説明

走査型プローブ顕微鏡およびその制御方法

【課題】硬い部分と柔らかい部分が混在する試料に対してもその表面形状を高精度で安定して測定し得る走査型プローブ顕微鏡を提供する。
【解決手段】走査型プローブ顕微鏡は、自由端に探針11をもつカンチレバー12と、カンチレバー12の変位信号を出力する変位検出部15と、カンチレバー12を振動させる加振部14と、試料19と探針11を三次元的に相対的に移動させる走査部20を有している。加振部14に加振信号を供給する混成信号算出部30は、変位信号の振幅の情報を含む振幅信号を生成する振幅情報検出部と、変位信号と加振信号の位相差の情報を含む位相信号を生成する位相差情報検出部と、振幅信号と位相信号を加算して混成信号を生成する加算処理部を有している。走査部20を制御するコントローラ25は、混成信号に基づいて試料19と探針11の間の距離を制御するZ制御部26を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型プローブ顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、機械的探針を走査しながら試料表面の情報を取得してマッピング表示する走査型顕微鏡の総称である。SPMには、走査型トンネリング顕微鏡(STM)、原子間力顕微鏡(AFM)、走査型磁気力顕微鏡(MFM)、走査型近接場光顕微鏡(SNOM)などがある。
【0003】
AFMは、SPMの中で最も広く使用されており、機械的探針をその自由端にもつカンチレバーと、カンチレバーの変位を検出する光学式変位センサーと、機械的探針と試料を相対的に走査する走査機構を主要な要素として備えている。その光学式変位センサーには、構成が簡単でありながら検出感度が高いことから、光てこ式の光学式変位センサーが最も広く使われている。この光てこ式の光学式変位センサーは、カンチレバー上に直径が数μmから数十μmの光束を照射し、カンチレバーの反りの変化に応じた反射光の反射方向の変化を二分割光ディテクタなどによりとらえることにより、カンチレバーの自由端にある機械的探針の動作を反映した電気信号を出力する。AFMは、走査機構によって、光学式変位センサーの出力が一定になるように機械的探針と試料の間の相対距離をZ方向に制御しながら機械的探針と試料の間の相対位置をXY方向に走査することにより、試料表面の凹凸の状態をマッピングしてコンピュータのモニター上に表示する。
【0004】
AFMでは、カンチレバーを振動させ、その振動特性から試料と探針の間に働く相互作用を検出する方式(ACモード)を採用することが多い。それは、試料と探針の間に働く力を通常の方式(コンタクトモードと呼ばれる)に比べて弱く保つことができる利点があるからである。このACモードAFMでは、試料と探針の間に働く相互作用により生じるカンチレバーの振動すなわち変位の振幅変化や位相変化の一方を検出し、その検出結果に基づいて試料の表面形状を測定している。
【0005】
特開2008−232984号公報は、この種のACモードAFMのひとつを開示している。このACモードAFMは、振幅変化と位相変化の一方を切り換えて検出し得る構成となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−232984号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ACモードAFMにおいては、試料と探針の間に働く相互作用が斥力の領域において振動状態の変化(振幅変化や位相変化)を検出し、それに基づいて画像形成することが多い。カンチレバーの変位の振幅は、試料と探針の間の斥力が大きくなるにつれて減少する。またカンチレバーの変位の位相は、斥力が大きくなるにつれて進む。振幅の変化は、硬い試料においては変化率が大きく、柔らかい試料においては変化率が小さい。つまり振幅変化の検出感度は、硬い試料に対しては高く、柔らかい試料に対しては低い。反対に、位相の変化は、硬い試料においては変化率が小さく、柔らかい試料に対しては変化率が高い。つまり位相変化の検出感度は、硬い試料に対しては低く、柔らかい試料に対しては高い。これまでのACモードAFMは、振幅変化と位相変化のどちらか一方に基づいて斥力を検出しているため、硬い部分と柔らかい部分が混在する試料に対しては、硬い部分と柔らかい部分の両方において斥力を高感度に検出することが難しい。これは、測定精度を低下させるだけでなく、制御を不安定にさせる要因にもなる。
【0008】
本発明は、このような現状に鑑みてなされたものであり、その目的は、硬い部分と柔らかい部分が混在する試料に対してもその表面形状を高精度で安定して測定し得る走査型プローブ顕微鏡を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による走査型プローブ顕微鏡は、自由端に探針をもつカンチレバーと、前記探針と試料を三次元的に相対的に移動させる走査部と、加振信号に基づいて前記カンチレバーを振動させる加振部と、前記カンチレバーの変位を検出し、その変位を表す変位信号を出力する変位検出部と、前記変位信号の振幅の情報を含む振幅信号を生成する振幅情報検出部と、前記加振信号と前記変位信号の位相差の情報を含む位相信号を生成する位相差情報検出部と、前記振幅信号と前記位相信号を加算処理して混成信号を生成する演算部と、前記混成信号に基づいて前記探針と前記試料の間の距離を制御する制御部とを備えている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、硬い部分と柔らかい部分が混在する試料に対してもその表面形状を高精度で安定に測定し得る走査型プローブ顕微鏡が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】第一実施形態の走査型プローブ顕微鏡の構成を示している。
【図2】第一実施形態における混成信号算出部の構成を示している。
【図3】−Asinφとφの関係を示している。
【図4】第二実施形態における混成信号算出部の構成を示している。
【図5】Acosφとφの関係と、−Asinφとφの関係を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0013】
<第一実施形態>
本実施形態の走査型プローブ顕微鏡の構成を図1に示す。図1に示すように、走査型プローブ顕微鏡は、自由端に探針11をもつカンチレバー12を有している。このカンチレバー12は、試料19に正対するようにホルダ13に保持され得る。
【0014】
走査型プローブ顕微鏡はまた、カンチレバー12の変位を検出し、その変位を表す変位信号を出力する変位検出部15を有している。変位検出部15は、光てこ式の光学式変位センサーで構成されており、カンチレバー12の背面に集束されたレーザ光を照射するレーザ光源16と、カンチレバー12の背面から反射されたレーザ光を受ける分割ディテクタ17と、分割ディテクタ17の出力からカンチレバー12の変位信号を生成する演算アンプ18から構成されている。
【0015】
走査型プローブ顕微鏡はまた、加振信号に基づいてカンチレバー12を振動させる加振部14と、加振部14に加振信号を供給する混成信号算出部30を有している。加振部14は、たとえば、ホルダ13に設けられている。加振部14は、たとえば圧電素子で構成され、カンチレバー12をその機械的共振周波数近傍の周波数で所定の振幅で振動させ得る。混成信号算出部30は、加振信号を出力するほか、変位検出部15から出力される変位信号から混成信号を生成し得る。混成信号の詳細については後述する。
【0016】
走査型プローブ顕微鏡はまた、試料19と探針11を三次元的に相対的に移動させる走査部20を有している。走査部20は、Zスキャナ21とXYスキャナ22から構成されている。Zスキャナ21はXYスキャナ22上に配置されており、Zスキャナ21上には、図示しない試料台を介して試料19が載置され得る。Zスキャナ21は、Zドライバ23により駆動され、探針11に対して試料19をZ方向に移動させ得る。またXYスキャナ22は、XYドライバ24により駆動され、探針11に対して試料19をXY方向に移動させ得る。
【0017】
走査型プローブ顕微鏡はまた、Zドライバ23とXYドライバ24を制御するコントローラ25と、試料19の表面の画像を形成するホストコンピュータ27を有している。コントローラ25は、試料19の表面に沿って探針11を二次元的に走査するためのXY走査信号と、探針11と試料19の間の距離を制御するためのZ制御信号を生成し得る。コントローラ25は、混成信号からZ制御信号を生成するZ制御部26を有している。ホストコンピュータ27は、コントローラ25で生成されるXY走査信号とZ制御信号を用いて試料19の表面の画像を形成し得る。
【0018】
混成信号算出部30の構成を図2に示す。図2に示すように、混成信号算出部30は、信号発生器34と振幅情報検出部31と位相差情報検出部32と加算処理部35から構成されている。
【0019】
信号発生器34は、カンチレバー12をその機械的共振周波数近傍の周波数で所定の振幅で振動させる加振信号を生成し、これを加振部14に出力する。信号発生器34はまた、加振信号に同期した同期信号を位相差情報検出部32に出力する。この同期信号は、加振信号と同一の周波数で同位相のたとえば方形波信号(ロジック信号)で構成され得る。
【0020】
振幅情報検出部31は、変位検出部15から供給されるカンチレバー12の変位信号の振幅の情報を含む振幅信号を生成して出力する。
【0021】
位相差情報検出部32は、変位検出部15から供給されるカンチレバー12の変位信号と信号発生器34から供給される同期信号の位相差の情報を含む位相信号を生成して出力する。同期信号と加振信号は周波数と位相が同じであるので、変位信号と同期信号の位相差は、変位信号と加振信号の位相差と等価である。
【0022】
位相差情報検出部32は、信号発生器34から供給される同期信号の位相を調整し得る位相調整部33を備えている。位相調整部33は、信号発生器34から供給される同期信号の位相に所望の位相オフセットを与え得る。したがって、位相調整部33は、変位信号と同期信号の位相差に所望の位相オフセットを与え得る。位相差情報検出部32は、位相オフセットが与えられた同期信号と変位信号との位相差の情報を含む位相信号を生成して出力する。位相オフセットが与えられた同期信号と変位信号との位相差は、変位信号と同期信号の位相差に位相オフセットを与えたものと等価である。
【0023】
加算処理部35は、振幅情報検出部31から供給される振幅信号と位相差情報検出部32から供給される位相信号を加算し、これを混成信号として出力する。ここで、振幅信号と位相信号は負の信号であってもよい。つまり、加算の処理は、狭義の減算の処理を含んでいる。
【0024】
ここで混成信号算出部30の信号処理について詳細に説明する。
【0025】
加振信号をAsinωtとおく。ここで、Aは、加振信号の振幅、ωは、加振信号の角振動数、tは時間である。ωは、カンチレバー12の共振周波数をfとすると、2π・fとほぼ等しい値をもつ。
【0026】
同期信号は、加振信号と同一の周波数(すなわち角振動数ω)で同位相のたとえば方形波信号とする。
【0027】
カンチレバー12の変位信号をAsin(ωt+φ+φ)とおく。ここで、Aは、変位信号の振幅、φは、探針11と試料19が接触していない状態で存在する変位信号の初期位相差、φは、探針11と試料19が接触したことに起因して発生する変位信号の位相差である。以下では、この位相差を、便宜上、位相シフト量と呼ぶ。探針11と試料19が接触していないとき、φは0である。Aとφが、検出の対象である。
【0028】
位相調整部33は、信号発生器34から出力される同期信号の位相に位相オフセットψを与える。すなわち、位相調整部33は、同期信号の位相をψだけシフトさせる。これは、カンチレバー12の変位信号と同期信号(つまり加振信号)の位相差に、位相オフセット−ψを与えることと等価である。位相差情報検出部32は、カンチレバー12の変位信号Asin(ωt+φ+φ)と位相オフセットψが与えられた同期信号との位相差の情報を含む位相信号Acos(φ+φ−ψ)を生成して出力する。
【0029】
好ましくは、位相調整部33は、同期信号の位相をφ−π/2だけシフトさせる。すなわち、ψ=φ−π/2である。この場合、位相差情報検出部32から出力される位相信号は、Acos{φ+φ−(φ−π/2)}=−Asinφとなる。
【0030】
図3は、−Asinφとφの関係を示したグラフである。このグラフから分かるように、−Asinφは、φ=0において、位相シフト量φの変化に対して一番敏感(高感度)である。
【0031】
測定部分が硬い場合には、カンチレバー12の変位信号は、位相よりも振幅が大きく変化する。この振幅は、試料19と探針11の間に作用する斥力が大きくなるにつれて減少する。反対に、測定部分が柔らかい場合には、カンチレバー12の変位信号は、振幅よりも位相が大きく変化する。この位相は、試料19と探針11の間に作用する斥力が大きくなるにつれて進む(+φの方向にシフトする)。このため、位相差情報検出部32から出力される位相信号は、φ=0の近くで敏感に変化するとともに、振幅の変化に合わせて、φが進むにつれて減少すると好ましい。このような理由から、好ましくは、位相信号Acos(φ+φ−ψ)が−Asinφとなるように、位相オフセットψはψ=φ−π/2に設定される。
【0032】
再び図2を参照して分かるように、振幅情報検出部31は、カンチレバー12の変位信号Asin(ωt+φ+φ)の振幅Aを検出し、その振幅を表す振幅信号Aを出力する。
【0033】
加算処理部35は、振幅信号(A)と位相信号(−Asinφ)を加算してA−Asinφを求め、これを混成信号として出力する。
【0034】
加算処理部35から出力された混成信号は、図1に示すように、コントローラ25内のZ制御部26に供給される。Z制御部26は、混成信号を一定に保つように試料19と探針11の間の距離を制御するZ制御信号を生成し、これをZドライバ23に供給する。Zドライバ23は、供給されるZ制御信号にしたがってZスキャナ21を制御する。その結果、混成信号を一定に保つように試料19と探針11の間の距離が制御される。
【0035】
コントローラ25は、試料19の表面に沿って探針11を二次元的に走査するXY走査信号を生成し、これをXYドライバ24に供給する。XYドライバ24は、供給されるXY走査信号にしたがってXYスキャナ22を制御する。その結果、試料19の表面に沿って探針11が二次元的に走査する。
【0036】
コントローラ25はまた、XY走査信号とZ制御信号をホストコンピュータ27に供給する。ホストコンピュータ27は、XY走査信号とZ制御信号を用いて試料19の表面の画像を形成し、その画像を表示したり、その画像のデータを保存したりする。
【0037】
本実施形態の走査型プローブ顕微鏡においては、試料19と探針11の間に働く斥力を混成信号A−Asinφとして検出し、それに基づいて試料19と探針11の間の距離を制御する。測定部分が硬い場合には振幅信号Aが大きく変化し、測定部分が柔らかい場合には位相信号−Asinφが大きく変化する。このため、試料19に硬い部分と柔らかい部分が混在していても、それら両方に対して試料19と探針11の間に働く斥力を高感度に検出することができる。その結果、硬い部分と柔らかい部分が混在する試料に対してもその表面形状を高精度で安定に測定することができる。
【0038】
<第二実施形態>
本実施形態の走査型プローブ顕微鏡は、混成信号算出部の構成が異なるほかは、第一実施形態の走査型プローブ顕微鏡と同じである。したがって、ここでは、本実施形態の混成信号算出部の構成と作用に重点をおいて説明する。
【0039】
図4は、本実施形態の混成信号算出部40の構成を示している。図4に示すように、混成信号算出部40は、信号発生器45と振幅情報検出部41と位相差情報検出部43と加算処理部46から構成されている。
【0040】
信号発生器45は、カンチレバー12をその機械的共振周波数近傍の周波数で所定の振幅で振動させる加振信号を生成し、これを加振部14に出力する。信号発生器45はまた、加振信号に同期した同期信号を振幅情報検出部41と位相差情報検出部43に出力する。この同期信号は、加振信号と同一の周波数で同位相のたとえば方形波信号(ロジック信号)で構成され得る。
【0041】
振幅情報検出部41は、変位検出部15から供給されるカンチレバー12の変位信号の変位信号の振幅の情報を含む振幅信号を生成して出力する。
【0042】
振幅情報検出部41は、信号発生器45から供給される同期信号の位相を調整し得る位相調整部42を備えている。位相調整部42は、信号発生器45から供給される同期信号の位相に所望の位相オフセットを与え得る。したがって、位相調整部42は、変位信号と同期信号の位相差に所望の位相オフセットを与え得る。振幅情報検出部41は、振幅情報として、位相オフセットが与えられた同期信号と変位信号との位相差の情報を含む第一の位相差信号を出力する。
【0043】
位相差情報検出部43は、変位検出部15から供給されるカンチレバー12の変位信号と信号発生器45から供給される同期信号の位相差の情報を含む位相信号を生成して出力する。
【0044】
位相差情報検出部43は、信号発生器45から供給される同期信号の位相を調整し得る位相調整部44を備えている。位相調整部44は、信号発生器45から供給される同期信号の位相に所望の位相オフセットを与え得る。したがって、位相調整部44は、変位信号と同期信号の位相差に所望の位相オフセットを与え得る。位相差情報検出部43は、位相信号として、位相オフセットが与えられた同期信号と変位信号との位相差の情報を含む第二の位相差信号を出力する。
【0045】
ここで、同期信号と加振信号は周波数と位相が同じであるので、変位信号と同期信号の位相差は、変位信号と加振信号の位相差と等価である。また、位相オフセットが与えられた同期信号と変位信号との位相差は、変位信号と同期信号の位相差に位相オフセットを与えたものと等価である。
【0046】
加算処理部46は、振幅情報検出部41から供給される振幅信号すなわち第一の位相差信号と位相差情報検出部43から供給される位相信号すなわち第二の位相差信号を加算し、これを混成信号として出力する。
【0047】
ここで混成信号算出部40の信号処理について詳細に説明する。
【0048】
加振信号をAsinωtとおく。ここで、Aは、加振信号の振幅、ωは、加振信号の角振動数、tは時間である。ωは、カンチレバー12の共振周波数をfとすると、2π・fとほぼ等しい値をもつ。
【0049】
同期信号は、加振信号と同一の周波数(すなわち角振動数ω)で同位相のたとえば方形波信号とする。
【0050】
カンチレバー12の変位信号をAsin(ωt+φ+φ)とおく。ここで、Aは、変位信号の振幅、φは、探針11と試料19が接触していないときの変位信号の位相の初期値、φは、探針11と試料19が接触したことに起因して発生する変位信号の位相シフト量である。探針11と試料19が接触していないとき、φは0である。Aとφが、検出の対象である。
【0051】
位相調整部42は、信号発生器45から出力される同期信号の位相に位相オフセットψを与える。すなわち、位相調整部42は、同期信号の位相をψだけシフトさせる。振幅情報検出部41は、振幅信号として、カンチレバー12の変位信号Asin(ωt+φ+φ)と位相オフセットψが与えられた同期信号との位相差の情報を含む第一の位相差信号Acos(φ+φ−ψ)を生成して出力する。
【0052】
好ましくは、位相調整部42は、同期信号の位相をφだけシフトさせる。すなわち、ψ=φである。この場合、振幅情報検出部41から出力される振幅信号は、Acos(φ+φ−φ)=Acosφとなる。
【0053】
位相調整部44は、信号発生器45から出力される同期信号の位相に位相オフセットψを与える。すなわち、位相調整部44は、同期信号の位相をψだけシフトさせる。位相差情報検出部43は、位相信号として、カンチレバー12の変位信号Asin(ωt+φ+φ)と位相オフセットψが与えられた同期信号との位相差の情報を含む第二の位相差信号Acos(φ+φ−ψ)を生成して出力する。
【0054】
好ましくは、位相調整部44は、同期信号の位相をφ−π/2だけシフトさせる。すなわち、ψ=φ−π/2である。この場合、位相差情報検出部43から出力される位相信号は、Acos{φ+φ−(φ−π/2)}=−Asinφとなる。
【0055】
図5の(A)は、Acosφとφの関係を示したグラフである。このグラフから分かるように、Acosφは、φ=0において、位相シフト量φの変化に対して一番鈍感(低感度)である。
【0056】
図5の(B)は、−Asinφとφの関係を示したグラフである。このグラフから分かるように、−Asinφは、φ=0において、位相シフト量φの変化に対して一番敏感(高感度)であり、0から位相が進むにつれて減少する。つまり、位相信号−Asinφは、振幅信号の変化の方向と同様に、試料19と探針11の間に働く斥力が大きくなるにつれて減少する。
【0057】
そして、図4に示すように加算処理部46は、振幅信号すなわち第一の位相差信号Acosφと位相信号すなわち第二の位相差信号−Asinφを加算してAcosφ−Asinφを求め、これを混成信号として出力する。
こうすることで、測定対象が硬い場合、すなわち振幅の変化が位相シフト量φよりも大きい場合の信号の変化量は、
Acosφ>−Asinφ
となり、Acosφの信号が支配的に働く。またφの変化が小さい場合はcosφ≒1とおけることから、Acosφ≒A、すなわちAcosφはほぼAと同じと見なすことができる。
また、測定対象が柔らかい場合、すなわち振幅の変化よりも位相シフト量φが大きい場合の信号の変化量は、
−Asinφ>Acosφ
となり、−Asinφの信号が支配的に働く。このときφの変化が大きいので、Acosφの変化も第一実施形態(Aだけの場合)よりも大きくなる。
【0058】
加算処理部46から出力された混成信号は、図1に示すように、コントローラ25内のZ制御部26に供給される。Z制御部26は、混成信号を一定に保つように試料19と探針11の間の距離を制御するZ制御信号を生成し、これをZドライバ23に供給する。Zドライバ23は、供給されるZ制御信号にしたがってZスキャナ21を制御する。その結果、混成信号を一定に保つように試料19と探針11の間の距離が制御される。
【0059】
コントローラ25は、試料19の表面に沿って探針11を二次元的に走査するXY走査信号を生成し、これをXYドライバ24に供給する。XYドライバ24は、供給されるXY走査信号にしたがってXYスキャナ22を制御する。その結果、試料19の表面に沿って探針11が二次元的に走査する。
【0060】
コントローラ25はまた、XY走査信号とZ制御信号をホストコンピュータ27に供給する。ホストコンピュータ27は、XY走査信号とZ制御信号を用いて試料19の表面の画像を形成し、その画像を表示したり、その画像のデータを保存したりする。
【0061】
本実施形態の走査型プローブ顕微鏡においては、試料19と探針11の間に働く斥力を混成信号Acosφ−Asinφとして検出し、それに基づいて試料19と探針11の間の距離を制御する。測定部分が硬い場合には、AcosφはほぼAと見なせるので、Acosφが大きく変化する。その結果、硬い部分については、第一実施形態と同程度の感度で試料19と探針11の間に働く斥力を検出することができる。また測定部分が柔らかい場合には、−Asinφが大きく変化するとともにAcosφも変化する。その結果、柔らかい部分については、第一実施形態よりも高感度で試料19と探針11の間に働く斥力を検出することができる。その結果、硬い部分と柔らかい部分が混在する試料に対してもその表面形状を高精度で安定に測定することができる。
【0062】
これまで、図面を参照しながら本発明の実施形態を述べたが、本発明は、これらの実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において様々な変形や変更が施されてもよい。ここにいう様々な変形や変更は、上述した実施形態を適当に組み合わせた実施も含み得る。
【符号の説明】
【0063】
11…探針、12…カンチレバー、13…ホルダ、14…加振部、15…変位検出部、16…レーザ光源、17…分割ディテクタ、18…演算アンプ、19…試料、20…走査部、21…Zスキャナ、22…XYスキャナ、23…Zドライバ、24…XYドライバ、25…コントローラ、26…Z制御部、27…ホストコンピュータ、30…混成信号算出部、31…振幅情報検出部、32…位相差情報検出部、33…位相調整部、34…信号発生器、35…加算処理部、40…混成信号算出部、41…位相差情報検出部、42…位相調整部、43…位相差情報検出部、44…位相調整部、45…信号発生器、46…加算処理部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自由端に探針をもつカンチレバーと、
前記探針と試料を三次元的に相対的に移動させる走査部と、
加振信号に基づいて前記カンチレバーを振動させる加振部と、
前記カンチレバーの変位を検出し、その変位を表す変位信号を出力する変位検出部と、
前記変位信号の振幅の情報を含む振幅信号を生成する振幅情報検出部と、
前記加振信号と前記変位信号の位相差の情報を含む位相信号を生成する位相差情報検出部と、
前記振動振幅情報と前記位相情報を加算処理して混成信号を生成する演算部と、
前記混成信号に基づいて前記探針と前記試料の間の距離を制御する制御部とを備えている走査型プローブ顕微鏡。
【請求項2】
前記位相差情報検出部は、前記加振信号と前記変位信号の位相差に位相オフセットを与える位相調整部を備えており、
前記加振信号をAsinωt、前記変位信号をAsin(ωt+φ+φ)とおいたとき(ここで、Aは、前記加振信号の振幅、ωは、前記加振信号の角振動数、tは時間、Aは、前記変位信号の振幅、φは、前記探針と前記試料が接触していない状態で存在する前記変位信号の初期位相差、φは、前記探針と前記試料が接触したことに起因して発生する前記変位信号の位相シフト量である)、前記位相オフセットをψとして、
前記振幅情報検出部は、Aを生成し、
前記位相差情報検出部は、Acos(φ+φ−ψ)を生成し、
前記演算部は、A+Acos(φ+φ−ψ)を生成する、請求項1に記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項3】
前記位相オフセットψは、ψ=π/2−φであり、したがって、前記位相差情報検出部は、−Asinφを生成し、前記演算部は、A−Asinφを生成する、請求項2に記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項4】
前記振幅情報検出部は、前記加振信号と前記変位信号の位相差に第一の位相オフセットを与える第一の位相調整部を備え、
前記位相差情報検出部は、前記加振信号と前記変位信号の位相差に第二の位相オフセットを与える第二の位相調整部を備え、
前記加振信号をAsinωt、前記変位信号をAsin(ωt+φ+φ)とおいたとき(ここで、Aは、前記加振信号の振幅、ωは、前記加振信号の角振動数、tは時間、Aは、前記変位信号の振幅、φは、前記探針と前記試料が接触していない状態で存在する前記変位信号の初期位相差、φは、前記探針と前記試料が接触したことに起因して発生する前記変位信号の位相シフト量である)、前記第一の位相オフセットをψ、前記第二の位相オフセットをψとして、
前記振幅情報検出部は、Acos(φ+φ−ψ)を生成し、
前記位相差情報検出部は、Acos(φ+φ−ψ)を生成し、
前記演算部は、Acos(φ+φ−ψ)+Acos(φ+φ−ψ)を生成する、請求項1に記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項5】
前記第一の位相オフセットψは、ψ=φであり、前記第二の位相オフセットψは、ψ=π/2−φであり、したがって、前記振幅情報検出部は、Acosφを生成し、前記位相差情報検出部は、−Asinφを生成し、前記演算部は、Acosφ−Asinφを生成する、請求項4に記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項6】
自由端に探針をもつカンチレバーを加振信号に基づいて振動させる工程と、
試料の表面に沿って前記探針を走査する工程と、
前記カンチレバーの変位を検出し、その変位を表す変位信号を出力する工程と、
前記変位信号の振幅の情報を含む振幅信号を生成する工程と、
前記加振信号と前記変位信号の位相差の情報を含む位相信号を生成する工程と、
前記振動振幅情報と前記位相情報を加算処理して混成信号を生成する工程と、
前記混成信号に基づいて前記探針と前記試料の間の距離を制御する工程とを有している、走査型プローブ顕微鏡の制御方法。
【請求項7】
前記振幅信号は、前記加振信号と前記変位信号の位相差の情報を含む第一の位相差信号であり、
前記位相信号は、前記加振信号と前記変位信号の位相差の情報を含む第二の位相差信号である、請求項6に記載の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−88185(P2013−88185A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227114(P2011−227114)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)