説明

超撥油表面の作製方法およびその方法による超撥油表面を有する構造体

【課題】超撥油表面を効果的に設計するための表面エネルギーと表面粗さの設計指針を提示し、超撥油表面の作製を現実に可能ならしめる。
【解決手段】表面エネルギーを14mJ/m2以下、表面粗さを600nm以上に調整することを特徴とする超撥油表面の作製方法、およびその方法により作製された超撥油表面からなる固体表面を有する構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目標とする超撥油表面を効率よく確実に作製する方法、およびその方法により作製された超撥油表面からなる固体表面を有する構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、接触角が150°以上の極めて高い撥水性(超撥水性)の表面が得られることが知られるようになった。超撥水性表面は、表面と水との接触面積を著しく小さくすることができるため、水を介した化学反応の進行や局部電池の形成、電気回線のショート、あるいは水素結合の形成を抑えることができる。このため、固体表面における着雪雨滴防止、汚れ防止、防錆、電気絶縁性、離型性などの様々な目的に対して、従来の平滑面から得られる、接触角100〜110°程度の撥水性表面に較べ極めて高い効果が期待できる。そしてその適用範囲は、自動車や新幹線等の乗り物の外装、船底塗料、外灯、台所及び台所用品、浴室や洗面所とその用品、漁業用網、ブイ、歯科用品、電気機器、住宅の床や外装、玄関ドア及びノブ、屋根、プール及びプールサイド、橋脚、門扉、ポスト、ベンチ、鉄塔、アンテナ、電線、ガレージ、テント、傘、レインコート、スポーツ用品およびスポーツ衣料、ヘルメット、靴や鞄などの皮革製品、カメラ、ビデオ、紙、スピーカー等の屋外拡声器や音響機器、カーテン、絨毯、ガソリンスタンド等の注油ノズル、精油所等の化学プラント、金属製工具類、釘やネジ、バケツ類等、極めて広範囲に及ぶ。
【0003】
水との接触角が150°を超える超撥水状態は、低表面エネルギーに表面粗さを組み合わせることにより作製できることが知られている。超撥水表面の作製方法には様々なものがあり、非特許文献1や非特許文献2にその方法や効果が詳しく述べられている。
【0004】
また、超撥水性に関しては、非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7など関連する総説も多い。
【0005】
一方、油の接触角が150°を超える超撥油状態は同様の方針で作製可能であるが、油の表面エネルギーは水に比べて小さいため、超撥油状態を得ることは超撥水状態を作製するよりも遥かに困難であり、平滑基板へのコーティングによる超撥油状態の付与方法は今日まで数例しか報告がない(例えば、非特許文献8、非特許文献9)。したがって、超撥油表面の実現のための表面エネルギーや表面粗さの大きさの必要条件は明確になっておらず、このためこのような表面の設計自体ができていなかった。
【非特許文献1】A. Nakajima, K. Hashimoto, and T. Watanabe, Monatshefte fur Chemie, 132, 31 (2001)
【非特許文献2】R. Blossey, Nature Material, 2, 301 (2003)
【非特許文献3】中島章、橋本和仁、渡部俊也:光化学、Vol.30,No.3、p199-206 (1999)
【非特許文献4】中島章、橋本和仁、渡部俊也:ペトロテック、vol.25, [4] p266-270 (2002)
【非特許文献5】中島章、橋本和仁、渡部俊也:セラミックス、37, No.3 148-151 (2002)
【非特許文献6】中島章、渡部俊也、橋本和仁:現代化学、371[2], 22-26 (2002)
【非特許文献7】中島章:未来材料、4[5], 42-48 (2004)
【非特許文献8】S. Shibuichi, T. Yamamoto, T. Onda and K. Tsujii, J. Colloid Interface Sci., 209, 287 (1998)
【非特許文献9】H. Li, X. Wang, Y. Song, Y. Liu, Q. Li, L. Jang, and D. Zhu,Angew. Chem. Int. Ed.40, 1743(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、上記のような問題点に鑑み、超撥油表面を効果的に設計するための表面エネルギーと表面粗さの設計指針を提示し、超撥油表面の作製を現実に可能ならしめることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る超撥油表面の作製方法は、表面エネルギーを14mJ/m2以下、表面粗さを600nm以上に調整することを特徴とする方法からなる。
【0008】
この本発明に係る超撥油表面の作製方法においては、上記超撥油表面は、少なくともフッ素を含有する撥油層で形成することができる。
【0009】
また、本発明は、上記のような超撥油表面の作製方法により作製された固体表面(つまり、超撥油表面)を有することを特徴とする構造体も提供する。
【0010】
このような本発明は、次のような技術思想に基づいて完成されたものである。すなわち、超撥油表面は、基本的には超撥水表面と同じコンセプトで作製できる。ただし、超撥水よりも遥かに高度に表面エネルギーを低下させ、かつ高い表面粗さを付与しなくてはならない。これは水の表面エネルギー(72mJ/m2)に比べ、一般に油の表面エネルギーが30mJ/m2 前後と低いことによる。従って、本質的に超撥油表面は超撥水表面である。設計のポイントは、充分な粗さの表面に対して、表面エネルギーが低いフッ素、特に-CF3末端をなるべく高密度で配することである。従って本発明に係る撥油性構造体は、少なくとも一定以上の表面粗さを有する基本構造体の少なくとも一部にフッ素系の撥油層が形成されていることが必要である。このような技術思想に基づき、後述の実施例にも示すように、表面エネルギーを14mJ/m2以下、表面粗さを600nm以上に調整することで、目標とする超撥油表面が現実に得られ、これを設計指針とすることができるようになったものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、超撥油性を有する表面構造が容易にかつ確実に作製できる。そして本発明は、各種の工業製品に好適に適用可能であり、超撥油技術をより広範囲の用途に適用する上で重要なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明について、望ましい実施の形態とともに、より詳細に説明する。
前述した着眼点のもと、本発明者らは自ら開発した超撥水コーティングの作製方法である昇華材添加法(A. Nakajima, A. Fujishima, K. Hashimoto, and T. Watanabe, Adv. Mater., 16[11] 1365-1368 (1999)、A. Nakajima, K. Hashimoto, T. Watanabe, K. Takai, G. Yamauchi, and A. Fujishima,Langmuir. 16, 7044-7047 (2000))でのプロセス条件とその表面での撥油性についてオレイン酸を用いて詳細に検討した。その結果、600nm程度以上の表面粗さと14mJ/m2以下の表面エネルギーが組み合わされることにより超撥油表面が実現できることを知見した。
【0013】
本発明が適用できる撥油表面の基本構造は、多孔質状、針状、柱状等であり、このような基本構造に、例えば、コーティング、研削、切削、エッチング等で、基本構造よりも小さい粗さを導入する。小さな粗さを導入する効果は、基本構造中の導入する場所により異なるが、山部の頂上部や谷部の底部よりも山部から谷部への移行する部分、即ち側面部分に導入すると、谷部に空気を巻き込み易くなり撥油性が上がりやすい。表面粗さはレーザー顕微鏡、表面粗さ計、原子間力顕微鏡等で測定することができる。
【0014】
撥油剤としては、フッ素を含有したものが表面エネルギーを低下させる効果が大きいため望ましく、特にはフルオロアルキルシランが好ましい。この他、パーフルオロアルキルカルボン酸系、パーフルオロアルキルスルホン酸系、パーフルオロアルキルリン酸系等の表面処理剤、パーフルオロアルキル基含有オリゴマー、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)に代表される各種フッ素系樹脂、フッ化グラファイト、フッ化ピッチ等も適用が可能である。撥油処理は湿式法が効率やコストの点で最も優れるが、原料によっては蒸着法やスパッタ法も可能である。表面エネルギーはジスマンプロットや拡張Fowkes法等で評価することができる。
【実施例】
【0015】
以下、実施例を例示して本発明を具体的に説明する。尚、本実施例は単に例示であって、本発明を制限するものと解釈してはならない。
【0016】
実施例1
アセチルアセトンアルミニウム(和光純薬工業社製:Al(C5H7O2)3)0.366gをエタノール(和光純薬工業社製)12.5mlに溶解した。この溶液にベーマイト(DISPAL 18N4, Condea Chemie社製:AlOOH )を0.02g分散したエマルションを作製し、これをパイレックスガラスにスピンコートし、400 ℃で焼成するサイクルを12回繰り返した後、パーフルアロアルキルシラン(TSL-8233、東芝シリコーン社製:CF3(CF2)7CH2CH2Si(OCH3)3)を200℃でCVD処理することにより表面にコーティングして撥油処理を行った。表面の撥油性はオリーブオイルの主要成分であるオレイン酸を用いて接触角測定(液滴質量:1mL )により行い、レーザー顕微鏡等で表面粗さ、膜厚を評価した。またパーフルアロアルキルシランを平滑な表面にコーティングし、ヘキサデカン、ジヨードメタン、水を用いて接触角を評価し、拡張Fowkes法により表面エネルギーを算出した。
【0017】
図1に、上記実施例1で得られた超撥油表面を形成する膜上でのオレイン酸の油滴1の様子を観察した結果(図1(A))と、表面の微構造2を観察した結果(図1(B))を示す。接触角は150°であり、この部分の表面粗さは約600nmであった。また、表面エネルギー値は14mJ/m2であった。
【0018】
比較例1
実施例1と同じ方法で成膜繰り返し回数を5回行った。図2に、比較例1で得られた撥油表面を形成する膜上でのオレイン酸の油滴3の様子を観察した結果(図2(A))と、表面の微構造4を観察した結果(図2(B))を示す。得られた膜の表面粗さは約50nmであり、この膜は同様の撥油処理を行ってもオレイン酸接触角は131°であり、いわゆる超撥油表面を形成していなかった。
【0019】
比較例2
実施例1の膜にフルオロシラザンをコーティングした。表面エネルギー値は18mJ/m2 であったが、オレイン酸接触角は130°であった。
【0020】
このように、上記実施例により、超撥油表面を形成するための具体的な方法、条件が、より明確になった。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明に係る超撥油表面の作製方法は、前述した超撥水性表面が適用可能なものと同様、超撥油表面が望まれるあらゆる広範な用途に適用可能であり、この方法により、効果的にかつ確実に目標とする超撥油固体表面を有する構造体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例1における油滴と表面微構造を観察した結果を示す図である。
【図2】比較例1における油滴と表面微構造を観察した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0023】
1 実施例1における膜上の油滴
2 実施例1における表面微構造
3 比較例1における膜上の油滴
4 比較例1における表面微構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面エネルギーを14mJ/m2以下、表面粗さを600nm以上に調整することを特徴とする、超撥油表面の作製方法。
【請求項2】
前記超撥油表面を、少なくともフッ素を含有する撥油層で形成する、請求項1に記載の超撥油表面の作製方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の超撥油表面の作製方法により作製された固体表面を有することを特徴とする構造体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−257336(P2006−257336A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−79143(P2005−79143)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】