸1カリウム0.3%、リン酸2カリウム0.3%、1NNaOH溶液でpH7.0に調整し、121℃、15分滅菌)1Lにエンテロコッカス フェシウム(Enterococcus faecium)NRBC 100602(本菌は独立行政法人製品評価技術基盤機構より入手可能である。)を植菌し、40℃で24時間培養した。培養後、遠心分離(10,000×g、10分間)により菌体を濃縮、500mlの殺菌水に懸濁後、再び遠心分離(10,000×g、10分間)する事で菌を洗浄した。これを100mlの殺菌水に懸濁したものを用いた。
【0014】
100mlの「豆乳」にエンテロコッカス フェシウム濃縮液を0.1ml加え40℃で静置し、実施例1と同じく経時的にpHを測定し、pH5.8となった時点で4℃の冷蔵庫に移し、10時間静置した。pH5.4の風味良好な豆腐様の発酵物となった。生菌数は1×10/gであった。乳酸菌や発酵物には整腸効果、脂質代謝改善効果、抗アレルギー効果などが知られているが、本菌発酵物ではさらに、持久力の増強作用が認められた。
【0015】
本菌による発酵物をスプーンでくずし、流動状にしたものを4週令のマウスに3週間毎日0.2mlを経口投与した。水の入ったシリンダーにマウスを入れ、強制的に遊泳させ、浮遊しえなくなるまでの時間を測り、連続遊泳時間とした。1群10匹とし、対照群には未発酵物を毎日0.2ml経口投与したもの及び生理食塩水を毎日0.2ml経口投与したものとした。結果は次に示すように本菌発酵物で連続遊泳時間が顕著に増し、体力増進にも有用であると考えられる。

【0016】
(実施例3) 実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により「豆乳」の発酵を進めpH5.6となった時、直ちに0±1℃の冷蔵庫に移し、12時間静置 した。pH5.35〜pH5.4のゲル状豆乳発酵物を得た。風味良好であった。
【0017】
(実施例4) 実施例2と同様にしてエンテロコッカス フェシウム菌により「豆乳」の発酵を進めpHを経時的に測定し、pH5.5となった時、速やかに95℃の湯中に漬け、15分間静置し、15℃の水中で15分冷却後、4℃の冷蔵庫に静置した。pH5.4のやや固めの風味良好な豆腐様豆乳発酵物を得た。また、温かい状態で食しても良好であった。なお、乳酸菌は加熱殺菌処理されても、菌体成分に免疫賦活作用、血清脂質減少作用、虫歯や歯周病菌の抑制および殺菌作用など知られており、加熱殺菌しても豆乳発酵物の健康保持効果は高いものと考えられる。
【0018】
(実施例5) 市販の無調整豆乳(太子食品工業株式会社製(栃木県今市市)及び名古屋製酪株式会社製(愛知県名古屋市))を用い、実施例4と同様にしてエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めるが加熱する際はpHが5.8となった時点とした。pH5.7の良好な豆腐様発酵物を得た。加熱する前の生菌数は2×10/gであった。
【0019】
(実施例6) 市販の大豆飲料(名古屋製酪株式会社製(愛知県名古屋市))を用い、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進め、pH6.0となった時点で直ちに4℃の冷蔵庫に移し10時間静置した。やや軟らかく凝固したpH5.8の風味良好な発酵物を得た、生菌数は2×10/gであった。
実施例5及び実施例6にもちいた豆乳及び大豆飲料は高温殺菌がなされたものである。
【0020】
(実施例7) 「豆乳」(固形分含量約12%)と、脱脂粉乳を水に10%濃度に溶いたものを1:1に混合し、以下は実施例2と同様に進め、pH5.7となった時点で4℃の冷蔵庫に一夜静置した。pH5.4のやや軟らかな凝固物となり、風味良好であった。
【0021】
(実施例8) 「豆乳」(固形分含量12%)100mlに濃縮エキス(牛肉500g、タマネギ50g、大根100g、シイタケ10g、昆布3gを1Lの0.3%食塩水で2時間煮込み、濾した液を300mlまで煮つめたもの)を10ml加え、よく混ぜ、以下は実施例4と同様に進め、pH5.3〜5.4のやや軟らかに凝固した発酵物を得た。風味は良好であった。温かい状態で食すにも適するものであった。
【0022】
(実験例9) 「豆乳」100mlにコラーゲンペプチド(協和発酵工業株式会社製(東京都千代田区))0.5g、コンドロイチン(マルハ株式会社製(東京都千代田区))0.5g、ヒアルロン酸(マルハ株式会社製(東京都千代田区))0.5gを加え90℃で10分間加熱後40度に冷却し、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.8となった時4℃の冷蔵庫に静置した。pH5.4で豆腐様食感があり良好であった。
【0023】
(実施例10) 「豆乳」100mlによく熟したパパイヤの果肉をよく砕きつぶしピューレ状としたもの または、パパイヤの果肉を濾布で絞って得た果汁を10〜20ml加え90℃で10分間加熱後、40℃に冷却し、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.6になった時に、速やかに95℃の湯中に漬け、15分間静置し、15℃の水中で15分冷却後、4℃の冷蔵庫に静置した。pH5.4のややオレンジ色の良好な凝固物を得た。
【0024】
(実施例11) 「豆乳」100mlによく熟したパパイヤの果肉をよく砕きつぶしピューレ状としたもの または、パパイヤの果肉を濾布で絞って得た果汁を10〜20ml加え90℃で10分間加熱後、40℃に冷却し、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.6となった時点で4℃の冷蔵庫に10時間静置した。pH5.0であるが、風味食感とも良好であった。
【0025】
(実施例12) 「豆乳」100mlによく熟したパパイヤの果肉をよく砕きつぶしピューレ状としたもの または、パパイヤの果肉を濾布で絞って得た果汁を10〜20ml加え90℃で10分間加熱後、40℃に冷却し、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.0となった時点で4℃の冷蔵庫に10時間静置した。pH4.6であるが、風味食感とも良好であった。
【0026】
(実施例13) 「豆乳」100mlにパパイヤの果肉を濾布で絞って得た果汁を10〜20ml加え、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.6となった時点で4℃の冷蔵庫に10時間静置した。pH5.0であるが、風味食感とも良好であった。
【0027】
(実施例14) 「豆乳」100mlにパパイヤの果肉を濾布で絞って得た果汁を10〜20ml加え、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.0となった時点で4℃の冷蔵庫に10時間静置した。pH4.7であるが、風味食感とも良好であった。
【0028】
(実験例15) 「豆乳」100mlにパイナップルの果肉を濾布で絞って得た果汁5〜10ml加え90℃で10分間加熱後、40℃に冷却し、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.2となった時点で4℃の冷蔵庫に10時間静置した。pH5.0であるが、良好な発酵物であった。
【0029】
(実験例16) 「豆乳」100mlにリンゴの果肉を濾布で絞って得た果汁を5〜10ml加え90℃で10分間加熱後、40℃に冷却し、実施例2と同様にエンテロコッカス フェシウム菌により発酵を進めた。pH5.2となった時点で4℃の冷蔵庫に10時間静置した。pH5.0であるが、良好な発酵物であった。
【0030】
なお、実施例10〜16において、果実の表面は100ppm次亜塩素酸ナトリウム液に漬けた後、滅菌水でよくすすぎ、果肉や果汁を得るためのナイフ、スプーン、容器、濾布そのほか直接接触する器具はすべてオートクレープ(121℃、10分間)殺菌したものを用いた。
【0031】
(実施例17) 「豆乳」(固形分含量10〜12%)100Lを造り、40±2℃に保ちつつ、エンテロコッカス フェシウム(Enterococcus faecium)濃縮液100mlを加え、よく混合し、100mlずつプラスチック製(ポリプロピレン)カップに分注しプラスチックシートをヒートシールする事により密閉し、40±2℃の保温室に静置した。保温室は温度分布の出来ない様に、空気がよく室内を流れるように絶えず送風し、容器同士の間隔を十分とるように配電した。経時的に3個ずつをサンプルとしてとり、シールされたプラスチックカバーを少し開きそのすき間からpH電極を差し込み、豆乳の発酵にともなうpHを測定する事により発酵状態を調べながら、発酵を進め、pHが5.8となったら速やかに5±2℃の冷蔵室に移し、翌朝まで静置した。生菌数は1×10/gとなった。pH5.4のゲル状豆乳発酵物を得た、風味良好であった。
【0032】
(実施例18) 実施例17で得た豆乳発酵物を95℃の湯中に15分間漬け、加熱殺菌した。この加熱操作により、ゲルはより固くなりpHは0.05から0.1上昇、少量の離水を生じたが、風味食感とも良好であった。4週間後も良好な状態に保たれた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
豆乳又は大豆飲料又はこれらに、他の食品あるいは食品成分を加えたものを微生物により発酵させてそのpHが5.3以上である事を特徴とする発酵食品。
【請求項2】
発酵過程において、経時的にpHを測定し、pHが5.5〜6に低下した時点で速やかに温度を低下もしくは上昇させる事により微生物の発酵を停止もしくは発酵速度を著しく低下させ前項記載の発酵食品を得る製造方法。
【請求項3】
豆乳又は大豆飲料又はこれらに他の食物あるいは食品成分を加えたものに、果汁又は果肉を加え微生物により発酵させた食品。
【請求項4】
発酵のための微生物としてエンテロコッカス フェシウム(Enterococcus faecium)NRBC100602を含むことを特徴とする発酵食品。

【公開番号】特開2006−296387(P2006−296387A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−145976(P2005−145976)
【出願日】平成17年4月18日(2005.4.18)
【出願人】(505182731)
【出願人】(592073525)
【上記1名の代理人】
【識別番号】505182731
【氏名又は名称】堀 初治
【Fターム(参考)】