説明

転写因子を利用した植物の老化及び鮮度保持能力の改良

【課題】転写因子の遺伝子を利用して、植物の老化を遅延させ、収穫した植物器官特に葉の鮮度保持能力を向上させる方法を提供する。
【解決手段】ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAを含む植物の老化を遅延させる、又は収穫後の鮮度保持能力を向上させるための薬剤。および、該遺伝子を植物に導入することにより、植物の老化の遅延、及び/又は収穫後の鮮度保持能力を向上させる方法、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した形質転換植物又はその部分。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の転写因子遺伝子を利用し老化の進行が遅延し、かつ収穫後の鮮度保持能力が向上した形質転換植物およびその作成方法、ならびにその利用に関し、主に植物育種分野に属する。
【背景技術】
【0002】
植物は、食料、エネルギー、原材料、生理活性物質、医薬品原料などの有用物質の生産や緑化、汚染物質の回収など様々な用途において有用であり、その機能を改良するために分子育種技術の開発が進められている。遺伝子組換え技術による転写因子の高発現は、分子育種の強力なツールとしての期待が高く、また、ゲノム情報を基にした転写因子遺伝子の同定法や転写因子の機能解析技術の進歩によって様々な機能に関わる転写因子遺伝子の利用が期待されている(非特許文献1、2)。
【0003】
植物の生育過程において、組織、器官、個体は発達・成熟後に老化(senescence)と呼ばれる一連の生化学的・生理学的変化が起こり、結果的に枯死・脱離する(非特許文献3)。老化が開始した植物細胞では、光合成を中心とした物質同化系の活性が急激に低下すると共に、様々な生体物質の分解活性の促進と分解産物の他の組織への転流が進行し、最終的には死に至る(非特許文献4、5)。老化は、発生プログラムに基づいて進行するだけでなく、乾燥、低温、高温、窒素・リン酸などの肥料成分の欠乏・枯渇、暗処理、病傷害など、種々の環境ストレスによっても誘導される(非特許文献5)。老化は、単なる受動的な崩壊過程ではなく、進化の過程で獲得された遺伝的プログラムに基づいて精巧に制御された重要な生理機構であり、環境変化への適応機構である(非特許文献6)。このように、植物の老化は、生物学的に重要な研究課題である。
【0004】
主に葉において同化した物質が転流してバイオマスや種子等の生産のための栄養分として供給される(非特許文献7)ため、植物のバイオマス生産量や作物の種子等の収量の向上は、葉の寿命の長さと密接に関連している(非特許文献7、8)。そして、葉の寿命は、老化の制御と直結するため、葉の老化は、植物の生産性の改良にとっても重要な課題である(非特許文献6、7、9)。
【0005】
ストレス等で誘導される未成熟器官の急激な老化では、光合成を中心に物質同化能力を低下させるとともに、同化産物の分解を促進し、植物のバイオマスや種子や塊茎・塊根などの貯蔵器官の生産量を激減させるため、老化の遅延や抑制は、作物の生産性の向上にとって重要な技術課題である(非特許文献6)。また、切除した茎葉部等では急激な老化が進行するために、老化は、収穫後の鮮度保持能力あるいは貯蔵効率などの改良のためにも重要な技術課題である(非特許文献6)。
たとえば、生鮮野菜などにおいては、収穫後の鮮度の低下は、食味・食感・栄養成分・外観などの変質や低減など、経済的価値の損失の一因となるとともに、収穫後の鮮度を保持した保管や輸送などのために多くのエネルギー及びコストが消費される。このように植物の老化の制御や収穫後の鮮度保持能力は、産業上の重要性が高い(非特許文献6)。
【0006】
このような生物学的及び産業上の重要性から、植物の老化の機構は、生理学的、生化学的、分子生物学的、及び遺伝学的に盛んに研究されており、老化の誘導に伴う発現プロファイル変化の解析や老化に関連する形質の変異体の解析などからの老化の開始や進行に関与する転写因子遺伝子の探索が進められている(非特許文献5、6、10〜12)。しかし、過剰発現によって老化を遅延させる転写因子遺伝子あるいは収穫後の鮮度保持能力を向上させる転写因子遺伝子に関する知見は極めて限定的である(非特許文献5)。たとえば、シロイヌナズナにおいて、GARP typeのMYBであるARR2遺伝子の過剰発現によって老化を遅延させると言う報告(非特許文献13)やAT-richな配列のDNAに結合してクロマチン構造を調節することで広範囲の遺伝子群の発現を非特異的に調節すると考えられているAT-hookタンパク質遺伝子の過剰発現によって、葉の老化の遅延と収穫後の鮮度保持期間が延長するという報告がある(非特許文献14)。これに対して、特定のシス配列を介した転写制御に関わる転写因子遺伝子を過剰発現させることによって収穫後の鮮度保持能力を向上させる例は、知られていない。
【0007】
ところで、植物ホルモンであるエチレンは、植物の発芽から老化に至る様々な過程で植物細胞の機能を制御している(非特許文献15)。このようなエチレンの作用を抑えることで、商品流通させる野菜、果物の鮮度を保つ試みは従来から広く試みられている。例えば、エチレン非応答性植物のスクリーニング(特許文献1)、エチレン応答性遺伝子への変異導入(特許文献2)、タバコのエチレン応答転写因子(ERF-1〜ERF-4)の転写コアクチベータ(MBF)遺伝子を標的ターゲットとする制御方法(特許文献3)等により植物をエチレン非応答性に改変することで、商品寿命を延ばそうという試みである。しかし、MBFを用いた方法によっては、エチレン非応答性に改変することも老化を制御することも実現していない。
一方、植物に対するエチレン作用の別の側面をみると、エチレンの増加によりストレス関連遺伝子が誘導されるという、エチレン応答には環境や生物学的なストレスへの耐性を付与する作用があり(非特許文献16〜18)、タバコのエチレン誘導性遺伝子の転写因子の中で、環境ストレスに対して抵抗性を付与することができる転写因子として、ERFとは異なる転写因子ファミリーのEILファミリーに属する転写因子(TEIL)が同定されている(特許文献4)。
【0008】
ところで、本発明者らは、以前、タバコ及びシロイヌナズナのエチレン応答転写因子群(ERFs)が、エチレン応答性を示す植物遺伝子群の発現を正に制御する因子であることを報告し(非特許文献19〜21)、さらなる機能解析を行ってきた。ERF転写因子は、AP2/ERFドメインと呼ばれる特徴的なDNA結合ドメインを持っている。AP2/ERFドメインを持つ転写因子は、遺伝子スーパーファミリーを形成し、AP2/ERFドメインを1つ持つERFファミリー、2つ持つAP2ファミリー、AP2/ERFドメインと共にB3ドメインを持つRAVファミリーに大きく分類されることが報告されていた(非特許文献22)。本発明者らは、シロイヌナズナおよびイネのゲノムデータベースを用いた相同性検索によって、ERFファミリータンパク質の配列をそれぞれ122個および139個を見いだし、分子系統解析および保存ドメイン・モチーフの比較解析を行って、詳細なグループ分類と種間比較解析を行った(非特許文献23)。これは、各ERF遺伝子の機能解析を進める上で有用な情報基盤となっている。そのため、近年、植物のゲノム解析やEST解析の進展に伴い、ダイズ(非特許文献24)、ポプラ(非特許文献25)、ハクサイ(非特許文献26)、ブドウ(非特許文献27)などの作物においても同様の解析結果が報告されている。これらの結果は、ERFファミリーの基本的な分子系統関係、グループ分類は植物種間で共通性が高いことを示していた。
シロイヌナズナのERFファミリーは、CBF/DREBサブファミリーとERFサブファミリーに大別されると報告されていた(非特許文献28)。その後、本発明者らの解析によって、ERFファミリーがCBF/DREBおよびERFという2つのサブファミリーに大別されるというよりは、12のグループに分類されることを明らかにした(非特許文献23)。シロイヌナズナのERFファミリーに見られる、グループIIを含む12のグループは、各植物種に共通に存在する(非特許文献23〜27)。これまでの報告から、各グループに属するERF遺伝子の中には、エチレン応答に限らずに様々な生理機能の関与するものが知られている(非特許文献23)。たとえば、乾燥や低温といった非生物的なストレスへの応答に関わることが示されているCBF/DREB1(非特許文献29〜31)およびDREB2(非特許文献32)は、それぞれグループIIIおよびIVに属する。グループVに属するシロイヌナズナのWIN1/SHN1(非特許文献33)やタルウマゴヤシ(Medicago truncatula)のWXP1(非特許文献34)は、ワックスの合成や蓄積に関与する。グループVIIに属するESR/DRN(非特許文献35、36)、BD1(非特許文献37)、FZP(非特許文献38)、LEP(非特許文献39)は、グループVIIIに属し、器官形成に関与する。一方、エチレン応答、エチレン応答性遺伝子発現あるいはエチレンと関連する生理機構と関連することが明確に示されているERF遺伝子は、主にグループVIIとIXに属している。たとえば、エチレン応答性遺伝子の発現制御に関与するタバコのERF1〜4、シロイヌナズナのERF1(非特許文献40)あるいはAtERF1および2(非特許文献41、42)などは、グループIXに属し、湛水時の耐性に関与するイネのSub1(非特許文献43、44)およびシロイヌナズナのHRE1,HRE2(非特許文献45)、湛水時の茎の伸長の制御に関与するSNORKEL1,2(非特許文献46)は、グループVIIに属する。配列番号1のERFは、グループIIに属する(非特許文献23)。
シロイヌナズナのグループIIは、分子系統的に3つのサブグループ (IIa, IIb, IIc)に分類され(非特許文献23)、さらにグループIIbは、2つのサブグループ(IIb-1及びIIb-2)に分けられることを見いだした(図2A)。グループIIb-1には配列番号1の遺伝子を含む3個の遺伝子(At1g21910、At1g77640、At1g44830)が存在する。イネにおいてもほぼ同様のサブグループが存在する(図2B)。グループIIに属するERF遺伝子の機能に関しては、IIaに属するシロイヌナズナのCEJ1/DEAR1が、エチレンとジャスモン酸の同時処理に応答して発現上昇すること(非特許文献47)およびその過剰発現によってストレス誘導性の壊死が促進すると共に凍結耐性が低下すること(非特許文献48)が報告されているのみである。これまでに、機能に関する情報が報告されたグループIIbのERF遺伝子はない。
植物に多数存在するERF遺伝子群は、それぞれがエチレン応答のみならず各種のストレス応答、発生・生長といった様々な生理機能の制御に関わっていると考えられ、本発明者らを含め、精力的に機能解析が進められているが、未だ全貌が解明されていない状況にある。そして、エチレン応答やストレス応答に直接かかわるERF遺伝子群に対しては、老化の促進や鮮度保持能力の低下に関連した遺伝子群の転写を制御する遺伝子が存在する可能性は期待されるものの、植物に導入することで老化を遅延させ、収穫した植物器官特に葉の鮮度保持能力を向上させる機能は全く期待されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009−296886号
【特許文献2】米国特許第5,824,868号
【特許文献3】特開2003−235567号
【特許文献4】特開2000−50877号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Zhang, J.Z., 2003, Curr. Opin. PlantBiol. 6: 430-440
【非特許文献2】Century, K. et al., 2008, Plant Physiol.147: 20-29
【非特許文献3】Bleeker, A.B., 1997, Plant Cell 9:1169-1179
【非特許文献4】Yoshida, S.,2003, Curr. Opin. Plant Biol. 6: 79-84
【非特許文献5】Hopkins, M.,2008, New Phytol. 175: 201-214
【非特許文献6】Buchanan-Wollaston, V. et al., 2003,Plant Biotech. J. 1: 3-22
【非特許文献7】Masclaux-Daubresse, C.et al., 2008. Plant Biol.10 (s1): 23-36
【非特許文献8】Duvick, D.N., 1992, Maydica 37: 69-79
【非特許文献9】Thomas, H. and Smart, C., 1993, AnnalsAppl. Biol. 123: 193-219
【非特許文献10】Hinderhofer, K., 2001, Planta 213:469-473
【非特許文献11】Lin, J.-F. and Wu, S.-H., 2004, Plant J.39: 612-628
【非特許文献12】Balazadeh, S. et al., 2008, Plant Biol.10 (s1): 63-75
【非特許文献13】Kim, H.J. et al.,2006, Proc. Natl. Acad. Sci. 103: 814-819
【非特許文献14】Lim, P.O. et al.,2007, Plant J. 52: 1140-1153
【非特許文献15】Abeles and Saltvelt, 1992,Ethylene inPlant Biology, 第2版(NewYork: Academic Press, Inc.)
【非特許文献16】O'Donnell et al.,1996, Science 274: 1914-1917
【非特許文献17】Morgan and Drew, 1997,Plant. 100: 620-630
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【非特許文献20】Ohta et al., 2000, Plant J. 22: 29-38
【非特許文献21】Fujimoto et al., 2000, Plant Cell 12:393-404
【非特許文献22】Riechmann, J.L. et al., 2000, Science,290: 2105-2110
【非特許文献23】Nakano, T. et al., 2006, Plant Physiol. 140: 411-432
【非特許文献24】Zhang, G. et al.,2008, J. Exp. Bot. 59: 4095-4107
【非特許文献25】Zhuang, J. et al.,2008, Biochem. Biophys. Res. Comm. 371: 468-474
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【非特許文献28】Sakuma et al., 2002,Biochem. Biophys. Res.Commun., 290: 998-1009
【非特許文献29】Liu et al., 1998, PlantCell, 10: 1391-1406
【非特許文献30】Gilmour et al., 2000,Plant Physiol. 124: 1845-1865
【非特許文献31】Haake et al., 2002, Plant Physiol. 130:639-648
【非特許文献32】Sakuma et al., 2006, PlantCell, 18: 1292-1309
【非特許文献33】Broun et al., 2004, PNAS, 101: 4706-4711
【非特許文献34】Zhang et al., 2005,Plant J. 42: 689-707
【非特許文献35】Banno et al., 2001,Plant Cell 13: 2609-2618
【非特許文献36】Kirch et al., 2003, Plant Cell 15:694-705
【非特許文献37】Chuck et al., 2002, Science, 298:1238-1241
【非特許文献38】Komatsu et al., 2003, Development, 130:3841-3850
【非特許文献39】van der Graaff et al., 2000,Development, 127: 4971-4980
【非特許文献40】Solano et al., 1998, Gene Dev. 12:3703-3714
【非特許文献41】Ohta et al., 2000, Plant J. 22: 29-38
【非特許文献42】Fujimoto et al., 2000, Plant Cell 12:393-404
【非特許文献43】Fukao et al., 2006,Plant Cel, 18: 2021-2034
【非特許文献44】Xu et al., Nature,442: 705-708
【非特許文献45】Licausi et al., 2010,Plant J. 62: 302-315
【非特許文献46】Hattori et al., 2009, Nature, 460:1026-1030
【非特許文献47】Nakano et al., 2006,J. Plant Res. 119: 407-413
【非特許文献48】Tsutsui et al., 2009,J. Plant Res. 122: 633-643
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、転写因子遺伝子を利用して、植物の老化を遅延させ、収穫した植物器官特に葉の鮮度保持能力を向上させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、ERFファミリーのうち、機能の解明が遅れているグループIIに属する遺伝子に着目してその機能を検討した。具体的には、ERFサブグループIIb-1の3つの転写因子の遺伝子(At1g21910、At1g77640、At1g44830)のうち、典型的な「配列番号1」で示される塩基配列を含むDNAをシロイヌナズナに導入して、それぞれの導入遺伝子が高発現した複数のT1世代の形質転換体を作成し、それぞれのT1植物の自家受粉による継代によってT3植物を得た。T3世代の植物の形質を野生型植物と詳細に比較することによって、グループIIb-1のERF遺伝子が、植物に対して老化を遅延させる可能性に気づき、切除葉の暗所での老化誘導及び長日条件下での鮮度の変化について詳細に解析検討した。その結果、形質転換植物が野生型植物に比べて、顕著に老化の遅延及び切除後の鮮度維持能力が向上していることが確認された。各遺伝子の複数の形質転換株のT3世代及びT4世代において、上記の形質が確認されたことから、この老化の遅延および収穫後の鮮度保持能力の向上という形質は、子孫にも安定して受け継がれる形質であると考えられる。
【0013】
本発明者らは、グループIIb-1のERF遺伝子を植物に導入して発現させることにより、老化の遅延および収穫後の鮮度保持能力の向上を見いだし、本発明を完成するに至った。
本発明者らは、シロイヌナズナおよびイネのゲノムデータベースを用いた相同性検索によって、ERFファミリータンパク質の配列をそれぞれ122個および139個を見いだし、分子系統解析および保存ドメイン・モチーフの比較解析を行って、詳細なグループ分類と種間比較解析を行ってきた(非特許文献23)。その結果、シロイヌナズナのERFファミリーは12のグループに分類され、そのうちグループIIは、シロイヌナズナのグループIIは、分子系統的に3つのサブグループ (IIa, IIb, IIc)に分類されることを明らかにした(非特許文献23)。さらに、グループIIbは、2つのサブグループ(IIb-1及びIIb-2)に分けられると考えられ、サブグループIIb-1には3個のメンバーが存在することを明らかにした(図2A)。また、イネにおいてもほぼ同様のサブグループに分類されると考えられた(図2B)。さらに、ダイズ(非特許文献24)、ポプラ(非特許文献25)、ハクサイ(非特許文献26)、ブドウ(非特許文献27)などの種々の植物種においてもERFファミリーは基本的には同様のグルーブから構成されていることが報告されている。
【0014】
一般に、同じファミリーの同じサブグループに属する転写因子の機能は共通性が高いことから、モデル植物であるシロイヌナズナで見いだされたグループIIb-1 ERFの機能は、双子葉、単子葉を問わず、種々の植物種で発揮され得るものと考えられる。
本発明は、植物の老化の遅延、又は収穫後の鮮度保持能力を向上させるための配列番号1のERF転写因子遺伝子の利用に関するものであり、以下に記載の発明を提供するものである。
〔1〕 ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAであって、かつ下記(a)〜(e)の少なくとも1つのDNAを含む組換えDNAを有効成分として含む、植物の老化を遅延させる、又は収穫後の鮮度保持能力を向上させるための薬剤;
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)ERFファミリーのグループIIb-1に属するタンパク質をコードするDNA。
〔2〕 前記組換えDNAが、植物細胞内で発現可能なベクターに組み込まれていることを特徴とする、前記〔1〕に記載の薬剤。
〔3〕 前記〔1〕又は〔2〕に記載の薬剤を用いて形質転換された形質転換植物細胞又は組織であって、かつ当該細胞又は組織から植物器官又は個体を発生又は再分化させることにより、老化の遅延又は収穫後の鮮度保持能力が向上した形質転換植物を得ることができる細胞又は組織である、形質転換植物細胞又は組織。
〔4〕 前記〔1〕又は〔2〕に記載の薬剤を用いて形質転換されたことを特徴とする、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した形質転換植物又はその部分。
〔5〕 前記形質転換植物又はその部分が、植物個体、種子、植物器官、植物組織、又は植物細胞である、前記〔3〕に記載の形質転換植物又はその部分。
〔6〕 ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAであって、かつ下記(a)〜(e)の少なくとも1つのDNAを含む組換えDNAを用いて植物を形質転換する工程を含むことを特徴とする、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した植物の製造方法;
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)ERFファミリーのグループIIb-1に属するタンパク質をコードするDNA。
〔7〕 前記組換えDNAが、植物細胞内で発現可能なベクターに組み込まれていることを特徴とする、前記〔6〕に記載の製造方法。
〔8〕 前記〔6〕又は〔7〕に記載の製造方法により製造された形質転換植物を、さらに、自家受粉、交配法、もしくは細胞融合法によりその子孫を得るか、又は当該形質転換植物の部分を用いてそのクローンを得ることを特徴とする、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した植物の製造方法。
〔9〕 前記〔8〕に記載の製造方法により得られた形質転換植物の子孫又はその部分。
〔10〕 ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAを含む組換えDNAであって、かつ下記(a)〜(e)の少なくとも1つのDNAを含む組換えDNAを用いて植物を形質転換する工程を含むことを特徴とする、植物の老化遅延、又は収穫後の鮮度保持能力向上方法;
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)ERFファミリーのグループIIb-1に属するタンパク質をコードするDNA。
〔11〕 前記組換えDNAが、植物細胞内で発現可能なベクターに組み込まれていることを特徴とする、前記〔10〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、老化が遅延し、収穫した植物器官特に葉の鮮度保持能力が向上した植物が提供される。老化遅延による寿命の延長と収穫した植物器官特に葉の鮮度保持能力の向上によって、植物による生産性の向上と、収穫後の生産物の損失の低減、また貯蔵や輸送に係るエネルギーやコストの削減などが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、配列番号1のERF 遺伝子を植物で構成的に発現させるためのベクターの模式図である。
【図2】図2は、シロイヌナズナ及びイネのグループII ERFのサブグループ分類を示した図である。図中のAP2/ERFはDNA結合ドメイン、CMII-1、CMII-2、CMII-3は保存モチーフ(非特許文献23)を示している。
【図3】図3は、形質転換植物における配列番号1のERF遺伝子の過剰発現を示すRT-PCRの結果を示した図である。野生型および配列番号1のERF形質転換植物(#2-1, #3-1, #17-1)における配列番号1のERF遺伝子の発現を示す。フォワードおよびリバースプライマーを用いてPCRを行った。配列番号1のERF形質転換植物3系統全てで配列番号1のERF遺伝子が過剰発現している。
【図4】図4は、配列番号1のERF過剰発現植物の老化遅延を示す写真である。播種後93日目の野生型植物および配列番号1のERF形質転換植物を示す。野生型植物は老化が進行し、枯死したが、ERF形質転換植物は緑色を呈し、生育を続けている。
【図5】図5は、配列番号1のERF過剰発現植物の切除葉における鮮度保持能力の向上を示す写真(a)、クロロフィル含量(b)、アントシアニン蓄積(c)およびイオン漏洩(d)の比較を示した図である。クロロフィルの測定は、分光光度計による簡易法を用いて行った。イオン漏洩は、第3,4葉より切り出したリーフディスクを脱イオン水に浮かべ、3日後、5日後に測定した。イオン漏洩は、次の計算式で算出した。イオン漏洩=(室温3時間浸漬後の溶液の電気伝導度/(室温3時間浸漬後の溶液の電気伝導度+10分間煮沸後の溶液の電気伝動度)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.本発明において、「老化が遅延する」とは、対象植物の老化に伴う生理的・生化学的・形態的な変化が野生型植物と比較して、遅れて開始するか又は遅れて進行することをいう。植物の老化の進行は、実施例2に示したように、葉・茎と言った器官の黄化を指標として評価することができる。その他に植物器官・個体の委凋、クロロフィル含量の減少、光合成機能あるいは光合成活性の低下などを指標としても良い。
【0018】
2.本発明において、「収穫後の鮮度保持能力が向上する」とは、対象植物の葉など植物体の一部を切除してある条件下で保管した場合に、老化あるいは鮮度と関連する生理的・生化学的・形態的な変化が野生型植物と比較して、遅れて開始するか又は遅れて進行することをいう。植物の収穫後の鮮度保持能力は、実施例3に示したように、切除した葉の老化の進行、あるいはアントシアニンの蓄積、生体膜の健常性の低下によるイオンの漏洩などを指標として評価することができる。その他に、対象とする植物の鮮度に関連する生理的・生化学的・形態的な変化であれば、他の指標でも良い。
【0019】
3.本発明において、グループIIb-1 ERF遺伝子は、典型的にはシロイヌナズナ由来の配列番号2に示したアミノ酸配列のタンパク質をコードする配列番号1のDNAを挙げることができる。
また、老化を遅延させる作用、切除後の鮮度保持能力を向上させる作用を有するDNAであれば、「配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」も含まれる。このようなDNAは、当業者にとって周知の遺伝子ライブラリーの作製及びハイブリダイゼーションにより取得でき、その際の「ストリンジェントな条件」の設定も当業者に周知である(例えば、Maniatisら(1989)Molecular Cloning, A Laboratory Manual、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York)。典型的には、配列番号2のERFをコードする配列番号1で表された塩基配列情報を利用して適当なプライマー対を設計し、そのプライマー対を用いて植物から調製したmRNAを鋳型にPCRを行い、得られる増幅DNA断片をプローブとして用いて常套手段により調製された植物由来のcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより得ることができる。
また、形質転換植物に老化を遅延させる作用、切除後の鮮度保持能力を向上させる作用を付与するDNAであって、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAも本発明で用いられる。
したがって、本発明の「グループIIb-1 ERF転写因子をコードするDNA」として典型的には、以下のDNAを包含する。
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるERFタンパク質が含まれているERFファミリーのグループIIb-1に属するERFタンパク質をコードするDNA、特にシロイヌナズナ由来のグループIIb-1に属するAt1g21910遺伝子、At1g44830遺伝子及びAt1g77640遺伝子が好ましい。他に、イネ(非特許文献23)、ダイズ(非特許文献24)、ポプラ(非特許文献25)、ハクサイ(非特許文献26)、ブドウ(非特許文献27)など他の植物由来の遺伝子のうちで、シロイヌナズナ由来のERFファミリーの遺伝子とのアミノ酸配列の相同性及び分子系統関係を比較することで同定されるグループIIb-1に属する遺伝子を用いることもできる。
【0020】
4.形質転換植物の作出方法
本発明遺伝子を形質転換する対象となる植物は、単子葉植物および双子葉植物のいずれでもよい。特に好ましい植物としては、イネ、トウモロコシ、ダイズ、ポプラ、ハクサイ、ブロッコリー、ブドウが挙げられる。
上記DNAを挿入するベクターとしては、植物細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内での恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることも可能である。上記DNAが挿入されたベクターは、例えば、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法等の当業者に公知の方法によって、植物細胞に導入することができる。本発明の実施例では、典型的なアグロバクテリウム法を用いた。
本発明は、上記DNAやベクターが導入された形質転換植物細胞から育成または再生された、「老化が遅延された」植物体、あるいは「切除後の鮮度保持能力が向上した」植物体を提供する。本発明における「老化が遅延された植物体」あるいは「切除後の鮮度保持能力が向上した」植物体とは、野生型の植物体と比較して、老化あるいは鮮度と関連する生理的・生化学的・形態的な変化が野生型植物と比較して、遅れて開始するか又は遅れて進行する植物体をいう。
さらに、本発明は、老化が遅延され、かつ切除後の鮮度保持能力が向上した植物体を提供する。
【0021】
本発明は、上記DNAが導入された細胞から作出された植物体のみならず、その子孫あるいはクローンをも提供する。一旦、ゲノム内に上記DNAやベクターが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖、無性生殖、組織培養、細胞培養、細胞融合等により子孫あるいはクローンを得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、不定芽、不定胚、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。
そして、本発明は、植物の老化を遅延するための、又は植物の切除後の鮮度保持能力を向上させるための、及び、植物の老化を遅延させると共に、植物の切除後の鮮度保持能力を向上させるための形質転換方法を提供する。当該方法は、上記DNAやベクターを植物細胞に導入する工程および上記DNAやベクターを導入された細胞から植物体を育成または再生する工程を含むものである。
上記DNAが挿入されたベクターは、当業者に公知の方法によって、植物細胞に導入することができる。形質転換植物細胞から植物体を育成または再生する工程は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、シロイヌナズナであれば(CloughらPlant J.16:735-743(1998))の方法、あるいは(AkamaらPlant Cell Reports12:7-11(1992))の方法が挙げられる。また、イネであれば(HieiらPlant J.6:271-281(1994))あるいは(FujimuraらPlant Tissue Culture Lett.2:74-75(1985))の方法を用いることができる。
そして、本発明において「形質転換植物」というとき、上記DNAを導入して作成した形質転換植物のみならず、当該植物の有性生殖によって得られた種子を生育させた子孫植物、無性生殖、組織培養、細胞培養、細胞融合等により得られた子孫植物あるいはクローン、さらにそれらを継代させて得られる子孫植物のすべてを含む概念である。本発明の実施例では、配列番号1のDNAが導入された形質転換植物を自家受粉させて得られた種子を生育させたT3世代又はT4世代を用いている。
【0022】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
なお、本発明の実験手法に関しては、特に記載のない限り、「Maniatisら(1989)Molecular Cloning, A Laboratory Manual、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York」、「Gelvin及びSchilperoort編(1994)Plant Molecular Biology Manual, second edition, Kluwer Academic Publishers」、「島本ら監修(2005)モデル植物の実験プロトコール、秀潤社」などの実験書、又は実験で用いた市販キットの説明書の記載に従った。
【実施例】
【0023】
(実施例1)遺伝子の植物への導入
遺伝子の単離、遺伝子導入用の組換えベクター及び形質転換植物の作製は、公知の方法で行うことができる。本実施例においては、配列番号1のERFのcDNAをシロイヌナズナ植物から単離し、植物発現ベクターを作製して、アグロバクテリウムを用いてシロイヌナズナに形質転換し、配列番号1のERF過剰発現形質転換植物を得た。
【0024】
(1−1)配列番号1のERF遺伝子のクローニング
シロイヌナズナ幼植物体より全RNAを抽出し、これを鋳型にして、oligo(T), 逆転写酵素を作用させて、1本鎖cDNAを合成した。この1本鎖cDNAを鋳型として、配列番号1のERFは、フォワードプライマー:5’- CACCATGGTGAAAACACTTCAAAAGACAC-3’、リバースプライマー:5’- TCAGCAGAAGTTCCATAATCTGATA -3、を用いてPCRを行い、cDNAを単離した。PCRの条件は98℃ 30秒(98℃ 10秒、52-70℃、30秒、72℃ 25秒)× 30 サイクル、72℃ 10 分の後、4℃で維持した。増幅した断片は、約640bpであり、目的の長さであった。
【0025】
(1−2)配列番号1のERF遺伝子の植物発現ベクターの作製
配列番号1のERF遺伝子を植物で構成的に発現させるための植物発現ベクターは以下のように作製した。上記(1)で得られた配列番号1のERF遺伝子の完全長cDNAを含んだエントリークローンと、発現ベクター(デスティネーションベクターpK2GW7、Karimiら
(2002) Trends in Plant Science; 7(5): 193-195)を混合し、Invitrogen社のGateway PCRクローニングシステムのマニュアルに従ってLR反応により配列番号1のERF遺伝子の完全長cDNAを含んだ発現クローンを得た。構築された配列番号1のERF遺伝子高発現ベクター(pK2GW7-P35S::配列番号1のERF)は、図1に示すように、CaMV 35S プロモーター領域、本発明の配列番号1のERF cDNAをコードするポリヌクレオチドおよびCaMV 35Sターミネーター領域を含む。これを以後のシロイヌナズナへの遺伝子導入に用いた。
【0026】
(1−3)配列番号1のERF遺伝子のシロイヌナズナへの導入
上記(2)にて構築した発現ベクターをfreeze-thaw法により、アグロバクテリウム・チュメファシエンスLBA4404株に導入した。なお遺伝子の導入はコロニー PCRにより確認した。形質転換用シロイヌナズナは、22℃、連続明条件で栽培し、摘心を行って腋芽の数を増加させた。感染の前日には、蕾を残して、鞘と開花した花は取り除いた。
一方、形質転換したアグロバクテリウムを、100mg/Lのスペクチノマイシンと200mg/Lのストレプトマイシンを含むYEP培地およびYEB培地を用いて、28℃で24時間程度前培養した後、27℃で24時間程度本培養を行った。得られた培養液を集菌し、形質転換用培地に懸濁した。
Floral-dip法(Clough and Bent, 1998)に従って、蕾を懸濁液に約1分浸した。処理後の植物はラップで乾燥を防ぎ、22℃連続明条件に一晩おいた後に、土に水を通して懸濁液を希釈した。同条件下でそのまま生育を行い、T1種子を得た。T1種子は、50mg/Lのカナマイシンと100mg/Lのカルベニシリンを含むMS培地を用いて、22℃、連続明条件で発芽・生育させることによって選抜を行った。このT1植物からT2種子を得た。T2種子は、50mg/Lのカナマイシンを含むMS培地を用いて、22℃連続明条件のもとで発芽・生育させることによって選抜を行った。このT2植物からT3種子を得た。以降の世代は、上記のT2種子選抜と同様にカナマイシン選抜を行った。
【0027】
(1−4)形質転換植物における配列番号1のERF遺伝子の発現
配列番号1のERF遺伝子を導入した形質転換植物および野生型植物から全RNAを抽出し、0.5ugを鋳型に用い、oligo(T), 逆転写酵素を作用させて、1本鎖cDNAを合成した。この1本鎖cDNAを鋳型として、遺伝子特異的にDNAを増幅する
フォワードプライマー:5’- CACCATGGTGAAAACACTTCAAAAGACAC-3'(配列番号3)、
リバースプライマー:5’-TCAGCAGAAGTTCCATAATCTGATA -3’(配列番号4)、
を用いてPCRを行った結果を図2に示す。
この結果から、導入遺伝子を高レベルで発現する形質転換植物が得られたことが示された。
【0028】
(実施例2)形質転換シロイヌナズナ植物の老化遅延
配列番号1のERF遺伝子が高レベルで発現している形質転換植物を長日条件で栽培した結果、図4のように、野生型植物がライフサイクルを終了し、枯死に至る生育日数においても 配列番号1のERF形質転換体は、依然として緑色を呈し、生育を継続していた。これらの結果から、配列番号1のERF遺伝子を高レベルで発現させることによって、形質転換植物では老化が抑制されることが示された。
【0029】
(実施例3)形質転換シロイヌナズナ植物の切除葉における鮮度保持
配列番号1のERF遺伝子が高レベルで発現している形質転換植物を無菌栽培し、ロゼッタ葉を切除した後、湿らせた濾紙の上に置床し、切除葉の老化を誘導した場合、配列番号1のERF形質転換植物の切除葉は、暗所(連続暗)において、クロロフィルの分解が抑制された(図5a、b)。また、明暗所(明期16時間/暗期8時間)において、アントシアニンの蓄積が低減された(図5c)。膜の健常性の指標であるイオン漏洩においては、野生型植物では、経過日数の増加とともにイオン漏洩の値が増加するが、配列番号1のERF形質転換植物体では、低いレベルで維持された(図5d)。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明のグループIIb-1のERF遺伝子の発現が高められた様々な栽培植物の育種によって、老化の遅延による寿命の延長による生産量の増大、ストレス等で誘導される未成熟器官の急激な老化による生産量の低減の回避、収穫後の鮮度保持能力の向上などに利用される。
【配列表フリーテキスト】
【0031】
配列番号1:シロイヌナズナ由来ERF遺伝子
配列番号2:シロイヌナズナ由来ERFポリペプチド
配列番号3:ERF遺伝子(配列番号1)増幅用フォワードプライマー
配列番号4:ERF遺伝子(配列番号1)増幅用リバースプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAであって、かつ下記(a)〜(e)の少なくとも1つのDNAを含む組換えDNAを有効成分として含む、植物の老化を遅延させる、又は収穫後の鮮度保持能力を向上させるための薬剤;
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)ERFファミリーのグループIIb-1に属するタンパク質をコードするDNA。
【請求項2】
前記組換えDNAが、植物細胞内で発現可能なベクターに組み込まれていることを特徴とする、請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の薬剤を用いて形質転換された形質転換植物細胞又は組織であって、かつ当該細胞又は組織から植物器官又は個体を発生又は再分化させることにより、老化の遅延又は収穫後の鮮度保持能力が向上した形質転換植物を得ることができる細胞又は組織である、形質転換植物細胞又は組織。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の薬剤を用いて形質転換されたことを特徴とする、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した形質転換植物又はその部分。
【請求項5】
前記形質転換植物又はその部分が、植物個体、種子、植物器官、植物組織、又は植物細胞である、請求項3に記載の形質転換植物又はその部分。
【請求項6】
ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAであって、かつ下記(a)〜(e)の少なくとも1つのDNAを含む組換えDNAを用いて植物を形質転換する工程を含むことを特徴とする、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した植物の製造方法;
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)ERFファミリーのグループIIb-1に属するタンパク質をコードするDNA。
【請求項7】
前記組換えDNAが、植物細胞内で発現可能なベクターに組み込まれていることを特徴とする、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の製造方法により製造された形質転換植物を、さらに、自家受粉、交配法、もしくは細胞融合法によりその子孫を得るか、又は当該形質転換植物の部分を用いてそのクローンを得ることを特徴とする、老化が遅延した、又は収穫後の鮮度保持能力が向上した植物の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の製造方法により得られた形質転換植物の子孫又はその部分。
【請求項10】
ERFファミリーのグループIIb-1に属する転写因子をコードするDNAを含む組換えDNAであって、かつ下記(a)〜(e)の少なくとも1つのDNAを含む組換えDNAを用いて植物を形質転換する工程を含むことを特徴とする、植物の老化遅延、又は収穫後の鮮度保持能力向上方法;
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA、
(b)配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
(c)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(e)ERFファミリーのグループIIb-1に属するタンパク質をコードするDNA。
【請求項11】
前記組換えDNAが、植物細胞内で発現可能なベクターに組み込まれていることを特徴とする、請求項10に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−239685(P2011−239685A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−111664(P2010−111664)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「環境安心イノベーションプログラム/植物機能を活用した高度モノづくり基盤技術開発/植物の物質生産プロセス制御基盤技術開発(植物の統括的な遺伝子発現制御機能の解析)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】