説明

貴金属元素の回収方法

【課題】短時間に低コストで銀電解スライム等の被処理物から貴金属元素を分離・回収する。
【解決手段】金、銀、白金族元素を含有する銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出液に、卵殻膜を接触させ、浸出液中に濃縮された貴金属元素を卵殻膜に吸着させて回収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀電解スライム等の被処理物から貴金属元素(本発明において貴金属元素とは、金、銀、白金族元素のことを意味する。)を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貴金属元素を含有する被処理物として、銀電解スライムを用いた場合を例として、背景技術を説明する(特許文献1参照)。
【0003】
図7は、従来の貴金属精錬の流れを示すフローチャートである。
銀電解(ステップS100)において生じた銀電解スライムには、金、銀、及び白金族元素(白金やパラジウム等)が濃縮されて含有されている。そこでそれらを回収するために、銀電解スライムへ、硝酸や水を加え硝酸浸出(パーチング:分金)処理(ステップS101)して、銀電解スライム中の銀及び白金族元素を硝酸浸出液に浸出させる。一方、浸出残渣から製造された金電解用アノードを用いて金電解(ステップS102)により金を精製する。
【0004】
白金族元素は、その大半が硝酸浸出液に移行して濃縮されるが、硝酸浸出残渣に移行した一部の白金族元素は金電解(ステップS102)の際に金電解アノードから溶出して、金電解後液に移行して濃縮され含有される。
【0005】
金電解後液に濃縮された白金族元素は、その濃度が上昇すると電着金に付着して、この電着金の純度を低下させることになる。このため、金電解後液に銅や亜鉛を添加し、セメンテーションにより、金電解後液から金と共に白金族元素を還元して回収し(ステップS103)、還元回収物を硝酸浸出工程(ステップS101)に戻している。
【0006】
一方、硝酸浸出液には、銀、白金族元素が含有されている。そこで、例えば塩化ナトリウム(または塩酸)を添加して、塩析を実施し(ステップS104)、塩化銀として銀を回収する。
【0007】
この塩析後液に、硝酸を除去する必要があるため、亜鉛粉などの還元剤を添加して還元し(ステップS105)、白金族元素を含む沈殿物を生成させ、これを濾過・洗浄する。白金族元素を含む沈殿物は、上述の如く濾過洗浄が実施された後に、王水を添加して(ステップS106)溶解し、さらに蒸発乾固して硝酸分を蒸発させて(ステップS107)乾固物を得、その後に、乾固物へ塩酸を添加して溶解し(ステップS108)、白金族元素の塩酸溶解液を得る。この白金族元素の塩酸溶解液に塩化アンモニウムを添加して塩化白金酸アンモンとして白金を回収し(ステップS109)、後液にアンモニアを添加し、更に塩酸を添加してパラジウム錯塩としてパラジウムを回収し(ステップS110)、他の白金族元素は、後液を亜鉛などで還元して回収する(ステップS111)。
【0008】
【特許文献1】特開2005−272887号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、ステップS103に示すように、金電解後液から還元回収された金および白金族元素の還元回収物が硝酸浸出工程(ステップS101)へ戻されると、硝酸浸出の効率が低下して浸出残渣に相当量の白金族元素が残り、この白金族元素が金電解アノードに移行した後、当該金電解アノードから金電解後液へ多量に溶出する。このため、金電解工
程において白金族元素の工程内滞留量が増大し、また、金電解後液中の不純物金属元素を除去する金電解後液の浄液の回数が増大して、コストが上昇してしまう。また、上述のように金電解後液を硝酸浸出工程へ戻すことは工程を煩雑化するものであり、その結果、白金族元素の回収に多くの時間がかかる等の問題があった。
【0010】
本発明の目的は、上述の事情を考慮してなされたものであり、短時間に効率よく被処理物から貴金属元素を分離・回収する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の手段に記載の発明は、
貴金属元素を含むと共に、少なくとも硝酸または塩酸を含む溶液へ、生物膜を金属回収剤として接触させることにより、前記金属回収剤に前記貴金属元素を吸着させて回収することを特徴とする貴金属元素の回収方法である。
【0012】
第2の手段に記載の発明は、
前記生物膜として、卵殻膜を用いることを特徴とする第1の手段に記載の貴金属元素の回収方法である。
【0013】
第3の手段に記載の発明は、
前記貴金属元素が、金、銀、白金、パラジウムの少なくとも1種であることを特徴とする第1または第2の手段に記載の貴金属元素の回収方法である。
【0014】
第4の手段に記載の発明は、
前記溶液中における前記貴金属元素の総量の濃度が、10g/リットル以上であることを特徴とする第1〜第3の手段のいずれか1項に記載の貴金属元素の回収方法である。
【0015】
第5の手段に記載の発明は、
前記溶液が、硝酸溶液であることを特徴とする第1〜第4の手段のいずれか1項に記載の貴金属元素の回収方法である。
【0016】
第6の手段に記載の発明は、
前記溶液が、塩酸溶液であることを特徴とする第1〜第4の手段のいずれか1項に記載の貴金属元素の回収方法である。
【0017】
第7の手段に記載の発明は、
前記硝酸溶液が、貴金属元素を含有する銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出液であることを特徴とする第5の手段に記載の貴金属元素の回収方法である。
【0018】
第8の手段に記載の発明は、
貴金属元素を含有する銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出液と、前記銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出残渣から金を回収した後の金電解後液と、の混合液を塩析処理して塩化銀を回収し、得られた塩析後液に濃縮された白金族元素を卵殻膜に吸着させて回収することを特徴とする貴金属元素の回収方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、卵殻膜などの生物膜を金属回収剤として用い、貴金属元素を吸着、回収するので、複雑な工程をとらずに、短時間で効率よく被処理物から貴金属元素を回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、被処理物として銀電解スライムを用いる場合を例として図6を参照しながら説明する。
図6は、本発明に係る貴金属精錬の流れを示すフローチャートである。
【0021】
非鉄製錬工程では、一般に、銅、銀、金、白金などを順次精製する。このうちの銅については、鉱石及びリサイクル原料から銅溶錬工程を経て銅電解用アノードを得、この銅電解用アノードを用いて銅電解工程を実施し、カソードに銅を析出して銅を精製する。
【0022】
銅電解工程により生じた銅電解スライムには金、銀、白金、パラジウムなどの貴金属元素が濃縮されているため、次に銀を精製する。つまり、銅電解スライムを精銀工程を経て銀電解アノードとし、銀電解工程(ステップS100)を実施して、カソードに銀を析出し銀を精製する。
【0023】
銀電解により生じた銀電解スライム(201)には、金、銀、白金及びパラジウムなどの貴金属族元素が濃縮されて含有されている。そこで、金を精製するために、銀電解スライムから銀及び白金族元素を分離すべく、銀電解スライムを浸出槽内で硝酸と反応させる硝酸浸出(パーチング;分金)処理(ステップS101)を実施して、銀電解スライム中の銀及び白金族元素を硝酸に浸出させる。
【0024】
そして、上記硝酸浸出で得られた浸出残渣(202)を濾過・洗浄処理し、乾燥処理した後、鋳造して金電解アノード(203)とする。この金電解アノード(203)を用い、所謂「Wholwill」法により金電解工程(ステップS102)を実施して、カソードに金(204)を析出させて金を精製する。
【0025】
銀電解スライム(201)中の銀、白金族元素は、大半が硝酸浸出液(206)に移行して濃縮される。また、浸出残渣(202)に移行した一部の銀、白金族元素は、金電解アノード(203)を経て、金電解後液(205)に溶出して濃縮される。
【0026】
そこで、硝酸浸出液に卵殻膜を接触処理(ステップS121)させて、浸出液中に濃縮されている貴金属元素を卵殻膜に吸着させて回収する。即ち、浸出液に卵殻膜を投入し、所定の時間攪拌したのち、溶液を濾過する。あるいは、吸着後の卵殻膜を電気炉で焼却し、得られた焼却灰を王水にて攪拌しながら溶解させ、溶解後、溶液をフィルターで濾過する。当該濾過された溶液からは、容易に貴金属元素を回収することが出来る。
ここで、好ましいことには、硝酸溶液中、塩酸溶液中においては、卵殻膜の貴金属吸着能力が向上する。さらに好ましいことには、硝酸溶液中においては、貴金属元素別の選択性をも向上する。
硝酸浸出液(206)の酸濃度は高い状態にあり、pH1以下の強酸である。そして、貴金属元素の回収においては、強酸である方が好ましい。
さらに、卵殻膜の投入量は、硝酸浸出液中の貴金属元素濃度により設定すれば良い。具体的には、予め、硝酸浸出液サンプルへ、少量の卵殻膜の投入して回収し、当該卵殻膜の貴金属元素の吸着能力を確認すればよい。
金属回収剤として、鶏卵からの採取される卵殻膜が原料として特に適している。
【0027】
一方、硝酸浸出液(206)と金(204)を事前に除いた金電解後液(205)とを混合(ステップS122)し、得られた混合液に塩化ナトリウム(または塩酸)を添加し、塩析処理(ステップS104)して塩化銀(207)を回収し、塩析後液(208)に卵殻膜を接触処理(ステップS123)させて、前記混合液中に濃縮されている貴金属元素を卵殻膜に吸着させて回収する方法も好ましい。この場合、精錬液(硝酸浸出液(206)と金電解後液(205)との混合液)に卵殻膜を投入し、所定の時間攪拌したのち、溶液を濾過する。そして、吸着後の卵殻膜を電気炉で焼却し、得られた焼却灰を王水にて
攪拌しながら溶解させ、溶解後、溶液をフィルターで濾過する。当該濾過された溶液からは、容易に貴金属元素を回収することが出来る。
【0028】
このように卵殻膜に貴金属元素を吸着させた場合、次のような方法で貴金属元素を回収することもできる。
例えば、卵殻膜に吸着したパラジウムは、中性雰囲気下で焼却することで、卵殻膜成分を分解させて、スポンジ状メタルとして回収することができる。更にパラジウムの品位を高める場合は、このスポンジ状メタルを、酸化還元電位を高めた塩酸に浸出させることでパラジウム濃縮液とし、付着している銀を塩析処理で除いた後、溶媒抽出や陰イオン交換樹脂に選択的に吸着させてのち、アンモニアなどの溶離材で分離し、これに塩酸を添加することでパラジウム錯塩として回収することができる。
【0029】
従って、卵殻膜などの生物膜を金属回収剤として用いることによって、短時間に低コストで銀電解スライムから貴金属元素を分離・回収することができる。例えば、銀電解スライムの硝酸浸出液中の白金族元素、特にパラジウムは、99%以上を卵殻膜によって吸着・回収することができる。この結果、貴金属精錬におけるコストの低減を図ることができる。
さらに、本発明は、硝酸浸出液(206)や金電解後液(205)中における前記貴金属元素の総量の濃度が高くなっても、処理工数や処理コストがあまり上昇しないという特徴を有する。この結果、当該貴金属元素の総量の濃度が10g/リットル以上となると、従来方法に比較して、顕著な処理工数や処理コストの削減効果を発揮する。
【実施例】
【0030】
(実施例1)
精錬液のサンプル液として、図1に示す廃液A、B、Cを準備した。
そして当該サンプル液を、次の条件で卵殻膜と接触させた。
・卵殻膜使用量: 300mg
・サンプル液使用量: 5ml (硝酸溶液 強酸)
・接触時間 : 1時間
・温度 : 室温(25℃)
【0031】
サンプル液に卵殻膜を加えて接触させ所定の時間(1時間)攪拌したのち、溶液を濾過した。ろ液中の金属イオン濃度をICP(発光分光光度計)により定量した。結果を図2に示す。図2から、ろ液中の金属イオン濃度(ppm)が小さいほど、卵殻膜への吸着率(%)が高いことが確認できた。
【0032】
この図表によれば、廃液Aについては、ろ液A中の金属イオン濃度の測定結果から、パラジウム(Pd)の吸着率が99.4%と非常に高いことが確認できた。
また、廃液Bについては、ろ液B中の金属イオン濃度の測定結果から、金(Au)の吸着率は40%程度であるが、銀(Ag)の吸着率が70%と高いことが確認できた。
また、廃液Cについては、ろ液C中の金属イオン濃度の測定結果から、銅(Cu)、鉛(Pb)以外は吸着率が高いことが確認できた。
【0033】
図3〜図5は、廃液A〜廃液Cについての接触処理前液と接触処理後液の金属イオンの測定結果の換算値を示す図である。図表中の各欄の数値の意味は、次の通りである。例として、図3について述べるが、図4、図5も同様である。
【0034】
※1は、接触処理前液の1リットル(1000ml)当たりの各金属イオンの含有量である。
※2は、当該接触処理前液5ml当たりの各金属イオン含有量の換算値である。
※3は、接触処理後液の1リットル(1000ml)当たりの各金属イオンの含有量である。
※4は、当該接触処理後液5ml当たりの各金属イオン含有量の換算値である。
※5の膜移行率は、接触処理前液における各金属イオンの含有量を100とした場合の、卵殻膜へ吸着された量の割合であり、次式で定義される。
膜移行率=(接触処理前液の含有量−接触処理後液の含有量)÷(接触処理前液の含有量)×100(%)
【0035】
卵殻膜に吸着された量については、各金属イオン毎に次の関係が成り立つ。
※7は、次の量を表している。
卵殻膜に吸着された量=「接触処理前液の含有量」−「接触処理後液の含有量」
【0036】
また、接触処理後の全体重量は、次式で求まる。
接触処理後卵殻膜全体重量=接触処理前卵殻膜重量+吸着金属分の総和重量
※6は、接触処理後の卵殻膜全体重量を100とした場合の個別金属吸着量の割合を示している。即ち、
個別金属吸着量(※7)÷接触処理後卵殻全体重量×100(%)
である。
【0037】
※8は、卵殻膜1g当たりに換算した各金属イオンの吸着量を示している。
【0038】
(実施例2)
前述の廃液Bについて、卵殻膜から金イオンの形で金回収を試みた。吸着後の卵殻膜20mgを電気炉600℃にて3時間焼却した。得られた焼却灰を王水20mlにて一晩攪拌しながら溶解させ、溶解後、溶液をフィルターで濾過し、原子吸光分析(フレームあり)により金属イオンを同定した。その結果、卵殻膜1gあたり金を160mg程度吸着回収可能であることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係る接触処理を行う前の各廃液(サンプル液=被処理物)1リットル中の金属イオンの含有量(mg)を示す図表である。
【図2】本発明に係る接触処理を行った後のろ液中における各金属イオンの濃度と卵殻膜への吸着率を示す図表である。
【図3】廃液Aに対しての本発明に係る接触処理の評価内容を示す図表である。
【図4】廃液Bに対しての本発明に係る接触処理の評価内容を示す図表である。
【図5】廃液Cに対しての本発明に係る接触処理の評価内容を示す図表である。
【図6】本発明に係る貴金属精錬の流れを示すフローチャートである。
【図7】従来の貴金属精錬の流れを示すフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
貴金属元素を含むと共に、少なくとも硝酸または塩酸を含む溶液へ、生物膜を金属回収剤として接触させることにより、前記金属回収剤に前記貴金属元素を吸着させて回収することを特徴とする貴金属元素の回収方法。
【請求項2】
前記生物膜として、卵殻膜を用いることを特徴とする請求項1に記載の貴金属元素の回収方法。
【請求項3】
前記貴金属元素が、金、銀、白金、パラジウムの少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の貴金属元素の回収方法。
【請求項4】
前記溶液中における前記貴金属元素の総量の濃度が、10g/リットル以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の貴金属元素の回収方法。
【請求項5】
前記溶液が、硝酸溶液であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の貴金属元素の回収方法。
【請求項6】
前記溶液が、塩酸溶液であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の貴金属元素の回収方法。
【請求項7】
前記硝酸溶液が、貴金属元素を含有する銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出液であることを特徴とする請求項5に記載の貴金属元素の回収方法。
【請求項8】
貴金属元素を含有する銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出液と、前記銀電解スライムを硝酸浸出させた浸出残渣から金を回収した後の金電解後液と、の混合液を塩析処理して塩化銀を回収し、得られた塩析後液に濃縮された白金族元素を卵殻膜に吸着させて回収することを特徴とする貴金属元素の回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−127604(P2008−127604A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−311895(P2006−311895)
【出願日】平成18年11月17日(2006.11.17)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(306039131)DOWAメタルマイン株式会社 (92)
【出願人】(000001421)キユーピー株式会社 (657)
【Fターム(参考)】