説明

車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法

【課題】コスト面の無駄を抑制した、車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法を提供する。
【解決手段】テスト車両Xを走行させる走行路1と、駆動力を発生する駆動源3と、テスト車両Xの連結時には前記駆動源3から伝達された駆動力によりテスト車両Xを牽引する牽引部4と、前記牽引部4から解放されたテスト車両Xを衝突させる衝突対象物2と、前記駆動源3を制御することで、前記牽引部4が牽引するテスト車両Xを設定条件で走行させ、設定速度に達するように制御する制御部5とを備えた車両衝突試験装置Sを用いた衝突試験の実施に先立ち行われる、テスト車両Xの前記設定条件に係る速度に対する速度のずれを抑制するように、前記制御部5における駆動源制御の制御パラメータを設定する方法であり、前記駆動源3に、前記牽引部4が牽引するテスト車両Xが当該駆動源3に与える負荷に相当する擬似負荷をかけ、その際の当該駆動源3の挙動に応じ制御パラメータを設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行路上にて牽引走行させたテスト車両を衝突対象物に衝突させて行う、衝突試験のために用いられる車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車メーカーにおいては、車両(自動車等)の衝突事故を想定し、車両を実際に衝突させて車体の強度及び衝突の影響を評価する試験(衝突試験)が行われてきた。この衝突試験には車両衝突試験装置が用いられている。一例として、本願出願人による特許文献1に記載された車両衝突試験装置がある。
【0003】
この車両衝突試験装置は、テスト車両を走行させる走行路と、駆動力を発生する駆動源と、前記走行路に対応して備えられ、テスト車両を連結及び解放でき、前記連結時には前記駆動源から伝達された駆動力によりテスト車両を牽引する牽引部と、前記牽引部から解放されたテスト車両を衝突させる衝突対象物とを備える。前記駆動源は駆動モータと変速機とを備える。また、前記牽引部は、クラッチ装置とワイヤロープとを備える。そして、この車両衝突試験装置は、前記駆動源及び牽引部を制御することで、前記牽引部が牽引するテスト車両を設定条件で走行させ、設定速度に達した後に前記牽引部からテスト車両を解放する制御部を備える。
【0004】
前記駆動源は1台以上設けられており、この駆動源に対し、走行路の数に対応する台数の牽引部が、各牽引部のワイヤロープに駆動力を伝達できるように接続されている。より詳細には、ワイヤロープはエンドレスであり、走行路に沿って循環移動する。また、クラッチ装置は、駆動源からの駆動力がワイヤロープに伝達される伝達状態と、伝達されない遮断状態とを切り替え可能に構成されている。
【0005】
この車両衝突試験装置を用いた衝突試験の実施時には、クラッチ装置の切り替えにより、テスト車両を牽引走行させるために用いられる牽引部のみに駆動力が伝達される。そして、駆動源から駆動力が伝達されたワイヤロープがテスト車両を牽引する。これにより、当該テスト車両を走行路上で加速させつつ牽引走行させ、当該テスト車両が設定速度に達した時点でテスト車両をワイヤロープから切り離し、当該テスト車両を空走状態で衝突対象物(壁面等の固定物または他のテスト車両)に衝突させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4692325号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、衝突試験の評価を正確に行うためには、テスト車両の速度が前記設定条件に係る速度に一致していることが重要である。つまり、テスト車両は、スタート地点から前記設定条件で牽引走行されて設定速度に達し、速度が安定した状態(加速度が0で、加速や減速のない均衡した速度となった状態)でワイヤロープから切り離されて衝突対象物に衝突するようにされることが、正確な試験結果を得るために望ましい。なお、切り離し後のテスト車両は空走状態となるため、走行路の路面抵抗等によりテスト車両は減速する。このため、切り離し時の設定速度は、前記空走状態での減速を見込んで、衝突時設定速度よりも高目に設定されている。
【0008】
テスト車両の速度制御は、例えば図5に示す実線上を推移するようになされる(図5では切り離し後の実線を水平線に描いているが、厳密には、前記空走状態での減速により若干右下がりの線となる)。なお、牽引開始時点及び切り離し時点にて駆動源等に発生するショックを抑制するために、スタート地点から加速されて切り離されるまでの全経過にて速度制御が行われる。また、この速度制御は、設定条件で(図5に示す実線に乗るように)テスト車両を牽引走行させ、当該設定条件に係る速度に対するずれを抑制した状態、例えば、テスト車両の切り離し時点においてオーバーシュート及びアンダーシュート(図5に示す破線)が極力ない状態とすることを目標としてなされる。具体的には、テスト車両が牽引走行のスタートから切り離されるまでの全経過において、駆動モータの回転がフィードバック制御される。これは、駆動モータの回転とテスト車両の速度とは比例する関係にあるからである。
【0009】
前記フィードバック制御とは、具体的には、駆動モータに取り付けられたセンサ(パルスエンコーダ、レゾルバ等)により駆動モータの回転速度が検出され、この検出された値を回転速度の目標値に近づける制御である。駆動モータの回転は、当該駆動モータに入力される電流や周波数を変化させることにより制御される。
【0010】
このように駆動モータの回転をフィードバック制御するため、評価対象となる衝突試験の実施に先立ち、車両衝突試験装置の事前調整がなされる。この事前調整により、車両衝突試験装置における、駆動モータの回転速度を制御するための制御パラメータ(具体的にはPI定数(比例定数及び積分定数))が最適値に設定される。
【0011】
ところが、従来では、この事前調整の際にも、衝突試験に用いるテスト車両と同一形式のテスト車両(事前調整用)を実際に牽引走行させ、衝突対象物に衝突させてデータ取りを行い、試行錯誤的に制御パラメータが設定されていた。前記データとは、テスト車両のスタートから切り離しまでの全経過にて、前記駆動モータに取り付けられたセンサにより得られた駆動モータの回転速度データである。
【0012】
ここで、車重の大きく異なる複数のテスト車両の衝突試験を実施する場合には、それぞれのテスト車両に合わせてPI定数を設定する必要があったため、各テスト車両(事前調整用)を実際に牽引走行させ、衝突対象物に衝突させていた。また、衝突時の設定速度が大きく異なる場合にも、設定すべきPI定数が異なるため、速度を種々に変更してテスト車両(事前調整用)を実際に牽引走行させ、衝突対象物に衝突させていた。
【0013】
このため、評価対象となる衝突試験の実施に先立ち、複数台のテスト車両(事前調整用)を破壊せねばならず、コスト面の無駄が大きいという問題があった。
【0014】
そこで本発明は、コスト面の無駄を抑制した、車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、テスト車両を走行させる走行路と、駆動力を発生する駆動源と、前記走行路に対応した台数が備えられ、テスト車両を連結及び解放でき、前記連結時には前記駆動源から伝達された駆動力によりテスト車両を牽引する牽引部と、前記牽引部から解放されたテスト車両を衝突させる衝突対象物と、前記駆動源及び牽引部を制御することで、前記牽引部が牽引するテスト車両を設定条件で走行させ、設定速度に達するように制御する制御部と、を備えた車両衝突試験装置、を用いた衝突試験の実施に先立ち行われる、テスト車両の前記設定条件に係る速度に対する速度のずれを抑制するように、前記制御部における駆動源制御の制御パラメータを設定する方法であり、前記駆動源に、前記牽引部が牽引するテスト車両が当該駆動源に与える負荷に相当する擬似負荷をかけ、その際の当該駆動源の挙動に応じ制御パラメータを設定する車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法である。
【0016】
前記方法によると、駆動源に、牽引部により牽引走行されるテスト車両が当該駆動源に与える負荷に相当する擬似負荷をかけることにより制御パラメータを設定できる。よって、車両を実際に牽引走行させることなく、制御パラメータの設定を行うことができる。
【0017】
そして、前記車両衝突試験装置は走行路を複数備え、当該複数の走行路は、衝突試験の実施の際に使用される走行路と使用されない走行路とからなり、前記車両衝突試験装置の牽引部は、前記駆動源からの駆動力を伝達及び切断できるクラッチ装置を備え、衝突試験の実施の際に使用される走行路に対応して備えられた前記牽引部に加え、衝突試験の実施の際に使用されない走行路に対応して備えられた前記牽引部を用いて行われ、前記擬似負荷は、前記衝突試験の実施の際に使用されない走行路に対応して備えられた前記牽引部に前記クラッチ装置を介して前記駆動源の駆動力を伝達させた際、前記駆動源にかかる負荷であることが好ましい。
【0018】
これによると、衝突試験の実施の際に使用されない牽引部を用いて制御パラメータの設定を行うことができ、これにより車両衝突試験装置の遊休部分の有効利用ができる。また、衝突試験の実施の際に使用されない牽引部のクラッチ装置を操作することで、駆動力の伝達及び切断を容易に行うことができ、これにより制御パラメータの設定を容易に行うことができる。
【0019】
更に、前記車両衝突試験装置は、前記使用されない走行路を複数備え、前記衝突試験の実施の際に使用されない走行路に対応して備えられた前記牽引部のクラッチ装置のうち、前記駆動源からの駆動力が伝達されるクラッチ装置の台数を選択することにより前記擬似負荷の大きさを調整することが好ましい。
【0020】
これによると、駆動源に対して接続したクラッチ装置の台数を変更することで、擬似負荷の大きさを増減させることが容易である。
【0021】
更に、前記車両衝突試験装置の駆動源は、前記駆動力として回転力を発生する駆動モータと、前記回転力が入力され、選択可能な複数の変速比に応じて変換された回転力を出力する変速機とを備え、前記変速機の変速比を選択することにより前記擬似負荷の大きさを調整することが好ましい。
【0022】
これによると、変速機の変速比を選択することで、擬似負荷の大きさを増減させることが容易である。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、車両を実際に牽引走行させることなく制御パラメータの設定を行うことができるため、コスト面の無駄を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の方法に用いる車両衝突試験及び実験要領を示す、側面視の概略図である。
【図2】本発明の方法に用いる車両衝突試験装置の一例を示す概略平面図である。
【図3】本発明の方法に用いる車両衝突試験装置の一例における牽引部を示す概略図である。
【図4】車両衝突試験装置の事前調整の要領を示す概略図であり、(A)は従来、(B)は本発明を示す。
【図5】衝突試験の際のテスト車両の速度変化の一例を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明に係る車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法につき、実施態様の一例を取り上げて、図面とともに以下説明を行う。まず、本例の方法の対象である車両衝突試験装置の構成について説明する。
【0026】
本例の車両衝突試験装置Sは、図1に示すように、走行路1、衝突対象物2、駆動源3、牽引部4、制御部5を備える。
【0027】
走行路1は、テスト車両Xが牽引走行される部分であり、平坦な直線状の路面を有している。本例の車両衝突試験装置Sは、図2に示すように、第1走行路11〜第8走行路18の8本の走行路を備えている。各走行路11〜18には、延長方向に沿ってガイドレールが設けられており(図示しない)、ドーリー装置44(後述)がガイドレールに沿って移動できるように設けられている。なお、図2において、F11〜F18は、各走行路11〜18におけるテスト車両Xのスタート位置の一例を示す。
【0028】
走行路1の本数は、1本であっても良いが、複数である方が多種の試験条件(異速度衝突、種々の衝突角度)にて衝突試験を行うことができるため好ましい。本例では、各走行路11〜18が、一点から広がるように放射状に設けられており、テスト車両Xは各走行路11〜18の集合する位置に向け牽引走行される。つまり、各走行路11〜18の集合する位置付近がテスト車両Xの衝突位置となる。この衝突位置の直下であり、テスト車両Xが走行する路面よりも低い位置にはピットPが形成されている。このピットPに後述の駆動源3及び牽引部4(クラッチ装置41)が設けられている。
【0029】
本例では、第1走行路11と第8走行路18とは180°反対方向の位置関係にある。また、第1走行路11に対して第2走行路12は90°の位置関係にある。そして、第3走行路13〜第7走行路17は、第2走行路12と第8走行路18との間にて周方向等間隔に設けられている。
【0030】
衝突位置にはコンクリート壁等の衝突対象物2を固定でき、この衝突対象物2にテスト車両Xを衝突させることができる。また、例えば、第1走行路11〜第8走行路18のうち任意に選択された2本の走行路を用い、これら2本の走行路を走行するテスト車両X,X同士を衝突させることもできる。この場合、テスト車両Xは衝突対象物2を兼ねる。各走行路11〜18が放射状に設けられているため、このように2台のテスト車両X,Xを用いて、正面衝突、斜め衝突、側方衝突の評価が可能である。また、2台のうち1台のテスト車両Xを走行路上に静止させておくことにより、追突の評価が可能である。そして、2本の走行路を用いる場合には、一方のテスト車両Xと他方のテスト車両Xとの異速度衝突の評価が可能である。また、例えば、第1走行路11と第8走行路18とでテスト車両X,Xを同一方向に牽引走行可能なように各走行路を構成しておくことで、異速度追突の評価も可能である。
【0031】
駆動源3は、図3に示すように、駆動モータ31と、当該駆動モータ31のモータ軸S1に継手Jを介して入力軸S2が接続された変速機32とを備える。本例の車両衝突試験装置Sに備えられている駆動源3は1台であるが、複数台であっても良い。複数台の駆動源3を備えた場合には、複数台分の駆動力を合わせて牽引部4に伝達させるように構成しても良いし、個々の駆動源3の駆動力が各々に接続された牽引部4に伝達させるように構成しても良い。なお、駆動源3は、変速機を備えないものでも良い。
【0032】
牽引部4は、図1及び図3に示すように、クラッチ装置41、ワイヤロープ42及びこれを支持する滑車、張力調整装置43、ドーリー装置44を備える。本例の車両衝突試験装置Sは、各走行路11〜18に対応する台数(本例では8台)の牽引部4を備えている。つまり、1台の駆動源3に対して複数の牽引部4を備えている。
【0033】
クラッチ装置41は、駆動源3から伝達された駆動力をテスト車両Xへと伝達する。より具体的に、このクラッチ装置41は、駆動源3からの駆動力がワイヤロープ42に伝達される伝達状態と、伝達されない遮断状態とを切り替え可能に構成されている。本例の車両衝突試験装置Sは、図3に示すように、各走行路11〜18に対応する8台のクラッチ装置41…41である第1クラッチ装置411〜第8クラッチ装置418を備える。これら第1クラッチ装置411〜第8クラッチ装置418が、変速機32の第1及び第2の各出力軸S31,S32からの駆動力を伝達できるように接続されている。
【0034】
各クラッチ装置411〜418は同一の構成とされており、変速機32の第1及び第2の各出力軸S31,S32の間隔と同一間隔を有する第1及び第2の各入出力軸S41,S42と、各入出力軸S41,S42と同心で、各入出力軸S41,S42に対してフリー回転するように設けられた各ドラムDと、第1及び第2の各入出力軸S41,S42の駆動力を各ドラムDに対して伝達及び切断するための一対のクラッチ部Cとを備えている。クラッチ部Cは、テスト車両Xの牽引走行時、またはPI定数の設定時には伝達状態とされ、一方、テスト車両Xの牽引走行、またはPI定数の設定に使用されない走行路のワイヤロープ42には駆動力が伝達されないよう、遮断状態とされる。
【0035】
また、クラッチ装置41の第1入出力軸S41及び第2入出力軸S42は、変速機32の第1出力軸S31及び第2出力軸S32に継手Jを介して連結され、第1クラッチ装置411〜第8クラッチ装置418の第1入出力軸S41同士、及び第2入出力軸S42同士も継手Jを介して連結されている。これにより、変速機32に対して各クラッチ装置411〜418が直列に接続されている。なお、本例の構成のほか、変速機32に対してクラッチ装置41が並列に接続された構成であっても良い。
【0036】
ワイヤロープ42…42は、各クラッチ装置411〜418の前後に設けられた一対のドラムD,Dに巻き掛けられている。これらのワイヤロープ42…42は、各クラッチ装置411〜418から、ピットPの内壁面等に取付けられた複数の滑車(図示しない)を介して方向を変換され、各走行路11〜18に沿って往復するように延び、ドラムD,Dに戻るように設けられている。
【0037】
例えば、図2に示す第1走行路11及び第8走行路18を使用して、2台のテスト車両X,Xを正面衝突させるには、第1クラッチ装置411は、第1入出力軸S41から駆動力が伝達されるように、第1入出力軸S41に対応したクラッチ部Cが伝達状態にされ、第2入出力軸S42に対応したクラッチ部Cが遮断状態にされる。これと共に、第8クラッチ装置418は、第2入出力軸S42から駆動力が伝達されるように、第1入出力軸S41に対応したクラッチ部Cが遮断状態にされ、第2入出力軸S42に対応したクラッチ部Cが伝達状態にされる。そして、残りのクラッチ装置412〜417の各クラッチ部Cは全て遮断状態にされる。これにより、第1クラッチ装置411は、第1入出力軸S41に連結されたドラムDからワイヤロープ42に、第8クラッチ装置418は、第2入出力軸S42に連結されたドラムDからワイヤロープ42に、それぞれ駆動力が伝達されて各ワイヤロープ42,42が各テスト車両X,Xを牽引する。
【0038】
ワイヤロープ42は、図1に示すように、ドーリー装置44を介してテスト車両Xに連結可能とされている。本例のワイヤロープ42は環状(エンドレス)に形成されており、走行路1に滑車等を介して支持されている。そして、このワイヤロープ42は、ドラムDに支持されることでクラッチ装置41に取り付けられている。このワイヤロープ42は、クラッチ装置41から駆動力が伝達されて循環移動する。これにより、走行路1上でテスト車両Xを牽引走行できる。そして、このワイヤロープ42は、図1に示す(図3では省略)張力調整装置43により一定の張力が保たれる。
【0039】
このワイヤロープ42として、本例では鋼製ワイヤロープが用いられているが、鋼製ワイヤロープ以外にチェーン等の索体が用いられても良い。要するに、テスト車両Xを走行路1上で設定速度になるまで牽引走行させるために必要な牽引力よりも高い強度を有する索体であれば種々のものをワイヤロープとして使用することができる。
【0040】
ドーリー装置44は、詳細は図示していないが、端部にフック等を備えた連結用ワイヤ441によりテスト車両Xに連結される。そして、クランプ装置(図示しない)により、ワイヤロープ42に対して連結及び解放できるようにされている。これにより、クランプ装置の連結時には、駆動源3の駆動力がワイヤロープ42からドーリー装置44に伝達され、更にドーリー装置44からテスト車両Xに伝達され、テスト車両Xの牽引走行がなされる。
【0041】
制御部5は、駆動源3及び牽引部4を制御することで、牽引部4が牽引するテスト車両Xを設定条件で設定速度に達するように走行させ、設定速度に達した後に前記牽引部4からテスト車両Xを解放するために設けられている。具体的に、制御部5は、駆動モータ31の回転、変速機32の変速比、クラッチ装置41の切り替え、ドーリー装置44の操作を制御する。この制御部5において、駆動源3における駆動モータ31の回転をフィードバック制御している。このフィードバック制御は、従来と同様、駆動モータ3に取り付けられたセンサ(パルスエンコーダ、レゾルバ等)により駆動モータ3の回転速度が検出され、この検出された値を目標値に近づける制御である。駆動モータ3の回転は、前記センサの検出結果に応じて、制御部5が当該駆動モータ3に入力される電流や周波数を変化させることにより制御される。
【0042】
次に、前記構成を有する車両衝突試験装置Sについての制御パラメータであるPI定数の設定方法について説明する。
【0043】
この設定方法を行うには、まず、実際に牽引走行を行う予定であるテスト車両Xに相当する負荷を生じる台数の牽引部4を、クラッチ装置41を伝達状態として駆動源3に接続する。そして、ドーリー装置44のクランプ装置をワイヤロープ42から解放する。これにより、ワイヤロープ42にテスト車両Xが連結されない状態で駆動源3を駆動させ、その際の当該駆動源3の挙動に応じ、制御部5における駆動源3を制御するためのPI定数を設定する。
【0044】
ここで、従来の事前調整の要領では、図4(A)に斜線表記したクラッチ装置411に、駆動源3から駆動力が伝達され、テスト車両Xを牽引走行させていた。一方、テスト車両Xを連結しないクラッチ装置412〜418は、駆動源3からの駆動力の伝達が切断されて「遊んだ状態」とされていた。これに対し、本例は、車両衝突試験装置Sの遊休部分である前記「遊んだ状態」となっていた複数のクラッチ装置等を活用してPI定数の設定を行う。
【0045】
テスト車両Xを実際に牽引走行させる際に駆動源3にかかる負荷の内訳としては、
(1)テスト車両Xをスタート位置(F11〜F18)からワイヤロープ42から切り離される位置における設定速度まで設定条件で牽引走行させるのに必要な加速トルク(下記走行抵抗トルクを除いた分)、
(2)テスト車両Xを走行路1上で牽引走行させる際の、路面抵抗及び空気抵抗に由来する走行抵抗トルク、
(3)駆動源3自体の加速トルク及びメカロス、
(4)牽引部4におけるクラッチ装置41、ワイヤロープ42、ワイヤロープ42を支持するための滑車、張力調整装置43等の加速トルク及びメカロス、
が挙げられる。
【0046】
もし、テスト車両Xを牽引走行させない場合には、前記列挙した負荷の内訳のうち、テスト車両Xの実際の牽引走行に関係する分である、(1)テスト車両Xを加速させるのに必要な加速トルク、及び、(2)テスト車両Xを走行路1上で牽引走行させる際の走行抵抗トルクに相当する負荷が駆動源3にかからなくなる。そこで、この分の負荷を擬似負荷で代替させることにより、テスト車両Xを牽引走行させなくても、実際に牽引する際の負荷に相当する負荷を駆動源3にかけることができる。そして、この擬似負荷をかけた駆動源3の挙動データを得ることで、PI定数を設定することができる。
【0047】
なお、本例では、実際にテスト車両Xを牽引走行させないため、「切り離し」という概念がない。そのため、駆動モータ3の運転開始からの経過時間が、実際にテスト車両Xを牽引走行させた場合の切り離し時までの経過時間と一致する時刻までの駆動源3の挙動データ(具体的にはセンサにより得られた駆動モータ3の回転速度の検出結果)に応じてPI定数を設定する。
【0048】
前記(1)の、テスト車両Xを実際に加速させるのに必要な加速トルクは、テスト車両Xの車重と牽引走行時の加速度とから算出できる。また、前記(2)の、テスト車両Xを牽引走行させる際の走行抵抗トルクは、テスト車両の前面投影面積と速度とから求められる風損トルクと、路面抵抗から求められる転がり抵抗トルクとの和として算出できる。
【0049】
一方、牽引部4の加速トルクは、前記のように、牽引部4を構成する各要素(クラッチ装置41等)の慣性モーメント、駆動モータ31の回転数、変速機32の変速比を基に算出できる。なお、加速トルクは、慣性モーメント及び回転数に比例する。更に、慣性モーメントは変速比の2乗に比例し、回転数は変速比に比例する。そこで、駆動源3に対する牽引部4の接続台数、及び、変速比を調整することで、テスト車両Xを実際に牽引走行させる際の負荷に相当する負荷を擬似負荷として、テスト車両Xを全く牽引走行させることなく駆動源3にかけることができる。
【0050】
例えば、走行路一つ分の牽引部4の加速トルクが、車重500kgの車両を牽引走行させた場合の前記加速トルク及び走行抵抗トルクに相当する場合、図4(B)に斜線表記したように、駆動源3に牽引部4を2台(2走行路分)接続することで、車重500kg相当の擬似負荷を実現できる。この場合、負荷の観点からは、2台のうちで実際にテスト車両を牽引走行させる走行路1に対応する1台の牽引部4(例えば図示斜線表記の右側)がテスト車両Xを牽引する牽引部4に相当する。そして、衝突試験の実施の際にテスト車両Xを走行させない走行路1に対応する、他の1台の牽引部4(例えば図示斜線表記の左側)がテスト車両Xのダミーに相当する。つまり、テスト車両Xに代わる擬似負荷は前記他の1台分の牽引部4の負荷である。
【0051】
前記と同じ要領で、駆動源3に牽引部4を3台(3走行路分)接続すると、車重1000kg相当の擬似負荷を実現できる。また、駆動源3に牽引部4を8台(8走行路分)接続することで、車重3500kg相当の擬似負荷を実現できる。つまり、牽引部4の台数により、擬似負荷の大きさを調整できる。
【0052】
更に、変速機32の変速比を選択することにより、擬似負荷の大きさを更に細かく調整することができる。例えば、駆動モータ31の回転速度に対して変速機32の各出力軸S31,S32の回転速度の方が小さくなるように変速機32の変速比が選択された場合、前記各回転速度の比が一対一である場合に比べて擬似負荷を小さくすることができる。
【0053】
このように、擬似負荷の大きさをあらかじめ算出しておくことで、実際に牽引走行を行う予定であるテスト車両Xの代わりとして、衝突試験の実施の際に使用されない牽引部4(言い換えると、前記「遊んだ状態」の牽引部4)をPI定数の設定のために用いることができる。これにより、実際の車両を破壊することなくPI定数の設定が可能である。
【0054】
また、クラッチ装置41を操作することで、駆動源3からの駆動力の伝達及び切断を容易に行うことができる。そして、駆動源3に対して接続したクラッチ装置41の台数を変更して擬似負荷の大きさを増減させることが容易である。このようにクラッチ装置41が構成されたことで、PI定数を容易に設定できる。
【0055】
このようにしてPI定数の設定を行うことにより、事前調整におけるテスト車両Xの牽引走行が不要となる。このため、車両調達コストを削減できる(0にできる)。また、事前調整の際にテスト車両Xを牽引走行させる準備及び後片付けの工数を削減できるため、人件費を削減できる。また、実際にテスト車両Xを牽引走行させて事前調整を行う際には、作業員がテスト車両Xに接触したり及び衝突時に飛散する破片に当たったりする事故の危険があったが、実際にテスト車両Xを牽引走行させる回数を減らせるため、このような危険も抑制できる。また、事前調整は車両衝突試験装置Sの客先引渡し前に行われるので、事前調整に要する期間を短縮することで車両衝突試験装置Sの納期も短縮できる。このように、本例のPI定数の設定方法は、絶大な効果を奏する。
【0056】
なお、本例においては、前記の方法でPI定数を完全に設定可能である。本例では、前記メカロス等、負荷に与える割合が小さい要素までは算出していないが、これらの要素は、PI定数の設定値に影響を与えるものではない。なお本例では、前記PI定数の設定を行った後に、確認のためにテスト車両Xを実際に牽引走行させることで車両衝突試験装置Sの事前調整を完了させているが、このテスト車両Xの牽引走行はPI定数の設定のために必須ではない。
【0057】
以上、本発明につき実施態様の一例を取り上げて説明してきたが、本発明は、前記の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0058】
例えば、前記擬似負荷は、牽引部4とは別に設けられていても良い。このように擬似負荷を別に設ける場合では、駆動源3に対して着脱可能に構成されていても良く、また、常時、車両衝突試験装置に備えられていても良い。
【0059】
また、擬似負荷としてフライホイールを用いても良い。特に走行路1が1本の車両衝突試験装置では、牽引部4が1台しか存在しないため、前記のように使用されない牽引部4(「遊んだ状態」の牽引部4)が無い。よって、駆動源3に対してこのフライホイールの慣性力が擬似負荷として有効に働く。また、慣性力が可変なフライホイールを用いることが望ましい。擬似負荷としては、フライホイールの他、ブレーキ装置、ダイナモが挙げられるが、これ以外に駆動源3に対する負荷となり得る種々の装置を用いることができる。
【符号の説明】
【0060】
1、11〜18…走行路、2…衝突対象物、3…駆動源、4…牽引部、5…制御部、S…車両衝突試験装置、X…テスト車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テスト車両を走行させる走行路と、
駆動力を発生する駆動源と、
前記走行路に対応した台数が備えられ、テスト車両を連結及び解放でき、前記連結時には前記駆動源から伝達された駆動力によりテスト車両を牽引する牽引部と、
前記牽引部から解放されたテスト車両を衝突させる衝突対象物と、
前記駆動源及び牽引部を制御することで、前記牽引部が牽引するテスト車両を設定条件で走行させ、設定速度に達するように制御する制御部と、を備えた車両衝突試験装置、
を用いた衝突試験の実施に先立ち行われる、テスト車両の前記設定条件に係る速度に対する速度のずれを抑制するように、前記制御部における駆動源制御の制御パラメータを設定する方法であり、
前記駆動源に、前記牽引部が牽引するテスト車両が当該駆動源に与える負荷に相当する擬似負荷をかけ、その際の当該駆動源の挙動に応じ制御パラメータを設定する車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法。
【請求項2】
前記車両衝突試験装置は走行路を複数備え、当該複数の走行路は、衝突試験の実施の際に使用される走行路と使用されない走行路とからなり、
前記車両衝突試験装置の牽引部は、前記駆動源からの駆動力を伝達及び切断できるクラッチ装置を備え、
衝突試験の実施の際に使用される走行路に対応して備えられた前記牽引部に加え、衝突試験の実施の際に使用されない走行路に対応して備えられた前記牽引部を用いて行われ、
前記擬似負荷は、前記衝突試験の実施の際に使用されない走行路に対応して備えられた前記牽引部に前記クラッチ装置を介して前記駆動源の駆動力を伝達させた際、前記駆動源にかかる負荷である請求項1に記載の車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法。
【請求項3】
前記車両衝突試験装置は、前記使用されない走行路を複数備え、
前記衝突試験の実施の際に使用されない走行路に対応して備えられた前記牽引部のクラッチ装置のうち、前記駆動源からの駆動力が伝達されるクラッチ装置の台数を選択することにより前記擬似負荷の大きさを調整する請求項2に記載の車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法。
【請求項4】
前記車両衝突試験装置の駆動源は、前記駆動力として回転力を発生する駆動モータと、前記回転力が入力され、選択可能な複数の変速比に応じて変換された回転力を出力する変速機とを備え、
前記変速機の変速比を選択することにより前記擬似負荷の大きさを調整する請求項2または3に記載の車両衝突試験装置の制御パラメータ設定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−79874(P2013−79874A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−220213(P2011−220213)
【出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【出願人】(000002059)シンフォニアテクノロジー株式会社 (1,111)