説明

軟骨細胞再分化誘導用基材およびこれを用いた軟骨細胞の製造方法

【課題】 軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する軟骨細胞再分化誘導用基材および脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずにこれを用いた軟骨細胞の製造方法を提供する。
【解決手段】 軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する軟骨細胞再分化誘導用基材であって、「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」の、以上(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する軟骨細胞再分化誘導用基材およびこれを用いた軟骨細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟骨組織は、軟骨細胞とこれを取り囲む基質からなる支持組織であり、骨相互間に生じる摩擦を緩和して衝撃を吸収する役割を果たしている。軟骨組織には血液やリンパ液が浸潤せず、再生力に乏しい組織であるため、一度損傷を受けると、約70%にもなる含水率が低下してその機能の維持が困難となり、変形性関節症(osteoarthritis;OA)が発症する。この変形性関節症が進行すると、軟骨の損傷、骨の露出、あるいは関節の変形などを生じることにより関節本来の滑らかな動きができなくなり、運動痛などを生じる他、可動域制限による起立制限や歩行制限を余儀なくされ、著しい患者のQOL(Quality of life)の低下をもたらしている。なお、我が国における変形性関節症の患者数は、自覚症状を有する患者数で約1000万人、X線診断による潜在的な患者数で約3000万人と推定されている。
【0003】
軟骨組織の代表的な治療技術として人工関節置換術を挙げることができるが、人工関節は摩耗などにより10年以上の長期使用は困難である他、接着箇所の緩み、脱臼、感染症などを生じ得るため、適用の限界がある。そこで、自家培養軟骨細胞移植術により軟骨損傷部位を補い、修復して軟骨を再生させる再生医療の研究が盛んに行われている。すなわち、正常軟骨部位より軟骨組織を一部切り出して軟骨細胞を取り出し、取り出した軟骨細胞を適当な手法により培養して細胞数を相当量増殖させた後、元の患者の軟骨損傷部位に戻すことにより治癒を図るものである(非特許文献1)。
【0004】
しかしながら、一般に軟骨細胞をin vitroで単層培養あるいは平板培養すると、いわゆる脱分化を生じ、軟骨細胞本来の形質を一部消失した脱分化型軟骨細胞となることが知られている。そこで、この脱分化型軟骨細胞を再分化させるため、様々な試みがなされており、例えば、アルギン酸ゲル中に脱分化型軟骨細胞を封入する方法(特許文献1)や、トランスフォーミング成長因子−βファミリー(TGF−β)などを含む無血清培地に骨形態形成タンパク質(BMP)を加えたものを用いて、低酸素条件下で脱分化型軟骨細胞を平板培養する方法(特許文献2)、ヒト自家血清を含むHEPES緩衝化細胞培地中に酸性コラーゲンを含む三次元ゲル状バイオマトリックスに脱分化型軟骨細胞を植え込んで立体培養する方法(特許文献3)、ポリ(シラン化ヒドロキシエチルセルロース)(PHEC)またはポリ(シラン化ヒドロキシプロピルメチルセルロース)(PHPMC)からなる三次元ゲル状マトリックスに脱分化型軟骨細胞を植え込んで立体生体外培養する方法(特許文献4)、インスリン、BMP−2および甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン(T3)を含む脱分化型軟骨細胞の軟骨細胞への再分化用培地(特許文献5)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−078484号公報
【特許文献2】特開2003−125787号公報
【特許文献3】特表2003−534792号公報
【特許文献4】特表2007−510410号公報
【特許文献5】国際公開WO2006/022263号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Brittberg M.ら、The New England Journal of Medicine、Vol.331、No.14、889−895(1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、特許文献3および特許文献4に開示された方法は、脱分化型軟骨細胞を三次元的な培養により再分化させるための方法であり、特許文献2および特許文献5に開示された方法ないし培地は、脱分化型軟骨細胞を再分化誘導する因子を添加して、平板培養などの二次元的な培養により再分化させるための方法ないし培地であることから、脱分化型軟骨細胞を二次元的な培養により再分化させることができる、より安定した素材からなる基材や、再分化誘導する因子を添加せずに脱分化型軟骨細胞を再分化させることができる方法が求められている。
【0008】
本発明は、前記問題点を解決するためになされたものであって、軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する軟骨細胞再分化誘導用基材および脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずにこれを用いた軟骨細胞の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずに、電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル、構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であるその他のハイドロゲル、あるいはこれらを除く電荷を帯びていない電気的に中性なゲル上で培養することにより、軟骨細胞へ再分化誘導できることを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0010】
(1)軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する軟骨細胞再分化誘導用基材であって、以下の(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなる、前記軟骨細胞再分化誘導用基材;
(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル、
(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル、
(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル。
【0011】
(2)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲルが、電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルおよび/または電気的に中性な繰り返し単位と電荷を有する繰り返し単位とからなる共重合体であって、次式で表されるモル比(F)がF≦0.2のハイドロゲルよりなる群から選ばれる1または2以上のゲルである、(1)に記載の軟骨細胞再分化誘導用基材;
F=[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]/[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度+電気的に中性な繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]。
【0012】
(3)電気的に中性な繰り返し単位が、アクリルアミド(AAm)、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルメタクリレート;2−HEMA)およびアクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルアクリレート;2−HEA)よりなる群から選ばれるモノマーから構成される1または2以上の繰り返し単位である、(2)に記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【0013】
(4)電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルが、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)、ポリメタクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリレート;PHEMA)およびポリアクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート;PHEA)よりなる群から選ばれる1または2以上のハイドロゲルである、(2)に記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【0014】
(5)電荷を有する繰り返し単位が、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、スチレンスルホン酸、アクリル酸およびメタクリル酸よりなる群から選ばれるモノマーまたはそれらの塩から構成される1または2以上の繰り返し単位である、(1)から(4)のいずれかに記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【0015】
(6)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲルがアガロースである、(1)から(5)のいずれかに記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【0016】
(7)軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずに、以下の(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなる基材表面上において前記脱分化型細胞を培養して軟骨細胞へ再分化誘導する工程を含む、軟骨細胞の製造方法;
(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル、
(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル、
(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル。
【0017】
(8)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲルが、電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルおよび/または電気的に中性な繰り返し単位と電荷を有する繰り返し単位とからなる共重合体であって、次式で表されるモル比(F)がF≦0.2のハイドロゲルよりなる群から選ばれる1または2以上のゲルである、(7)に記載の軟骨細胞の製造方法;
F=[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]/[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度+電気的に中性な繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]。
【0018】
(9)電気的に中性な繰り返し単位が、アクリルアミド(AAm)、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルメタクリレート;2−HEMA)およびアクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルアクリレート;2−HEA)よりなる群から選ばれるモノマーから構成される1または2以上の繰り返し単位である、(8)に記載の軟骨細胞の製造方法。
【0019】
(10)電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルが、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)、ポリメタクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリレート;PHEMA)およびポリアクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート;PHEA)よりなる群から選ばれる1または2以上のハイドロゲルである、(8)に記載の軟骨細胞の製造方法。
【0020】
(11)電荷を有する繰り返し単位が、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、スチレンスルホン酸、アクリル酸およびメタクリル酸よりなる群から選ばれるモノマーまたはそれらの塩から構成される1または2以上の繰り返し単位である、(7)から(10)のいずれかに記載の軟骨細胞の製造方法。
【0021】
(12)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲルがアガロースである、(7)から(11)のいずれかに記載の軟骨細胞の製造方法。
【0022】
(13)(7)から(12)のいずれかに記載の方法によって製造された軟骨細胞。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずに二次元的な培養により脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】PS上で作製した第6代継代細胞および第7代継代細胞、F値が0の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスク(すなわち、PDMAAmゲルディスク)上で作製した第7代継代細胞、ならびにF値が0.2および0.6の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞を、それぞれ位相差顕微鏡を用いて形態を観察した図である。
【図2】PS上で作製した第6代継代細胞および第7代継代細胞、F値が0の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスク(すなわち、PDMAAmゲルディスク)、ならびにF値が0.2および0.6の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスクの上で各々作製した第7代継代細胞における、軟骨細胞分化マーカー遺伝子であるAggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量をそれぞれ示す図である。図中、縦軸はそれぞれの遺伝子発現量(相対値)を示す。
【図3】PS上で作製した第7代継代細胞、F値が0の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスク(すなわち、PDMAAmゲルディスク)上で作製した第7代継代細胞、ならびにF値が0.2、0.4および1の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞を、それぞれCollagenII免疫染色をした結果を示す写真である。図中、上段と下段の写真において蛍光緑色の広がりをもって染色されている部分がCollagenIIを、中段と下段の写真において黄色の点状に染色されている部分が核をそれぞれ表し、下段の写真は上段の写真と中段の写真との結合である。
【図4】PS上で作製した第7代継代細胞、F値が0の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスク(すなわち、PDMAAmゲルディスク)上で作製した第7代継代細胞、ならびにF値が0.2、0.4および1の共重合体P(NaAMPS−co−DMAAm)ハイドロゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞を、それぞれアルシアンブルー染色をした結果を示す写真である。図中、水色に染色されている部分が硫酸基を有するグリコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)すなわち再分化誘導された軟骨細胞を、褐色の部分が脱分化型軟骨細胞をそれぞれ表す。
【図5】PS上で作製した第7代継代細胞、ならびにPAAmハイドロゲルディスク、PDMAAmハイドロゲルディスク、PVAハイドロゲルディスク、アガロースゲルディスク、PNaAMPSハイドロゲルディスク、PNaSSハイドロゲルディスクおよびNaAMPSからなる第一網目構造(F値が1)およびAAmからなる第二網目構造(F値が0)を有するP(NaAMPS−AAm)相互侵入網目構造ハイドロゲルディスク(P(NaAMPS−AAm)DN)の上で作製した第7代継代細胞を、それぞれ位相差顕微鏡を用いて形態を観察した図である。
【図6】PS上で作製した第3代継代細胞、第6代継代細胞および第7代継代細胞、ならびにPAAmハイドロゲルディスク、PDMAAmハイドロゲルディスク、PVAハイドロゲルディスク、アガロースゲルディスク、PNaSSハイドロゲルディスク、PNaAMPSハイドロゲルディスクおよびNaAMPSからなる第一網目構造(F値が1)およびAAmからなる第二網目構造(F値が0)を有するP(NaAMPS−AAm)相互侵入網目構造ハイドロゲルディスク(P(NaAMPS−AAm)DN)の上で作製した第7代継代細胞における、軟骨細胞分化マーカー遺伝子であるAggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量をそれぞれ示す図である。図中、縦軸はそれぞれの遺伝子発現量(相対値)を示す。
【図7】PS上で作製した第3代継代細胞、第6代継代細胞および第7代継代細胞、ならびにPAAmハイドロゲルディスク、PDMAAmハイドロゲルディスク、PVAハイドロゲルディスク、アガロースゲルディスク、PNaSSハイドロゲルディスク、PNaAMPSハイドロゲルディスクおよびNaAMPSからなる第一網目構造(F値が1)およびAAmからなる第二網目構造(F値が0)を有するP(NaAMPS−AAm)相互侵入網目構造ハイドロゲルディスク(P(NaAMPS−AAm)DN)の上で作製した第7代継代細胞における、軟骨細胞脱分化マーカー遺伝子であるCollagenIの発現量をそれぞれ示す図である。図中、縦軸はCollagenIの遺伝子発現量(相対値)を示す。
【図8】PAAmハイドロゲルディスク、PDMAAmハイドロゲルディスク、PVAハイドロゲルディスクおよびアガロースゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞についての細胞回収率を示す図である。図中、縦軸は培養開始時の細胞数と培養開始から7日後にそれぞれのゲルディスク上に残った細胞数から算出された細胞回収率(%)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る軟骨細胞再分化誘導用基材およびこれを用いた軟骨細胞の製造方法について詳細に説明する。本発明に係る軟骨細胞再分化誘導用基材は、「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」の、以上(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなり、軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する。
【0026】
本発明に係る軟骨細胞再分化誘導用基材は、いわゆる三次元培養用の材料ではなく、二次元(平板、単層)培養用の基材である。すなわち、再分化誘導の対象である脱分化型軟骨細胞をそっくり包み込むような形態を有するのではなく、その周囲の一部、すなわちその周囲360°未満、好ましくは周囲270°以下、より好ましくは周囲180°以下、さらに好ましくは周囲90°以下と接触する(担持する)形態を有する。そのような形態としては、例えば、壺状、馬蹄形状、略U字状、くぼみ状、平板状(細胞が沈み込むものを含む)を挙げることができる。なお、本発明において「基材」は、前記の趣意の下、「基板」、「担体」、「足場」、「足場基材」、「足場材料」、「スキャフォールド」、「スカフォールド」あるいは「装置」と交換可能に用いられる。
【0027】
本発明において「再分化誘導」とは、分化細胞である軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を、再び軟骨細胞へ導くことをいう。再分化誘導して得られる軟骨細胞は、丸い形態をとり、コロニーを形成する傾向にあるが、特徴づけはこれに限定されず、軟骨細胞の分化マーカー(マーカー遺伝子)の少なくとも一つの発現が確認されることによって、一般に特徴づけられる。このような軟骨細胞の分化マーカー(マーカー遺伝子)としては、例えば、CollagenII、CollagenX、Aggrecan、Sox9、MGP(Matrix Gla Protein)を挙げることができる。
【0028】
また、本発明において「脱分化型軟骨細胞」とは、継代培養によって、分化細胞である軟骨細胞が脱分化した細胞をいい、通常、第6代継代細胞や第7代継代細胞は脱分化型軟骨細胞に該当する。脱分化型軟骨細胞は、形態上、繊維芽細胞状となる傾向にあるが、特徴づけはこれに限定されず、軟骨細胞の分化マーカーの少なくとも一つの発現の欠失、または軟骨細胞の脱分化マーカーの少なくとも一つの発現が確認されることによって、一般に特徴づけられる。このような軟骨細胞の脱分化マーカーとしては、例えば、CollagenIを挙げることができる。
【0029】
本発明におけるハイドロゲルは、「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」の、以上(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルであれば特に限定されない。例えば共重合体の場合、電気的に中性な繰り返し単位と電荷を有する繰り返し単位とからなる共重合体であって、次式で表されるモル比(F)がF≦0.2のハイドロゲルを挙げることができる;
F=[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]/[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度+電気的に中性な繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]。
【0030】
本発明における共重合体としては、例えば、ランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体を挙げることができる。
【0031】
本発明における「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」および「電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲル」とは、表面電荷を有していないゲル、いわゆる非イオンポリマーをいい、「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」および「電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲル」としては、合成高分子ハイドロゲルを挙げることができ、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」としては、アガロースゲルなどの天然ゲルを挙げることができる。なお、合成高分子ハイドロゲルは、親水性を有する高分子網目を作製し、これに含水させたものでもよい。
【0032】
アガロースゲルは、1→3結合β−D−ガラクトースと、1→4結合3,6−アンヒドロ−α−L−ガラクトースとの交互結合からなる、電気的に中性なポリマーであり、以下の構造式I(化1)で示すことができる。
【化1】

【0033】
このアガロースゲルは、アガーを生理食塩水に溶解した後、冷やし固めるなど、当業者により適宜選択可能な公知の方法によって調製することができる。
【0034】
本発明における「電気的に中性な繰り返し単位」を構成するモノマーとしては、例えば、ジメチルシロキサン、スチレン(St)、アクリルアミド(AAm)、メタクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N,N−ジエチルアクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N−ビニルホルムアルデヒド、N−ビニルメチルアセトアミド、ジメチルヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、メタクリル酸メチル(メチルメタクリレート;MMA)、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルメタクリレート;HEMA)、アクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルアクリレート;HEA)、アクリル酸ヒドロキシプロピル(ヒドロキシプロピルアクリレート)、メタクリル酸ヒドロキシプロピル(ヒドロキシプロピルメタクリレート)、N−t−ブチルアクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド、ビニルピリジン、ビニル酢酸エステル、アクリロニトリル、アクリル酸2−エチルヘキシル(2−エチルヘキシルアクリレート)、フッ素含有不飽和モノマー{例えば、アクリル酸トリフルオロエチル(トリフルオロエチルアクリレート;TFE)}を挙げることができる。
【0035】
本発明における「電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲル」としては、例えば、アクリルアミド(AAm)、メタクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N,N−ジエチルアクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N−ビニルホルムアルデヒド、N−ビニルメチルアセトアミド、ジメチルヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルメタクリレート;HEMA)、アクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルアクリレート;HEA)、ヒドロキシプロピルアクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、N−t−ブチルアクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド、ビニル酢酸エステル、アクリロニトリル、2−エチルヘキシルアクリレートから選ばれるモノマーから構成される1または2以上の繰り返し単位からなるハイドロゲルおよびポリビニルアルコール(PVA)を挙げることができる。
【0036】
「電気的に中性な1の繰り返し単位からなるハイドロゲル」としては、例えば、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリメタクリルアミド、ポリ(N−メチルアクリルアミド)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)、ポリ(N,N−ジエチルアクリルアミド)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)、ポリ(N−ビニルホルムアルデヒド)、ポリ(N−ビニルメチルアセトアミド)、ポリジメチルヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、ポリメタクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリレート;PHEMA)、ポリアクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート;PHEA)、ポリヒドロキシプロピルアクリレート、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート、ポリ(N−t−ブチルアクリルアミド)、ポリ(N−メチロールアクリルアミド)、ポリビニル酢酸エステル、ポリアクリロニトリル、ポリ−2−エチルヘキシルアクリレートを挙げることができる。
【0037】
ここで、AAmは、以下の構造式II(化2)で示すことができる、電気的に中性な不飽和モノマーであり、PAAmは以下の構造式III(化3)で示すことができる、電気的に中性なポリマーである。
【化2】

【化3】

【0038】
DMAAmは、以下の構造式IV(化4)で示すことができる、電気的に中性な不飽和モノマーであり、PDMAAmは以下の構造式V(化5)で示すことができる、電気的に中性なポリマーである。
【化4】

【化5】

【0039】
また、PVAは、以下の構造式VI(化6)で示すことができる、電気的に中性なポリマーである。
【化6】

【0040】
PAAm、ポリメタクリルアミド、ポリ(N−メチルアクリルアミド)、PDMAAm、ポリ(N,N−ジエチルアクリルアミド)、PNIPAAm、ポリ(N−ビニルホルムアルデヒド)、ポリ(N−ビニルメチルアセトアミド)、ポリジメチルヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、PHEMA、PHEA、ポリヒドロキシプロピルアクリレート、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート、ポリ(N−t−ブチルアクリルアミド)、ポリ(N−メチロールアクリルアミド)、ポリビニル酢酸エステル、ポリアクリロニトリル、ポリ−2−エチルヘキシルアクリレートは、当業者により適宜選択可能な公知の方法によって調製することができる。例えば、Chen Y.M.らの方法{Chen Y. M., Shiraishi N., Satokawa H., Kakugo K., Narita T., Gong J. P., Osada Y., Yamamoto K., Ando J., Biomaterials 26:4588-4596(2005)}に従い、それぞれのモノマー溶液に適当なラジカル開始剤と架橋剤とを加え、ラジカル重合させることによって調製することができる。これらラジカル開始剤および架橋剤は、これらのゲルが調製できれば特に限定されないが、例えば、ラジカル開始剤としてα−ケトグルタル酸を利用することができ、また、架橋剤としてN,N−methylenebis−acrylamide(MBAA)を利用することができる。また、ラジカル重合反応の条件は適宜選択することができ、例えば、前記Chen Y.M.らの方法における反応条件に従うことができる。具体的には、反応温度を20℃〜30℃、反応時間を6〜10時間、前記UV開始剤の添加量を0.1mol%、架橋剤の添加量を2mol%〜10mol%の各範囲から適宜選択することができる。なお、ラジカル重合反応を行うに際し、不活性化ガスを用いたバブリングなどによってそれぞれのモノマー溶液の溶存酸素を不活性化ガスに置換することが好ましい。
【0041】
また、PVAゲルは、酢酸ビニルを重合して得たポリ酢酸ビニルを加水分解(けん化)するなど、当業者により適宜選択可能な公知の方法によって調製することができる。
【0042】
本発明における「電荷を有する繰り返し単位」を構成するモノマーまたはその塩としては、酸性基(例えば、カルボキシル基、リン酸基およびスルホン酸基)や塩基性基(例えば、アミノ基)を有する不飽和モノマーを、例えば、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(AMPS)、スチレンスルホン酸(SS)、アクリル酸、メタクリル酸およびそれらの塩を挙げることができる。
【0043】
本発明における「電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」は、例えば、本発明者らによる発明に係るPCT/JP2003/4556、PCT/JP2005/11469、特願2006−350526などに記載されており、これらの内容は本明細書に包含される。なお、相互侵入網目構造ハイドロゲルの表面電荷は、構成高分子の第二網目構造の繰り返し単位の電気的性質に依存することが知られており、本発明における相互侵入網目構造ハイドロゲルは電気的に中性なハイドロゲルである。
【0044】
また、「電気的に中性な繰り返し単位と電荷を有する繰り返し単位とからなる共重合体(ハイドロゲル)は、例えば、Chen Y.M.らの方法{Chen Y. M., Gong J. P., Tanaka M., Yasuda K., Yamamoto S., Shimomura M., et al. J Biomed. Mater. Res. A. 88(1): 74-83(2009)}に従って調製することができる。
【0045】
前述のように調製した「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」の、以上(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルは、そのまま、脱分化型軟骨細胞を培養して軟骨細胞へ再分化誘導する基材として用いることができ、その特徴を損なわない限り、あらゆる構成とともにキットなどとして用いることもできるが、ハイドロゲルの場合、脱分化型軟骨細胞の培養に適当な緩衝液または細胞培養液の中でハイドロゲルを膨潤させ、ゲル中の溶媒を交換して用いるのが好ましい。好適な緩衝液としては、実施例で使用される4−(−2−hydroxyethyl)−piperazine−1−ethansulfonicacid(HEPES)緩衝液やウシ胎児血清(FBS)、ゼラチン水溶液の他、PBSなどを挙げることができる。また、好適な細胞培養液の種類および組成は、脱分化型軟骨細胞に応じて適宜選択することができる。
【0046】
細胞培養液としては、ブレットキットCGM(三光純薬社)などの市販の培地や、個々の成分の正確な組成に従った既知の培地を使用してもよく、そのような培地としては、例えば、MEM(Eagle’s Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、IMDM (Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、RPMI1640 、AIM−V、ADC、LPM、Ham’s F10、Ham’sF12、DCCM1、DCCM2、BGJ、BME(Basal Medium Eagle)、GMEM(Glasgow’s Modified Eagle’s Medium)、L−15(Leibovitz−15)、McCoy5A、M199、Fisher、Schneiderなどを挙げることができる。さらに、必要に応じて、公知の構成の培地成分や、アール平衡塩溶液、ハンクス平衡塩溶液、ダルベッコPBS、スピナー塩溶液などの公知の平衡塩類組成成分、再分化誘導する因子ではない抗生物質やビタミン類、ホルモン類、pH調整剤、血清、その他生物由来成分などを加えることができる。
【0047】
なお、脱分化型軟骨細胞の培養に際し、UV滅菌やオートクレーブ滅菌などによりハイドロゲルを滅菌しておくことが好ましい。
【0048】
前述のように調製した「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」の、以上(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲル上での脱分化型軟骨細胞の培養は、シャーレなどの適当な容器に置いたこれらのゲルに、適当な個数の脱分化型軟骨細胞を含む細胞懸濁液を加えることで行うことができる。例えば、ゲル単位面積(cm)当たり1×10〜1×10個の脱分化型軟骨細胞を播種し、標準的な脱分化型軟骨細胞の培養条件下にこのゲルを置くことで行うことができる。例えば、培養条件は、20℃ 〜 40℃の培養温度、1% 〜10%のCO雰囲気、24時間〜168時間/1代当たりの培養時間から適宜選択することができる。
【0049】
本発明においては、脱分化型軟骨細胞が軟骨細胞へ再分化誘導されたか否かの判断を、細胞の形態観察やリアルタイムRT−PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)法を用いて行っている。また、細胞の形態観察は、ゲルディスク上の細胞を適当な倍率の顕微鏡を用いて観察し、細胞の形態やコロニー形成の有無などを確認するものである。
【0050】
RT−PCR法は、通常の実験書の記載に従って行うことができ、そのような実験書として、例えば、Sambrookら(Molecular Cloning、A laboratory manual、2001年版、Cold Spring Harbor Laboratory Press)を挙げることができる。
【0051】
本発明に用いることのできるRT−PCR法は、例えば、Thermal Cycler Dice(R) Real Time System(商品コード;TP800、タカラバイオ社)、Smart Cycler System II(Cepheid社)、TaqMan Gene Expression Cells−to−CT Kit(ABI社)、MasterAmp Real−Time RT−PCR System(Molecular Probes社)、RNeasy Mini Kit(Qiagen社)、QIAamp RNA kit(Qiagen社)、Concert Plant RNA Regent(Invitrogen社)、QuickPrep Total RNA Extraction Kit(GEヘルスケア社)、Expand High FidelityPLUS PCR System (Roche社)、Pyrobest (タカラバイオ社)、ThermoScript RT−PCR System 、PLATIUM taq DNA Polymerase High fidelity(いずれもGibco社)、ABI Prism 7000、同7900(いずれもABI社)、Superscript III First Strand Synthesis System(Invitrogen社)などのシステムやキットを用いて行うことができる。
【0052】
さらに、脱分化型軟骨細胞が軟骨細胞へ再分化誘導されたか否かの判断は、軟骨細胞の分化マーカーや脱分化マーカーを抗原として、それら抗原の発現を標識抗体の検出などのイムノアッセイにより確認、定量することにより行ってもよい。
【0053】
次に、本発明に係る軟骨細胞の製造方法は、軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずに、「(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル」、「(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル」、「(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル」の、以上(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなる基材表面上において前記脱分化型細胞を培養して軟骨細胞へ再分化誘導する工程を含んでいる。
【0054】
本発明における「軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子」とは、いわゆる分化誘導因子を挙げることができ、本発明に用いることができる分化誘導因子としては、例えば、デキサメタゾンなどのグルココルチコイド、IGF−I、IGF−II(インスリン様成長因子類)、トランスフォーミング成長因子−βファミリーと呼ばれる因子(TGF−β)、例えば骨形態形成タンパク質(望ましくはBMP−2あるいはBMP−4)、神経成長因子(NGF)や脳由来神経栄養因子(BDNF)などの神経栄養因子、塩基性繊維芽細胞成長因子(bFGF)、インヒビンAあるいは軟骨形成刺激活性因子(CSA)、IL−2などのサイトカインなど、I型コラーゲン(とりわけゲル形態にあるもの)などのコラーゲン性細胞外基質、およびレチノイン酸などのビタミンA類似体、ビタミンB12、トコフェロール、脂溶性ビタミン類のひとつである還元型コエンザイムQ10および酸化型コエンザイムQ10などの脂溶性ビタミンあるいはアスコルビン酸やニコチンアミドなど水溶性ビタミンなどを挙げることができる。
【0055】
また「基材表面上」とは、いわゆる三次元培養のように、再分化誘導の対象である脱分化型軟骨細胞の周囲360°を基材が取り囲む態様ではなく、その周囲の一部、すなわちその周囲360°未満、好ましくは周囲270°以下、より好ましくは周囲180°以下、さらに好ましくは周囲90°以下と接触する(担持する)二次元(平板、単層)培養の態様を意味する。
【0056】
以下、本発明に係る軟骨細胞再分化誘導用基材およびこれを用いた軟骨細胞の製造方法について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0057】
<実施例1>弱電荷を有するハイドロゲル(共重合体)ディスクの調製
(1)F=0.2の共重合体ポリ{(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸ナトリウム)−(N,N−ジメチルアクリルアミド)}{P(NaAMPS−co−DMAAm)}ゲルディスクの調製
【0058】
[1−1]F=0.2のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルの調製
Chen Y.M.らの方法{Chen Y. M., Gong J. P., Tanaka M., Yasuda K., Yamamoto S., Shimomura M., et al. J Biomed. Mater. Res. A. 88(1): 74-83(2009)}に従い、F(モル比)=[NaAMPSモノマーのモル濃度]/[DMAAmモノマーのモル濃度+NaAMPSモノマーのモル濃度]と定義し、このF値が0.2であって架橋度が4mol%のポリ{(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸ナトリウム)−(N,N−ジメチルアクリルアミド)}{P(NaAMPS−co−DMAAm)}ゲルを調製した。
【0059】
0.2mol/LのNaAMPS、0.8mol/LのDMAAm、NaAMPSとDMAAmとの合計モル濃度(1mol/L)に対し4mol%のN,N’メチレンビスアクリルアミド(MBAA)およびNaAMPSとDMAAmとの合計モル濃度(1mol/L)に対し0.1mol%のα−ケトグルタル酸を含む水溶液にUV(波長365nm、照射エネルギー密度:1.5mW/cm)を常温(25℃)で6時間照射して重合させることにより、F値が0.2であって架橋度が4mol%のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルを得た。
【0060】
鋳型からP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルを取り出し、1Lの蒸留水を一日ごと交換することにより一週間膨潤させた後、P(NaAMPS−co−DMAAmゲルを15.5mMのNaHCO、140mMのNaClを含む5mMの4−(−2−hydroxyethyl)−piperazine−1−ethansulfonicacid(HEPES)緩衝液(pH7.4)を一日ごとに交換することにより一週間浸漬してP(NaAMPS−co−DMAAmゲルの溶媒交換を行った。
【0061】
[1−2]P(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの調製
本実施例(1)[1−1]で調製したP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルをシャーレに移し、120℃ 、20分間、オートクレーブにて滅菌後、直径15mm、厚さ1〜3mm、F=0.2であって架橋密度が4mol%のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクを調製した。続いて、調製したP(NaAMPS−co−DMAAm)を培養培地ブレットキットCGM(三光純薬社)に浸漬し、37℃、5%CO雰囲気のインキュベーター内に置き、一晩インキュベートした。
【0062】
<実施例2>電気的に中性なゲルディスクの調製
(1)ポリアクリルアミド(PAAm)ゲルディスクの調製
[1−1]PAAmゲルの調製
モノマーである1Mのアクリルアミド(AAm)、架橋剤である4mol%のN,N−methylenebisacrylamide(MBAA)およびラジカル開始剤である0.1mol%のα−ケトグルタル酸を含む水溶液20mLを調製し、窒素バブリングによって溶存酸素を窒素置換した。10×10mm四方の2枚のガラス基板で1.5mmのシリコンスペーサーを挟むことにより形成された鋳型に窒素置換後の水溶液を流し込んだ後、波長365nm、照射エネルギー密度:1.5mW/cmのUVランプを用いて紫外線を室温で6時間照射して重合させることにより、架橋密度が4mol%であるポリアクリルアミド(PAAm)ゲルを得た。
【0063】
鋳型からPAAmゲルを取り出し、1Lの蒸留水を一日ごと交換することにより一週間膨潤させた後、PAAmゲルを15.5mMのNaHCO、140mMのNaClを含む5mMの4−(−2−hydroxyethyl)−piperazine−1−ethansulfonicacid(HEPES)緩衝液(pH7.4)を一日ごとに交換することにより一週間浸漬してPAAmゲルの溶媒交換を行った。
【0064】
[1−2]PAAmゲルディスクの調製
本実施例(1)[1−1]で調製したPAAmゲルをシャーレに移し、120℃ 、20分間、オートクレーブにて滅菌後、直径15mm、厚さ1〜2mm、架橋密度が4mol%のPAAmゲルディスクを調製した。
【0065】
(2)ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)ゲルディスクの調製
架橋密度が4mol%のポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)ゲルからなる直径15mm、厚さ1〜2mmのディスクを、本実施例(1)[1−1]に記載の方法に従って調製した。
【0066】
(3)ポリビニルアルコール(PVA)ゲルディスクの調製
PVA粉末(重合度2,000、分子量約90,000)を10重量%になるようにジメチルスルホキシド(DMSO)と水の混合溶媒(DMSOと水との重量比3:1)に90℃で溶解した溶液を、本実施例(1)[1−1]と記載の方法に従ってガラスの型に流し込み、−40℃で16時間凍結した後に室温で解凍してゲルを形成させた。ガラス基板からゲルを取り出し、1Lの蒸留水を一日ごとに交換することにより一週間膨潤させた後、ゲルを15.5mMのNaHCOおよび140mMのNaClを含む5mMの4−(−2−hydroxyethyl)−piperazine−1−ethansulfonicacid(HEPES)緩衝液(pH7.4)を一日ごとに交換することにより一週間浸漬して溶媒交換を行い、10%PVAゲルディスクを調製した。調製したPVAゲルディスクの滅菌は、70%エタノールに浸漬し、波長365nm、照射エネルギー密度が1.5mW/cmのUVランプを一晩照射することにより行った。
【0067】
(4)NaAMPSからなる第一網目構造の繰り返し単位(F値が1)およびAAmからなる第二網目構造の繰り返し単位(F値が0)とする電気的に中性なP(NaAMPS−AAm)相互侵入網目構造ハイドロゲルディスク{P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク}の調製
Chen Y.M.らの方法({Chen Y. M., Shiraishi N., Satokawa H., Kakugo K., Narita T., Gong J. P., Osada Y., Yamamoto K., Ando J., Biomaterials 26:4588-4596(2005)})に従い、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスクを作製した。
【0068】
[4−1]シングルネットワーク型ゲルの作製
面積100mm×100mm、厚さ2mmのシリコン板からカッターで外辺長80mm×80mm、幅5mmの枠を切りだし、枠の1箇所1.5mmの溝を空けた。このシリコン枠を2枚の100mm×100mm、厚さ1.5mmのガラス板に挟み、重合容器を組み立てた。続いて、1mol/LのNaAMPS、NaAMPSに対し5mol%のN,N′−メチレンビスアクリルアミド(MBAA)およびNaAMPSに対し0.1mol%のα−ケトグルタル酸を含む水溶液を調製し、この水溶液を窒素バブリングによって溶存酸素を窒素置換した。この脱酸素水溶液を前記重合容器の一方のガラス板に置かれたシリコン板の開口部に流し込み、シリコン板上に他方のガラス板を重ねて前記開口部周辺をシールした後、波長365nm、照射エネルギー密度:1.5mW/cmのUVランプを用いて紫外線を常温で6時間照射して重合させることにより、架橋度が4mol%のNaAMPSゲル(第一の網目構造)を得た。
【0069】
[4−2]ダブルネットワーク型ゲルの作製
2mol/LのAAmおよびAAmに対し0.01mol%のα−ケトグルタル酸を含む大過剰の水溶液(AAm浸漬溶液)を調製し、このAAm浸漬溶液を窒素バブリングによって溶存酸素を窒素置換した。この脱酸素浸漬溶液に前記作製したNaAMPSゲルを1日以上浸漬し、AAm浸漬水溶液で膨潤したPNaAMPSゲルを取り出し、波長365nm、照射エネルギー密度:1.5mW/cmのUVランプを用いて紫外線を常温で6時間照射して重合させることにより、P(NaAMPS−AAm)DNゲルを得た。鋳型からP(NaAMPS−AAm)DNゲルを取り出し、1Lの蒸留水を一日ごと交換することにより一週間膨潤させた後、P(NaAMPS−AAm)DNゲルを15.5mMのNaHCO、140mMのNaClを含む5mMの4−(−2−hydroxyethyl)−piperazine−1−ethansulfonicacid(HEPES)緩衝液(pH7.4)に一週間浸漬してP(NaAMPS−AAm)DNゲルの溶媒交換を行った。
【0070】
[4−3]P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスクの調製
本実施例(4)[4−2]で調製したP(NaAMPS−AAm)DNゲルをシャーレに移し、120℃ 、20分間、オートクレーブにて滅菌後、直径15mm、厚さ1〜3mm、架橋密度が5mol%のP(NaAMPS−AAm)DNゲルディスクを調製した。
【0071】
(5)アガロースゲルディスクの調製
精製アガー(Sigma−Aldrich社)を純水(滅菌水)に2w/w%の濃度となるように加え、90℃、15分間攪拌しながら溶解して溶液を調製した後、ガラス製のセルに注ぎ込み、4℃、30分間冷却して、直径15mm、厚さ1〜3mmのアガロースゲルディスクを調製した。調製したアガロースゲルディスクの滅菌は、本実施例(3)に記載の方法に従って行った。
【0072】
<比較例1>構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%より大であって相互侵入網目構造ハイドロゲルではないハイドロゲルディスクの調製
(1)ポリ(スチレンスルホン酸ナトリウム)(PNaSS)ゲルディスクの調製
実施例2(1)に記載の方法に従い、架橋密度が4mol%のポリ(スチレンスルホン酸ナトリウム)(PNaSS)ゲルからなる直径15mm、厚さ1〜3mmのディスクを調製した。
【0073】
なお、NaSSは、以下の構造式VII(化7)で示すことができる、マイナス電荷を有する不飽和モノマーであり、これをモノマー単位とするポリ(スチレンスルホン酸ナトリウム)(PNaSS)は以下の構造式IIX(化8)で示すことができる、マイナス電荷を有するポリマーである。
【化7】

【化8】

【0074】
(2)ポリ(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸ナトリウム)(PNaAMPS)ゲルディスクの調製
実施例2(1)に記載の方法に従い、架橋密度が4mol%のポリ(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸ナトリウム)(PNaAMPS)ゲルからなる直径15mm、厚さ1〜2mmのディスクを調製した。
【0075】
なお、NaAMPSは、以下の構造式IX(化9)で示すことができる、マイナス電荷を有する不飽和モノマーであり、これをモノマー単位とするポリ(2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸)(PNaAMPS)は以下の構造式X(化10)で示すことができる、マイナス電荷を有するポリマーである。
【化9】

【化10】

【0076】
(3)F=0.4および0.6のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの調製
F値に応じたNaAMPSおよびDMAAmを用いた他は、実施例1(1)に記載の方法に従って、直径15mm、厚さ1〜3mm、F=0.4および0.6であって架橋密度が4mol%のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクを調製した。
【0077】
<試験例>
(1)ポリスチレン(PS)上での継代培養による継代細胞の作製
培養培地ブレットキットCGM(三光純薬社)に、正常ヒト膝関節軟骨細胞(三光純薬社)を約6×10個/cmとなるよう加え、懸濁液とした。これをポリスチレン(PS)製の細胞培養フラスコに加え、37℃ 、5%CO雰囲気のインキュベーター内に置き、培地を48時間ごとに交換しながら、正常ヒト膝関節軟骨細胞を培養した。7日経過ごとに細胞を採取して植え継ぎを行うことにより継代培養を行い、正常ヒト膝関節軟骨細胞の第2代〜第6代継代細胞(以下、単に第6代継代細胞などという)を作製した後、前記第6代継代細胞から細胞を採取して7日間培養を行うことにより第7代継代細胞を作製した。
【0078】
(2)ゲルディスク上での継代培養による第7代継代細胞の作製
本試験例(1)に記載の方法に従って第6代継代細胞を作製した後、PS製の細胞培養フラスコに代えて、実施例1、実施例2および試験例1で調製したF値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPAAmゲルディスク、F値がそれぞれ0.2、0.4および0.6のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク、PAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスク、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク、PNaAMPSゲルディスク、ならびにPNaSSゲルディスクの上に各々植え継ぎ、7日間培養を行うことにより第7代継代細胞を作製した。
【0079】
(3)F値の異なるP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞の解析
[3−1]形態観察
本試験例(2)のF値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク、すなわちPDMAAmゲルディスク上で作製した第7代継代細胞および本試験例(2)のF値が0.2のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞の形態を、本試験例(1)のPS上で作製した第6代継代細胞および第7代継代細胞、ならびに本試験例(2)のF値が0.6のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞の形態と比較することにより観察した。第6代継代細胞についてはその培養開始から7日後に、それぞれの第7代継代細胞についてはその培養開始から7日後に、各々、位相差顕微鏡を用いて観察した。その結果を図1に示す。
【0080】
図1に示すように、F値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク、および0.2のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞は丸い形態をしており、コロニーを形成した。一方、F値が0.6のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク上で作製した第7代継代細胞は、PS上で作製した第6代継代細胞および第7代継代細胞と同様、脱分化状態を示す繊維芽細胞状の細長い形態をしており、コロニーを形成しなかった。
【0081】
[3−2]軟骨細胞分化マーカー遺伝子発現の定量
本試験例(1)のPS上で作製した第6代継代細胞および第7代継代細胞、本試験例(2)のF値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク、ならびにF値が0.2および0.6のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞からそれぞれの鋳型サンプルを調製し、軟骨細胞分化マーカー遺伝子であるAggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量を、Thermal Cycler Dice(R) Real Time System(商品コード;TP800、タカラバイオ社)を用いたリアルタイムRT−PCRにより調べた。使用したプライマーを下記に、その結果を図2に各々示す。
【0082】
Aggrecan:
フォワードプライマー;5’−CGCTACGACGCCATCTGCTA−3’
リバースプライマー ;5’−CTCCATGTCAGGCCAGGTCA−3’
CollagenII:
フォワードプライマー;5’−CCTGAAGGTGCTCAAGGTCCTC−3’
リバースプライマー ;5’−GGAATTCCATCTGTTCCAGGGTTAC−3’
Sox9:
フォワードプライマー;5’−AACGCCGAGCTCAGCAAGA−3’
リバースプライマー ;5’−CCGCGGCTGGTACTTGTAATC−3’
【0083】
図2に示すように、軟骨細胞分化マーカー遺伝子であるAggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量は、F値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク上で作製した第7代継代細胞において最も多いことが示された。一方、F値が0.2のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク上で作製した第7代継代細胞においては、PS上で作製した第7代継代細胞と比較して、CollagenIIおよびSox9の発現量が多いことが示されたが、F値が0.6のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク上で作製した第7代継代細胞においては、PS上で作製した第7代継代細胞と比較して、CollagenIIの発現量が若干多く、AggrecanおよびSox9の発現量が少ないことが示された。
【0084】
[3−3]CollagenIIに対する免疫染色
本試験例(1)のPS上で作製した第7代継代細胞、本試験例(2)のF値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク、F値が0.2および0.4のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク、ならびにF値が1のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPNaAMPSゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞について、Kumagaiら(Kumagaiら、J.Anat.、1994年、第185巻、第279−284頁)の方法に従って、CollagenIIに対する免疫染色を行った。具体的には、これらの第7代継代細胞を脱パラフィン、脱水、水洗後、ProteinaseKを用いて室温で6分間処理した後、PBSで洗浄し、1%過酸化水素メタノールに30分間浸漬し、PBSで洗浄後、50倍稀釈した一次抗体(ウサギ抗ヒトコラーゲンII型抗体;Abcan社)を用いて室温で60分間インキュベートし、PBSで再洗浄し、二次抗体(FITC標識抗ウサギIgGヤギポリクロナール抗体;Abcan社)を用いて室温で30分間インキュベートして、CollagenIIを免疫染色した。同時に、2’−(4−ヒドロキシフェニル)−5−(4−メチル−1−ピペラジニル)−2,5’−bi−1H−ベンズイミダゾール,三塩酸塩 水溶液(Hoechst 33258;同仁化学研究所)を用いて、室温で1分間インキュベートすることにより核染色した。これらの染色により、CollagenIIは緑色に染まり、核は黄色に染色される。その結果を図3に示す。
【0085】
図3に示すように、PS上で作製した第7代継代細胞では、CollagenIIの染色がほとんどみられないが、F値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク、F値が0.2および0.4のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク、ならびにF値が1のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPNaAMPSゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞では、CollagenIIの染色が確認された。
【0086】
[3−4]硫酸基を有するグリコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)に対するアルシアンブルー染色
本試験例(1)のPS上で作製した第7代継代細胞、本試験例(2)のF値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク、F値が0.2および0.4のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク、ならびにF値が1のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPNaAMPSゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞について、アルシアンブルー8GX(Sigma−Aldrich社)を用いて硫酸基を有するグリコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)に対する染色を行い、Aggrecanの発現を確認した。具体的には、付属の実験書に従い、これらの第7代継代細胞をPBSで洗浄、脱パラフィン、脱水、水洗後、0.1N塩酸溶液に5分間浸漬し、アルシアンブルー8GX塩酸溶液(pH1.0)に30分〜2時間様子を見ながら染色し、0.1N塩酸溶液で十分に洗浄後、流水で5分間洗浄、脱水、キシレンで透徹させた。この染色により、硫酸基を有するグリコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)は水色に染まる。その結果を図4に示す。
【0087】
図4に示すように、F値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスク、F値が0.2および0.4のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスク、ならびにF値が1のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPNaAMPSゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞では、硫酸基を有するグリコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)の染色が確認され、Aggrecanの発現が示された。特に、F値が0のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクすなわちPDMAAmゲルディスクおよびF値が0.2のP(NaAMPS−co−DMAAm)ゲルディスクの上でそれぞれ作製した第7代継代細胞では、硫酸基を有するグリコサミノグリカン(主にコンドロイチン硫酸)の、透徹した鮮やかな水色の染色が確認され、Aggrecanの発現が顕著であることが示唆された。
【0088】
(4)PAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスク、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク、PNaAMPSゲルディスクおよびPNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞の解析
[4−1]形態観察
本試験例(3)[3−1]に記載の方法に従い、本試験例(2)のPAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスク、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク、PNaAMPSゲルディスクおよびPNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞の形態を、本試験例(1)のPS上で作製した第7代継代細胞の形態と比較することにより観察した。その結果を図5に示す。
【0089】
図5に示すように、PAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスク、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク、PNaAMPSゲルディスクおよびPNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞はコロニーを形成した。一方、PNaAMPSゲルディスクおよびPNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞は、PS上で作製した第7代継代細胞と同様、脱分化状態を示す繊維芽細胞状の細長い形態をしており、コロニーを形成しなかった。
【0090】
[4−2]軟骨細胞分化マーカー遺伝子および軟骨細胞脱分化マーカー遺伝子発現の定量
本試験例(1)のPS上で作製した第3代継代細胞、第6代継代細胞および第7代継代細胞、ならびに本試験例(2)のPAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスク、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク、PNaAMPSゲルディスクおよびPNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞からそれぞれの鋳型サンプルを調製し、本試験例(3)[3−2]に記載の方法に従って、軟骨細胞分化マーカー遺伝子であるAggrecan、CollagenIIおよびSox9の他、軟骨細胞脱分化マーカー遺伝子であるCollagenIの発現量を調べた。その結果を図6および図7に示す。なお、CollagenIの発現解析に使用したプライマーは以下の通りである。
【0091】
CollagenI:
フォワードプライマー;5’−CTGCTGGACGTCCTGGTGAA−3’
リバースプライマー ;5’−ACGCTGTCCAGCAATACCTTGAG−3’
【0092】
図6に示すように、PAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスクおよびP(NaAMPS−AAm)DNゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞においては、PS上で作製した第7代継代細胞と比較して、軟骨細胞分化マーカー遺伝子であるAggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量が多いことが示された。一方、PNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞においては、PS上で作製した第7代継代細胞と比較して、Aggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量が少ないか、ほぼ同量であることが、PNaAMPSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞においては、PS上で作製した第7代継代細胞と比較して、Aggrecan、CollagenIIおよびSox9の発現量が若干多いか、ほぼ同量であることが示された。
【0093】
また、図7に示すように、PAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスク、アガロースゲルディスク、P(NaAMPS−AAm)DNゲルディスク、PNaAMPSゲルディスクおよびPNaSSゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞においては、PS上で作製した第7代継代細胞と比較して、軟骨細胞脱分化マーカー遺伝子であるCollagenIの発現量が少ないことが示された。
【0094】
[4−3]PAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスクおよびアガロースゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞の回収率の検討
本試験例(2)のPAAmゲルディスク、PDMAAmゲルディスク、PVAゲルディスクおよびアガロースゲルディスクの上で作製した第7代継代細胞について、培養開始時の細胞数をあらかじめ調べておき、その培養開始から7日後にそれぞれを掻き取り、再度細胞数を調べた。続いて、これらの比率からそれぞれのゲルディスクにおける細胞回収率を算出した。その結果を図8に示す。
【0095】
図8に示すように、PAAmゲルディスク上で作製した第7代継代細胞の回収率が最も高く、続いてPDMAAmゲルディスク上で作製した第7代継代細胞の回収率が高いことが示された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する軟骨細胞再分化誘導用基材であって、以下の(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなる、前記軟骨細胞再分化誘導用基材;
(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル、
(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル、
(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル。
【請求項2】
構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲルが、電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルおよび/または電気的に中性な繰り返し単位と電荷を有する繰り返し単位とからなる共重合体であって、次式で表されるモル比(F)がF≦0.2のハイドロゲルよりなる群から選ばれる1または2以上のハイドロゲルである、請求項1に記載の軟骨細胞再分化誘導用基材;
F=[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]/[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度+電気的に中性な繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]。
【請求項3】
電気的に中性な繰り返し単位が、アクリルアミド(AAm)、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルメタクリレート;2−HEMA)およびアクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルアクリレート;2−HEA)よりなる群から選ばれるモノマーから構成される1または2以上の繰り返し単位である、請求項2に記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【請求項4】
電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルが、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)、ポリメタクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリレート;PHEMA)およびポリアクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート;PHEA)よりなる群から選ばれる1または2以上のハイドロゲルである、請求項2に記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【請求項5】
電荷を有する繰り返し単位が、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、スチレンスルホン酸、アクリル酸およびメタクリル酸よりなる群から選ばれるモノマーまたはそれらの塩から構成される1または2以上の繰り返し単位である、請求項1から請求項4のいずれかに記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【請求項6】
(a)および(b)を除く電気的に中性なゲルがアガロースである、請求項1から請求項5のいずれかに記載の軟骨細胞再分化誘導用基材。
【請求項7】
軟骨細胞が脱分化して得られる脱分化型軟骨細胞を軟骨細胞へ再分化誘導する因子を添加せずに、以下の(a)、(b)および(c)から選ばれる1または2以上のゲルからなる基材表面上において前記脱分化型細胞を培養して軟骨細胞へ再分化誘導する工程を含む、軟骨細胞の製造方法;
(a)電荷を有する繰り返し単位からなる第一網目構造および電気的に中性な繰り返し単位からなる第二網目構造を有する相互侵入網目構造ハイドロゲル、
(b)構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲル、
(c)(a)および(b)を除く電気的に中性なゲル。
【請求項8】
構成高分子の繰り返し単位総数に対し電荷を有する繰り返し単位数の割合が20%以下であり、かつ(a)を除くハイドロゲルが、電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルおよび/または電気的に中性な繰り返し単位と電荷を有する繰り返し単位とからなる共重合体であって、次式で表されるモル比(F)がF≦0.2のハイドロゲルよりなる群から選ばれる1または2以上のハイドロゲルである、請求項7に記載の軟骨細胞の製造方法;
F=[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]/[電荷を有する繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度+電気的に中性な繰り返し単位を構成するモノマーのモル濃度]。
【請求項9】
電気的に中性な繰り返し単位が、アクリルアミド(AAm)、N,N−ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルメタクリレート;2−HEMA)およびアクリル酸2−ヒドロキシエチル(2−ヒドロキシエチルアクリレート;2−HEA)よりなる群から選ばれるモノマーから構成される1または2以上の繰り返し単位である、請求項8に記載の軟骨細胞の製造方法。
【請求項10】
電気的に中性な繰り返し単位からなるハイドロゲルが、ポリアクリルアミド(PAAm)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)(PDMAAm)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)、ポリメタクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリレート;PHEMA)およびポリアクリル酸2−ヒドロキシエチル(ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート;PHEA)よりなる群から選ばれる1または2以上のハイドロゲルである、請求項8に記載の軟骨細胞の製造方法。
【請求項11】
電荷を有する繰り返し単位が、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、スチレンスルホン酸、アクリル酸およびメタクリル酸よりなる群から選ばれるモノマーまたはそれらの塩から構成される1または2以上の繰り返し単位である、請求項7から請求項10のいずれかに記載の軟骨細胞の製造方法。
【請求項12】
(a)および(b)を除く電気的に中性なゲルがアガロースである、請求項7から請求項11のいずれかに記載の軟骨細胞の製造方法。
【請求項13】
請求項7から請求項12のいずれかに記載の方法によって製造された軟骨細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−72241(P2011−72241A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−226157(P2009−226157)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人高分子学会、高分子学会年次大会予稿集、58巻、1号、平成21年5月12日
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】