説明

走査電子顕微鏡

【課題】本発明はWDが短く、高分解能化に適した装置であっても、高いイオン検出効率を得ることができる走査電子顕微鏡を提供することを目的とするものである。
【解決手段】上記目的を達成するための構成として、試料室を所定の真空に維持するための第1の差動排気絞りより、電子源側にイオンを検出するためのイオン検出器を配置した走査電子顕微鏡を提案する。このような構成によれば、セミインレンズ式の対物レンズによる高分解能化と、二次電子とガス分子の衝突によって発生するイオン検出の両立が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査電子顕微鏡に係り、特に低真空雰囲気で生ずる荷電粒子を検出するのに好適な走査電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
走査電子顕微鏡の観察対象には、水分が含まれるもの等、高真空領域に配置することができないものがある。走査電子顕微鏡を用いてこのような試料の観察を行うためには、試料が配置される試料室内の雰囲気を、電子源周り等の高真空領域と比較して、低真空状態に維持して観察を行う所謂低真空型走査電子顕微鏡が用いられる。
【0003】
試料室の低真空状態を維持するために、試料室を選択的に、低真空とするためのオリフィス(真空差動排気絞り)が試料室と、高真空領域間に配置される。この差動排気絞りには電子ビームを通過させるに充分な、開口が設けられている。
【0004】
このような差動排気絞りが配置されている走査電子顕微鏡において、二次電子や反射電子の検出効率を向上するための技術が特許文献1及び特許文献2に説明されている。
【0005】
特許文献1によれば、対物レンズのレンズ主面に、オリフィスを配置することで、対物レンズ磁場によって、ガス雰囲気内で拡散する反射電子の軌道を電子ビーム光軸に拘束し、オリフィス近傍に配置される反射電子検出器にて検出することが説明されている。
【0006】
特許文献2によれば、対物レンズの磁場によって、二次電子を光軸上に収束し、オリフィスを通過させた後に、オリフィス上に配置された二次電子検出器によって検出することが説明されている。
【0007】
【特許文献1】特開平9−320504号公報
【特許文献2】特開2002−75264号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1,特許文献2に説明された発明は、いずれもオリフィスを備えた走査電子顕微鏡において、二次電子や反射電子を検出するためのものであるが、試料から放出された二次電子がガス分子に衝突することによって発生するイオンを検出することを志向するものではなかった。
【0009】
特許文献1に説明されるようなレンズ形状は、セミインレンズ、或いは下磁極開放型レンズと称され、レンズ磁場内に試料を配置できる分、レンズ主面と試料間の距離(ワーキングディスタンス:WD)を短くでき、大きな試料を高分解能で観察するのに適したレンズ構造として知られている。
【0010】
しかしながら、レンズ磁場が、試料から放出された二次電子を対物レンズ上に導いてしまうため、ガス雰囲気内である対物レンズ下での検出は難しいという問題がある。
【0011】
本発明はWDが短く、高分解能化に適した装置であっても、高いイオン検出効率を得ることができる走査電子顕微鏡を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための構成として、試料室を所定の真空に維持するための第1の差動排気絞りより、電子源側にイオンを検出するためのイオン検出器を配置した走査電子顕微鏡を提案する。
【発明の効果】
【0013】
以上のような構成によれば、セミインレンズ式の対物レンズによる高分解能化と、二次電子とガス分子の衝突によって発生するイオン検出の両立が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の形態を説明する。図1は、走査電子顕微鏡の電子光学系の一例を示す図である。
【0015】
電子銃(電子源)17には、例えば数V〜数kVの加速電圧が印加され、約2Aの電流で温度上昇したフィラメント1から電子が発生し一次電子ビーム18となる。
【0016】
その後一次電子ビームは第一コンデンサレンズ2と第二コンデンサレンズ3で縮小されることによって数μA〜数pAのプローブ電流になるよう制御される。そして、偏向コイル4,エネルギー分離器(E×B)5を通過し、セミインレンズ型対物レンズ7によって試料上で焦点を結ぶ。焦点を結んだ一次電子ビームを試料上で走査し、試料8から発生した2次電子10は、試料方向に染み出したセミインレンズ型対物レンズから発生している対物レンズ磁場11によって巻き上げられ、レンズ内に設けられた電極24によって数
100Vに加速される。その後2次電子はエネルギー分離器(E×B)で一次電子と2次電子に分離される。
【0017】
2次電子検出器6には約10kVの電圧が印加された電極20があり、2次電子10はこの電極による電界で検出器に取り込まれ、2次電子検出器アンプ14を経てディスプレイ15で画像形成される。また、低真空観察を行う場合には、試料室23内を1Pa〜約3000Paになるように第一ニードルバルブ16で調節し、第二ロータリーポンプ21で真空排気する。
【0018】
高真空排気系12は電子銃排気配管13で電子銃と接続され、第1差動排気絞り9によって試料室と電子銃は差圧される。これにより電子銃は10−2〜10−4に保つことが可能となる。
【0019】
図1の電子光学系では、電子銃としてタングステン熱電子銃が採用されている。また、試料から発生する2次電子は、対物レンズで発生する磁場によって、対物レンズ上に巻き上げられ、その後、対物レンズ上方の検出器(または内部,対物レンズ下部)にてその電子を捕獲し画像を取得する装置構成となっている。対物レンズ主面近傍には、差動排気用のオリフィスが配置され、電子線通路は高真空に、試料が配置される試料室は低真空に区分けされている。
【0020】
このような構成によって、本例で説明する電子光学系は、高真空観察と低真空観察共に3nm以下の高分解能観察を可能としている。
【0021】
本例にて説明するオリフィス(絞り)は、2次電子を対物レンズ上に巻き上げる際に、2次電子の軌道を妨げない位置に配置されている。この絞りは、低真空制御を行うためには必要不可欠な真空差動絞りであり、約φ0.1mm〜φ0.5mm径の絞り穴が空いた円形の絞り板である。
【0022】
図2は、対物レンズが発生する磁場によって、2次電子が対物レンズ上に巻き上げられている状態を示すシュミレーション軌道を示している。
【0023】
シミュレーションでは試料から発生する2次電子のエネルギーを2eV〜50eVとして、光軸方向をz軸としてz軸0°〜90°方向に2次電子を発生させた。図2が示す結果からは、試料から発生した2次電子はある位置で収束されていることがわかった。また、この位置は対物レンズの軸上磁場が最大となる位置で、巻き上げられた2次電子はこの位置で収束され、レンズ内に設けられた電極でエネルギー分離器方向へと加速することが予測できた。
【0024】
以上の結果を踏まえると、差動排気絞りをセミインレンズ型対物レンズの軸上最大磁場位置に配置させることで、試料から放出される2次電子が対物レンズ内を通過する際に、その磁場による収束作用にて巻き上げの妨げにならないようにすることが可能となる。
【0025】
以上のような構成によれば、2次電子の軌道を遮ることがないので、2次電子検出効率が低下を抑制することが可能となる。
【0026】
図3は、低真空雰囲気に維持された試料室内に配置された試料を、セミインレンズ型対物レンズを用いて観察する例を説明する図であり、特に試料と差動排気絞りの位置関係を示している。
【0027】
図3に示すセミインレンズ型対物レンズは前述の電子光学系で説明したように、発生磁場が試料方向に染み出したレンズであることから、磁極と試料の距離を近づけることが可能である。当然、レンズに近いほど球面収差や色収差の影響が小さいため試料とレンズの距離を最小にすればボケが最小になり、より高分解能な観察が可能となる。
【0028】
一方、低真空雰囲気下で心配されるのは一次電子ビームのガス分子との散乱である。第1差動排気絞り9の前後では試料室内の真空度によるが、約数10Pa〜数100Pa程度異なるため、一次電子ビームは、絞りの前では比較的高真空雰囲気中を走行しているが、絞りの後では低真空雰囲気中を走行することになる。
【0029】
従って、低真空雰囲気中を走行する距離、すなわち試料と差動絞りの距離25を最小とすることによって、一次電子ビームとガス分子との散乱を最小に抑えることが可能となる。
【0030】
磁極と試料の距離、及び差動絞りと試料の距離が最小となる条件は、上述したように、対物レンズの軸上最大磁場位置に、差動絞りを配置することによって達成される。従って、“軸上最大磁場位置は真空排気差動絞りの位置”であると共に、低真空雰囲気中を走行する一次電子ビームの散乱を抑えることが可能になる“差動絞りと試料”の位置でもある。
【0031】
以上のような条件を踏まえ、本例ではガス分子と二次電子の衝突によって生ずるイオンの検出効率を向上させることが可能な走査電子顕微鏡について、以下に説明する。
【0032】
ここで本例におけるガス増幅型イオン検出原理について説明する。図4に説明するように、ガス増幅型イオン検出方法は、試料から発生した2次電子31を、正の電圧(例えば+数100V)が印加された電極26によって加速させ、低真空雰囲気中に存在するガス分子27となだれ現象的に衝突させる。
【0033】
これによって、2次電子はガス増幅を繰り返し、衝突したガス分子は画像情報を持ったイオン29となってイオン検出器28によって取り込まれ、アンプ30を介してディスプレイ15で画像形成される。得られる画像は、高真空での2次電子像と似ていることから低真空2次電子像などとも呼ばれている。
【0034】
本例では、高分解能化を実現するセミインレンズを採用した場合であっても、ガス分子と2次電子の衝突によって生ずるイオンを高効率に検出するために、イオン検出器を対物レンズ主面より、電子源側に配置した。セミインレンズを採用することによる高分解能化と、イオンの高効率検出の両立が可能となる。
【0035】
また、本例では、更にイオンの高効率検出を実現するために、イオン検出器が配置される空間の真空度を適正な値に設定する例を説明する。発明者らの検証によれば、2次電子がガス分子に衝突したときに生じるイオンの増幅は、約10Pa〜150Paの空間内において、行うことが最も適正であることがわかってきた。
【0036】
当該範囲より高い真空の場合は、充分にガス分子が存在しないため、発生するイオンの数が少なく、当該範囲より低い真空の場合は、一次電子ビームがガス分子によって散乱されてしまう。約10Pa〜150Paの空間に、イオン検出器を配置することによって、一次電子ビーム散乱の抑制と、イオンの検出効率向上の両立を実現することが可能となる。
【0037】
このような条件下にイオン検出器を配置するのに好適な例について、図4の例を用いて説明する。
【0038】
図4は、高効率にガス分子と2次電子の衝突によるイオン増幅を行うために、第2差動排気絞り33をガス増幅型イオン検出用電極28と、電子源との間に配置した例を説明する図である。この第2差動排気絞り33の開口径は、第1差動排気絞り9の開口径と同じか、或いは小さくする。このように構成することによって、第1差動排気絞り9と第2差動排気絞り33との間には、イオン増幅に適した空間を形成することが可能となる。
【0039】
なお、試料室内の真空度は、配置する試料の種類や観察条件によって、約1Pa〜3000Paの範囲で増減する可能性があるが、このような試料室の真空度の変化に依らず、安定したガス雰囲気空間を形成することが可能となる。
【0040】
更に、本例ではWDを短くしても二次電子がガス雰囲気内を通過する距離を充分に確保することができるため、高分解能観察とイオンの高効率検出の両立が可能となる。
【0041】
また、本例では、所定の真空雰囲気を第1差動排気絞り9と第2差動排気絞り33との間に形成するために、真空ポンプ34と第二ニードルバルブ35を、レンズ内真空室32(第1差動排気絞り9と第2差動排気絞り33との間の空間)に設けた。これらの適正な調整により、レンズ内真空室32内の真空値が適正に設定される。
【0042】
図5は一般的なガス増幅型イオン検出方法を説明する図である。プラス数100Vの電圧が印加された電極38によって導かれた2次電子10がガス分子と衝突することによって生じるイオンを検出し、当該イオンの検出に基づいて画像が形成される。
【0043】
図6は、磁場による巻き上げ効果をガス増幅型イオン検出方法の検出効率向上に適用した例を説明している。
【0044】
電極38によって加速される2次電子は、セミインレンズ型対物レンズが発生する磁場の2次電子の巻き上げ作用によって、一次電子ビームの理想光軸の方向に導かれる。このような電界と磁界の相互作用によって、二次電子はガス雰囲気の中を移動する。図5の例と比較すると、二次電子のガス雰囲気内の移動距離が長く、この過程において二次電子はガス分子との衝突を繰り返すため、多くのイオンが発生し、イオンの高効率検出に寄与することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】走査電子顕微鏡の光学系の一例を示す図である。
【図2】2次電子が対物レンズ上に巻き上げられている状態を示すシュミレーション軌道を示す図。
【図3】低真空雰囲気に維持された試料室内に配置された試料を、セミインレンズ型対物レンズを用いて観察する例を説明する図。
【図4】差動排気絞りをイオン検出器と、電子源との間に配置した例を説明する図。
【図5】一般的なガス増幅型イオン検出方法を説明する図。
【図6】磁場による巻き上げ効果をガス増幅型イオン検出方法の検出効率向上に適用した例を説明する図。
【符号の説明】
【0046】
1…フィラメント、2…第一コンデンサレンズ、3…第二コンデンサレンズ、4…偏向コイル、5…エネルギー分離器(ExB)、6…2次電子検出器、7…セミインレンズ型対物レンズ、8…試料台、9…第1差動排気絞り、10…2次電子、11…対物レンズ磁場範囲、12…高真空排気系、13…電子銃排気配管、14…2次電子検出器アンプ、
15…ディスプレイ、16…第一ニードルバルブ、17…電子銃、18…一次電子ビーム、19…レンズ内電極、20…2次電子検出器電極、21…第一ロータリーポンプ、22…第二ロータリーポンプ、23…試料室、24…電極、25…最適絞り位置と試料との距離、26…イオン検出器、27…ガス分子、28…ガス増幅型イオン検出用電極、29…プラスイオン、30…ガス増幅型イオン検出器アンプ、31…ガス分子に衝突する2次電子、32…レンズ内の真空室、33…第2差動排気絞り、34…真空ポンプ、35…第二ニードルバルブ、36…ガス増幅型イオン検出電極用電源。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子源と、当該電子源から放出される電子ビームを試料上に集束する対物レンズと、前記試料が配置される試料室と、前記電子ビームの通過開口を有し、前記試料室を所定の真空値に維持するための第1の差動排気絞りを備えた走査電子顕微鏡において、
前記対物レンズのレンズ主面より、電子源側に配置されると共に、前記試料より放出される二次電子がガス分子と衝突して生じるイオンを検出するイオン検出器を備え、前記第1の差動排気絞りは、前記対物レンズが形成するレンズ磁場内に配置されることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項1において、
前記イオン検出器と電子源との間には、前記電子ビームの通過開口を有する第2の差動排気絞りが配置されていることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項2において、
前記第1の差動排気絞りと、前記第2の差動排気絞りとの間の空間を、真空排気するための真空ポンプを備えてなることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項2において、
前記第1の差動排気絞りと、前記第2の差動排気絞りとの間にはガス雰囲気が形成されると共に、前記試料から放出される二次電子の衝突によって、イオンを発生させるような状態に維持されていることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項2において、
前記第1の差動排気絞りと、前記第2の差動排気絞りとの間の空間の圧力が、10Pa〜150Paとなるように調整されることを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項1において、
前記二次電子を吸引するための電極が、前記レンズ主面と、前記第1の差動排気絞りとの間に配置されることを特徴とする走査電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−250222(P2007−250222A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−68474(P2006−68474)
【出願日】平成18年3月14日(2006.3.14)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【出願人】(000233550)株式会社日立ハイテクサイエンスシステムズ (112)
【Fターム(参考)】