説明

農産物の残留農薬分析用試料の調整方法ならび農産物の残留農薬分析方法

【課題】カフェインを多く含む農産物の残留農薬分析の分析精度を上げる。
【解決手段】カフェインを含む農産物について、残留農薬の抽出、更に好ましくは精製を行って得られた残留農薬含有物を水不混和性有機溶媒に溶媒置換する。溶媒置換後、冷却保持してカフェインを析出させる。その後、遠心分離を行い上澄液を得ることにより、カフェインが除去された試験溶液を得ることができる。当該試験溶液をガスクロマトグラフィー又は液体クロマトグラフィーによる分析を行うことにより、カフェインを含む農産物の残留農薬分析の分析精度を上げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カフェインを含む農産物の残留農薬分析のための試料の調整方法ならびに残留農薬分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農産物や畜産物などの食品について、農薬が一定量を超えて残留するものの販売等を原則禁止するポジティブリスト制度が平成15年5月29日に施行され、食品の残留農薬等の一斉試験法が厚生労働省により通知されている(非特許文献1)。例えば、被検対象食品が茶葉である場合の、ガスクロマトグラフ質量分析法による残留農薬等の一斉試験法(以下、GC/MS一斉試験法という)の操作フローの概要は以下の通りである。
【0003】
破砕後の茶葉に加水しアセトニトリル中でホモジナイズ抽出する。アセトニトリル抽出液について、吸引ろ過後、ろ液を定溶し、一部を分取する。分取した抽出液を塩化ナトリウム及びリン酸緩衝液(pH7.0)と混合し、10分間静置後振とうし塩析する。アセトニトリル層を分取し、無水硫酸ナトリウムを添加し脱水する。脱水後のアセトニトリル層を濃縮乾固し、抽出物(残留物)を得る。抽出物について精製操作として、トルエン/アセトン混液に溶解し、グラファイトカーボン/アミノプロピルシリル化シリカゲル積層ミニカラム(GC/NH2積層カラム)に投入し溶出液を得る。溶出液は、40℃以下で1mL以下に減圧濃縮し、アセトニトリルを加え再度濃縮し、更にアセトニトリルを加え窒素ガス中で乾固する。得られた残留物(精製物)をアセトン−n-ヘキサン(体積比1:1)で溶解してGC/MS分析用の試験溶液を得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質の試験法について」(平成17年1月24日付け食安発第0124001号厚生労働省医薬食品安全部長通知)別添
【非特許文献2】西田ら、「茶葉中の農薬の同時分析法」、福岡市保健環境研究所報第28号(平成14年度), p.160-164
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、茶葉には多くのカフェインが含まれ、カフェインはその構造から農薬と似た挙動を示すため、精製操作において、農薬とカフェインを分離し、カフェインのみを取り除くことが非常に困難である。実際、GC/MS一斉試験法の記載に従って得られた試験溶液にはカフェインが多く残存する。大量のカフェインは、GC/MS分析において、GCの試料注入口やカラム先端部へのカフェインの蓄積や、カフェインピーク近傍の農薬成分の保持時間の変動といった影響を及ぼし分析の精度を低下させていた。
【0006】
一方、非特許文献2では、茶葉の抽出物からカフェインを除去する操作として、茶葉のアセトニトリル抽出物についてフロリジルカラムを用いた精製を実施している。フロリジルカラムを用いた場合、カフェインの除去に有効ではあるが、フロリジルカラムの準備作業が非常に煩雑であり、また、有機リン系農薬の回収率の低下を伴う等の大きな欠点がある。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、茶葉などカフェインを多く含む農産物の残留農薬分析のための試験溶液調整法であって、簡便で、かつ、農薬成分の回収率を低下させずにカフェインを除去可能な調整方法を提供することを目的とする。更に、カフェインを多く含む農産物の残留農薬のガスクロマトグラフィもしくは液体クロマトグラフィによる分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、GC/MS一斉試験法によって得られた試験溶液を、カフェイン難溶性の溶媒に転溶して冷却保持を行った後、遠心分離を行い上澄液をGC/MSにより分析することにより、上記本発明の目的が達成されることを見出し、本発明を完成させた。本発明は、以下の発明を含む。
【0009】
(1)カフェインを含む農産物の残留農薬の抽出を行って得られた残留農薬含有物を水不混和性有機溶媒に転溶する工程、
前記残留農薬含有物を含む水不混和性有機溶媒を冷却保持する工程、
前記冷却保持した水不混和性有機溶媒を遠心分離して上澄液を得る工程、
とを含む、カフェインを含む農産物の残留農薬のガスクロマトグラフィ又は液体クロマトグラフィによる分析のための試験溶液調整方法。
【0010】
(2)前記残留農薬含有物は、カフェインを含む農産物の残留農薬の抽出後、更に精製を行って得られたものである、(1)に記載の試験溶液調整方法。
【0011】
(3)前記冷却保持の保持温度が、前記水不混和性有機溶媒の凝固点より高い温度から10℃以下の範囲内である、(1)又は(2)のいずれかひとつに記載の試験溶液調整方法。
【0012】
(4)前記カフェインを含む農産物は、コーヒー豆、カカオ豆及び茶よりなる群から選ばれる、(1)から(3)のいずれかひとつに記載の試験溶液調整方法。
【0013】
(5) (1)から(4)のいずれかひとつに記載の方法で得られた試験溶液をガスクロマトグラフィ又は液体クロマトグラフィにより分析する、カフェインを含む農産物の残留農薬分析方法。
【0014】
本発明は、カフェインを含む農産物の残留農薬の抽出を行って得られた残留農薬含有物を水不混和性有機溶媒に転溶することで、転溶溶媒に農薬成分(主に、低〜中極性農薬)のみを溶解させ、高い極性を持つカフェインを溶解させず析出させる。ここで、本発明において「水不混和性有機溶媒」とは、カフェイン難溶性であって水と任意の割合で混和しない有機溶媒を指し、詳細は後述する。水不混和性有機溶媒への転溶後、冷却保持することにより、転溶溶媒へのカフェインの溶解量を更に下げる。冷却保持後、遠心分離することにより、カフェインが除去された上澄液を得ることができる。この上澄液を、ガスクロマトグラフィーもしくは液体クロマトグラフィーによる分析のための試験溶液に使用することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、茶葉などカフェインを含む農産物の残留農薬分析のための、簡便な方法で、農薬成分の回収率が低下せず、カフェインが除去された試験溶液を得ることができる。本発明により調整した試験溶液についてガスクロマトグラフィや液体クロマトグラフィにより分析することで、特にカフェインと保持指標が近い農薬の分析の信頼性が向上する。また、試料注入口やカラム先端部でのカフェインの蓄積も防ぐことができ、蓄積物によるピーク面積値の低下、ピーク形状不良、ピーク消失等の感度低下も防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明による、カフェインを含む農産物の残留農薬分析のための試験溶液調整方法及び残留農薬の分析方法の操作フロー。
【図2】参考例で得られた、約250の農薬混合標準液のトータルイオンクロマトグラム。
【図3】a)が実施例1で、b)が比較例1で得られたトータルイオンクロマトグラム。
【図4】a)が実施例1で、b)が比較例1で得られた農薬の回収率を示すグラフ。横軸が農薬(溶出順)、縦軸が回収率(%)を示す。
【図5】a)が実施例1で、b)が比較例1で得られた農薬4種のマスクロマトグラム(SCANモード)。左から、メビンホス、プロポキスル、カルボフラン、ホスホチオゼートについてのクロマトグラムである。
【図6】a)が実施例2で、b)が比較例2で得られた農薬4種のマスクロマトグラム(SIMモード)。左からピリミカルブ、ベノキサカー、ホルモチオン、エチフェンカルブについてのマスクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1に、本発明のカフェインを含む農産物の残留農薬分析のための試験溶液調整方法及び残留農薬の分析方法の操作フローを示す。本発明においては、カフェインを含む農産物を被検試料として用意し(S1)、被検試料に対する抽出操作(S2)を経て得た残留農薬含有物、もしくは、抽出操作後、更に精製操作(S3)を経て得た残留農薬含有物について、カフェイン除去操作として、水不混和性有機溶媒への転溶(S4)、冷却保持(S5)及び遠心分離を行い上澄液を得る(S6)。この上澄液について、必要に応じて、分析手法として使用するガスクロマトグラフィ又は液体クロマトグラフィに適した溶媒に転溶した溶液を残留農薬分析の試験溶液とし残留農薬の分析を行う(S7)。以下に、各工程についての説明を行う。
【0018】
[1.被検試料(S1)]
本発明の被検試料としては、カフェインを含む農産物であれば限定されない。カフェインを含む農産物としては、種実類であるカカオ豆及びコーヒー豆、並びに、茶が挙げられる。茶としては、緑茶、紅茶、ほうじ茶などの茶葉及び抹茶が挙げられる。用意した被検試料は、抹茶以外の場合、均一化のためにミル、グラインダー、ミキサーなどによって粉砕する。種実類、茶葉は乾燥しているため、後段の抽出操作において極性溶媒を用いる場合に組織内部への浸透が悪く、農薬の抽出効率が悪いことがある。この場合、試料重量の1/2〜2倍量程度の蒸留水を加え、10分〜2時間程度静置し、膨潤させることが好ましい。
【0019】
[2.被検試料に対する抽出操作、精製操作(S2、S3)]
被検試料に対して、残留農薬の抽出、好ましくは更に精製を行う。抽出操作、精製操作としては、被検試料の種類や被検対象の農薬に応じて公知の方法を選択することができる。特に、本発明における試験溶液調整方法では、抽出操作もしくは精製操作により得られた残留農薬含有物を水不混和性有機溶媒へ転溶する。そして、水不混和性有機溶媒への溶解度の差を利用して農薬とカフェインの分離を行い、水不混和性有機溶媒の回収を行う。従って、低極性〜中極性農薬を抽出、精製対象とする抽出、精製操作を選択することが好ましい。
【0020】
例えば、非特許文献1における、GC/MS一斉試験法、及び、LC/MSによる農薬等の一斉試験法I(農産物)(以下、LC/MS一斉試験法Iという)に示された被検試料の抽出及び精製操作を用いることができる。なお、非特許文献1におけるLC/MSによる農薬等の一斉試験法II(農産物)に示された被検試料の抽出及び精製操作は、高極性の農薬を抽出、精製対象とする。従って、後段で実施する本発明のカフェイン除去工程において、農薬の回収が困難となるため本発明には適さない。
【0021】
茶についてのGC/MS一斉試験法は概要は前述したとおりであり、詳細な操作は非特許文献1に記載されている。特に、被検試料が種実類の場合は、油脂含有量が多いため、油脂除去操作として、塩析後のアセトニトリル層について、オクタデシルシリル化シリカゲルミニカラム(C18カラム)による抽出を行う。その後、C18カラムの溶出液について、無水硫酸ナトリウムの添加による脱水操作を行う。LC/MS一斉試験法Iの場合、GC/MS一斉試験法における抽出及び精製操作と同一であるが、窒素ガスによる最終乾固物はメタノールに溶解する。
【0022】
その他の抽出操作、精製操作として、一斉試験法における抽出溶媒、抽出法、精製用クロマトグラフィなどについて適宜変更した抽出操作、精製操作を使用することも可能である。例えば、抽出溶媒としては、アセトニトリルのほか、農薬の抽出溶媒として汎用されているもの、たとえば、アセトン、酢酸エチル、メタノール、エタノール、水、もしくはこれらの混合溶媒を用いることができる。
【0023】
抽出方法としては、ホモジナイザー抽出法のほか、振とう抽出法、ソックスレー抽出法、高速溶媒抽出法など公知の方法を使用することができる。例えば、振とう抽出法の場合、被検試料とアセトニトリルを混合し、一晩静置後、10分間振とうする。振とう後、ろ別し、残渣をアセトニトリルで洗浄、ろ液と洗浄に用いたアセトニトリルを合わせ、濃縮乾固する。残留物を6(v/v)%エーテル−n-ヘキサンに溶解し抽出液とする(参考文献:非特許文献2)。被検農薬が有機リン系農薬の場合、この濃縮乾固物もしくはエーテル/n-へキサンに溶解した抽出液(すなわち、残留農薬含有物)について、後述する本発明のカフェイン除去操作を行い、GCによる分析が可能である。
【0024】
抽出溶媒として超臨界二酸化炭素を用いる超臨界流体抽出法も使用することができる(参考文献:小野由紀子、「迅速化のための前処理技術−超臨界流体抽出」、食品と開発,Vol.41,No.11,P.14-16)。超臨界流体抽出法において、被検試料に残留する農薬種を広く抽出する抽出条件の場合、カフェインも同時に抽出される虞がある。そこで、抽出操作の後段において、本発明によるカフェイン除去操作が有効となると考えられる。
【0025】
被検試料が種実類の場合、一斉試験法において実施の通り、抽出操作の後、脱脂操作を行うことが好ましい。脱脂操作としては、例えば、C18カラムクロマトグラフィのほか、アセトニトリルーヘキサン液液分配を使用することができる。
【0026】
上記抽出操作後(種実類の場合は、脱脂操作後)好ましくは更に精製操作を行う。精製操作としては、イオン交換カラムクロマトグラフィ(SAXカラムクロマトグラフィ、PSAカラムクロマトグラフィ)、グラファイトカーボンカラム、NH2カラム及びこれらの組み合わせによる精製操作を選択することができる。また、カラムに代わり、カラムに充填されている成分の粉末を、直接抽出物を含む溶液に添加して精製する方法も可能である。
【0027】
そのほかの抽出操作及び精製操作として、被検試料が種実類もしくは抹茶の場合、残留農薬迅速分析法(厚生労働省 衛化第43号,平成9年4月8日)も使用することができる。迅速分析法の概要は次の通りである。被検試料20g(種実類の場合は被検試料10gに水20mLを添加し2時間放置したもの)にアセトン100mLを混合してホモジナイザーによる抽出を行い、アセトニトリル抽出液を吸引ろ過する。ろ液を20mL以下に濃縮した後、NaClを添加し珪藻土カラムによる抽出を行う。溶出液について溶媒除去後、残留物を酢酸エチル/シクロヘキサン(体積比1:1)に溶解し、GPC精製を行う。GPC溶出液について、分析対象農薬が有機塩素系、ピレスロイド系農薬の場合、シリカゲルカラム及びフロリジルカラムによる精製を行う。有機リン系、窒素系農薬の場合、シリカゲルカラムのみによる精製を行う。N-メチルカルバメート系農薬の場合、塩酸処理を行う。ピリミカルブの場合、GPC精製のみで、追加の精製操作は行わない。
【0028】
本発明において、残留農薬含有物とは、抽出操作を経て得た残留物、さらに好ましくは脱脂操作、さらに好ましくは精製操作を経て得た個体物もしくは溶液をいう。
【0029】
[3.カフェイン除去操作]
[3−1.水不混和性有機溶媒への転溶(S4)]
抽出操作、精製操作で得られた残留農薬含有物をカフェイン難溶性溶媒である、水不混和性有機溶媒へ転溶する。水不混和性有機溶媒としては、水と有機溶媒を1:1で混合したときに2層に分離する有機溶媒が好ましい。具体的には、n-ヘキサン、イソオクタン、シクロへキサン、ジクロロメタン、クロロホルム、トルエン、及び、これらの混合溶媒が挙げられる。転溶に用いる水不混和性有機溶媒の体積は特に限定されないが、用意した被検試料が5〜20g程度の場合、1〜20mL程度である。残留農薬含有物の水不混和性有機溶媒の転溶操作としては、公知の方法を使用することができる。例えば、残留農薬含有物が溶液として得ている場合は、ロータリーエバポレーターもしくはクーデルナダーニッシュ濃縮装置を用いて減圧下、40℃以下で1mL程度以下まで濃縮を行い、その後、窒素ガスを吹き付けて乾固させて残留物を得る。得られた残留物と水不混和性有機溶媒を混合する。
【0030】
[3−2.冷却保持(S5)]
水不混和性有機溶媒へのカフェインの溶解量を下げるために冷却条件にて保持する。冷却保持温度としては、水不混和性有機溶媒が凍ることを避けるため、用いる水不混和性有機溶媒の凝固点より高い温度であればよい。冷却保持温度の上限値としては室温より低い温度、例えば10℃以下、好ましくは−10℃以下が好ましい。冷却保持時間としては、後段の遠心分離において沈殿させることが可能な程度の大きさまでカフェインを析出させるのに要する時間であればよく、保持温度によるが、−20℃で冷却保持する場合は、3時間〜24時間程度保持することが好ましい。
【0031】
[3−3.遠心分離(S6)]
冷却処理を行った水不混和性有機溶媒は遠心分離を施すことによって、析出したカフェインと有機溶媒層とを分離する。遠心分離の条件としては、3000rpm以上が好ましい。上限値は特に限定されず、発熱しない条件であればよい。遠心分離の時間は、例えば3000rpmの場合は20秒〜3分程度行うことで十分にカフェインを遠心分離することができる。このように3000rpm以上で遠心分離を行うことで短時間での分離が可能となり、カフェインの水不混和性有機溶媒への再溶解を防ぐことができる。さらにカフェインの再溶解を防ぐために、室温より低い温度の冷却条件下で遠心分離を行うことがより好ましい。
【0032】
[4.ガスクロマトグラフィもしくは液体クロマトグラフィによる分析(S7)]
遠心分離によりカフェイン析出物が除去された水不混和性有機溶媒層(上澄液)を回収し、直接もしくは他溶媒に転溶して、ガスクロマトグラフィもしくは液体クロマトグラフィによる分析のための試験溶液とする。転溶溶媒としては、分析手法に応じて選択する。例えば、メタノール、エタノール、アセトン、アセトニトリル、ヘキサン、トルエン、シクロへキサン、水、又はこれらの混液を使用することができる。分析に用いる装置としては、ガスクロマトグラフ、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)、液体クロマトグラフ、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS,LC/MS/MSも含む)を用いることができる。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明の作用効果を検証するために行った実施例及び比較例(GC/MS一斉試験法)ついて説明する。
【0034】
[参考例:約250の農薬を含む農薬混合標準溶液についての分析]
和光純薬製農薬混合液PL-1-1〜PL-6-1,PL-9-1〜PL-11-1を混合することにより、約250の農薬が各々0.5μg/mLで含む農薬混合標準溶液を調整した。この農薬混合標準溶液について次の条件にてGC/MSにより分析を行った。
・装置: ガスクロマトグラフ質量分析計GCMS-QP2010 Plus(島津製作所製)
・カラム:Rtx-5MS 30m×0.25mmID, 0.25μm(レステック社製)
・カラム温度:50℃(1min)→25℃/min→125℃→10℃/min→300℃(10min)
・注入口温度:250℃
・注入モード:高圧スプリットレス(250kpa,1.5min)
・キャリアガス:He, キャリアガス線速度一定モード(キャリアガス線速度:47.0cm/sec)
・インタフェース温度:250℃
・イオン化法:エレクトロスプレーイオン化
・測定方法:SCANモード,走査範囲:m/z45〜550,
・試料注入量:1μL
【0035】
図2に、得られたトータルイオンクロマトグラムを示す。本分析条件により農薬混合標準溶液に含まれる農薬の分析が達成されることを確認した。
【0036】
[実施例1:本発明による茶葉(緑茶)中の農薬の分析 −農薬濃度0.1μg/mL- ]
市販茶葉(緑茶)をGC/MS一斉試験法に従って得た最終試験溶液に、参考例で用意した農薬混合標準溶液を各農薬濃度が0.1μg/mLとなるように添加した溶液について、本発明のカフェイン除去処理を行った。詳細な操作は以下の通りである。
【0037】
(1)抽出操作
茶葉5.00gに水20mLを加え、15分放置した。これにアセトニトリル20mLを加え、ホモジナイズした後、吸引ろ過した。ろ紙上の残留物にアセトニトリル20mLを加えホモジナイズした後、吸引ろ過した。得られたろ液を合わせ、アセトニトリルを加え100mLに定溶して抽出液を得た。この抽出液20mLに、塩化ナトリウム10g及び0.5mol/Lリン酸緩衝液(pH7.0)20mLを加え、振とうした。静置した後、分離した水層を捨て、アセトニトリル層に無水硫酸ナトリウムを加え脱水し、無水硫酸ナトリウムをろ別した。得られたろ液を40℃以下で濃縮し、溶媒を除去した。得られた残留物にアセトニトリル及びトルエン(体積比3:1)混液2mLを加えて溶解し、茶葉抽出液のアセトニトリル/トルエン混液溶液を得た。
【0038】
(2)精製操作
GC/NH2積層ミニカラム(レステック社製)に、アセトニトリル及びトルエン(体積比3:1)混液10mLを注入し、流出液を捨て、カラムのコンディショニングを行った。このカラムに(1)抽出操作で得られた茶葉抽出液アセトニトリル/トルエン混液溶液20mLを注入し、全溶出液を40℃以下で1mL以下に濃縮した。これにアセトン10mLを加えて40℃以下で1mL以下に濃縮し、再度アセトン5mLを加え濃縮し、溶媒を除去した。残留物をアセトン及びn-へキサン(体積比1:1)混液に溶かして、正確に1mLとして、茶葉精製液のアセトン/n-ヘキサン混液溶液を得た。この茶葉精製液アセトン/n-ヘキサン混液溶液に、参考例で調整した農薬混合標準溶液を、各農薬濃度が0.1μg/mLとなるように添加して、農薬含有茶葉精製液アセトン/n-ヘキサン混液を調整した。
【0039】
(3)カフェイン除去操作
(2)で得られた農薬含有茶葉精製液アセトン/n-へキサン混液溶液を蒸発乾固し、n-へキサン1mLを加えて転溶し、このn-ヘキサン溶液を-20℃の冷凍庫に24時間保管することによって冷却保持を行った。冷却保持後のn-ヘキサン溶液を、3000rpm、1分の条件で遠心分離を行い、上澄液1μLをGC/MSによる分析のための試験溶液として採取した。
【0040】
(4) GC/MSによる分析
(3)で得られた試験溶液について、参考例と同じ条件でGC/MSによる分析を行った。
【0041】
[比較例1:GC/MS一斉試験法に基づく茶葉(緑茶)中の農薬の分析−農薬濃度0.1μg/mL−]
実施例1の比較例として、実施例1の(2)精製操作後に得られた農薬含有茶葉精製液のアセトン/n-ヘキサン混液溶液1mLについて、参考例と同じ条件でGC/MSによる分析を行った。
【0042】
図3のa)に実施例1で、図3のb)に比較例1で得られた、トータルイオンクロマトグラムを示す。図3に示されるように、比較例1の場合、溶出時間12.5min付近にピーク幅が1分近いカフェイン由来のピークが検出されたが、実施例1ではカフェインのピークは10秒以下に減少した。また、比較例1の場合、溶出時間9分,11分付近にに夾雑ピークが検出されたが、実施例1ではこれらの夾雑ピークも減少したことが確認できた。
【0043】
図4のa)に実施例1で、図4のb)に比較例1で得られた、約250の農薬の回収率を示す。図4a)が3回測定した結果の平均値、図4b)が2回測定した結果の平均値である。図4に示されるように、比較例1における約250の農薬のうち約70%以上の農薬で回収率が80〜120%で回収率の上限、下限の幅が大きかったのに対して、実施例1では約250種の農薬のうち80%以上の農薬で回収率が80〜120%となり、回収率の上限、下限の幅も狭くなり、本発明のカフェイン除去工程を施すことによって良好な回収率が得られた。
【0044】
図5の a)に実施例1で、図5の b)に比較例1で得られた、農薬4種のマスクロマトグラム(SCANモード)を示す。左から、メビンホス、プロポキスル、カルボフラン、ホスチアゼートである。これらの農薬は、図5のb)に示されるように、GC/MS一斉試験法に基づく抽出及び精製操作のみでは除去されなかった夾雑成分によりバックグラウンドの増大といった影響を受けていることが分かる。一方、図5のa)に示されるように、本発明のカフェイン除去操作を施すことによって、バックグランドが低減し分析精度が上がったことが確認できた。
【0045】
[実施例2:本発明による茶葉(緑茶)中の農薬の分析 −農薬濃度0.01μg/mL−]
実施例1の(2)精製操作において得られた茶葉精製液アセトン/n-ヘキサン混液溶液に農薬混合標準液を各農薬濃度が0.01μg/mLとなるように添加した点以外は、実施例1と同じ条件で分析を行った。但し、GC/MSの分析条件において、測定方法はSIM測定とした。
【0046】
[比較例2:GC/MS一斉試験法に基づいた茶葉(緑茶)中の農薬の分析−農薬濃度0.01μg/mL−]
実施例2の比較例として、比較例1において、茶葉精製液アセトン/n-ヘキサン混液溶液に農薬混合標準液を各農薬濃度が0.01μg/mLとなるように添加した点以外は、比較例1と同じ条件で分析を行った。但し、GC/MSの分析条件において、測定方法はSIM測定とした。
【0047】
図6のa)に実施例2で、図6のb)に比較例2で得られた、農薬4種のマスクロマトグラム(SIMモード)を示す。左から、ピリミカルブ、ベノキサカー、ホルモチオン、エチフェンカルブである。これらの農薬はカフェインと保持指標がほぼ一致する農薬である。図6のb)に示されるように、GC/MS一斉試験法に基づく抽出及び精製操作のみでは、保持時間の変動、バックグラウンドの増大といったカフェインの影響を受けていることが分かる。一方、図6のa)に示されるように、本発明によるカフェイン除去操作を施すことによって、農薬濃度が食品衛生法により定められる一律基準値である0.01μg/mLでも検出可能となり、また保持時間の変動といったカフェインの影響の低減も確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カフェインを含む農産物の残留農薬の抽出を行って得られた残留農薬含有物を水不混和性有機溶媒に転溶する工程、
前記残留農薬含有物を含む水不混和性有機溶媒を冷却保持する工程、
前記冷却保持した水不混和性有機溶媒を遠心分離して上澄液を得る工程、
とを含む、カフェインを含む農産物の残留農薬のガスクロマトグラフィ又は液体クロマトグラフィによる分析のための試験溶液調整方法。
【請求項2】
前記残留農薬含有物は、カフェインを含む農産物の残留農薬の抽出後、更に精製を行って得られたものである、請求項1に記載の試験溶液調整方法。
【請求項3】
前記冷却保持の保持温度が、前記水不混和性有機溶媒の凝固点より高い温度から10℃以下の範囲内である、請求項1又は2のいずれか1項に記載の試験溶液調整方法。
【請求項4】
前記カフェインを含む農産物は、コーヒー豆、カカオ豆及び茶よりなる群から選ばれる、請求項1から3のいずれか1項に記載の試験溶液調整方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の方法で得られた試験溶液を、ガスクロマトグラフィ又は液体クロマトグラフィにより分析する、カフェインを含む農産物の残留農薬分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−230577(P2010−230577A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−80171(P2009−80171)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)