説明

超小型ブタ及びその細胞

【課題】公知のミニブタよりも、成熟時の体重がさらに少ない、超小型ブタ及びその細胞を提供すること。
【解決手段】アメリカ産のポットベリー種ブタと中国原産の梅山ブタとを交配して得られたミニブタを、その後代間で選抜交配することを繰り返す育種方法により、公知のミニブタよりも明確に小さく、その子孫も必ず公知のミニブタよりも明確に小さくなる超小型ブタを作出することに成功した。本発明の超小型ブタは、性的に成熟した時点での体重が10kg以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、性的に成熟した状態における体重が公知のブタよりも遥かに小さい超小型ブタ及びその細胞に関する。本発明のブタは、ペットや実験動物として有用である。
【背景技術】
【0002】
通常の食肉用のブタは、月齢7ヶ月で体重は120kg前後まで増える。ブタは、動物実験で最もよく用いられているマウスよりも種々の点でヒトに近く、実験動物としてかなり広く用いられている。
【0003】
アメリカ産のポットベリー種ブタは、性的に成熟した状態における体重が25kg前後であり、通常のブタよりもずっと小さい。本願発明者は、ポットベリー種ブタと、中国原産の梅山ブタとを交配することにより、性的に成熟した状態での体重が30kg〜50kgのブタの育種に成功し、「ミニブタ」として販売している。このミニブタは、実験動物やペットとして用いられている。実験動物やペットとして用いる場合、体重が少ない方が、餌や水の量が少なくて済み、糞尿量も少なく、飼育するスペースも小さくてすむという利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−67499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、公知のミニブタよりも、成熟時の体重がさらに少ない、超小型ブタ及びその細胞を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者は、アメリカ産のポットベリー種ブタと中国原産の梅山ブタとを交配して得られたミニブタを、その後代間で選抜交配することを繰り返す育種方法により、ミニブタよりも明確に小さく、その子孫も必ず公知のミニブタよりも明確に小さくなる超小型ブタを作出することに成功し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、性的に成熟した時点で、体重が10kg以下であり、かつ、この小型であるという形質が固定されたブタを提供する。また、本発明は、上記本発明のブタの細胞を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、公知のいずれのブタよりも顕著に小さく、かつ、その小さいという形質が固定されたブタ(以下、便宜的に「超小型ブタ」と呼ぶことがある)が初めて提供された。この超小型ブタは、公知のミニブタと比較しても、成熟時の体重が1/2〜1/3程度である。超小型ブタは、小さいので、飼育に必要な餌や水の量が少なくて済み、糞尿量も少なく、飼育するスペースも小さくてすむという利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の超小型ブタ、公知のミニブタ及び一般ブタの体重変化を示すグラフである。
【図2】オス超小型ブタの生後発達に伴うテストステロン値の変動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
上記の通り、本発明の超小型ブタは、性的に成熟した時点で、体重が10kg以下、好ましくは3kg〜7kgである。「性的に成熟した時点」は、雌ブタの発情兆候の確認に基づいて決定することができ、当業者であれば容易に決定可能である。本発明の超小型ブタでは、通常、生後4ヶ月頃である。なお、本発明の超小型ブタは、生殖適期である生後7ヶ月においても、体重は6kg〜12kgであり、公知のミニブタ(生後7ヶ月で21〜23kg)よりも顕著に小さい。
【0011】
性的に成熟した時点で、体重が10kg以下という形質(以下、便宜的に「超小型形質」ということがある)は、固定されたものである。すなわち、超小型ブタ同士を交配した場合には必ず超小型ブタになるし、また、超小型ブタの性別を問わず、超小型ブタと梅山ブタを交配しても仔は超小型ブタになる。このことから超小型形質は優性遺伝することがわかる。
【0012】
本発明の超小型ブタは、ポットベリー種ブタと、梅山ブタとを交配し、その後代間で超小型形質を指標として選抜交配を繰り返す育種方法により作出された。従って、本発明の超小型ブタは、ポットベリー種ブタと梅山ブタとを交配し、その後代において体重が10kg以下であるものを選抜して後代同士を交配し、かかる選抜交配を繰り返すことにより得ることができる。後代間での選抜交配の過程では、所望により公知のミニブタとの交配を行なってもよい。例えば、梅山ブタは実験動物として有利な形質(耳が大きく血管が太い、皮膚が柔らかい等)を有しているので、超小型ブタにそのような形質を導入する目的で後代と梅山ブタとの交配を行なってもよい。もっとも、本発明の超小型ブタを作製するためには、ポットベリー種ブタと梅山ブタとの間の後代に梅山ブタ等の公知のミニブタを交配させることは必ずしも必要ではない。
【0013】
本発明の超小型ブタのうち、特に小さいブタ(生後7ヶ月時点で体重約6kgであったブタ)の体細胞(採取組織:耳の皮膚)は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託されている(受領日:2008年2月29日、受託番号:FERM P-21514)。体細胞がこの寄託された細胞であるブタはもちろん、その子孫も超小型形質を維持するものは本発明の超小型ブタに包含される。
【0014】
本発明はまた、上記本発明の超小型ブタの細胞をも提供するものである。細胞は、体細胞も生殖細胞も包含する。ブタの体細胞から、体細胞クローニングによりブタを作出する手法は既に確立されている(例えば、Kawarasaki T, Otake M, Tsuchiya S, Shibata M, Matsumoto K, Isobe N.(2008) Co-transfer of parthenogenotes and single porcine embryos leads to full-term development of the embryos. Animal Reproduction Science. Available online 8 April 2008, DOI: 10.1016/j.anireprosci.2008.03.022)ので、本発明の超小型ブタの体細胞があれば、常法により本発明の超小型ブタを作出することができる。具体的な手法を記載すると次の通りである。ただし、下記の例示には限定されない。
【0015】
と畜場で未成熟ブタの卵巣を採取し、直径3〜5mmの卵胞を小型のメスで破砕することにより未成熟卵子を採取し、卵丘細胞が数層付着した卵子卵丘細胞複合体(COCs)を成熟培養する。成熟培養は、基礎培養液としてNCSU37を用いる。基礎培養液に10%ブタ卵胞液、0.6 mMシステイン、10 IU/ml eCG、10 IU/ml hCG、1 mM dbcAMPを添加して培養液とし、500μlの該培養液に30個のCOCsを入れて20時間培養し、その後eCG、hCG及びdbcAMPを含まない培養液に移す。培養開始38時間前後に、hyaluronidase処理後ピペッティングにより機械的に卵丘細胞を除去、極体放出の有無を確認し、第1極体の確認できたものを核移植に用いる。未受精卵子核の除去、体細胞核の移植、活性化処理はOnishiらの方法(Science. 289:1188-1190. 2000)に準じて顕微注入法により行なう。ピエゾマニピュレータを用いて除核、未受精卵子に微細ガラス管で体細胞核を細胞質内に直接移植し、体細胞核を2時間以上細胞質内で感作させ、hCG投与54〜57時間後に150 kv/cm、99μ秒直流電圧で活性化する。その後の培養は0.3% BSA添加PZMで行なう。活性化処理の116時間後の核移植胚を、採卵ブタより発情発現を0〜2日遅く調整したレシピエントブタの卵管に単為発生胚10〜20個とともに開腹手術により移植する。
【0016】
上記の通り、本発明の超小型ブタの体細胞は寄託されているので、寄託された体細胞から常法により、本発明の超小型ブタを再現性をもって得ることができる。また、上記の通り、超小型形質は優性遺伝すると考えられるので、超小型ブタの生殖細胞があれば、生殖細胞が精子であれ、卵であれ、常法による人工授精により、本発明の超小型ブタを得ることができる。従って、体細胞のみならず、本発明の超小型ブタの生殖細胞も本発明の細胞に包含される。さらにまた、iPS細胞等の多能性幹細胞の作製方法が公知であるから、本発明の超小型ブタの体細胞を用いてそのような多能性幹細胞を調製することができる。かかる多能性幹細胞も本発明の範囲に包含される。すなわち、本発明の超小型ブタ個体に由来する全ての細胞が本発明の範囲に包含される。
【0017】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
1.超小型ブタの作出
1993年、アメリカよりポットベリー種ブタ6頭(雄2頭、雌4頭)を輸入した。この導入ブタは、2〜3歳齢における体重が50 kg前後の一般的なミニブタであった。このポットベリー種ブタに中国原産の梅山ブタを交配し、得られる各後代同士の交配を繰り返した。各世代において、交配に用いる個体の選抜は、7ヶ月齢における体重が10kg以下であることを指標として行った。その結果、2003年に、これまでの育種過程で得られたブタと比較して顕著に体重や体尺が小さいブタが突然発生的に誕生した。
【0019】
このブタ後代において、後代選抜ブタ同士の交配を進め、血統の選抜と継代により、3ヶ月齢体重5.8 kg(初発情)、7ヶ月齢体重8.9 kg(交配適齢期)の超小型ブタが得られた。
【0020】
数系統得られた超小型ブタの家系を血統調査した結果、特定の1頭の母ブタ(通称:キャサリン)からの産仔が特に体重や体尺が小さいことが明らかになった。そこで、キャサリンと公知のミニブタとの後代を、公知のミニブタ又は世代の異なるキャサリン後代と交配することにより、この母ブタを1世代目とする超小型ブタ群を4世代までの54頭確保できた(2008年1月10日現在)(表1)。このキャサリン由来ブタの体細胞(採取組織:耳の皮膚由来の線維芽細胞)を、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した(受領日:2008年2月29日、受託番号:FERM P-21514)。
【0021】
【表1】

【0022】
2.超小型ブタの形質
超小型豚の一番の特徴は、その体重の小ささであり、交配適期を迎える7ヶ月齢でも8.70±2.33kg(n=17頭)であり、他の小型豚の中でも比較的小型であるゲッチンゲン小型豚と比べても明らかに小さな体重で成熟することである。この形質は、キャサリンとその後代全てに共通して認められた。上記の通り、キャサリン後代の育成には、公知のミニブタも用いているため、このことは、この超小型の形質は、超小型ブタ同士を掛け合わせた場合のみならず、超小型ブタの性別を問わず、公知のミニブタと掛け合わせた場合でも維持される固定された形質であること、優性遺伝する形質であることを示している。超小型ブタの体重変化を図1に示す。
【0023】
上記キャサリン後代には、現在までのところ、奇形、衰弱児の発生は全く見られていない。超小型ブタの全身骨格系の生後発達をX線CT装置により観察した結果、全身の骨格系における形成異常や奇形などは認められず、ブタとして正常な骨格系の形態を示していた。
【0024】
超小型ブタ成熟個体について、一般血液検査、血液生化学検査、血清・免疫学的検査を行ったところ、超小型ブタの血液性状は既存のミニブタとほぼ一致しており、異常は認められなかった。
【0025】
公知のミニブタの中でも体重が比較的小さいゲッチンゲン小型ブタの諸文献を参考に、本発明の超小型ブタの飼料及び飼料給与量について試験を行なった結果、適切なボディーコンディションを維持する量は飽食量に対してオスで45%、雌で40%であった。
【0026】
また、小型化による繁殖能力の低下が懸念されたが、現在のところ小型豚と比較しても遜色のない結果が得られている。すなわち、超小型ブタは4〜8頭分娩の多産性であり、92頭の分娩で難産は一例も見られなかった。オスの性成熟に関し、精巣とそれに付属する精路諸器官の組織学的所見は、2ヶ月齢において性成熟の形態を示し、4ヶ月齢では確実に性成熟に達することが明らかとなった。これは、オスの性成熟に関与する性ホルモンであるテストステロン値の測定によっても裏付けられた(図2)。超小型ブタの繁殖成績を下記表2に示す。
【0027】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
性的に成熟した時点で、体重が10kg以下であり、かつ、この小型であるという形質が固定されたブタ。
【請求項2】
生殖可能な月齢に成長した時点で、体重が3kg〜7kgである請求項1記載のブタ。
【請求項3】
ポットベリー種ブタと梅山ブタとを交配し、その後代間で選抜交配することにより作出された請求項1又は2記載のブタ。
【請求項4】
その体細胞がFERM P-21514の受託番号で寄託されている請求項2記載のブタ又は上記形質を維持するその子孫。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のブタの細胞。
【請求項6】
請求項4に記載のブタ又は上記形質を維持するその子孫の細胞。
【請求項7】
体細胞である請求項5又は6記載の細胞。
【請求項8】
FERM P-21514の受託番号で寄託されている細胞又は該細胞の細胞分裂により得られた細胞。

【図1】
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【図2】
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